「まあまあ、あれはあれは」
それが、彼の発見したものを見た令嬢の第一声であった。
あの後、彼から事の詳細を聞いた後、令嬢たちへの伝令としてティナに走ってもらい、その場へと全員で向かう事になったのである。
「それにしてもあれだな、何だったんだろうな? そのモンスター」
疑問を口にしたのはイビルアイであった。それは、彼女だけではなく話を聞いた者全員が持つ疑問でもあった。
(そうよね)
デス・ナイトとの遭遇後、その戦闘経緯を聞いてみれば、当然の帰結と言うべきか彼らは敗北していたという。双方の力量を鑑みれば仕方のない事。初めにモークが重いものを受けて、その後、ボルブとウッドワンダーが時間を稼ごうとしたもの1分程で沈黙。
その後、モークが何とか攻撃を当てて、自身に注意を向けさせたと言う。
「たくよ~。いつも思うけどな、ペテルは無茶しすぎだろ。具体的には、突っ込みすぎと言うかね」
思い出したよにぼやくのはその彼から、というよりはチームメイトからの扱いも時々雑になりがちなルクルットであった。彼は続ける。
「思えば、あん時もよ~そうだろ? ニニャ、ダイン」
「それに関してはルクルットの言う事が正しいのである」
「そうですね」
「おい、何だよ? それだったら普段の俺の言う事がおかしいみてえじゃねえか」
実際、そうなのではないか? という空気が散漫し始める。それは、自分たちにしてもそうであったし、依頼元の令嬢一行にしてもそうであった。令嬢と見習いであろう少年執事は何の事かと分からない表情を浮かべているが、メイドは苦笑しており、老執事は厳しい目を向けて来る。もしかすると、馬車内でのやりとり、彼女の言葉を聞かれたのかもしれない。
「それは、城塞都市の一件での事ですよね」
流石に彼を不憫に思ったらしく、そう口にしていた。話の先を促して、一刻も早くこの空気を払拭したいと考えたのかもしれない。
「そうなりますね」
「そうだぜ~」
自分と、令嬢にメイド、それと仲間の魔法詠唱者は彼女からその話を聞いていたが、他の面々は知らない為、もっといえばそれを口にしている野伏の彼だって、馬車の中でそんな話があったなんて知らないだろう。その間、彼には後方で自分たちを追いかける形で乗馬して、周囲の警戒にあたってもらっていたのだから。
改めて彼の口から語られる城塞都市の件、先ほど聞いたのは英雄の話が中心であったが、彼の話は正に彼らの話であった。その騒動の際に戦った相手の話になり、彼女もまたその単語を思い浮かべる。
(ヘッドギアね)
また連中かと思ってしまう。そして自分が持っている知識を掘り起こす。王国でその名が聞かれるようになったのは確か5年前からだったと思う。
その名前だって連中がそう名乗っているのではなく、返り討ちにあった者の死体を調べた際に見つかった刺繍、それもその件に関わり死んだ者全員から見つかったそれから当時その担当者が名付けたのが広がったという認識である。
自分たちも過去にその所属と思わしき者たちと戦闘をした経験はあるが、とにかく異常なのだ。使用する魔法は見た事も聞いた事もない物が出て来るし、その癖その痕跡は一切残らないという怪奇っぷり。世間の認識ではどこか壊れた集団だとあるが、その行動はかなり訓練されたもののようにも見える。
(…………)
ここからは自分の勝手な想像とも何ら変わらない憶測になるけど、その正体は帝国、あるいは法国の特殊部隊の一種ではないだろうか? というものだ。
唯のイカレ集団にしてはその装備が豊富なのもあるし、大した装備ではないのにアダマンタイト級である自分たちに食い下がった輩もいる。というか、その戦い方だって徹底している。
(なんて言うのかしらね)
この世界における戦士というのは、正規兵、冒険者、ワーカー、犯罪者等、その多くが正面からの戦闘になることが多いというのに。連中の中にはそう言った事を避ける者が多いのだ。不意を突いての攻撃、そして当たろうが外れようが即離脱、そしてまたも不意打ち、それを繰り返す。そんな戦法を取る奴が多いのだ。まるで、初めから勝つつもりなどないように。
(そうなのよね、そこが怖いというかなんというか)
言うなれば卑屈なのだ。自分たちは弱い存在だと仮定して、その上で戦略を建てている所があるのだ。それにしたって、城塞都市でのやり方は自分でも驚いている所がある。
まさか、自爆上等の手段をとるとは……それだけ、自分たちの痕跡を残すのを嫌がったのか? 否、そうであれば、すぐにその場を離脱すべきである。どうしてそうしなかったのか?
