「……成程、そういう事なのですか、……しかし、良いのですか? そのような事を私達に話してしまって?」
レエブン候から、今回の依頼の内容を聞いたアインズはそう言葉を返しながらも相手の真意がどこにあるか考えていた。
「ええ、モモン殿達の協力を得るために、多少は国の恥を晒す事も必要と考えてです」
「そうなんですね」
(成程、そういう事か、しかしこれは)
成功と呼んで良いのか、あるいは失態とすべきか彼は少し迷った。今日、自分達に会いに来たという貴族、それも唯の貴族ではなく、この国で王の次に力を持つ大貴族の1人である彼からされたのは、依頼であった。それ自体は別に珍しい事ではない。アインズ達は、冒険者モモンとしていくつもの仕事をこなしてきているし、その依頼主に貴族だって沢山いた。
ある時は、晩餐会の為に獰猛な獣の肉が欲しいという依頼だってあった。それを振舞う事で自身の財力を誇るのが狙いであったらしい。無論、それだって無事に終えている
しかし、今回の依頼は今までのように簡単な物ではなかったのだ。レヴィアノールが言ったように厄介ごとであったらしい。
アインズは思案する。まず考えるべきは、その話を自分達に持ち込まれた意味合いについてだ。レエブン候の話は正に王国の内部事情であった。何でも、貴族たちには六大貴族を中心に2つの派閥があるらしく、それが今回の行事においての障害になるという話であった。それは、王派閥と貴族派閥であるという。これが、単に考え方の相違だとか、王国をどうしていくかという方向性で割れているというのであれば、どれ程良かっただろうか。派閥が割れているのは、単に権力争いの一環であるというのであるから。
貴族派閥が狙っているのは、国王の力を落として、自分達主体の国にしたい。王派閥はそれを防ぎたい。それだって別に国王への忠誠という訳ではなく、自分達の取り分を守りたいと言ったものであるのだから。
(唯、何だろうな?)
侯爵は何か言い淀んでもいたように感じた。実際はもっと複雑なのか、口にしなかっただけで他にもそう言ったグループがあるのかもしれない。
そこまで深く考えても仕方ないとアインズは貴族たちの問題に目を向ける。
今回の城塞都市陣中見舞い。これは、王派閥にしてみれば何が何でも成功させたいものである。それは、貴族派閥にとっては、真逆の意味合いであるという事でもある。
「しかし、侯爵の杞憂では?」
目前の人物をアインズなりに試す意味合いも兼ねて、そんな質問をする。それは、この人物の立ち位置もまた複雑であるのだから。
レエブン候。彼は、表向き貴族派閥の所属であるが、その実王派閥の影の盟主であり、この国が崩壊しないよう努めている陰の功労者であるという事であった。その事実は現在、共にいる組合長が保証するというし、なんであれば都市長に魔術師組合長に確認を取ってもらっても良いとの事であった。
つまり――と、アインズは考える。彼ら、この都市の重役についている者達は国王からの信頼が厚いのであろうと。
(それも、当然か)
それだけ、この地が王国にとって大事な所であるという事でもある。しかし、その事実を正しく認識できている貴族は少ないというのが、組合長の見解であった。それは確かに理解出来てしまう。モモンとして様々な貴族と会ってきているが、この都市を防衛拠点として見ている者は少なく、王国の一領土でしかないという見方である者が殆んどであったように思える。それよりも自身の家の力をいかに強くするかという点にしか興味がないようであったから。
「ええ、モモン殿が言うようにそれで済んでくれれば良いのですが」
「レエブン候は、何かあるとお考えなのですか」
「はい、本当に恥ずかしい話になりますが」
それも、王国の事情によるものであった。リ・エスティーゼ王国は、広い国土を持つが、その内生活圏というものは狭く。ひとたび都市を出れば、例え国内であっても危険と隣合わせであるという。野盗、モンスター等。それらの対処などに冒険者を雇う。あるいは、正式に軍隊で警備にあたるという案もあったらしいが、それもうまくいっていないという。
貴族たちの反対が激しいとの事であった。元々、その仕事が彼らのものであるからだ。その代わりに彼らは通行人から通行料金を貰うという仕組みであったが……
(聞けば、聞くほど酷い話だな)
実際は、料金だけ取り、仕事を雑にしている貴族が殆んどであるという。
「そうですね、私が知る限り……」レエブン候は、息を整えて続ける。それは、少しでも落ちたであろう心証を回復しようとしているようであった。「その勤めをしっかりと果たしているのは、ウロヴァ―ナ辺境伯に、アインドラ男爵ですね」
「そうですか、確か辺境伯と言うのは、貴方と同じく」
「はい、六大貴族の一角でございます」
「それに、アインドラ男爵と言うのは……」
どこか、期待するように聞くアインズにレエブン候は、頷く形で肯定して続ける。
「はい、かの‘蒼の薔薇’、それに‘朱の雫’と深い繋がりがある家でございます」
王国には、現在アインズ達を含めて3つのアダマンタイト級冒険者チームが存在する。その内の2つが今レエブン候が上げたチーム達だ。そして、驚くべきことにその双方のチームのリーダーの親族であるというのが、その男爵であるという。
