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第16話 城塞都市での日々①
城塞都市エ・ランテル。ヘッドギア、ズーラーノーンが起こした事件により、深い傷を負ったこの街であるが、それも既に2カ月前の話であり、そうなってくると、復興と言うものも大分進んでいるものである。
壊された建物の修理はその殆んどが終わり、その事件で命を落とした人々の弔いも既に済んでいる。
そんな中、人々も次へと進む為に、起こった悲劇を過去のものにする為、それぞれの勤めに励んでいた。
通りを見れば、例の事件で店舗と住居を兼ねていた家を破壊されてしまったという男が路上販売をしている。広げられた布には男自慢の商品が所狭しと並べられていた。
「へい、らっしゃいらっしゃい! 安いよ!」
威勢のいい声に、手を叩く音もどこか道行く人々を惹きつけていく。それは、男が長年の経験で得た一種の技術とも言えるものであり、その効果により、その日も売り上げは上々といった所で、不機嫌な声が男の耳に届いた。
「まだ、やっているんですか……」
「お前さんかい、暇だね」
呆れたと言わんばかりの声に嫌味で男は返す。
「どうして、此処で商売をしているんですか?」
「俺の店がぶっ壊れたからだよ!」
「それなら、もうすっかり元通りになっているではないですか」
そう、文句を言いに来た青年は都市長の3人いる秘書の1人であり、建物の修復が終わっているにも関わらず路上販売を続けている男に苦言を言いに来たのである。
路上販売。
一見して活気があるように見えるが、その一方で通路を狭めたりとか、景観を損なう等、悪い点だってしっかりあったりするのだ。
(……ああ)
青年は胃が痛くなってくるのを感じて来た。彼は単に文句を言いに来たのではない。正式に、今日! 男に此処から撤収してもらう為に来たのであり、その働き次第により、給金を下げると言われて来ているのだ。
「とにかく、都市長から言われているのです。ここで販売する事を認めていたのは非常時における特別処置……」
青年は続けた。彼の家兼店舗にしたって、既にこの都市で優秀に入る部類の者達の働きで既に綺麗になっているのであるから。これ以上、ここで販売を続ける事を都市としては認める訳にはいかないと。
「ふんふん、言いたい事は分かった」
「でしたら」
自分の言葉を理解して、そして納得してくれたのかという青年の期待を男は見事に裏切って見せた。
「嫌だね、俺は此処で商売をしていたいんだ!」
「子供じゃないんですから」
「うるせえ!」
青年は頭を抱えた。男はわざわざ舌を出す形で挑発してくる。いい年こいたおっさんがするには余りにも酷い構図である。
「大体よお」そこで、彼は手を広げて言ってみせる。「俺だけじゃねえだろよ」
(うう)
確かに男の言う通りであり、彼は気力が下がっていくのを感じて、更に胃が痛くなってきたと感じた。その通りでは男のように路上販売をしている者達で溢れており、その数は青年が見る限りでも40程の出店だ。売っている者も食材だったり、アクセサリー、はたまたマジックアイテムにポーション等、その種類も豊富であり、値段にしたってばらつきがあったりする為、此処を利用する客も多く。現に彼らの周りではそんな客と店主のやり取りが夏場、森にて聞こえる蝉の鳴き声のように響き続けていた。
「今なら、これもつけて銀貨5枚!」
「もうちょい、値段を下げてはくんないか?」
「ええい、3枚で持ってけ!」
「よっしゃあ! 買いだぜ!」
値下げ交渉に成功したらしい客が天に向かって握り拳を掲げる。その隣ではまた別の客と店主が話をしている。
「普段、働き詰めの旦那様を応援する為、これら等どうでしょうか?」
店主らしき、40代前半らしき女性は、客である20代の若妻らしき人物へとそう語りかけた。その前に広がっているのは、何かしらの食材、肉の塊であったり、香辛料らしきもの、それに丸っこい果物等が並んでいる。それを見て、何を考えたのか客の女性は少し頬を赤くしてみせる。その様子に商機ありと見た店主は続けた。
「最近、ご無沙汰でしょう?」
とんでもない事を言った店主であるが、その意味を正しく捉える事が出来るのは大人であり、丁度そこを通りかかった親子、10歳程の少女が母親に「ママ、ごぶさたて、なあに?」と聞けば、母親は「その内分かることよ」と華麗に躱して見せた。
そして、客の女性は更に顔を真っ赤にさせるが、それで決意が固まったのか小さく答えた。
「……それを、お願いします」
「毎度あり~♪」
それらのやり取りを見た2人は再び顔を見合わせる。別に赤面する程、彼らは初心だとか無知ではない。男が口を開く。
