オーバーロード~遥かなる頂を目指して~   作:作倉延世

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第4話 目指すはカッツェ平野

 城塞都市エ・ランテルからそこへ向かうまでの道は、まず南に向かうのが通例となっている。そこは辛うじて通れる程に舗装がされているのだから、といっても現代のように親切にアスファルトがある訳ではなく、単に雑草がないというだけである。が、それでも人が通る分には十分でもあったりする。

 その道を進む訳であるが、あまり進みすぎるとそこは別の国、もっと言えば出発地点である街を保有する国と決して仲が良いとは言えない国との国境に差し掛かる為、考えなしに進むのも危険だ。

 これが、かつてある支配者が生きていた世界であれば、神経質な話になるのであろう。が、この世界の水準は高くなく、そもそも街に城、人が住むことを前提に作られた場所以外の手が加わっていない場所はモンスターだったり、亜人種等が縄張り争いに勤しんでいる為、正確な国境が出来るのはまだまだ先の様に思える。最もその時までこの世界の人間が生きているかどうかさえ怪しいものであるが。

 

 そんな道を走行する一団が居た。そう言った表現をするのは、その通りであるからだ。走っているのは、3頭の馬に1台の馬車であった。先頭を行くのはその内の一頭であり、それを操っているのは、金髪の若者、身に付けているのは帯鎧に剣と盾を装備している様子で戦士の様だ。

 その次に馬車が続く。その馬を操っているのは、一見奇抜な髪色をした燕尾服を纏った少年であり、その傍らで同じく燕尾服を着た老人が見守っている。それはまるで、孫に釣りを指導する祖父の構図にも見える。

 そんな馬車の上に引っ付くように控えている人物が2人。

 その外見は殆んど一緒で、双子の様である。服装は胸元を覆う鉄板を思わせる物がついていて、それは手や足にしても同様。甲と呼ばれるものであろう。それと半ズボンのような物を履いているのみで、後は露出部分が多い。それは別に観衆向けの視覚サービスという訳ではなく動きやすさを重視した結果なのであろう。

 髪型にしても少し変わっており、真上に伸ばした髪を縛ったそれは箒の先端にも見える。姿だけではなく、身に付けている物まで似てるこの2人を識別する方法があるとすれば、その髪を縛っている紐に所々に施された装飾の色合いであろう。片方は赤、もう一方は青と、磁石のS極とN極に代表されるような見事な対極だ。

 2人とも周囲を警戒しているようであるが、青い方はしきりに自分たちが立っている所、天井にあたる部分に耳をあてている。中の様子が気になっているのだろうか?

 馬車の後ろ側、丁度燕尾服を着た2人がいる所と対になっている場所に腰を掛けている人物が1人、これまで見てきた人物たちよりも大柄だ。そしてその身を包むのは深紅とも言える色合いの鎧であり、過去に殺したモンスターの返り血を浴びてこんな色になってしまったと説明を受けても納得できてしまいそうだ。そんな鎧越しでも分かる程に膨れ上がっている筋肉を見れば、先頭を行く若者と同じく戦士であると分かるが、それでも比較にならない程の強者であると素人目でも明らかだ。ほかにも自身の身長と同じくらいの刺突戦鎚を何の苦もなく担いでいる様子からも見てとれる。

 そんな外見では性を識別するのが困難な人物はこの一団の進行方向とは反対、後方へと警戒の視線を向けているようであった。この世界には馬より早く走れるモンスターに亜人なんて珍しくもない。金品目当てか、あるいは自分たちが狙いかは分からない。というよりそこまで考える必要はない。今、自分が成すべきことは万が一この馬車が狙われた際にその攻撃を防ぐ事である。一番してはいけないのは、不意打ちの一撃目で落とされてしまうことだ。それさえ防げば他の仲間達も気付くはずである。そう考えながらその人物は意識を集中していた。

 その視線の先、一行の最後尾を行くのは、残りの馬2頭であり、それぞれ乗っているのは背に弓矢一式を背負った野伏らしき人物にもう一方は装備を見る限り森司祭らしき人物である。

 

 そして、視点を馬車の中に移してみれば、そこに居るのは5人の人物であった。純白のドレスを着た少女、その隣には金髪のメイドらしき女性が座り、その対面に向かい合うように残りの3人も腰かけている。中央にいるのは青地に黄色で薔薇に茨が描かれた衣装を中心に身に付けた人物だ。その装いは社交ダンスにも参加できそうな煌びやかなものである。しかし実際の所は違うそれも立派な鎧、それも強力な魔法が付与されているもので、それを身に付けている女性もまた戦士なのである。

 その女性から見て、右側にいるのは赤いローブを纏って仮面を付けた人物だ。ここまでの者達と異なり露出している部分が殆んどなく、外見から得られる情報が非常に少ない人物でもある。その為というか、その姿は一見、てるてる坊主にも見えてしまう。その中身の性別は勿論、種族も人間であるかどうか非常に怪しい所である。