(まあ)
そのこと自体は、以前から知ってはいた。その為、シャルティア達が何とかその家に接触出来ないかと試みているはずである。
(と、今考えるべきはそこではないな)
この国にいる貴族は沢山いる。それでも、総人口の何割かであるけど。それだけの数の家があって、先の仕事をこなしているのがそれだけであるというのは、問題があるとその手の話に詳しくないアインズでも分かる。
(まあ、あくまでレエブン候の主観だしな)
例えば、ビョルケンヘイム等もしっかりとこなしている家であろうし、他にも彼が知らないだけでしっかりしている家はあるかもしれない。それ以上に酷い貴族たちが目立つわけであるが。
「しかし、本当にあるんですか? 国王の命を奪おうだなんて?」
「確証はありません。しかし、その手の者達の存在をモモン殿もご存知でしょう?」
「ええ、以前、この都市に攻撃を仕掛けた者達等ですね」
レエブン候の話を総括すると、そう言う事であった。国内の治安というのは酷く、おまけに己が権力を強める事しか頭にない貴族達。そして、大きく2つに割れている派閥。
そこから彼が導き出したのは、この行事の最中に国王と王女が命を狙われるというものであった。
(ま、確かにな)
貴族たちの話で彼らが国王を廃してでも更なる権力を欲しているのは良く分かった。そうなればレエブン候が危惧している事もよく理解出来る。
今回の陣中見舞い。何が一番不味いと言えば、国王が居城を離れる事だ。そして、街道を進んで、この都市を目指す事になるのであろうが、例えばだ。
王都から城塞都市へ向かう途中で、そこで
「もしも、レエブン候が考えているようにそうなったとして、王位はどうなるのでしょうか?」
それは、余りにも不謹慎な話であるし、アインズにしては珍しい失態であったが、それだってレエブン候達にしてみれば現実になりかねると分かっているので、咎める事はしなかった。
「何人か候補がおります。ですが……そうですね」候は握りこぶしを顎にあて、少しアインズから視線を外して考えたのち、答える。「第1王子であるバルブロ様が継ぐ事になるかと」
現在、次期国王候補と称されているのはレエブン候が上げた1人を合わせて3人であるという。その弟である第2王子、そして、第1王女を娶った六大貴族現最年少である人物であるという。
「レエブン候自身は、誰を推しているのでしょうか?」
「申し訳ありませんが、個人的な事になってしまいますので」
(そう、簡単に教えてはくれないか)
それを知る事が出来れば、王国の事情というものを図る事が出来たかもしれないと。ちなみに第1王子が即座になるであろう理由は六大貴族の半数が彼を推しているとの事で、その中には辺境伯もいるのだとか。
「ですが、国王の警護という事であれば、件の戦士長がいるでしょう」
「そう、なのですが」
「まだ、あるんですか?」
軽く驚くアインズを前にレエブン候は恥じ入るように、説明をした。今回の陣中見舞い、その道中を行くのは戦士長とその精兵達ではなく、王派閥の貴族家、各家から出る若者たちで構成される近衛隊であるという。
「成程、文字通りの権力闘争という事ですか……」
「はい、そうなります」
このやり取りが始まって、何度目になるかレエブン候は肩を落とす。確かにモモンの言う通りであるのだ。派閥間による争い、彼にはこれは言っていないが、現在は貴族派閥がその力を強めている。それもこれも、この都市が襲撃にあった事が大きい。この都市は国王の直轄領であり、その被害は国王の責任でもあるという考えが貴族たちに広まっているからである。確かにそれは間違ってはいない。だからこそ、この陣中見舞いが決まった訳であるのだから。これに関しては王派閥の力添えもあった。彼らにしてみれば、国王の力がある程度なければ、意味が無いものであるから。
(だが、くそ……)
王派閥にしても、自分達の力を誇示したかったらしい。戦士長が共に行くことに猛反発してきたのであり、その代わりにモモンに説明した近衛隊が出る事になった。確かに、剣を学んでおり、少なくとも自分よりは役に立つであろう。
(しかし、な)
これが、自分自身の恐れであるならば、どれだけ良い事かとレエブン候は思う。とても、彼らだけで国王たちを送り届けるという事が出来そうにないのであるから。貴族派閥にしてみれば、失敗さえしてくれればなんていう空気が漂っている訳であるし、本当にこの都市の重要性を理解していない馬鹿が多すぎるのである。
もしも、この都市を帝国、あるいは法国に奪われるなんて事になれば王国が滅ぶのも時間の問題であるのだから。
(特に、彼だな)
ボウロロープ候、貴族派閥の筆頭にして、王国で最も広大な土地を持つ六大貴族の1人、彼は軍事にも長けており、直属の精鋭兵団を持つ人物であり、単純な指揮能力であれば戦士長をも超える人物。それだけではない、彼の娘は第1王子に嫁いでおり、よってその彼が王位を継げば、彼は女王の父として王国の政策に色々と口出しをする事が出来る立場になれるであろう。よって、攻撃を仕掛けてくる者達がいれば、その彼の差し金である可能性が高い。それだって、直接的な繋がりは全く見せる事なく。
仮に、国王が死んでしまい、そのようになったとして、王国が取る政策はどうなるか?