「お前の、その話ってのはな、あいつ等にも言ってくれねえとおかしいよな」
「……く」
全くもって正論であるが、かと言って、自分1人でこれだけの相手をするとなると肩が折れるのは必須であると、青年が項垂れた時、店主の1人が声を上げた。
「これは、モモン様方ではないですか!」
その声に、思わずその場の者達全員がそちらへと視線を移せば、漆黒の全身鎧を身に纏った戦士に、絶世とも言うべき黒髪の女性、鳥を思わせる被り物をした人物に、そしてそんな彼らよりもひと際、大きく目を引く存在である四足の獣。
そう、この都市所属のアダマンタイト級冒険者チーム、モモンとその一行であった。
彼らの事をどう呼ぶかは実は定まっていない。「漆黒」とも呼ぶ者もいれば、「黒風の一派」と呼ぶ者達もいる。後者に関しては、正に彼らのあり方がそう呼ばせるに至ったものと思われる。
彼らは冒険者組合にて、登録をして一週間足らずでアダマンタイト級にまで登り詰めたのである。更にその容姿も性格の良さも一級。とあり、神が遣わしたのではないかと勝手に予想を立てる者達もいる。
本人達は自分達をどう呼んでくれても構わないと言うので呼び方が定着する事はまだ先の話になりそうである。
「やあやあ、モモン様方も来てくださいましたか」
彼らは良い客にもなりえるのであり、早速と言わんばかりに店主の1人が声をかける。それに、負けじと他の店主たちも声をかけるが、それだけにとどまず、客として来た者達等も英雄へと殺到するのであった。
(…………)
その人気ぶりを見た、市長秘書である青年はそこにこの場の打開策を見出したらしく、彼もまた英雄へと歩み寄る。
「すみません、通してください」
人波を何とかかきながら彼は、その前へと何とか出る。モモン達は現在、話かけて来た者達の対応に追われている様であり、かつて賢王と呼ばれていた獣へは子供たちが殺到しており、その体に顔を押し付けたり、登ったりしている。
「殿~何だか、こそばゆいでござる~」
獣は自身の待遇に不満があると、主人へと訴えかける。それに対して、モモンは何処までも朗らかとも言える印象を抱く声音で返す。
「子供たちの遊び場になるのであれば、それに徹していろ。別に、悪戯をされている訳ではないだろう?」
「しかし、某の体をこうも好きにされるのは……痛! 誰か毛を抜いたでござるな!?」
好奇心旺盛な子供と言うのは加減を知らないものである。どういったものか気になり手に取ってみて、そして力の限り引っ張ったのであろう。獣は痛みを訴えるが、英雄は笑って返すだけであった。
「お前であれば、そんなに痛みもないだろう。子供のやる事だ、許してやれ」
「酷いでござる~」
戦士がそう言ったのは、別に子供を甘やかしているという訳ではない。見れば、やった本人は母親から叱られており、そして父親が英雄へと頭を下げている。そう、やった子供はしっかりと報いを受けているのであり、それを英雄は分かっているのであろう。そんな英雄であればと期待を込めて青年は話しかける。
「あの、モモン様、よろしいでしょうか?」
「どうかしましたか?」
自分の声には余程力がなかったらしい。それによっていらぬ心配をかけてしまった事を恥じながら青年は続ける。
「実は……」
「そうですか」
「……そうなんです」
難しい問題であると言うのがモモンの第1印象であった。彼の話を聞けば、確かにそれは間違いではない。しかしと、そこで彼は周囲を見回す。
(ここが……)
あの事件から出来たこの路上販売群は、この都市の人々にとっても重要な物になりつつあるように感じてもいる。
(それに……)
自分は元はしがないサラリーマンでしかなく、そう言った話となるとやはり専門外である事は確かなのであり、下手に変な事を言う訳にはいかなかった。目前の青年を見れば、その瞳は懇願している、が。
「すみません。都市の事については、私が口出しする訳にいかないので」
「そうですよね。すみません、変な事を言ってしまって」
「いえ……」
こればかりは現地の人間に任せるべきであると、モモンはそれ以上言葉を言う事はなかった。肩を落として去っていく青年に少しばかし同情して見送るのであった。
モモン達は、もといアインズ達はリザードマンと行った戦争の間も、その後も城塞都市にて冒険者として依頼をこなす日々を過ごしていた。資金を稼ぐことは勿論であったが、冒険者モモンとしての立場を固めていくことも必要であったからだ。
(そう考えてみれば)
先程の青年には悪い事をしてしまったが、その目論見は上手く行っている様であると彼は感じた。冒険者というのは、結局対モンスターの傭兵である。それが、市長秘書である彼に助けを求められるという事は、そう言うことでもある。
