オーバーロード~遥かなる頂を目指して~   作:作倉延世

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 調子がよくて連日投稿となります。


第2話 動き出す者たち

 

 

 結果から言って、蜥蜴人達に墳墓からの使者たちが告げたのは、無条件降伏からの隷属であった。

 

 当然の如く、彼らは話あう。どう対処すべきだろうかと、それは無論、ザリュースが所属する緑爪(グリーン・クロー)も同様であった。

 

 彼らが集会所として使用するその部屋に多くのリザードマン達が集まっていた。族長であるシャースーリューはもちろんのこと、戦士頭、狩猟頭、祭司頭に、族長を補佐する為に選ばれた老人の集まりである長老会、そして幅広い知識を持つということで、旅人であるザリュースもその場に出席していた。

 

 長老たちは渋い顔をしていたが、リザードマンの至宝とされるフロスト・ペインを持つ彼の言葉は価値があると戦士頭が推し、養殖の技術とそれを獲得するに至った旅の知識は必要だと、狩猟頭、祭司頭が推す形で彼のこの会議の出席が決まったのだ。

 

 「では、早速議論を始めようか」

 

 族長たる彼の言葉で会議が始まった。

 

 その場でまず話題にあがるのは、先に来た骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)らしき男が告げてきた言葉だ。

 

 なんでも彼が言う、墳墓の主はすべての種族を統一すべく、行動をおこしているという。そして、その先駆けとして、自分たちにはその下につけという。もしも隷属するのであれば、可能な限りの幸福を約束し、もしも従わないのであれば、絶望を見ることになるとのことであった。

 

 「さて、どう思う?」

 

 族長は各頭や長老会、そして弟であるザリュースに問いかけてきた。

 

 「戦うべきだ!」

 

 声を上げるのは戦士頭、それも別に勢いで言っているわけではないと彼は続ける。

 

 「皆も見たはずだ!!今回来たのは薄汚れたローブを纏った、ただの骸骨ではないか!!」

 

 彼は続ける。そんな相手を束ねる相手であれば、大したことはないと、攻めて来るとしても精々、100体足らずのスケルトンだろうと、彼は勇んで続ける。

 

 「落ち着きなよ」

 

 それを宥めたのは狩猟頭であった。彼はおどけるように続ける。

 

 「俺は逃げるべきだと思うね。何故かと言われれば、勘としか言えないけど」

 「何だそれは!ふざけているのか!?」

 

 しかし、リザードマンにとっては危険な地で仕事をやってきた彼の言葉は無視できないものでもある。

 

 「わしは降伏すべきだと思う。逆らっても勝てまいて」

 

 力なく、そう言うのは祭司頭。彼は続ける。巧妙に隠してはいたが、昼間来たあの骸骨は相当な位階の魔法の使い手だろうと、そしてそんな彼が所属するどこぞの組織なり、部族なり、種族なりがこの村をひいては自分たちを狙ってきたのだと、恐らくはどう転んでも彼らの都合のいいようになっているだろうと。

 

 「選択肢は3つか、抗うか、逃げるか、降伏するか――いや、実質2つだな」

 

 要は、戦うか、戦わないかの違いでしかないのだから。

 

 シャースーリューは少し考えるように首をかしげてみせると、長老会へと意見を求めるが、彼らの意見もまたバラバラであった。共通しているのは、戦うという選択肢がないということだけだ。

 

 (逃げるべきか?)

 

 戦士頭が言ったように、戦うのも。狩猟頭が言ったように逃げるのも。祭司頭が言ったように降伏するのも。

 

 そのどれもが正しい意見に聞こえてしまう。それも仕方のない事だと言える。彼らがこれ程の事態に直面するのは正に初めてのことであるのだから。

 

 彼らの歴史にまったくそういったことがない訳ではなかった。現族長、シャースーリュー・シャシャの祖父の世代に、湖の北にいるトードマンの部族との戦争があったのだ。大敗こそしたものの、それ自体は貴重な経験であるはずだが、残念なことに彼らがその歴史を後世に伝える手段を持ち合わせていなかったのだ。

 

 そして、シャースーリュー自身も気づいていた。自分ではこの事態に対する的確な判断ができないと、自分は族長ではあるが、それは古くからの決まりに従い、力で勝ち取ったものでしかない。あまりにも自分の世界観は狭い。しかし、この場にはその広い世界を見てきた雄がいる。

 

 (すまんな、弟よ)

 

 これから一族が向かえる展開次第では、彼は罪人にもなりえる。そんな危険な道を歩くことを今から彼に自分は付きつけようとしているのだ。

 

 「ザリュースよ、旅人のお前はどう思う」

 

 彼の言葉に他の者たちも注目しているらしく、途端に騒ぎがおさまる。

 

 ザリュースもまた、兄から、弟としてではなく、1人のリザードマン、それも貴重な体験をしてきた旅人としての意見を求められ、それまで考えていたことを頭の中で整理する。

 

 仮に奴らに降伏したとして、本当に幸福があるとは限らないし、文字通りリザードマンは奴隷になるかもしれないのだ。自分が始めたことと言い、この部族が何とか以前とは違う軌道に乗り始めているのも確かである。

 

 彼が思い出すのは、かつてあった部族間での争い、食料不足によって引き起こされたものである。そして次に彼が思い出すのは、先の使者が放った言葉、『2番目』という言葉だ。

 

 (降伏勧告を受けたのは自分たちだけではない?)

