オーバーロード~遥かなる頂を目指して~   作:作倉延世

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第6話 開始

 モンスターが張り付いていたというアクシデントはあったものの何とか解決したために、その後は何事もなく、一行は霧の中を進んでいた。

 「最悪、スケリトル・ドラゴン等が出る可能性も考えていましたが、その心配も必要なかったようです」

 その魔物を撃退した彼女の言葉に令嬢は再び首を傾げて見せる。

 「それは、強いモンスターなのでしょうか?」

 「何だ?そんな事も知らないのか?それでは先が思いやられるぞ」

 「イビルアイ」

 辛辣な口を開く魔法詠唱者を諌めて、ラキュースは依頼主である少女に説明をする。その恐ろしさと言うものを。

 

 「そうなのですか?」

 それが、令嬢の感想であった。顎に右手人差し指をあて、僅かに首を右方向に傾ける動作をする。まるで、飼い犬の粗相を聞いた、みたいな反応にラキュースは内心、複雑な気持ちに駆られる。確かに仲間の言う通り、あまりにも危機意識がないのはよくない。だからといって、それをこの場で叱責する気になれなかった。

 (出来る事なら)

 この少女にはこのままでいて欲しいとも思ってしまう。それは、少女が見せる純粋な様がそう考えさせるのだろう。

 「そういえば、そのドラゴンと言えば」

 令嬢が思い出したように話を始める。それはある英雄のことであった。

 「モモン様は、一撃で倒したという話がありましたね」

 「あれは確かに凄かったです」

 答えたのはその場に居合わせたニニャだ。やや上を向いた視線に呆けている表情はその時にあった事がどれだけ非常識で、それで常人には真似の出来ない偉業であったかを回想しているようであった。それを見て、ラキュースとイビルアイも興味を持つが、その内は全然違った。純粋な好奇心と燃え上がる対抗心と言った所。ちなみに、忍者の双子は鬼リーダー、または鬼ボスに睨まれて大人しく周囲の警戒に戻っている。馬車底にモンスターが潜んで居たのに気づけなかったのだ。文句は言えない立場なのである。

 「その時の事を詳しく聞いても良いでしょうか?」

 直接訪ねたのはラキュースであったが、その場の全員の視線が当事者である魔法詠唱者へと向けられている。それを受けて彼も話す気になったらしい。いや、あるいは話したくて仕方がないと言った様子であった。それを見て、先の令嬢とは違った親近感を抱く。

 (ニニャさんとは気が合うかもしれない)

 この先、機会があれば英雄譚に伝説と語りあう機会があっても良いかもしれないし、出来れば設けたいと希望する。ニニャは話始める。その時にあった事を、それも丁寧に彼らとの出会いから話してくれた。

 「もう駄目だと思ったんです」

 その時、彼らはオーガとゴブリンの群れに襲われていて、現在騎乗する形で周囲の警戒をしてくれている3人が殿となって逃げようとしたとの事であった。

 「でも、奴らは数が多く。わたしとその時一緒だったンフィーレアさんの前に1匹のオーガがいて、手に持った斧を振り下ろそうとしました」

 彼は話、というより語り上手であった。その時の緊迫感、正に命が消える所であったと聞いてる方にも伝わって来る。思わず自分も膝に置いた手を力強く握ってしまう。

 「その時です。空の太陽に異変がありました!と言っても角度的にそう見えただけなんですけどね」

 「案外、それもそうなる運命だったかもしれませんね」

 口を開け、僅かに頭を傾け硬直。頬を指で掻きながら苦笑して言う様子のニニャの話にこれまた上品に手を当ててそう返すのはイプシロンであった。それは非常に可憐であり、彼女もどこかの貴族の生まれかと思わせるには十分であった。

 (でも、これ以上聞くのは)

 流石に出来ないであろう。唯でさえ複雑な事情があるようであるし、何より先ほどの失態は大きい。だからといって、別に残念とは思わないし、仲間の事も怒るつもりもなかった。この依頼を終えれば、彼女たちとまた話せる機会は作れるはずである。それもこの先の自分たちの働き次第であるけど。

 「宙を舞って、そのオーガを縦に両断、それも一撃ですよ。その時の事と言ったら!」

 彼はその時の事を嬉々として語る。常識であれば、あり得ない光景。しかし、斬られた瞬間まで動いていたオーガの内臓、吹き出して、そして周囲に降り注ぐ大量の血液、何よりその時一瞬見えたオーガの心臓はその時、まだ脈打っていたという。それが、次の瞬間には止まった。それが彼のやった事がどれだけ逸脱しているかを物語っていたという。

 「その、よく見ていらっしゃるんですね」

 やや引き気味に令嬢がそう聞く。確かに幼い少女には生々しい話であろう。その事に気付かない様子で彼は続ける。

 「その時の事は、正に『舞い降りる剣』と言った感じですね」

 (!! 何、そのかっこいい響き!)

