揺れる馬車の中、彼女たちは話を続けていた。ラキュースとしては、依頼主の少女に親近感を大いに感じていたのだ。未知への好奇心に父親の為に何かしたいというその姿勢に好感があった。
「確かにな、どこぞの奔放娘とは大違いだな」
「ほんぽうむすめ?」
仲間である魔法詠唱者の言葉に首を傾げる令嬢の姿は女性の自分から見ても可愛らしいものであり、つい妹が欲しいと瞬間思うが、それもすぐに引っ込む。次に出て来るのは気まずい気持ち。
(う)
イビルアイの言葉が胸に突き刺さる。確かに彼女の言う通り。自分は決して親孝行な娘とは言えない。もしも親の望み通りの人生を送っていれば、とっくの昔にどこかに嫁いでいたはずである。それをぶち壊して今の立場にあるのだから。
「あの、それはどういう事でしょうか?」
「ああ、ここにいる私たちのリーダーはな」
そこで、彼女の頭に拳を落とす。筋力であれば、魔法重視の彼女と魔法と剣技を半々で修めている自分、当然こちらの方が力はある訳であり、真上から衝撃を受けた彼女は頭を抱える。その視線が自分に向けられると恨み言が聞こえて来た。
「ラキュース……」
「良いわ、自分で話すから」
(何だろう)
この場にいる1人、同じく魔法詠唱者であるニニャはその光景を見て意外に感じていた。今回の依頼、自分たちにも指名があった時は大変驚いたものだ。それだけではなく、アダマンタイト級である「蒼の薔薇」にも同様の依頼を出していたと知った時には心臓が口から飛び出してしまいそうであった。それでも受ける事にしたのは、依頼料もあるし、時間が許せばブラッドフォールン嬢からモモンの事を聞きたいとも思ったからだ。
(この人が魔剣の所有者)
今、隣に座っている女性。伝説と称えられる領域に足を踏み込みかけている階級の者達。そのリーダーである人物。
ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。
そして、その彼女が持つ魔剣キリネイラム。自分たちの目標であった4つの剣の内が一振り。王都についた際に聞いた噂。呪いとそれによる彼女の苦悩も聞いている。そんな代物を手にした所で自分たちでは扱いきれないだろう。杖を握る手に力が入る。あの事件から自分たちだって研鑽は積んできたつもりだ。組合の決定とは言え、ミスリル級になったのだから。ペテルは使える武技が増えたし、ルクルットだって野伏として感覚は以前より鋭くなった。自分も使える魔法は増えたし、ダインは薬草に関する知識を深め、更に簡単なポーションであれば作れるようになった。といってもバレアレ薬品店が用意してくれる物には遠く及ばないのでもうしばらくお世話になる事だろう。
(バレアレさんと言えば)
あの事件の後、薬品店はカルネ村に移る事になったらしい。それは、本人たちから教えてもらった事でもある。常連だった客には皆同様に伝えて周り、お詫びだという事で次の買い物の際には1割引きをしてくれるという事であった。それは有り難いが、次の利用はまだ先になりそうである。
今は、自分の姉を探す事が優先である。それに付き合ってくれている仲間達には感謝の念が絶えない。全てが終わった時。何らかの形で報いるべきだろう。
何にしてもまずは目の前の依頼である。王都は広く、仕事をしながら姉の捜索というのは大変である。その資金を手に入れる為にもしっかりこなさなくてはならない。
そこで改めて隣の人物達の事を見てみる。
「思い切り殴りやがって、そんな事じゃ嫁の貰い手がないぞ」
「大きなお世話です」
仲間内で軽口を叩きあうその光景は自分たちとそんなに変わらないように見える。それが、ニニャの緊張をほぐしていった。どれだけ高みに登ろうと、人の本質は変わらないかも知れない。それからと思う。
(アインドラさんに、ブラッドフォールンさん)
彼女たちは貴族であるが、それでも自分から姉を奪ったあのクソとはどこか違うようであり、それを言うならばと以前共に行動した彼の事も思いだす。
(ビョルケンヘイムさん)
彼もまた、自分が見てきた貴族と違ったように見える。一時期ルクルットと競い合うようにナーベへと迫っていた様子であったが、それが一晩で何かあったのか仲間である彼ともどもその熱が冷めた時は驚いた。後にその理由もとい彼が何をしていたのか知ったリーダーの拳が飛んだのは言うまでもない。
それでもと思う。貴族にも色々な人種があり、貴族という言葉だけで拒絶反応を示すのは控えていこうと考えを改めるには十分な材料であった。
隣で1人の認識――それも自分に対するものが変わっている事など知る由もないラキュースは不思議そうに、そして間違いなく興味を持ってしまったであろう令嬢に自分の生い立ちを説明する。
「私は、シャルティア様と同じく貴族の出でございます」
「まあ」