 

 だとすれば、ほかに受けた者たちは――いや、考える必要もないだろう。

 

 「族長シャースーリュー・シャシャ、俺の見解を伝える」

 

 考えがまとまったと弟は言葉を返してくる。ならば、自分はそれを聞くだけだ。

 

 「聞こう。――ほかの者たちも構わないな?」

 

 一部しぶりながらも、全員が頭を縦に振る。それを確認した上で、弟に先を続けるよう促す。

 

 そして、元旅人のリザードマンは語る。今回、使者が来たのは自分たちの所だけではなく、この湖の辺りに住んでいるすべてのリザードマン達が対象になっているであろうこと、もし、自分たちだけ逃げる選択をとっても同じような選択をした彼らと新たな住処を巡って争いになる可能性があることを。

 

 「だからこそ俺は戦うべきだと思う」

 「よく言ったザリュース!!それでこそ、フロスト・ペインの持ち主だ!!」

 

 感激したように声を上げる戦士頭を置いて、シャースーリューもまた続ける。弟の言わんとしていることを。

 

 「部族間での同盟か」

 「そうだ、族長」

 

 ザリュースの見解はこうだ。恐らく彼ら、墳墓のもの達は順番にこちらの答えを聞いて回りその対応をしようとしている。それは同時に、戦うとしたら、1部族ずつ相手にしていくつもりだと、その計算を狂わせるのだ。その流れで話は決まり、次に同盟相手に関する問題であった。

 

 この辺りに住んでいるリザードマンの部族は5つ、その内の2つは、かつての戦いで同陣営であった為、問題なく、今回もいけるだろうと結論がまとまり、残りの2部族に関してはどうするという話になった。正確にはその内の1つはかつての戦でできた因縁を抱えているのだ。

 

 元々、この辺りにリザードマンの部族は7ついたのだが、食糧問題で戦争になり、先に上げた2つの部族と自分たち、そして2つの部族が争い、結果、その2つの部族が消滅したのだ。そして彼らの生き残りを受け入れているのが、その1つの部族である。

 

 しかし、ザリュースには何とかできるかもしれないという希望的観測もあった。

 

 「兄者」

 

 会議の場で私的な呼び方をするのは咎められるべきだが、シャースーリューもまた弟が何を狙っているのか、予想がついていた。

 

 (あの雄ならあるいは)

 

 かつて弟が旅の途中で出会い、しばらく行動をしたというリザードマンのことだろう。それに、戦うと決めた以上、1秒でもその時間は友好的に活用すべきだ。よって、彼の意を汲み族長として命じる。

 

 「ザリュース――此度の件における2部族への使者をお前へと命じる」

 「分かった。族長」

 

 こうして会議の場は収束を迎えた。

 

 

 

 「ザリュースよ生きて戻って来いよ」

 

 使者として旅立ちの準備、彼のペットである多頭水蛇(ヒュドラ)、4つの頭を持つ、4足歩行の獣である。名をロロロと言う――に乗って出発するところであった。今回の旅は間違いがあれば、生きて戻ることも困難なものだ。それでも、何とか成功させてもらうしかない。

 

 蜥蜴人(リザードマン)の未来の為に

 

 「勿論だ、ようやく養殖が軌道に乗り始めたんだ」

 「まったく、……しかし、本当にいいのか?」

 「兄者もその方向で行くのだと決めたのだろう?」

 

 そう、力を合わせて戦うというのはあくまで狙いの1つだ。これからやる試みには、他にも、それこそ非道な狙いがある。それでも彼は止まらない。少しでも未来に希望を残す為に。

 

 

 

 

 

 

 

  

 ナザリック地下大墳墓

 

 その第10階層にある図書館に彼女の姿はあった。優雅に椅子に座り、手にもった本を読む姿は。勤勉な令嬢そのものであり、時折、しおりを挟んで本を閉じ、傍らにあるテーブルにのった羊皮紙にペンで何やら書き込み、その都度頭を悩ませている姿はそれだけで絵になるような優雅さがあった。

 

 (ノブレス・オブリージュねえ)

 

 高貴さは(義務)を強制する。財力、権力、社会的地位の保持には責任が伴うという意味なのだが、彼女は考えてみる。今の王国にどれくらい、そう言った貴族がいるのか。

 

 結論はほとんどいないというものであった。自分の勝手な解釈ではない。現在、王都で自分の代わりに動いてくれている執事とメイドからの報告でもあったものを合わせ、そして自分より頭が回る者たちの意見を聞いた上での答えである。

 

 気まぐれに民をいじめる者。気に入った女をおもちゃ感覚で連れ去り、弄ぶもの。自分たちの収入を守りたいがためにあの悪魔が珍しく褒めた政策を無に帰すもの。愚かな事ここに極まれりとよく言ったものだと自分でさえ思ってしまうのだから。

 

 その過程で気になる組織の情報も手に入れたが、もしも連中とやりあうのであれば、主にも確認をしないといけないが、今はその時でもないと彼女は分かっていた。

 

 できる事なら、自分もすぐにまた王都へと出発したい、しかし愛しの主が命じたのだ。今回のことは何かと今後の参考になるはずだから、それを見届けてから行けと。よって、自分と班員である2人はもうしばらく、ここに残ることになっているのだが、かといって何もしないなんてできる訳がない。こうして可能な限り、主の計画の為にできる事をしている次第だ。

 

 彼女は情報が記載された羊皮紙を眺め、次に資料として用意した本を開いて――と、それを繰り返しして、彼女なりに次の方針を固めつつあった。それは、目的とも目標とも言えるもの。彼女が指をさすりながら示した部分に記載されているのはある家名。

 

 アインドラ

 

 それはある貴族の名前であるが、注目すべきはその家から2人の冒険者が生まれているということ。それもこの世界では最高峰のアダマンタイト級だ。正直、レベルにして20から30、自分たちの足元にも及ばないがそこは目を瞑るべきである。ここで見るべきは彼らの功績だ。主が演じている漆黒の戦士と同じく、自らが信じるものの為に戦っていたり、または冒険譚をつづっているのだ。つまり、彼らには、それだけの何か、あるいは精神の持ち主なのであろう。そしてそんな者たちを2人も排出したその家は、貴族の中でも良識的な部類に入るかもしれない。何とか接触できないだろうか?

