オーバーロード~遥かなる頂を目指して~   作:作倉延世

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第11話 帝国の騎士達①

 

 遺跡自体から、そこにいるであろう者達へとその調査対象が変わった彼女たちの行動は早かった。先行するのは、始めに兵たちを襲ったように忍者である2人、それに続いてラキュース、ガガーラン、ペテルといったある程度ぶつかり合いが出来る面々、その後を残りの者達がついてくる形である。

 

 一行は階段を上がる。これがまた長い、頂上であり、目的地である神祠はおろか、第1層部分にもまだ付きそうにない。道中、帝国の兵たちと出くわすが、先を行く彼女たちのおかげで殆んど戦闘になることはなかった。その技量もあるけど、相手が2人1組で動いているのも大きい。

 こういった時、余りないかもしれないけど、見回り等を2人以上の人数でやるのは常識的と言える。それは、王国、帝国共通の認識と言えよう。それだって教訓となった昔話があり、ラキュースも聞いていたものであった。

 (でもね、いくら何でも)

 事態は一刻を争うというのに、思わず笑ってしまいそうになる。それだけ酷い話なのだ。作り話ではないか? と疑いたくなる位に。

 こんな話であった。いつになるかはもう誰も知らない。ある領地を運営する貴族様がおりまして、その領地では作物を育てており、それを荒らす者がいました。それは草食性、あるいは雑食性の獣なのでした。毎晩、毎晩荒らされる事に嫌気がさした貴族様は見張りを雇う事にしました。

 その作物を育てる畑は貴族様の屋敷の裏側にあり、北を除いた3方が森であったり、藪だったりするのです。そこで貴族様は見張りを3人雇うとそれぞれの位置につかせるのでした。

 それを見た獣はとても賢かったのです。森の中に落とし穴を作ると、彼らを1人ずつ誘き出してその穴に落としてしまい、土で埋めてしまいました。それも1人ずつ、他の者たちはどうしていたかというと、自分の持ち場を離れる事は勿論、他を気にかける事もしなかったのです。その為に、3人とも落とし穴に嵌ってしまい、結局この日も作物を荒らされてしまうのでした。という話だ。これが笑い話で済んでいるのは、そこまでやられて死者が出なかったという事も多い。そこまで深い穴でもなく浴びた土も柔らかいものであったらしい。

 結局の所、貴族様にその雇われた者達の落ち度は1人でそれぞれ受け持っていたの一点に尽きる。これが2人であれば、1人が獣を追いかけて、もう1人は他に伝える事も出来たのではないか? という所から、見張り、見回りは2人以上の人数で行うという常識が生まれた訳である。というのが、一連の話である。

 (ぷぷぷ、駄目、いつ思い出しても酷いわ)

 だって、そうだろう? その貴族にしても見張りだった者達にしても余りにも間抜けではないか? むしろ、その理由を作る為に無理やりそういう話を作ったという話の方が納得がいくものだ。

 

 彼女はそう考えているが、その話はこの世界で実際にあった話であるのは確かであるし、つまりそういった醜態を晒した者達は過去にいるのだ。人とは賢い生き物ではない。失敗を積み重ねて先へと進む生き物である。

 

 彼女たちの働きもあり、もうすぐ第1層に辿り着く辺りで、口を開いたのはニニャであった。

 「それにしても、何だか死体が多いですね……」

 「そうだな、それもこれって帝国じゃねえよな」

 言葉を返すのはルクルットであり、彼の言う通りであった。階段に転がっている無数の死体。それも全て頭を落としてある。それ自体は間違いない対応である。それ自体は不道徳ととらわれるかもしれないが、この世界、もっと言えばこの霧の中で傷が少ない死体なんてあれば、それは一直線にアンデッド化であるから。

 その死体の群れは2つに大別出来た。1つは法衣服を纏っており、つまりはとラキュースは口を開き、ガガーランが相槌を打つ。

 「法国もここに目をつけていたのね」

 「らしいな、そんでこのもう一方の仏さん達と激しく争ったって所か?」

 「そうなりそうですね。それに彼らは」

 そう言うペテルの声は重々しいものであった。法国とやりあったであろうもう片方の集団、彼らは服装がバラバラであり、統一感がなかった。しかし、それでも判断がつくものもあった。うつ伏せに倒れた死体、その背中にある刺繍、それが見えてしまったから。

 「ヘッドギア、またなのね」

 あの連中もここに何かあったらしい。彼らがどうして争ったのかは分からないし、知りようもないし、それを調べる時間もない。今は進むだけである。

 そんな彼女たちの進行を止めたのは、前方から響いた音、肉を金属で叩いたものであった。

 「総員、構えて!」

 ラキュースの言葉に戦闘態勢をとった一行の前に先を行っていたはずの2人が降ってくる。先程のものは2人が何者かに押し出された音であったのだ。

 「2人とも大丈夫?」

 「問題ない」

 「同じく」

 そこは慣れた様子で着地してみせた2人は揃って険しい顔をしてみせる。

 「少し厄介」

 「うん、硬い」

 その言葉を肯定するように一行の前、霧の為におぼろげな先から新たな人物が階段を降りて来る。それは、両手に盾を装備という普通の兵士であれば考えられないような者であった。盾とは身を守るものであり、剣を持たなければ攻撃は出来ないし、防戦一方の戦闘になってしまう。けれど、彼女は知っている。それでも戦いを出来る騎士の名を帝国でも、有数の強者という者を。

