では、どうぞ。
「貴方は、まさか……」
その姿に覚え――話で聞いただけであるけどあったペテルは口を開きかけ、それを肯定するように仮面の戦士は答えた。
「はい、カーミラと申します」
「貴方が!」
その言葉に最も強く反応を示したのはニニャであった。無理もないと、「漆黒の剣」の面々は思う。彼女は城塞都市の冒険者組合、その長から捜索を頼まれていた人物であるが、自分たちも探し求めていた人物に違いはないのであるから。
「あ、あの」
すっかり気が動転している様子の彼女の肩に手を置く形でペテルが落ち着かせる。その事に多少なりともティアは反応する素振りを見せる。
(ペテル……)
(気持ちは分かりますけど)
今はそれ所ではないと彼は伝える。自分たちの勝手な憶測でしかないけれど、彼女と共に行動している者達にも何かしらの目的があり、その過程で自分たちの目指すもの、ニニャの姉の行方に関する情報もあるかもしれないという期待だってある。
(ですけど)
よりによって、帝国との問題、それが起きている時にあるとは本当に運がないと彼は思った。
(彼女も?)
この遺跡に何か目的があって来たのであろうか? 自分達はあの少女の依頼を果たす為にここに来たわけであるが、思いのほかここには何かがあるらしい。帝国に、王国でも有数の剣士を簡単に退けて見せた戦士とこの場に集まっているのであるから。
「申し訳ありません。貴方は一体どういった目的で?」
帝国の者達はその姿に唖然とした様子であり、茫然としているみたいであった為という訳ではないが、彼は突然現れたその人物へと疑問を投げかける。
「あなた方に、それにそこの皆さまと同じですよ」
カーミラはその問いかけに薄く笑っていると誰が聞いてもそう印象を抱く声音で答えてみせる。ようやく、その存在を認める事が出来たらしい騎士はため息をついてみせた。
「おいおい、また別のお客さんかよ。ついてないねえ、どうにも」
その言葉に、後ろで控えていた騎士達も前に出てきて、さらにその奥でかの宮廷魔術師の手伝いをしていたらしき者達も彼女へと視線を向ける。それは、ペテル達にしてもそうであり、現状を気にしていないのはフールーダだけであり、彼にとっては自分の周囲で何が起きていようと何ら気にはならないらしい。それこそ、砲弾に矢が降りしきる戦場であっても、この人物にとっては蟻の縄張り争いと何ら変わらないのであろう。騎士はその事が分かっているようで再びため息をついて見せて、彼女へと話しかける。
「まあ、良い。あんたも此処にある物が目当てか? なら、悪いんだが引き返しちゃくれないかね。此処の事は機密事項なんでな」
先に冒険者達にしたように彼女へも警告を飛ばす。
(本当に何なのかね、今日は)
平民でありながら雷光の異名を持ち、個性的過ぎる4騎士達を束ねる役目に尽き、かの「鮮血帝」からその立場抜きに信頼を寄せられているバジウッド・ペシュメルは1人ごちた。
事の始まりは、現在も皇帝陛下に逆らってい旧時代の生き残りとも言える貴族の1人が何やら平野にて、見つけた事から始まった。件の貴族はそこにある物で、陛下の暗殺なり、懐柔なり、あるいは洗脳等を視野に入れて企んでいたようだが、そんな事をする前に諜報部がその動きを察知したのであり、そしてこの遺跡の存在を知ることとなったのである。
(にしてもな)
本当に旧時代の化石とも呼べる貴族達には馬鹿しかいないのかと彼は既に済んだ事であるというのに呆れた。今の皇帝に変わってから帝国は良い方向に進んでいる。しかし、それは平民や、以前は少数派であった良識的な貴族達に限った話である。
それ以前の時代、自らの利益しか頭になかった貴族達にしてみれば、痛い話なのである。現在、帝国では貴族の在り方も変わっていれば、その意味合いすら変わって来ている。
貴族。
以前であれば、それは「選ばれた血筋」だという事であったらしい。と、言ってもそれがどういう事であるのかは彼だって未だに理解出来ていない。
それが、今では「能力」がその基準となっている。別に、タレント持ちだとかそういう話ではない。仕事が出来るか、出来ないか、単純にそれだけである。それによって、平民ながら貴族と呼ばれる者、貴族であったというのに皇帝に無能と称され、平民になった者と更に複雑な事になっている。
(…………ちっ)
思わず憂鬱な気持ちとなってしまう。確かに帝国は良い方向へと進んでいる。けれど、良い事ばかりでもなかったのである。
(あの方は気にもかけていないが)
そこで、彼は一瞬、後ろを振り返りかけて再び視線を正面へと戻す。僅かな時間、映った老人は未だに床に散乱している物品を調べる事に夢中になっている。そんな彼も関わっているある機関が帝国にはある。
帝国魔法学院。
魔法と名がついているが、別にそれだけを学ぶ為の機関ではない。帝国が誇る教育機関であり、才能さえあればその者に援助さえするし、一定の試験に合格する。フールーダを始めとした帝国要人が保障すれば、奨学金だって出してもらえる制度さえあるのだ。
これは、「才能はあるのにお金が無く、適切な教育を受ける事が出来ない」そんな若者やそうだったばかりに社会的地位が低い者達を救済する為に、前々皇帝が設立した機関でもある。
思い出すのは既に3年も過去になる出来事、当時、その学院に天才と呼ばれる少女がいたのである。どこか人形めいた印象を抱く表情をしていて、それでも、なお気品めいた顔立ちをしていて、彼女を見た、妻に愛人たちが「ああいった娘が欲しい」という位には人目につく少女であった。
彼女は同時に優秀でもあり、当時、学院での成績では次席を遠く突き放す形での主席、魔法の才能にも恵まれており、既に第3位階魔法も習得出来ており、ゆくゆくは次代の宮廷魔術師とも称されていた少女だ。
しかし、その彼女が突然学院を自主退学してしまったのである。理由は、皇帝が行っている改革の一環であった。かの「鮮血帝」は無能と称した貴族達からはその爵位を剥奪していたが、少女の両親もその対象になってしまったらしく、彼女の家は貴族ではなくなってしまったという。別にそれであれば、まだ何の問題もないかと思われたが、その少女の両親、特に父親に問題があったらしく、詳しい経緯は知らないが、少女の家は多額の借金を背負っているという話であった。
(~~!! くそう)
思い出してきたら、体中がかゆくなって来てしまった。その件で、妻たちから理不尽な暴力を受けたからである。彼女たちは少女の事をすごく気に入っていた。外見、という訳ではなく、勉学に励む姿に他者を手助けはするが、自分は決して助けを求めない。少女の信念として「自身の問題は、自身で解決する」と、言うものがあったらしく学院主席という肩書が無くとも彼女は有名人であったのだ。それだけではなく少女には――
(……はあ)
過去の事であると言うのに彼はまたもため息をつく、どうしてそこまで自分がその少女に詳しいのはどうしてかというと、やはり妻たちのせいであった。
彼には娼館上がりの妻と愛人が5人おり、彼女たちと共に暮らしている。どうして、そう言った形になっているかと言えば、帝国では重婚が認められていないの一言に尽きる。それでも、彼女達の仲は非常に良く、彼の事を「あたしらの共有財産」と言うほどに彼を愛しているのである。
さて、そんな彼女達であるがと彼は回想を続ける。余程、その少女の事が気に入った彼女達は信じられない事に少女が普段、どういった生活を送っているのか――具体的にはどういった所に行っているかなどを詳細に調べ上げた上で、彼女と交流を図っていたのである。
(困ったもんだぜ)
そんな事、当然、犯罪行為であろうに。実際アインズの居た世界では間違いなくストーキング行為の類であり、それで然るべき機関にお世話になっても文句は言えないのである。
そんな彼女達の働きによって得た情報によれば、少女には双子の妹がいるらしく、彼女達も愛らしいものであるそうで、自分達も早く子供が欲しいとせがまれ、夜だって頑張っているが、どういう訳か子供には恵まれていない。
そんな彼女が借金を返済する為に、その為に働く為、学院を辞めるという話の際に、彼女達が提案をしたのである。そんな少女を妹たちごと、自分達の家で引き取らないかと、確かに自分の稼ぎであればその借金は返済出来る物であるし、その問題のある父親にも言いたい事はあった、が。
――すみません、申し出はありがたい。ですが、私の問題ですので。
その一言で断られてしまったのであり、当の本人がそう言うのであれば無理強いは出来ず、その事を妻たちに話した際に殴る、蹴る、の暴行を受けたのである。彼女達の怒りは理解していたので、その時はおとなしくサンドバッグに徹した。彼女達の事を養子として欲しかった。というのもあったのであろうが、彼女の不幸を嘆いてもいた事も確かであるのは長年の付き合いから分かっていた。
「子は親を選べない」そんな言葉が示す通り、どれだけ器量に恵まれ、さらに人徳も備えた少女であったとしても親が愚かだった為に、本来エリート街道を歩く予定だった彼女はその道を外れる事となってしまった。
(ま、それでもな)
彼女について、悩まずに済んでいるのは彼女が所属しているワーカーチーム。そのリーダーである男に一定の信頼があったからだ。彼はまたもため息をつく、その男の事は信頼しているが、出来る事ならワーカーではなく、正規兵になって貰いたいという気持ちがあったからだ。
その男は二刀流の使い手であり、その実力だって折り紙付きである。
(ほんと、困ったもんだぜ)
元は冒険者を目指していたと言うのに「お金を欲して」いたら、いつの間にかワーカーになっていたという突っ込み所しかない経歴の持ち主であるのだ。彼とは時折会っては、剣を交えて酒を飲みかわすが、その度にお互いに酔って、パートナーの自慢合戦になってしまうまでがお約束の流れである。
(ふん、何と言おうと、俺の嫁たちの方が美人だ! 胸だってある!)