(でも、なあ)
かと言って、口出しする訳にはいかなかった。自分達が最高位の冒険者であるのは、権力に金が欲しいのではないのから。いや、金はいくらあっても足りない。ナザリックの維持は勿論、自分の思い付きのようなもので始めてしまった計画を進める為にも、その資金はやはり欲しいものである。
(何とかならんかな)
この都市で活動する際の自分達の拠点は「黄金の輝き亭」この都市最高の宿屋であり、確かにその水準は高いものである。あくまで、この国であればの話になるが。
しかし、その宿代だって馬鹿にならない訳であるし、そこに払う位であれば、その分を統括である彼女に渡してしまいたいのが正直な所である。
(そう、アルベドならば……)
彼女であれば、自分よりもずっとその効率的な運用をしてくれると思った所で、思わず自身の頭を殴ってしまった。
「
いきなりの奇行に当然のようにかけられる声、彼女の行動は何一つ間違っておらず、アインズは内心焦りながらも平静を保ちつつ言葉を返す。
「何でもない。ナーベ、レヴィアも武器をしまえ」
「はい、そう言うのであれば」
「畏まりました」
現在は、チームメイトという事になっている女性たちにそう返して、モモンは落ち着かせる。黒髪の従者が見せた顔は、自身を不甲斐なく思うものであったし、顔を隠している彼女に関しては予期せぬ攻撃だと判断したらしい。ちなみに、珍獣はこちらの様子に気付かず、宙を舞っている蝶に目がいっているようであった。
(いかん、俺は何をしているんだ……)
衝動的にとってしまった行動を反省する。それでも、先ほどの行動に出てしまったのは仕方のない事かもしれない。資金云々で考えた時に、ふと思ってしまった。
まるで、家庭を支える為に遠くまで出稼ぎに出て、そしてその給金を妻に送る夫のようだと。
(ふざけるなよ、モモンガ? それは考えてはいけない事だ)
幾ら、彼女がそう言ってくれても自分が彼女にした事は変わらないし、もっと言えば彼らを一度は見捨てようとした事に変わりはないのであるから。間違っても彼女と、それからと彼は同じく自分へと想いを寄せてくれる階層守護者の顔を浮かべる。
(シャルティアだって、そうだ)
例え、現役の頃はその言動のせいでギルド1のダメ人間候補の烙印を押されていた彼、そんな彼でも親友であった男の娘であり、決して手を出すなんてしてはいけない。
(本当に)
彼は、どういうつもりであの手紙を書いたというのであろうか? と、そこで彼は思考を切り替えた。いくら考えても、当人しか知り得ない事であるのだから。
「と、次に頼まれていた仕事だな」
「確か、劇の出演依頼でしたね」
この面子で動く時、基本的に口を開くのは自分とナーベの2人だ。ハムスケは考える事が苦手であるようだし、レヴィアは必要以上に口を開かないのである。
(ま、頼んだ仕事は完璧にこなしてくれるしな)
彼女は以前、自分がナーベラルを抱いたとか阿保みたいな事をアルベドに報告したという前科があるが、それを除けば普通に優秀であった。そこは、墳墓一の知恵者であるあの悪魔直属と言った所か。
そんな訳で、冒険者としては、非常に微妙な内容を、社長が社長秘書と、あるいは売れっ子のモデルがマネージャーとそうするように、彼女と軽い打ち合わせをしながら彼らは進むのであった。
城塞都市は広い。その中には様々な施設があるのだ。無論、市民のいこいの場という事で公園と言った物もある。そう言っても、適当に場所を確保して整地しただけの簡単なものであるが、それでも動きたいさかりの子供たちには十分であった。鬼ごっこで、元気よく駆け回る子達に、地面に3重で円を描いてそこに石を放って遊ぶ子達もいる。簡易的な的あてなのだろう。その傍らではその母親たちが世間話に花を咲かせている。これは、アインズの居た世界でも見れたかと言えば、そうでもない。大気汚染によって、外出自体が難しいあの世界ではこんな光景は、過去の記録内の物でしかなかった。だからこそ、彼はこの世界を何としてもいい方向へと持っていきたいと考えるのだろう。
そんな公園には、これまた簡単な舞台だってあるやや、窪んだそこにステージがあり、そこだけは立派に舗装、それも建物に使われているであろう石製のものが施されており、そこに向かって正面には3方向に向けて階段上のこれまた簡単な客席が用意されており、そこは満席であった。この日、行われる劇にかの英雄が出演するとなればそれも当然と言えよう。
そして、舞台上では劇が進行している。
「おお、何と美しき娘であるか! これならば、グ様も喜んで下さるだろう!」
流暢にその言葉を使っているのは、驚くべき事にオーガであり、その横にはトロールの姿に、その足元にはゴブリンが3匹程もいる。モンスターがいるというのに観客が慌てふためく様子はまるでない。