 「‘不動’……少し厄介ね」

 それは、その騎士が持つ異名であった。バハルス帝国4騎士の1人であるナザミ・エネック。彼は防御に重きを置いた騎士であり、そういった意味合いであれば帝国最硬の騎士とも呼ばれている人物だ。防御戦特化と聞けば、容易い相手だと素人だったり、なまじ腕に自信がある者であれば、思ってしまうかもしれない。

 だが、そんな簡単な相手ではないとラキュースは断言出来る。あの騎士はその異名も示す通り、持久戦となれば何処までも耐えるであろう。そして、こちらが疲労した所をあの巨大な盾で殴りかかって来るであろう。それよりもと彼女は考える。

 (彼がここに居るって事は)

 他の4騎士もここに来ている可能性は大きい訳であり、そして彼らが動く程となれば…‥それは、放置出来るものではない。彼女は背中の魔剣を抜き、それを相手に向けながら口を開く。

 「帝国4騎士が1人、ナザミ・エネック殿とお見受けする。ここで一体何をされている?」

 それは、仕事時の彼女の口調であり、仲間である者達は特に驚きはしないが、「漆黒の剣」の彼らは少し驚いてみせ、ルクルットが声を上げる。

 「うひょー、ラキュースちゃんって、あんな声も出せるんだな」

 「ルクルット?」

 「分かっているって」

 リーダーからの視線で直ぐに彼も弓を構える。相手の返答次第であれば、ここで戦端が開かれるのであるから。人数にして9人、その戦意むき出しの視線を受けてなお、その騎士は何も喋ることもそれ以上動く事もなかった。

 「今一度問おう。あなた方帝国は此処で何をされている?」

 「………………」

 (だんまりかよ)

 (それも、仕方ないだろな)

 彼女の後ろでは戦士と魔法詠唱者が小声でやり取りをしていた。かの「最硬の騎士」はその性格に口もまた帝国最硬と名高いのであるから。

 「おい、ラキュース、ここは俺が受け持つぜ」

 「ガガーラン……」

 そう名乗り出た彼女の判断は正しいと言えるものであろう。相手はとにかく硬い相手であるのだ。ならばこちらもそれなりの膂力を持つ人材が当たるべきである。

 「……そうね、お願い出来るかしら?」

 「ああ!」

 言うなり、一気に彼女は階段を駆け上がる。そのまま手に持った戦鎚を構え、一気に横殴りの形で振りぬく。それに対して不動の騎士は唯無言でそれを右手側に持った盾で受け止める。今、この場における最強の矛と最硬の盾がぶつかり合い、凄まじく音を鳴り響かせる。それによって、この遺跡に来ているであろう帝国に知れ渡る事であろうが、もう気にする段階でもない。一刻も早く、この場を抜けて上層へと向かうべきであるが。

 「おい、どうすんだよ! 野郎、全然動かないぜ」

 野伏の言う通りであった。彼女の一撃を受けたと言うのに、全く何の動作も、後ずさる事は勿論、のけ反ることさえしないのだ。

 「へ! 帝国最硬ならそれ位なきゃあなああ!!」

 ガガーランは嬉しそうに再び武器を構え、連続で打ち込む。振りぬいた右から始まる打ち上げ、そしてそのまま下へと打ち落とし、最後に武器の頭で行う刺突ならぬ打突の3連撃、並の相手であれば一撃目ですら耐える事は出来ずに吹き飛ばされるものだ。

 (私なら、そうですね)

 その余りの光景に自分であれば、どうするかと場違いにもペテルは考えてしまう。何とか2撃目までは対応できるはずであるが、あの打突は受け切れまいと結論を出す。

 しかし、相手は並ではない。彼女渾身の連撃を受けても動くことはなく、その顔は初めて対峙した時同様静かに自分たちを見下ろしているのであった。

 「良いぜ! とことん付き合ってもらうぜ」

 そうして始まる壮絶な攻防。本来であれば、互いの攻撃を防御なり、躱すなり受けるものであるが、目の前で繰り広げられているのは、一方的に殴る戦士に、それをひたすらに受け続ける騎士の構図であった。

 「やはり時間がかかりそうだな」

 冷静にそう分析してみせるのはイビルアイ。彼女の言う通りだとラキュースも感じた。ならば、ここは彼女に任せて先に行くべきであるが、うんざりした様にボルブが口を開く。

 「どうんすんだよ。どうやってあそこを通り抜けるって?」

 彼の言う事も最もであった。そもそも、この階段自体幅が広いものではなく、平均的な体格の人間が4人、横に並べる程の間隔であった。そして、不動の騎士はその中央を、2人分の間隔を陣取るように仁王立ちをしているのだ。よって、左右に空いた1人分の隙間を抜ける必要がある、けれど。

 「いけると思うか?」

 「無理」

 「私たちみんなひき肉になる」

 野伏の問いかけに双子忍者が答える。そう、現在ガガーランが激しく戦鎚を振っており、言うなれば大質量が吹き荒れる嵐の様な状態であるのだ。それを掻い潜る必要がある訳である。