過去のやり取りだと言うのに、彼は内心で声を荒げる。
(と、いかんな)
そこで、彼はいい加減にするべきだと思考を切り替える。王国の腐敗が、帝国にまで悪影響を及ぼしているのは帝国民であればだれもが知っている事であり、帝国だって全く問題がない訳ではない。未だに皇帝へと反逆を企てている旧貴族達に、反吐が出るような事で商売をしている連中にそう言った組織その存在もある。何にしてもこの遺跡にある物を自分達帝国が得るのは、絶対なのであり、その為には突如現れた謎の戦士に冒険者達には何が何でもお引き取り願うしかないのである。そう思い、彼は戦士へと警告を飛ばす訳であるが……
「そう言われて、引き返す訳には行きませんから。あなた方がここで見つけた物に関して、私から提案があって来たのです」
戦士はその言葉をあっさりと否定してみせて、不遜な事を言って見せる。
「貴様、状況が分かっているのか?」
その言葉に苛立ちながら、反応するのはバジウッドと共に、この場にいた帝国兵の1人であった。その強気な態度も当然であった。この場には4騎士の1人に、訓練を受けた兵士が20人控えているのであり、対して相手は1人、不思議な声をしているが、多分女性であると彼は決めつけ、言葉を続ける。
「バジウッド様も仰っているだろう。此処にある物は我が帝国が全て貰い受ける。それ以外の選択肢等ありはしないのだ」
「お、おい!」
その言葉にまた別の兵士が突っかかり、そしてバジウッドは片手で頭を抱えた。戦士は仮面の口元らしきところに指をあてて笑った。
「クスクス、そういう事でございますか。別に私はその事については特に何も言っていませんが」
「あ……」
「「「この、大馬鹿野郎!!!」」」
失言をした彼に他の兵士たちから罵倒が飛び、冒険者達もまた納得がいった様子の顔を見せた。
「そうでしたか、やはり此処に何かあるんですね。それも、強力な武器に成り得るものが」
「あ、ああ……ああああ」
「此処で何も言えないって事は」「肯定という事」
ペテルの問いかけにその兵士はしどろもどろになってしまい、その様子を見た双子忍者達がそのように結論付けた。
「ん? んで、結局帝国が見つけた物ってなんなんだよ?」
疑問を口にするのはルクルットであった。親切な帝国兵のお陰で彼らがここで何かを見つけたのは確からしかった。しかし、それが具体的にどういったものであるかは分かっていない。
「例えば、この平野の霧をどうにか出来るものだとか、であるな」
ダインがそう口を開けば、帝国の兵達は互いに顔を見合わせ、不思議そうにしてみせる。
「何言ってんだ? こいつら」「そんな事出来る訳ないのにな」
彼らにして見れば、この場に宮廷魔術師でも出来ない事はどうやっても出来ない事である。よって、この冒険者達は何を言っているのか? と、言っている訳であるが。
「たく、あんたらがそんな壮大な事を考えて此処に来ていたとはな」
呆れたように声を上げるのはバジウッドだ。彼にしたって、彼ら冒険者達がどうしてここに来たのか疑問を感じていたのであり、それが解ったのである。
「たく、誰かね? そんな阿保な事を言ったのは」
彼としては、愚痴交じりに発した言葉であったが、誰よりもその言葉に反応したのは最後にこの場に来た戦士であった。
「あ、阿保、で、ございますか」
「……カーミラさん?」
「いえ、何でもございませんよ」
彼女が一瞬、狼狽えたように見えたペテルは声を掛けるが、彼女は何でもないと手を振って見せる。
「それで? あんたの言う提案ってのは何なんだ?」
バジウッドがカーミラへと問いかける。この時点で彼自身、少々戦意を失っていた。先程の兵達の失態もあるが、それ以上に冒険者達が規約を破ってまで此処に来た理由が荒唐無稽なものであったというのもある。
「ええ、簡単な事でございます」
その言葉を受けて、仮面の戦士は答える。この遺跡で見つかった、それらの品々を3等分した上で、帝国、王国、そして自分の3勢力で分け合うと言ったものであった。
「ふざけるな!」
声を荒げるのは当然、帝国側であった。それも当然であろう。彼らにしてみれば、自分達が先にここを見つけてそして、その発掘作業を行っていたのであるから。それを、どうして後から来た者達。それも、憎き王国の連中に譲歩しなくてはならないのかと。
(一体、何の為に?)
疑問を感じていたのはペテルだ。
(おい、ペテル)
(ええ)
ルクルットの呼びかけに軽く首を傾ける形で応じて、彼らは考える。彼女が一体何を考えているのかを。
(あの、カーミラちゃんが……)
どうして、自分達に気遣うような提案を持ちだして来るのかと。
(そうですね)
いくら考えても思い当たる節はない。大体、自分達と彼女はこの場が初対面であるのだから。
「ええい、話にならん。此処は私が!」
切羽詰まった様子で動き出したのは、先ほど失言をした騎士であった。少しでも自身の失態を取り戻したいと考えての事であったかもしれない。そのまま、カーミラへと突っ込むと、手に持った剣を左へと振りぬいた。金属音が室内に響く。彼女もまた黙って攻撃を受けるつもりはなかったらしく、同じく剣でその攻撃を受けていた。
「おやおや、どういうつもりなのでしょうか?」
「黙れ! 貴様らにやる物など1つもないのだ!」
威勢は良いが、彼の剣は全く動くことがなく、それを受けている彼女もまた彫像のように動く事はなかった。
「馬鹿な! 私が力で押し切れないだと!」
その言葉に、バジウッドの後ろで控えていた騎士達が驚愕を受けたような反応をしてみせるので、別にその騎士の自尊心が強いという訳ではなく、力強いと言うのは本当らしい。
(ねえ、ちょっと良い?)
(ティアさん?)
この状況で、話しかけられ、体が強張る。彼女とは少し問題があったからであるが、その危惧は杞憂に終わった。
(あれが、モ……ペテル達が探しているという仮面の戦士?)
ファミリーネームで呼びかけて、ファーストネームに言い直したのは彼女が無意識的にも彼と距離を縮めたいと考えたのかもしれない。
(ええ、そうですね。と、言っても自分たちも初めて見る訳なんですけど)
(そう)彼女は、一瞬怯えるような素振りを見せて続ける。(あれは、確かに強い……)
(分かるんですか?)
(勘、頼りにならないかもしれないけれど)
表情こそ、変わらないものの落ち込んだ様にも見える彼女の姿にペテルは内心、苦笑した。彼女はきっとこの遺跡に向かう途中での出来事。
(いえ、ティアさんの勘は頼りになりますよ)
(ん……ありがとう)
照れた様に見える彼女の顔に眩しく感じながらもペテルは説明をする。この話は、ニニャがアインドラに話をしていただけであり、彼女達にはまだ詳細に話していなかったのであったから。
(そう、あの男を……簡単に、か)
それが、彼から事の説明を受けたティアの感想であった。その男の事は知っている。その強さもまた。
(なら)
自分達が彼女の言葉に逆らうという選択肢は既にないようなものである。唯でさえ、こちらは戦力が万全ではないのだから。
その間にも、状況は動いていた。カーミラへと斬りかかった騎士が突然倒れたのである。
「お、おい!」「貴様! 何をした!?」
此処まで失態続きであっても仲間である事に変わりはなく、他の兵達もそれぞれの得物を構える。対して、カーミラはどこまでも呑気に答えてみせた。
「別に何もしていませんよ。眠ってもらっただけでございますから」
「眠った?」
その言葉を素直に信じる訳にもいかず、3人程の兵士たちが倒れた彼へと仮面の戦士を警戒しながら近づく。その様子に彼女はどこか悲し気に言葉を紡ぐ。
「信用が無くて、悲しい事です」
そして、後ろへと1歩飛んで見せた。それは、ウサギのように軽やかな動きであり、全身鎧を着た上でそれが出来る彼女の身体能力の高さを如実に示すものであり、その場の者達――約1名を除いて全員がそれに見とれた。
(聞いていた印象と)
大分違うと、ペテルは思った。彼から聞いた限りでは冷たい人物だと思っていたが、そうでもないらしい。むしろその立ち振る舞いにはどこか気品があるように感じたのであり、そして、自分を見ている視線に気付く。それは先程から傍にいる彼女からのものであった。
(ティアさん? どうかしましか?)