 胸に電流が走る。その言葉の響きに本能的な部分で惹かれていると自分でも分かっている。改めて、この一件が終わったら彼と話をしてみたいと思ってしまう。きっと彼とは気が合うだろうし、出来るならば自分の創作の為にアイデアを貰いたいと思う。

 (その時の話をもっと詳しく! と、抑えなきゃ)

 「話の続きを聞いても?」

 「あ、すみません。あまりにもその時の光景が印象に残っていたもので」

 先を促すメイドの言葉にようやく夢想状態から覚めたようで、彼は続ける。その後彼は1人でオーガを3匹、ゴブリンを8匹を瞬く間に倒していったという。

 

 (何だろうな。こいつ)

 イビルアイは話の中身よりもそれを話すニニャの方が気になってしまう。モモンという英雄の活躍に相当熱があるらしく、その姿はいつも見ているようであった。

 (そうか、こいつラキュースに似てんだ)

 少し考えて直ぐに答えは出た。この魔法詠唱者は自分たちのリーダーと同じ部類の人間であると、その瞳は恋焦がれての物ではない――男が男に惹かれているという状況は理解し難いが、世の中には色んな人間がいるのは自らが所属するチームを見れば、嫌でも解ってしまうもの。

 (同性愛者(ティア)少年趣味者(ティナ)初物食らい(ガガーラン)、か。)

 改めて思う。自分たちのリーダーは大変だなと、こんなにも厄介な面々を纏めているのであるから。

 (私がいないと駄目なんだからな。困ったものだ)

 その面々に、もっと言えば彼女の悩みにの種の1つが自分であるとは微塵も思わない彼女は内心で鼻を鳴らす。自分が居ないと成り立たない。どうしようもない連中であるなと。そして、彼女が次に考えるのは、話の人物であった。

 「それから、私たちはカルネ村へと赴き……」

 (モモン、アダマンタイト級冒険者)

 ニニャの話が続く中、彼女は彼女で今や、同格となった英雄の端くれである彼の事を考えていた。その名は王都にまで広まっているのは確かであった。あの依頼を受ける事になってから、少しであるが、時間があったのでいつも利用させてもらっている情報屋に、行きつけの酒場等でその情報を集めてみたのだ。

 (どんだけ、規格外なんだ……)

 彼女にしては珍しく内心でため息をつく。それだけ聞いた事が現実離れしていたからだ。特にギガント・バジリスク討伐などはその対策を十分にしなくてはならないと言うのに。それを殆んどせずに力押しで行ったというのであるからだ。

 (それでも、負けはしない)

 自分だって、普通ではない。と彼女はまだ見ぬ戦士に対抗心をこれでもかと燃やしていた。その人物、もっと言えば、それを演じているある人物は彼女のそれまでの生き方を、人生観を大きく変える宿命的とも運命的とも言える存在であるが、この時の彼女はその事を知る由もないのである。

 

 「あの森の賢王を手なずけてしまったんです!」

 「そうなんですか! ……それで、その後は?」

 すっかり、語り手のペース、あるいはその空気に触れてしまい、声がうわずっている様子のリーダーに彼女は再びため息をつき確信する。

 (やはり私がいないと駄目だな)

 そんな彼女たちを目前で見ている令嬢は静かに微笑んでいる。それは、何かを思い出してのものか、あるいはその様子を何かに重ねてのものかは誰にも分からない事であるし、その3人にしたって、それぞれに他の事に夢中になっている為、彼女の笑みに気付くことはなかった。

 

 「……それでですね」

 ニニャの話は続く。村での仕事を終え、城塞都市に戻った夜にその事件は起きたというのであるから。

 (ああ、ここからがそうなのね)

 ラキュースはすっかり夢中になってしまっており、その姿はよく言えば、生き生きとしている。しかし、悪く言えばその年齢にそぐわないと言ったもの。彼女自身ともう1人話をしているニニャは気付いていないであろうが他の3人の目にはしっかりと映っているのだ。例え、年を重ねても、体は成長しても彼女の心には純粋に世界を求める心があるのだと、それは本来であれば、子供が大人へと成長する過程で自然とあるいは意識して手放すものである。しかし、彼女にはその傾向が見られない。

 

 (それこそ、何かが違うと言うのでありんしょうか?)

 現在、その外見に相応しく世間知らずなお嬢様を演じているシャルティアはそう考えた。先ほどこの女性が見せた攻撃には驚かされた。あの双子ですら気付かずに潜んでいたはずの彼が感づかれたのであるから。

 (まあ、ベルだったら大丈夫よね)

 少し大変な目にあってしまっているが、それでも彼であれば問題はないだろうと彼女は思考を切り替える。

 今回依頼を頼むことになった「蒼の薔薇」と「漆黒の剣」の2チーム。目的地である平野の中心までまだ時間はかかるらしいのであれば、その間に少しでも出来る事を。今回に限っては彼女たちの事を見極めるべきだと判断する。現時点での自分なりの見解を含めた彼女たちの評価はまあまあと言った所であろうか、まず実力に関しては自分たちの足元にも及ばない。

 (例えば、そうね)

 階層守護者であるデミウルゴスが「蒼の薔薇」とぶつかったとすれば、20分もかけずにその殲滅が可能であろう。そして、それは同時にこの世界における力の基準を図るのに一役買ってくれる。

