では、最新話どうぞ。
時が止まったように感じたのは恐らくその少女だけであろう。あるまじき失態、この場を何とかしないとこれまでやって来た事のすべてがお釈迦だ。主からの信頼は勿論、計画に大きな支障が生じてしまう。
(落ち着くでありんす)
彼女は冷静になろうと必死に努める。幸い、それが挙動につながる事は何とか堪えたので、後は何とか上手く話をしなくてはならない。
(どうするべき?)
ここまでの彼とのやり取りを振り返る。今の自分は貴族令嬢、そして彼らはミスリル級の冒険者チーム。そして令嬢は自分の父親から彼らの話を聞いている。それが、先ほどのやり取りで自分が作ってしまった事実だ。では、彼らを知っている自分の父親は誰であるか?
(ここで、アインズ様の名を)
出すわけにはいかない。そんな事をすれば、いずれあの村に注目が集まることであろう。いつかナザリック地下大墳墓は一つの勢力としてこの世界の表舞台に出る予定ではあるが、まだその時ではない。そして、何より。
(エンリ、ネム)
愛する主が養子として見守っているあの姉妹が危険に晒されるかもしれない要素を生み出すべきではない。では、どう答えるべきか?自分たちはどこぞの地方から来たというのは確定事項であり、そこを下手に変えようとすれば、きっとほころぶし、これまでの設定が台無しだ。
(それは不味いでありんす)
いつか主がしてくれた話がある。それは、信頼というものについてだ。
『いいか、信頼というものは得ることは大変である。それ故に失う時は一瞬だ』
もし、ここで自分たちの事情が周知される。なんてなれば、二度とこの場に戻ることはできないし、墳墓の名に傷をつけてしまう。地方出身はやはりそのままの方が良い。
(なら……)
その父親の事をどうするかである。展開によれば、主と今の自分がそういう関係であると、もっと詳しくすれば養子であるという設定もある。それ自体は、別に嘘という訳ではないのだから。自分を生み出してくれた本来の創造主であるぺロロンチーノはあの世界を去ってしまい。残された自分は、というより墳墓の者達は主に護ってもらっていたのだから。
(ああ、アインズ様)
こんな時だというのにそれを考えれば主への想いは高まる。本来であれば、自分は既に肉体としての機能が死んでいる為、いくらあの方と体を重ねようと子を身籠る事はできない。しかし、それは以前の世界での話だ。
この世界に転移してきて色々と変わってきていると言う。無論、至高の方々にそうあれとされた事柄が歪むのは正直我慢ならない。しかし、悪い事ばかりでもない。主が手に入れた品に自ら作りあげた品。そしてあの悪魔が次々と再現してみせている物を見れば、案外悪くないと不敬ながら思ってしまうのだ。
それが良い事か悪い事かは上手く判断できない。それでもそうであれば、ある可能性が叶う事を期待せずにいられない。
(デミウルゴスなら)
彼なら自分の体に再び生殖機能を作ることが出来そうである。そうして、絶対にあの方の子を産みたいと彼女はまた時を忘れて、自らの下腹部を撫でる。
(いつか……)
全てが終わった時、その時を迎える事ができれば、自分の幸福はそこにあると思う。その為にもこの場を何とか乗り越えなければならない。知恵を絞れと頭を回す。
「あの、どうかしましか?」
(しまったあ!)
時間をかけすぎてしまったらしい。実際、まだ20秒ほどしかたっていないが、それでも心配する者は心配する。それは優しさであるのであろうが、今は唯々恨めしい。
(何か変な事を聞いてしまったのでしょうか?)
目前の少女は腹部をさする動作をした。もしかしたら、余りにも失礼な質問を自分がしてしまったからかもしれない。そうだろう?向こうはこっちを覚えてくれていたと言うのにこちらは心当たりすらない。
(我ながら、最低ですね)
しかし、どうやって思い出そうにもどうしても出てこない。一体どこで、彼女の父親と会っていたというのか?そうやって、考えることができるのは彼の美徳だろう。加えて初対面の相手でも礼儀正しく接っしようとするその姿勢は見ていて好感が持てるもので、しつこく女性に言い寄るどこぞの野伏よりは彼の方がもてるという話も案外いつか少年が見た夢の中だけではないかもしれない。
が、悲しいかな。そんな彼の優しさは今のシャルティアにとっては拷問に等しいものだ。なんせ、ある意味騙しているのはこちらであるのだから。例え理由があって、悪意があるものではなくてもどこからか罪悪感が溢れて来る。時間は唯過ぎていく。
(どうすれば、どうすれば、どうすれば)
彼女は必死に考える。この場を乗り越える方法を、しかし焦りは、更に焦りを産むだけである。
(…………)
何も思い浮かばない。いっその事、本当に体調を崩したという事にしてこの場を離れるか?いや、駄目だ。それでは、問題の先送りでしかない。
(アインズ様)
かの御方であれば、絶対にここで問題を解決しているはずである。では、自分もそれに倣うべきだ。しかし悲しいかな、考えても考えても良い方法が思い浮かばない。
それもそのはず、今の彼女は焦っている。焦りは禁物だ。思考が正常に働かない。何とかしようとすれば、する程まるで糸が絡まるようにあるいは、泥に沈むように彼女の脳内は迷走する。
(どうする?……どうするどうする?)
