振るわれるのは己の体格よりも遥かに巨大な剣、その動きを辛うじてみる事が出来るのは、これまでの鍛錬の賜物であろう。しかし、それだけだ。武技を発動する間もなく、何とか自分の体の前に盾を入れるので精一杯であった。
衝撃を感じることが出来たのは、幸運か不運かを考える余裕もない。味わうのは浮遊感、それは普段であれば不思議と高揚感が湧く状態であるが、今感じるは胃液が逆流するかのような気持ち悪さであった。やがて、背中に衝撃が走る。先ほど彼女を抱き留めた時とは比較にならなかった。それだけ、力の差があるという事であるとペテルは薄れゆく意識の中で思考を巡らしていた。しかも、まだ衝撃は残っているようで、再び空へと打ち上げられる。
「ペテル!」
仲間の声、それもまた彼に何とか力を与える。そのままバク転をするように、何とか空中で態勢を整えて両足で着地する。それでも受けた勢いは死なないようで、土を滑る。それを止めようとふくらはぎに力を入れる。何とか重心を前に倒そうとしてみる。
(止まらない!)
体が軋んでくるのが、いやでも伝わってくる。同時に体のあちこちから何かが千切れる音が脳に響く。それだけやって、ようやく止まる。が、彼はそこで膝をついてしまう。此処までの事でその体力の殆んどを使ってしまったらしい。
(不味いですね)
一撃、突撃して来て受けた初めの一撃でこれである。意識した瞬間、今度は吐き気を催し、口から赤い液体があふれる。どこか壊れてしまったのか?
「うすのろ野郎! こっちを見やがれ!」
ペテルのその様子に危険だと判断したルクルットは声を上げる。それはアンデッドに対しては何の意味もなさない行動であろう。彼らは音で世界を認識している訳ではないのだから。それでも叫ばずにはいられない。
(他に方法が思いつかねえんだよ!)
それと同時に彼も行動に移る。弓を構え、矢をつがえる。手慣れた動作。それこそ、何回もしたように、特に変わりばえのない。いや、それだけ積み重ねた物だと証明するように、彼は矢を放つ。放たれた矢は綺麗にデス・ナイトの顔に、デス・ナイト自身から見て左眼窩に吸い込まれる。乾いた音が響く、矢じりが骨を叩いたものだ。
もしも、相手が人間であれば、即死であったろう。眼球を始点に脳を貫き、右側の後頭部まで達しているのだから。
しかし、それも生きている相手であればであるからこそ、既に死んでいる上に眼球も脳みそもないデス・ナイトには唯、顔に水を掛けられた程度にしか感じなかった。それでも、された事に対する怒りは湧いてくるもの。その視線はペテルからルクルットへと向けられる。
(よし‼)
その事実に何とか安堵する。元より自分の矢でダメージを与えられるとは思っていない。デス・ナイトもそうであるが、アンデッド全般に刺突、斬撃は効果が薄い。それもそうだろうと野伏の彼は思う。
(ぶった切ったり、ぶっさす肉があってこそだよな~)
相手がいないのに、愚痴るように内心でこぼすルクルット。考えてみれば、それも当然なのだ。アンデッド達、特にスケルトン系統の連中がどうやって動いているかは分からない。けれど、あの姿そのものに意味があるらしく、砕いてしまえば動かなくなる。その状態が連中にとっての死である。既に死んでいる相手に対しての表現としては変だと思うが、他に言い方が無いのも確かであった。
何にせよ、倒すのであれば鈍器で殴るか、打撃系統の武技を出すべきであるが、残念なことに彼に出来るのは弓兵として矢を放つことだけだ。だが、今はこれでいい。相手の注意をこちらに向ける事が出来たのであるから。
「ダイン!」
「任せるのである!」
デス・ナイトを挟んで反対側にいたダインは既に大地に手をあて、魔法を発動させる準備に入っていた。野伏が声を上げる前から準備に入っていたらしく、すぐに魔法は発動する。デス・ナイトの足元から無数の植物が生え、その体に絡みつく。彼の得意魔法である
以前、モモンが助けに入った戦闘で見せた時のものは対象の足首に巻き付くものであり、間違っても膝上まではいかないものであった。それは、発動したダインの優しさとかではなく、単にそこまでが限界であった。しかし今回発動したものはデス・ナイトの全身を覆うように。足元から始まり、肋骨にも複数本の蔓が浸食して、まるで喧嘩をする蛇を連想させるようである。首や腕に植物はのび螺旋を描く。そうして、奴の体のあちこちに彼が出した植物が絡みついていく。
「? ――――!!!!!」
突如全身に襲いかかった違和感にデス・ナイトは一瞬戸惑ったようであった。そのまま首を左右に振った思うと、次の瞬間には咆哮をあげる。その声は大地を揺らし、相対する彼らの鼓膜を破りそうで――事実、本人達は本当に耳が裂けるのでは? と錯覚していたのだから。
(くそ! 阿呆みたいに声を上げやがって!)