 ならば、彼女に攻撃を辞めさせて普通に抜ければいいのではないか? と、ここで提案する者がいれば、間違いなく軽蔑の眼差しをその場の全員から受ける事になったであろう。それを相手は許さないであろうし、かと言って、こちらが総攻撃を加えても倒しきるのには時間が掛かるであろうし、何より時間と体力を食ってしまう。それが分かっているからこそ、4騎士から初めに来たのが彼であるのだ。自分が倒れる事も視野に入れて。

 「大丈夫よ、策はあるから」

 そう、彼女たちはこれまでも沢山の困難を乗り越えてきたのである。こんな事態はまだ優しい方だと彼女は再び仲間に声を掛ける一時の別れであると。

 「ガガーラン、後はお願い! 先に行くわ!」

 「ああ!」

 そこで、男の顔に初めて変化が現れた。この状況でどうやって先に進むつもりであると? 彼女たちだってこの遺跡の構造、各階層を行く為にはこの階段を使わなくてはならないことは理解しているはずである。他の通り道など何もないのであるから。

 (飛行(フライ)

 騎士の脳裏に浮かぶ1つの単語、それは現在、仮面にローブ姿。間違いないだろう、「蒼の薔薇」どころか王国でも有数の魔法詠唱者、イビルアイであろう。その彼女に引っ張って行ってもらうつもりか? だとしたらそんな隙は自分が与えない。

 そう考える騎士と客観的にみれば、そんな彼を一方的に殴り続ける彼女の後ろでラキュースは自身の装備を発動させる。魔剣とは違った所に纏めてあったそれらが動き出す。

 「あれは……」

 見とれたのはニニャであった。黄金の剣、それも持ち手の部分となる所も刃となっている普通の武器、少なくとも手に持つ物ではないであろうそれが合計6本、彼女を中心に浮遊しているのだ。

 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)

 それはラキュースが持つ武装の1つだ。本来であれば、離れた相手を攻撃する為の武器であるが、今回に限っては別の運用が目的だ。彼女は手をかざして言う。

 「射出」

 彼女の意思に従うように、6本の剣は戦闘中の彼女たちの所へと飛行して、そしてある形を作る。

 「!!!」

 「お、ようやく顔を変えてくれたようだな」

 その光景に騎士の仏頂面が崩れた。剣たちはまるで、2人を飛び越える為に、新たな階段となったのであるから。

 「さあ、行くわよ」

 言うなり、ラキュースは駆けだしそれに忍者たちも続く。

 「成程、そう言う事ですか」

 「芸達者であるな」

 「んじゃ、行きますか」

 「すごい」

 それぞれに感想を漏らして彼らもそれに続く。駆けだした彼女たちは剣製の即興階段を駆け上がり、戦闘中のガガーラン達を飛び越え、そして彼女たちよりも上段のほうへと飛び降りる。足が再び遺跡の階段へと設置した際に足裏から全身へとその衝撃が伝わり、一瞬動けなくなりそうになるニニャであったが、何とか堪えて一行へと続く。全員が渡り終えたのを確認した後、ラキュースは武器を回収するのであった。

 その様を宙に浮きながら、イビルアイも確認して、先へ進む。

 「けどなあ」

 彼女はどこか呆れたように言葉を漏らした。

 「ティア達がやったみたいに両端の塀に登るでも良かったんじゃないか? まあ済んだ事だが」

 そのまま彼女も先へと進むのであった。その下で彼女たちの攻防は続いている。

 

 

 何とか第1層の頂上部へと続く部分まで一行は登ってきた。そこで道は3方向に分かれている。正面の階段を進めば更に上層、左右の道に進めば第1層へと進めるのだろう。余裕があれば、そういった道草もとりたいものであったが、それどころではない。先へと進もうとした彼女たちであったが、空から無数の矢が降り注ぎ、上層へと続く階段へと殺到した。階段を打ち抜く事は出来ない為に、硬質的な音を鳴らし、それが警鐘であると察した彼女達の耳に新たな声が響く。

 「申し訳ありませんが、引き返してはもらえないでしょうか?」

 その声につられるように空を見まわたしてみれば、いつの間にか包囲をされていた。その数ざっと30、弓を構えている兵士が乗っているのは、鷲馬(ヒポグリフ)。鷲と馬を組み合わせたような姿をとっており、翼に頭、前足といった体の前半分は鷲の物で、臀部にそこから生える尻尾、それと後ろ足等は馬の物であるというモンスターだ。そして、自分たちに言葉を投げかけたのは、その中の1人、他の者たちと装備は異なり最初に会った騎士と似たような鎧を身に付けた年若い人物であった。

 「‘激風’。彼もいるのね」

 「こうなったら、もう‘雷光’に‘重爆’もいると見て間違いないだろう」

 ラキュースのため息交じりの言葉にそうイビルアイは続ける。自分たちにそう告げて来たのもまた帝国4騎士であるのだから。

 「ニンブル・アーク・ディル・アノック殿とお見受けします」

 「そういう貴方はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ様ですか」

 互いに顔見知りという訳ではなかったが、それでも共通点が認識を深めていたのは言うまでもない。すなわち互いに貴族の出であるという事。最も、方や傭兵まがいの冒険者、方や国の為尽くしている騎士となるとその立場も全然違ってきて、とても同列に語る事は出来ない。少なくとも家の為になっているのは向こうのほうだろうとラキュースは思う。家族間の仲の良さであれば、負けるつもりはないけど。意を決した彼女は先ほど同様に尋ねる。

