オーバーロード~遥かなる頂を目指して~   作:作倉延世

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 最近、更新が遅れ気味ですみません。


第7話 攻防と思惑

 霧の中を飛行する影があった。それは、真っ赤なローブを纏っている。言わずもがな、「蒼の薔薇」のイビルアイである。彼女は現在、付近の調査を行っている所である。その手には、依頼主である少女から預かった魔力探知のマジックアイテムが握られていて、少し移動をしたと思うと。そのアイテム、その器の中を凝視する。しかし、おもりが揺れるという事もその吉兆も見られない。

 「全然反応しないな」

 思わず出てしまう言葉、それは依頼主に対して失礼であると彼女の場合分かっているのかいないのかはともかく、それが素直な本音であった。話によれば、魔力量に応じてという話であったが、どうにも上手く働かない。彼女は空を見上げなら、器用に体を傾ける。その様相はまるで、空中で彼女だけに見えているベッドに寝転がっているようにも見える。

(疑う。というのは、最後だな)

 そもそもこれを作ったという男が本当に魔法に精通しているのかは、確証が得られていないのだから。リーダーであるラキュースは今回貰う破格の依頼料に、少女の装いからその財力の源であろうと推測しているらしいけど。

(別にそれだけが)

 財産を築く方法ではないだろうと、彼女は考える。そして彼女なりに思案する。その間、体は無意識に動き出し、彼女は後ろ向きにゆっくりと回りながら熟考する。

 探知が作動しない様子を見ると、少なくともこの辺りに原因となるマジックアイテムはないという事である。

(なら)

 場所を変えるか?その為にこうして調査に赴いているのだから。しかし、だからと言って当てずっぽうにあちこち飛び回れば良いという訳ではないし、そんな事は己がプライドが許さなかった。

(と、言ってもな)

 この平野には何度も来ているが、そんなアイテムの存在は知るどころか、聞きもしなかった。いや、これに関してはどうしようもない。なんせ、この霧の事をうっとおしいと思いはするが、その原因を調べるどころか、考えもしなかった。

 

 イビルアイがそう考えるのも無理はない。というより、この点に関しては責められる者はほぼ皆無と言えるだろう。例えば、川があったとして、その川上はどこから来ているか? なんて考えるものはどれ位いるであろうか?子供ならまだしも、大人であればやはり殆んどいないと思われる。そんな事よりもやらねばならない事。生きる為に働かなくてはならないからだ。

 そのこと自体はシャルティア自身も分かっている――デミウルゴス等からの講義等で理解していた為、別に彼女達に不満を抱くという事はないのである。

 

 彼女は思考を続ける。そこで、視線をある所へと向ける。

(……帝国)

 そう、毎年王国と戦争を繰り返している隣国だ。この平野は丁度中央辺り、と言ってもその線引きはかなりあいまいであるが、それを挿んだ向こう側にもこの平野は続いているのである。ならば、そっちに目的の物があるのではないかと彼女は疑う。

(駄目だな、結局は想像の域を出ない)

 勢い任せに行動してしまうのは非常に危険だ。ここで、自分が帝国の兵士とぶつかるなんて事になれば、巡り巡って、ラキュースの友人である王女に迷惑をかける事になってしまう。普段、大仰な態度が目立つ彼女であるが、その長年の経験から冷静に物事を考える能力はあるのである。普段は気を許した仲間の前だからこそとっている行動でもある。ひとまず、彼女は地上に降りて、そこで今、行動を共にしている仲間と合流することにした。降下を始めて、下を見てみれば、丁度向こうもあらかた見て回ったらしく、こちらを見上げていた。

「ティナ、そっちはどうだった?」

 降下しながら、彼女は問いかける。平淡な声が返ってくる。

「特に目ぼしい物はなし」

「そうか」

 自分は空からあたっており、彼女は地上から探索をしていた。目的の代物がどんな形であるかさえ、情報がなかったからだ。もしかしたら、地中に埋まっているかもしれないし、あるいは空に浮いている可能性も考慮してだ。それでも何の成果も得られなかった訳であるけど。

「こっちも駄目だった。この辺りにはないかもしれないな」

「かも、しれない。ひとまず場所を移す」

 ティナの提案は最もだ。見つからない所を延々と探し回るのはそれこそ、時間の無駄である。

「そうだな、次はどっちに行ったものだろうな?」

「とりあえず。勘に頼るしかない」

 内心ため息をつく。それは当てずっぽうと何ら変わらないが、今は他に選択肢もないし、自分も思いつきそうににない。彼女たちは次の目星を決めて、その方向へと進む。

「そういえば」

 不思議そうに口を開いたのはティナであった。

「モンスター、あまり出ない。アンデッドも」

「ああ、そう言われて見ればな」

 確かにその通りであった。今日はそんなにその類と遭遇しないのだ。今回の依頼でそれらしい存在に出会ったのは、ラキュースが馬車から追い出した奴位だ。ここで、その事も再認識する。