答えは出ない。このままでは、それでも何にも出ない。遂に彼女は泣き出してしまう。帽子のお陰もあり何とか周囲には上手く隠しているが、それでもバレるのは時間の問題であろう。
ここで、彼女は後ろに控えている者。今回に限っては、プライベートでも親しい彼女に助けを求める。
(どうしんしょ~ソリュシャン~)
それを見た彼女の胸にはある一つの感情が生まれていて、彼女自身もそれを自覚していた。母性本能というものであろう。
(ああ、シャルティア様、可愛いですわ)
実年齢で言えば、彼女は立派な淑女だ。それでも今自分に見せているその顔は年相応の少女のものであった。それが、彼女にある願いを
(アインズ様)
きっかけは、単なる褒め言葉。その時からこの想いは育ち始めた。かの主は大恩ある御方。だが、自分にはそれだけではなく、いつまでも傍にいたいと思える方でもある。それから彼女の認識も一部変わりつつあった。
(赤ちゃん)
自分にとってのそれは以前までであれば、唯食すものであった。だが、今は違う。心から欲しいと思えるのだ。それが、本来であれば許されないものでも、そして大変不敬であると承知の上でだ。
(いつか、私も)
それは、愛する御方の子を産みたいという女性が抱く自然な願いである。そして、彼女は思う。いつか許されるのであれば、かの方との子供を産みたい。それも
「はい、この方々はかの有名な『漆黒の剣』の皆さまでありますから」
彼女はわざと大げさに右腕を広げ、左手を胸に添え語り始める。それは、目前の彼らだけではなく、周囲に集まった人々に訴えているようであった。
「有名?あの人たちがか?」
群衆から聞こえた声だ。誰が発したかまでは分からないが、特に問題ではない。その言葉がきっかけになったかならずか、人々の視線は彼らに集まる。それを確認して内心微笑みながら彼女は続ける。
「はい。そう、話は城塞都市エ・ランテルでの事でございます」
「あれかいメイドさん?あの話かい?」
またも群衆の中から1人の人物が、青年が問いかける。もしかしたら、彼女と話をしたいが為に出した。下心かもしれないが、今はそれでも構わない。話を繋げてくれるのであれば、むしろありがたい。
「はい、その話でございます」
彼女は高らかに続ける。それは、まるで政治家を選出する為にその候補者たちが行う演説のようであった。そのまま彼女は続ける。
城塞都市を襲った一件、ズーラーノーンとヘッドギアによる襲撃、その詳細な目的は不明なれどその攻撃は苛烈なものであり、被害も大きい。現に今も復興の最中だ。
「しかし、同時に英雄の誕生でもありました」
「私知ってる! モモン様!」
声を上げたのは少女だ。その目は輝いていて、それは純粋に英雄というものに対する憧れであろう。あと数年もすれば、それは恋というものに変わるかもしれない。
「はい、そしてそのモモン様が旦那様に話してくれたのです。彼らのことを」
「そうなんですか?」
それを聞いたペテルの声であった。彼女は続ける。
「旦那様がモモン様に依頼をした際の話でございます」
その話に誰もが耳を傾ける。モモンの名は既にこの王都に広まっているらしい。それも当然といえば当然か。あの出来事からそれだけの時が立っているのだし、あの戦争から来客を迎えるまでの間も主は英雄として冒険者として、活動をしていたのだから。
(本当にナーベラルが羨ましい)
そして、その流れで主たちも独自に繋がりを持っている貴族もいるのだとか、あるいは何とか英雄モモンと繋がりを持とうと躍起になっている者達、これは単に貴族だけではなく、商人に戦争の間も動いていたもの達。
(グリム・ローズ斑だったかしら)
妹の一人がその班所属の少女と仲が良い。と言ってもあれを仲が良いと言うのは個人的には微妙に感じてしまう。
(何にもせずに座って?……あれは寝ているのかしら?)