ルクルットは両手で耳を抑えたいという衝動を何とか抑えながら、次の行動に出ていた。一射目と同様に矢を弓につがえる。しかし、その矢は先ほどのものと違い、羊皮紙が括り付けてあった。それも羊皮紙自体を器用に折りたたんだ状態であり、まるで矢文だ。
彼の視線の先でデス・ナイトは暴れまわり、地面から根っこごと植物を引きちぎる。時間にして4秒弱。〈漆黒の剣〉達の練度とそのアンデッドの脅威を客観的に比較すれば、その時間を生み出せたのは大きいだろう。しかし、それでも余りにも短い。それ程の実力差があるという事だ。だが、彼らにしたってそれは分かっていた。何も永遠に足止めを出来ればなんて微塵も考えていない。
ルクルットはつがえた2射目を放つ。今度は肋骨の辺り、正に蔓と骨が複雑に絡んで綺麗にほどくのが困難な辺りに命中した。デス・ナイトはそれを気にもかけない。それよりも植物を取り除こうと躍起になっているようであった。このままでは自分たちの目論見が無駄になってしまう。彼はすかさず叫んだ。
「
矢にまかれていた羊皮紙が盛大に爆ぜた。
「グオオォ―!!!!!」
生まれた火は瞬く間にデス・ナイトを包み、更に奴に絡みついていた植物を燃料に炎となって更に燃え上がる。今度は苦し気に声を上げるアンデッドの様子にルクルットは胸を撫で下ろす。勿論、そうしたという彼のイメージであるけど。
(これで、どれくらい稼げるかね)
元より倒すなんて大それた事は考えていない。要は増援、自分たちとは比較にならない者達が来るまでの時間稼ぎである。身体能力では、とても勝てそうにないのは初めにリーダーであるペテルが受けた一撃で確信した。それならばと、次の手に出た訳である。
「ダイン! このまま繰り返しで行くぜ!」
「うむ……許せ、緑よ」
森司祭である彼にはこの方法はやはり罪悪感を覚えるらしいが、今はそこにこだわっている余裕はない。火とは燃える物があれば、それだけ早く燃え広がるもの。それを利用しての策だ。そして、魔法詠唱者であるニニャがいれば、魔法で火をつけてもらう流れであったが、残念なことに今回はいない。よって、ルクルットが代わりに発火を行ったのだ。その方法もまた、あの晩の戦いでイカレタ連中がしていた事を参考にしたものである。
そして彼は、ルクルットは目の前の光景で確信した。アンデッドは火に弱いと。後は、暴れ狂う奴を注意深く監視して、火が弱まれば先ほどのように植物と火矢の連撃を浴びせてやればいいだけだ。
(それで、ラキュースちゃん達が来ればよ)
こちらの勝ちである。危惧する事があるとすれば、他のアンデッドが寄って来る可能性と、ペテルの状態だ。出来る事なら介抱したいが、この存在から目をはなすのは危険だ。彼には悪いが、何とか自分でしてもらうしかない。そこまで彼が考えた時であった。
苦しむデス・ナイトが自分を睨んだ。震えそうになる体に鞭打って睨み返してやった時には奴は消えていた。
(は?)
「ルクルット! 後ろである!」
不可思議な現象に一瞬、思考も動作も全てが静止する所であった。そうならなかったのは必死の呼び声、仲間が発した信号のおかげである。力を抜いて、前に倒れる。受け身もとらずに大地へと強打される顔面と腹が鈍い痛みを訴える。しかしながらそれでも背中越し、ついさっきまで自分が立っていた所を過ぎ去る正に死の風とも呼ぶべきデス・ナイトの横なぎを避けれたのであれば、そうなっていたかもしれないという恐怖で直ぐに引っ込む。
此処で動きを止めるのは自殺行為だ。と、それまでの経験で磨いてきた勘でそう判断した彼は体に力を入れ、右回りに転がる。それは、客観的に見れば、見苦しい光景であった。だが、彼には体裁を保っている余裕はなかったし、相手はどうやら自分たちに対して怒りを抱えているようである。
次に彼の耳を叩いたのは雷が大地に落ちた音。いや、違う。あの野郎が自分を輪切りにすべく振るったフランベルジュが地をえぐった音である。周囲にばら撒かれるのは、土、それから小石とその一部は転がり続けるルクルットにも降り注いだ。
(おかしいだろ!)