 「帝国は、此処で何をされている?」 

 「すみませんが、それにお答えする事は出来ません」

 冷たく言い放つ騎士。確かに国を挙げてやっている事であれば、それを簡単に部外者に言う訳にはいかないのだろう。それは理解できる。けれど、こちらだって簡単に引き下がる訳にはいかないのである。

 「ならば、進ませてもらいます。あなた方を放置する事は出来ませんが故」

 「第3王女様からのお使いでしょうか?」

 反対に騎士から聞かれた事に彼女は頭を振る。そこだけは否定しなくてはならない。

 「王女殿下は関係ありません。これは我々の独断による行動であります」

 「その言葉を素直に信じる訳にはいきませんが、成程、やはり英雄という人外の領域に踏み込みし者ですか……その鋭い嗅覚で、こちらの事情も察して頂きたいものですが」

 「そういう事はやはり何か知られたら不味い事をやっている。と見てよろしいか?」

 「そんな大した事でもないと言った所であなたは信じてくれますか?」 

 「信じないだろう」

 「そうでしょう」

 問答は続く、この時点で事が穏便に済むと思っている者は皆無であった。双方、引くつもりはなく階段上にいる冒険者達は武器を構えており、上空にいる帝国兵達にしてもいつでも戦闘が出来る態勢を整えていた。

 (おい、少し良いか?)

 (なんだよ、こんな時に)

 声を掛けたのは兵士の1人であり、同僚に声を掛けたようで、全く同じ装備に兜で顔は隠れている為に互いの表情は読み取れず、文字通り言葉のみのやり取りになってしまう。

 (いや、大した事じゃないんだけどよ、今日って就業3日目だよな)

 (? そうだが、それがどうした?)

 (だったら、早く終わってくれないかなと思っちまうわけよ)

 (ああ、そう言う事か、下んねえな)

 直ぐに彼の言わんとしている事に思い当たり鼻を鳴らす。帝国の正規兵の決まりとして変わったものがあったからだ。本来であれば、一日8時間前後、それも早朝から始まって夕方に終了するシフト、昼過ぎに始まり深夜前に終了するシフト、それと夕方から始まり早朝まで続く夜勤シフト等があるが、それだって全てではない騎士というものは国の為に尽くす仕事であり、何かあれば直ぐにでも動かないといけない為、定刻通りの仕事になることが珍しい程であるのだ。よって、帰ることも出来ずに職場である城であったり、こういった屋外で野宿したりする事が多いのだ。よって、1週間も帰れずじまいの騎士達が続出してしまい、流石にかの若き皇帝も不味いと思ったのか、新たな制度が始まったのである。

 鮮血帝と呼ばれるかの皇帝だって、血の通った人間であるという話であれば、多少は感動話になったであろうが、残念ながら単に、彼ら兵士を効率的に運用するという理由で導入された制度であるのだけど。

 それは、連続就業72時間を超えた場合、無条件でそこから先の24時間は休暇になるといったものである。それに照らし合わせてみれば、彼らもまたこの日で3日連続の勤務であり、その間家に帰っていないのである。

 確かにその通りであると声を掛けられた兵も思う。ここ最近は忙しい事だらけである。それでも頑張ってやれているのは、帝国が良い方向へと進んでいるからだと確信があるから。

 その兵たちは2人とも平民であり、かの皇帝がなした改革以前であれば、こうした役職に就くのだって困難であったはずである。皇帝が処刑した貴族の言い分に倣うのであれば、「平民如きが自分たちの頭の上を飛ぶのは間違っている」そんな阿呆な言い分が以前は通っていたのである。それも現在では改善されている。確かに時間を縛られるのは厳しいものであるけど、それに見合った給金を貰えているのだ。

 (早く帰ってやりたいよ)

 (そうだったな、お前の所は新婚? だったけっか)

 (そうなんだよ。あいつも分かっているからさ、終わったらすぐに戻ってやんねいとな~)

 嬉しそうにそう語る同僚に、聞いている方の兵は辟易として来るのを感じていた。人というものは不思議なもので、話ていて気持ちが良いのは自分の幸福であったり、あるいは自慢話だ。では、逆に聞いていてつまらない話は何かと言うと、やはり人の幸福話だとか自慢だったりするのである。よって、いい加減惚気を聞いているのが苦痛になってきた男は少し意地悪をしてみたくなった。

 (ああ、分かった。その嫁さんとあそこで構えている女戦士、どっちが美人よ?)

 男の目から見る限り、現在自分たちの指揮官となっている騎士と話をしている相手方の女性は間違いなく美人の部類、それも中々お目にかかれない程であるのは確かであり、もしもこいつが向こうの方が美人と言えば、迷いなくその嫁さんに話してやろうと思っての事であったが、その返答は期待を裏切るものであった。

 (勿論、俺の嫁だね、それは間違いねえ)

 (はっきり言うねえ面白くもねえ、よく見てみろよ、あんな別嬪、他にねえだろ。それでも言えるのかよ?)