眠っている少女とその近くで主から頂いた映像資料を見ている妹がいるその光景。まあ、仲が悪いのであればそもそも一緒にはいないだろう。
ともかく、その少女が所属する班の働きによれば、モモンと接触を図ろうとしているのはこの国の人間だけではないらしい。帝国、法国、評議国、聖王国、竜王国に都市国家連合と数多の国々から動いている者たちがいるとのことであった。
それは、同時にこの国がどれだけお粗末であるかを証明するようでもあると思ってしまう。身分の偽装に不法入国、後者に関してはこの世界にそうった概念があるかは疑問であるが、とにもかくにもそれらの事から見えてくる事実もある。
(本当にどうしようもないのね)
恐らく周辺国で一番、その辺りが酷いのは間違いなくこの国であろう。他国がアダマンタイト級冒険者、英雄たる主、正確には演じているモモンに対して何を狙っているのか?
(デミウルゴス様の講義だと)
基本的に冒険者とは、国家間の争いに介入はできない。本当に対モンスターの為と言った存在のようである。しかし、世の中何事も例外や抜け穴はある。その冒険者を辞めた場合は?その人物の次の生活の場はどうなる。実際、元冒険者が貴族やあるいは王族の下につくという話はあるらしい。
それだけではない。
(……神人)
この世界で主の友人となってくれた……友竜と呼ぶべきだろうか?御方が教えてくれたことだ。何でもプレイヤーの血を受け継いだ一部の者が覚醒することがあるという。だが、そこは今はあまり気にする事ではない。
要は子孫の話であろう。例えプレイヤーではなくても英雄級の力を持つ人物であれば、その子供もその素質を引き継ぐ可能性は十分にある。そうでなくとも他にも活用の方向性はあるかもしれない。結局の所、より高い戦力になりうる人物を引き抜こうと各陣営躍起になっているという事か?
何はともあれ、それだけこの世界に名が広がっている人物であるモモンを今回は利用する。
「その時にモモン様はこの方々の事を嬉々として聞かせてくれたとの事です」
「「「おお―」」」
彼女は続ける。精度の高さに手数の多さ、連携もさることながら何より良い雰囲気を持つチームであったと。
(モモンさん)
ペテルはこそばゆい感覚を味わっていた。自分たちはあの人に助けて貰っただけだというのに、自分たちのことをそんな風に話していたとは、思いもよらない。そして納得する。つまり、目前の令嬢もまた又聞きであったのだ。
「そうでしたか。そういう事であれば、私たちが知らないのも無理はないです」
「はい、ご納得いただけたようで」
どうやら、その方向で彼は納得したようである。後ろに控えている3人を見ても、同じ結論に至ったようである。
「モモンさん……」
「立派な方である」
「ねえねえ、君は何て名前なのかな~」
特に最後の男。
(ルクルット・ボルブて言ったかしら)
どうやら、自分を口説くつもりのようらしい。何気に凄いと感心してしまう。
(ナーベラルに、姉さんと、私で3人目ね)
同じく3女である彼女はその時こそ無自覚であったものの、自分と同じ想い人が居たわけである為玉砕。次いであの姉にも一度声をかけて見たというのは本当に驚きだ。
(ユリ姉さんだったら)
きっと赤面して、衝動的に相手を殴る。その相手はきっと全身骨折の大怪我を負う事は想像に
「ルクルット!」
「ぐべ!」
彼が放ったのは拳による真下からの突き上げ、俗に言うアッパーカットだ。それは、ルクルットの顎を的確にとらえ、彼の脳に振動という攻撃を加え、そのまま肉体を上昇させた。
「おお!」
「なんて力だ!」
「流石、モモン様が称えられる冒険者チームのリーダー。戦士としてここまでの力があるとは」
周囲から湧き上がる歓声。目測で5メートル程、殴られた彼は飛んだのだから、それも当然と言えよう。やがて振って来た彼をダインが担ぐように上半身を、そしてニニャが器用に両足を受け止める。その様は担架無しで怪我人を運ぶ構図の様と言えば良いだろうか?