(……別に)
どこか面白くなさそうな顔をしている彼女をよそに帝国兵達は、先に攻撃を仕掛けた同僚の元へと到着した。はたして彼はと言えば。
「…………おお、これが、噂に聞く。帝国最高峰の料理なのか…………」
戦士が言ったように本当に寝ているだけの様子であり、彼らは互いに顔を見合った。
「…………」「…………」「…………」
そして、次の瞬間には示し合わせたように彼を足蹴にしだす。
「おら!」「とっとと」「起きやがれ!」
蹴られる度に痙攣する兵士の体。傍目に見れば酷い構図であるのは確かなのであるが、悲しい事にその男に同情は勿論の事、気にかける者もこの場にはいないのである。やがて、急に襲撃を受けたかのように慌てふためきながら男は目を覚ました。
「な、何だ! 敵襲か!」
「くそ、本当に寝ていただけだったのかよ!」
「ですから、そう言っているでしょうに」呆れた様にカーミラはそう言い、そして手を広げて続ける。「これで、分かって貰ったと思いますが、私は腕に自信があります。最悪、この場にいる皆さま全員を相手にしても構いませんよ?」
冗談めいて軽く言っているが、それが警告である事はその場の全員が即座に理解した。
(彼女の目的は分かりません)
それでも、その提案は自分たちにもある程度の益がある。というか、この場ではどうあがこうと自分達が勝者となることは難しいようである。そう判断したペテルは他の5人へと目配せをする。事の成り行きに任せるべきであると。
(賛成、ありゃ、間違いなくやべえよな)
(うむ、悔しいであるが)
(あはは、どうなってるんだろうな……)
野伏独特の勘か、直ぐに同意するルクルットに、無力さを嘆くダインに半ば放心状態のニニャ。その気持ちはよく分かる。どうにもとんでもない事が立て続けにあっているのであるから。
(今のリーダーは貴方、なら私も従う)
(うん、ペテルがそう言うのであれば)
現在、自分の指揮下となっている双子の忍者達もそれに同意してくれた。
(情けないですね)
思わず舌打ちをしそうになり、それを堪える。彼女から任されたというのに、自分達は結局此処に何をしに来たのであろうか?
(これでは)
脳裏に浮かぶのは今や英雄となった彼らの顔だ。ルクルットが言ったように、もしも彼らが居なければ自分達はあの夜に死んでいた可能性の方がずっと高い。そんな彼らに恩を返したくて、少しでも追いつく為に研鑽を積んで来たと言うのに、ここ一番の局面で何も出来ない。
そんな無力感に苛まれる彼の左腕に僅かであるが、熱が伝わる。そちらを見れば、今回の依頼で最も関係に変化があったように思える
(大丈夫)
(ティアさん)
彼女は彼へと伝えた。それは、彼女なりの彼の評価でもあった。
(ペテルは強くなっている)
確かに、助けられたかもしれない。それでも、伝説の存在を相手にして、生還してくれたのだ。それは誇るべき事であるし、認めるのは癪にさわるが、嬉しく思っている自分がどこかにいると自覚して彼女は続ける。
(今回は、相手が悪かった。少しずつで良い、もっと強くなれば、良い。私も手伝う)
(ありがとうございます)
その言葉に安堵を覚えながら、彼はせめて自分が出来る事としてこれから起こることは詳細に記憶しなくてはと状況を見据える。その様子に彼女は微笑むと、名残惜しそうにその手を離す。そして彼らは気付かないそのやり取りを他の仲間達が薄く笑いながら確認して、そして祝福している事に。
場違いにも冒険者達の方でラブロマンスが展開されているとは、梅雨も知ることがない帝国兵達はカーミラを見据え、そして攻撃を仕掛けた者とは別の兵士、先ほど暴行に参加していた1人が口を開く。
「成程、確かに口だけではないようだ。恐らく、バジウッド様よりも格上と見た」
「おい」
さらりと上司を侮辱したが、気付いていないのか、あるいは気付いていてあえて言わなかった事にしたいのか、男は続ける。
「だがな、こちらにはもっと強い御方が控えているのだ」
「もっと? それは、そこにいます‘雷光’殿よりもですか?」
「そうだ!」
「ああ、否定はしねえけどよ」
頭痛がぶり返したように頭を抱えるバジウッド、事実は事実であるが、どこか頭が痛くなるのである。そんな彼をよそに兵達は次の行動に出ていた。先程からこちらの騒ぎなど目もくれずに遺跡から見つかった品々を手に取ってい――現在は、書物に目を通している様である老人を取り囲み。
(えええええ!!)
内心で思わず絶叫するのはニニャであった。今回の依頼は多くの事があり過ぎた。生涯初の貴族の友人が出来たと思えば、仲間達が伝説とも謳われる死の騎士と戦い、そして全く未知とも呼べる遺跡の発見に、そこで隣国との遭遇。見てきたのはアダマンタイト級と帝国最強の騎士達の激闘、更には話でしか聞いた事のない宮廷魔術師に、自分達の目的の1つでもあった彼女の登場。ここまでのことで、彼女のキャパシティは限界に達していたが、ここで彼らの取った行動によって、それは振り切れ、彼女はふらついてしまう。それにいち早く気づいたのはペテルであり、彼女を支える。
(大丈夫ですか? ニニャ)
(はい、ありがとうございます)彼女は身を震わせると、彼へと訴えた。(あの、早く離してもらえませんか)
(ああ、そう言う事ですか)
確かに、恋人や夫婦でもない男女がくっついているのは問題であると、彼は彼女から距離を置いた。その事で、自分に注がれていた殺意込みの視線を感じなくなって、ようやくニニャも安心できた。
そんな彼女達の前で、その老人を囲んで彼らがやったのは土下座であった。そして、叫んでいた。
「フールーダ様ああ!」
「どうぞ、お力を御貸しくださいませ!」
「この愚か者共に鉄槌を!」
彼らがやっているのは、懇願であった。帝国が誇る魔法詠唱者に敵を倒して欲しいと、それを見ている雷光と呼ばれし騎士はため息をついており、その光景にこんな時だと言うのにペテルは内心で笑ってしまった。
(帝国と言えど、人に違いはないのですね)
世の中、完璧な組織等存在しない。いくら組織を大きくしても、人同士の繋がりを強固にしようとしても、大きくなる程に分裂の危険性だって高まる。それだけに人とは多種多様であるのだ。帝国軍にしたって、それは例外ではない。イビルアイに拷問を行う程に、王国への憎しみを募らさせている者達。カーミラと邂逅した血の気の多い者達に、仕方なく軍へと入った元ニート。4騎士にしたって、それは例外ではない。個人的に「鮮血帝」を気に入った平民出身の騎士、自身の目的を最優先にする女騎士に皇帝ではなく、あくまで帝国そのものに忠誠を誓っている無口な騎士等、そして、それが酷い方向に出てしまった結果でもある。
そして、それだけの醜態を晒しながらも懇願し続ける彼らの願いは老人を動かす事に成功したらしい。
「まったく、騒がしいのお、ろくに調査も出来ないではないか」
すっかり、目の前の作業に没頭していた彼にしてみれば、それを妨げる行為をする騎士達ですら煩わしいものである。だからといって、感情に任せて彼らを攻撃する事はしないようにと彼は自身を戒めた。
(耐えるのだ)
ようやく、自らの悲願が、それこそ、無理矢理寿命を伸ばしてまで果たしたいとも思える望みが叶いそうなのである。
その姿に、カーミラもまた剣を構える。これから起きるどのような事態にも対応出来るように。
ここに、帝国最強の魔法詠唱者と、王国2番手の剣士を簡単に破って見せた不明な事だらけの戦士が対峙するのであった。
第3層、そこでは1人の女性が、否、レイナースが以前戦闘を続けていた。その体には裂傷に、切り傷が増えつつあり、彼女自身の息も少しずつであるが、確実に限界へと向かっていた。
彼女が相手をしているのは、その周囲を飛び交う6つの鉄塊、それは金塊にも見えるそんな剣であった。そして、それを操るのは、未だ地に伏せているラキュース。
(本当に、どうなっていますの)
首元から生暖かい感触と、何かが流れ落ちる感触を味わいながらも彼女は驚いていた。彼女が此処までやるとは思っていなかったのである。そして、それに伴い、自分が何かに苛立っている感覚に困惑していた。