(霧の原因)

 それを発生させているモンスターの存在の可能性もあるという。が、今の所、それどころかいつも収入源となっているものにまで見ない。

「変だな」

「うん」

 2人して、それしか言葉が出ない。本当にそれ位しか言葉が出ないのである。本当に今日はなんだかおかしいと思う。だが、その理由は出ない。ならば悩んでいても仕方ないではないか。

「行くか」

「そうしよう」

 彼女たちは歩き出す。依頼をこなす為にも何か見つけなくてはならないと。

 

 

 

 同じ頃、彼女たちがいる所と正反対の方向に4人の男女が歩いていた。彼らもまた、調査の為に歩きまわっているのだ。

「なかなか難しいであるな」

 声を上げるのはダインだ。彼は付近の大地を見まわして、更に一言物悲し気に続ける。

「本当に、草の1つもないのである」

 森司祭である彼にしてみれば、それは本当に寂しい事なのであろう。そして、仕事中だと言うのにペテルは彼がその職業に就いた理由を思い出していた。彼もまた、村の出身であり、そこは丁度カルネと同じように近くにある森林地帯から多大な恩恵を受けていたと言う。それは、木の実であったり、薬草であったり、時には動物の肉に蜂蜜であったりと聞いている。

(蜂? でしたか)

 それは、自分も聞いた事がない代物であった。何でも昆虫の一種であるらしいとの事である。虫にだって、いろんな種類がある。子供位に大きいのもいれば、それを超えて、大人でも飲み込めてしまう種もいるのだ。そんな中で彼が言う蜂というのは、群体で生きるモンスターであるそうな。しかし、人を、というより他の生物にむやみやたら襲い掛かるという習性はないらしくそれは本当に珍しいと思ってしまう。

(だって、そうでしょう)

 モンスターは生きる為に人間を襲うし、人間だって生活の為に彼らを狩り殺す。今はミスリル級という事もあって、少しずつ貴族(ニニャは何とか耐えてくれている)に商人、武器職人等からの依頼も増えてきて、それをこなす日々であったが、銀級であった頃は自分たちもモンスター退治、ゴブリン狩りに勤しんでいたのだから。

 さて、そんな彼のいう群体生物は下手なことをしなければ、決して攻撃はしてこないという。そして彼らには花の蜜を集めて、それを自分たちの食用として加工する習性があるという。それが蜂蜜であるとの事であった。(あくまで、ダインの故郷での呼び名)それを、食用として採取していたのだという。

「ここで、大事なのは感謝の気持ちを忘れないことである」

 彼の言葉が蘇る。感謝とは決して、形だけのもの、手を合わせて礼を言えばそれでいいものではではないという。摂る量に、そして彼らがその生産源としている花の手入れ等もあるのだとか。

(要は)

 助け合いという事であろう。ちなみにそのモンスターは大人しいから弱いというのかと言えばそうではなく、何でも強力な毒をもっているという事であった。ちょっかいを掛けたトロールがそれで返り討ちにあったというのだ。と、話がすっかりそれてしまったが、そんな彼、要は森と共に生きてきた彼にとって、それはとても思い入れがあるものである。

「故に、森司祭となる事を決めたのである」

 そんな彼だからこそ、この平野に物悲しさを感じるのであろう。

「そうですね、ルクルット、探知アイテムの方はどうですか?」

 言葉を返しながら、別の仲間に確認をとる。もう片方の班は2人ともアダマンタイト級ということもあり、単独行動という手がとれるが、こっちはそうはいかない。アダマンタイトが1人に、後の3人は階級こそミスリルであるが、実際の実力はもっと劣っている。なんとか白金級位に届くか、届かないか。

(金は超えているはずなんですけど)

 それは、自信を持って言える。冒険者同士の戦闘訓練と言うのもあり、そこで金級チームを相手であれば、何とか全勝出来たのであるから。周囲はミスリル級なのだから当たり前という認識であったが、自分たちは事情を知っている為、そうはいかない。

 そんな正確な実力が不明瞭な3人なのだ。よって、こっちは必然的にまとまって動くことが前提となる。そして、その職業の内訳を見た時、唯一遠距離専門であるルクルットが貸し出されたアイテムを持ってるのも当然の判断と言えた。

「全然反応なし。ねえ、ティアちゃんさ、どう思うよ」

 本当に呆れるばかり、怒りはとうにどこかへと行ってしまったらしい。彼は少しでも機会があれば、こうして女性へと言い寄っている。今回の場合だと、この班でただ1人の最高位の冒険者であり、索敵にも適した忍者と言う職業へと就いている彼女へと意見を求めるのは間違いではない。だが、それだけではなく、下心があるのは緩んだ頬を見ても明らかであった。