「お前は、いつもいつも……と、失礼しました。それでしたら、また今度ゆっくりお話しを聞く機会を設けたいと希望してしまいます」
ここで、彼は一度この場を離れるつもりなのだろう。理由は言わずもがな先程のやり取りが原因だ。周囲の者達や、自分たちは特に問題だと思わないけど、本人してみればその限りではない。きっと恥を晒したと思っているのだろう。だからこそ、野伏である彼には感謝してもしきれない。
そう考えながら彼女も自然な返答をする。
「はい、旦那様もお喜びになるかと」
その旦那様がどんな人物か一切明かさないし、決して情報も渡さない。それは、隠すというよりもこの先どんな変更があっても対応できるようにする狙いがある為である。
「では、これで失礼します」
その言葉を最後に今度こそ彼らは行ってしまう。遠くから彼らの声が聞こえて来る。
「ルクルットは目を覚ましました?」
「まだである」
「これ、いつか本当にペテルがルクルットを殺しちゃうんじゃないですか?」
「……悩ましい事ですね」
それを聞き流しながら、彼女は傍に居たシャルティアにセバス、ようやく馬を小屋に納める事が出来たのかいつの間にか来ていたエドワードに向けて微笑む。
「私たちも一度、屋敷に入りましょうか」
それから、集まった人々もそれぞれにやる事があるのか散って行く。その様を見送りながら、シャルティア達4人は移動した。
2階建てであるその屋敷は正面の扉、両開き式のものであるそれを通ると、まず階段が姿を見せる。それは見た限り20から30数段と言った所で、その先は直角に枝分かれしている。丁度この階段を真上から見た時Tを描いている形となる。1階には今彼女たちが通った扉のほかに6枚程が壁の1面に2枚ずつあり、玄関から見上げることができる2階には向かって左右に2枚ずつの扉がある。屋敷の外観からきっとその扉の先も空間は続いているのだろうが、ここから、それも視覚だけでは知ることはできそうにない。
「こちらでございます。シャルティア様」
彼女は慣れているように右側の壁についている扉、それも右側の方へと初めてここを訪れる2人を案内する。それに続きながら気になった事を聞いてみる。
「これだけの屋敷、それなりにするんではありんせんか?」
墳墓に比べれば一段も二段も下がるが、それでもこの世界ではそれなりの水準であるはずだ。で、あるならばやはりお金もかかる訳であり、その資金源もある程度は気にしなくてはならない。
「その点であれば、ご心配なく」
自分の考えを読んだようにメイドが言葉を返してくる。そのまま、彼女は説明を続ける。そもそもある程度の資金源を用意したのは、あの男であるらしい。
(デミウルゴスでありんすか)
主からの命令で捉えた法国の者達の装備を元に例の世界樹から採れる魔石を材料にして、いくつか複製品を作成……この表現は正しくない。それよりも更に上質なものに仕上げ、それをこの街の質屋に売ったらしい。
(流石というか、でも)
気になる事もある。そのやり方ではその物品の出所をどう説明したのであろうかと?
「それでしたら、パンドラズ・アクター様のシナリオを活用させてもらっています」
「そうでありんすか」
今回セバス達が使用した筋書きの内容はこうだ。彼らが仕えている地方貴族にはある趣味がある。それは、魔法収集である。なんてことはない。要はいろんな魔法。生活に使われるものから、英雄が使用したとされる伝説級のもの、はたまた特殊な事例で使用される珍しいものなど様々な魔法を収集するのが趣味である。
ここまでは、シャルティア自身も把握していることであった。以前野盗達の襲撃を受ける前に話していたプランKとは、正にそれのことであるから。
そうなれば、その先は自分の預かり知らない所。その時はひとまず彼女たちの立ち位置と偽の経歴を決める事に注力して、現地での詳しい振舞は特に決めていなかったのだから。
彼女の説明は続く。確かに費用を抑えることを考えればそれにあった屋敷というものを選ぶこともできたはずである。では、どうしてそうしなかったかと言うと。
「例え、仮初めの場でも
「そうね、それも当然でありんしょう」
自分も納得を通り越して理解できる考えだ。いくら情報収集の為のアンダーカバーと言えど、侮れるのは我慢ならない。考えて見れば、主だって比類なき英雄像を作っているのだ。こっちだって多少は設定を盛ってもいいはずである。
「分かりんした。では、その資金源、もとい武器に鎧はどこから来た事になっていんすの?」
「はい、シグマ商会から宣伝を兼ねた試供品という事になっております」
「ああ、成程」
その言葉で彼女もすべて理解した。
シグマ商会。
それは、自分たちが使用する予定の筋書きの内の一つだったものだ。今でこそ自分たちはどこぞの地方貴族という事になっているらしいが、それは自分たちで明確にした事ではない。城塞都市で別行動であった彼の情報収集に王都までの道のりを調べている間。適当にあそこで過ごしている内に人々が勝手に決めつけた噂の
もしもそうならずに自分たちの身分を聞かれた際には、帝国から来た商人の家系であるとする案もあったのだ。それがシグマ商会である。