 

 (イブかデミウルゴスね)

 

 相談相手の候補である者たちの顔を思い浮かべ、彼女は糖分補給と喉の渇きを満たすため、紅茶を用意すべく、その場を立ち上がる。本来であれば、シモベに任せればいい事なのだが、彼女はそれをしない。それは、自分で用意したいから。それだけ、彼女の紅茶に対するこだわりの深さが見て取れるというものである。

 

 

 

 

 

 トブの大森林には、アウラが建造した木造のロッジハウスがある。この建物の目的は複数だ。この森の監視だったり、ナザリック地下大墳墓への窓口だったり、緊急時の避難先、あるいは敵対勢力を吊る為の罠であったりと、実に様々な用途に向けて作られている。場合によっては、破棄することも視野に入れているためか、あえて立派に作られている。そう、まるでこの小屋の持ち主がここをいたく気に入っているのだと言わんばかりに。

 

 そんな何重にも思惑が絡んだロッジハウスには、現在異形のもの達が集まっていた。まるでこれから晩餐会でもするかのように一つのテーブルを囲む形で席についている。そして、そんな彼らから少し離れた所、一応、生活の為の設備は整っているのか、キッチンがあり、そこではこの集まりの中では唯一、人に見えなくもない和服を纏った少女が何やら蠢いている黒い物体を材料に料理を作っているようであった。

 

 そしてこの集まりの責任者で今回の作戦の全指揮権を与えられた。墳墓の守護者たる武人、コキュートスは口を開く。

 

 「彼等ヘノ邂逅ハ終了シタ――コレカラドウナルト思ウ?」

 

 それは、配下たちにこの後の展開を考えてみろという遠回しな命令であった。彼らもまた常に先に進まんとしているのだ。ただ、言われたことをやるだけではない。自らが考え、何が主の為になるのかと。

 

 「ワタシハ――タタカウコトニ」

 

 そうなると最初に言葉を返したのは、武人によく似た姿を持つ赤銅色の昆虫であった。彼は語る。自分と対峙した。まるで骨を被ったようなリザードマンの瞳にはそれだけの輝きがあったのだと、語る。できることなら、自ら刀を交えたいと思うと口にする。見れば、他にも彼の言葉に頷く者たちがいた。

 

 (戦カ)

 

 「ジブンハソウならないと、オモッテいます」

 

 次いで声を上げたのは、やはり似通った姿を持つ硫黄色の昆虫であった。彼が言うには、彼らが逃げることも視野に入れるべきだという。もしもそうなれば、追撃の計画を立てる必要がある。その意見に同意する者何人かいた。今回の作戦の肝はいかに別の勢力を楽園へと組み込むべきかということもあるのだから。

 

 以前、アウラが森のドライアード達を楽園に組み込んだ際は何とか話し合いと偉大なる主の提案で動いた彼のおかげで穏便に済んだが、それは彼女たちが20人足らずであったことも大きいのだ。対して、今回の蜥蜴たちはその10倍を優に超える人数がいるのだ。その為、少々敵対的ともとれる方法にしたのだ。

 

 国とは、組織とは、いや、それ以前に知的生命体が集まれば確かにできることは増えてくる。しかし、個体1人1人に意思があるのを忘れてはいけない。例えば、人間の群れがあったとして、どこに住むか決めるとする。このとき、いや、必ずその意見は割れるだろう。ここでは山に住むべきだと主張する山派とできるだけ海の傍に住むべきだという海派に分かれたとしよう。

 

 山派の言い分はこうだ。山であれば木々を利用して、高所に居住地を作れるし、木の実や獣の肉がとれると。

 

 海派の言い分はこうだ。海であれば簡単に水や潮が手にはいり、イカダ等を利用すれば行動範囲が広がると。

 

 彼らがいか程の生存技術を有しているかはここでは特に問題としないが、どちらにの言い分にもある程度の利点があるというのが重要なのだ。それは決して好みや感情で選んだものではなく、彼らなりに考えた結果。そしてそのどちらを選べば、正解というのは、実のところないのである。

 

 結局どっちを選んだとしても相応のリスクは待ち構えているだろう。山であれば、危険な生物の可能性。海であれば、波の心配など。

 

 そう言った時に遺恨が残らないように群れの長を決めるのだ。そしてそんな群れがほかの群れに吸収されるというのもいろいろと思う所があるには違いない――だから。

 

 だからこそ、ある程度は彼らにも選択肢というものを与えてやる。そうやって、自分で決めたという認識を持たせることが重要なのだ。それはその後の交渉でも上手く使える札となりえる。

 

 コキュートスもまた考える。彼らがどういう決断をするのかを、それも今回は5つの部族を同時に相手にしているのだ。それぞれの対応を考えておかないといけない。いや、あるいは、

 

 (彼ラガ団結スルト言ウ可能性)

 

 それは友を始めとしたあの者たちが調べてくれたことからかなり低い可能性であることは確かだ。過去の遺恨を乗り越えるというのは、中々難しいものだ。自分だってかつて墳墓に攻め込んだ者たちを許せと主が仰れば、従いはするが、その気持ちを抑えるのは苦労するだろう。

 