オーガは片手に握った女性、黒髪をたなびかせ、身に纏うのは仕立てられたそこそこに値段が張りそうなドレスである彼女を再度見ると、叫ぶ。
「決まりだ! この娘をグ様へと捧げる生贄としよう!」
「そうだ!」
「それが良い!」
オーガの提案に、ゴブリン達が追従する。ここで、舞台の裾に新たな男が現れ、手に持った台本を読み上げる。
「さあ、大変だ! 彼女はモンスター達に捕まってしまった! このままでは、‘東の巨人’その胃袋が彼女の墓場になりそうだ!」
観客たちがどよめく、何という事だ。彼らはあの娘を食らうつもりであると、そこで掴まれた女性が声を上げる。体を圧迫されているのか、その声はか細いものであった。
「お願いです……離して下さい。私は父の為にも薬草を探さねばならないのです……」
それに対して、モンスター達は大笑いしてみせた。何を言っているのだ? この娘は? と言いたげであった。
「何を馬鹿な事を言っているのだ? 感謝すべきであろう。偉大なるグ様の食事となれるのだから!」
再び大声を上げながら下品な笑いをするモンスター達。
「うう、お父様……」
ついに女性は涙を流してしまう。その涙は頬を伝わり、オーガの右手に落ちるが、モンスターにしてみれば自然に浴びる雨水と変わらないのであろう。
「可哀そう」
客席から声が漏れた、それは少女のものであった。それを聞いたナレーション役らしき男は続けた。
「さあ、彼女の運命や如何に?! このまま食われてしまうのか?!」
「違う!」
その言葉を否定してみせたのは客席にいた少年であった。その言葉に近くにいた父親らしき人物は急いで少年を止めようとする。つまり、少年の行動は勝手なものであったのであるが、このナレーションは優秀であった。
「おお、何が違うと言うのだ!」
台本を見ずに言葉をかける男、完全にアドリブという事であった。そして、男の期待通りの言葉を少年は言って見せた。
「きっと英雄が助けてくれるんだ!」
「そうだ、きっとそうなんだ!」
「おねえちゃんを助けてあげて!」
少年の言葉に続けと他の子どもたちも声を上げる。
(良いね、良いね~やっぱり劇はこうでなくっちゃ)
彼は喜びに我を忘れそうになる自分を何とか抑えながら、耳に手をあてる動作をする。何か聞こえて来たといった感じである。
「おっと! どうやら近くに騎士様がいるようだ! その名はモモンガ!」男は、手を広げて続けた。「さあ、みんなで呼ぼう! 騎士の名を!」
「「「モモンガあああ!!」」」
突如、舞台が煙に包まれる。それは、魔法によるものであった。そして、ステージへと1人の人物が降り立ち、その衝撃で煙を吹き飛ばした。それは、漆黒の鎧で全身を覆った人物であった。
「さて、私の名を呼ばれた気がしたが?」
そこで、彼は自分を見ているモンスターに、捕らわれた女性の方へと向き直る。そして、そこに自身が助かる唯一の道を見出した女性は必死に声を張り上げた。
「お願いです! 私を助けて下さい!」
「あ? 何だこいつは?」
必死に訴える女性に、どこか不思議そうなモンスター達を見比べて、騎士は状況を理解したのか、話しかける。
「そのお嬢さんをどうするつもりなのか?」
「決まっている! グ様への生贄よ!」
「お嬢さんは嫌がっているようだが?」
「そんな事関係あるか!」
「そうか」
そこで、騎士は背中に治めたグレートソードを引き抜いた。その様子をモンスター達は嘲笑う。脆弱な人間が自分達をどうにか出来るのかと。そして、互いに目配せすると3匹のゴブリンに、トロールがそれぞれの得物を手にとって、騎士を睨む。
「俺たちに勝てると思っているのか? たかが人間如きが?」
「やってみなければ分かるまい」
「はん、馬鹿な人間様だぜ! やっちまえ!」
その言葉と共に、女性をつかんだままのオーガを除いたモンスター達が騎士に襲い掛かる。初めに殴りかかったのは棍棒を武器にしたトロールであった。
「おおらよっと!」
その攻撃を騎士は後ろに飛ぶことで躱してみせる。そこを狙ったように、ゴブリン達が矢を放った。
「馬鹿め!」「死ぬが良い!」
迫る矢を騎士はグレートソードの一振りで防いで見せた。そして――
「成程、それがお前たちの力か」
騎士の動きが変わった。急に、その動きが素早いものとなると、彼はまずトロールへと肉薄して、剣を横に振った。次には、トロールだったものは2つの肉塊に成り果てていた。しかし、そこからは血が流れる事もなければ、死体特有の生臭さもない。そう、それが誰も彼もがモンスター達に対して驚かない理由である。つまり、作り物であるのだ。それもよく出来た。
「何?」「馬鹿な?」