「結局使う事が無くなってしまったシナリオでありんすから、それは良いけど。どういった内容になっていんしょう?詳しく聞かせてもらいんす」
「勿論でございます」
どのように話が出来ているのか、メイドは詳細を話す。シグマ商会とは最近帝国に出来たものであり、その会長と自分たちの家の当主は昔から懇意の中であり、新商品である武具を宣伝も含めて広めるよう頼まれているという事。であった。
「十分分かりんした。それならばある程度の時間は稼げんしょう」
「はい、いざという時は商会の関係者を演じる者に、その物件もいつでも用意出来るという事でございます」
「何処までも隙がないわね、あの男」
万が一本当に商品を求められるようになれば、資金源の一つにする予定でもあるらしい。流石は墳墓一の知恵者と言った所か。現状を把握した彼女はそこでメイドに頭を下げる。謝罪と感謝が半々に混ざったものと言うべきか。
「ソリュシャン、改めてさっきは助かりんした。ありがとう……そして迷惑をかけんした」
「いえ、私の役目はシャルティア様の補佐でございますので、お気になさらないでください」
「そう言ってもらえると助かりんす」
「それよりも、その一応……」
彼女が何を言わんとしているか分かっているからこそシャルティアの胸には憂鬱感が広がる。それでもやらない訳にはいかないので、ひとまずは応接室へと入るのであった。
その部屋にはテーブルとそれを囲むようにソファーが配置されている。周囲を伺ってみれば、これまた花瓶に生けられている花に洒落た洋風人形と雰囲気は整えられているようであった。
そのソファーの一つに腰かけた彼女は体を震わせながらも
「デミウルゴス?」
やや時間を置いた後、聞きなれた声が返ってくる。すぐに返事が無かった事に対する怒りはなく、むしろ止まったはずの心臓が締め付けられている感覚を味わってしまい。一刻も早く楽になりたいと気持ちの方が強かった。それに、彼も忙しい身だあまり時間を取らせるのも良くない。
『直接とは珍しいねシャルティア。何かあったのかな?』
「実は……」
彼女はそこで、先ほどあったことを一通り話した。傍らに控えている3人に、恐らくどこからかこの状況を見ている彼もその時間は苦しいものであったろう。
『成程、しかしそれくらいであれば、誤差の範囲と言えるだろう』
「本当でありんすか?」
それは懇願。何が何でもそうあって欲しいと心から願っている彼女の渇望そのものが籠った言葉であった。
『ああ、大丈夫だともそれとこの後の君たちの予定であるけど、いっそ彼らも巻き込んでしまった方が良いかもしれませんね』
「それは」
悪魔の話は続く。今回の自分たちの目標、その第一歩として、あそこに調査に行くことになっている。そして表向き自分たちは余りにも無力な存在。自分はか弱い令嬢、ソリュシャンは多少護身術の心得がある位。エドワードはその辺りもまだ未熟。唯一その師匠であるセバスが戦えるという事になっている。というか、なってしまったと言うべきか。
(人間たちって)
彼らは噂が大好きなようである。それだけ日々が鬱屈としているのか、他に何も楽しみが無いのか判断に困る所である。故に立ち振る舞いには気をつけなくてはならない。今は良いが、誤って悪い方向の噂が流れてしまえば広まるのもあっという間であろう。だからこそ、メイドには感謝しなくてはならない。
(ソリュシャンには、何か)
個人的にも礼をしなければと思いながら悪魔の説明に耳を傾ける。
『そこで、ひとまずの展開というよりは設定を固めてしまいましょうか』
どうやら、自分が演じる令嬢と主が親子の路線で行くらしい。そして、次の行動に移る際に接触する者たちにもそれとなく察してもらえという事か。
この後の流れとしてはその護衛として名指しの依頼をする予定である。その為の相場の3倍を見積もった資金はある訳である。といっても相手もまた忙しいであろうことは容易に想像できる為、今日はその事を冒険者組合に問い合わせて、都合が付けば明日にでも、そうでなくとも相手方の都合がつく時までこの屋敷を拠点に出来る事。当面は集まった情報の整理に王国の現状、それに合わせた楽園の方向性などを決める時間に費やされる事であろう。
「ええ、では、その方向で」
そこで話を終えようと、いやとっとと終わらせたかったのだ。失敗というものは早く忘れてしまいたいものだ。彼女は纏った服の一部、丁度胸の中央辺りを握り締める。その部分の裏地にはあるものが縫い合わせてある。そう、あの時冒険者から貰った
馬鹿げた話だと思うかもしれないが、今の彼女にとってこれは一種のお守りであった。またいでいるとは言え愛する主から貰ったようなものであるから。漆黒聖典たちの事で一度墳墓に帰還した際に返却する事を主に申し出たが、優しき主はそうする必要はないと仰ってくれた。
『それはお前の働きで得たものであろう。ならば、お前の物だ。わざわざ返す必要はない』
(アインズ様)
愛しき御方を思い浮かべながら彼女はこの時間が過ぎることを願う。しかし、時間は嫌に平等である。いつもであれば、あっという間な1秒1秒がやけに長く感じる。そして、彼が告げる言葉を聞いて衝撃に襲われる。
『私の方はそれで良いですが、念の為、パンドラズ・アクターにも連絡をしてください。一応、彼も筋書きを用意している訳ですしね』