驚いたように口を開け、手を当てる姿に頬が熱くなる。それから話を続ける。言葉が出るたびに体が熱くなってくる。それは羞恥心からくるものだろう。
叔父の冒険譚に憧れて家を出た事。それからの事と、今の状況に至るまで全てを気づけば話していた。
「そうでございますか、ふふ。ラキュース様って、見た目に似合わずお転婆でございますね」
「はい……仰る通りかと」
それ以上の言葉を返せなかった。実際その通りである訳だから。
「気にする事無いじゃないかラキュース、
「……イビルアイ」
大げさに手を広げて笑いながら口を開く彼女の姿に僅かばかりであるが、怒りが込み上げて来る。そもそも話をする必要が出たのは彼女のせいだと言うのに。先ほどの拳に対する仕返しのつもりであるならば、それだって突き詰めれば彼女に原因がある。
「はは」
不意に左から笑いが聞こえた。それは思わず出てしまったという風であった。今回共に令嬢たちの護衛につくことになったミスリル級冒険者チーム「漆黒の剣」の魔法詠唱者であったはずである。
「何だ?何が可笑しい?」
真っ先に噛みつくのは当然と言うべきかイビルアイであった。その事で彼女は少々納得していなかったからだ。一番の理由は報酬であろう。驚くべき事に今回の依頼料は相場の3倍が払われるという事である。その内、1/3は前払いという事で既に受け取っており、今回の調査が終われば残りを受け取る事になっている。それだけ、少女の父親が力を入れているのか、あるいは単にその辺りの事を知らない世間知らずか、いや後者の方が可能性が高い。
(そうよね、魔法の研究に没頭しているのであれば)
彼女の家が王国所属の貴族と決まった訳ではない。ならばと更に思う。
(ブラッドフォールン様は帝国の貴族)
今の所、得られた情報から推察出来るのはそこまでである。王国だって、権力争いをしているのだ。帝国だって1枚岩ではないはずである。と、そうあって欲しいという希望もあるが。
さて、そんな常識では考えられない依頼料であるが、イビルアイが気に入らないのは、その額が自分たちと彼らが全く一緒であるという事であった。ミスリルだって、立派な階級であるが、それでも王国に二桁どころか、5つもないランクのチームとしては思うところがあるのだろう。その事を話すと、目前の少女は「そう言う事なら」と簡単に料金を上乗せしてくれるのであるから。やはり底知れないと思う。
そんな事情である為、彼女は不機嫌に言葉を返すのであろう。しかし、共に仕事にあたる中でそんな険悪な空気が良くないのは彼女だって分かっているはずである。
「イビルアイ」
「ふん」
自分の言葉にそっぽを向く仲間の姿にただ情けなくなってしまう。
(本当に)
彼女は実年齢で言えば、自分よりずっと年配のはずである。それを言葉にして言うとまた怒るのであるが。
「すみません。ニニャさんでしたね。どうしましたか?」
そんな彼女の事は一旦置いといて、若者に声をかける。自分たちに振舞に何か可笑しな所があったろうか?彼は謝りながら答えてくれた。
「いえ、仲が良いんだな。と」
「それは、まあ、そうですね」
否定は出来ない。曲がりなりにもここまでやって来た仲間であるのだから。悪ければとっくに解散しているはずである。彼は続ける。
「それに、アインドラさんがそうやって困っている姿。失礼かもしれないですけど、ウチのリーダーと同じだなと」
「ああ、ボルブさんの事ですか」
それで思い出す。会うなり、求婚をしてきた男だ。直ぐに断りは入れたが、それからも事あるごとに口説いてくるのだ。そして、その都度彼に鉄拳を落としているのが、リーダーであるモークだ。彼にもどこか親近感を感じるのであった。
「彼は、その凄いですね。いつもああなんですか?」
「はい、お恥ずかしい話です」
「そう言えば、イプシロンさんにも何か言っていませんでしたか?」
そこで、この場にいる令嬢の付き人もとい、メイドである彼女にも話を振る。主人である少女に劣らずの美貌を持つ人物である。彼女も苦笑しながら答える。彼女に関してはティアも迫ったりしたりで、やはりというか申し訳ない気持ちが出てくる。
「そうでございますね。ボルブ様はいささか節操が無いように思われるかと」
「うう」
その言葉を受けて、ニニャが肩を落とす。無理もない、仲間の不始末なのであるから。それどころか自分だってしょっちゅうそうなってしまうのだから。
(思いだしたら頭が痛くなって来たわ)
「それでも、まだ紳士的と呼べる所もございます」
メイドの言葉は続く。それは、別にお世辞だとかと哀れみではなく、彼女なりの考えを口にしているようであった。
「どうして、そう思うのでしょうか?」
気になって出た言葉であった。彼女は微笑んで答える。それは、どんな人物にも素晴らしい一面があるのだと、そしてそれを探す努力をしましょうと訴えているようであった。