 (やっぱりというかね)

 この世界では以前の世界の常識に当てはめて考えるのであれば、レベルは20から30あれば英雄というものを名乗れる様である。それに、墳墓が接触したアダマンタイト級冒険者チームが彼女たちであり、王国での批評であれば――他の班が収集してくれた情報によればこの国一番であるという認識であるのだ。

 (警戒すべきは……)

 裏に隠れているであろうプレイヤー達、あるいはその知識を受け継いでいる者達。

 (考え過ぎね)

 すぐにその考えを取り消す。かの竜王も言っていたではないか、この世界に来たプレイヤーは様々であったが、その多くが現地人と衝突したと言う。いや、これに関して言えば、自分たちだって変わらないと笑う。なんせ、現在進行形で敵対してきている国があるのであるから。かと言って、譲歩する気は一切ない愛する主が目指す世界と彼らが掲げる主義主張が合わないと言うのもある。が、それ以上に自分たちだって我慢が出来ない事もある。

 (2度、よ。アインズ様は話をしたいと仰ったのよ!だと言うのに!)

 思わず演技をしているのだと忘れて、彼女はその顔を怒りで歪め、膝に置いた手を力強く握り占める。

 「お嬢様」

 それにいち早く気づいたメイドの声で我を取り戻す。本当に彼女には助けられてばかりである。

 (ありがとう。ソリュシャン)

 (いえ、シャルティア様のお気持ちは私もよく理解できますので)

 こそこそと、前の3人には聞かれない程度に声を交わす主従。しかし、そこまでする必要はなかったようである。

 「……一度自分たちとモモンさんは別行動をとる事になりまして……」

 「……成程、魔獣登録の為ですか、しかし凄い方ですね。聞けば聞く程、恐ろしい魔獣の瞳を『可愛らしいものでしょう』ですって! ねえ、イビルアイもそう思わない?」

 「ああ、そうだな」

 事細かく、それこそその場の全員それぞれがどのように動いていたのかと説明するニニャに自分たちの存在をすっかり忘れてしまった様子のラキュース。そして、興奮している様子の彼女をやや引きながら相手をしているイビルアイとこちらを気にかけている者は皆無であった。その事に感謝する一方で彼女は思案する。果たして、これは正しいのであろうかと。

 (一応、今回、私は彼女たちの護衛対象なのよね)

 その対象をほっぽいて話に夢中になっている彼女たちの姿はあまり褒められたものではないだろう。けれどとすぐに考えを改める。この馬車だって、2重の形で警護をしているのだし、なによりこの馬車がだしている速度はそこそこある。中途半端に襲いかかろうとすれば、轢かれてしまうのがオチである

 (さて、話を戻しましょうか)

 その声を聞いているのは自分だけだというのに、その言い回しに笑ってしまう。どうやら、長い活動期間で自分の思考回路は変質してしまったらしい。

 (ま、別に気にする事はないでしょ)

 それにこれは、いわゆる成長、あるいは進化というものであると結論を出し、改めて冒険者達の事を考える。戦闘力で言えば論外であるが、それも自分たちと比較した場合であり、件の計画の為であれば十分な戦力となるであろう。その為には何とかこちらの陣営に引き込む必要がある。

 彼女がそう考えるのにきちんと理由がある。というか、それしかない。現段階では王国に関してはどうやっても友好的に事を進めるビジョンがまるで見えないのだ。仮定として、主が表に姿をだすとしよう。当然ながらアダマンタイト級冒険者漆黒の戦士モモンとしてではない。偉大なる魔法詠唱者であり、自分たちの絶対なる支配者であり、何より慈悲深き御方アインズ・ウール・ゴウンとしてだ。

 そうして表に出て、素直に国王と話をさせて欲しいと言って、相手はそれを聞き入れてくれるか?答えは否だ。きっと一笑に付されるだけだ。

 (それにね)

 これは、自分の予想になるが、きっと彼ら、特に貴族と呼ばれる者達に至っては主の身に纏うアイテムの数々を何の恥ずかしげもなくよこせと言ってくるではないか?その理由も自分たちが貴族であり、主はそうではないからという1点のみでだ。自分の想像だというのに殺意が溢れて来る。それは、奴らの態度でもあるが、その思慮の浅さからくるものであった。奴らからしてみれば、ナザリック地下大墳墓の財宝など煌びやかな物だという認識でしかないだろう。しかし、主にとっては全く違うと自分たちは断言出来る。あれらは単なる財宝ではない。主があの世界で己が創造主を含めたかつての友達と過ごした日々の象徴であり、そして自分たちを見捨てず墳墓を維持しようとした主の頑張りそのものである。その価値を推し量ろうとしないのであれば、それは不愉快極まりない。

 

 シャルティアのこの主張には無理がある。それは、あくまで主観的な事であり、話してもらわないと全く接点のない第3者としては理解しようがない。と、言ってもかつてアインズが暮らしていた世界の常識であれば、他人の持ち物を恥ずかしげもなくよこせという事自体があり得ない事でもある。