 そんな彼に、問われた女性は唯言葉を返す。それは本当に静かで、嫌悪感もなければ、好感もないと言った感じである。

「特に何もない。と思う」

「俺の方でも何にも見えないしよ~」

 それも仕方のない事である。薄霧とは、言え、霧は霧だ。視界は悪く、おまけに現在自分たちが立っている周りには古い建築物の名残なのか、そういった壁だったり、瓦礫が積み重なっていたりするものがあちらこちらに広がっている。それ自体は彼らにとって、何の障害にもならない。自分とダインは目でしか周囲の状況を確認できないが、彼らは耳に鼻も合わせて、周囲を見ているのだから。

 それさえ邪魔しているのがあれば、やはりこの霧である。僅かなれど水は匂いや音を吸収してしまう。おまけに、唯の霧ではない。

(本当に何なんでしょうか?)

 どうして霧からアンデッド反応がするのかは、謎と言えばそうであるが。他にも気になる点はある。

(晴れる日がある)

 霧が晴れるというのは、魔法が存在しない世界。かつてアインズがいた世界であれば、唯の気象現象で説明がついた。しかし、この世界は違うのだ。それは、ペテル自身が知らない事さえたくさんある。特定の日だけに晴れるというのは、確かに変な話である。では、と彼は視点を変えてみる。

(帝国側にその原因があるのでは?)

 2か国の戦争は霧が晴れた日に行われるというではないか。では、この霧自体が帝国によるものではないか?ニニャの話で聞いたが、それは彼女も師匠から聞いたという話であるが。何でも帝国にはもう、何年も生きているという宮廷魔術師がいるという。ならばと思い、首を振る。

(考えすぎですね)

 仮に、この霧を起こせるだけの力が帝国にあるので、あれば、王国は既になくなっているはずであるし、そもそも帝国側もこの平野の存在に悩まされている。との事であったはずだ。根拠としては、この平野には王国と帝国、その両方の国からアンデッド掃除の為に、冒険者なり、軍隊なりが来るからだ。この霧は方向も距離もその両方の感覚を狂わせるらしく、過去に王国領内の平野にて、帝国のワーカーが迷い込んだり、その逆に王国の冒険者チームが向こう側に行ってしまい、現地の者達とトラブルを起こしたらしい。

「ルクルット、見えないのはモンスターに、目的の品、あるいはそれらしき物も全てですか?」

「ああ、本当に何も見えねえ、なあ! ティアちゃん」

「――……うん、何も感じない」

 ならば、この辺りには本当に何もないのだろうし、それに何もいないのであろう。そう、結論をまとめて次はどの方向に行くか、各々の意見を聞こうとした時であった。

「ペテル!」

 突然、走り出したダインが彼を突き飛ばす。ペテルは驚いた表情を浮かべるが、それも一瞬であった。その本人が今度は吹き飛ばされたのだから。いや、正確は、先程までペテルが立っているその近くにあった塀らしき物。それが、突然、破壊されたのだ。その破片、といっても、人の頭程あるものを4,5粒受けて飛ばされたのであった。

「ダイン! ルクルット! ティアさん!」

 これは襲撃だと即座に判断した班長の叫びに、残った2人も戦闘態勢をとる。転がった森司祭には、いち早く野伏が駆けつけていた。

「おいおい、どうなってんだよ? 確かに何の気配もなかったていうのによ」

「それは、私もびっくり」

 飛ばされた2人も直ぐに立ち上がり、それぞれの武器を構える。

「やれますか? ダイン」

「問題ないのである」

 無傷という訳ではない。それでも彼がそう答えるのであれば、戦力として数えるべきだと、ペテルは崩れた辺り、今は砂煙になっている所を凝視する。

(アンデッド対策が意味をなさない)

 これが、この霧の恐ろしい所であると、身を持って味わった。自分たちは油断はしていなかったし、索敵担当であった2人も常に警戒はしていはずである。で、あるならば。

(私のミスですね)

 わざわざ、視覚を遮る障害物が多い所に来たのであるから、可能な限り早く調査をすまして。この辺りを出るべきであったのだ。しかし、それを悔やんでも仕方がないというものである。今は、この場をどう切り抜けるべきかを考えるのが優先だ。

 

 4人の視線の先、煙の中から初めに現れたのは右足であった。それは、その場の全員よりも大きいものだ。そこから瞬時に攻撃を仕掛けて来たのは、大柄な、それでいた人型のモンスターであると、その場の全員が理解した。体とはしっかりと構造が決まっているのである。これは、手などを見れば分かると思うが、大体体格に合わせて部分部分は決まった大きさをしているものだ。それは、モンスターも同様で余程変わった種類ではない限り、極端な体格をした生物は、まずいないはずである。