 それでもその可能性を捨てていい理由にはならない。ひとまずは先ほど、先に発言した部下であるアトラスが『1番目』の村に返事を聞きに行く予定だ。それまではできる限りの準備をしなくてはならない。実は今回、もしも彼らとの戦闘になるのであれば使える兵に縛りがあるのだ。それはほかならぬ主の命令であったけど、彼は仕方のない事だと納得している。自分は一度敗戦をしたのだから、そんな将に栄光あるナザリックの軍団すべてを任せるというのは不安を感じて当たり前だ。

 

 (今ハ考エルシカアルマイ)

 

 更に、彼らに対する情報収集ということであれば、力を借りれるが、対応に関しての相談は御法度とされてしまっている。自分は主に試されているのだ。ならば、やるしかない。

 

 「コレカラ、各展開二備エテ計画ヲ立テル」

 

 ひとまずは3つ、戦闘になった際の戦略。彼らが逃げた際の追撃、からの捕縛案。最後にもしもこちらの申し出を受けて無抵抗で下った時に対する対応などを蟲の王たる武人は部下である虫たちと話し合い、形を決めていく。そんな彼の手元にあるのは、その主が中心になって解決した先日の一件、そこで暴れたという「ヘッドギア」に関する報告書であった。

 

 リザードマン達と同じく彼らの話し合いも白熱するものであった。気になる点があれば、全員で納得できる答えを探す。それはアインズが望んだ光景でもある、話あい、その精度をあげるのだ。そして、彼らもまた普段訓練にあわせて、武人の親友たる悪魔から軍事に関する講義を聞いているのだ。ゆえに熱が入るのも当然と言える。自分の考えが偉大なる墳墓の方針として採用されることは間違いなく栄誉であるのだから。

 

 

 

 やがてキッチンで作業をしていたメイドの少女が一行に声をかける。その手に持ったお盆にはチョコレートを思わせる黒色のクッキーが盛られた皿に、各種飲み物が入ったボトルが3種類ほど、それぞれにテープが貼ってあり、『リンゴ』『オレンジ』『グレープ』とある。それから簡易的なプラスチック製のカップが重ねる形で乗っていた。

 

 「コキュートス様、皆さまも少し会議を中断にしておやつにしませんか?」

 

 時間を見れば、既に1.5時間ばかりが経過しており、それほど夢中になっていのかと思うと同時にそれも悪くないと武人はしばし休憩時間を設けることにした。

 

 「ソウシヨウカ」

 

 部下たちも根をつめていたみたいで、その声で全員の姿勢がだらしなく崩れるが今はそれも許してしかるべき。自分はグレープジュースをもらい、そのクッキーと共に頂く。それは、なぜか自分の口によくあう味わいであり周りを見れば、部下たちも顔こそ変わらないが、触覚などの動作で喜んでいるのが伺える。そんな素敵なお菓子を用意してくれた事に感謝しながらも、その材料が気になり少女に尋ねる。

 

 エントマはそれを問われて、材料を確保する為に自分が赴いた場所とそこで悲鳴を上げ、自分に必死の抗議をあげた男性を思い浮かべながら答えた。

 

 「恐怖公様に協力してもらいました」

 

 あの盟友が何をしたのかは想像つかないが、その言葉を聞くとともに、彼は軽食の時間を楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロロロに乗って揺られる事半日ばかり、この時点であの使者が来るまでの期間は3日を切っている。

 

 ザリュースは何とかはやる気持ちを抑えながらも何とか目的の村に辿りつくのであった。

 

 竜牙(ドラゴン・タスク)

 

 かつての戦争で結果的に自分たちが壊滅寸前へと追い込んだ2つの部族。黄色の斑(イエロー・スペクトル)鋭剣(シャープ・エッジ)、この生き残りを受け入れた種族である。そして彼から聞いた通りであれば彼らが最も重視するのは武力、剣の技でなければ、投石の上手さでもなく、純粋な力を求める種族である。

 

 そして、そんな彼らが自分に向ける視線は、試すようなものであったり、憎しみを込めたものであったり、また彼だけではなく、その腰にある武器に視線を送っているリザードマンもいた。その目は大事な人物の形見を見る目である。それもしかたのない事だ。

 

 睨んでいるのは、鋭剣(シャープ・エッジ)の生き残りであろう若いリザードマン、いや、その容姿から当時はまだ子供だったかもしれない。そして、ザリュースが持つフロスト・ペイン、その前に所有者は先の戦争で自分と兄が倒した――その族長であるのだから。

 

 (生きる為に)

 

 そう、自分の部族を守るための仕方のないことであったのだ。もしもあの戦争で負けていれば、自分が彼の立場になっていたかもしれない。だからこそ、後悔はなく、――をすることが間違いなのだ。そして目的の人物を探す。これだけの騒ぎであれば、いくら戦闘狂で、それ以外にはあまり興味を示さないあいつでも出てくることだろう。

 

 「よう!!来たなザリュース!」

 

 目的の人物であった。それは右腕だけが異様に膨らんでおり、それも筋肉で――ほかの部分も鍛えられたものだと分かるものである彼ら武力を何よりも重んじる竜牙(ドラゴン・タスク)をまとめあげる者であり、かつて共に大陸を駆け回った悪友。

 

 ゼンベル・ググーであった。

 

 彼との出会いは旅にでて4ヶ月程たった頃である。その時立ち寄った亜人の村でのことだ。酒が周り少々騒ぎを起こした現地の者たちを止めようとした時に、同じタイミングで飛び出したのが彼だ。その後は、酒を飲み交わし、互いの事を話し合い、友情を築いたのだ。自分は生きるための技術を求めて旅にでた訳だが、彼は新たな戦い方を求めて旅に出たという。自分は養殖の技術を手にいれたが、彼が手に入れたのは様々な武術の知識であった。