「う、分かったでありんす」
出来る事なら、もうこの事は忘れたいし、あまり触れたくもない。しかしそれでも業務連絡は大事だ。自分で用意したシナリオに現地での設定もあるにはあるが、それだって最初の分だけだ。後は現地での振舞に時間を取られたりしていたりしたので、そこから先は彼がいくつか用意して、事の状況次第でどれを使うか決める予定であった。それであれば、確かに彼にも伝えておくべきである。あるのだが、それでも躊躇してしまう。
デミウルゴスとの通話を終えた彼女はその場を立つと、ソファーの後ろのスペースに移動して、その場で伸びをする。両手の指を絡めて、手のひらを天井に向けるように伸ばし、同時に足もつま先まで力を入れ、可能な限り足の筋肉を伸ばす。アンデッドであり、肉体機能が死んでいるはずの彼女であるはずけれど、その行為によって骨や関節が鳴る健康的な音も聞こえてくるようであった。それから彼女はその場を意味もなく3周ほど歩いて立ち止まり、少し俯いてその口に握った拳の人差し指をあてる様に何事か考える。それを30秒ほど続けると、再び伸びをして歩き回り考え込むとその繰り返したっぷり3順ほど行った。
「えっと、あの、シャルティア様は先ほどから何をされているのでしょうか?」
疑問の言葉を出したのは執事見習いである少年だ。それは当然とも言える。先ほどから一連の動作をひたすらに繰り返す。そこには何の生産性もなさそうであるし、合理的な理由も見つからない。いや、実際はないのだろう。それでも今の彼女には必要な過程であると、ほかの2人と1人は理解していた。
「心の準備というものですよ。エドワード君」
答えるのは、ここでも彼の指導役になっている老執事だ。その言葉に少年は目を輝かせて反応する。それは、初めてセミの抜け殻を見つけた虫好きの子供が見せるもののようであった。
「準備でございますか?心の?」
「そうです。今回の件、シャルティアなりに責任を感じているのですよ」
そこで、少年は更に質問をする。彼なりに気になる事があるのだろう。それは悪い事ではない。とセバスも思いながら、その言葉に返事をする。
「でしたら、直ちにパンドラズ・アクター様に連絡なさった方が良いのではないでしょうか?」
「理性で理解できても、気持ちや心が追いつかない時もあるのです」
「そうなのですか?」
「そうなのです」
そんなやり取りの傍で、ようやく決心がついたのか彼女は再び
この世界独特の、かといって慣れ親しんだ者にとっては何てはことはない光景。蛇口を捻って、水が出る光景に誰も特別凄いと思わないし、変に思う事はないであろう。それと同じだ。
それでもシャルティアはその光景を逃さずに見届ける。その心境は断頭台に向かって歩く死刑囚と似たようなものであると言えば、良いだろうか?それだけ、彼女が今回の失態を重く見ている事であり、同時に相手に対する印象であろうか、これから話をするのは愛する主自身が創造した者、今の墳墓ではまた違った立ち位置に居る相手でもある。それに、いずれ主に想いを遂げるのであれば、多少は心象を良くしておかなければならない相手でもある。そういった打算を抜きにすれば、正直苦手な相手でもある。どうにもあのノリと言うべきか、抑揚が高いと言うべきか、あの言動には少しついていけなくなる時があるのだ。
(でも)
恐らく、それも愛する主がそうあれとした事を彼なりに忠実に再現した結果なのであろう。時間にして、コンマの世界。彼女は覚悟を決めて、言葉を口にする。
「パンドラズ・アクター、少し良いでありんすか?」
瞬時に頭にやけに上機嫌ともあるいはハイテンションとも言える声が聞こえてくる。
『これは、シャルティア様!一体私に何の用でございましょうか!』
(うわあーやっぱりきついわ)
内心そう思いながらも何とか声に出さず。彼女はそれまでのいきさつと筋書きの方向性が定まった事。それに伴い、用意してくれたシナリオをいくつか廃棄処分になったことを伝えそして謝罪する。相手に見える訳ではないにのに、思わずその場で頭を下げる。
「…………そういう事になって、本当にごめんなさい」
『…………』
しばし、沈黙が続いた。流石の彼も精神的なショックを受けているという事であろうか?それも仕方ないと場を見守っていたソリュシャンも思う。用意したとしてもほとんど使わずに引き出しに収まってしまうであろう仕事。予めそれを分かっていたとしてもやった事が無意味になってしまったと知る瞬間は残念なものである。
(そうよね、いくらパンドラズ・アクター様でも)
そう思ってしまうのは、彼女もまた無意識的にかの領域守護者には何の悩みの種もない。そんなお気楽な人物であると決めつけていたのだが、それには気づいていない。
なにより主を思って、恩義を返す為にやってきたことが無為であったとなれば彼に限らず墳墓の者であれば悲しむだろう。
やがて、彼女の耳に声は返ってくるが、どうにもいつもの調子ではないのは明らかであった。
『いえ、問題など全くございません!シャルティア様……』
「!、本当にごめんなさい!」
再び、彼女は頭を下げる。
『いえ、本当に気になどしていませんから』
(絶対嘘!)