 そして、その反対に居るのは、こちらもローブを纏っているが、顔は出ている。茶色い短髪に年若い顔、そして手に握った杖から魔法詠唱者である事は容易に想像できる。

 「それで、ブラッドフォールン様。此度の目的ですけど、どうして……」

 口を開いたのは戦士である女性だ。その問いかけは目前の少女、今回の依頼、それもアダマンタイト級にミスリル級の2つを名指しでしてきた相当お金を持っているであろう依頼主だ。既にその内容は確認しているが、それでも疑問に思わずにはいられなかった。

 (カッツェ平野なんて)

 そこは特に珍しい何かがある所ではなかったはずだ。むしろ危険な地帯であり、貴族令嬢が、失礼であるが世間知らずのお嬢様が興味本位で調べようとするのであれば、少々咎めるつもりであったが、それよりも先に少女の手が動いたのだ。軽く手を挙げる動作であったが、従わなければならない。

 「私の事は気軽にシャルティア、と呼んでくださいアインドラ様」

 「それを言うのでしたら、私の事もラキュースで構いませんけど」

 ただ世間知らずな所を置いておけば、この少女は好感が持てると彼女は思う。自分もまた貴族の端くれである為、この類の人種と触れ合う機会も多かった訳であるが、彼女たちはまず、何より先にも己がプライドを優先する傾向があり、口を開けば自分の家がどれだけの財を保有しているのか、どれだけの地位にあるのかとそんな話ばかりで正直嫌になったものだ。

 それに比べると目前の少女はどこか惹きつけられる所がある。何と言うか、人懐っこい瞳をしているとラキュースは友人の顔を思い浮かべる。

 (どことなく、ラナーに雰囲気が似ているのよね)

 それだけではなく、自分なんか目でもない美貌などがそっくりである。それでも綺麗なのは友人の方だと内心思う。美しさで言えば、彼女と友人はどこか対極にあるものの様な気がする。友人が「黄金」であれば、この少女は「白銀」といった所だろうか?

 「では、シャルティア様。で宜しいのでしょうか?」

 「ふふ、勿論です。では、私もラキュース様と」

 何となく乗せられているような気分でもあるが、彼女はそう言った事を気にしない。ひとまず依頼主との距離を縮める事は出来ているらしい。むしろ向こうが自分たちに近づきたいという感じもするが、それはないとすぐに考える。

 (そうであっても、今回の目的に沿わない)

 「あの、改めて聞かせて貰っても良いでしょうか? シャルティア様、此度の詳しい事情を」

 「そうですね。何も言わないのは流石に問題がありますね」

 少女は言葉を続ける。

 

 

 

 事の始まりは突然であった。その日もラキュースとその仲間達、アダマンタイト級冒険者チーム「蒼の薔薇」は依頼であったワイバーン討伐を終え、冒険者組合に戻った時の事である。

 「あ、丁度良かったです。青の薔薇の皆さま」

 これまた見知った顔の受付嬢が声を上げ、自分たちの所まで歩いてくる。彼女は正直、この人物が苦手であった。その理由もすぐに分かる事。

 「待った? 何ならこの後直ぐにでも」

 返事をするのは、双子忍者の片割れであるティアだ。その目は少し上気しており、それは今来た彼女にしてもそうであった。

 (あまり、そういったのはね)

 「仕事の話なんですよね?」

 「ええ、そうなんですが」

 その通りであれば、直ぐにでも話に進めば良いのに彼女はそれをせずに自分の顔を見つめてくる。その時間がやけに長く感じてしまう。やがて、彼女は諦めたように息を吐く、それは長年の恋が中々実らずに悩む乙女のものにも見えるが、自分は違うと断言できる。

 「残念です。アインドラ様は素質があると思いますのに」

 「ん、鬼リーダーもこっち側に来るべき。男よりずっと良い」

 (大きなお世話よ)

 仲間の1人であるティアは一言で言えば、同性愛者である。そして性行為を頻繁にやっているらしく、それは目前の受付嬢もそのようであった。別に他人の性癖をとやかく言うつもりはないが、巻き込むのは勘弁して欲しいと思う。以前、名刺のようなものを一方的に押し付けられる形で貰ってしまった事もある。それは、彼女たちのような趣向を持つ者たちが集まって夜な夜な行為にふけっている店の物だったらしい。直ぐに捨てたが、しつこい勧誘は中々やみそうにない。

 (それでも)

 まだ良い方かもしれないと思ってしまう。そうして、性欲と上手く付き合っているのだから。間違っても依頼先のお嬢さんを襲うなんてなれば、自分は彼女の首を斬らねばならなくなる。それを考えるともう一人不安な人物がいる。

 (…………)

 「何? 鬼ボス」

 無意識ににらんでしまったらしい。神官戦士として自分のそれは下手な素人であれば、卒倒してしまうが、彼女にその心配は無用だ。

 「ごめんなさい、ティナ。なんでもないわ」

 一応、謝りはするがそれでも不安は絶えない。

 (どうしてかしらね)