一瞬で、形勢を逆転されたゴブリン達の首も騎士が振るった一撃でその首は宙へと舞った。その圧倒的な光景に囚われていた女性にオーガは勿論、観客たちも見とれた。
「な、何なんだ? 貴様は……」
「何、唯の通りすがりだ」
そこで、その騎士が自分達よりもずっと強いのだと理解したオーガは女性を握る手に力を入れる。それにより、女性は苦痛の表情を浮かべた。
「動くな! この女がどうなっても良いのか?!」
「卑怯者!」という声が客席から響くがオーガはその事は歯牙にもかけない。それに対して、騎士は静かに相手を見据え、口を開いた。
「生贄とやらにするのではなかったのか?」
「黙れ! 今は生き残る事が先決よ!」
「そうか」
騎士はそれだけ言うと、飛んだ。オーガが女性を握りつぶす間も無かった。その顔面にはグレートソードが深々と突き立てられていた。それによって、女性の拘束は解かれ、彼女は落下する。それを騎士は軽やかに受け止めてみせた。その光景に、客席からは少年達の喝采に、少女達を中心とした女性陣による黄色い声援が飛ぶ。
「大丈夫ですか?」
「はい、危ない所を助けて頂きありがとうございます」そこで、女性は一度自分についたらしき誇りを払って騎士へと向き直る。「本当にありがとうございました。私はナーベラルと言います」彼女はそこで、逡巡する様子を見せ、意を決したように口を開く。「あの、図々しいと思いますが、何卒お力を貸してはくれないでしょうか?」
「それは……」騎士もまた迷った様子を見せ、それから少し考えたと思うと返事をする。「分かりました。では、私の方も、故あって彷徨っているモモンガと言います」
「モモンガ様は、騎士でございますよね?」
「ええ……そうなります」
どこか歯切れが悪い言い方にナーベラルは疑問を感じながらも彼へと説明をする。そこで、ナレーションが口を開いた。
「何と! 彼女は一国の第3王女様であらせられたのです!」
「「「何だって!!」」」
そのやり取り自体はまるで、聞こえていないように彼女は騎士へと説明を続ける。現国王である、父が不治の病にかかってしまい、城に仕えている魔女の話によれば、この森にその病を治す薬草があるとの事でそれを探しに来たという事であった。
「しかし、一国の姫君が無茶をしますね」
苦笑気味にそう言う騎士に、彼女はやや頬を赤らめながら返した。
「王位を継ぐのは第1王女である姉さまですから、私はあまり関係ないのです。それよりもお父様の容体が心配で」
「そうですか、ですが」
騎士は王女へと告げた。そう言う事であれば、国家が正式にその薬草を取りに来るのではないかと、この森には様々なモンスターがおり、彼女が生きていられるのは自分が通りかかった。その1点に尽きるのであると。それは、彼女も理解していたようであり、恥ずかし気に答えた。
「その、とても待ちきれませんでしたので」
「成程、ははは、貴方は父親思いなのですね」
要はそう言う事であった。確かに、その魔女の言葉通りに国の方でも薬草探しの為の準備が進められていたという。しかし、彼女はそれを待つことが出来ずに1人でここまで来てしまったという。
「恥ずかしい話でしょう」
「いいえ、そんな事はありませんよ」
確かに彼女の行動は無謀だ。しかし、それは一途に父を思っての行動。そこに好感を覚えた騎士は彼女の手助けをすると決めるのであった。
それから、2人の薬草探しの旅は続いた。その過程で、東の巨人と揉めたり、西の魔蛇と知恵比べをしたり、はたまた南の賢王と交流を図ったりと。
「あの、モモンガ様?」
知恵比べで勝利した報酬として、目的の薬草があるとされる地を教えてもらい、そこへと向かう途中の事であった。休息とばかりに、倒れた樹木に腰かけ、そしてナーベラルが口を開いたのだ。
「何でしょうか?」
「あの……」
「王女様は、失礼と承知の上で騎士へと尋ねるのでした」
そう、ナレーションの言葉通りであった。彼女は気になっていたのだ。どうして、こんなにも立派な鎧をつけた人物が唯の旅人であるかという疑問。
「王女様の疑問はもっともでした」
ナレーションの説明は続く。これだけの武装を個人で用意するのは困難であるし、もしも可能だとすれば、それは資産家であるか、あるいはと、そこで彼女の台詞が読み上げられる。
「もしかして、モモンガ様は……」
「ええ、王女様のお考えの通りですよ。――私は、かつて騎士でした」
「そして、騎士モモンガは語るのでした」
此処までのことで、騎士に王女に対する一定の信頼が出来ていたようで、彼は語った。己がかつて国に仕えていたという事を。しかし、その国は謎の病の流行で滅んでしまったという。モモンガが無事であったのは、その時に丁度、仕事で国外を1月程出ていたからだという。