剣で地面を叩いてもこんな事にはならない。つまり、それだけ非常識な力を持った相手という事になる。回避できたのは、ルクルットが野伏であり、そしてチームで最も身が軽く、素早く動けたからであろう。これが他の3人であれば、縦なり横なり真っ二つであったろう。
回る視界の中彼は確かに見た。
(火が消えてやがるぜ……!)
如何様にして、消したのか不明であるが、そこにいたのは最初に対峙した時と何ら様子が変わらない様子のデス・ナイトであった。これでは、時間稼ぎ所か逃げようもないかもしれない。
「く!」
声を上げたのはダインだ。彼は再び拘束、もとい火種をつける為の魔法を発動すべく大地に手をあてる。しかし、それよりも奴の方が早かった。
「!!??」
デス・ナイトは声と判別するのも難しい雄たけびをあげ、行動に移っていた。それを見たルクルットは衝撃に襲われると同時に納得した。どうやって、火を消したのか。奴は、黒い風になると全力疾走の時とは比較にならない程の速度で動く。
「あんなのありかよ!」
起きあがると同時に彼は叫んだ。見れば、燃えていている場所があった。そこは、最初に拘束をした所である。そこでは、ダインの魔法によって出現した植物が未だに燃えている。体を変質させる事でそれらを振りほどき、更に自ら疾風となることで残りの火を消したのだ。何とも非常識な話である。
「ダイン!」
さっきとは反対に今度はルクルットが叫ぶ番であった。風となったデス・ナイトはダインの前で姿を騎士に戻すと左手に持ったタワーシールドで彼に殴りかかる。
「ルクルット! ……」
狙われた彼は唯ではやられまいと自分への指示と共に、手に持ったメイスを振るが。それまでであった。彼は自分の名の後に何か言うつもりであったらしいが、それも聞くことはなかった。
まるで、城壁が突進してきたような突きにダインは何も出来ずに後ろへと吹き飛ばされてしまう。チームでは何気に一番力がある彼ではあるが、それもこの相手には通じない。
彼は、声を出すことも出来ず。後方へ20メートル飛び、そこにあった。古い壁だったらしきものに背中から激突する。ゆっくりと座るようにその場に崩れた。そのまま気を失ってしまったらしく、身動き1つしない。
「野郎!」
ルクルットは吠え、3射目の用意をする。不意を狙うのであれば、静かにやるべきであった。しかし彼には出来なかった。見てしまったからだ。骸骨であり、表情などないはずの奴の顔が笑っているのを。それは、いつも見る仲間の笑いでもなければ、いつか見た。漆黒の戦士へと想いをはせる彼女がする美しいものでもなかった。
あるのは喜悦。満足した喜び。
楽しんでいるのだ。奴はこの状況を、仲間をいたぶる事を。それを理解してしまったのであれば、叫ばずにはいられなかった。激高と共に放った矢を奴は笑いながら躱してみせる。またも黒い風になったと思った次には左肩から腰の右辺りまで、自分の体に亀裂がはいり、大量の血を吹いていた。
「……くそ……たっれ」
彼はそれだけ言うと、仰向けに倒れてしまう。
その光景を見て、そのデス・ナイトは少しではあるが、満足感を味わっていた。彼はこの平野で生まれた天然のデス・ナイト。ある悪魔が
生まれた。と言っても彼自身にはその自覚はない。何故なら気付いた時にはそこにいたのであるから。これは、彼に限らず知的生命体全般に言える事だろう。自分が生まれた時の状況を鮮明に覚えている者はどれだけいるだろうか? 正確な日付に時刻を言えるものはいるだろうか? 否、いないだろう。
そんな彼にとって生きた生命は刈り取る対象でしかない。特に人間はそうだ。奴は憎い存在である。
(?)