(駄目ね……どれだけ考えても)
自分の勝手な妄想とそんなに変わらない。そんな彼女の耳にルクルットの言葉が届く。
「こいつ、絶対相打ち上等だったんだぜ」
「俺は嫌いじゃないぜ、そういうの」
自分も戦士である彼女の意見に全面的に同意であった。たとえ、自分の命が危なくても彼は状況を打開しようとしていたのであるから、それでもその場は敵方の方が上手であったらしいけど。彼が無事だったのは運どころかその相手の狙いが別にあり、そして彼と対峙したその者にもそれなりの覚悟があったのは明白であろう。じゃなければ、自分の首が飛ぶというのに、他の事をやってのけるなんて出来はしないだろうから。
「そんな訳でよ~」彼は視線をペテルに寄り添っているティアへと向けると続ける。「こいつはそう言う奴だからよ~よろしくお願いするよ。ティアちゃん」
「は?」
一瞬何を言われたか分かっていない様子の忍者、もしかしたら本人さえ無意識なのもかもしれない。そんな彼女に野伏は軽率に言い放つ。
「だからよ、ペテルの事。しっかり頼むぜ~こいつなら絶対浮気はしないから――グバぁ!」
言葉を最後まで言う事が出来なかったのは、彼の顔を衝撃が襲ったから、そしてそれは素早く飛び上がったティアが放った膝蹴りでもあり、その顔は熟れた果物のように真っ赤であった。
「違う。私は唯、借りを返すだけ」
本人は必死に否定してみせているけど、その顔に行動、なにより先ほど見せられたあれを思い起こせば言っている事の説得性は皆無に等しいものであり、他の者たちも薄く笑っていて、特にメイドの苦笑顔と戦士の意地汚いと言われても仕方ない表情が目立っている。
そして、苦笑しているのは当事者にされてしまったペテルも同様であり、彼自身はその事についてどう考えているのか気になった彼女は彼へと近づき、耳打ちをする。
(あの、モークさん?)
(どうしました? アインドラさん)
そう言葉を返す彼はどこまでもいつも通りであり、その内心がどうなっているかは全く読めそうにない。
(ティアの事はどう思っていますか?)
彼女の言葉に彼は一瞬困惑した顔をするが、直ぐに元に戻して言葉を返す。
(ああ、そういう事ですか……どう思うも何も尊敬できる方ですよ。彼女も、あなたも)
その言葉に肩を落としている自分がいる。彼にとっては文字通りの意味なのであろう。先程のやり取りにしたって、ようやく体を休める事が出来るとそうした模様であるし、と彼女は思う。
(これは、大変かもしれないわね)
しかし、彼を良く知る「漆黒の剣」たちの反応を見れば、全くその気がない訳でもない訳だ。どうにか出来ないかと思った彼女を悪寒が襲う。気づけば、ティアが自分を睨んでいるではないか。
「どうしたのティア? 何か気になることでもあった?」
「……別に」
彼女はそう言うが、自身へ向ける視線は冷たいままである。その瞳は自分たちのチームに加入する前、裏家業をやっていた頃の眼差しそのものであり、恐ろしさよりも嬉しさが込み上げてくる。試しに彼から離れてみれば、彼女からの殺意籠る視線は無くなり、彼の傍へと移動するその様にロマンチストでもある彼女の頭に1つの光景を見せる。
雛鳥が待ちわびる巣に、つがいで餌を口に戻る雌鳥のようだ、と。
(ふふふ、これは私も何かしなくてはね)
例え、お節介と言われてもこの事情に介入してやろうと彼女は決意して、前へと進む。彼女と同様に一行も目的地へと向かう。その間、倒れたルクルットの事を誰も気にかけなかったことから彼の扱いがどれ程の物かというのがよく分かる。
「と、話がそれてしまったな」
口を開くのはイビルアイであった。今も倒れているであろう彼のおかげで脱線した話を本筋に戻す。
「お前を助けたって言う。そのモンスターって、ここに来る途中でラキュースが叩いた奴だろ? どうしてそいつがお前を助けるんだ?」
「そう、ですよね。そう思いますよね」
彼自身も自信なさげである様子であり、その事に歩いている者たちはそれぞれに考えてみる。
「そもそも、本当に助けるつもりだったのか?」
疑うように口にするのはイビルアイ。
「大体、モンスターが人間を助ける理由なんてないだろう。その時だってたまたま、そう、それこそ奴らの縄張り争いか何かだったんじゃないのか?」
彼女の主張は最もである。王国の歴史を見ても、モンスターと人間が共生しているなんて話は聞かない。
「うむ、確かにその通りである。が」
不服そうにそう返すのはウッドワンダーであった。彼の故郷も少し特殊だったらしいことは聞いているが、それだって先に挙がった事柄と比べる事は出来そうにない。
「だがよ、だとしたら、わざわざペテルを庇う形で入ってきたりはしねえだろ」