「まさか、その病と言うのは……」
「ええ、恐らく貴方の父君を襲っているものと同じでしょう」
「ごめんなさい!」
一連の話を聞いた王女が初めにしたのは騎士に対して頭を下げる事であった。それに騎士は戸惑うばかりであった。
「どうして、貴方が謝るのですか?」
「だって、だって、私は」
そこで、彼女はまたも泣き出してしまう。その顔を見られるのが嫌なのか彼女は顔を覆いながら彼へと告げた。
「私、自分の事ばかりで! 貴方の事をまるで、分かっていなかった」
「…………」
「そう、王女様が考えた通りでした。彼、騎士モモンガは死に場所を求めて、この森に来たのでした」
状況が分かっていない様子の観客へと彼らの心情を解説する。
仕えたいた国を一瞬で失ったモモンガは半ば自暴自棄になり、この森へと来た。それは、自身の故国を滅ぼした原因であろう病を治せる薬草の話を聞いたからもしれない。例え、それを手に入れた所で彼が居た国はどうしようもない。
「そんな、そんな、あなたが、モモンガ様が思いつめていたというに。私は、自分の事ばかり」
恥じる様子で、彼に協力を求めた事はおろか初めに助けを求めた事さえ後悔しそうな彼女の方にモモンガは優しく手を置いた。
「私の事は、今は良いのです。それよりも、急ぎましょう」
「そう、王女の父君を襲っている病は、広がるのが速い病でもあるのです」
つまり、急がねばナーベラルの国だってモモンガがいた国と同じようになってしまうとナレーションが言い、そしてその内容に観客達は息を飲む。
ひとしきり泣いた彼女と彼は、再び歩き出すのであった。
それから、彼らの旅はクライマックスを迎えた。薬草があると言われていた巨大樹、そして、そこに住み着いていた魔樹との闘い。勿論、作り物であるが、その動きは並のモンスターではなく、騎士との死闘は観客に迫力を感じさせた。
そして、激闘の末に騎士は勝利し、薬草を手に入れる事が出来たのであった。
「良かったです。これで、貴方の国は救われる。それでは」
目的を達し、そして森から出た騎士は自分の役目は此処までであると、彼女へと別れを告げようとする。が、ナーベラルはどこか納得がいかないようであった。
「待ってください。モモンガ様はこれからどうするのですか?」
「私は、既に帰る場所などありませんから。ですから……」
「死ぬと言うのですか?」
「…………」
王女の言葉に騎士は言葉を返せずにいる。それを肯定と見た彼女は畳みかける。
「あなたは生きています! 例え、国が無く、――失礼しました。」彼女は一度頭を下げた。今の言い方では余りにも失礼であるからだ。それからと彼女は続ける。「でも、あなたが、モモンガ様が命を粗末にして良い理由にはなりません!」
「それは」
「それが、王女様の考えでもありました」
ナレーションの声が響き、観客が舞台へと視線を集中させる。彼女の説得は続く。
「命を大切になさってください! きっと、モモンガ様の大切な方々だってそう言うに決まっています!」
「!! それは」
その言葉に騎士は迷った。かつて国を守る為に共に駆けた同僚たち、忠誠を誓った国王にそして――
「姫様は、許されるだろうか?」
思わず口にしてしまったのは、騎士にとっても娘の様な存在であった少女だ。その子は幼くして死んでしまった。それも9つという年で。
「騎士モモンガは迷いました。このまま王女の言葉に従って良いものかと……」
ナレーションを務める男の言葉に続くようにモモンガは言った。
「だが、そうだとして、私はどうすれば……」
そう、仮に彼女の言葉に従うとしても彼には行くあてなどないのであるから。それを受けて、ナーベラルは一度胸に手を置き、深呼吸をした。それから、意を決したように騎士へと言い放った。
「ならば、私に仕えなさい! 貴方が生きる理由、それを共に探してあげましょう」
それは、それまで王女としてはどこか未熟だった彼女の成長を見れるものであった。この薬草探しの旅は彼女にとっても大きな経験となっていたようである。それを見せられて騎士は、唯。
「はは」
「彼は笑うと、空を見上げ、そして兜を取るのでした」
その言葉通りに騎士はしてみせて、そして現れる素顔に客席が湧く。主に、未婚の女性たちが中心の様であった。
「そう言うのであれば、分かりました。このモモンガ、これからは王女ナーベラル、貴方に仕えるとしましょう」
「では、忠誠の儀ですね」
彼女はそう言うなり、右手を差し出し、そして騎士は跪いてその甲へと口づけをする。それが、この辺りにおける習慣でもあった。そして、男は声を張り上げる。此処が終幕であるのだから。
「こうして、唯、彷徨う騎士であったモモンガは、新たな主君を得て、その後も後世に語り継がれる程の武功を残していくのでした」