 (ああ、断言できるね。何だったら詳しい理由も話してやれるぜ)

 (ほう、聞かせてもらおうかい)

 (良いか~、女ってのはな~)

 男は力説する。女性の美しさとは何も外見だけではないと、今や若妻となったその女性であるが、本当に男の為に尽くしてくれているという。

 (信じられるか? 帰りが遅くなったっていうのに。あいつは起きてたんだよ!)

 それは、彼らが結婚する前の同棲時代、と言っても先月の事であるけど、その日もまた居住区にモンスターが侵入したとの事でその討伐に後始末で遅くなってしまい、帰り着いたのは深夜間近だったという。

 (わざわざ、作り置きの料理を温め直してくれてよ~)

 寝ていても全然問題なかったのにと、彼女だって昼間は仕事(飲食店での給仕)をしているはずなのに、どうしてそこまでするのかと聞いてしまったという。

 (そしたらよ~珍しく怒ってさ、言うんだぜ)

 1人で食事を摂っても仕方ないと、あなたととるから美味しいのだと彼に言ったらしく、その時の事を懐かしむように語る男の話は続く。

 他にも家事は彼女の担当というか、断固として男にやらせないというのだ。曰く「家事は女の務めだから」と、聞かされている男からしてみれば、彼は別に手先が不器用という訳でもない。それでも、彼女は家事を全てやっているという。

 (俺は俺でお勤めに励めってさ。本当にいい奴だよ)

 (そうだな)

 そう、相槌を打ちながらも男は思っていた。おめえも十分良い奴だよと、世の中には女は男の言う事を聞いて当たり前という価値観の奴も少なからずいる訳であり、その点を考慮して見てみるとその兜の中はだらしない表情を浮かべているであろうこいつも立派なのであり、だからこそ、そこまで尽くしてくれるいい女に出会えたとも言えるかもしれない。

 (ああ、面白くねえ、んじゃ、とっとと終わることを祈って用意するとしますかね)

 既に話は終わっており、2人とも弓を構えていた。現在調査中であるこの遺跡に近づく者達がいた時点でこうする事は決定事項であったのだ。向こうにはどうやら隠密行動に長けた者がおり、その者達の働きによってこちら側が察知するのが遅れた。しかし、それでもこちらが上手だったと言える。初めに気付いたのは4騎士の1人であるエネックだ。

 (何ていうのかね~あれも、戦士の勘と言えるのかね)

 かの有名な不動の騎士は唯一言「襲撃者だ」とだけ言ったという。そして、そのまま出て行ってしまったのだ。その言葉で他の4騎士達も迎撃態勢に入ることになり、自分たちもまたこうしてアノックの下についているのである。

 そして現在、彼が向こうの代表と話をしているが、何も停戦交渉ではない。1つの時間稼ぎであるのだ。この間に自分たちは先ほど同様弓をつがえ、そして、彼女たちを狙い撃ちする算段であった。

 それだって、決まった仕掛け時というものがあり、丁度彼の話が終わった頃合いで合図があったのだ。後は不自然にならないように心掛けて弓をつがえる。それからそれを向こう側に見られないようにする必要がある為、可能な限り上体を後ろに傾けて、騎乗している鷲馬の影に隠れるようにする。次の合図と共に、再び体を出して矢を放つ。簡単な仕事である。

 (悪いけどな)

 狙うのは彼女たちの頭部、それで命中すれば間違いなく即死だろう。足などを撃つというのは、余りにも愚策である。この世界にはポーションと呼ばれるひとたび浴びればどんな傷だろうと立ちどころに治ってしまう存在、それ自体は高額であるが、相手はアダマンタイト級冒険者チームである為、その辺りの準備だってしてあるだろう。よって、中途半端な攻撃は意味がない。一撃で仕留めるつもりでかからないといけない。この仕事が無事に終われば、自分はどうしたものかと考えて、そこで思考が途切れた。

 (……???)

 一瞬全身を走ったのは痺れるような痛みであったが、そこまでだ。後は暗い視界が続くだけで、何の感触も得られたなかった。受けている風から自分が落下しているのだと辛うじて判断できた。

 最後の光景、それはさっき話をした男や他にも何人かが崩れ落ちる様であった。

 そう、彼らは先制攻撃を受けたのである。それも強力な魔法によって、30人いた騎兵の内、5人が墜落したのである。

 

 「無駄だラキュース、話にならん、ここは私が受け持つ。先に行け」

 イビルアイが放ったのは、第5位階魔法龍雷(ドラゴン・ライトニング)であり、放たれた雷は瞬く間に帝国兵達の命を奪ったのであり、帝国の者達がその事に気付くのに4秒程を必要とした。

 「イビルアイ……あなた、分かったわ。お願いね」

 「ああ」

 彼女の意思を汲み取り、ラキュース達は階段を駆け上がる。それをさせまいと一騎の鷲馬(ヒポグリフ)ライダーが動くが、その体に水晶製らしき槍が突き刺さる。第4位階魔法水晶騎士槍(クリスタルランス)