「お嬢様の事を口説こうとしなかったからでございます」
「それは、立場を考えれば妥当ではないかと」
疑わしくそう返すのはよりによって、仲間であるニニャだ。しかし、ラキュースだってそう思ってしまう。単に相手が貴族であるから諦めたのではないか?それに比べれば、まだイプシロンの方が望みがありそうである。メイドと一口で言っても様々だ。友人である彼女に仕えているのは、もっと言えば王族に仕えているのはそれこそ貴族の家の出の者達だ。対して、貴族に仕えているメイドはどうかと言うと。同じように自分たちより下の階級の貴族から来た者であったり、あるいは一般人が混ざっていたりするものだ。最もここでいう一般のメイドに求められているのは、単に見た目であり、それが基準になっていることが多かったりするのであるが、その理由も自分は分かっているが、それ以上考えるのは嫌になった。
(お父様はそんな方ではなかったというのに)
またも彼女の中で疑問が生まれる。どうして、かと。父はそう言った用途でメイドを雇いはしなかったし、むしろ世の中を生きる術を教える為に使用人を雇っていた節目があったのだ。当時は不思議でたまらなかった。アインドラの家の使用人たちというのは、長年仕えてくれている庭師の老人を除くと頻繁に入れ替わりがあったのだ。それも地元の若者が中心にだ。
本当に当時は不思議であった。どうして、そんな事をするのであろうかと。それ以上深く考える事はなかった。幼い自分からしてみれば、使用人であると同時に兄や姉のようにも感じていた人たちだ。その人たちがいなくなるたびに寂しさでベッドを濡らしたものだ。
さて、その真意に気付けたのは皮肉にも家を出てからであった。王都の建築組合から依頼を受けた際に過去に家で仕えていた執事だった男性と再会したのだ。
それから、話を聞かせてもらった。彼は農家の次男坊、残念ながら畑を継ぐという選択肢はなく、それならばと父が話を持ち掛けてくれたとの事であった。
昼は自分の遊び相手であったり、屋敷の掃除や父の手伝いなどして、夜になるとその父から勉強を、それも彼は建築関係の知識を学び、それも十分と判断した父が紹介状を書いてくれたと言う。貴族の家で働いていた実績もあり、彼はそのまま就職する事が出来たという。
それを聞いた時、父に対する尊敬の念が出ると同時に罪悪感が溢れた。それから、似たような者達。よく馬替わりになってくれた別の若者は王都でも上位に入る宿屋にて、料理人として働いていたり、自分の髪をよく櫛でといてくれた女性は魔術師組合本部で再会した時は本当に驚いた。元々、彼女は魔法に興味があったらしく、しかしその才能が無かった為に魔法詠唱者になる夢は諦めたという。そんな彼女に父が「何もそれだけが魔法に関わる道ではないだろう」と言い、同じようにしてくれたのだと言う。ここからが重要になるが、父は決して、そんな彼らに手を出すことはなかったという。彼らと言うのも理由があり、世の中には少年を抱くのが趣味の男も結構いるらしい。
以前、受けた依頼での光景を思い出す。
(世の中)
本当にいろんな人がいるのだと思ってしまう。その人物のメイドの1人がその格好をした少年であると、当の本人が嬉々として語ってくれたのだ。正直、共感など出来るはずが無く、嫌悪感を抑えるので大変であったが。
『少年が出すものはまた苦々しいと同時に味わい深くてね』
その時は言葉の意味を理解しかねたが、後で分かった時には二度とあの野郎からの依頼は受けてやるもんかと思った程だ。
だからこそ、父がどれだけ立派だったかと世界を知る度に認識していくのであった。
「それだけではございませんよ」
メイドの言葉に意識を切り替える。今はそんな事を考える必要はないのだから。
「お嬢様にはまだ早いのだと気を遣ってくれたのだと私は思います」
「何だったら、もっと気を回してそう言った事全般辞めて欲しいものです」
ため息交じりにニニャが呟く。確かに年齢を考慮できるのであれば、そういった願望が生まれても仕方ない事だろう。
(???)
ここで、疑問が湧く。もっと言えば、知りたくなったと言うべきだろう。
(もしもよ、もしも)
ブラッドフォールンが、それなりの年齢であったならば、ボルブは貴族相手でもその姿勢で行くのだろうか?
「あの、それって」
堪らず聞いてしまった。それを受けた彼は少し考え込むと答える。それは、諦めのようにも見えた。
「口説く……と思いますね。ルクルットの事ですから」
「それは、凄いですね」
それが感心してのものか、呆れてのものか判別がつかなかった。
「ちょっと待て!だったら、少し変だろ!」
少し怒り気味に声を上げたのは、イビルアイであった。彼女は今度は何に対して腹を立てているのであろうか?