 

 彼女は考える。本来であれば、それはデミウルゴスにアルベドの領分かもしれないが、かといって何もしないというのは、無理がある。そこで、彼女は墳墓の図書館にて読んだ資料――と言っても出所は例の部屋だったりする――内のある言葉を思い出す。

 (市民革命)

 それもまた、簡単な物語である。ある国は貧しかった。人々の口に入る食料は日々減るばかり、だと言うのに国王とその妻、つまりは王妃は贅沢な暮らしを改めることはなく、人々から変わらず税をとったという。怒りが爆発したのは必然と言えたかもしれない。暴動を起こした人々に敗れる形で王制は終わり、そして王たちは断頭台にて処刑されたという。

 (愚かな事ね)

 ナザリック地下大墳墓であれば、そんな事は絶対にあり得ないと言える自信がある。と、思考がそれてしまったと彼女は瞬きをする。ほんの少しでも良い。何かやるだけでも脳内は整理出来るという物である。確かにあの国であれば、民の不満は溜まっている可能性は大いにある。それは、現在目前で主の話をしてくれている魔法詠唱者を見れば尚更にそう思う。

 しかし、この手段はあまりとりたくないと彼女は考える。理由としては単純だ。そのやり方は最悪であるから。何がそうなのかと問われればそのものだと答えよう。

 彼女の記憶――異変が起きてから必死に主の役に立とうと貯めに貯めた知識から、もしかしたらと愛する殿方が求めてくれた時、それだけに限らず時間を共有する事があれば活用しようと読み漁った男女関係の心理学であったり、いざという時の為にある限定的な技術の物まで幅広くある。――に照らし合わせて説明するのであれば、革命という物を起こした時点で王国とは終わってしまう。よく、創作の世界では革命をドラマティックに描き、さも権力を悪と描き、それに立ち向かう市民こそ正義として描かれる節があるが、そうなること自体が問題があるのだ。

つまりは統治者に力がない事を証明してしまう事でもあるのだから。

 主の為であれば、それも悪くないと思ってしまうが、そうなると国の立て直しに相当時間が掛かるはずであるし、もっと言えば自分自身そうしたくないと思っている部分があるのだ。

 (本当、不思議よね)

 この国は知れば知るほど酷い所ばかりだ。彼が集めた情報を見てもそれがよく分かった。それでもと思ってしまうのは、全てが全てではないからだろう。

 (実際、アインズ様が気に入られた王国人はいるしね)

 もしも、そんな形で国を変えようとすれば、そう言った人々も巻き込まれてしまう。で、あればもっと穏便な方法を考えるべきである。

 彼女が次に目をつけるのは、王族のことであった。今の国王であるから、そうなのであれば、誰か、その後継者の内の誰かに接触して、協力を取り付けた上で自分たちの方で支援する。と言った方法の方がまだ現実味がありそうである。そうなると、と彼女はその有力候補者を絞る。

 (第1王子、第2王子、第3王女だったかしら)

 現在、国王の傍に居る者たちで2人の王子が後継の座を争っているとの事である。しかし、庶民から人気が高いのは第3王女であるということであった。最もそれも単に外見の話が8割を超えているらしいが。

 (駄目、情報が少なすぎる)

 その3名の内、誰かに協力者になってもらうのであれば、もっと自分の希望を言えば、かの竜王と同じく主と良好な関係を築ける人間が望ましい。優しき、いや気高き主はどんな相手でも嫌な顔をせずに同盟者、あるいは仕事相手という関係を築けるだろう。でも、と思う。

 (アインズ様の心からの笑顔、それをもっと)

 見たいと願ってしまう。その為にはやはりもっと情報を集めて精査するべきである。例えば、目前に居る冒険者。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラはその第3王女と個人的に親しい間柄であるという。ならば、どこかで時間を見つけて、はたまた今回の事が終わった後にでもその場を設けて良いかもしれないと別の事を考え始めた彼女の耳にやや硬質的な声が届く。

 「お嬢様」

 

 その言葉に英雄モモンの話で盛り上がっていたニニャ達も反応する。ラキュー等は少し残念に感じたがそれも仕方ないとすぐに気持ちを切り替える。話はいよいよモモンが銅級からアダマンタイト級までに一気に駆け上る事になった最大の要因である巨人と竜の話であったからだ。ここまで話を聞いていた彼女にモモンに対する負の感情、嫉妬等は全くなく、純粋に尊敬が膨らんでいく気持ちであった。それも彼女の良い所であり、強さかもしれない。

 人というのは、プライドが高い生き物であり、その件にしたって、既存のオリハルコンにミスリルといったランクの冒険者には、ぽっと出のモモン達を気に入らない者たちがいた。本来の世界線であれば、彼の足を引っ張ろうとして、結果的に身の破滅を招いてしまった者。その悲劇とも喜劇とも判断に困るものを再現する者こそいなかったが、それでも不満を抱えた者たちはいるものである。