 この双子はかなり問題があるというか、仕事であれば間違いなくこなす優秀な者たち。かつて自分を暗殺しに来て、返り討ちにこそしたが、かなりの接戦であったのだ。以降仲間になったのであるが、2人とも好みが変わり過ぎているのだ。先ほどの彼女と違い、ティナはいわゆる少年趣味、下手をすると童子趣味とも言うべきものの持ち主である。まだ、そういった事が分かっていない年ごろの男の子相手にそう言った事をしようとするのであるからこっちの方が問題は大きいかもしれない。

 以前、彼女が何かしらの情報が記載された羊皮紙を読んでいて、気になって覗いてみたところ。それは6大貴族の1つに彼女好みの子供がいるというものであり、その誘拐計画(本人は断固としてそれを認めず、頑なに勧誘だと訴えた)の詳しい段どりであったのだ。彼女をぶん殴って羊皮紙を奪取。燃やしたのもここ最近の事だ。一応、友人経由でその貴族にそれとなくご子息の警護を強めるよう促したが、それで何ともなかったかどうか正確な判断は難しいものだ。

 「それで、今度は何処からの依頼でしょうか?」

 頭に浮かぶのは、ある種常連となっている貴族だったり商人たちの顔だ。この時期であれば、発生するあのモンスターの肉が欲しいのか、はたまた警護依頼かと彼女なりに予想するが、それは全て外れることになる。

 「ブラッドフォールン様からの御依頼となっています」

 「ブラッドフォールン? 聞いた事がない家だな」

 答えたのは仲間の1人であるイビルアイだ。纏ったローブに仮面がその姿を隠しているけど、彼女は女性であり、少し事情がありその姿は幼い少女のものである。

 そこで思い出す。彼女もまた、ティアに受付嬢と言った面々に言い寄られているようでその事に同情と仲間意識が芽生える。

 (いけないわ)

 思考を元に戻す。今はそれを考えている暇はない。そんな彼女はこの大陸における知識に精通しており、王国にいる貴族などもある程度は把握しており、そんな彼女が聞いた事がないというのは余程の事であろう。

 (ガガーラン、どう思う?)

 簡単な手に指の動きで後ろに控えている最後の1人に問いかける。意味合いは伝わったようで直ぐに答えが返って来る。

 (帝国じゃねえか? 可能性だって言うならあそこだろ)

 同じように手指の動きで返してくれる。その事に確かな信頼と確かな満足感があった。

 (シグナルサインって言ったかしら?)

 自分が冒険者を志すきっかけとなった人物である叔父。その人は冒険に返ってくる度に家によってくれた。それは同時に叔父と父の仲が良かったこともある。二人の関係は兄弟である。

 屋敷に来て、兄である父に楽し気に冒険の事を話してくれる叔父にそれを微笑んで聞いている父とそこにお茶とお菓子を持ってくる母、そして父の膝に乗せてもらいながらその話を聞いている今よりずっと小さかった自分がいる光景は彼女にとって幼少期における大切な思い出の一つだ。冒険者として各地を回っている叔父はたまに自分も知らない物を持って来てくれ、その上物によっては譲ってもくれたのだ。

 

 それは幼い少女にとっては正に未知のものであり、冒険者という職業に過剰な夢を見せてしまうには十分な品物の数々であった。この世界の常識に当てはまらない知識が書かれた本に、聖職書らしき物。見た事ない石板、表面に溝で線が描いているものに、円形上の皿のような物、これは中央に穴が空いており片面は虹色の光を放つ一品。

 

 その中に今しがた使った知識もあったのだ。これを覚えれば例え、第3者がいる中でも自分たちだけでやり取りが出来るのだ。覚えない手はないし、それに優越感もあった。

 (かっこいい……と、今はそれ所ではないわ)

 思い出に浸るのをここまでにして、彼女は考える。今回の依頼主である謎の家名を持つ者の正体に、その出所。戦士である彼女は帝国の名を上げた。

 (バハルス帝国、それに鮮血帝)

 かの偉業で有名な人物である。立場上仮想敵として考えなくてはいけない人物であるが、その手腕は確かなものであり、多くの貴族の首を撥ねた者でもある。ただ嫌ってではなく、無能だと判断した者や、彼に逆らった者に限ってであるらしい。しかし、そんな事実でも王国という国を良く知る自分は賢明な判断だと思ってしまう。

 (正直、私もね)

 たまに思う事があるのだ。貴族というものは果たして必要であるかと?それはこの国の問題を知っていれば尚更思ってしまう。以前、この国には奴隷売買があった。しかし、それを禁止した少女がいる。それは誇りに思える事だ。親友であるあの少女の功績であるのだから。

 他にも彼女は国の為に政策を提案しているが、残念なことに上手くいかない。彼女自身が根回し等が上手くないこともあるが、何よりの原因はその貴族たちであるのだ。

 (どうしてかしらね)