 次に彼らがモンスターだと判断した根拠になるが、単純にその足が人間の物だとは思えなかったからだ。いや、そもそも生きているとさえ思わないだろう。

(間違いなくアンデッドの類ですね)

 それは、所々肉が欠けた右足であったのだ。薬指より足の甲にかけては白い骨が露出しているし、指もいくつかなくなっている。もっと言えば、肌の色も生者が持つ肌色ではなく、腐った色合いをしているのだ。こうなると、子供でも判別がつく。そう、ここで死んだ何者かがアンデッドへと成り果てのだと。

 次に踏み込まれた左足と共に、その全身が露わになる。それは、身長にして3メートル程であり、腐った体には鎖が巻き付いていて、そして何よりも目を引いたのはその手に持った得物であった。いや、得物と呼ぶには疑わしいものであったが。

「何だよ? ありゃあ?」

 一同を代表して声を上げたのはルクルットであった。その気持ちはよく理解できた。持っているものがガガーランのように見の丈もある刺突戦鎚であれば、納得もできたし、そうだと思えた。しかし、その死体とも呼ぶべきアンデッドが持っていたのは、木材であったのだ。本当に何の特徴もないもの。先程壁を破壊したのはそれを振り回したと見て間違いないだろう。その動きは重心が安定していないようで、常に肩を揺らしている。

(…………)

 それを見ていると、どうしても思い出してしまう。城塞都市での一件で自分たちが最初に相手をした不気味な男の事を。その男に手間取っていたが為にンフィーレアを攫われているのだから。

(大丈夫です)

 自分に言い聞かせる。あの頃から自分たちだって死に物狂いで鍛えて、腕を上げているのだ。それに、このアンデッドがそう言った動きをしているのは、別にわざとではなく、単に体の筋肉が衰えての結果なのだろう。

「ゾンビ・ウォリアーと言った所?」

 周囲にも確認を取るようにティアが口にする。確かに体格こそ人間離れしているようであるが、その他の点は特に変わった事がないように見えるのだ。腐った体を除けば、肩に抱えた支柱のようにも見える木材くらいしか特徴を上げる事が出来ないのだから。武装をしたゾンビはそう呼ばれる。何ともいい加減な判断基準であるが、そう言うものだ。

「戦闘態勢に入る! ティアさんは念の為、下がっていてください」

「分かった」

 本来であれば、愚策のようにも思えるが、これがこの班の取り決めであった。この中で最も速く動けるのはティアだ。そして、この地の特性を忘れてはならない。

 死を死を呼ぶ。アンデッドはアンデッドを呼ぶ。

 この世界における教訓だ。アンデッドが集まったところからより上位アンデッドが生まれると言うのは有名な話である。これは、魔法的なものもあるが、もう一つの考察がある。

 アンデッド同士は引き合うのでは? もっと言えばそれこそ、「死が死を呼ぶ」というものを冒険者組合なりに解釈したものだ。死んだ人間は正しく供養しないとゾンビなり、もしもそれに殺された者がいれば、その者も間違いなくゾンビになる。そうして、ゾンビ誕生という負のスパイラルが広がるのである。

 もう一つ理由を上げるならば、アンデッドの習性か。奴らは生者を憎む。というより引きつけれられるのだ。このゾンビの目的は自分たちを殺すことであるのは間違いないだろう。ならば、その後はどうする? 答えは分かりきっている。

(シャルティアさん達の所には行かせない!)

 呼び方に関しては最初はブラッドフォールンと呼んでいたが、本人がどうしてもそうしてくれと、しまいには追加料金を払って、仕事にする! なんて脅され方をされたので、そうなっている。最も、仲間の1人はその時の彼女の様子に大喜びであったが、誰とは言わない。綺麗な顔が不満という感情で歪む様は、どれだけ彼女が美しくてもまだ、少女であるのだと認識させられるようでそれが良かったらしい。

 そんなどうでも良い事に思考を割いている内に相手が動き出す。動くたびに水分の無くなった皮膚や肉片が撒き散らかす様は思わず顔を背けたくなる程酷いものであった。ペテルもまた駆けだす。まずは自分が囮となる。チームで、今は、この班で盾を装備している者の務めだ。そこで、彼は武技を発動させる。

「〈アイズ・イン・ザ・バック〉!」

 それは、視覚外からの攻撃を完璧に知覚する。という本来であれば、多数を相手にする時に使用するものであった。同時に、彼が修練の末に得た新たな武技でもある。

「おい! ペテル‼」

 後ろから聞こえるのはルクルットの叫び声。丁度、あの時と同じだ。しかし、あの時とは違うし、何もペテル自身考えなしに突っ込んでいる訳ではない。

 先手必勝。

 それが、ここまでの経験で彼が出した答えの一つだ。件の一戦でもそれが決め手になっているし、今回の場合。周囲の状況を考えれば、その結論に至るのは至極当然の流れであった。