反論するのはガガーラン。彼の事をファーストネームで呼んでいたり、現状彼の口からしか伝わっていない情報を疑いもしない辺り彼女もまた彼の事を気に入ったのだろう。そして、そんな彼女をティアが睨んでいて、その事に頬が緩む。きっと彼女はどうして自分がそう言った行動をしているのかさえ、分かっていないのだろう。その理解が更に自分の表情をだらしないものにしそうで、必死に抑えながらその言葉に賛同する。
「そうよね。それに、治療までしてくれたって話じゃない」
「で、ですよね。もしもそのつもりであったなら、ペテル達は此処にいませんよね」
そう返すニニャであったが、軽く悲鳴を上げたと思うと黙り込んでしまう。原因は言うまでもない、自分たちは慣れているから良いが彼女の場合は仕方ないと言えよう。
「そう、そしてそこからそのモンスターがとった行動。その意味合いは何だと思う?」
「それこそ、罠の可能性が大きいと思う。一度、友好的に接するというのは私たちもやって来た手段」
経験込みの意見を言うのはティナ。彼女たちの経歴を考えればそれも説得力が増してくる。仮にそうだったとした場合、危険ではある。
「そうね、でも……」
「そこに今回の目的に沿う物がある可能性を否定できませんからね」
困った様に、口元に手をあててセバスがそう答える。今更ながら、彼の事をそう呼んでいるのはその単語しか名乗らなかった為、他に呼びようがないのだ。これは執事見習いの少年も同様であった。
「そうですよね。結局はそこに行き着きますから……」
そう、実際その通りであった。今回、自分たちがこの平野に赴いた理由を考えれば彼が見つけたというそれも確認しない訳にはいかない。本来であれば、自分たちだけでその判断をすべきであるかもしれないが、見つかった経緯が経緯である為。依頼主にも確認してもらおうという事で彼女たちにも来て貰っている。
(そういえば)
「シャルティア様から貸してもらっているマジックアイテムだけど、そっちの反応はどうなの?」
「こっちは全く反応なかったぞ、不良品じゃないだろうな?」
預かった品を振りながら口にするのはイビルアイ。こういった時には彼女が食いつくのが定まりつつあるようで、その態度にしたって依頼主に対する態度ではない。それに対して、依頼主の少女は何処までも立派であった。
「お父様も完璧な御方ではありませんから。もしもそうであれば、申し訳ありません」
「シャルティア様が謝ることではありません。その大変さは私も良く知っていますから」
マジックアイテムの製造。言葉にしてみるととても簡単なものに見えるが、そうではない。ここだけの話になるが、幼少期のラキュースも何とか出来ないかと試みて、そしてどういう訳か小屋を爆発させてしまい、大目玉を食らった過去があるのだ。
王国でも魔法の研究が全くない訳ではないが、それでも他国と比べれば間違いなく遅れているという事は何よりも魔法が飛び交う戦場を渡り歩いた事があるラキュースが解っている事であった。それだけあの国にとっての魔法の価値が低いという事の証明でもある。
「こっちも反応はなかった」
ティアの言葉に肩を落としてみせる令嬢の姿に申し訳なく思ってしまう。別に自分たちに落ち度はないし、そうであれば、目的の物――この霧の発生源が何か強力なマジックアイテムによるものだという少女の養父の願いを否定してみせたように感じてしまうからかもしれない。
そうなると、この霧の原因はそれを発生させているモンスターという事に、と思いかけて彼女は直ぐにその考えを取り消す。
(決めつけるには早い)
そもそもその着眼点が間違っている可能性だって大いにある。原因は結局の所、依頼の大本であるブラッドフォールンの推測すら外れている可能性が高い。そうなると、この辺りの謎は分からずじまいである。否、それも早計という物であろう。彼が見つけたそこに答えはあるかもしれないではないかと、彼女は自身を鼓舞する。
単純に冒険を楽しんでいる部分もあれば、貴族にしてはと言うのは失礼にあたるけど、想い人でもある養父の為にそこまでしようとする少女の頑張りに報いたいとも思っている部分があるかもしれない。しかし、それらを合わせてもこの感情が勝っていた。つまりは、好奇心である。そんな彼女を含めて、そして先ほど倒れた彼を除いた一行は先へと進むのであった。
令嬢のひと言は笑っていた。それは、彼女にしてもそうであった。
(何なの? あれ)
一行の目の前、すり鉢状となった大地のその中心にあったのは、彼女もまるで知らないものであったから。
「誰か知っている人はいる? 心当たりでもいいけど」
「私だって初めてだぞ、あんなのは」
「なし」
「同じく」
「俺もねえぜ」最後に答えたガガーランは肩をすくめて続ける。「そもそも、あの手合いであればお前が一番詳しいはずだろ? そうじゃなけりゃ俺たちにはお手上げだぜ」
彼女の言う通りとも言うべきか、遺跡関係であればイビルアイに勝てる少ない分野でもある。それを踏まえた上で記憶を巡ってみるが、やはり見覚えはない。