 自分には彼らが理解できなかった。父なんかは同じ貴族であるが、とても立派な方だと身内びいき抜きで言える。アインドラの領地はそこまで裕福ではなく父の位だってそこまで高いものではない。それでも領民は笑っているのを自分は見ているし、行事の度に彼らと笑い合って酒を飲む父の姿も中々記憶から消えそうにない。そんな父は誇りでもある。同時に罪悪感も溢れて来る。

 (流石に私が子供だったわ)

 両親に自身の夢を語った時、反対にあった。それも当然と言えば、当然か、純粋に自分の身を案じてくれていたのだから。しかし、当時の自分は何が何でも冒険者になりたくて半ば家を出る形で飛び出したのだ。

 そんな自分がやってこれたのは、戦士である彼女に今はチームにいないあの元気な老婆のお陰だ。

 (ガガーラン、正直あれが無ければね)

 そこで思い出す。とても憂鬱だ。

 「何だラキュース? 俺の顔にゴミでもついているのか?」

 「何でもないわ」

 つくづく自分が率いているチームは色物だと己もその中に含まれていると無自覚な彼女は受付嬢に言葉を返す。

 「その依頼内容は何でしょうか?」

 「警護依頼だそうです」

 それであれば、これまでこなしてきた事の範疇である。王国内の街道と言うのは整備が行き渡っていない。早い話、村から村に移動したり、時には町から町に移動するにも野盗を警戒しなくてはならない。

 

 アインズが生きていた世界では馬鹿馬鹿しい事かもしれないが、それが現実である。

 

 そして野盗達が狙うのは専ら貴族なのである。そして、一度捕まってしまえば、膨大な身代金を要求されることもあるが、それだけではない。野盗如きに捕まるのは家に泥を塗ってしまうことだと彼らは考えている。だからこそ、警備の人間を雇うのだ。

 「それは、どこまでの話なのかしら? それも聞いているの?」

 「いえ、そちらはまだ」

 「ふん! アダマンタイト級である私たちに依頼しようだって言うのに随分舐めた真似をしてくれるな」

 「イビルアイ……」

 「事実だろ?」

 彼女が言いたい事も分かる。自分たちはこの国では2つしかない最高位ランクの冒険者チームであるのだから。あまり、傲慢になり過ぎるのも良くないが下に見られることも防がなくてはならない。

 冒険者とは基本的に対モンスターにおける傭兵なのであって、間違っても貴族の私兵になるなんて事はあってはならないのだから。後ろから思い出したようにガガーランの声が聞こえて来る。

 「アダマンタイト級と言えばよ。新しい連中が居たよな」

 (そうだったわね)

 最近、忙しくその辺りの情報を集めるのが疎かになっていたらしい。現在、この国にはアダマンタイト級冒険者チームが3つあるのだ。

 1つ目は自分達。

 2つ目は叔父が率いているチーム。〈朱の雫〉だ。

 そして、3つ目が城塞都市エ・ランテルを拠点にしているチームだ。正確な名前はまだ決まっていないらしい。

 「モモンという戦士が率いている3人と1匹だって話らしいですね」

 言葉を返してくれたのは受付嬢であった。彼女たち冒険者組合はそう言った情報を可能な限り共有しているらしい。それも当然と言えるかもしれない。冒険者組合とは、冒険者たちを養っている存在であるが、同時に養われているとも言えるのだから。

 そして、アダマンタイト級と言えば英雄級であり、その有無はいざという時の戦力に直結するのであるから。

 「1匹? ……何だそりゃあ」

 ガガーランが疑問の声を上げる。確かに気になる言い方ではある。

 「何でも、森の賢王と呼ばれている魔獣を使役しているという話でございます」

 「魔獣を使役か、モモンというその男はそこそこ力はあるようだな」

 受付嬢の答えにどこまでも上から目線で評価を下すイビルアイ。彼女にも問題があるとしたら、この態度であろう。その事を再認識して、どこからか心臓が軋む音が聞こえてくるようにラキュースは感じていた。それを誤魔化す為にも話に加わる。忘れには他の事をやるのが一番である。

 「それにしても、詳しいですね」

 その選択を後悔する。言葉を受けた彼女の顔が輝いたのだから。具体的に何とは言えない。それでも悪寒が走るのを自覚している。

 彼女は頬に手を当てると息を吐き、頬を染めて呟くように喋る。

 「そのチームにですね、とても美しい方がいるとの事で」

 「本当? それは誰?」

 食いつくのは当然の如くティアであった。恐らく彼女たちにだけ通じる暗号の類なのであろう。

 「黒髪の女性で、名はナーベ。現地では〈美姫〉と呼ばれているそうです」

 「それは、何が何でもお近づきになりたい」

 盛り上がっている様子で、それ以上彼らに関する話は聞けそうにない。

 (新たなアダマンタイト級、英雄)

 彼女にとって、その言葉はとても特別な意味合いがあるものである。自分の目標はかの13英雄に並ぶこと、しかしまだ自分はそこまでの領域に行けているとは思わない。そこで、彼女は少し視線を下げる。見ようと思った人物が自分より背が低い為、どうしてもそうなってしまうのだ。