 真っ先に近づく自分を標的と見なしたのかゾンビは担いだ木材を上に構え、振り下ろす。それでも彼はゾンビから目を離さない。頭を叩き潰そうとせまる鈍器には目もくれず走り続ける。

 次の瞬間には彼の真上で鈍い音がなった。彼が振り上げた盾と木材がぶつかった音だ。それから木材は浮かび、ゾンビは僅かに後ろにのけ反る。それだけ彼の力があったからなのか?いや、他にも理由はある。

「要塞」

 先程の現象、彼がゾンビの攻撃を防いだ際、その時を狙って発動した彼が最も得意とする武技だ。そして、その発動に最適な時を見定める事が出来たのは、先に発動した武技のおかげである。

 アイズ・イン・ザ・バッグ。

 本来、多対一を想定した武技であるけれど、その内容は先にも述べた通り“視覚外からの攻撃を完璧に知覚する”それならば、こういった使い方も出来るはずである。が、彼の考えだ。それとこの場の戦闘での意味合いはもう一つ。

 決して敵から目を離さない。それが、ペテル・モークの決めた戦い方だ。倒すと決めた相手を視界に収め、決着がつくまで追い続ける。間違っても視線を外すという事はしない。戦士にしたって、魔法詠唱者にしたって、何かしら攻撃をするのであれば、それにあった動作。武器を構えたり、魔法であれば、対象に手をかざす等があるはずである。次にその視線に注意をすれば、その相手であったり、目的も把握出来るはずである。だからと言って、こればかりでは駄目である。

(騙しの可能性)

 そう、それも抑えておかないとそこを突かれてしまえば、簡単に自分は終わってしまう。しかしながら、今回の相手にはその必要はなさそうであった。何故なら、その顔、既に眼球も瞼も削げ落ちているその顔には何の感情もないようであったから。

(本当に死んでいるみたいですね)

 そう考えてしまうのにも理由がある。これも以前の戦いの時だ。あの時も自分たちは依頼人の警護を受けていた。だと、いうのにそれを最後まで果たす事が出来なかった。あの不気味な男に、ナーベが戦っていた凶暴な瞳を持った女の存在もあった。だが、それ以上にあの男の存在が大きかった。本当に衝撃的であった。

(結局)

 あの男は何であったのか? と、結局答えは出ない。ゾンビに紛れていたというのに奴は襲われる事はなく、本当になじんでいたのだ。あの時に見せた動きもそうであるが、あの瞳は間違いなく生きた人間の物であった。一体どうやってあの芸当をしてみせたのか? が、今はそこまで深く考える必要はない。その時の男の顔は酷く記憶に残っている。

(それも、当然かもしれないですね)

 それだけ、あの時やった失態を苦々しく感じているという事である。あの時、自分たちがもっと強ければンフィーレアが攫われる事も、トーケルが怪我をする事も。そして、ナーベが泣くこともなかったはずであるから。だからこそ、彼は戦闘中でも思う。

(もっと強くなりたい)

 それは、英雄の存在というものを知ったからなのか、新たな目的の為か、いや全てであろう。少しでもあの人物に追いつきたい。彼女の姉を探す為には情報もそうであるが、結局力が必要になる。そんな気がしていたのかもしれない。

 そんな決意を新たにすると同時にペテルはゾンビへと迫っていた。当然だ。一直線に、脇目も振らずに走っているのであるから。間合いは3歩分。そこで、彼は右手に力を入れる。残り2歩、長頭に短頭へと力が入る。そして一歩、狙いを研ぎ澄ます。あの時と同じように、外側から内側にかけて剣を振るい、同時に叫ぶ。

「〈斬撃〉!」

 袈裟斬りとして放たれたその技はゾンビの左肩より内側の部分から食い込み、反対側、腰よりやや上の辺りまでを切り裂いた。何があったのか分からないまま、ゾンビは崩れ落ちた。

「ペテル、少し飛ばし過ぎだろう。一気に武技を3つも使いやがって……」

 文句を言うのはルクルットであった。勝負はついた。それも一撃で、相手がそれだけ弱い存在であるのか、はたまた自分たちのリーダーがそれ程強くなったのかは置いておくとしても文句は言っておきたかった。

「お前が引き付けて、俺とダインが仕掛けるのがいつもの流れだろうが、たく。ティアちゃんに良い所見せるチャンスだったてのによ~」

 それを聞いて、ダインは呆れていた。どんな時でもこの男はぶれないなと。そこはどうでも良かったが、自分もペテルへと言いたいことがあったため言葉をかける。それは、彼にしては珍しく僅かなれど怒気がこもった声音であった。