 

 そして旅が終わって、それぞれの村に帰っても何かと交流を続けていたのだ。

 

 彼はそばにおいてある巨大な壺を叩いてみせた。それについても知っている。自分がもつ魔法の剣と同じく、リザードマン4秘宝と称されるアイテムの一つだ。名を酒の大壺。まるで泉のように無限に酒が湧いてくるというものである。彼は大事な話をする時は必ず酒の席だと決めているのだ。あまり時間がないが、それでも拒否しようものなら、返って時間をロスしてしまう為、その席につくのであった。

 

 「……なるほどな~、そういう事か」

 

 盃を片手にこれまであったことを話して彼が発したその発言に疑問を覚えてしまう。周りを見れば、この村にも自分たち同様、墳墓からの使者が来たという事は間違いないらしいのだが。

 

 「(まさか)お前は聞いていないのか?」

 

 彼は悪びれる様子も見せず笑って答えた。

 

 「悪い。そんときゃ、寝ててよ」

 

 予想できたことでもあるので、特に驚きも落胆もなかった。むしろ彼らしいとあの旅を思い出してそれまで一族の為と懲り固まっていた気がほぐされてさえいたのだから。

 

 「分かった。そしてお前たちはどうするつもりだ?」

 「戦うに決まってんだろうが」

 

 それも予想できた答えであった。だから先にこちらを訪ねた訳だ。

 

 「大体よお、上から目線で自分たちの下につけっていうのが、気にくわねえ!」

 

 そう、彼らは一方的に告げてきたのも確かであるのだ。それ以外の選択肢などある訳がないと言わんばかりに。

 

 「それにあれだ。隷属ってことはあの」

 「ああ、彼らのことだな」

 

 そこで話題にあがるのはかつて旅で訪れた様々な土地、いろんな種族に世話になって渡り歩いたわけだが、そんな旅路の一つ、アゼルリシア山脈。そこで世話になった種族の名は土堀獣人(クアゴア)。そこで過ごしたのは5日程であったが、世話になった。彼らはキノコの栽培技術を有していて、振舞われたその品はとても美味しく、ゼンベルは酒の肴にあうと食べ過ぎて腹を下し、1日中寝込んだのは2人の間では笑い話だ。

 

 しかし、楽しい事ばかりではなかった。彼らは一種の労働奴隷であったのだ。その飼い主は霜の竜の王という正に強大な存在、当時はおろか、今でも勝てはしないだろう存在が相手ではザリュース達にはどうしようもない話であった。そんな彼らが旅人である自分たちを受け入れることができたのは、単にその飼い主の気まぐれであったという。そして彼らの顔には一種の諦めがあったのだ。

 

 もしもあの降伏を無条件に受け入れてしまえば、自分たちだって同じような顔をすることになるかもしれない。だからこそ抗うのだ。そして彼に同盟の話を持ち掛けるが、これも分かっていた答えが返ってくる。

 

 「ザリュース、いくらダチのおめえの頼みでもこればかりは俺の一存じゃあ、決められねえことだ」

 「だろうな」

 

 ゼンベルは語る。現在この部族の状況を、先の戦いから逃げてきた者たちは今でもザリュースたち、勝利した部族たちを恨んでいるという。そんな中でいきなりの同盟はいくら自分が族長権限で命じたとしても難しいだろうと。

 

 「いや、それでもなんとか俺に従いはするだろうがよ」

 「ああ、分かっているさ」

 

 確かに生き残りである部族の者たちはゼンベル、族長の言葉であれば、同盟に参加するだろうが、精神的なしこりは残ったままだ。これから自分たちが挑むのはこの湖に住む蜥蜴人(リザードマン)。その歴史で初のことになるし、間違いなく自分たちの歴史は変わるできごとだろう。だからこそ、僅かな不安も残したくない。

 

 彼は少し酒を飲みながら空を眺めていたが、やがて自分に振り返る。

 

 「いっちょやるか」

 

 彼の考えもザリュースには、よく分かるものであった。彼はあまり頭を使うことが得意とはいえず、とりあえず筋力があればそれですべて済むと言わんばかしの方法をとってくるのだ。

 

 「私闘だな」

 「おうよ」

 

 

 しばらくして、その場は設けられた。旅人たるザリュースと生き残りの部族から代表で出て来る者の決闘。それはゼンベルを始め、村のリザードマンすべてが注目していた。

 

 そして彼の前に立った人物を見て、少し驚いた。それはこの村に入った時に、自分の持つ魔法武器をにらんでいた若いリザードマンであったのだから。彼は木に石製の鏃を結び付けた簡素な槍をもって、ザリュースと対峙、全身に殺意をぶつける様に睨みつけ、口を開く。

 

 「俺はソーリス・セセ、かつてお前らに敗れた鋭剣(シャープ・エッジ)の生き残りだ」

 「そうか、俺はザリュース・シャシャ。かつてお前たちの族長を討った者だ」

 

 その言葉にさらに反応するように、彼は憎悪の炎を燃やしていた。

 

 「俺が勝ったら、先代のそれを返してもらうぞ」

 「勝てたらな」

 

 その言葉を合図にするように、ソーリスは突っ込む。その槍が狙うのはザリュースの足だ。それは彼なり戦い方にそったものであった。何より重要なのは相手との間合いを図ったり、時には腕を振るうより立派な武器になり、何より生きていくことに必要不可欠な足を先に潰してしまえば、後はどうとでも調理ができる。それは決して褒められた戦い方ではないし、嘲笑の対象にもなりえる。しかし、彼にはその方法しかなかったのだ。