どうして、そんな感情が自分にあるかはどうでも良い事であった。疑問を抱いたのも一瞬であった。ここに生きた者たちが来ている。それも複数だ。先ほど受けた攻撃、火攻め自体は何ともなかったが、突然のことにうろたえてしまい。生者如きに恥を晒してしまった。それが彼には許せなかった。だからこそ、こいつらは簡単には殺さない。
いたぶって、いたぶって、いたぶって。
そうして、散々遊んだ後に惨たらしく殺してやろう。その後は先に逃げた小さい生者を追う事にしよう。その方向には他の者達もいるようで同じように殺してやる。そう決めて、デス・ナイトは先に目の前のルクルットからそうする事にした。こいつが自分に火をつけた奴である。その怒りは留まる事はない。
彼はフランベルジュを構える。その肢体を細切れにしてやろうと考えて。やるなら足や腕の先端からやってやろう。きっと苦痛でよく鳴いてくれる事だ。と得物を振ろうとした所で察知する。
(…………)
初めに斬ろうとした奴が動き出したらしい。ならば、また斬ってやろうと。その方向に意識を集中させる。
あれから、ペテルは持っていたポーションを飲むなどして、治療を行い終えたのだ。だが、それは完璧なものではない。千切れた筋肉繊維を繋ぎはしたが、疲労まではどうしようもなかった。ダメージとは単に肉体が負った損傷だけではない。その心にも負担をかけはするし、それまで動いてきた事、体にたまった疲れは簡単に取れるものではない。
現に今だって彼の体は重い。傷が無くても先程受けた攻撃はそれだけ彼の脳や肉体にストレスという名のダメージを与えていたのだ。それでも彼は止まらない。それは、彼の責任が許さない。
(ルクルット、ダイン)
最初に不甲斐ない自分が攻撃を受けた為に彼らへの負担が大きくなってしまった。そのせいで彼らは大怪我を負ってしまった。それでも、彼らが生きていると信じる事が出来たのは同時に奴に対する特に嬉しさを含まない信頼からでもあった。
(本当に悪趣味ですね)
デス・ナイトの生態に関しては城塞都市の冒険者組合長に詳しく聞いている。現役の頃に戦った経験が何度もあるらしい。曰く、奴らは生をもてあそぶと。簡単に殺しはしないと。それは、死ぬよりも苦しい生き地獄であるが、今だけはそれに感謝せざるを得ない。だが、それも此処までだが。何とか時間を稼がなくてはならない。
彼は走る足に力を入れる。
「アイズ・イン・ザ・バッグ!」
武技の発動。唯でさえ重い体が更に重くなる。が、出し惜しみが出来る相手ではないことは十二分に分かっている。
(…………)
歯ぎしりしながら彼は自己嫌悪する。最初のゾンビとの戦闘で武技を使い過ぎたのは愚策であった。彼らの言う通り自分が引き付けて彼らが迎え撃つ。それが負担が最も少なく済む最良の選択肢であったのだ。それをミスを取り返そうと躍起になって、必要以上に消耗してしまいその結果がこのざまだ。何と情けない事だろうか。
(落ち着きましょう)
そうやって熱くなるのが良くないのだ。冷静でなければならない。彼は冷静に行動に移る。視線を向けて見れば、相手は自分へと体を向けているが、それだけだ。別に構える事も警戒する姿勢も見せない。
(事実ではありますね)
互いの能力の差はこの5分足らずですっかり証明されてしまっている。奴であれば、自分がどう動こうと対応できるであろうし、それは何よりも自分自身が分かっている事であった。だからこそ、それを利用してやる。
(…………)
胃袋を締め付けられる感覚。これからやる事はそれだけ神経をとがらせる必要がある。少しでも間違えれば間違いなく自分たちは全滅だ。それだけは避けなくてはならないと彼は集中する。狙う間合いは自分の歩幅5歩分である。その時こそ最適な……いや、最低限生き残る為に用意された数少ない機会である。
残り7歩。奴は動かない。それで良いのだと彼は体に力を入れる。これからやる事に自分の全てを乗せる為に。
残り6歩。此処まで迫っても奴は何もしない。その顔はあざ笑っているようであった。「お前如きに何が出来るんだ?」と、確かにそうだろう。だが、それが何もしない理由にはならない。自分はミスリル級冒険者チーム「漆黒の剣」のリーダーなのだ。どれだけ絶望的な状況でも、自分が折れるなんて事はあってはならない。もしも、そんな時が来るのだとすれば、チームが最後の時である。出来るならない事を願いたい。だが、それは唯の楽観だ。この世界では人は弱い。こんな簡単に死にかけるのであるから。次の一歩が勝負である。
残り5歩。ここで、彼は更に武技を発動させる。
「能力向上!」
「!?」
突然、彼は加速する。それまで全力疾走であったが、それが武技によって更に速くなる。突然の変化にデス・ナイトは驚きを感じていた。それも当然と言えよう。この騎士は完全に彼らを舐めていたのであるから。隠し技があるなど考えもしない。現に火攻めだって、すぐに無効化してみせた。こいつらが何をしてきても無駄であると彼は決めつけていた。
その僅かな時間。それを使ってペテルは一気に接近する。次に踏み込んだ左足で跳躍、着地点は何もしないデス・ナイトの膝。そこに右足をかけた瞬間に次の跳躍。一時的に相手の上まで飛ぶ。その体制で剣を振りかぶる。盾は左腕に装備したままである。
「斬撃!」
兜わりの形で一気に振り下ろす。狙いは相手の目だ。自分の筋力で頭を砕けるとは思わない。ならば狙うはそこしかあるまい。眼球のない彼らがどうやって、周りを認識しているのかは不明であるが、狙うと決めた相手に顔を向ける事は此処までの事で確認している。ならば、その可能性は十分にある。
彼が放った攻撃はデス・ナイトの右目の辺りをほんの少しであるが、砕いた。その事が彼には許せなかった。反射で剣を振るが。その時にはペテルは盾を構えていた。
(そう来ると思っていましたよ)
「要塞!」
弾き返す事は出来なかった。それも当然だ。どれだけタイミングを合わせた所で元の力が違い過ぎる。それでも彼が一方的に吹き飛ばされる事はなかった。宙に浮いたペテルに対してデス・ナイトが放ったのは上段からの振り下ろしであった。それを彼は武技を加えて迎撃した。受けたペテルは地面へと叩き付けられ、そして放ったデス・ナイトは後ろへとのけ反った。
(???!!!)