「ペテル、私からも言わせて欲しい。ルクルットの言う通り、確かに冷静さを欠いていたのである」

「ダイン、そうですね」

 先程、ゾンビを倒すのに彼は3つの武技を使用した。だが、それはタダという訳ではない。そもそも力仕事をすれば筋肉繊維は千切れるし、座ったまま仕事をすれば、肩は凝る。つまり動けば体に疲労が溜まるのは当たり前である。そして、武技というのは強力な半面、肉体への負担も決して軽くない。それをペテルは一度の戦闘に、それも力量不明、終わってみれば特に問題のなかった相手に対しての攻撃で3度も使っている。これが、最後の戦闘だと分かりきっていれば、何の問題もないであろうが。むしろ逆、これは最初の戦闘であり、これからだというのに。例えば、走りの話を上げてみよう。

 走る、と言ってもその中身は奥深いものだ。単に腕と足を動かせばいいというものではない。走る距離等によっても変わって来る。姿勢であったり、歩幅だったり、もっといえば足の接地面等。さて、その上で話をするのであれば、長距離を走るのに、開始早々飛ばす人間はいないであろう。2人がペテルに対して言っているのは、そういう事である。

 それは遅れてその場に来たティアにしても同じらしく咎めるような視線を向けている。そして、口を開いた。

「責任を感じる必要はない。むしろ私たちにある」

「そうそう、ティアちゃんの言う通りだってさ~」

「ええ、その通りですね……」

 敵の接近に気付けなかった事。不意打ちを許してしまった事が先程の一撃を出すに至ったのは自分もよく理解していた。だからこそ、彼は、頭を下げる。

(!!!)

 気づけたのは、至近距離でアンデッドを、動く死というものを肌で感じたからであろう。

(またですか)

 刹那の思考。人間追い詰められると脳が活性化すると言うが、正に現在のペテルがそうであった。そして、彼は思った。2度目だ。忍者に野伏がいるのに、彼女たちが気づかない。これが、この霧の厄介な所だというのか? 何にしてもそれ以上逡巡している暇はなかった。

「総員……」

 その場を離れるように言おうとしたが、それよりも先に鉄塊が霧を突き抜けて来る。その狙いは彼女であった。気付けば飛び出していた。無駄に走って、時間を浪費するのは許されない。踏み込んだ一歩目、その右足に、その腓腹筋に力を入れ、そして一気に飛ぶ。

 彼はまず、右手を突き出して、その際、ついいつもの癖で握り拳にしてしまいルクルットを吹き飛ばす。胸ではなく、顔面に刺さったのはきっと事故だ。と考えることにした。そのまま彼女を、女性にしては小柄なその体を抱きしめ、飛ぶ。

 その直後だ。彼らの居た位置をペテルが目視した鉄塊が通過した。その部分だけ霧が瞬間的にはれ、そして再び霧が覆うその様子はまるで、霧自体が生きているように見えた。何にしても彼が動かなければ2人の命が奪われていたのは明白である。

(間一髪ですね)

(私が、気付かなかった?)

(助け方おかしくね?)

 周囲に散って、ちなみにダインは少し離れていた事。一度、アンデッドの不意打ちを食らった経験か適切な距離をとっている。ペテルは抱きしめる腕に力を入れて、空中で体を半回転させながら落下した。背中から大地とぶつかった衝撃が走るが、耐えられない程ではない。そこで、彼はようやく腕を解く、もしもこれがあの男であれば、ここぞとばかりにもっと体をくっつけていたであろう。

「大丈夫ですか? ティアさん」

「うん、ありがとう」

 答える彼女の顔は心なしか赤いようで、仰向けの状態から素早く立ち上がり、そしてそれに真っ先に、というか敏感な男が声を上げる。

「またかよ‼ これで何度目だよ!」

「ルクルット?」

「こればかりは巡り合わせである」

 2人は何か言いたげであったが、今はそれどころではない。そしてその姿を確認して、ペテルは直ぐに叫んだ。

「ティアさん! 行ってください!」

 その判断は正しいと言えた。この場の面子だけでどうにか出来る相手ではないのだから。それは彼女だって理解していた。だからこそ、その指示に従う。一度ペテルへと視線を向ける。そこで彼女は懇願するような表情を浮かべ、かといって取り乱す訳でもなく、静かに彼へと訴えた。

「絶対、死ぬな。私は借りっぱなしは嫌」

「努力はしてみます」

 それだけ言うと彼女は今回の調査の拠点の方向へと走って消えた。霧で視界が悪いが、他にも方角を判断する材料はそこら辺にある。地形であったり、落ちている石だったりだ。そういった物を参考に彼女は正しき方向へと最短で進む。これならば、増援が来るの時間の問題であろう。