「どうしたのよ。急にそんな声を上げて」
「そうだろう!ラキュースに、ティア、ティナも声を掛けられて、ガガーランはまだしもどうして私にはなかったんだ?!」
「ああ……」
彼女が何を言わんとしているのか、理解できた。自分は勿論であるが、あの双子だって小柄であるが、成人女性だと一目で判別できる者だ。
しかし、彼女はそうは行かないローブを纏った姿にその声も怪しいもの。常識的に考えれば彼女を子供だと判断しても何の問題もないはずである。だが、それが彼女は気にくわないらしい。
(本当に面倒な性格ね)
そう思う位には彼女に振り回されているのである。何とかこの場を抑える方法を模索する。
「大丈夫、最悪、私が抱く」
その言葉にその場の全員が不意を突かれる。そちらを向けば、窓から覗いている逆さの頭が見える。
「ティア、あなたには周囲の警戒を頼んだはずよ」
「そっちならティナがやってくれている」
「待て、私だってその趣味はないぞ」
「残念」
彼女のその手の勧誘にはうんざりしているが、今回ばかりは感謝する。そのおかげで多少空気は和らいだのだから。話に入ってきた忍者はその視線を令嬢へと向ける。
「だく?それはどういった意味なのでしょうか?」
彼女は先ほど同様に首を傾げていた。彼女の年齢であれば、それを知らなくて当然、むしろそうあって欲しいと思う。
「シャルティア様が知るにはまだ早いです」
「そうなの?それは残念」
口をとがらせる彼女に仲間は言い寄る。それは、ともすれば男性が言うような言葉でもあった。
「大丈夫。私がいつか教える」
「ティア!!」
すぐに釘を刺す。この無垢であろう少女に何をしようというのか、それだけは絶対に阻止しなくてならない。
「鬼リーダーは固い。…………ねえ、貴方に聞きたい」
その言葉を意にも返さず彼女は令嬢へと問いかける。
「何でしょうか?」
「好きな人とか、いるの?」
直球であった。それは、彼女の職業から生まれた勘か、あるいはその独特の嗅覚から出た言葉であるかは分からない。が、一体それを聞いて、どうしようかと言うのか?その言葉を受けた少女はしばらく黙った。
「…………」
その沈黙が10秒、20秒と続く。その間、視線を左右に彷徨わせながらも少女の頬は染まって行き、その時点で答えが出たようなものであるが、それでも彼女は逡巡しているようであった。
(何なのかしらね)
その様は見ているだけでも胸やけしそうであった。それに何だか眩しくもあった。やがて、少女は意を決したように口を開く。
「その、います」
「それは誰!?」
食いつくのはティアであった。まさかと思うが、その相手を殺そうという訳ではないだろう。いや、そう信じたいのだ。彼女だって仲間には変わりはないのだから。相手はそれ以上の関係を望んで来るけど。
「もう辞めなさい。シャルティア様もすみません」
「いえ、大した事ではございませんので」
「誰!?」
本当にしつこいと思う。一体彼女はどうしたというのであろうか?普段はここまでではないと言うのに。それだけの事をさせてしまう程のものを目前の少女が持っているという事であるという事だろうか?そんな暴走気味の彼女は言葉を出す。それは、勢いに任せて口にしたような感じであった。
「もしかして、そのお父様とか?」
「ティア……貴方、何を言っているの?」
しかし、目前の令嬢の顔を見れば、その顔は固まっていた。
(…………え?)
まさかと思う。想い人が肉親という事があるのであろうか?
「おい、それは正気なのか?」
繰り返すように、それでいて軽蔑するように聞くのはイビルアイであった。確かに近親が相手であれば、その異常性を疑わざるを得ない。
(だけど)
それでも彼女は考える。本当にそうであるのかと?短い付き合いであるが、目前の令嬢は決して間違った事はしない人物であると断言できる自分も心のどこかにいる。
「あの、何か事情があるのでは……?」
「えっと、その」
彼女は何も言えないといった様子であった。それが彼女に確信させる。これ以上踏み込むのは良くないと。そう判断した彼女の行動は速いものだ。
「本当に失礼しました! ティア! イビルアイもこの話はここでおしまい。良いわね!」
「え~」
「気にはなるがな」
それでも諦める様子がない彼女たちにいい加減実力行使で尚且つ物理的に黙らせようとした彼女を止めたのは令嬢の言葉であった。
「いえ、お話します。そうですよね。気になりますよね。普通じゃありませんから」
「お嬢様……」
「大丈夫よ、ソリュシャン」
不安げに言葉を上げるメイドに少女は手をかざして示して見せた。余程の事情が絡んでいるようで、聞いてしまっていいものかと思ってしまう。
「じゃあ、話して貰えるんだな」
不遜な口を開くのはやはりイビルアイであった。彼女には怖いものはないのだろうか?