本来であれば、その騎士と冒険者、その2人の実力は前者が多いに勝っている。それは間違いないものであった。しかし、ラキュースの自身の身さえ削る捨て身の戦法と、レイナースの性格、その生い立ち故に1部の例外を除いて殆んどの感情というものが抜け落ちてしまっている事に、彼女自身がそんな冒険者の姿に何か見てしまったからであるか、だんだんと調子が崩れてしまっている事がこの攻防が続いている理由であった。
鉄塊の1つが、彼女の目を貫かんと迫る。それを彼女は穂先で難なく弾いて見せるが、それと同時に振るった腕に痛みが走る。彼女が槍を動かすタイミングで別の鉄塊が2つ、その右腕を叩いたのである。
(無茶をしますわね)
彼女の身はその殆んどが強固な鎧に守られている。しかし、それだって無敵だと言える根拠にはならない。鎧越しであっても高速で鉄の塊がぶつかり続ければ、その中身である人体にも負担を与え続ける。そして、負担は疲労となって、彼女の体を重くして行き、そうなっていくと身を守る鎧でさえ、動きを制限する楔へと変貌していくのである。
(それに、私の)
動きを読んでいると彼女は考えた。鉄塊の動きを読もうとしても、常に自身の死角に回りこんでいるのが2,3本あるのである。
それこそが、ラキュースの策とも呼べない苦肉の選択であった。帝国4騎士最強と言っても間違いはないであろうレイナースの最大の武器はその身体能力の高さに、常人よりも反応が、選択が速いという事である。しかし、それだって完璧ではない。彼女は見てから判断できる。ならば、見えない所から攻撃を仕掛けるしかない。それでも彼女は直ぐに対応してしまうため、即座に次を考えなくてはならない。
そうやって、彼女の体は、その頭は酷使されてゆき、確実に彼女の命を奪っていった。それでも、彼女は止まらない。理性さえ、飛んでしまっているのではないかとその場に他の者が居ればそう言っていたであろう。
彼女の左目は完全に流れている血で隠れてしまい、その体も白くなってゆく、彼女の武装に1つにその色合いを示して物があるが、それさえ通り越して白くなっていく。それでも、彼女の瞳は、残された右目は正面で自らの武装をはじき続けている彼女へと向けられていた。そんな常軌を逸した彼女の様子にレイナースはようやく自分の胸にあふれて来る不快感の正体を知った。それは、同時に自分があの記憶を思い出す事になってしまった根本の原因でもあった。
(そう言う事ですのね)
彼女の瞳は似ていたのだ。あの頃の自分がしていたものに、領民を護るのだと日々鍛錬をこなしていた自分に……
(ええ、そうですわ)
自分だって、彼女の様に考えていた時期だってあった。守りたい者の為に、身を粉にする事が苦でもなかった時が、そうやって、日々モンスターを討伐していったのであるから。
(それでも)
失う時は一瞬で全て失うものである。この時、彼女は思い出した。長らく記憶の奥底にしまっていた自分の思いに。
――大丈夫だ。どんな姿であろうとお前が私たちの家族に変わりはない。
――解けない呪い等無いはずだ。それだってこれからゆっくりと探して行こう。私達はこれから夫婦になるのだから。その時間だって十分にある。
(~~~!!!)
歯ぎしりしてしまうそれは、彼女の願望であったから。呪いを受けてから、自分はそういった言葉をかけて欲しかった。でも、現実は違った。家から勘当され、婚約者もまた自分を拒絶した。それまでの働きだって無かったものになってしまった。
(そう、それが人の本質ですわ)
そう、彼女は結論付けた。愛だとか、絆と言ういうものは唯のまやかしでしかないのだから。人間、誰だって自分が一番可愛いに決まっている。それならば、自分もそうあろうと今の地位にいるのであるから。そう、そのはずだと言うのに……
(どうして……)
自分はこんなにも腹立たしいというのであろうかと、その間も自身の体を鉄塊達が打ち付ける。それにより、体の感覚は遠のいているが、そんなことさえ、現在の彼女にとってはどうでも良い事であった。それよりも、この感情の出所を探す方が彼女にとっては重要であった。そして、彼女は答えを出す。傷付きながらも負けを認めないラキュースの姿にかつての自分を重ねてしまった事は勿論であるが、その姿そのものに苛立ちを感じているのであると、彼女は甘い、あんな腐った国の為に、自らの現在の立場を危ういものにしかしないこんな事をしでかした。それでも、その目に後悔の念は一切なかった。それが、更に彼女を苛立たせる。
(本当に、何なんですの?)
彼女が思っている通り、この遺跡で起きた戦闘に関しては誰も得る物がない。むしろ失うものばかりのこの状況にて、数少なく当事者達が得たものの1つがそれであった。
過去が原因で感情というものが、他人に対しては何処までも冷めていた彼女の心に熱がこもりだしたことであろう。
(分かりましたわ)
未だに自身の胸を渦巻いている激流を止める方法は分からない。触発されてしまったという事であろうか? それでも今、この場でやりたい事が見つかったのは確かである。それは、彼女には何が何でも負けたくないといったもの。子供が起こした癇癪の様なものであるが、それが最もやりたい事である事は確かであった。
彼女は槍を振るう。必ず、勝利をその手にすると誓って。
遺跡、正面にある長い階段。そこを切れかけれている呼吸を整えながらイビルアイは登り続ける。
(たく)
ある程度、登ったと見て、彼女は足を止める。先程、第2層の分岐点らしき所を通過した所である。そこで、彼女は階段に腰を下ろすと、右足、先ほどの戦闘で千切れてしまった――自分でそうした部分を見る。
その途中で、乱雑に包帯が巻かれており、その外側から支える様に剣が固定されている。
「もう良い頃だろ」
誰に言うまでもなく、自分自身の確認の為に、彼女はその剣を固定していた鎖を解き、右足を地面へと下ろしてみる。途端激しい痛みが右足、ふくらはぎを中心に込み上げて来る。
(く、!!)
苦痛は感じるが、直ぐにそれも引っ込む。そして、彼女は笑った。
「は、痛みは感じるんだからな」
先程の戦闘で殺した帝国兵達を思い出してのもの、彼女はある事情により、通常のポーションを使用する事が出来ない。その代わりと言っては何だろうけど、自然治癒能力がそこらの人間よりは高いのであり、それを利用して右足を繋げた訳である。治療とも呼べない行為ではあるけど。
「さて、と」
未だ、その動きはおかしいものであるけど、右足はまた動くようになったと彼女は歩を進める事を再開する。
(ラキュース達は)
無事であろうか? と彼女は思うように動かない体に鞭を入れながら考えていた。彼女達、というより最年少ながらチームを引っ張る彼女は本当に危なっかしいと思う。
(あの時だって――いや? あれはガガーランのせいか)
法国とやりあった時の事を思い出しての物であった。そのとき、奴らは亜人の村を襲撃しており、そこに自分達が乱入して撃退したという話であった。
法国は人類守護を掲げる国家であり、その為の政策の一環であった。すなわち、将来的に人類の敵に成り得る亜人の殲滅も視野に入れており、その為に襲撃を仕掛けていたという。その村には亜人ではあるが、人と変わらないように老若男女様々な者がおり、勿論子供だっている。
戦士である彼女には無差別に殺すやり方が気にくわなかったらしい。彼女が戦端を開くきっかけとなってしまい、その過程で起きた戦闘には勝利したが、無論、王都の冒険者組合の長には大目玉を食らった。
(あいつは、優しいからな)
彼女とこの手の話を始めると喧嘩になってしまうので口にした事はないが、イビルアイ自身は法国のやり方にある程度の理解があった。あの国の働きが無ければ、人間なんて弱い種族、他の種族の支配下、良くて奴隷、悪くて食料である。そこで、彼女はまた笑う。それは自傷気味であった。
(人間なんて、か)
そこで、自身の左手、先ほど戦った連中のせいで指を全部無くしてしまったその手を見る。先程の自分の思考、まるで、自分は人間ではないかようなものでないか?