 「おい、私が相手をしてやろうと言うのに随分な態度だな」

 手をかざしてそう言う彼女の声は冷たいもので、それだけでニンブルを始めとして他の騎兵たちも気を引き締め直すこととなった。まさか、初発で6分の1を削られるとは思ってもいなかったのである。

 「総員、戦闘態勢」

 「遅いぞ」

 呆れたように彼女は次の魔法を発動させる。彼女の前に水晶製の短剣が5つ程出現して、それが打ち出される。彼女の魔法水晶の短剣(クリスタルダガー)である。その射線上にいた2頭の鷲馬、それも急所であろう眼球に命中して、その痛みに騎獣は悶え苦しみ、騎兵達は空へと投げ出された。

 「うわあああああ!」

 「落ちるうううう!」

 絶叫しながら落下する者達を他の兵たちが何とか救出した。それでも、彼女には十分な時間であったらしい。

 「悪いが、手加減はなしだ」

 その言葉と共に彼女は新たな魔法を発動させる。

 仲間を救助した2騎の鷲馬(ヒポグリフ)にその騎兵達を襲ったのは大量の砂。それらがまるで砂浜を打ち立てる波のように騎兵達を呑み込んで行く。

 「おい、何だよこれ!」

 「な、何も見えねえ、このままだとよぉ!」

 騒いでいた彼らであるが、それも直ぐに静かになる。それもその魔法の効果であった。

 第5位階魔法砂の領域・全域(サンドフィールド・オール)

 対象に砂をまとわりつかせて行動を阻害すると同時に盲目化、沈黙化、意識を散らせる等の副次効果も併せ持つ凶悪な範囲魔法にして、彼女のオリジナル魔法でもある。

 自身が行った魔法によって、4人者の人間が落下したことなど歯牙にもかけないで、彼女は前方を見据える。

 「さあ、次はどうするんだ?」

 事此処に至って、ニンブルもようやく理解できた。自分たちは狩る側ではない、狩られる側であると、それを目前の仮面を被った人物が知っているかどうかは分からない。いや、きっとそうであると認識さえしていないだろう。彼女にしてみれば、いつも通りの光景であろうから。

 (何とか持ちこたえたなくては)

 今回の事、自分は魔法に詳しくない為――と、そう言ってもそれは彼の主観であり、4騎士では魔法に対する知識量であれば、ある事情を抱えた彼女に次いであるのだけど――どういった事であるかは不明瞭、しかし、あの帝国主席宮廷魔術師であるあの人物があれだけ喜んでいるのだ。きっと何か、具体的に何かと言えないがあるのであろう。それと、皇帝陛下のその知恵と組み合わさればきっと帝国はもっと良い方向へと向かうはずである。その為であれば、例え、その為に王国が苦しむ事になろうと、自分は目を瞑らなくてはならない。

 誰しも守るべきものがあるのだ。自分であればと愛すべき兄弟たちの姿が浮かぶ。この立場につけるよう尽力してくれた兄に面倒見が良い姉、やや強気な所がある妹。そんな彼らの平穏な生活を護る為にもこれから自分は尽力しなくてはならない。

 (そうです。王国は何かと問題が多いですから)

 現在、帝国は毎年王国に対して戦争を仕掛けているが、それだって理由はきちんとある。国力を落とすのもそうであるが、最近になって問題が起きてきたのである。

 ライラの粉末と呼ばれる麻薬もまたその問題の1つである。この薬、副作用はないと触れ込みがあるがとんでもないその使用者がどうなったのかは自分も良く知っている。もしも、何も知らずに兄弟達がそれを口にしたらと思うと恐ろしくなる。だからこそ、それを許す訳にはいかないし、その供給源となっている王国を許す訳にはいかないのだ。

 (人を駄目にする薬を流行らして、国を潰すつもりなのでしょうか? 王国は)

 他にも理由があるとすれば、歴史にある。元々、王国と帝国は1つの国であったという。ならばと彼は考える。再び、2つの国を併合して我らが皇帝陛下がその統治をすれば、もっと世の中は良い方向に進むはずであると。身勝手な考えである事は百も承知だ。その戦争の為に、両国に多くの犠牲者をだしているし、何よりその副次効果いや、それこそ陛下の狙いである。生産量の低下で向こうの国の民は飢えているという話も聞く。

 (ですけど)

 それだって、いつかは幸福に変わるはずであると彼は自己催眠をかけるように脳内で言葉を紡ぎ続ける。

 (その為にも、いつか迎えるであろう全ての人々の幸せの為にも、この遺跡にあるであろう知識は帝国が手に入れる必要があるのです) 

 「総員、雁行の陣!」

 「「「了解!」」」

 「次は何を見せてくれるんだ?」

 今ここに騎兵達による決死の抵抗戦が幕を開ける。

 

 