「モークさん達の方はどうですか、ニニャさんとか」
彼女もその手の話に詳しい為、期待を込めて問いかけてみるが、返ってくる答えは好ましい物ではなかった。
「すみません。わたしの方も特に覚えはないです」
「そうですか」
つまり、全く未発見の物となる訳である。いや、その可能性が上がっただけであり、必ずしもそう決まった訳ではない。それでもと彼女は胸の高鳴りを抑える事ができそうになかった。これこそ冒険の醍醐味ではないか? と。
実際彼女たちが見つけたものはその世界では見られないものであった。
上空、それも真上から見ればその形は正方形。土台となる1層目、その上に乗る2層目、3層目と続き、その上にあるのは神祠らしきものであり、その姿は形こそ角ばっているが、ウエディングケーキのようにも見える。更に、その前にはT字型の階段が取り付けられており、何より面白いのは各層への移動には全てそれを使わなければならないという構造であるという事であった。
「では、これからの予定になりますが」
ラキュースは心苦しい思い出あった。出来る事なら、令嬢にも冒険という物を楽しんで欲しい。しかし、それが出来る程の余裕があるのかは分からない。
「やはり、私たち冒険者のみで調査に行った方が良いように思えます」
「残念です……とても興味が惹かれると言いますのに」
気落ちした様子で残念がる彼女を窘めるのはメイドであった。
「アインドラ様の言う通りでございますお嬢様、ここは待機いたしましょう」
「それでは、来た意味がありませんわ」
なおも不満気に続ける少女に今度は老執事が口を開く。
「お嬢様、恐らくアインドラ様が私たちをここに案内したのは確認の為でございましょう」
「はい、その通りです」
そこでラキュースはシャルティアへと話す。恐らくこれだけ大規模な物を隅々まで調べるにはそれこそ、もっと人数が必要になるし、時間だってかかってしまう。よって、今回自分たちが簡単な斥候をして調査を打ち切るべきであると。
「そんな、まだ時間はあるのでしょう?」
「これは、完全に私どもの都合になってしまい申し訳ないのですがここは平野の中でも特に帝国との国境が近い辺り、もっと言えばこの地の中心であります。ここから最も近い王国の都市となると」
「エ・ランテルですか……」
「その通りでございます。そしてそこまで戻る時間を考えると、猶予は後1、2時間が良い所なのです」
そもそも此処までに来るのにも少し時間がかかってしまっているもある。それに対して、少女は納得しないように言葉を返す。
「ならば、野営をすればよろしいではないですか」
「本当に申し訳ございません。本当に難しい話なのです」
今周囲に敵対存在、主にモンスター等はいないけどそれでも危険な事には変わりない。何せあのデス・ナイトが出たのが大きい。それは、正体不明の別のモンスターによって倒された。そして、そのモンスターは現在自分たちへと危害を加えて来る様子は見られない。だからと言って、安全とは言えない。それも仮想敵として見ておくべきであるし、アンデッドの特性もある。何よりもと彼女は続ける。
「もしも、夜になってしまえば危険は更に上がります。もしもシャルティア様に何かあれば、ブラッドフォールン様に合わせる顔がありませんし、何より護衛依頼を受けたアダマンタイト級冒険者としても許容出来ることではありません」
夜と言うのは危険しかない。城塞都市の周辺であれば、まだ良いが、この平野で野営と言うのは自殺行為に等しいと思っている。それにモンスターの中には夜に活発化する種類もいるし、何よりアンデッドの存在がその馬鹿げた行為すら許さない。
「むうう」
彼女の説得に令嬢はしばらく悩む様子を見せる。彼女だってラキュースが単に意地悪で言っているのではないという事は理解出来ている。今回の事は自分たち側の準備が余りにも疎かであったのは確かである。予め目星をつけていれば、時間を有効に使えたかもしれない。唯、平野の中心に向かい、そこで専門の道具を使えば、それで済む話。そう思っていたのであるが、その考え自体が甘いものであったらしい。
「分かりました。アインドラ様の指示に従いましょう。それで、具体的には?」
諦めたように言葉を吐く少女にラキュースは答える。
「先程と同様です。時間は、そうですね、1時間と設けます。それ以上たって、自分たちが戻らなければ直ちにエ・ランテルへと帰還してください」
「分かりました。でも、かの有名な〈蒼の薔薇〉に〈漆黒の剣〉の皆さまですからきっと戻って来てくれますよね?」
「それは、可能であれば必ず戻ります」
絶対なんて事はないし、軽々しく言葉にするべきではない。もしもそれを守れなかった場合、この少女を悲しませてしまう。彼女のそんな葛藤を少女が気づけたかは分からないが、微笑んで言葉を返す。