 

 本来、鋭剣(シャープ・エッジ)は剣の技に優れた一族であり、当然、幼き日のソーリスも先代たちに憧れ、剣を手に訓練にいそしんだ。しかし、彼には才能がなかったのだ。いや、正確には槍の方がその適正があったということなのだけど、剣に重きをおいた部族ではそんなの言い訳でしかない。

 

 しかし、槍に重きを置けば、人並み、否、蜥蜴並以上の力が得られるのも確かであり、何より先代が言ってくれたのだ。

 

 『どのような戦い方でもお前がこの部族の戦士であることに変わりはない』

 

 思わず泣いてしまった。そしてその言葉に報いる為に、彼は彼の戦い方を磨いてきたのだ。それから間もなく、食糧難がやってきた。

 

 そして、その戦争で先代は目前の雄とその兄に討たれたのだ。生きる為の戦いであったことは理解できるし、あの後、行き場を無くした自分たちを受け入れてくれた竜牙(ドラゴン・タスク)にも感謝している。

 

 けど、それでも簡単に同盟を受け入れられる程、彼は達観していなかった。

 

 ゆえに挑むのだが、

 

 (当たらない)

 

 やはり歴戦の戦士なのか、旅人としての経験がなせる技なのかザリュースには自分の振るう槍はまったく当たらなかった。彼は自分の攻撃をかわしながらも、かつて先代の振るった至宝であるその武器で自分を叩きつけてくる。その姿勢がさらに自分を苛立たせた。

 

 (使わないつもりか!?)

 

 自分は知っているのだその武器の真の技を。それをしなくても自分に勝てると言いたいのか?この雄は!

 

 そして、その雄も自分のその考えを読んだのか。返してきた。

 

 「使わないまでも。時期に決着はつくさ」

 「何を――!!」

 

 そう、奴の言う通りであった。それはソーリス自身のミスが招いた事態であった。彼はかつて先代が見せていたその派手な技に目を奪われるあまり、フロスト・ペインの基礎的な効果を忘れていたのだ。

 

 彼の体は動かなくなってくる。その肌には霜が生えており、熱が逃げているのだということが嫌でも分からせるものであった。そう、追加冷気ダメージのことである。

 

 ザリュースの言葉通り、決着はついた。彼はいまだ納得できていない様子の若い雄に声を掛ける。

 

 「お前たちの族長はもっと強かったぞ」

 「!!!」

 

 その言葉に、彼は悔しさのあまり泣き崩れていた。分かっているのだ。今の自分でも未だ、先代に遠く及ばないと。奴は続けた。

 

 「それでもお前の槍さばきは見事であった――だからこそ、共に戦いたい。今度の相手は恐らく。俺たちすべてがまとまっても勝てないかもしれない相手だ」

 

 それも自分なりの直感で分かっていた事だ。同盟しか戦える手段が残されていないという事を。

 

 「いつか」

 「?」

 

 恩人で族長たるゼンベルがこの場を設けてくれたのだ。そこで負けた以上、奴の申し出は受けなければならない。しかし、これだけは宣言しておきたかったのだ。

 

 「あんたに必ず勝つ」

 「ああ、楽しみに待っていよう」

 

 周囲のリザードマン達が歓声をあげる。それ程までにザリュースとソーリスが見せた戦いが見事であったのだ。ゼンベルもまた、右腕がうずくのを何とか抑えながら。友の勝利を見届けていた。

 

 

 

 

 

 「んで?次は最後の部族ってか?あっという間だなあ」

 

 それから、ザリュースは次の目的地に向かうため、ゼンベルと共にロロロに乗って移動をしていた。彼以外の者達はすでに兄がまつ地へと向かってくれている。

 

 「元々、交渉する必要があったのがお前の所とあわせて2つだけだからな」

 

 次の目的は何かと謎が多い、朱の瞳(レッド・アイ)の村だ。同盟は勿論だが、もしも彼らが逃げるのであれば、最悪、戦うことも視野に入れなくてならない。もしも1つの部族だけが何の傷を負わないとなるとそれは後々の蜥蜴人の繁栄に大きく関わってくるのだから。

 

 (どうなるか)

 

 「そういや~ザリュースよ~」

 

 すでに待つことだけに飽きた様子でため息をついていた。悪友が声を掛けて来る。

 

 「何だ?」

 「おめえ、結婚はしないのか?」

 「急にどうした?」

 

 そう、この雄からその話が出るとは思わなかった。だからこそ、予感ができてしまうのだが、嫌な予感が。彼は気怠そうに答えてくれた。

 

 「いや~おめえの兄ちゃんから頼まれてよ~」

 「やはりか」

 

 まったく、あの人は何が何でも自分に番を持たせたいらしい。困ったものだと思ってしまう。自分はできるはずがないのだから。

 

 「ん?」

 「今度はどうした?」

 「あれって鳥だよな?」

 

 彼が示して方向に目を向ければ、人のような頭を持った鳥が飛んでいた。それはザリュースにも見覚えがないものであった。それでも翼を用いて空を羽ばたいているその様子を見る限りは鳥で間違いないはずだ。それに今はそんな些細なことを気にしている暇はない。

 

 「ああ、そうだろう」

 

 だからこそ、適当に言葉を返すザリュースである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルでは復興事業が進んでいた。その工事の音、レンガ等が出す音であるが、――は最高の宿である「黄金の輝き亭」にいても聞こえて来る。しかし、彼にはそれに対して、苦情を言うつもりは全然なかった。その喧噪や、騒音はこの町を立て直す為に必要なことであり、彼とその仲間たちも現在その支援に協力しているのだから。

 

 いつものように支度を整えたところで、頭に声が響く。伝言(メッセージ)相手は彼だ。

 

 『アインズ様、只今よろしいでしょうか?』

 「ああ、お前かウィリニタス。どうした?」

 『報告します。アインズ様の見立て通り、動き出した者たちがいます』

 

 (俺の見立て通りってなんだよ)

 

 そもそもそれを立てたのは、デミウルゴスや彼であるというのに。何だか自分は見通して当たり前という認識なのだ。自分は彼らにその可能性を問われ、十分あり得ると答えただけなのに。

 

 (あれか?上司を立てる部下って奴?)