(うう、駄目よラキュース)
そして、いくらそれが酷い事だと心で訴えても抗えない部分がある。自分もその複雑な事情を聞いてみたいと思っているらしい。これはいけない事だ。酷い事だと戒めようとしても難しい。
(私、…………結構酷い人間ね)
事情を知る人間が聞けば、「何を今更」と言いそうなことを彼女は悔やむ。その間にも少女の言葉は続いていた。
「はい、…………私とお父様は正確には親子ではないのです」
「ほう」
「ふむ」
「えっと」
その言葉にそれぞれの反応を見せる3人に対して、自分は何も言えなかった。それはつまりだ。彼女達の関係はそうなると確認の為に無意識に口が動いていた。
「それは、養子という事でございましょうか?」
「そうですね。そうなります」
意を決したように彼女は言葉を紡ぐ。それでは彼女の出生はどうなるのか?という疑問が同時に起こる。
「もっと、詳しく聞きたい」
「勿論でございます。お話ししますとも」
本来であれば、叱責しなければならないのにそれをしなかった。それは自分もこの先が知りたいと思っているからであろうと彼女は自傷する。己は何と醜い生き物であろうかと。それでも好奇心を抑え事が出来ずにいたのは確かである。
「そうですね。では、あの方、お父様との出会いから話しましょうか」
彼女は語る。令嬢シャルティア・ブラッドフォールンは元々、別の家の娘であったという。そこで本当の両親の元に生を受け、幼少期を過ごしたとの事であった。
「あの方と出会ったのは、私が5つの頃でございますね」
そこで、彼女は一度頭の帽子をとり、膝に持ってくる。露わになる銀髪は美しく、仲間の1人はすっかり見とれてしまっていた。動作を終え、落ち着いた様子の彼女は続ける。それは彼女にとって、大事な記憶なのだろう。
「よくある話でございます。私の本当のお父様と、その方は大変仲が宜しかったみたいで、私の事を自慢したかったみたいなんです」
それには納得できた。確かによくある話だ。自分だって、小さい頃はあちらこちらに連れまわされたものだ。父は余程自分が生まれた事が嬉しかったらしい。行く先々で見知らぬ大人に言葉をかけられるのは子供心には負担が大きく、いつも母の足にしがみついてその陰に隠れていたような気がする。
それは、子供であれば誰もが経験するもの。単なる「人見知り」というものである。
「そこで、初めてお見かけしたのですが、とても素敵な方だと
5つでそこまで思うとは、このお嬢様は案外ませてたかもしれないと思う。そして、次の光景には思わず同性の自分でも見とれるものであった。
彼女は自分の右手を頭、それも前頭葉があるであろう部分をさすると微笑む。その顔は静かであるけれども輝きを放っており、その行為は彼女自身が大切な記憶を掘り起こすための物であると時を忘れて見て、ようやく行き着いた答えだ。
「その時に優しく頭を撫でてくださって、言ってくれたんです」
その顔はまごう事なく恋する乙女のものであった。
「『可愛いじゃないですか』って」
それは、社交辞令の一環だった可能性も多いにある。そもそも友人の娘を悪く言うなんて常識人であれば出来るはずがないのだから。それでも、この少女には響いたのであろう。それが、彼女の恋の始まりだと言えば、どうしてその相手の養子になっているというのか?彼女の話は続く。
「それから、しばらくして…………私の両親は亡くなってしまいまして」
彼女の頬を涙が走る。それから彼女は俯いてしまい、顔を両手で覆ってしまった。その指の間から雨漏りをおこした天井のように雫が膝上の帽子へと降り注ぐ。見てしまえば、誰だって理解できる。それはきっと辛い過去に違いない。流石に罪悪感が出て来る。何で死んだのか?どうやって死んだのか?と聞くのは野暮であるし、それを聞きだそうとするのは相当性格がねじ曲がった輩に違いないのだから。
(分かっているわね。イビルアイ、ティア)
流石にないと思うが、それでも楽観的に構える訳にいかず。左右に居る仲間達を軽く睨みつける。もしも、ここで彼女の事情を根掘り葉掘り聞きだそうとするのであれば、例え仲間でも剣を抜く心づもりだ。
(そんな目で睨むなよ、流石に私も空気は読める)
(私は、泣かせたい訳ではない。気持ちよくなってほしい)
流石に彼女たちもそれ以上追求する気はないらしく、ひとまずは胸を撫で下ろす。考えればその理由だっていくつも心当たりがあるではないか。モンスターに襲われたか、あるいは盗賊だったり、いくらでも出て来るものだ。詳しく聞く必要性は全くと言っていいほどないと彼女のは自分も含めて念を押す。
「ごめんなさい。見苦しい所をお見せしましたね」
「いえ、そんなことありませんよ」
彼女のその生い立ちを聞くと、自分は本当に恵まれた存在であると再認識させられる。自分の両親は未だ健在で元気に領地運営をやっているのだから。たまに帰って来いという催促を鬱陶しいと思ってしまった事に後悔する。この件が終われば、久しぶりに実家に戻るのも良いかもしれないと彼女は考えながら、令嬢へと言葉をかける。もしもこれ以上話すのが辛いのであれば、終わっても構わないと、そこまで聞けば後の事は容易に想像できるのであるから。だが、少女は首を振ると言うのであった。
「いえ、こんな中途半端に話を終えては皆様の疑問に答える事が出来ませんので」
そして、彼女は続ける。その後、その人物に引き取られ、これまでの人生を生きて来たという。その人物は彼女の心の安定の為に必死に働いて回ったという。彼自身の趣味であるという魔法研究が再開できたのは、ここ最近の事だとか。
(成程ね)
それで、理解できた。その人物は恐らく貴族であるが、きっと自分の家と同じくそこまで位は高くないのであろう。そうなると、少女の着てる服に今回の依頼料などはどこから来たのかという疑問も同時に解決する。
(やはり、彼女たちは帝国の貴族)
そう考えてみると、納得できる部分も出て来る。あくまで自分の予想に過ぎないものであると認識して、彼女は思考する。
王国での魔法の認識というものは驚くほどに低い。精々、子供だましであると考えている者、それも貴族が大半である。対して、帝国は話でしか聞いた事がないが、魔法の研究にも力を入れているらしく。彼女の養父となった人物もそうなのであろう。
(あの男なら)
かの「鮮血帝」は有能な人材であれば、平民でも取り立てるという事で有名だ。そうなれば、あの膨大な資金源も説明がつくというものだ。そうなれば、他の可能性だって浮上してくる。
(その人物。本当に貴族なの?)