それを確信して、彼女は謝り続け、そして彼は気にしていないと返す。1つのいたちごっこがしばらく続けられるのであった。それは、時間にして30分ほど続けられた。
ようやく、報告会が終わり彼女はテーブルにもたれかかっていた。下手をすればその圧力で縫い合わせてある瓶が割れてしまい中身がこぼれそうであるが、そこは特別製なこの服。その周囲には十分緩衝材として働くように出来ているようであった。
本来であれば、直ちに行動に移るべきであるが、彼女の気持ちもよく理解できる――自業自得ではあるのだけど――ので他の者たちはそれを咎める事はせずにそれぞれの仕事に取り掛かっていた。
今この部屋にいるのは、疲れ切った令嬢にメイドの2人だけだ。執事たちはこの屋敷の掃除に周り、もっと言えば見習いに対する指導であろう。別行動の彼もまた、それまで集まった情報を元に更なる情報収集に行っている。どうしても執事とメイドでは限界もあるのだ。かといって、レベルが高く隠密行動に特化したシモベを送ればそれで良いという訳でもない。常にプレイヤーの存在は警戒しないといけないし、下手に藪をつついて蛇を出すなんてことはできない。彼女たちはあくまで多少戦える程度の力しかないという事になっている。その点、彼であれば上手く立ち回る事ができるであろうとシャルティア自身の判断でもあった。
「シャルティア様、紅茶にお菓子の用意が出来ましたわ」
未だ、動けない主人たる
疲れている時には糖分補給が一番であると、例の一室から出てきた資料で見かけたのだ。自分たちの身体構造は人間たちと違う訳であるけど、それでも食事が楽しいのは変わらない。姉妹もまた結構食べるのが好きな者が多い方であり、種族特性上飲食の必要がない長姉が呆れている光景を思い出す。
それに、彼女は紅茶が好みであり、というか五月蠅いので彼女好みのものを入れられるように予め姉に付き合ってもらって会得していた。その成果はあったようでその匂いにつられ、文字通り死体のようであった彼女は体を起こした。
「あ、ありがとうソリュシャン」
「いえ、こちらを召し上がった後、冒険者組合に行くとしましょうか」
「ええ、そうね。私が行かないと駄目だものね」
代理人を立てない理由としては、令嬢の存在をこの街に広げる狙いのほかに相手方の心象を考えてのことでもあった。以前からの調査で、もしも名指しの依頼をするのであれば、その依頼主が直接赴いた方が良い結果を得られているというものであった。主が協力者としたあの少年にしても直接依頼をしに行っているという事実も含めた結論だ。
それにこういった事は早い方が良い。ふと窓を見てみると、外はまだ明るいが、それでも日が暮れるのも時間の問題であろう。テーブルに並べられた軽食を食べて、行くことにした彼女はその皿に乗ったものに興味を惹かれた。
(何なのこれは、でも…………妙に惹きつけられるのよね)
それは、小麦色をした羊皮紙のようなものであった。もっと言えば、小さな花束のようでもある。開いた口からは空に浮かぶ雲を連想させるものが顔を見せており、その横には切られた果物、色合いからしてある名称が思い浮かぶ。
(いちご、それに〈ばなな〉だったかしら?)