「ならば、お任せするとしましょう」
そう言って令嬢とその使用人たちは拠点へと戻ることとなったのである。念の為、双子忍者についてもらう事になり、それから本格的に謎の遺跡としか呼びようのない場所の調査が始まるのであった。
その坂は急ではあったが、それでも荒地になれた冒険者達にとっては梯子を降りる、あるいは階段を下るのとなんら変わりない。
「にしてもよ~」
口を開いたのはやや遅れる形でこの組に合流したルクルットであった。顔に浴びた衝撃はすっかり無くなっているようで、それが普段の彼の境遇を証明するようでもあった。
「随分でかい建物だよな~」
「確かに、それには同意する」
言葉を返すのはティナであり、言葉にしながら彼女は坂を下り続ける。先にシャルティア達を戻らせたのはこれもある。自分たちは慣れているが、そこまで問題にはならないが、普段平地での生活しか送っていないであろう彼女たちにこの坂を下るのは大変であるし、服を破いてしまう可能性だった十二分にある。それこそ弁償は出来ないだろう。特に令嬢が纏っているドレスは間違いなく破格なものである。どれだけなのか具体的な数値を出せない程には。
「それに、ここも大分広いですしね」
周囲を見回しながらニニャが言う。よそ見をしていたためにバランスを崩してしまい、落ちそうになるがすんでの所でダインが片腕で抱きかかえる。
「危なかったである」
「はい、ありがとう。ダイン」
そう言う彼女は何とか平静を保とうとしているようであった。そう、あくまで男性として振舞おうとしているその姿にラキュースは内心笑ってしまう。
(ニニャさんったら、ふふ)
自分の見立てが正しければモークとウッドワンダーはその事を知っているはずなのである。その事を彼女が知る日はいつになるだろうか? それは、きっと彼女の事情が解決した時であろう。
(今は、目の前の事に集中しなくては)
結局、今回の依頼で得られた成果という物はまだない。何とか上げるのであれば、新たなモンスターの存在か。
(本当に何なのかしらね?)
伝説とも謳われている存在を簡単に負かしてみせる存在。それが彼女を更なる思考を生み出し、記憶を泳がせる。
(本当に最近おかしな……不思議な事ばかりよね……)
言い換えたのは自分だけが見えている言葉とは言え、その対象に失礼であると思ったからだ。
(本当に、ラナーも言っていたわね)
様々な事が頭をよぎったからか、その事も鮮明に再生される。これが最も古いものでもある。友人である第3王女は現在、城塞都市の陣中見舞いへと行っており、もしも運が良ければ帰り道に会う事も出来るかもしれない。
さて、そんな彼女が王国戦士長から聞いた……というより、頼み込んで聞かせて貰った話だという。彼女は時に無邪気な顔を見せる為、断れないのは分かる。いや、正確には王国の中心である貴族達も聞いている話でもある。
(あの、ストロノーフ様が死を覚悟する程の策、それを正面から破って見せた
この話は現在自分の胸に留めている。約1名聞かせられない相手がいるからだ。大半の貴族連中はその人物を馬鹿にしているらしいが、自分はそうは思わない。魔法という物は奥が深い。そして、かの戦士長が瞠目する程のものだ。きっと凄まじいものに違いない。
次にニニャ達から聞いた話、とてつもない強者達の話が思い出される。冒険者になって、1週間足らずで最高位まで登り詰めた漆黒の戦士、それにかの戦士長につぐ実力を持つ剣士を倒して見せた仮面の女戦士。そして自分が知る限りでは最強最悪の騎士をいともたやすく破って見せた獣。
どれも此処最近の話であり、始めの戦士長の件から3ケ月と3週間程しかたっていないと言えば、その濃密さがよく分かる。
彼女は考える。友人が愛する民が住まうこの国を、誇りにも思える両親が住むこの国を、何より自分の生まれ故郷たるこの国を何とか助ける方法を。この国は腐りかけている。それ自体はあの老婆の言葉であったが、そう考えてみれば、確かに危うい所もあるのは確かである。
国力を落とすことしかしない組織に、民をないがしろにする貴族達。そして、毎年の戦争で間違いなく「国」として疲労してきているのだ。そんな折に更にこの国を痛める要因が増えてきている。
(エ・ランテルの冒険者組合長の気持ちも解るかもしれないわね)
かれは、「漆黒の剣」達にその仮面の戦士、カーミラとその一行の行方を追わせているという。その理由は冒険者となって貰う為である。しかしと彼女は考える。それだけの実力者を組合にとられてしまって良い物か? と。
冒険者というのは基本的に国同士の戦いに参加等しないし、もっと言えば人同士の争いにだって参加しない。あくまで「対モンスター用の傭兵」なのである。と、口うるさく主張している組合員もいる。当然と言うべきか、そう言った事に五月蠅いのは長くその職に就いている老人であったりする。