(いや)
その通りであるなと彼女は再び笑う。実際、その通りであるのだから。
「…………」
歩き出した彼女は次に思い出すのは、先ほどの兵に言われた言葉であった。
「その通りだろうな」
自分の目から見ても、あの国は腐敗貴族達は酷いものである。そして、奴らにしてみれば自分達以外の者達は自分達の益を守る為の道具でしかないのだから。民は、勿論、冒険者達にしたって、それこそアダマンタイト級であっても変わらない。
(……ちっ)
思わず、舌打ちしてしまうのは、そういった輩にラキュースに向けて、明らかに劣情を催した視線を向けてくる者達が居た事を思い出してだ。彼女の貴族としての位は低く、幾ら冒険者として名をはせていたとしても連中には関係がない事であり、むしろ抱いてもらえる事に感謝しろと言いたげであるのだ。
(あんな連中こそ、ガガーランが食うべきだ)
自分達のリーダーはその体ばかり大人になって行くばかりで自分がそう言った目で見られているという事は知らない。それと、戦士であり、同時に初物が大好きな彼女にその事を伝えてやった時も喧嘩になったと思う。
『俺だって、誰でも良いって訳じゃないんだぜ』
(どうだかな)
彼女のその手の趣味もとい、性癖は悪い意味で有名であり、王都に住んでいる若者たちの初体験の4割は彼女が相手をしているという話まであるのだから。
(まったく、本当に理解に苦しむ)
「蒼の薔薇」の中では、慕われるよりも恐れられる事が多い彼女であるが、それでも慕うものはいるようであり、信じられない事に定期的に彼女と寝ている若者もいるのだというそれも1人、2人の話ではないらしい。
(と、今は、あいつの事だ)
余りに強烈すぎる仲間のおかげで思考がそれかかった為にそれを修正する。それよりもリーダーである彼女の方が心配であった。先はまだ長い。
(たく、本当にあいつは)
そこで、彼女は今度は自分の右手を開いて見てみる。
自分は、既に人を辞めてから長い時を生きている。年齢、というものが、単純にこの世に生きた年数の言うのであれば、自分はこのチームに入るきっかけとなったあの老婆とそんなに変わらない。それだけ長い時間を生きていれば、いろんな事柄が灰色になっていくものである。
(ふん)
思い出すも馬鹿馬鹿しい記憶、自分の体の成長がこの段階で止まることとなってしまったあの事件、そうなる以前、その頃の本当に子供だった自分、その時に抱いていた夢。それは、よく言えば誰もが見る物。悪く言えば、特に目を引く要素がない物。
――わたしもいつか、お父さん達みたいに。
(幸せな家庭を作る……か、馬鹿馬鹿しい)
こんな体になってしまえば、それはもう叶えることが出来ない。自分の体では、もう子供を産むなんて事は出来ないのであるし、こんな醜い化け物を愛してくれる者など皆無であろう。
(子供、か)
人間もまた知性を有する前に動物なのである。そして、動物であれば、本能的にその使命を背負っているものである。「種を繋ぐこと」その認識が生み出す欲求「自らの子供が欲しい」「自分の血を次代に繋ぎたい」それは、以前人間であった彼女にだって当然あった欲求であった。
(例えば、娘などいれば)
そこで、リーダーである彼女の顔が浮かび、イビルアイは頭を振った。
(何を考えている、私は?)
これでは、自分が彼女の事をそのように見ているようではないかと。
(落ち着け、傷心して柄にもない事を考えてしまったな)
思いのほか先ほどの忠告が心に染みているらしいと彼女は階段を登り続ける。
「お、こりゃあまた派手にやったねえ」
どこか喜色を込めてそう笑う男に嫌悪感を抱きながら酒呑童子は問いかける。
「どこがそんなに楽しいのですか?」
彼らは現在、遺跡、その第1層最上層へと来ていた。そこで、見た死体の数にその凄惨さ――四肢に、内臓が撒かれているその状況に、現在名を偽っている少年の心が痛んだ。
(どうして……)
此処まで殺し合う事が出来るのであろうかと、かつて、自分達を創造してくださったあの方達はとても仲が良かったというのに。
少年がそんな葛藤を抱いている事を察しているのか、はたまた気付いてすらいないのか、男は答える。仮面越しであっても、その表情は笑っていると分かるものであった。
「いやあ、これの何が面白いかって、これを1人でやったってんだからな」
「分かるのですか?」
男は仮面の下、鼻の辺りを示して答える。
「あいつには敵わないが、俺だって鼻は効く。血の匂いにな」
「そうですか」
彼の種族を考えればそれも当然かもしれない。かつて、彼と戦って干物になった者などもいたのであるから。
「それにな」
「今度は何ですか?」
「この匂い、やったのは女だな……」
その言葉に少年は軽蔑を込めて言い放つ。
「発情期ですか、駄犬」
「お、前なあ」
何か文句を言いたげであった彼を無視して少年は作業に取り掛かる。この場に散らばっている死体も上手く取り繕う必要があるから。
(嫌われたものだねえ)
自分を無視して作業に取り掛かる少年を見て、青年はため息をつく。自分はそうでもないのに、相手から一方的に嫌われているというのは、どこかもどかしい気分でもある。
(それよりもだ)
確かに、凄まじい光景であり、そして、それをやった本人は女性、それも状況から考えてあのチームの誰か、内1人は回収している為、その候補は4人に絞られる訳である。ちなみに、性別を偽っている彼女に関しては少々力不足であると判断して除外だ。
(さて、誰かな)
ここまで彼がその本人を特定したいと考えていたのにも理由があった。自身の直感であるけど、その匂いはどこかかの方に似たものを感じたのだ。永らく孤独感にさいなまれていたもの、あるいは大きな後悔を抱えた者。どうしようもない道を進み続けている。そんなものだ。
(こいつは)
現在、親友であり上位者である彼の計画における良い材料になりえそうだと彼は仮面の下で笑いながら少年の元へと手伝う為に歩み寄る。
彼女は槍を振るう。もう、容赦をするつもりはない。それまでと違う硬質的な音が響き、鉄塊の1つは遠くへと飛ばされ、大地へと叩きつけられ、そしてそれが浮くことはなかった。
(そうですわよね)
始めからそうすれば良かったと彼女は飛びあがる。相手が使用している武装、それにだって、操作範囲が存在しているのである。ならば、初めから遠くへと弾き飛ばす方向で戦闘を続けるべきであった。
(直ぐに終わらせて差し上げますわ)
彼女は次に、自身から距離を置いている鉄塊に狙いを付けると、一気に跳躍で距離を詰める。そして、手に持った槍を振るった。金属音が響き、2つ目の鉄塊もまた霧の中へと姿を消した。戻ってくる様子はない。
その調子で彼女は鉄塊を狙う形で跳躍と幅跳びを繰り返す。ここで、ラキュースも彼女の狙いに気付き、懸命に残りの剣群を動かす。しかし、レイナースはそれを逃さない。
彼女の心に生まれた闘志、それが戦況をひっくり返した。先程までラキュースが押せていたのは、レイナースが、その女騎士が受け身であった事も大きい。彼女は剣群を防ぎながら、ラキュースの体力が切れるのを待っていたのであるから。それをつい先ほど変更した。一刻も早く決着を付けるべく、彼女は積極的に剣群を叩き落しにかかるのであった。
(ここですわ)
3つ目の鉄塊を明後日の方向へと吹き飛ばし、それと同時に左足を痛みが襲う。今、戦闘不能となった鉄塊の犠牲を無駄にせんと言わんばかりに別の鉄塊が仕掛けたものであった。この時点で彼女の体もまた限界を迎えつつあった。が、彼女自身にはそれに気づくことはなかった。いや、それさえも彼女の強さの1つかもしれない。今の彼女は止まることはないであろうから。その目的を達するまで、は。
剣群の数は残り3つ。
レイナースはそこで、一度、彼女から距離を取る。別にこの場を離脱するつもりでそうした訳ではなかった。逃がすまいと剣群がそれを追う、そして彼女はそれを正面から見据える。
(そう、あなたはそうせざるをえないですわ)
彼女の目的は自分を少しでもこの場に留める事、もっと言えば大傷を負わせるなりして、少しでも動けない時間を稼いで置くことであろう。
(意味がありません。あなただって分かっているでしょう)
ポーションに、回復魔法、この世界には金こそ掛かるが、瞬時に体の疲れなり傷をとる方法だってあるのである。ここでの戦闘は全くの無意味にだってなりえる。
(それでも、動いてしまうのですから)
人間とは哀れな生き物である。と彼女はラキュースの行動原理を結論づけ鉄塊をはじきにかかる。打ち上げられように振るった槍の穂先は4つ目の鉄塊をはじくはずであった。
(またですの……)
彼女は内心でそう愚痴った。自身が振るった穂先、その軌道にそうように鉄塊が急に軌道を変えたのである。そう、何も状況はレイナースばかりに味方をしている訳ではなかった。武器が減っているのはそうであるが、ラキュースの負担も減っているのであるから。それによって、出来た芸当であったが。
(無意味ですわ)
正面から見ている彼女にはそんなもの問題ではなかった。視界にとらえてさえいれば、対応は出来るのであるから。その動きにやや遅れはしたが、それでもはじく事には成功した。
(この調子で)
残りの2つも同様にはじくと彼女は槍を振るった。それらは全て命中して全ての鉄塊はその動きを止めた。これで、ラキュースに攻撃手段は残されていない。
(ようやく)
終わると、終えられると彼女は地面に降り立ち、槍を握る手に力を込める。
(寂しがる必要はありませんわ)
直に、大切な王女もそちらに行くであろうと彼女はラキュースが倒れていた方向を見て、驚愕した。
(そんな、ありえませんわ)
彼女は立っていたのである。それも、両手で使う事を前提とした両手剣を構えて、彼女は今度こそ思考を停止した。ありえない事であるのだ。彼女の左腕は既に使い物にならないのであるから。それでも、彼女は立っている。
(考えても仕方ありませんわね)
僅か2秒で彼女は思考を再開する。今、彼女がどうして立てているのかは問題ではない。一刻も早く、その息の根を止める事である。
彼女は駆けだすが、同時に彼女もまたある言葉を口にしていた。
「…………超技」
(彼女は何を?)