 

 それは、確かにありがたい存在であるのだろう。自分の功績を上司に譲る部下というのは、あの世界であれば、引っ張りだこであったろう。だが、それを素直に喜ぶことはできない。アインズとしてはしっかりと自分の働きを認めてもらいたいという考えもある。しかし、

 

 (2人ともあれだからな~)

 

 まずはデミウルゴス、彼は特に過労であるはずなのに、不満はおろか、褒賞さえ求めようとしない。それでは、ブラック企業と変わらないではないかと何とか彼の望みを聞いてみたところ、返ってきたのは。

 

 『それでしたら、開発の方に時間を割いてもよろしいでしょうか?』

 

 と言った。思いっきし、仕事の話を振られたのだ。いや、もしかしてと思う所もないわけではなかった。

 

 (デミウルゴスって、意外と工作好き?)

 

 彼が生き生きと、かつてアインズが生きていた世界の物品を再現しているのもまた有名な話だ。このままだと新幹線や、ジャンボジェット等も作ってしまうかもしれない。

 

 ウィリニタスに関してはもう諦めている部分もある。彼にその手の話をすると、返ってくるのは。

 

 『不敬ながら申し上げます。義妹の想いに応えて頂きたくあります』

 

 の、1点張りだ。一応、娘であるあの少女のこともあるし、しばらくは何もしなくてもいいかもしれない。結局は問題の先送りだけど。

 

 「分かった。引き続き観測を頼む」

 『畏まりました』

 

 それで通話は終了した。今回、彼にはリザードマン達側の観測を頼んである。彼の妻である室長が率いる《観測班》の助けを借りる形でだ。コキュートスを信頼していない訳ではない。これから起きることは間違いなくナザリック地下大墳墓にとっても貴重な経験であり、必ずこの先のことで役立つと確信があるのだ。そんな事の記録を詳細に取らないというのは愚者の選択である。よって命じた訳だ。観測班自体はコキュートスにも自由に使っていいと伝えてある。彼がどう活用するかも楽しみだったりする。

 

 (集いし蜥蜴人か)

 

 どうやら、相手の陣営には相当、頭が切れる人物がいるようだ。今回、彼らの対応を全面的に任せることにした。コキュートス率いる《軍事班》がどんな対応をするか気になる。残念ながら、自分の方はモモンとしての依頼を多数受けているため、それを見る事は叶わない。映像として残すよう伝えてあるので、後から見る事はできるのだが、こういったものはリアルタイムで直接見るのが一番なことに変わりはない。

 

 パンドラズ・アクターに影武者を頼むという選択肢がない訳でもないが、それはあまりしていい事ではない。例え、偽りであっても、英雄を作ると決めたのであれば、可能な限り自分がやるべきである。

 

 「さて、行こうか」

 

 

 漆黒の戦士モモンとその一行は宿を出るのであった。

 

 そして、現在アインズは復興工事に参加していた。

 

 (まさかこんな事をすることになろうとは)

 

 破壊された建物は多く、新しく作るためにはそれだけの人でいるのだ。アインズもまた、冒険者組合からの依頼で参加しているという訳だ。本来であれば、アダマンタイト級が受ける仕事ではないが、復興が中々、進んでいないという事実と何よりアインズ自身が望んで参加しているのだ。一刻も早くこの街には元通りになってもらいたいのである。それは自分達の計画の関係もある。

 

 そうした思惑なり、打算なりを抱えて参加しているのだ。しかし、彼に専門的な作業ができる訳ではないく、何をしているかというと、その資材運びだったりする。

 

 「殿!!ここがポイントDでござるか?」

 

 周りを見まして上で、そう問いかけてくるハムスケ、彼女にしては成長したと言えるだろう。しかし残念ながら不正解である。アインズがもらった地図ではまだ先であった。工事をしているポイントはアルファベット――正し発音のみで、その記号自体はアインズの見たこともないものである。――で区切られており、彼が頼まれた資材は集合住宅、いわゆるアパートやマンションを建てる為の材料らしい。

 

 「違う、ここはLだ。もう少し歩くぞ」

 「承知したでござるよ!!」

 

 現在、彼女の背中にも大量の資材が載せられ、それを縄で固定しているのだ。その様は、彼にある光景を思い出させた。

 

 (まんまトラックだな)

 

 そんな彼の姿はいつもの全身鎧姿である。正直、機能的にいかがなものかと思ってしまうが、組合長に頼まれたのだ。

 

 『モモン君がそうやって動いてくれることで、この都市所属の冒険者達の気も引き締まる』

 

 その意味合いは何となく察したものの、アインズとしてはどうにも居心地が悪い。気分は職場にコスプレで通っているような気持ちだ。しかし、そこは英雄像を作る為になんとか耐える。

 

 「あ、モモン様だ!!」

 「モモン様~!!」

 