そのデス・ナイトは何度目かになる驚きを感じて、そして憎悪を募らせていた。何だ? この生者は? 無駄な抵抗をせずにとっとと自分に首を差し出せば良いのに。決めた。こいつは特に惨たらしく殺してやろう。その死体を先ほど逃げた小さい奴に見せてやれば、間違いなく自分は幸福を得られる。それは、アンデッドとしての彼の本能が告げている。ならば、と直ぐに体勢を立て直す。その時間1秒足らず。どれだけ、こいつが頑張っても結局は無駄だと内心笑う騎士。次の視界に映ったのは2つの棒切れ。
(???)
次に自分の視界の下、見えないところから声が聞こえた。
「
視界が真っ赤に染まる。同時に彼の体を炎が包み、高熱が全身を襲う。それ自体は彼に苦痛を与えはしない。だが、不快感は与えていた。
「グオオォ!!」
怒り、怒り、ただ純粋なる怒りがその咆哮をさらに甲高いものに変える。それを受けながら、ペテルは対峙していた。彼は地面に着地……落とされた後。素早く備え付けのスクロールを2つ宙に放り投げた後。その発動となる言葉を発して転がって来たのだ。
第3位階魔法「火球/ファイヤーボール」。それを込めたスクロールのこの使用法。あえてスクロールを巻いたまま使用する事でそれ自体を爆発物として扱うこの方法は、元はかつてエ・ランテルを襲ったテロリスト達が見せた使用方法である。本来の魔法の発動とは違い、それを魔法に対する侮辱行為であると言う者もいた――主に魔術師組合の者達だ。しかしながら、使いようによっては相手の不意を突くことも出来るという事であり、その方法を真似たり、他のスクロールでも似たような事が出来ないかと試す者たちは増えて来ており、先にルクルットが見せた火矢もその応用だ。
そう、彼ら「漆黒の剣」は何も仲間の姉探しで何もしていなかった訳ではない。日々研鑽を積み、常に高みを目指しているのだ。もう望んだ形で叶わないけれど、まだ諦めるつもりはない。それに、助けてもらった恩義を返したいし、出来るのであれば、彼らと肩を並べてみたいとも思っている。何より仲間の為を思えば、いくら力があっても足りない位だ。
目指すべき目標があり、追い付きたいと願う人たちがいる。そして彼らには結束力があり、仲が良く、向上心に溢れている。数々の条件が重なり彼らは急激な成長をしているのである。
それでも、デス・ナイトにはまだ遠く及ばない。事実、火に包まれた騎士は自分を包むそれには何の興味も示していないようでペテルを睨んでいた。一方の彼は、もう立っているのがやっとであった。初めに受けた横なぎを含めた攻撃の数々――直接受ける事こそなかったがそれでも負担は大きい――にこれまでの武技の乱用が負担となり、遅れて体を蝕んで来たのだ。それでも彼に諦めるなんて選択肢は存在しない。せめて、自分が囮となって1秒でも長く時間を稼ぐ。幸い、奴の狙いは自分に向けられているようであった。遂に向こうもこちらを殺すつもりになったのか走ってくる。迫る死を前に彼は、最後まで立っていた。自分が死ぬまでの時間が最後の稼ぎだ。
(後は……)
アインドラ達「蒼の薔薇」や、シャルティアの使用人達に託すしかあるまい。根拠は何もない。それなのに断言出来る事があった。
(セバスさんに、イプシロンさん、エドワード君)
シャルティアは自分たち程ではないと言っていたが、間違いなくその実力は自分たち以上であると、それこそいつかの依頼で出会った。あの赤毛のメイドと同じように。
(彼らは何者何でしょうか?)