しかし、それを放置するのは危険であると彼女は走る足に力を入れようとするが、その足が急に砕けた。
(な!?)
いや、正確には左足の力が抜けてしまったのである。彼女の集中が一時的にでも切れてしまったからであるか、あるいは此処までの戦闘で受けた疲労が原因であるかは定かではない。しかし、それによって生じた時間は間違いなく、ラキュースへと与えられたものであった。彼女の言葉は続く。
「……
(不味いですわ!)
何とか足に鞭を打って、彼女は走行を再開する。彼女との距離はそこまでない。それでも間に合うかは微妙な所であった。先程、距離を取ったことが完全に裏目に出ていた。その間にも彼女の言葉は続いていた。
「…………
彼女との距離はあと3歩分であった。いつものレイナースであれば、そんな距離、あってないようなものである。しかし、今回は違った。足取りが重く、今度は右足が沈む。
(こんな時に!)
彼女の敗因を上げるとすれば、少しばかし遅かったという事であろうか。そんな彼女の視界内でラキュースは必殺を静かに叫んだ。
「……
同時に真一文字に、それも数字を描くように真っ直ぐ振り下ろされる彼女の魔剣と、それによって発生した漆黒の風にも見える爆発がレイナースを襲った。本来の威力であれば、彼女の命を奪ったかもしれない。しかし、ラキュースは既に限界を迎えており、必然、その威力も落ちていた。それでも、彼女を、帝国有数の騎士を吹き飛ばすには十分であり、彼女は10メートル程、後方へと飛ばされ、そして地面に激突した。その途中、足が中途半端地面へと接触した為に嫌な音が体内からした。
(…………私は? 此処は?)
レイナースの意識が目覚めたのはそれから30秒後の事であった。即座に直前の事を思い出して彼女は重い体、その上半身を何とか起こしてみせる。立てそうにはなかった。
(これは、両方とも折れていますわね)
常人であれば、その凄まじい痛みにのたうちまわる所であるが、幼少期から槍を振るい、そして、モンスターと死闘を演じていた彼女にとっては別段珍しいものではなかった。むしろ、懐かしく感じるものでもあった。
(ポーションは…………持っている訳ありませんわ)
自分はここ最近では苦戦する事さえなかった。だからこそ、無駄な荷物は減らしていくべきであると、その手の回復薬も持ってはいない。今回の件で言えば、他にも帝国騎士達が大勢いる為にその必要性さえ感じなかったのであるが、それが良くなかった。
(はあ)
自分をこんなにしてくれた彼女の方を見れば、既に力尽きたらしくうつ伏せに、いや、無造作に前に倒れたようで、あり動きもしなかった。ここからは死角になっていて伺えないが、その顔からは未だに血が流れているようであり、それが床に血だまりを作っていて、左肩を見れば、そこはどす黒く染まっており、それが彼女の左腕がもう動くことはないと示しているようであった。
(本当に…………)
彼女のこの底なしの力は何処から出て来るのであろうか?
(久しぶりですわね)
負けるのはと彼女は空を見上げる。未だに霧に包まれていて、天候を伺う術すらないけど、何故か晴れやかな気分にもなっていた。
レイナース。彼女だって、無敗という訳ではない。討伐出来ずに逃がしてしまったモンスターだって過去にいる。最も、そうやって、生き延びたモンスターは彼女に怖れをなして領地から逃げ出していた訳だが。そして、勘当されてからの彼女は負ける戦いをしないように努めた。
よって、勝利する事が難しいと判断すれば、即座に撤退していたのである。今回、彼女から逃げなかったのは勝てると見込んでいたからであり、これは、彼女が久方ぶりに負う正式な負けであり、彼女はそれを噛みしめていた。そして、彼女の方を見て、ささやかな激励を送る。
「あなたの勝ちですわ、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ」
その言葉を最後に彼女は再び体を傾けて意識を手放すのであった。体に負った疲労は大きく。もうしばらく寝ていたいと思っての事だったかもしれない。そして、その寝顔はどこか憑き物が落ちた様にも見え、朗らかに笑っているようでもあった。
「こ、これは」
イビルアイがその場に到着したのは、レイナースが眠りについてから40秒後の事だ。彼女は、そこで倒れている2人の人物を見ていた。本来であれば、神祠を目指すべきであったと言うのに彼女がここに来ていたのは、階段を上る途中で、小規模であるが、魔力の爆発を感じたのと、そして音が聞こえたような気がしたからであり、まるで光に惹かれる虫のように此処へと来たわけである。
「はは、そうか。そうなんだな……」
20秒程その光景に唖然とした彼女は此処で何があったのか全てを理解した。自分達のリーダーが単独で帝国4騎士の1人を撃退したのであると、戦士の方は知りようがないし、自分だって逃がしてしまっている。それにと、彼女は1人続ける。
「相手は、‘重爆’か。はは、ははは」
そこで彼女は本日、それもこの遺跡に入って何度目になるか分からない笑いを上げる。しかし、それまでのものと違い、それは喜びに満ちたものであった。
イビルアイの主観で言えば、ラキュースが重爆と呼ばれし騎士と一騎打ちでぶつかった際の勝率は1対9、ラキュースが1である。それも身内びいきがその大部分を占めるのであった。
この世界では、戦闘と言っても大きく2種類に分かれる。1つは、武器を手に取って体と技を磨く者。これが大多数に思える。
次に、自分のように魔法に重きをおいて、知と力を磨く者。これは、人数自体は少なく、1つの冒険チーム、平均で4,5人の所に1人いれば、良いという認識からもその人口の少なさから伺える。
さて、そんな中、ラキュースはそのどちらでもない神官戦士というものである。早い話が、彼女は戦士であり同時に魔法詠唱者でもあるのだ。響きはかっこいいかもしれない。しかし、世の中そんなに上手くはない。武器を振るう事に力を入れている者と、魔法を同時に習得しようとする者。その鍛錬の時間が同じであれば、どうなるのかは誰だって想像がつくだろう?
彼女は色々な事が出来るかもしれない。しかし、同時に器用貧乏でもあるのに違いはなく、そんな彼女が1人で、純粋な戦士であるレイナースに勝利できたのは本当に快挙と言えることであろう。
イビルアイはおぼつかない足取りで倒れている彼女の方へと歩み寄る。その途中、まだ相手の騎士が生きている事に気付いたが、手を出す気力も、そうするつもりもなかった。もしもここで、彼女を殺してしまえば、彼女の功績を汚してしまう。
(最低、だな……私は)
先程までは、そんな事は何の価値もないと、殺し合いをしていたというのに。今は、唯、彼女が為したことが嬉しいらしい。そのまま、彼女の元へと寄って、うつ伏せ気味の彼女の体を回してやって、空へと体を向けてやる。そして、彼女の頭を自身に膝へと移してやる。
顔を見れば、その傷は痛々しいものであるが、生きてさえいれば治療の目途などいくらでも立つのであるから。彼女は唯一自由に動かすことが出来る右手で彼女の頭を撫でてやる。その光景は、子の頑張りを称える母親のようであった。
「まったく、私がいないと本当に駄目なんだからな…………強くなったな、ラキュース」
そのまま、彼女もまたしばらくその場で体を休める事にするのであった。
神祠での状況も最終局面へと変化していた。と、言ってもそれは誰もが予想が出来ない事態へとだが。
「おおおお!! 何と! 何と!」
やや戸惑っている様子のカーミラの前で、取り乱す老人が1人。その光景を見て、帝国騎士の1人が呟いた。
「ど、どうなってんだ?」
それは、帝国、王国関係なく、その場にいた者達全員が抱いた思いの代弁であった。
(おい、ペテル)
(……ええ)
ルクルットの呼びかけに彼は苦笑しながら言葉を返す。あれからの出来事であるが、対峙した両名は何か話をして、それからカーミラが何かしたと思うと、次の瞬間には老人がひれ伏していたのである。
(魔法?)