 それから、素早く3人も距離を取った。今相手は歩いている。それも先程のゾンビと同じようにふらついているようであるが、それもいつまでかは分からない。

 現れたのは、先ほど倒したゾンビの数倍はある体躯をもっていた。しかし、肉は完全になかった。残った骨も白色ではなく、すっかり黒ずんでいる。それは身に付けている防具にしてもそうであり、マントに至ってはボロボロであり、古いカーテンと何ら変わらないように見える。その武装は自分と同じように剣と盾という攻守バランスの取れた戦士にとってよくある形であるが、その武器は自分が今、装備しているものと比べ物にならない。

 右手に持っているのは刀身が地を這う蛇のようになっているフランベルジュという巨大な剣。先程、自分たちに襲い掛かったのはこれで間違いないだろう。

 左手に持っているのはその巨体をも覆う事ができそうな位広い面積を持つ四角形の盾、タワーシールド。

 その瞳はないはずであるのに自分たちを睨んでいるようである。それも憎悪を、それは、きっと生に対する死が持ち得る感情。そんな精神構造をしているモンスター、アンデッド。その中でも特に厄介な相手であるのは、対峙して分かった。遭遇するのは初めてだというのに。聞いた話とその時の自分なりの印象を重ねる。

「デス・ナイト、でしたか」

「やべえぜ、あん時の巨人とどっちがやべえよ? ダイン」

「判断が難しいである。1つ言えるのはどちらも相当やばいという事である」

「だな」

 それぞれの見解を語り合う余裕はあった。しかし、相手は待ってくれないらいしい。そこで天を仰いで、咆哮をあげる。鼓膜が破れそうだと錯覚する。次に振動が足に伝わってくる。先程まで歩いていたのが急に走り出したのだ。その事実と味わっている感覚が危険信号を彼に訴えていた。この相手に勝つ事は出来ない。逃げるべきであると、しかし、その選択肢はない。

「やりますよ‼」

「おう! ちっとはポイントを稼ぐとしますかね!」

「正念場である」

 通算にして、2戦目、今回の調査の内容を考えればまだ序の口だと言うのに。なんという運命か。嘆いている暇はない。今は、相手を見据えるだけだ。

 暴力の嵐が3人を飲み込む。

 

 

 

 彼らが最悪の相手と遭遇するその数刻前。

「では、今回の目的を確認するとしましょう」

「は」「は」

 シャルティアは合流した人物と話をしていた。現在は四足獣の姿をとっている部下の1人である。

「今回の最大の目的は例の場所の発見、その特定」

 ラキュース達に話した内容。この霧の発生源を調査する。それは別に嘘という訳ではない。それも目的の1つであることは確かだ。しかし、優先順位は最下位である。その理由は単純に難しいという事だ。ナザリック地下大墳墓に出来ないことがあると言うのは屈辱的であるが、冷静に状況と条件を見た時仕方がないという事になった。まず時間が足りない。人員も少ない。

「……」「……」

 そこで、自分を見つめている彼の視線に気付く。それはどこか不満気なもの。

「別にあなたの能力を疑っている訳ではありんせんよ」

「承知しておりますとも」「承知しておりますとも」

 もっと言えば、この世界というのは歴史がかなりある。それも主の友人たる竜王からの情報だ。そして、この霧があるのもかなり過去からだという。それだけの間、誰も気にかけなかった現象を調べようと言うのだ。主の言葉に則るのであれば、もっと時間をかけて少しずつ行っていくべきであるとの事でもある。その為、今回はその第一陣と言った所。もしも何か見つかれば幸運だと言う物だ。

「主にはまず、ラビュリントスの候補地を適当に見繕ってほしいでありんす。それは分かっていんしょう?」

「勿論でございます」「勿論でございます」

 今回、自分たちがこの地にやってきた目的の1つはそれだ。双子の階層守護者がトブの大森林にて建設した施設。それは、単にこの世界でのアンダーカバーを補完する舞台装置でもあるが、他にも用途はある。資材の倉庫であったり、転移魔法と組み合わせて罠にしてやってもいい。表に出て、本格的に他の勢力、それも国であったりプレイヤーがいる所と戦争をする際の砦にしても良い。

 とにかく、墳墓が増やすべき足場であるのは確かなのだ。その為、その下調べが彼の最初の仕事となる。

(確か)

 初めに造った施設は現在、目前の獣が本来仕えるべきである悪魔の管理下になり、早速いろいろやっているらしい。生き生きしているとはああいう事なのだろう。そして、彼から頼まれていたこともある。

「デミウルゴスからの依頼で、何体か天然のアンデッドが欲しいとの事でありんす。特に〈デス・ナイト〉は優先してくれ、との事ね」

「畏まりました」「畏まりました」

 どうやら、現地のアンデッドとナザリックのアンデッドの違いを詳細に調べたいらしく、その為のサンプルという事であった。無論、手荒な真似はしないだろうが。それは、シャルティア自身も気になる事であった。主が創った死の騎士とこの世界の法則に従う形で自然発生した死の騎士は何処まで同じであるか、あるいは似た所など一切ないかも知れない。