結局、その答えにたどり着く事はなかった。それでもと、仕方あるまいと笑っている自分がいる。
(ニニャ……すみません)
どうやら、自分は此処までであるらしい。目前の騎士は自分を殺すつもり、それも散々にいたぶった後にそうする事は明白であった。だが、それこそ最後の希望だ。奴が自分に執着している間は他の者たちに目は行かないはずである。その時間の間に増援が来ることを切に願うしかあるまい。
(ルクルット、ダイン、ここが正念場です)
未だ気絶したまま。しかし、絶対死んではいないと言える仲間2人に激励を送る。彼女たちが来れば、助かるはずである。それを思って彼は微かに笑う。
「グオオォ!!」
その表情が気に入らなかったのだろう。迫る死の騎士は走りながら咆哮する。今度こそ鼓膜は敗れ、彼の耳から血が流れる。その痛みも感じていたが、気にもならなかった。むしろ、喜んでいたと思う。これなら、もっと長く時間を稼げるであろうと。それから彼は考えた。
(ティアさん)
浮かんだのは倒れている2人とは別に最後に顔を合わせた人物である。
この時、別に彼は彼女に対して下心であったり、あるいはそれに準ずる感情から浮かべた訳ではなかった。それは彼の性格から来ていた。彼女との約束。口約束ではあるが、それを果たせないことに対する罪悪感。そして、前もって聞いていた彼女の性格を考慮して苦々しい気持ちに駆られたからである。
きっと彼女は今回の事を気に病むに違いない。そう思うと例え、彼女に届くことがないと分かっていても彼は謝らずにはいられなかった。
(本当にすみません。貴方に貸したままになりそうです)
そう思うと同時に彼へと剣が振り下ろされた。
「そうなんですか……カーミラ、ですか」
「はい、と言っても私たちも話でしか聞いた事がないんですけどね」
ラキュースは拠点となっている地点でニニャと情報交換をしていた。はっきり言って暇であったのだ。それは、不謹慎であるのは重々承知していた。それでも、そう思わずにいられなく、彼女は絶叫していた。
(ああああああああ! 何で……)
こんな配置にしてしまったのだろうかと思ってしまう。それは冒険を望むラキュースにとっては、正に愚の骨頂。しかし、冒険者チーム「蒼の薔薇」を率いている。アダマンタイト級、英雄見習いとも言えるラキュースには出来ない判断であった。今回の布陣は彼女が考える限り、最善のはずだ。
ここ、拠点にいる自分とニニャ、それにイプシロン。いざとなれば蘇生が使える自分がこっちにいるべきであるし、メイドに残ってもらったのもいざという時は異性より同性の方が依頼主である令嬢シャルティアを連れて逃げるには精神的な支えにもなってくれるはずである。ニニャは予備要因であるが、魔法詠唱者を1人置くのは間違っていないはずである。
周囲を警戒してもらっているガガーラン、セバス、エドワード。彼女たちは全員が共通して近接特化型の戦士だったり、格闘家だ。
(それにね……)
これは、個人の偏見になるかもしれないが、こういった部類はとても勘が鋭い。何かおかしな事に気付けば、迷いなく動いてくれる事であろう。と勝手に期待してしまっている。少なくともガガーランにはそれがあり、これまで助けられた事もある。
そして、肝心の調査斑には「蒼の薔薇」が誇る懐刀にして、最強のイビルアイを投入している。それと、ニニャを除いた「漆黒の剣」彼女の言葉を信じるのであれば、彼らも十分な働きをしてくれるはずである。そして、元暗殺集団所属だった双子を1人ずつつけている。物探しにしたって、得物探しにしたって彼女たち程適任な者達はいないであろう。その振り分けであったが、流石にティアとイビルアイを一緒にするという決断は出来なかった。本人は「仕事はきっちりする」と言っていたが、過去に前科もあるし何よりイビルアイに睨まれてしまったのだ。
『(分かっているな? ラキュース)』
そう言う訳で彼女達はそうなったのだ。やや不安な所であったり、都合よく考えてしまっている所もあるが、それを差し引いてもと彼女は思った。
(これ以上ない最高の布陣よね!!)