確かに彼の言いたいこともよく分かる。自分は冒険者になって数年であるけど、確かに最近の冒険者というものはその形態が変わりつつあるのだ。今、自分たちが受けている依頼もそうであるが、本来護衛と言うのは冒険者の仕事ではないというのだ。
もっと言えば、自分たちが彼女の依頼でやっている事だって十分グレーゾーンなのである。が、それだって彼女が使える兵隊がいない事であり、もっと言えば、王国軍がだらしないのである。
(大体、徴兵制なんてね)
毎年の戦争の際に国内の若者を集めて、即席の軍隊を作るというやり方からして、問題があるように感じてしまう。普段からもっと専属の兵隊を育てればそれが一番のはずであるが、その為には幾らかの費用が必要となり、そしてその費用とは兵となる民を養う為でもあり、そうなると貴族たちは嫌がるのだ。そうなってくればと彼女は自分よりも先に坂を下って行く彼女に内心謝る。
(ごめんなさいニニャさん)
もしも、機会が許せばその人物達には王国の騎士となって貰う方向もあるかもしれない、と。
「おい、ラキュース。良いか?」
彼女の熟考を遮ったのはイビルアイの問いかけであった。
「何かしら?」
「この後、どうすんだ。1時間じゃ、大した調査なんて出来ないぞ」
彼女の言葉通りであった。近づけば近づく程その建物は大きく、もしも十分な調査をしたいのであれば、それこそ国家単位の補助が必要になるであろう。その理由は言うまでもなく、ここが「カッツェ平野」であるの一言に尽きる。
「そうね、だからこそ大まかに目的を絞って、そこを集中してやるわ。当然全戦力投入でね」
「そうか、だとしたら」仮面を人差し指で数度叩いて彼女は続ける。「やはり、狙いはあそこになるのか?」
「ええ、そうなると思うわ」
「あの頂上ですか」
話に入って来たのはペテルであった。この時には彼女たちは既に坂を下り終えて、くぼみだったり、飛び出た岩で凹凸が激しく、間違っても優しい道なんて呼ばない地面を歩いていた。
「そうですね。何かあるとすれば、あそこでしょうから」
「安直、でも他に目星を付ける要素が見つからないのも事実」
批判しながらも仕方ないといった感じでティアが賛同する。彼女自身は無意識なのだろうが、その位置取りは常にペテルの傍であった。
「ま、俺は何でも良いけどよ。んじゃ、あの正面の階段からそのまま行くという事で良いのか?」ガガーランがそう言う。
「ええ、そうなるわね」
そんな会話をしながら、緊張感を忘れない程に呑気な彼女たちの行進を止めたのは彼女たちの静止に野伏の声あった。
「ちっとストップ。少し不味いぜ」
「どうしましたか、ルクルット」
そう問いかける彼の声はいつもの責め立てる物ではなく、チームリーダーとしてのものであり、普段の柔らかな彼独特の空気が全くない訳ではないけど、どこか凛々しくも感じるものであり、曲がりなりにもミスリル級を率いているんだと再認識させ、さらに彼女を見れば、少し頬を染めてその姿に見入っているものだからまた内心笑ってしまう。
(いけない、いけない。気を引き締めなさいラキュース)
何も変化しているのは彼だけではない。軽率な彼に、どこか物腰が弱くも見えてしまう彼女もその纏っている空気が変わっているのだから。それだけ、彼らが巻き込まれた城塞都市の件が大きいという事であろう。ランクであれば、自分たちが上なのだ。彼らに恥を晒す……これ以上醜態を見せる訳にもいかない。と、ラキュースは思い。その彼女に引っ張られるように「蒼の薔薇」の面々も臨戦態勢に入る。
「あそこに誰かいんのよ。丁度一段目の前のとこ」
それぞれ身近な岩に身を隠してその場を見れば、確かに2人程の人影が見える。向こうから気づかれなかったのはこの霧のせいなのだろう。
「ティナ、ティア」
「OK」
「任せて欲しい」
まずは隠密行動に最も長けたこの2人に任せるのが最善手である。指示を受けたティア達は素早く行動に移った。彼女たちは音も立てる事もなく、走る。この霧の中と言うのは彼女たちにとっては存分に利用できるものであり、スキルを使用する必要もなかった。彼女たちは真っ直ぐ進むのではなく、広がっている岩場に地面に所々あいているくぼみ等を使って、対象の視界から隠れて移動する。それは大きく蛇行する形であったが、彼女たちの足であれば直線を行くのと何ら変わらない。
そして、自分たちの間合い、そこにあったくぼみに身を潜めて彼女たちは対象の様子を確認する。
(いるのはあの2人だけの様)
(周囲に別の人物がいる気配もなし)
この時、最も危惧すべきは見張りをしているであろう2人もまた餌である可能性であれけど、その心配はなさそうだと次の行動に移る。と、そこで声を静かに上げたのはティナであった。
(そうだ、生け捕りと暗殺。どっち?)