 (イビルアイ)

 自分たちがこのランクでいられるのは彼女の力が大きい。彼女抜きだと自分たちは精々オリハルコンと言った所ではないかと思っている。それに一人では、仮に叔父に一騎打ちを申し込んでも勝てる気がしない。

 (いつか、話をしてみたいわね)

 それよりも今は依頼の方だ。と、そこで、勝手に盛り上がっていた彼女たちは新たな展開に入ったらしい。

 「そう言えば、ブラッドフォールン嬢様とそのお付きの方も美しい方でした。……ああ、お姉さまと呼ばせて欲しいです」

 「リーダー、依頼受けよう」

 勢いよく振り返り、そう提案する彼女の頭に拳を落とす。そんな不純な動機で依頼を受けるなんて事はしてはいけないし、きっと叔父もそう言うに違いない。それに新情報も手に入ったのだから。

 (令嬢に、付き人ね)

 「すみません。その方はメイドでしたのでしょうか?」

 「はい、質素な服があの方が着ればドレスに代わるのですから……」

 「ええ、よく分かりました」

 未だ盛り上がっている2人は置いといて、彼女達はその場で軽く円を作る。チーム内会議だ。

 「どうするべきかしら? 今回の依頼」

 「私はどっちでも良い」

 最初にその席を放棄したのは、ティナであった。彼女にしてみれば、特に仕事の選り好みはしないのだから。

 「俺は受けて見るべき、というか興味があるな。あの嬢さんが夢中になる位の美貌を持つっていう依頼者達はよ」

 ガガーランは肯定であるようであった。別に依頼を受ける事を前提にしている訳ではないが、面倒でもあるしそれで良いかもしれない。

 「そうね、あの人……」

 言葉が濁ったのは、自分が彼女に持っている感情からくるものであった。

 (やっぱり、苦手だわ)

 「……が、あそこまでこう、喜んでいるのは」

 「素直に興奮していて、気持ち悪いと言えば良いだろう?」

 「イビルアイ!」

 本当に彼女は尊大だ。その言動が許されるだけの実力があるのも確かではあるけれど。それでも放置という訳に行かない。幸い彼女は未だ、ティアと盛り上がっているようで、ほっとけばそのまま寝室へと行きそうな勢いでもある。

 (いっそ、そのまま行って欲しいとも思ってしまうわ)

 そう願いもしてしまいながら、彼女は出来る限り話を変える努力をする。ひとまずはこの少女モドキの女性にも意見を求める。

 「あなた自身はどう考えているのかしら?」

 「そうだな……」

 その言葉を受けて彼女もまた考え込んでいるようであった。その間に自分の意見も固めて行く。

 (指名の依頼、相手は聞いた事もない名前の貴族令嬢)

 まずは先ほどのやり取りを思い出す。ガガーランは彼女たちが来たとしたら、帝国からであろうと言った。

 (あそこだけじゃないわ)

 そう、各国からこの国に様々な目的で潜入してきている者たちもいる。親友からの頼みで主にあの双子が中心になって、そういった輩とも殺し合っているのだ。では、今回の依頼主である彼女たちは何を考えて自分たちに依頼をしてきたのであろうか?

 (罠の可能性、騙し討ち)

 初めに来たのはそれだ。帝国が王国を支配しようとしているのは、近年の状況から明らかであった。流石にこの国の主要人である貴族に王族達も分かっているようだが、どうにも芳しくはないようだ。というよりそこまで重要に捉えていない者たちが多すぎるのだ。

 それが分かっているからこそ、自分たちは時にこの国の王女の剣となるのだ。本来であれば、それは冒険者としては規約違反になるが、何とか彼女とここの冒険者組合長が示し合わせての事になっている。つまり、本来であれば国同士の問題には対処しない冒険者組合でさえ、そうしないと不味いと気づいているのだ。

 (ラナー……)

 あの少女は優しすぎる。いつだってこの国の民を思っているのだ。その助けになるのであれば、自分の夢への道のりが多少遠ざかるのは苦でも何でもない。

 では、今回の相手もそうであるのか?自分たちの存在を嫌っている国があるのは知っているし、個人的にも恨みを買っているであろう心あたりも結構いる。例えば、思い浮かぶのはあの男だ。

 (顔に傷をつけたのはやりすぎだったかしら)

 しかし、それをしないとあの場で殺されていたのは自分たちでもあったので、多少は目を瞑って欲しいと思う。

 今回の件もそれに近い事ではないかと彼女は考える。

 (………………駄目ね)

 答えは出ない。現段階では情報が少なすぎる、そしてそういった事を決めつけて行動するのは非常に危険である。その詳しい内容さえ分かっていないのだから。

 (そうなると)

 結局の所、決め手は自分の気持ちである。やりたいか、やりたくないか。

 (…………)