 しかし、彼女にはそれが全くなかった。あのペテルでさえ、モモンの装備に多少嫉妬してしまったという事実からその異質さがよく分かる。それは結局の所、彼女が目指している先にあるのかもしれない。彼女もまた己が理想を叶える為に走り続けている身であり、他人の事を参考にすることはあれど、それを妬むなんて事はするだけ時間の無駄であると感覚的に理解していたと言うべきか、あるいは、それこそ彼女が生来持ち合わせている才能の類か、それとも資質であるかは誰にも正確な答えを出すことは出来ないであろう。何にしてもそう言った「常識」に縛られない強さもまた、英雄に必要な事かもしれない。

 

 彼女が振り向いた先、馬車に乗った全員が視線を集中させたのは、丁度先ほどティアが頭を出していた部分であった。

 (セバスさんと言ったわね)

 正直、外見の年齢ではない。何か幻術の類を使用していて、本当はもっと若いのではないかと疑ってしまう。それもそのはずだ。なんせ、その老執事は右手を馬車の天井にかけて、後は宙ぶらりんの状態であるから。下半身の方はここからでは死角になっていて見えないが、少なくともこの馬車に足をかける場所など、もっと言えばつま先だってかける余裕がある場所は無かったはずである。他にもある、とんでもない事を言えば決して姿勢は崩さずにその瞳を主である少女へと向けている。片手一本で自身の体重を難なく支えている事もそうであるが、この揺れる馬車において、安定した姿勢を保つことが出来るのは彼の筋力が相当であると証明していた。これなら、元アダマンタイト級冒険者という話も納得できるという物だ。

 「セバス、どうしましたか?そんな所にぶら下がっていては、はしたないでしょう。ラキュース様方の前だと言うのに」

 「それは、申し訳ございません、お嬢様。このセバス、そこまで配慮がまわらずに」

 「良いわ、それでどうしたのかしら?」

 そのやり取りに驚愕したものを感じる。この少女は何と言った?はしたない?だとしたら、とんでもない事である。その男がやってみせている事と同じことが出来る者はラキュースの記憶では存在しない。いや、希望的観測を上げれば、1人、心当たりがない訳でもない。

 (ルイセンベルグ様なら、あるいは)

 叔父のチームに所属する戦士の名だ。彼の強さもよく知っており、叔父曰く「朱の雫」の最強戦力であるという。そこで、自分の後ろ(現在自分は左を向いてしまっている為にこうなる)にいるであろう仲間の事を考える。

 (イビルアイと)

 どっちが強いのだろうかと場違いに考えてしまう。その間にもとんでもない主従達の会話は続く。

 「もうすぐ、目的地でございます」

 「あら、もうなの?残念、もっと皆様とお話したかったと言うのに」

 本当に残念そうな様子の令嬢にメイドが嗜める言葉をかける。

 「シャルティア様」

 「ええ、分かっていますよ」

 その言葉に返すと同時に彼女は少し頬を膨らませ、不満げな表情をして見せる。それは、見る者が見れば、間違いなく心臓に響くものだ。

 今、この馬車が向かっているのは、平野の中心地帯である。そこから先は、足を使っての調査となるそうだ。ここで、気になった事を令嬢へと尋ねる。

 「あの、霧の発生源を調べると言っても具体的な方法はどうされるのでしょうか?」

 そう、これである。いくら気合があったとしても、どうにもならない事はあるのである。例えば、トブの大森林にて特定の薬草を探す話になったとしよう。それだって、正しい知識を持った人物がいなければ難航するし、いつまでも時間をかける訳には行かないのだから。だからこそある程度の知識だったり前情報はないといけない訳であるけど、今回の場合それはどうなるのであろうかとラキュースは考える。目前の少女が、もしも自分たち、それもイビルアイの知識に期待しているのであれば、申し訳ない事にそれに応えることは出来ない。

 その事を伝えると、少女は笑って答えてくれる。その反応にイビルアイが反射的に噛みつこうとするので、なんとか頭を抑えて止めた。

 「それでしたら、ご安心を。皆さまに依頼したのはあくまで護衛でございますから。後はこちらが用意するのが礼儀と言うものでございます」

 本当に立派な少女だと思ってしまう。それは普段顔を合わせる他の貴族が酷いからであるか、あるいは自分よりも大分年下であるこの少女が行う振舞からかは微妙な所である。そして、次に彼女が考えたのは彼女をそう育てた人物の事だ。それが、養父であるか、あるいはそれ以前の肉親なのかは現時点では分からない。それにと思う。

 (確か、双子の妹さん、弟さん)

 何でも少女の実父と、その2人の実母は兄弟であった為、引き取られて養子となった後でも兄弟と名乗るのはあながち間違いではないと答えを出す。確か、従妹という関係性であったはずだ。

 少女は傍らに置いてあった、鞄に手を入れると、1つの道具を取り出して見せた。それは、砂時計のようなものであった。ようなと言うのは限りなくその形に近いからであり、細部は異なる。砂時計であれば、中央にむけて細走りになる構造であるが、少女が出したのはそんな事なく、単なる円柱状のガラスである。そしてその双方に木製らしき台座が取り付けてある。最もな違いを上げるとすれば、その内部。その中には片方の台座、少女の持ち方から、上になった部分からおもりがついており、それが糸につられる形で内部にぶら下がっている。そのおもりも形が凝っており、単なる球状ではなく、まるで翼を広げた鳥を思わせるような作りであった。

 「これは、今回の調査の為という事でお父様が用意してくれたアイテムでございます」

 (イビルアイ、あれ、見たことある?)