 そんな彼らを見つけたのか子供が2人程、駆け寄ってきた。遅れて母親らしき女性が頭を下げながら、声を上げる。

 

 「こら!あんた達!――すいませんモモンさん、うちの子たちが」

 「構いませんよ、しかし今は重いものをもってますので、君たちもそれ以上近づいては駄目だぞ」

 「「うん!!」」

 

 聞き分けのいい子たちである。そして彼はその親子に軽く別れを告げ、荷物を抱えて目的地へと向かうのだが、その所々で声を掛けられるだ。

 

 「モモンさんじゃないか、調子はどうですか?」

 「モモンの旦那!今夜は家の酒屋によってくれよ!」

 「モモン様!!この手紙を受け取ってもらえませんか?」

 「モモン様だ~またあれやって欲しい~」

 

 英雄像を作る。その取り組み自体は成功しているみたいだが、少しばかし人気過ぎではないだろうかと、アインズは考える。あの夜自分がやったことは相当なことであったらしい。それも合わせてのことだろうけど、

 

 (人に注目されるというのは意外と神経を使うな)

 

 なんだろうか?街中の人々が自分の行いを監視しているように感じるのだ。バジリスクの件と言い、自分はかなりマイナス思考なのかもしれない。気分を変える為にも、他のことを考えてみる。例えば、

 

 (ナーベラル達は上手くやっているかな)

 

 現在、別行動中である黒髪の従者たちのことだ。しかし、彼女たちは優秀なのだ特に心配をする必要もないだろう。 

 

 

 同じころ、ナーベラルはレヴィアノールと共に、炊き出しに参加していた。あの事件で家を無くした人たちも多く、そう言った人たちは食事を作ることができない為、代わりにそれをやっているということである。幸い、料理に関しては自分も同僚も何とか時間を作ってはその鍛錬をこなしているのだ。余程、酷い材料ではない限り、食べられるものにできる。

 

 (ふふ)

 

 そして思わず思い出して、笑ってしまう。先日、主に願いしばしの時を共に過ごした時のことだ。あの時程、真面目に料理を習得してよかったと思えたことはないだろう。

 

 「ナーベ?そっちはどう?」

 

 同僚の呼び声だ自分たちが今作っているのは簡易的なスープであった。しかし、それも片栗粉のような粉を混ぜてあり、それが十分なとろみを生み、食した者の腹にたまるよう工夫してある。そして目の前にはその配給を待つ人々の列。

 

 「ええ、問題ないわ。配りましょうか」

 

 こうして、作った料理をあらかじめ用意してもらった食器によそって配るのだが――

 

 (ねえ、ナーベ)

 (何かしらレヴィア?)

 (少し人が多くない?)

 (そういえば、そうね)

 

 彼女たちには自覚がないが、モモンの仲間ということでその評価は高く、そして今回振舞われる料理のことはエ・ランテル中に広まっており、それを食べようと、被災者ではないもの達までその列に並んでいるのだから。それでも彼女たちはそれを特に疑問に思うことなく、食事を配り続ける。

 

 ナーベラルはそこで気づいた。1人の少女が自分を見ていることに、自分に何か用なのだろうか?

 

 「あの、モモン様の仲間のナーベさん、ですよね?」

 「ええ、そうですけど」

 

 少女は意を決したように問いかける。それは年ごろの少女が抱くいたって自然な好奇心からくるものであった。

 

 「あの、モモン様と恋人って本当なんですか?」

 

 そのやりとりに、周囲の者たち、特に若い男たちが聞き耳を立てる。そして、問われたナーベラルは――優しく微笑んでいた。彼女にとってはそれこそ、もう何度も受けた質問だ。だからこそ、何度でも同じように答える。

 

 「違いますよ――でも、大切な御方です」

 

 その表情に少女は顔を輝かせ、周囲の男たちはモモンへの嫉妬で絶叫をあげていた。

 

 (ま、よくはなっているわよね)

 

 以前に比べればではあるが、レヴィアノールもまたその光景に一種の安心感を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朱の瞳(レッド・アイ)族、その族長がかつて使用していた小屋でクルシュ・ルールーは2匹のリザードマンと対峙していた。それぞれ、緑爪(グリーン・クロー)竜牙(ドラゴン・タスク)からの使者だという。その用件も分かっている。先の使者の件であろう。やはり、彼らのところにもきたのだ。片方の人物は先ほどから自分の体をにらんでいるようだが、それも仕方ないといえる。

 

 アルビノ

 

 それはほかのリザードマンに比べて、肉体的に劣る存在であるのだから。そんな者が族長代理をしているのはひどく滑稽であろう。もう一人の人物はまるで興味がないように眠たそうにしている。これからやることを分かっているのだろうか?

 

 (まずは私が動かないと)

 

 覚悟を決めて、話しかける。

 

 「話とは何でしょうか?」

 

 しかし、返された言葉は、彼女が予想もしなかった言葉であった。

 

 「結婚してくれ」

 

 (え?)

 

 気づけば、彼女は絶叫していた。生涯初の体験に理性なんて吹き飛んでしまったのだ。

 

 「――はぁあああ!?」

 

 やがて、その叫びに反応するように覚醒したもう一人が発言したリザードマンにその巨大な右腕で軽くはたいた。

 

 「おい」

 

 

 それは、ザリュース・シャシャだけではなく、クルシュ・ルールーにとっても転換点であったのだ。

 

 

 

 

 




 第4章、少しかかるかもしれませんが、お付き合いお願いします。

 作者のグダグダなプロットではあと3~4話の予定です。

 12/19誤字報告ありがとうございます。今回、原作キャラの名前を間違えるという最悪なミスをしました。報告、本当にありがとうございました。

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