 そう考えてみると惹かれるものがあるのは、確かだ。それは別に彼女が仲間である忍者の片割れみたいにその令嬢に興味があるという訳ではない。

 彼女が惹かれた要素。それは、知らない人物からの依頼というその事実そのものであった。

 (……何だか)

 浪漫があるではないかと彼女は思う。彼女もまた幼い頃に色々な物語を聞いて育った。その時から、彼女は少し変わった所があった。物語にも色々な種類があるが、それは大きく2つに分かれる。要は冒険譚か恋愛ものかの違いである。そして、男児であれば前者、女児であれば後者に興味を示すのが大体世の常である。が、何事も例外はある。彼女もまたそんな存在であった。叔父の存在もあるが、彼女が冒険者を志すのは一つの必然であったかもしれない。

 そして、そんな冒険譚において英雄の旅立ちにまったく接点がない人物からの頼みというのはよくある話ではないか。

 (そうよ、私は村娘)

 時を忘れて彼女は夢想する。何の取り柄もない平凡な村娘、そんな自分の元にある日、薄汚れた老人が現れる。

 (そして、言うのよ)

 世界を救うために聖剣をとれと、彼女は無意識に背負った剣の束に手をかけて力を入れる。始めは何を言っているのだと相手にしないが、余りにも老人がしつこいのでその誘いに従い、自分は大木へと向かう。それは、見た目こそ木であるが、内部は広大な空間。そしてその中央に立つ石製の台座に刺さっている一振りの剣。

 (それを抜いて、私の)

 冒険は始まる。そして仲間達との出会い、強敵たちとの死闘。その先で見つかる衝撃の事実。

 (そうよ、そうなのよ)

 普通であれば、というのも変であるが、その中に恋愛話の1つも混じっていても良さそうなのに、彼女の見ている物にそれが存在しないのは何ともらしいと言うべきか。彼女の夢想は続く。

 やがて、迎える最終決戦、敵は世界を壊そうとする魔王。そして、ここで老人の正体も明かされる。

 (まさかね)

 彼女は己しか見えていない話なのに驚きを感じていた。

 そう、老人の正体はこの世界の神であった。それが、魔王の仕業で力の大半を奪われていたのだ。その為に自分へと助けを求めた。何の取り柄もない村娘に?いいや違う。

 (私の心には)

 そう、彼女の胸にはあったのだ。それは身体的に優れた特徴だとか、特異な体質とかではない。

 (正義がある!)

 決して揺らぐことのないその心が彼女が聖剣に選ばれた理由であったのだ。そして、始める魔王との最終決戦。倒れる仲間達。自分も傷らだけで、今にも倒れそうだ。それでも諦める理由にはならない。

 (そうよ、そして私は決死の一撃を放つ!)

 彼女は思わず剣を抜き去り、天井へと向ける。それと同時に叫ぶ。

 

 「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」

 

 「ラキュース!? どうした!」

 (あ、……またやっちゃったわ……)

 掛けられた言葉と共に彼女はようやく現実へと帰還する。そして、彼女の体は急激に温度を上げる。強烈な羞恥心が襲ってくる。

 「ごめんなさい。大丈夫よ」

 「本当か?それは本当なんだな?」

 しつこく食い下がってくるガガーラン。それは自分を心配してのことであることは長年の付き合いから容易に理解できた。同時に罪悪感も溢れてくる。

 (ごめんなさい。ガガーラン)

 ある意味、自分は己のプライドもとい世間体を守るためにしょうもない嘘をついたのである。それが広がりに広がって八方塞がりであるのが現状だ。

 (落ち着いてみると)

 かなり穴だらけの話にも聞こえてくる。そんなものを彼女は信じているのだ。

 「やっぱりよお、アズスの旦那に一度話を」

 「大丈夫だから、本当に何でもないから」

 (お願いだから、それだけは勘弁して!)

 そんな事になれば、叔父であるあの人の事だ。本気でその呪いをどうにかしようとするに決まっている。ただの嘘であるというのに、そうなってしまえば、もう後戻りも出来なくなってしまう。何としてもそれだけは阻止しなくてはならない。

 「ふむ、呪いを持つ魔剣か、私の知識も所詮詰め込むでしかない。か、一度本格的にこちらで調べて……」

 少し俯き、仮面を人差し指で叩きながら思案する様子を見せるイビルアイ。彼女なりに出来る事をやろうとしてくれているみたいであるが、それは大きなお世話というものである。

 「必要ないから、大丈夫、私が抑えれば良いだけの話だから」

 (辞めて頂戴! いくら調べても出て来るはずがないんだから!)

 「しかし、本当に大丈夫なのか?」

 「ええ、本当よ。その心遣いだけで有り難いわ」

 それは、偽りではない。普段はあんなに態度が大きく、言動に問題がある彼女であるけど、こうして仲間である自分を気遣ってくれる優しさはあるのだ。それは、別に自分だけに限らずこのチームの者であれば、誰にでもだ。ティアなんかはその都度「だったら体で慰めて」なんて口にするが、それも大切な光景と言えばそうである。

 「そうか、……分かった。が、何かあれば直ぐに言うんだぞ」

 少し気落ちした様子の彼女の姿。それは仲間であるからこそ見られるものであり、仮面越しでもそうだと理解できる位にある付き合いから判断できるもの。それが、更にラキュースの罪悪感を深める。

 (~~~! 本当にごめんなさい!イビルアイ)

 「だったら、せめてボスの家に伝える」

 「おう、そうだな」

 「それ位はやるべきかもしれないな」

 (ティナ~!!)