 (いいや、ないな)

 令嬢達には悪いが、例の仲間内で通じる会話で確認をとる。その間にも少女の説明は続く。それは使用と同時に周囲にあるマジックアイテムの探知を行うものであるという。

 「質問、良いか?」

 「何なりと」

 右手を無造作に上げ、イビルアイがそう問いかける。その光景自体が非常に珍しいものであるが、それよりも彼女の質問に意識を向けるべきである。

 「青の薔薇(私たち)だって、いくつかマジックアイテムを所有している。それが探知の阻害になりはしないのか?」

 「その点であれば、問題なく、このアイテムは特定範囲内、そうですね。最大で半径2㎞位だという事です」

 それは、広いのか、狭いのか判断に困る距離感であるとラキュースは感じた。目的地であるカッツェ平野は広大だ。その中で探知範囲が2㎞と言うのは、あまりにも乏しい。だからと言って、その範囲が狭いと言うのも無理があるように思える。

 「そして、このアイテムは魔力の量を細かく見る事が出来るらしく、今回は特に大きな魔力の流れを見る事になります」

 「確かに、この霧がアイテムの仕業であれば相当な力が働いているはずだからな」

 イビルアイの言う通りである。これだけの大地を覆う霧となれば、それだけの物、それこそ伝説にうたわれるレベルの物があってもおかしくないはずである。それは、同時に彼女の心は昂っていた。

 (本当にあるの?そんな強大なマジックアイテムが)

 彼女にとってそれは、金銭的な価値よりももっと別の所に価値があるもの。それを探すこと自体にあるのだ。

 「あの、私からも良いでしょうか?」

 続いて手を挙げるたのはニニャであった。

 「何でしょう?」

 「その、霧の原因がモンスターである可能性もあるって話でしたよね。その場合はどうなるんでしょうか?」

 (そうよ!その方向もあるじゃない!)

 一つの現象を生み出すモンスター、それはきっとすごい存在に違いないと彼女は半ば勝手に決めつけて、激闘を繰り広げる様子を想像し出す。それに全く気付かない様子で令嬢たちは話を続ける。

 「その場合は申し訳ございませんが、皆様にひたすら出て来るモンスターを狩って頂くことになります」

 「ほう、それは面白そうじゃないか?」

 その場で立って見せて、戦闘体勢をとるイビルアイ、彼女なりにやる気になってくれているようでその点は安心できた。令嬢は申し訳なさそうに続ける。

 「この事に関しましては本当に申し訳ございません。お父様はマジックアイテムの仕業であって欲しいと思っているみたいでして」

 「いや、その気持ちは私にもよく理解出来る事だ。暴れるモンスターと唯の道具ではどっちが良いかは明白だからな」

 気にする必要はないと言った様子でイビルアイが返す。ここで、気付いた。彼女の態度に変化があると、初めは自分たちの事を舐めていると憤慨していたのに、今では目前の少女を気遣う発言までしているではないか。

 (やっぱり、そうなのかしらね)

 少女の境遇を聞いてしまったからこそ、彼女なりに尽くしたいと言った所なのだろう。口や態度は悪いが、彼女は優しい人物なのだ。それは、彼女の前にこのチームにいた老婆からも言われた事だ。

 (何にしても楽しみね。一体)

 何が出るであろうか、と。この先は間違いなく未知の領域である。これから見るもの全てが自分にとっての財産となることであろうと。そう夢を膨らませながら彼女は改めて、装備を見直すのであった。

 

 

 

 現地といっても、特に変わったものはない。足元には草などが殆んどない赤茶けた大地が広がり……と言っても周囲には霧が立ち込めている為、それも遠くまでは見通せそうにない。

 「久々に来たけど、前より霧、深くなってね?」

 疑問の声をあげたのは、今回共に以来を受ける事になった「漆黒の剣」所属のルクルットである。

 「それは、ボルブさん達が前に来たのが、きっともっと端の方だったからと思いますが」

 その質問に答えのはラキュースであった。彼女のなりの見解である。聞けば、彼らがミスリル級になったのはここ最近の事。以前は銀級であったというのであれば、ここまで来る事はなかったはずである。

 カッツェ平野。

 この地の面白い所はそこにもある。最もこれを面白いなんて言えるのはラキュース位であろうが、この霧の深さは平野の中心部、つまり王国と帝国の国境付近に成るほど、深くなっていく傾向にあるのだ。といってもこの事を知っているのはかなり限られた人間になるが、それだけ王国のこの地に対する関心が薄いという事でもあり、非常に危うい状態でもあるのだけどと、彼女は肩を落とす。そんなラキュースにルクルットは笑って返して見せた。