鬼ボスである彼女はその点については何も言っていない。その辺りも含めて自分たちの判断に任せて貰っているということであろうか?
(どうする?)
(どうする?)
全く同じ言葉を口にしあい、2秒程思案した彼女たちは方針が固まったのか行動に移る。目的の人物達は階段を背にしていた。その階段は両脇に高い塀が取り付けてあるものであり、彼女たちは素早く左右に散って、くないを両手に持つ。その塀はいわゆるブロックを積んだものであり、つまりブロックとブロックの間には隙間があり、彼女たちはその僅かな隙間に2本のくないに、両のつま先を差し込んで器用に塀を登って行く。2人が上りきるのは丁度であり、そこは双子だからなのか、あるいはそこも踏まえた2人の技術なのかは答えは簡単に出そうにない。
登り切った彼女たちはお互いの存在を視覚により認識すると、頷きあって、一気に階段へと飛び降り、背後から迫り、2人同時に飛ぶ。そのまま相手の首に腕を回し、一気に絞め落とす。奇襲を受けた者達は抵抗らしい抵抗も出来ずにその場に崩れ落ちる。その瞬間まで同時であるのだから、見事として言いようがなかった。
2人が選択したのは「生け捕り」であった。声を上げられる危険性がある為、話を聞く事は出来ない。それでもこの人物達は持ち物からある程度の推測が出来る者たちでもあった。相手が完全に気を失っているのを念入りに確認した後、待機している仲間達へと合図を送るのであった。
「おいおい、こいつはよ~」
ガガーランは厄介そうだと声を上げる。それも当然だろう。双子忍者によって気絶した者達。彼らは鎧を着ていた。それも揃った規格の物である。もしも冒険者なり、野盗であれば、同じ装備であってもバラツキがあって然るべきである。しかし、この2人にはそれが無く、というかその場の全員が見慣れた物でもある。毎年の戦争、そこでよく見る装備。
「帝国の兵達であるか」
ダインの言葉を否定する者はいない。すぐさま双方のリーダーへと視線が集中する。
「おい、ペテル。これってよ」
「鬼リーダー、この状況」
「ええ」
「そうね」
隣国、それも戦争をしている国の正規兵がここに居る意味、それは1つしかない。
「既に帝国がここに目を付けているのね」
「そして、現在、奴さん共も調査中である可能性大ってこった」
ガガーランがラキュースの言葉を引き継ぐ。正直、この手の事であれば、王国よりも帝国の方が遥かに上手である。そして、その目的は何であるか?
「常識的に考えれば、財宝でしょうか?」
「うん、間違っていないと思う」
ニニャの言葉にティアが頷く。何をするにしてもお金はかかる物である。それをこうした遺跡から出てくる財宝で賄うと言うのは特段珍しい話ではない。
「後は、シャルティアちゃんとこと似たような理由かね」
依頼主の事を軽々しく名前で呼ぶルクルットにペテルは冷たい視線を向けるが、彼は意に返さないし、向けた彼にしても直ぐに引っ込む。その点であれば、本人がそうしてくれと願っているのだから。それに苦笑しながらラキュースは答える。
「そうですね。この霧の発生源……そんなものがあるか不明ですが、もしもそんなものがあってそれを帝国が手に入れてしまえば」
それは、被害妄想と何ら変わらないものでもあるが、同時に決してあり得ないとは言い切れない危惧でもあった。2国による戦争が出来るのは霧が晴れるからというのもある。つまり、この霧によって、両国の戦争は仕切られているとも言える。
もしも、その主導権を帝国が握ってしまえば? どうなるかは明白であり、軽く見れるものではない。それでもとイビルアイが続ける。
「流石に想像が飛躍しすぎだろ、と言いたい所だが、こんなものがあるのを私が知らなかった以上、全くないとも言い切れんから怖いな」
「イビルアイがそう言うならよ、実際そうなんだろ。で、これからどうするよ? ラキュース」
戦士の問いかけに、ラキュースは思考する。調査のつもりであったのに、大きな事になってしまったと、同時に令嬢たちを返した自分の判断が正しいものであると。
(ブラッドフォールン様)
令嬢の養父であるその人物が帝国の貴族だという確証はない。仮に違った場合、間違いなくあの男に目を付けられてしまうし、それは彼が帝国の貴族であっても変わらないかもしれない。何にしても言える事があるとすれば。
(ブラッドフォールン様と帝国の動きは別物という事ね)
そう結論づけて、一旦切り替える。今はその点はそんなに重要ではない。帝国が此処で何かをしているのは確かであるし、それを放置して撤退すれば、追々王国が苦しむ材料になるかもしれない。それは、巡り巡って友人を泣かせる事にも繋がるであろう。