目前の少女にその付き人であるメイドを見れば、この国であれば、別に珍しくも何ともないもの。貴族だと言えるのである。が、あの帝国となれば話はまた別だ。その人物の立場から疑わなくてはならない。が、それも今やるべきことではないだろう。
(何にしてもこの依頼は果たさないといけないわね)
例え、敵国である帝国の出身の可能性が高いとしても、この少女が養父である人物に向けている感謝と気持ちは本物である訳であるし、話を聞いてしまった以上。少しでも役に立ちたいと思ってしまうのが人情である。耳をすませば彼女の話はまとめに入っているようであった。
「今は、
「ふん!よくある話だ。別に泣ける話じゃないぞ」
涙声でそんな言葉を吐いても何も説得力がないとラキュースは思う。流石の不遜王であるイビルアイも彼女の話には何か思う所があったという所か。
「羨ましい。妬ましい。そこまで貴方に想われているその男が……正直殺してやりたい」
「ティィアァ?」
「冗談、何でもない」
今の話を聞いての感想がそれでは、余りにも酷い。少し殺気交じりの言葉を向けてやれば、直ぐに悪い面は引っ込む。
(ニニャさんと同じ様に考えてしまうわ)
出来る事なら、仲間たちの言動がもっと落ち着いてくれないかと願わずにいられない。
「お話ありがとうございました。力不足ではありますが、何か出来る事があれば私も協力させて頂きますので、遠慮なく言ってください」
「それは……」
実際、聞いた話はこれまで彼女が聞いたり、読んだりしたどの話よりも浪漫があるように感じたのだ。いや、そう考えること自体、令嬢に対して失礼に当たる訳であるが、それでも思ってしまう。
(すごくロマンチックじゃない! …………いけない、いけないわ)
悲劇にも親を亡くしてしまった絶世の美少女(なお、その理由は詳しく分かっていない)とそんな彼女を引き取った男性の恋物語、親子はいずれ夫婦となる。そんな話が彼女の頭の中では展開されていた。
(いつもは冒険物で書いていたけど、今度恋愛物に挑戦するのも良いかもしれないわね)
そう考えてしまうのは彼女の趣向に原因がある。
ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。
彼女は冒険者になったいきさつからも分かる通り、しばしば非日常に憧れる節がある。それは、幼少の頃に経験したことが由来なのか、はたまた彼女が元々もっていた資質であるかはもう判断の仕様がない。そんな彼女の趣味が執筆活動と言うのはもう何かに定められた必然であろう。
彼女は時折、自身の感性や叔父から聞いた冒険譚を元に独自の小説というものを書いているのだ。そして、人間形にした物は誰かに見て欲しいものである。王都には丁度そういった施設があり、彼女は自分の作品をそこに寄贈しているのである。その作品は何気に庶民の間で人気があり、特に年ごろの少年たちの間では有名だ。その本が切っ掛けで冒険者を目指す子供が出る位だ。
さて、そんな彼女が今度は新たなジャンルに挑戦する訳であるが、それはまた別の話となる。
「あの? 聞いても良いでしょうか?」
「何でしょう? ニニャ様」
令嬢に質問を投げかけたのは魔法詠唱者である若者だ。その事に何の事はないと笑いかける少女。それを確認して彼は聞く。
「あの、それでは、ブラッドフォールン様って、未婚の方なんですか?」
(!!!)
彼女の中で雷が走ったような感覚が生まれる。確かにその話であれば、その人物自体は既婚者であるのかどうかは気になる所である。彼女は変わらず軽く微笑むを浮かべて答えるのであった。
「ええ、お父様自体は未だ独身の御様子なんです。そうだったわよね。ソリュシャン?」
「はい、私もそのように聞いております」
それならば、少女の夢は最高の形で叶う事もあるかもしれないとラキュースは内心で歓喜している自分が居る事を自覚して、何とか抑えていた。
「では、年齢の方を、とごめんなさい。流石にそこまでは駄目ですよね」
続くニニャの質問。彼も直ぐに引っ込めた通り、不味いと思う。人とは年を気にする者もいるのだ。特に女性に顕著であるようだが、彼女にはそれがよく理解できていなかった。それはひとえに彼女が「若い」からだろう。人間出来る事なら、いつまでも若くいたいものである。
(そう言えば、お母さまも最近五月蠅くなったなね)
以前、といっても既に1年ほど過去になるが、その時に会った母は自分の姿を見るなり盛大にため息を吐いたのだ。娘を前にやる事としては、酷いではないだろうか?ともあれ、年齢とはそれだけ慎重に扱わなくてはならない代物なのである。よって、令嬢が答える義務はないのであるが、彼女は気にした様子もなく思案する顔をみせる。肉親相手でもその話をして良いのかと迷っているのか、はたまたと彼女は思い出す。
(そうなのよね。お父様って、今年でいくつだったかしら?)