鳴り響く拍手の嵐と歓声に劇は幕を閉じたのである。
「いやあ、それにしても助かりました。モモンさん達が協力してくれて良い劇になりましたよ」
舞台裏、と言っても客席から死角になっているだけで、設備らしいものは何もない所で先ほどナレーションを務めた男が発した言葉であった。
「いえ、こちらも結構楽しませてもらいましたよ」
「はい、
今回の依頼におけるアインズ達の役目及び、演じるのは騎士に姫君であった。
(それにしてもな)
まさか、墳墓で使用している名前を使う事になるとは思ってもいなかったと彼は息を吐いた。流石に本名そのままでは不味いという事で、目前にいる男が用意してくれた役名がそうだと知った時には思わず取り乱しそうになるのを何とか抑えたものである。あまり見苦しい所は見せる訳に行かないのであるから。
「にしても、本当に名演技でしたよ~」
続いて口を開いたのは、今回の劇でナーベラルが着用したドレスを仕立ててくれた女性であった。彼女はその辺りの役割だという。
「それを言うのであれば、あなたが用意してくれたドレスも見事でしたよ」
今回の話は王女様が単身、森に入っている所から始まったのである。王女だからと言って、余りにも豪華なものを用意すれば、場違い感が強まるし、かと言って、庶民の服を用意すれば王女としての威厳が駆けてしまう。特に後者はラストシーンにおける舞台装置でもある為、極端にどちらかによったものでは駄目であったのだ。その点、彼女が用意したのは、正にその中間をついた品であったという事である。
それは一目見れば「庶民にしては良い服」という印象が、それを纏った者の立場が分かれば、確かに「王族がお忍びで街に行くための服」に変わるのであるから驚きである。
(これも、1つの)魔法だなとモモンは彼女を褒めたたえた。しかし、それを言われた本人は微妙な顔をしている。(???)
疑問に思った彼に、彼女はため息をついて言う。
「モモンさん、私の腕を褒めて貰えるのは嬉しいですが」
「そうそう、こういう時は他に言う人がいるでしょう?」
彼女に同意だと言わんばかりに声を上げたのは、先ほどの劇にて、モンスター――正確にはその形に加工したという特殊なゴーレムだ――を操作していた男性だ。
(そう、これもあるんだよ)
この世界が
(現地の人間が独自に魔法を開発しているケースか)
しかし、これだって変な話ではないとアインズは考える。以前、ツアーと会った際に聞いた話によれば、この世界の法則が乱れ始めたのは500年前からであり、それから今の位階魔法が広まりつつあるという。
それだけの年月があれば、人間に限らず独自にその魔法体形を整えている者がいても不思議ではない。今回の例に限って言えば、自分が騎士として屠ったモンスターの姿をしたゴーレムは、担当の男性が創ったオリジナル魔法であるという。元々は防衛の為にと用意したゴーレム達を演劇で活用する事になるとは男も思っていなかったらしい。
(そう、そうなんだよな)
あのンフィーレア・バレアレの件がいい例ではないかとアインズは思った。彼には祖母と共に例の世界樹とは別の方向からポーションの生成を任せているが、その成果も順調に上がっているようであり、先日見た紫色のポーションと、その効果がアインズが知っているものよりまだ劣るとはいえ、上がっている事に思わず喜んだものだ。
(彼にはもっと頑張ってもらわないとな)
その研究にしたって、機材に材料を整える為の資金が必要なのであり、その為にも依頼を受ける日々を過ごしているのであるから。
そして、この世界には多くの人に、亜人、異形種等がいる。そんな中には彼のように研究熱心な奴がいたってなんら不思議ではない。現在、デミウルゴスにシャルティアと2人がそれぞれ調べている件もそうであるが、この世界には定期的にユグドラシルからの物が転移して来ているようである。定期的と言っても100年周期であるらしいけど。
(それが)
計画の為になるのであれば、それはまだ良い。しかしと、彼は危惧する。脳裏に浮かぶのは親しかった彼の顔だ。
(技術の開発は軍事が優先される、か)
言った本人にしてみれば、2番目が最も優先されるべきであると、そう言いたかったのであるが、今彼が警戒しているのは別の事であった。
(まあ、余り深く考えても仕方あるまい)
分からない事に時間をかけるのであれば、分かっている所に時間をかけるべきである。そんな彼の耳に劇団関係者の声が聞こえる。
「服だけ褒めても駄目なんですから」
「そうだ。モモンさんには言うべき人がいるでしょう」
「ああ、それは」
(えっと、何を)
言えば良いのかと分かりかねている様子のモモンに、彼女達は困惑した表情をして、そして告げた。