 ラキュース達は第2層へと向けて階段を上り続けていた。

 「ガガーラン様に、イビルアイ様は大丈夫でしょうか?」

 心配そうに声を上げるのはニニャであった。確かに傍目に見れば、無謀ともとれる行動であったろう。だけどそうではないという確信が自分たちにはある。

 「大丈夫よ」

 「うん」

 「2人とも化け物、むしろ相手がご愁傷様といった所」

 「……そうなんですか」

 自分たちの返答に彼女は少し引き気味であるが、とりあえずは安心してもらえたようであるとラキュースは判断した。

 「来たぞ! 王国の冒険者共だ!」

 前方から声が響き、階段をせわしなく降りているであろう足音の数々が耳に届いて来る。

 「人数はどれ位?」

 「恐らく10人程」

 帝国最高戦力の4騎士を2人も見ているのだ。それ位の戦力はあっても何ら不思議ではない。それ所か情報さえ渡ってしまっているようであった。

 (本当に、シャルティア様達を戻して正解だったわね)

 彼女たちが自分の依頼主であると彼らに知られてしまう事だけは避けなくてはならない。帝国、それも血も涙もないであろう「鮮血帝」に目を付けられてしまうのは問題しか生まない。もしも、彼女を思うのであればここは何もせずに引き返すのが正しい判断であるのだろう。しかし、それは出来ない。

 「これより戦闘に入るわ! 何とか5分で片づけるわよ」

 「問題ない」

 「楽勝」

 くないを片手に頼もしい顔をみせる双子に、彼らもそれぞれに武器を構えながら続く。

 「いい機会です。実戦込みの訓練と行きましょうか」

 「こっちはさっきまでデス・ナイトとやりあっていたんだぜ! 帝国の兵なんざ目じゃねえ!」

 「それは……胸を張ることではないでしょう」

 「で、あるな」

 そう、ここで彼らが何をしようと、あるいは何を探しているかは分からない。けれど、それを放置する事は出来ないのだ。それによって、王国が帝国に遅れを取ることは分かっている為に。

 「今更ですけど、ごめんなさい。ニニャさん、モークさん達も」

 走っている為に、言葉だけになってしまうが、突然の謝罪に「漆黒の剣」の面々は不思議そうな顔をする。彼女は何を謝っているのか? と。そんな彼らに彼女は続ける。

 「今回の件は、完全に私共の…………もっと言えば、私の私情になります。ですので」

 隣国の軍隊とぶつかるとなれば、それはもう国家間の問題であり、冒険者が介入する事は本来許される事ではない。自分たちは王女でもある彼女の仲介等である程度は大目に見てもらえるかもしれない。しかし、彼らは事情が違うのである。今回の事で、彼らがお咎めを受け、そのプレートを没収、冒険者を辞めさせられるなんて事になった時にはそれを取りやめてもらうよう何とかしなくてはならない。

 それを抜きにしたって、今回の件で間違いなく彼らは帝国に目をつけられてしまう。それはもうどうしようもないだろうと申し訳なく思っている彼女の耳に笑った声が届く。

 「謝る事ありませんよラキュースさん、わたしにだって私情はありますから」

 「ニニャさん……」

 ラキュースを気遣うように彼女は続ける。確かに王国の貴族達、その多くはどうしようもない屑共でもある。しかし、何もそんな者たちばかりではない。

 「確かに、帝国が王国を併合すれば、それはそれで良い方向に進むでしょうね」

 帝国にて行われた政策、その話は彼女の耳にだって入っている。それらを行った鮮血帝、貴族達にしてみれば敵であるけど、国民からの支持は高いという。その事が、彼女にある可能性を幻として見せる。

 鮮血帝が王国を納めれば、もう、自分と似たような思いをする者達もいなくなるのではないか? それにかの皇帝陛下は能力さえあればどのような出の者でも取り立ててくれるという。自分には強力なタレントがあり、魔法適正も高い方である。自惚れ抜きで。

 ならば、かの皇帝、それも有名な宮廷魔術師殿に教えを乞う事が出来れば、自分の目的、姉を見つける道のりももっと容易い物になるかもしれない。

 (でも、違う)

 王国にだって現状を憂いて何とかしようと動いている者達は少なからずいるのだ。今、自分の前を走っている彼女に、その友人である王女殿下もそうである、というのだ。他にも平民出身の戦士長の存在が証明している。国王もまた、この国が抱えた問題を何とかしたいのである、と

 確かに相手方にも事情はあるであろう。だからといって、好き勝手にさせる訳にいかない。それが、彼女の出した結論であった。

 (とんでもない事になっちゃったな)

 内心でそう笑う。これまでのことを振り返ってである。英雄との出会いから始まって、最初は姉探しの旅。その資金を稼ぐ為に受けた令嬢の護衛依頼。そこで、新たな友人を見つけて、未知の遺跡を見つけたと思えば、その友人と共に隣国に喧嘩を売ろうとしているのだ。余りにも急展開過ぎる。まるで、自分が物語の主人公になったとさえ錯覚してしまう。

 「それでも、王国で生きている人達がいるんです。必死に今日を生きている人達もいるんです。だからこそ、彼らに好き勝手させる訳にはいかないんですよね? ラキュースさん」

 「ニニャさん…………」

 「それに、友人が困っていれば、助けるのが道理ですから。かの13英雄だってそうするでしょうし」

 「…………ありがとう」

 彼女の言葉にラキュースはそう返すことしか出来なかった。それでも胸にくるものがあったのは確かである。彼女の過去を鑑みれば、貴族に王族は不信の対象でしかないだろう。そんな彼女が自分の事を友人と言ってくれたのである。それが嬉しく感じる物であり、彼女の姉も絶対に取り返さないとと、彼女に決意を抱かさせる。