 「そんな暗い顔をすんなよ!ミスリル級である俺が、ラキュースちゃんを護るからさ」

 そんな彼のうなじに食い込む蛇が一匹、いやそれは人の腕であった。

 「ルクルット?あまり私たちの恥を晒さないでくれますか?」

 彼らのチームリーダーであるペテルだ。その顔こそ笑っているが、こめかみに青筋が走っており、むき出しになっている歯もスマイルではなく、獲物を狙った獣のもののように白い光を放っている。正に彼は今、自分を口説こうとした男に牙を向けているのであり、それを知ったルクルットも必死に弁明をする。

 「いやさ、俺は野伏で、ラキュースちゃんは神官戦士じゃん。確かに殴り合いじゃ勝てないけどさ、索敵だったらまだ勝ちの目はありそうじゃん?」

 「あなたが何を言っているのか、私にはさっぱりですが、1つ言えるのは。彼女たち、方は私たちよりもずっと実力が上であり、心配をするなど失礼に当たるという事です」

 そう言いながら、彼は首にかけた手に力を入れる。骨に肉が圧迫される音に、呼吸がおかしくなっているであろう声をあげ、そして彼の顔は白くなっていくのであった。

 「あの、モークさん……」

 思わず声を掛けたのは別にルクルットの為ではない。これからやる事を考えれば、こんな事で戦力を1人減らすのは余程の愚策である。彼もそれに気付いたのか、あるいは始めからそうするつもりであったのか首を離した。途端に膝をつき、両手をついて激しく息をするルクルットとそれを見降ろすペテルの構図は歴戦の勇士でもある「青の薔薇」のメンバーに僅かなれど恐怖を抱かさせた。

 (おい、何だあれは?何の躊躇いもなく仲間の首を絞めたぞ。あの男)

 (あそこまで見事なのは私でも見たことはそんなにない……何者?)

 (へ、残念だよ。あれで童貞だったら食ってたんだが)

 (やっぱりガガーランは化け物、人間じゃない)

 それぞれに感想を言い合っているのを背中越しに聞きながらラキュースは一応、ペテルへと礼の言葉を言う。

 「ありがとうございます。それと、互いに苦労しますね」

 「ええ、全くです。最も私とあなたでは比べるのもおこがましいですが」

 それは、彼なりに気を遣った言葉であった。自分は野伏である彼の言動に注意をしていれば良いが、目前の彼女の場合、その対象が自分と比にならない位に多いようであるからだ。

 しかし、それはラキュースにとっては痛い所であった。実際、彼らとも行動を共にするのは今回が初だというのに、既にこちらの事情はバレてしまっているらしい。

 「いえ、本当にそちらと変わらないんですよ」

 強がりなのか、苦しまぎれなのか自分でも分かっていない言葉を返すので精いっぱいであった。

 (アインドラさん、苦労してそうですね)

 (中々に粒ぞろい、だからこそのアダマンタイト級であるか)

 ニニャ達もそれぞれに彼女に対する印象を内心で呟く。ニニャにしてみれば、馬車の中での一部始終を見ている訳であるし、その際の彼女たちのやり取り、もっと言えば彼女の姿はいつもルクルットの行動に振り回されているペテルのそれと重なって見えたのであるから。

 ダインにしてもそうだ。ここまで見てきた彼なりの推察であった。仲間内の空気の良さでは彼女たちに引けをとらないと言える。では、自分たちと彼女たちの違いは何であるか?それは、個の強さと呼ぶべきものだろうと彼は結論を出す。

 (もっと精進せねばなるまい)

 拾った命。自分たちは英雄のおこぼれをもらったようなものだ。だからこそ、その恩義に報いる為にも更なる高みを目指すべきであると、その為には仲間の1人、訳あり魔法詠唱者である彼女の姉を見つける事。その軍資金の為にもこの依頼を果たそうと。

 

 それぞれに思いを抱く冒険者達の耳に手を叩く心地よい音が2回響く、その方向を向けば今回の依頼主である令嬢一行が揃っていた。中央に立つ少女が口を開く。

 「では、改めてこれからの予定をお話しますね」

 例のアイテムは複数あるという事で、いくつかの班に分かれてこの一帯を調査することになった。

 「その班訳ですけど、どうしましょうか?」

 「そうですね……」

 話をするのは、各チームリーダーである2人だ。普通に考えるのであれば、チーム毎に動くべきである。急造のチーム程不安定なものはないのであるから。しかし、今回ばかりはそうも言っていられない。あまり時間が取れないと言うのもあるが、令嬢達の護衛もしなくてはならない。

 「あの、その事なんですが」

 口を挟んだのはシャルティアであった。そして彼女は語る。今回の調査で、自分の後ろに控えている者達も存分にこき使ってくれと、その言葉を受けて全く同じ動作で頭を下げる姿を見て、その場の全員が感嘆の声を上げる。それ程までに揃った動きであったからだ。