例の村。そこでドライアード達が運営している農園で新たに生産が始まった果物の名前であったはずだ。もっと詳しい品種名というものがあるらしい。
(それは~あれかしら)
彼女なりに解釈する。同じスケルトンでも、スケルトンライダーだったり、スケルトンアーチャーが居るのと同じ理屈だろうかと、考える。出来るのであればその品種名も把握していた方が良いのであろうが、そこまでの自信はなかった。今は、空間に放り込んでいる大量の資料に報告書の山の中にその辺りのこともあるかもしれないがとても探す気にはなれなかった。
それらが雲に乗っているようにも包まれているようにも見えた。
「ソリュシャン、これは?」
その問いにメイドは少しばかり顔を綻ばせて答える。自分の出した成果に興味を示してもらえることは嬉しい事であるし、少女が無意識にした表情。華やかな物を見て、目を輝かせている年ごろの少女のものを見て、再び母性が刺激されたかもしれない。
「こちら、クレープというものでございます」
「クレープ?」
未知の言語、あるいは高等芸術というものを前にして、疑問を浮かべた顔。強張って、そのまま固まったその顔が更に彼女の欲求を刺激する。
(ああ、やっぱり……娘が欲しいですわ)
その父親は無論かの主を希望しながら、彼女は続ける。
「はい、ご説明いたします」
「お願いするわ」
それは、〈リアル〉にて人々が嗜んでいたとされる品であるという事であった。と言っても主の話を聞く限りそれが主自身が生きていた時代にもあったかは不明であるという事。少なくとも主自身は口にした経験はないという。それを聞いたシャルティアは顔をひきつらせていた。それはきっと、罪悪感から来たものに違いない。
「ア……お父様も口にした事の無いものを私が口にして良いのかしら?」
確かにそれは危惧すべきことと言えば、間違いではない。聞けば、主は自分たちの存在を護る為にそれ以外の全てを犠牲にしていたという訳ではないか、以前の世界で1つのギルドを維持するというのはそれなりに労力も時間もとる事である。
(…………)
正直、恐ろしくあるが主がとっとと自分たちに見切りをつけてくれれば、そうすればあの方はまた別の何かを、あるいは繋がりを作れたかもしれない。真に主の幸福を願うのであれば、愛しているのであれば、それを受け入れるのも必要な事だ。
(駄目ね、もう済んだ話だと言うのに)
いくら考えても時間というもの巻き戻りはしない。あの時主が最後に言葉を交わしていたというのは、自らを創造してくださった御方だと聞いた時は不敬だと承知の上で残念に思ったものだ。
(もしも)
その御方も
(ヘロヘロ様)
もう会えない。それは悲しい事だ。それでも彼女もまた歩みを続けるつもりであった。己が到着点を見据えて。
(貴方様に仕える事が出来ず、そして創造してくださった恩義を返す事も出来ず、そんなどうしようもない娘で申し訳ございません。ですが、見ていてください。私は必ずアインズ様の下で幸せを、女としての幸福を得て見せます)
せめて、それが最後に出来る親孝行であると彼女は信じて、言葉を続ける。
「ご安心を、既に旦那様にも振舞っていますから」
「え?そうなの?私、その話知らない……」
「当然でございましょう。その時、お嬢様は勉学に励んでいたご様子でしたので」
「…………」
言葉を受けて、令嬢は黙ってしまう。自分の預かり知らない所で、そんな事があったのかとショックを受けたようだ。このメイドは何処までも優秀であった。母親が娘に父親の為に料理を用意しようかという雰囲気で優しく語りかける。
「いつか、シャルティア様ご自身で振舞ってもいいかもしれませんよ?」
「そうね、それをしたら、せ…………お父様も喜んで下さるわよね?」
「はい、娘の心遣いを邪険に思う父親はおりません」
最後の言葉にやや不満そうな顔を見せるのは仕方ない。どころか、共感もできる。あの方は自分たちの事を子供の様に扱っている節も見られるのだ。そうではない、女として、庇護の対象ではなく、対等に見られたいのだ。
その考えもまた、かなり不敬な考え方であるけど、恋は盲目と言うべきか、その点に関しては彼女も見落としていた。
「なればこそ、参考の為にも頂くとしましょう。貴方の分は?」
「お優しいお嬢様であれば、そう言うと思いましてこちらに」
差し出した左手から、同じように菓子が乗った皿が出てくる。それは、浮上して姿を現した潜水艦のような光景であった。彼女の種族特性を活用すれば、この程度の手品どうってことはない。令嬢はそれを特に気にせず続ける。
「そう、では一緒に頂くとしましょう。せっかくなのだから」
「はい、喜んでそうさせて貰います」
こうして席に着いた2人は、しばし甘美というものを味わうのであった。
ありがとうございました。
クロスオーバー作品の方は見て頂けたでしょうか?こちら、別の作品が原作でありますけど、同時にこの作品の外伝的な内容にもなっています。まだ見ていない!という方は良ければ覗いてみてください。