それで、何かしたのだろうか? 考えてみるが、彼女達の様子を見るとそうでもないらしい。何故なら彼女たちのやり取りが少し可笑しいからであった。
「是非! 私めを弟子にしてくださいませ! 何でも致します! 舐めろと言われればあなたの靴裏でも舐めてみせましょうぞ!」
「い、いえ、そこまでする必要はありませんよ」
カーミラ自身もそんな老人の反応に引き気味であったのだから。
「ふ、フールーダ様?」
困惑する帝国兵達をしり目に、老人の暴走は続く。
「ひ、必要とあらば、この遺跡にあるものは全て差し上げましょうぞ! それに、彼らの首が欲しいとあらば」
「「「フールーダ様!?」」」
今度こそ、兵士達は悲鳴を上げた。宮廷魔術師殿は何を言った? 自分達の首さえも差し出すと言いかけているのだ。
「おい!」兵士の1人が老人の手伝いをしていた者に掴みかかる。「どうなってんだ! あの魔法キチじじい。本当にイカレたんじゃねえのか?」
「貴様! フールーダ様に対してなんて事を言うんだ!」
その言葉に反応するように別の兵士がつかみかかるが、男は怒鳴り散らすことを辞めなかった。
「だって、そうだろう! 何であそこまで成り下がってしまったと言うんだ!」
そのやり取りがきっかけであるかどうかは分からないが、あちらこちらで帝国兵達は小競り合いを初めてしまう。フールーダに対して、肯定的な者と否定的な者で別れているようであった。そして、バジウッドはその光景に頭を痛めるのであった。
「ああ、結局こうなっちまうのか」
彼はどこかで予感していたのだ、謎の戦士が現れた時から、それはかの戦士長に、はたまた聖王国の騎士団長と同じように戦士としての勘だったのかもしれない。
(こうなってしまうと)
魔法に疎い自分でも分かる。かの宮廷魔術師がああなってしまうという事は、対峙している仮面の戦士の強さは本物である事。それも武力でも魔法でも勝てそうにはない。
(さて、どうしたもんかね)
この状況で出来る事は、もう、あの戦士の言う通りにするしかない訳であるけど、その上で何とかこちらに側に利益が出るように話を持って行かなくてはならない。
「カーミラと言ったな? あんたの要求、受け入れるとしよう」
「バジウッド殿?!」
最早何を言っても騒ぐ兵達を手で制して、雷光の騎士は決断を下す。
「その上で、いくつか要求もあるんだが、聞いてはくれるのかい?」
挑発するように言うのはそれが彼の性格であったからだ、どうせ無理強いをするのであれば使いなれていない敬語よりも自分らしい言葉を選んだ方が良いと判断したのである。
「勿論、元より無理を言っているのはこちらですから」
「ならば!」
戦士の言葉に噛みつこうとするフールーダへとバジウッドは指を指した。直ぐに彼が信頼している兵士達数名が彼を取り押さえる。いつもで、あれば、彼の魔法により木端微塵になってしまう所ではあるが、今の彼であればその心配はなかった。その頭の中は魔法の事でいっぱいであろうから。
「すいませんが、フールーダ様は少し落ち着いて下さいますかね……よし、お前ら」
「は!」
「は、離せ! 老人は労わらんか!」
「すいませんね、こっちが騒がしくて」
騒ぐ大魔法詠唱者を無視して騎士は戦士へと謝罪交じりの言葉をかける。戦士もまた、気にしていないという風に返してみせた。
「いえいえ、では、そちらの要求を聞かせてはくれませんか?」
(さて、と)
ここからが勝負であると、彼はひとまずこの場を平和的に治める為に、口を開く。
「まず1つ、今回、そちらの冒険者さん達の襲撃で、こっちはかなりの死者を出している。その蘇生を頼みたい」
「ほう?」
「力がある奴らだ。灰になったりはしないはずだぜ」
「どうして、それを望むのでしょうか?」
戦士がそれを疑問に思うのも当然かもしれなかった。てっきり、金品の類を要求されると思っていたのかもしれない。それに対して騎士は答えた。
「大事な戦力なんでね、帝国にとっては」
そう、今回、この遺跡の調査に来ている者達は帝国軍でも優秀であったり、将来を期待されている者達であるのだ。彼らの死地は決してここではない。それがバジウッドの考えであった。
「成程、それでしたらご安心を、今回の件で死者等出ませんから」
「はあ、俺の心の中なんざお見通しってことですかい」
「いえいえ、そういう訳ではありません」戦士は一度笑うと、再び口を開く。「それにしても優しいのですね。バジウッド殿は」
「いえ、そんな事はありませんよ。では、次の要求を言っても?」
おだてて、話を終わらすつもりであったのであればそうはさせまいと彼はついつい調子に乗ってしまいそうになっている自分を戒める。褒められて気分を害する者はいないのである。
「ええ、どうぞ」
戦士は何の問題もないと言った様子で返してくる。どのような要求であっても、問題ないと言いたげであり、それが彼にある可能性を示唆させた。
(どうやら)
仮にこの戦士が所属するであろう組織、あるいは団体とやりあっても帝国に勝ちの目は薄いかもしれない。宮廷魔術師をしのぐ魔力の持ち主にして、そして戦士としての実力も自分なんかでは話にならない。仮に騙し討ちを狙ったとしても、次の瞬間に死んでいるのは自分であろうと。
(なら)
本命となる要求はこれしかないと彼は続けた。
「あんたの所と、帝国での同盟を結んで欲しい。駄目か?」
「な!」
「え」
「ふふふ」
信じられないと言った顔をしたのは帝国兵の1人であり、軽く驚いて見せたのはペテルであった。そして、当の本人は涼し気に笑うだけであった。
「それは、それは、どうしてそう思うのでしょうか?」
戦士は面白げに騎士へと問いかける。この場に来ているのは自分1人だけであると言うのに、彼の言い草からはまるで自分がどこかの所属であるようであったからだ。
「簡単だ、あんたの最初の答え」
「先ほどのが?」
バジウッドは自分なりの考えを口にしていた。それが間違っていたらだとかは彼は考慮していない。
「あんたは言ったな、この遺跡の事で死者は出ないと」
「ええ」
「だが、こっちは死人の報告を受けているんだ。なら、あんたのお仲間がそう言った事をしてくれていると判断するのが自然だろう?」
「クスクス、ええ、その通りでございますね」
確かにその通りであるとカーミラは認めた。しかしと、彼女は少し温度を下げた声をかける。その言葉に帝国兵達の数人は背筋が伸び、何人かはしりもちをついてしまった。
「ですが、それと私がどこかに所属している根拠にはなりませんでしょう」
「ええ、仰る通りです。ですから、ここからは単に俺の予想になるんですがね」
「ふふふ、聞くとしましょう」
そして騎士は口を開く、その答え如何によっては、自分達の命運は此処までであると理解した上で。
「何となくですがね、あんたも誰かに仕えているといった感じがする。それじゃ不十分か?」
「…………」
戦士はしばし無言となった。もしかしたら、選択肢を間違えたかもしれない。それでも、バジウッドに後悔はなかった。実際、その戦士と自分は似ていると感じたのも確かであるから。誰か、仕えるべき方がいて、そしてその方は最高の人物であると信じている。そういった空気を感じたのだ。
(さて、どうなるかね)
少しの間、緊張により、胃袋が収縮する感覚を味わっていた彼の耳に届いてきたのは笑い声であった。
「ふふふふふ」戦士はしばらく笑ったと思うと彼はと視線を戻して続ける。「良いでしょう。といっても、直ぐに実行に移すことは出来ませんが」
「いや、そこまで高望みはしねえさ」
「代わりに約束しましょう。我が主は近々、貴方様方の主の元へと挨拶に向かうと」
「それは本当ですか!」
食いついたのは魔法ではなく、拳を振るって兵士たちをどかしたフールーダであった。
「その方もまた!?」
何か期待するようなその眼差しに戦士は引き気味ながらも答える。
「ええ、私など話にならない方ですよ」
「おお! ついに! 我が悲願がああああ!!」
すっかり、その気になってしまったらしい宮廷魔術師は1人騒ぎ続け、その様を苦々しい面持ちで帝国兵達は見ていた。
「フールーダ様……」
「あの人、俺たちを売ろうとしたよな……」
そう愚痴りたくなる気持ちに共感しながら、バジウッドは話を締めくくる。
「なら、この場での取引は成立だ。しっかりと、分配するからよ、早いとこ、此処を出ちゃくれないかね」
その言葉に当事者の戦士は勿論の事、すっかり傍観者となっていた冒険者達も頷くのであった。これ以上出来る事はない。無理に此処に残っても血を見るだけであると。
(何でしょうか?)