「だから、ナーベさんの事ですよ」
「ああ、そういう事ですか……」
その言葉でようやくアインズは彼らが何を言いたいのか理解出来た。ドレスは確かに凄いものであったが、それを着ていたのは演技をしたナーベラルであるのだから、その彼女がどうであったかと言えという事か。
(おかしい……)
別に彼女と恋人という設定はなく、そう言った関係である事は否定して来ている。もっと言えば、あの歌の件もあるので、自分達がそういう風に見られると言うのはおかしい話であるはずであるが。
アインズがその言葉を受けて、ナーベラルの方を見れば、彼女は彼を静かに見ていた。それは、どこか期待をしているようにも彼には見えた。
(実際)
途中、急にアドリブ等が入り、自分の演技をするので精一杯であったが、王女を演じていた彼女は普段と印象が違うというのは確かであった。普段は後ろでまとめている髪を下ろしていたのもあり、メイドではなく、それこそどこかの姫君だと思えてきた。個人的な事を言うのであれば、彼女は洋装よりも和服の方が似合いそうだという気持ちもあったが、それは、彼女を創った彼に関連してかもしれない。
「そうだな、綺麗、だったぞ。ナーベ」
結局、その手の経験が不足している彼にはその言葉がやっとであったが、それでも、その言葉はナーベラルの胸を温かくしていた。
(アインズ様)
「はい、お褒めくださりありがとうございます」
そう言う彼女の顔は喜びに溢れており、モモンへと文句を言っていた2人もその光景にひとまずは満足するのであった。
「けどさ~」
続いて声を上げたのは、劇にてモンスター達の声をあてた男性であった。ゴーレムを召喚して、それを操作出来るとしても動きだけであり、声まではどうしようもない。よって、別に台詞を読み上げていた人物がいた訳であるのだ。
(まさか、こっちにも)
その手の仕事があるとは思いもしなかった。双子を創った彼女がこっちに来ても就職場所に困る事はないだろう。そんな彼が続けた。
「ラストのシーンもだけどよ~もちっと、恋愛色強めに出来なかったのか?」
「馬鹿言うな。この演目は全年齢対象なんだ。そんな事出来るか」
意見を切り捨てたのはナレーションを務めた男であった。しかし、言いだした彼は諦めきれないのか話を続ける。
「最後も忠誠の儀とかじゃなくて、思いっきり抱き合ってからのキッスじゃ駄目だったのかよ?」
「何を言っているんですか!」
赤面しながら、その言葉を否定するのはナーベラルであった。
(出来る訳ない)
口づけ、あるいはキス。
元が日本人であるアインズを始め、そしてその集まりでもあったギルドの影響か、NPC達にとっても重要な物だという認識である。例えば、あのシャルティアにしても過去に自身の眷属を抱くことはあっても、それだけは1度もしなかったという事実から言える。
ナーベラル個人が把握している範囲で言えば、アインズがそれをしたのは、アルベドの額にした1回限りでありまだその唇を、骨ではるが、重ねた者は墳墓ではいない。ちなみに、先ほどの演技でやった分に関しては彼女は無かった事にしている。あれは、仕事の一環であると無理やりに己を納得さ――
(~~~)
必死に考えないようにする。正直、愛する御方が手の甲とはいえ、その唇をつけてくれたのだ。女としては嬉しさに恥ずかしさで思考そのものが溶けてしまいそうである。
(落ち着きなさい。ナーベラル・ガンマ)
そして、彼女は考える。やはり、アインズがそう言った事をいつかするのであれば、自分よりもアルベドが最初に相手にするべきであると。自分の想いというものはここ最近、芽生えたものであるが、統括である彼女はそれこそ、長い時を想っていたのである。
「そうですよ。子供達の教育に良くない」
「そうだ、モモンさんの言う通りだ」
主の声であり、ナレーションであった男がそれに同意する。
「そ、そうです」
彼女も同意の声を上げる。それから、と彼女は考えた。
(本当に)
思ってもいなかったと、誰かを愛する事がこんなにも苦しい事であると言うのは、以前行われた戦争、それ自体は計画の一環という事であり、そしてこちらからも少なからず犠牲者を出してしまっている。その時の主の姿は本当に悲しんでいる様子であり、自分は何も出来ず、無力である事を恨めしく思ったものだ。
今のナーベラルにとって、アインズの喜びも悲しも彼女自身の物でもあると言えた。彼が笑えば胸が温かくなるし、彼が悲しめば途端に調子が崩れるのであるから。だからこそ、彼女は願う。自身の想いが主へと伝わる日は勿論であるが、それ程までにアインズを愛していたアルベドの想いが報われて欲しいとも。
城塞都市エ・ランテル。その復興は確かに進んでいた。