肉親相手でも年というのは中々把握していないものである。理由を上げるならば、別に知らなくても問題がないから。それで、日常生活が送れなくなるなんてものはいないだろう。やがて、彼女は自分たちにその事を伝えてくれた。
「確か、今年で26か27になったはずです」
「それは、お若いですね」
別に世辞という訳ではない。ニニャが言ったのは純粋に驚いた部分が大きい。それはラキュースにしても同じであった。思ったより若いと思ったのは事実だ。
(ええと、つまり)
彼女は考える。仮にその人物が27として、目前の少女が14だったならば年の差は13である。出会いは少女が5つの頃であり、その時その人物は18位であったはず。そこまで考えて、別に珍しい事ではないと結論を出す。
かつてアインズがいた世界であれば、大人、つまり成人として扱われるのは20からが通例であったが。この世界ではまた別だ。正確な基準はなく、大体16から18であれば、もう大人に混じって働く者。あのエンリ・エモットでさえ、まだ20になっていない所からもそれがよく分かる。
貴族の世界だともっと曖昧なもので、速いとそれこそ現在シャルティア・ブラッドフォールンが演じている貴族令嬢の年でもどこかの家に嫁ぐなんてこともある。最も体はまだ出来上がっていないので、子を作るのであればもう少し時期を見極めるものであろう。
ラキュースの思考は続く。
(それで、仮定として、彼女の本当の御両親が亡くなったのが8歳の時としましょう)
そうなれば、引き取った男性の年齢は推定21。少女一人を養う為にどんな事をしていたのか想像するしかないが、それでも何かしらの優れていた人物であろう。
(何者なのかしら?彼女の父親は)
興味が湧いてくる。それは、恋とかではなく、むしろ子供の好奇心に近いものだ。そんな彼女が恋というものを実際に知るのはまだずっと先の様に思える。
「じゃあ、私も質問。兄弟とか姉妹とかいるの?」
またも、無神経な質問をしたのはティアだ。今の話を聞いた限りでは彼女とその養父の2人だけだと誰だって察する事が出来そうであることだが、その考えは令嬢の次の言葉で裏切られる。
「ええ、いますよ」
「その話詳しく」
「ティナ!」
反対の窓からまた別の頭が出て来る。本当に彼女達はここの危険性を理解しているのであろうか?その感情が顔に出たらしく。彼女は問題ないと言葉を返して来る。
「外の様子だったら筋肉ダルマが見てくれている」
『ああ!誰がダルマだって?!』
ガガーランの言葉は最もである。彼女は確かに筋肉の塊であるが別にダルマという程ではない。ダルマと言うのは叔父が持って返った品の中にあった書物で確認した物の名前だ。何かしらの魔法を行使するための人形だろうか?だが、その顔は決して可愛らしいと言えるものではなく、仏頂面なのであり、「お前の顔はダルマだ」と言われてしまえば、誰だって不快に感じるだろう。
(それとも)
単にあの丸っこい
「それって、その……貴方と似たような境遇で?」
気まずく感じて、それでも流れが出来てしまった為。勇気をだして聞いてみたという声。再びニニャの声で思考を元に戻す。
(確かに、気になるわよね)
そう考える彼女に令嬢に対する遠慮だとか気遣いはすっかりなくなってしまっていた。かといって、彼女1人を責める事はできない。シャルティアが出す柔らかな雰囲気もそうであるが、何より自由奔放な彼女のチームメイト達の存在がとてつもなく大きい。朱に交われば赤くなるという奴である。
令嬢はここまでと同様。特に怒る訳でも機嫌を損ねる訳でもなく話す。
「ええ、ニニャ様のご想像の通りでございます」
「そうなんですか」
「よくある話だ! そうだ! そうに違いない!」
「イビルアイ泣いている」
「私が宥めてあげる」
「いらん!」
騒ぐ面々の姿に纏める立場にあるラキュースは羞恥心を抱き、令嬢はその様子に笑って見せて、その姿を見たメイドは優し気に安心した表情を見せる。彼女たちの年齢も近い模様であるし、実際姉妹みたいなものだろう。彼女にだって姉のように慕っていた使用人がいたのであるから。
「本当に、賑やかな方々でございますね。今回の旅が楽しくなりそうです」
「そう言ってもらえると本当に助かります」
ここまでの醜態を晒してしまったのだ。少なくとも彼女達の前ではアダマンタイト級の威厳というものはもうあってないようなものだ。
「話の続きを聞きたい」
(…………ティナ)
もう怒鳴る気力もなくなっていた。ならば、その話の今後の糧にすれば良いだろう。主に創作の。そう彼女は考え、少女の言葉に耳を傾ける。
「はい、あまり大きな声で言えませんが、その2人は……」
「2人?どういう事」
「はい、双子なんです。そう、丁度ティア様とティナ様のように」
それは、興味が俄然湧いてくる。最も興味を示したのは犯罪者予備軍である忍者だ。
「それって、男? 女? 年は?」
どこまでも無神経で無礼な態度を少女は笑って流す。
「ふふ、男女の双子で、年はそうですね。今年で7かなと」
「ボス、その家に行こう」
反射的に背中の剣を抜き去り、彼女の頭を狙ってそれでいて、周囲にはぶつけずに振りぬく。彼女はまるでモグラのように頭を天井の方向へと引っ込めてその一撃を回避した。
「冗談が通じない鬼ボス」
「貴方の場合、冗談では済まないでしょう?」
思わずとってしまった行動。それが、目前の2人にどう思われるかなんて考える余裕はとてもなかった。そして、そんな彼女だからこそ、研ぎ澄まされた戦士の勘が彼女に告げた。その違和感は足元からする。
(馬車の底に何かいる?)