 彼女の提案に他の2人も賛同する。確かに何かしら異常を抱えている様子の自分を見て、そう判断するのは間違いではない。むしろ正論だ。しかし、彼女はこれを認可する訳に行かない。

 「大丈夫だから!それこそ、お父様達に無駄な心配をかけてしまうじゃない」

 彼女のその言葉に聞いた3人は感銘を受けた。この女性は、自分たちのリーダーは何と言った?

 

 『無駄な心配をかけてしまう』

 

 魔剣による呪いは日々、彼女を蝕んでいる。だと言うのにそれを彼女は無駄だと言ってみせた。確かにその通りでもある。現状彼女の呪いを解く解決策は何も出ていない。そんな状態で彼女の両親に伝えた所で彼女の言う通り心労をかけるだけである。ならば、自分が堪えて見せると自分たちのチームリーダーは言って見せたのだ。

 (アズスの旦那が可愛がる訳だぜ)

 ガガーランは納得していた。彼女はたまに向こう見ずな所もあるが、それでもそれも強さというものであろうと。そして、決意をする。いつかその呪いが暴れる時があれば、彼女の意思を無視してでもその魔剣キリネイラムをぶち壊すと。

 (ふん、意地を張って、無茶をして…………)

 イビルアイはそこで、遠い過去を振り返る。自分は少しばかし曲がった人生を送ってしまったが、それでも今のこの時間は大切なもの。かけがえのないものだ。そんな空間の中心に立つ彼女の強さには感謝しなくてならない。ならばと彼女も1つの事を決める。

 時間があれば、他の魔剣の事も調べてみようと。そんな呪いがある剣だ。他の武器だって何かしらあるかもしれないし、その中に彼女が抱えている呪いを解くヒントが見つかるもしれない。

 (鬼ボスらしい。だからこそ、絶対)

 ティナもまた彼女の事を大切に思っている。最初は暗殺対象であった。仲間になったのだって隙をついて殺す機会を伺う為であった。それが、今では彼女の為に命を懸けるのも悪くないと思ってしまうくらいになっているのだから。自分でも驚きである。彼女は決心する。必ず彼女の命を、彼女だけではない。仲間の命を守って見せると。

 (もしも、このチームから死者が出るとしたら、それは私)

 

 「分かったぜ。ラキュースがそう言うなら、そうする」

 「そうだな」

 「そうしよう」

 (な、何とかなったかしら。でも、本当にみんなごめん!)

 「ええ、ありがとう。みんな」

 胸は締め付けられていて、胃が振動を繰り返している。そして止まる事のない罪悪感。だが、これを両親に知られるのは非常に不味い。

 (お母様なら、まだしも。お父様は…………完全にアウトね)

 ただでさえ、冒険者の件で大喧嘩したというのに。またあれを再燃させる訳にはいかない。彼女は思考を切り替える。ひとまずは目の前の依頼だ。

 「話を戻しましょう。それで、今回の依頼。私は受けてみたいと思っているわ。イビルアイは?」

 今の所、受けるが1票、保留が2票である。この場にいない彼女の意見は始めから無いものと見ている。

 「私も賛成だ。罠にしても私たちであれば、返り討ちに出来るはずだ」

 それで、結論は出た。5人中3人が今回の依頼に興味を持ったのだ。ならば受けてみようではないかと考えはまとまる。

 そうと決まればと彼女は正面を向くが、そこに受付嬢の姿はなかった。

 「あら?さっきの人は……」

 「鬼ボス。ティアもいない」

 双子である彼女の言葉でその場の全員が察する。そして、脱力する。別に彼女たちが何をしていようと構わない。しかし、仕事の話をするには、まだしばらく時間が掛かりそうであった。

 

 

 (あの後、ティアと彼女が出てきたのは2時間後だったしね)

 幸い、彼女の組合におけるその日の仕事は既に終了しており、つまり自分たちに依頼の事を伝える為に残ってくれていたのであり、それ自体は有難い事であるが、それでも素直に喜べない部分もある。

 2人ともやけに肌が光り輝いていて、恍惚として、それでいて満足した表情を浮かべていた。受付嬢の方は足取りも怪しいもので、それがどれだけ彼女たちが激しく動いていたのか物語っているようで気まずい思いもあった。生々しい事情というのは中々慣れないものである。 

 