ペテルは疑問に感じる。今回も結局、全く関係のない部外者に助けられてしまった形である。彼女の申し出により、自分達もまたこの遺跡で見つかったものを貰う事が出来るのであるから。
(もっと、強くならねば)
今回の旅、自分が出来た事は殆んどなかった。確かにランクはミスリル級に上がったし実力だって、伸びているかもしれない。それでも、まだまだ足りないのだと彼は改めて精進していく決意を固めるのであった。
(ですけど)
今回の事は、冒険者組合長に伝えるべきであろう。彼女が何らかの所属であり、そこが将来的に帝国と同盟を結ぶ可能性が出来てしまい、結果的に彼女を冒険者として取り入れる事は難しくなってしまったと。
こうして、各々の思惑に思わぬアクシデントを生んだ平野の調査は幕を閉じるのであった。
part1 終了。
揺れる馬車の中、彼女は目を覚ました。その視界は左右で偏りがあるようであった。
「あれ、此処は」
「目が覚めたか、ラキュース」
「イビルアイ、それにシャルティア様?」
「ふふ、おはようございます。ラキュース様」
ようやく覚醒した彼女はそこで、周囲の様子を伺う。そこは今回の依頼で見知った光景、自分の他には4人、それも行きと同じ面子であった。
「よかったです。ラキュースさん……」
「ええ、本当ですわ。アインドラ様」
「ニニャさん、イプシロンさんも」
そこで、彼女は現在の状況がどういったものであるか、思い出そうとする。が、何も出てこなかった。いや、全くという訳ではないけど。
(駄目ね、彼女と戦っていた記憶、その途中から綺麗さっぱりだわ)
自分達がここに居るという事は遺跡での一件は解決したという事であるが、どうにも気持ち悪いものでもあった。彼女のそんな疑問を解消するように、令嬢は無邪気に微笑みながら口を開いた。
「それにしても、凄いですね。ラキュース様方は」
「はい?」
令嬢は話してくれた。あれから、自分達は遺跡から未知のマジックアイテムにスクロールを発掘してきたのであると、しかしそれは彼女の記憶と一致しなかった。
「あの」
(ラキュース)
イビルアイがハンドサインで話しかけ、彼女もそれに応じる。
(何?)
(詳しい事は後で話す。今は話を合わせておけ)
(……分かったわ)
確かに、遺跡で実際にあったことをこの少女に知られる訳には行かない為に、仲間の支持に従うのであった。
そのまま、一行は城塞都市へと向かっていた。時間の関係上、ここで1泊する予定であったからであるが。
「何かしら、何だか外が騒がしいわね」
そう、街の人々が何事かと落ち着きがないようであったのだ。
(確か)
今日は、国王と友人でもある王女がこの街に来ているはずであるのだ。その関係だろうか? そんな彼女の耳に飛び込んできたのは衝撃的な事実であった。
「大変だ! 国王一行が襲われたって話だぜ!」
「「「「「!!!」」」」」
叫んでいるのは通りへと走って来た男であったが、その言葉にその場の全員が反応を示す。それは、そこにいた者達も同様の様であり、男へと注目が集まる。
「死人も沢山出ているって話だぜ!」
男はまるで、場を賑やかすように新たな情報を口にした。
(ラナー……)
今すぐにでも友の安否を確認したい、しかしそれは出来ないと彼女は今度こそ自分を戒めるのであった。彼女からの話によれば、頼れる者達が護衛としてついているという事なのでそれを信じるしかない。
それから数日後、彼女達はある場所へと向かっていた。それは、王都の冒険者組合である。シャルティアからの依頼は達成したという事であった。結局平野の秘密は分からずじまいであったが、令嬢はそれでも構わないと言ってくれたのだ。
「さて、言いたいことはあるか? お前ら」
その言葉に肩がすくむ。現在、彼女達がいるのは、組合の中でも特に煌びやかな装飾が施された執務室であり、その部屋の主を前にしているのであった。
「何もありません」
ラキュースの言葉に他の4人も首を振って同意する。
「そうか」
彼女が話をしているのは、40代ほどの男であった。右目を走るようにある3本の切り傷が目立つ人物。彼こそ、王都の冒険者組合長であるジャック・カルロスであった。彼は舌打ちをしてみせて、話を続ける。
「法国、評議国、件のテロリストに続いて帝国と。本当に問題しか起こさんな、お前たちは」
「はい、返す言葉もありません」
実際その通りである為、彼女は項垂れる。ここで下手なことを言っても悪化するだけであると、経験から分かっているようであった。
「今回、お前たちが持ち帰った遺跡の品、だったか? 確かに強力な物があるのは事実だよ。第10位階の魔法のスクロールの存在も確認できている」
「それは、本当なのか?」
思わず口を開いてしまったイビルアイであったが、彼に睨まれて直ぐに口を閉じた。彼女であっても、この人物は苦手であるらしい。
「だが、それとこれとは話は別だ。罰則は受けてもらう。これより〈蒼の薔薇〉は冒険者としての活動を無期限停止処分とする」
「それは」
「勿論、例外だって設けてある。そこは後で資料を渡すから確認する事。以上だ」
話は終わりだと彼は机に並べてあった資料に目を通し始める。しかし、ラキュースは聞かずにいられなかった。
「あの」
「何だ?」
「その、その処分はいつまで続くのでしょうか?」
言われた事を受け止めきれないのか彼女は彼へとそう問いかけた。対して、カルロスは呆れたように返答した。
「さあな、明日かもしれんし、100年後かもしれないな」
「そんな~~!」
組合に、彼女の絶叫が木魂するのであった。
組合から出た彼女たちは目的もなく、街を歩いていた。
「うう」
「まあ、プレート剥奪よりは遥かに寛大な処置だろ」
未だ落ち込んだ様子のリーダーに励ますようにそう言うのはイビルアイであり、彼女が視線を回せば他の3人達も頷いている。
「そうね、悪い事ばかりじゃないものね」
せめてもの救いは「漆黒の剣」の面々がその手の処罰を食らわなかったという事であろう。彼らは自分達が無理やり巻き込んだという事になっているらしい。彼らは納得しなかったが、実際そんなものであるし、それで納得してもらっている。
(それにしても)
イビルアイから、事の顛末を全て聞かせて貰った時は驚いた。まさか、彼女から聞いていた存在があそこに現れるとは。
(本当に不思議な事ばかりね)
あの遺跡もそうであれば、その存在とどうにも自分達は何か大きな流れに巻き込まれているようである。
「なあ、ラキュース?」
「何かしらイビルアイ?」
彼女は一度、黙ったと思うと意を決したように聞いてきた。
「その、左目は大丈夫なのか?」
「ああ、その事……ええ、少しかすんではいるけど、問題はないわよ」
「そうか、それなら良いのだが」
本人がそう言うのであれば、これ以上、この手の話題を振る必要はないと彼女も無理やり自身を納得させるのであった。
(なら、良いんだがな……)
彼女の治療は済んだはずであり、残っている傷などないはずなのだ。それでも、どうしても不安になってしまう。彼女の左目、その虹彩は以前よりも薄くなっているような気がするのであった。
「たく、本当に困ったものだ」
彼女たちを見送った後、カルロスは改めて息を吐いた。どうにも問題ばかりであると、そんな彼に耳にドアを叩く音が届いた。
「どうぞ」
「それじゃ、失礼しますよ~」
軽い口調で入室して来たのは良く知った顔であった。
「お前か、リーダス」
「はいはい、そうですよ。カルロスさん、そっちは順調かい?」
「ボチボチと言った所だな」
彼らはたわいもない話を続ける。王国の現状だとか、仕入れる予定の魔法に、各地の冒険者組合の動きなど。時折、受付嬢が運んでくれる茶に菓子を口に運びながら。
(どっちにしてもな)
幾ら、彼女達が頑張った所でこの国が向かえる未来は変わらないのだから。
そう、王国を舞台にした物語はまだ始まったばかりなのである。
此処まで読んでくださりありがとうございます。
予告は、4/3、20時から21時の間にて活動報告に載せる予定です。