しかし、それはあり得ない事だと内心首を振る。そう言った存在の探知であれば、自分よりも忍者である彼女達の方が長けているはずである。
(どういう事?)
「あの、ラキュース様?」
「おおーい、どうした? ラキュース?」
突然、立ったまま固まってしまった彼女を心配してシャルティアとイビルアイは声を掛けるが、それは今の彼女には届いていなかった。
(周囲に対する警戒)
それであれば、仲間であるガガーランに同じく依頼を受けている「漆黒の剣」の面々があたっているはずである。
(なら、この気配はいつから?)
隣の彼女でさえ気づいていない様子。もしかしたら、自分が勝手に生み出した被害妄想、あるいは強迫観念の類かと思うが、それはないと首を振る。
「ラキュース?本当にどうした?」
珍しく不安げな様子を見せるイビルアイの言葉でさえ、今の彼女を連れ戻すには不十分であった。
(これは、放置するのは危険ね)
長い思考の果て、考えに考えて彼女はその結論に至った。恐らく正体不明の何かはこの馬車の床下に張り付いている。それはいつからなのか?
(いえ、どうでも良いわね。今は)
そう、今の自分がすべきことは目前の少女達を護る事である。そして、この気配の主が敵ではないという保証はどこにもないし、現段階では答えが出そうにない。
(やるしかない)
彼女は決意を固める。剣を構えると、その気配がする辺り、その中央をこれまでに
「ラキュース様、何を?」
令嬢の疑問の言葉は相手にせず。彼女は剣を狙った場所に突き刺す。
「チェストおお!!」
その言葉もまた、彼女が幼少期に読み漁った書物から知った言葉であった。何かしらの呪文。それも必殺技ではなく普段の攻撃に使うと効果的なものらしい。その為、彼女は勝負をかける際、かと言って特大の技を放つ程ではない時はその言葉を叫ぶのだ。
床を突き抜けた剣はそのまま床下に達し、そして、彼女の手に何かしら肉を絶った感触が伝わってくる。次にその場にいた全員の耳に奇怪とも言える鳴き声らしきものが響いた。
「ぐぎゃああ!!」「ぐぎゃああ!!」
それはまるで、2匹の獣が同時に出したように2重に聞こえて来た。しかし、その獣が1匹であるのはその後に聞こえて来る音――ある程度重量があるものが地面に叩きつけられる音。そして、転がっていく音を聞けば明らかであった。
「な!モンスターがいたのか!?」
「可笑しい。接近してくる奴はいなかったはず」
驚いたように。今になって、リーダーが何に気付いたのか知ったティアとイビルアイは感嘆の声を上げる。流石は自分たちのまとめ役であると。
「いや、それ所じゃない。おい!ガガーラン!」
直ちに行動に出たのはイビルアイであった。外を見張っているはずの仲間に声を掛ける。
「おい、モンスター、それも獣型の奴。
『驚いたぜ、いきなり転がって来たんだからよ。追っかけて来る気配はねえぜ』
外から聞こえて来る戦士の言葉にようやくその場の全員、警護依頼を受けた冒険者の者たちは警戒態勢を解く。
「何とかなったかしら。???」
そこで、目前の少女とメイド2人の表情がややひきつっているのに気付く。それはこの依頼中初めて見るものであった。一体どうしたというのか?
(あ)
ようやく思い当たる。彼女たちからしてみれば、自分はいきなり剣を振った。ただの変人ではないか。
(やってしまったわね)
だが、彼女は取り乱す事はなかった。あくまで優雅に振舞う事を意識して、それは貴族であり、冒険者であり、聖職者であり、戦士である彼女だからこそ出来る。彼女独特の振る舞いであった。
「これは、お騒がせしました」
「いえ、むしろ私はお礼を申し上げなくてはいけませんね」
そう言う令嬢の顔は強張ったままであった。
冒険はまだ続く。
ここまで読んでくださりありがとうございます。それと今回は謝罪させてください。もしかしなくとも作者は小説を書くのが下手になっているみたいで、毎度文章が膨らんでしまうので、もうしばらくpart1は続きます。しかも、これで第5章の3/1ですから、終わるのはいつになるか作者自身分かっていないです。
何とか早め早めに更新致しますので、何卒お付き合い願います。
「もっとテンポよく話を進めろ!」という方は遠慮なく言ってください。短めにする努力はします。