それから調査に入ったものの拠点待機となった自分たちは基本的にやる事がない。依頼主であり、護衛対象であるシャルティアを護るのがその役目であるが、それだって周囲を警戒しているガガーラン達が漏らした相手であるの訳であり、彼女たちが出し抜かれる事は早々なかった。耳に轟音が響く。その場の4人がある方向を向く。それは、「漆黒の剣」中心の班が向かった方角から少しずれた辺りであった。
「す、凄い音ですね……」
そう声をあげたのはニニャであった。少し怯えた顔は称賛よりも恐怖を感じてしまったようだ。
「ええ、ガガーランはチームの物理攻撃における主力ですから」
「戦士とはこれ程の力を出せる物なのですか?」
無邪気に手を合わせ、目を輝かせて聞いてくるのはシャルティアであった。その様子だと本当に自分の専門分野以外には無知であるらしい。いや、それも仕方ないと彼女は考える。
(時間は有限ですもの)
どれだけ、頑張ろうとその事柄に掛けられる時間は限られており、振り分けた時間が結果に関係してくるのだ。10年かけて剣を学んだ者と同じ時をかけて魔法を学んだ者。そして5年ずつ剣と魔法を学んだ者ではその知識や技術に偏りが出来るのは当たり前である。
「ああ、でもあれはガガーランが特別なんだと思います」
彼女は力なく答える。余り誇れる事でもないと判断したのであろう。それを受けてシャルティアは癖のように口に手をあてて微笑む。
「まあ、そうなんですか。それにしてもラキュース様はお仲間を大切にされているのですね」
「え、どうしてそう思われるんですか?」
彼女には令嬢がそう言った理由が分からかった。だって、そうだろう。特別という言葉はそこまで印象がいい物ではなかったはずである。対して、シャルティアは朗らかに笑って答えてみせる。それは純粋な尊敬を込めた眼差しを向けながら放たれた。
「だって、そうでしょう? お仲間が大事だからこそ『特別』なのでございましょう?」
「あはは、仰る通りかと……」
乾いた笑みをあげながらラキュースはそう言葉を返す。そして、内心で思っていた。眩しい、と。それは成長途中の子供が持つ無邪気差が残っているものであり、自分がとっくに無くしたものだと。そう考えると、自分はすっかり大人になってしまったのだと思うのであった。
(私にもこんな時があったわ)
最もそう思っているのは本人だけであり、彼女の両親等に言わせれば「まだまだ青い」と言われてしまうのであろうが、それはまた今度の話だ。
現在、拠点待機の護衛対象含む4人はそれぞれに過ごしていた。依頼者側の2人はゆっくりとした時間を過ごし、依頼を受けた側の2人は引き続き情報交換をしていた。というか、それ位しかやる事がないのである。こんな場所だと言うのにシャルティアは何処からか持ってきたどう見ても高級品である椅子に腰かけて優雅にお茶を楽しんでいる。その傍らには、3人いる使用人の中で唯一残っているイプシロンが不動の姿勢で控えている。その立ち姿は微塵も揺らぐ様子が見られず。まるで、この大地に300年間育ち続けている大樹を思わせるようであった。
(凄いわね、つくづく)
王都でも彼女程のレベルのメイドは中々いない。彼女であればどの家でもやっていけるだろう。こちらの視線に気付いたのか彼女は口を開く。その声も美しいものであり、王国で彼女と同じ声を出せる者は何人いるだろうか? と考えさせられる。
「アインドラ様? ニニャ様? やはり椅子を用意致しましょうか?」
どうやら、気を遣わせてしまったらしく。彼女は手を振りながらそれに答える。ニニャも頭を上下に振る事でそれに同意していることを示していた。
「いえ、私たちの方はお気にせず。職業柄慣れていますので」
「そうですよ。それにそんな高……芸術品のようなものに自分が腰を掛ける訳にはいきませんので」
「旦那様でしたら、お気になさらないと思いますが。……畏まりました。ですが必要であればいつでも声を掛けて下さいませ」
その気遣いに感謝しながら頭を下げ、2人は先ほどの中断しかけた話を再開する。
「えっと、ガガーランのせいで続きを聞きそびれてしまいましたね」
「いえ、全然気にする必要はありませんよ」
そして、ニニャの話に耳を傾ける。
彼女からの情報。それは、件の城塞都市を襲った事件「漆黒の英雄」たるモモンと彼らの冒険の裏側でその近郊の森であったある事件の話であった。
(正直信じられないわね)
それが、感想だった。女性を攫って性処理の道具にしていた野盗集団。同じ女性として怒りが湧いてくる。その一団を壊滅させた仮面をつけた3人組の事である。別にその集団を壊滅させたこと自体は珍しいとは思わない。それ位であれば、出来る人物を知っているからそう考えてしまうのかもしれない。
だが、それでも最初にそう思ってしまったのは、その集団にいたある人物の存在とその人物の敗北を聞いたからであろう。
ブレイン・アングラウス。
かの王国戦士長に次ぐ実力の持ち主であり、過去に自分たちの知り合いである老婆とも立ち合いをしたはずである。最も、その時は彼女が手を抜いたらしいので、ちゃんとしたものとは呼べないが。ラキュースから見たブレインという人物は余り、好きになれる人物ではなかった。彼は強くなる為にひたすらに努力をする人物であった。それ自体は好ましく感じるものである。が、その為にほかの事柄すべてに無関心なのは如何なものかと思ってしまう。現に話を聞いても彼は道具として使われていた女性たちを気にかける事もなかったという。
(あの男は――!)