「専用のスクロールは持ちんした?」

 拘束用、運搬用、中にはいざと言う時の人員確保の為に用意した召喚系統も混じっていたはずである。

「はい、こちらに」「はい、こちらに」

 そう言う獣の前には羊皮紙の束をまとめたものが転がっている。それを普段、どこにしまっているのかは気になるが、あまり時間をかけるだけの事でもない。彼女は話を次に進める。

「では、今回の最大の目的、その2つの内1つは既に達成されたと見て、問題はないと私は考えていんす。主の意見を聞かせて頂戴?」

「私も問題は無いように思います。アインドラ様とシャルティア様は十分、打ち解けているように思えます……」「私も問題は無いように思います。アインドラ様とシャルティア様は十分、打ち解けているように思えます……」

 そう言う、彼の言葉は少し歯切れが悪いようで、あった。何だか触れたくないようにシャルティアは感じた。

(ああ、そういう事)

「1つ聞きんす。主、別に手を抜いていた訳でも。油断していた訳でもないのでしょう?」

「当然です!」「当然です!」

 いつも飄々としていて、比較的軽い雰囲気の彼にしては珍しい怒鳴り声であった。それだけ、彼にとっては悔しい事であったのだろう。

(ラキュース……)

 こうなると、何が何でも彼女をこちらの陣営に引き込みたいと考える。彼女は間違いなく英雄になる。そんな人物であれば、ナザリックの正当性を証明する文字通り看板と成り得るだろう。が、それはまだ先の話だ。他にもやっておかないことがあるのだ。

「では、最後にあの場所の調査ね」

 問いかける意味合いも込めて、あえて具体的な言葉は使わない。声は直ぐに帰って来る。

「至宝があった地の調査でございますね」「至宝があった地の調査でございますね」 

 そう、それが今回の最大の目的である。

 4大至宝。

 以前、デミウルゴスが主の心を傷つけかねないことをやって手に入れたマジックアイテム。それを含む強力なアイテム達の通称だ。そして、それがあった場所はこの世界でもどこか感性がずれていると表現するしかない違和感に溢れていたという。

 報告会の時は、それよりも彼が人間を殺めたという話に注目が行った為にしばらく議題に上がる事がなかったのだ。それだけ、あの男が失態を重く捉えていたという訳であるし、それは目前の獣を含めた彼らもそうであったのだろう。

 件のマジックアイテム。世界樹の種があった大森林のその場所はまるで、木が生きているように絡み合っており、それ自体が1つの建築物のようであった。との事だと聞いている。それならば、この平野にも同様のものがあるはずである。それを調査することで、この世界に起きている現象と自分たちがかつていた世界との関係性、他にも主や他の至高の方々いた世界との関係性も分かればと思う。

(もし、それで)

 世界を繋げる道などが出来れば、また、かつてのように至高の方々に自らの創造主たるぺロロンチーノに会えるかもしれないと思ってしまう。

(そうなれば、アインズ様も)

 きっと喜んでくれるに違いない。と、分からない先の事を考えても仕方ない。まずは、この平野のどこかにあるはずのその場所を探さなくてはならない。冒険者たちには上手く話をすれば、良い。それこそ、霧の原因がそこにあるかもしれないと、あどけない顔で言えば良いのだから。

「では、改めて命じんす。ヴェルフガノン、行動を開始するでありんす」

 十分確認は取れたと彼女は、手で指し示すように彼へと命じる。その光景は愛犬に芸をしこむ少女の構図にも見える。

「畏まりました。必ずや成果を上げて見せましょう」「畏まりました。必ずや成果を上げて見せましょう」

 そして、動き出す彼を見て。彼女は声をかける。

「ちょっと待つでありんす」

「?」「?」

 彼女は気になっていた。ある一つの事を確かめる為に、彼に手招きをしてみせる。彼は歩いて戻って来る。その姿はやはり犬の動きに見えた。

「何でしょうか?」「何でしょうか?」

 それは、好奇心からの行動であった。彼女は右手の甲を下に向ける形で出すと。一言口を開く。

「お手」

「ワン! ……は!」「ワン! ……は!」

 その手に前足をのせ、答える獣。それは条件反射のようであった。そして、それに気づいた彼は体を丸めるとしばらくその身を震わせる。まるで、醜態を晒したと羞恥に襲われているようであり、いや、実際そうなのだろう。そして、それをさせた本人は特にその事を悪いと思わずに呑気に考える。

(これも調べてみるべきね)

 肉体と精神の関係性という新たな発見に笑う。それは、彼女の外見通りと言うべきか、年ごろの少女が浮かべる自然な笑みであった。

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