 「今回の私どもの目的ですが、平野の秘密を調査する事にあります」

 「秘密…………ですか?」

 少女の言葉に疑問と同時に好奇心が出てきている。

 「聞けば、カッツェ平野には不思議な話があるではないですか。そう、霧です」

 「それは、…………確かにありますけど」

 彼女が何を言っているのかそれで理解出来た。今回の目的地である平野には不思議な現象がある。あの地帯には常に薄霧が広がっている。それ自体は無害であるが、アンデッド探知に引っ掛かる為、探知魔法が上手く作動しないのだ。

 その為、アンデッドによる奇襲が多々あるのだ。それは自分たちだって例外ではない。だからこそ、仲間の内3人には、馬車の外側で警戒に当たって貰っているのだ。

 「しかし、何も年中霧がある訳ではないし、アンデッド達が蔓延っている訳でもない。違いますか?」

 「ええ、その通りです。シャルティア様」

 そう、その霧が晴れる日が年に一度だけあるのだ。それは、王国と帝国の戦争の時だ。両国は、というより向こうの国は年々、理由を付けてはこちらに攻め込んで来るのだ。そして、それを黙って見過ごす訳にもいかないので、王国もまた領土全土から兵士を集めて迎え撃つのだ。

 その舞台がこれから向かう土地であるのだが、何も霧の中で戦う訳でないし、アンデッドの群れと三つ巴の激戦を繰り広げる訳でもない。

 (本当に不思議よね)

 その日だけは霧が晴れる。そして、アンデッド達もどこかへと消えてしまうのだ。だからこそ、睨みあう両軍は全力で戦う事が出来るというものである。

 では、その現象は自然現象であるのだろうか?少女の言葉は続き、耳に流れてくる。

 「私のお父様は、その現象に何かしらマジックアイテム、あるいは何かしら霧の原因となっているモンスターがいるのではないかと考えているようなのです」

 「そうなのですか……」

 そう返すことしか出来なかった。その間にもラキュースは己が胸にある感情が膨らんでいるのを自覚していた。

 「それで? それならどうして、娘のお前が来ているんだ? その男が直接来れば良い話じゃないか」

 疑問を投げかけたのは右に控えていたチームの魔法を担当している者だ。

 「イビルアイ!すみません仲間が」

 怒鳴りつけて頭を下げる。彼女はどうしてこうなのだろうと思ってしまう。いつだって、相手にはこの態度である。

 (もう少し、柔らかくなってくれないかしら)

 どこか、彼女は余裕がないように思える。残念であるが、自分は彼女の事を殆んど知らない。彼女の前任者であった。あのご老人は何か知っているようであったが、自分たちに話してくれなかったのだ。

 だと言うのに、目前の令嬢は何ら嫌な顔をせずに微笑んで見せるのだ。それは、別にこちらを馬鹿にしているものではなく、それもまた個性の1つだと認めてくれているものであった。それは、少女が発した言葉からもそれが伝わってくる。

 「元気な方ですね。青の薔薇のイビルアイ様と言いましたか」

 「そうだが? 質問に答えて貰おうか」

 薄く笑って口に手を当てている少女に、明らかに不機嫌な声を出す仲間。それを見てしまうと、どうしても彼女が子供に見えてしまう。

 「イビルアイ!いい加減になさい。シャルティア様もご不快な思いをさせてしまってのであれば謝ります」

 「構いませんよ。それにイビルアイ様が仰っている事も当然ですから」

 (うう……)

 とてつもなく情けなく思ってしまう。この少女の年は13から14と言った所。だと言うのに、何と大人びていることか。それに比べてチームの最強戦力はこの有様である。

 「なら、早く喋るんだな。私は時間を無駄にするのが、一番嫌いなんだ」

 (イビルアイ! あなたは!)

 「ええ、そうですね。では……」

 少女は語る。何でも彼女の父親は魔法の研究をしているらしく、今回の調査もその一環であるという事であった。しかし、その人物は多忙な方らしい。貴族であればそれなりに仕事があるのは納得である。他にもやっていることがあるらしく手が離せないらしい。よって、その代わりに彼女が来ることになったそうだ。

 「ですが、やはり危険です。あまりお勧めはできません」

 自分なりに彼女を思っての言葉であった。これから向かうのはかなり危険な地帯であり、冒険者にワーカーと踏み込んだ者たちが年間何十人と犠牲になっているところだ。そんな所に何の力も持たない彼女が行くのは余りにも無謀だ。

 「危険は承知の上です」

 続く彼女の言葉にはラキュースも諦めて、それどころか共感さえしてしまった。

 「それでも、お父様の役に立ちたいと考えてしまいます。それに何より、未知を探すって、何だかワクワクしませんか?」

 「それは、そうですね。私もそう思います」

 そう、先ほどから彼女の胸を占めているのは、高揚感であった。何に対する気持ちかは彼女自身が誰よりも分かっていた。

 

 (そうよね、これが私が求めていた冒険じゃない!?)

 流石に仕事中である為、それ以上暴走する事はなかった。だが、それでも、そう思わずにいられないラキュースであった。 

 

 一行は間もなく、霧の中へと進んで行く。その先で何が待ち受けているのかは誰にも分からない。

 

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