もしも今度あったら、一発ぶん殴ってやろうと彼女は決めた。さて、そんな彼であるが、非常にプライドが高い人物であり、立ち合いであっても簡単に負けを認める事はなく、非常にしつこい人物。よく言えば、勝利にかける執念がすごい人物であるのだ。そんな人物が負けを認めた。それ所か何も出来なかったと憔悴しているというではないか?
「相当、強い方々みたいですね」
「はい、王都で何かそう言った話は……些細な噂話でも良いんです。何かありませんか?」
「そう言われましてもね……」
何でも、エ・ランテルの冒険者組合長は彼女たちに冒険者となって貰いたいらしい。それエ・ランテル所属の冒険者として。
(…………)
彼女は考える。もしも、その話を王都の冒険者組合長が知れば、間違いなく食いつくことであろう。有能な冒険者はいくらいても足りないのだ。それにあの人物はかなり狡猾でもある。
(もしも)
その事を知っていれば、とっくに動いている事であろう。施設部隊がいるようであるし。そして、ニニャへと謝罪する。
「ごめんなさい。その人たちに関する話に噂も聞いた事がありませんね」
「そうですか」
落ち込む様子の彼に申し訳なく思ってしまう。「漆黒の剣」達の仕事の1つに彼女たちの捜索もあるらしい。
(本当に大変ね。彼らも……いえ)
そこで、彼女は決意する。気づいた事を聞こうと。一度出来てしまった好奇心というものは抑える事が出来そうにない。しかし、同時に覚悟も出来ていた。事情を知ったのであれば、全力でその力になろうと。
「あの、ニニャさん。私からも良いでしょうか?」
「……? 何でしょうか? 改まって?」
不思議そうにしている
「どうして、男性のふりをなさっているのでしょうか?」
「!!!」
その言葉に彼女は言葉を失ってしまい。その様子がラキュースに自身の直感が正しいものであると証明していた。
シャルティア達との距離は確認した上での考慮した音量である為。聞かれる心配はない。現に先ほどと変わらない様子でお茶を楽しんでいる令嬢と微笑みながら控えているメイドとその組み合わせあは変わらない。
「あの……どうして?」
震える声でそい聞いてくる彼女にラキュースは答える。簡単な事であったと。
「立ち振る舞いを見ていれば分かります。『漆黒の剣』は男所帯。私たちとは真逆のチーム。その中であなただけどこか浮いているようでしたから。それに……」
言いかけてやめた。これも自分の勘でしかないが、恐らくリーダーであるモークと森司祭のウッドワンダーもその事実に気付いている事であろう。唯一、ボルブが気づいていないであろうと確信できたのは、彼女に対する彼の接し方からであった。気軽に肩を抱いたり等、あれは同性に対するものであるからだ。
「そう、ですか」
彼女は迷っているようであった。無理もないと理解できた。世の中、いろんな事情を抱えた者達がおり、それは自分のチームを見ても分かる事である。わざわざ、性別を偽るのにはそれだけの理由があるのだろうし、簡単に聞いて良い事ではない。何よりと思う。
(彼女とは絶対友達になれる)
ここまでの馬車の中で語り合った英雄譚の数々。自分たちは根本的に似た者同士であるのだ。間違いなくあの王女と同じくらいに親しい仲になれるはずであるし、これからも沢山話をしていきたいし、いつか合作なんかもやってみたいと願っているのだ。
そこで、彼女は自分の右手を胸にあてると。真剣な眼でニニャを見据え、口を開く。
「私を信じてはくれないでしょうか?」
「…………」
その姿を見て、いや見せられて彼女は考えていた。自分の目的、今はチーム全員の目標の1つ。
(姉さん)
過去に貴族に攫われた姉の捜索。自分から大切な肉親を奪ったのは糞みたいな貴族。そして、目前の彼女も貴族である。ならば、彼女も憎いといえば違う。
(彼女は……他の貴族共とは…………違う)
王都での彼女たちの評判は聞いているし、これまでの道中で彼女がどこかずれた存在であると知ったではないか。ずれている、と言っても彼女の場合はいい方向。それも自分にとっては好ましい方向である。
(あれ?)
自分は何と思った? 貴族相手に好ましい? いや、その理由だって分かっている。彼女との話は楽しいものであった。幼い頃から、魔法の師匠に拾われてから、時間がある時に読んだ様々な物語。英雄譚に冒険譚。それらを語り合うのは本当に楽しいもものであった。
(ペテル達には悪いですけど……)
あれ程自分の気持ちが高揚したのは幼少期以来かもしれないと思う。そんな彼女であれば、信じても良いかもしれないと彼女は決意を固める。
「分かりました。では、話しますね。私の全てを」
「お願いします」
本来交わる事のなかった2色が交わり、新たな可能性を紡ぎ出す。