(やるしかないわね)
依頼を受けた身としては、完全に失格であろう。令嬢たちの事情よりも自分たちの事情を優先するのであるから。
(ごめんなさい。シャルティア様)
この埋め合わせも何か考えておかないといけない。と彼女は決断する。
「勝手ながら、ここから調査対象を変更。この遺跡ではなく、この遺跡にいるであろう帝国軍が何をしているのか、その調査をこれより始めます。内容によっては、その妨害も視野にいれ、その上で時間は1時間! 異論がある者は?」
誰も何も言わなかった。この場にいる者たちはその辺りの事は周知であるのが。いくら、戦争が自分たちとは関係ない事とはいえ、王国が帝国に吸収されるとなれば、話は別なのである。全員が納得していると、そう確信した彼女は宣言する。
「では、行くとしましょう。少しでも王国の平和が続くことを願って」
「「「応!!」」」
その部屋には異様な空気が立ち込めていた。あちらこちらに散らばっている死体は全て首が撥ねてある。こうでもしないと、アンデッドとなって襲い掛かって来ることをこの場にいる者たちは知っているからだ。散乱しているのはそれだけではない。何か古代語らしきもので書かれた文章を綴った物に、指輪に、ネックレスと装飾品の形をとったマジックアイテムの数々。それに謎の液体が入った瓶などもそうであった。そして、彼らの視線の先にそれらをあさっている者がいる。
その目は輝いており、親から貰った数々の玩具に本をばら撒いてそれで無邪気に遊ぶ子供のようにも見えるが、実際そこにいるのはその場の誰よりも年老いていると誰が見ても分かる老人であった。顔に手に深くしわが刻まれており、その肌色も枯れ木を思わせるように黒色に近い物。それだけ、この人物が生きてきた証とも言えよう。
伸びに伸びた髪に髭の白さ具合も老化がどれくらいのものであるか教えてくれていた。
「何と、何と素晴らしい」
不意に口を開く。その手には魔導書らしきものが握られている。それに返事をする者はいない。これがこの人物なのだと、単なる独り言であると理解しているからだ。
「これだけの知識、道具、それがどうして突然、この平野は常に見てきたはずであるのだが……」
語っている本人してみれば、とても大事な事なのであろうし、事実分かる者が聞けば、それは意味のある考察である。しかし、この場にいる者達――それも距離を置いて見ている者達にはどうしても老人の戯言と変わらないようにも聞こえてしまう。
(ありゃま~すっかり夢中になってますよ)
内心でそうごねたのはその老人とその周囲で彼の補佐をしている数名の弟子たちを見守っていた4人の内の1人である。その全員が黒い鎧を身に付けているが、武装に現在、目の前の者達の警護役としての立ち振る舞いに大きく個性が出ていた。
自分よりもずっと長く生きているであろう人物がはしゃいでいる姿に感想を抱いた男は鎧越しでも平均よりも大きい体格の持ち主であると分かり、立派な顎髭に、まとめた後ろ髪と若者というよりおっさんという表現が似合いそうな人物であり、その肩にはグレートソードを担いでいる。
そんな彼がいるのは、老人たちを囲んで北の方角であり、残りの3人が3方を囲んでいる。
東に立っているのは、北に立った男よりも若い人物であった。短く切り揃えられた金髪に、腰にはグレートソード程ではないにしても剣が納めてある。その顔は苦笑していて、意外な物を見たという顔である。
西に立っているのは、長い髪で顔を半分覆った女性であった。その手に握られているのは槍であり、それが彼女の得物であるのだろう。その目は笑っておらず、どちらかと言えば、鬱陶しいと言った感じであり、速くこの場を離れたいとも考えているようにも見える。
南に立っているのは、最初の男よりもやや大きい体格を持つ人物であり、両手に盾が装備されている。その目は閉じられており、直利不動といった様子で周囲の状況を全く意にも返さないといった様子である。
そんな彼らはまだ知らない。見張りであった兵がやられた事に、この場に向かっている者たちがいる事を。
同じころ、その建物を見下ろす人物がいた。血を思わせるような真っ赤な鎧を身に纏い、奇妙な仮面を身に付けたその人物は口元に手をあてて笑ってみせ、そして誰に言うでもなく口を開く。その声は人とは思えない程、濁った声音であった。
「シャルティア・ブラッドフォールンは馬車の中でお昼寝中。では、行くとしましょうか」
その冒険の終わりは近づきつつある。