 「私どもの方も気にする必要はありませんよ」

 次に口を開いたのはペテルであった。残りの2人もそれに続く。

 「そうそう~こうなったら、乗り掛かった舟って奴だぜ」

 「うむ、そうである」

 彼らにしたって、全然気にする事ではなかった。大体対人の経験が皆無ではなく、それが帝国になるだけとそれだけであるのだ。

 「でも、本当に良いの?」

 不安げに声を上げるのはティアであり、その視線はペテルへと向けられている。その視線を受けて、彼はこんな時だというのに心が軽くなる。命の危機があるのは彼女たちも同様だというのに、その上で自分達を案じてくれているのだ。

 (その、優しさもまた)

 仲間の魔法詠唱者が憧れる英雄の条件であろうと彼なりに考える。今の目的は仲間の姉探し、それに今や王国ではその名を知らない者がいない程にまで登り詰めた英雄へと恩を返す事。それが終わったら、と彼は考える。

 その先はどうなると? そこで、目に映るのは自分へと気遣う彼女の姿。

 (いけませんね、これが煩悩と言うものでしょうか?)

 彼女が自分へとそういった感情を、好意を持ってくれているのは流石に自分でも分かっていた。ラキュースからの問いかけに、仲間達、もっと言えばルクルットの反応だ。あれなら誰だって気付くであろうと。

 好かれて悪い気はしない。けれど、中途半端な気持ちでそれに応えるのはいかがな物かと彼は考えていたのである。それでも、そんな彼女が危険な道を進むというのに、自分は引き返すという選択肢があり得ない事もまた確かであった。

 「良いも何も、ティアさん達だけにそんな危ない橋を渡らせるなんて出来ませんよ」

 笑いかけてそう言う彼の言葉を受けて、彼女は少し頬を赤らめて返す。

 「ありがとう。心配してくれて」

 その様子に他の者たちは顔をほころばせるのであった。ラキュースもまた彼らに感謝する。この先で何が待ち受けているか分からない以上、少しでも戦力が多いにこしたことはないのである。

 「皆さん、本当にありがとうございます。このお礼はいつか必ず」

 「なら、ラキュースちゃんとデートかな」

 その言葉に反射的に彼女は口を開いていた。

 「あ、それは無しの方向で」

 「速攻拒否された!?」

 これから戦うというに何処までもいつも通りの彼を置いて、森司祭が口を開く。

 「それならば、御馳走を所望するである」

 「ダイン……でもそうですね。それが良いかもしれないですね」

 固まりかけた彼らの望む報酬にラキュースは首を傾げる。

 「そんなものでよろしいのでしょうか?」

 「ええ、それが良いんです」

 それは、貴族では少し理解が難しい感覚。彼らが望むのは美味しいご飯を食べて、仲間と騒ぐ時と場なのである。

 「分かりました。ここを切り抜けたら必ず。ですから」

 「はい、必ず生きて帰りましょう」

 それは、1つの誓いでもあった。これから向かうであろう死地、その先でまた会おうという物。これは、先に令嬢に対して行ったものとはまた違ったものであるけど、自らが自らに送る激励のような物でもある。

 そんな覚悟を持って、彼女たちは帝国兵たちとぶつかるのであった。

 

 

 同時刻。

 この遺跡は広いのであり、第2層にも多数の帝国兵たちが居た。彼らもまた襲撃者の存在の連絡を受けて、正面階段に向かう途中であった。

 (たく、誰だよ。こんな忙しい時に来てくれたのはよ~)

 そう愚痴を吐く、彼がいるのは本来、この遺跡を調査する為に来ていた帝国有数の歴史学者達を警護する役割を与えられている20人からなる部隊であった。男が愚痴を吐くのもほぼ私情であった。というのも彼はこういった歴史的物件に触れるのが他人に知られていない密かな趣味であり、今回の調査にしてもその警護対象の学者は一度話をしてみたかった相手であるのだ。だからこそ、その調査が途中で中止になってしまい、その原因となったであろう、者達の事は許せないのである。

 そんな彼を含む一団が進む先、そこでその部隊のまとめ役である兵が止まるよう腕を上げる。

 「隊長?」

 不思議に思った部下の1人がそう尋ねる。それを受けて、隊長は前方を指し示す。

 (((???)))

 その先を見つめる一同。その先には、1人の人物が立っていた。見た感じであれば、血の様な色合いを持つ鎧を身に付けていて、その手には剣が握られている。そして、注目すべきはその者の周囲であろう。自分たちと同じ鎧を付けた者達が倒れているのであるから。

 (おいおい、正面の階段にいるって話じゃねえのかよ!?)

 「総員、戦闘態勢! 正面にいるあの者を捉えよ」

 文句も言う間も無く下される命令にその場の者達は剣を抜いた。それは、男も同様であった。

 

 自身に向かって、剣を手ににじり寄って来る者達を目にして、その人物は笑いかけるように、パーティー会場でダンスに誘うような口ぶりで言葉を発した。

 「折角ですからと思いまして、さて、あなた方はどうでしょうか?」

 その人物もまた剣を構え、彼らの戦いが始まるのであった。

 

 

 

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