 「しかし、それはよろしいのでしょうか?」

 「はい、構いません。セバスは元アダマンタイト級冒険者であり、現役である〈蒼の薔薇〉様と比べると数段劣ってしまいますが、十分戦力になるかと、エドワードはそのセバスに格闘技を習っています弟子でして、こちらもお役に立てることかと。ソリュシャンも簡単な護身術とナイフ術を覚えておりますので、間違っても皆さまの足を引っ張る事はないと思っております」

 「その、信頼されているんですね」

 「当然です」

 流れるように紡がれた令嬢の説明は、魔法詠唱の言葉にも吟遊詩人の唄にも聞こえ、思わずその声に耳を奪われ、何とかその事だけを確認したペテルに対するシャルティアの返事も毅然としてものであった。

 「分かりました。そういう事でしたら、セバスさん達も戦力として見させて頂きます」

 その言葉に甘える事にしたラキュースは改めてペテルと今回の人員の割り振りを検討するのであった。

 

 やがて、その分担が決まってようで、ラキュースがその配置を伝えていく。

 「まず、この場にはシャルティア様とイプシロンさん、ニニャさん、それと私が残ることになります。要は今回の拠点と言った所でしょうか?」

 「鬼ボス、質問。どうしてその面々?」

 「戦力のバランスを考えてと言った所ね、最悪、シャルティア様だけでも護らなくてはならないから」

 そう言われてしまえば、もう何も言う事はないとティナは手を引っ込める。実際、この場にはペテル達が乗って来た馬に馬車もあるのであるから、そしてラキュースは幼少期の教育でその両方を操る術があったし、イプシロンもそれは同様という事であった。

 「次に周囲の警戒には、ガガーラン、エドワード君にセバスさんの3人にあたってもらいます」

 「おいおい、俺は留守番かよ」

 「全力で全うして見せます!」

 「旦那様からお嬢様を任せてもらっています。故に私も加減はしません」

 それぞれの感想を聞いて、これなら何とかなりそうだとラキュースは思った。彼女たちには自分たちの班を囲む形で展開してもらい、モンスター、アンデッド等の接近に注意してもらう予定である。

 「次に調査ですが、これは2つに分けることになりました。まず、イビルアイとティナのコンビと」

 「その先は私から、自分とルクルット、ダイン、それにティアさんが同じ班になります」

 最後の班訳、今回の調査における要の人員はそのようになったらしい。

 「そうか。おい、ティナ! 私の足を引っ張るなよ!」

 「それは、こっちの台詞」

 「よっしゃ! ティアちゃんと一緒だぜ!」

 「ルクルット、お前も懲りないであるな」

 「何で、こっち?ねえ、ティナ変わって?」

 それぞれに言いたい事、思う所はあるであろうが、この場でその決定権を持つのはチームリーダーである2人であるし、それに文句を付ける事が出来るのは雇い主であるシャルティアだけだ。それぞれ己に納得させて調査が始まるのであった。

 

 (さて、始まったわね)

 既に外回りの班は散っており、この場には自分を含めて4人しかいない。

 シャルティアも内心で覚悟を決める。この先は本当に未知の空間だ。何があるか分かったものでは、ない。それに、霧の発生源と言うのはあくまで目的の1つでしかない。他にもやって置かないといけないことだらけだ。ひとまずは、と彼女は行動を起こす。

 (ソリュシャン、少しお願いね)

 (畏まりました。シャルティア様)

 彼女に少しばかり、彼女たちの相手もとい時間稼ぎをお願いして、シャルティアは歩き出す。と言ってもそんなに歩くわけではない。あまり離れすぎるとラキュースに気付かれてしまうのだから。だから、そこそこに距離を置いた位置に足を運ぶ。

 「来ているのでしょう?」

 そこで、彼女は独り言のように口を開く。声は直ぐに帰って来た。

 「はい、今、ここに」「はい、今、ここに」

 (本当)

 不思議な声だと思う。どういう体の造りをしていれば、こんな声を出せるのであろうかと。そんな彼女の前に現れたのは、1匹の獣であった。それは、先刻ラキュースが馬車からたたき出した存在であり、同時にイビルアイが犬だと言った存在でもあった。確かに一見したその獣は犬に見えるだろう。しかし、それも姿かたちの話になる。犬というものには体毛がある。しかし、その獣を覆っているのは、緑色にも黒色にも輝いている鱗であった。その足もどちらかと言うと鳥の足の様で、指も3本しかなく、硬質的なその様は同じ所属の彼女の足に非常に酷似している。

 尻尾は短く、まるで臀部から棘が生えているようであった。そしてその頭もまた特徴的であり、犬というよりはやはり鳥に近いようで、くちばしのような口、しかしその内側には牙が並んでいる。その頭は、正面から見た時、どこか作り物めいた印象を抱く感じで、その表面には目が3つある。左右に1つずつ、これは本来四足獣であれば、自然についている頭の位置だ。そして、額にその3倍はあるであろう巨大な複眼が一つあるのだ。

 それこそ、〈七罪真徒〉が1人、ヴェルフガノンが持つもう1つの姿である。

 

 改めて、シャルティアは言葉を続ける。これからが、本当の調査の始まりであると。

 


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