(恐らく……)
この国を戦争国家にしてしまうだろう。毎年の帝国との戦争は激化するばかりで、年々王国を苦しめている。だが、彼にはその事実は見えていない。彼にとっては軍拡が一番であるらしいのだから。ボウロロープ候は帝国相手に勝てる自身があるらしい。確かに彼の手腕であれば、帝国相手に良い所まではいけるかもしれない。
(それでも)
勝てはしないだろうとレエブン候自身は考えている。そもそも、軍事力が違いすぎるのあるから。帝国と王国ではその方法だって異なる。いうなれば、質と量の違いであると言えば良いだろうか? どちらがどちらというのはわざわざ言葉にするまでもないように思える。
(考えれば、考える程)
彼は頭が痛いと思っている。この国は周辺国からとにかく嫌われているのであるから。現在、信頼のおける部下、元冒険者だった者達をその偵察にとあてているのだ。連絡手段だって用意してある。
(費用は馬鹿にならないが)
魔法のスクロールはそれだけで高級品だ。特に、連絡に使っているものは特に。しかし、これが無いと仕事にならないのであるから涙を呑んで出費するしかないのである。
(にしても、本当に不思議だ)
何度それを使っても、その感触に、突然頭に声が響くそれになれることはないだろう。その魔法は多様したが為に偽情報によって滅んだ国の歴史がある為に、使用はしないというものがこの国の一般常識である。が、彼にはそれを守っている余裕などあるはずがなく、使用していた。その代わりと言っては何だが、暗号を用いる方法などを加えて、情報の信憑性を高める等の工夫はしてはいた。
そして、現在帝国にて情報を集めてきている者から連絡をここへ向かう道中、馬車の中で聞いたのであるが、現在、帝国はカッツェ平野に何やら力を入れているようである。何を探しているかは気にはなっていたが、それは別に問題とするべきではなかった。それよりも問題であったのは、帝国が冒険者をも兵として取り入れ始めた方が重要であるのだから。
一般的に、兵よりも冒険者の方が実践慣れはしている。よって、この事実だけでも帝国軍の戦力が上がるのは、間違いがない。それを抜きにしたって、帝国軍の水準は高い。
対して、ボウロロープ候の精鋭は現在5000程であり、それ以外の王国軍というのは、徴兵した平民でしかないのであるから。普段から、兵士を育てている帝国とは大違いであるのだ。
「戦士長を、ストロノーフ殿を外して、安全に国王と第3王女をここに連れてくる事が出来るのですか?」
モモンのその言葉が彼を思考の海から引き揚げる。色々と悩ましい事ばかりであるが、まずは目の前の事からだとレエブン候は気持ちを切り替える。その行事の参加者、ともすれば死と隣合わせであるその旅に行くのは、現時点で決まっているのは、リ・エスティーゼ王国、国王ランポッサⅢ世。第3王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。その王女付きの兵士が1人。近衛隊が15人程、これに関しては増える可能性もあり。そして、自分である。
近衛隊が王派閥の代表として行くのであれば、自分は貴族派閥の代表と言う事に表向きはなっている。派閥間の争いだってそうだ。あくまで王派閥は国王と王家が続くことを
連中はそれで、国王の目をごまかしているつもりかもしれないが、実際はランポッサだって彼らが心から国に尽くすつもりはなく、自らの権威を守りたいと、それが第1であるという事は感づかれているというのに。無論、国王だって、この事態を何とかしたいと考えてはいる。それは、彼にしたってそうであるのだ。しかし、現状は複雑だ。六大貴族の力が王国にとって大切なものである事は変わりないわけであるし、急な変革を起こすには、そんな神業めいた事をするには、力が圧倒的に不足している。
(そう考えると)
一瞬、身が震える。あの少女にはこの事態などお見通しであろう。そして、彼女なりに何かやっているようであり、それは一見、国を憂いての行動にも――少なくとも平民達にはそう見えているからこそ、現王族で一番の人気を誇っているのであろう。
しかし――
(駄目だ、私には、あの方が)
もう化け物にしか見えないのであるから。きっと、政策を打ち出しているのも民を思っての事でもあるけど、他にも隠れた目的があるに違いないのであるから。それこそ、己の目的の為に。
(何とかせねば)
彼女が何を考えているのかは分からないし、自分のためだけに生きているというのであれば、別に咎めるつもりもない。究極的な事を言えば、自分だってそうであるのだから。
(リーたん……)
彼は、現在英雄へと向けている硬い表情とは裏腹に柔らかい響きを口にする。無論、それは彼だけにしか聞こえていない。否、唯一聞き取れる可能性がある人物が1人いるが、ケースが特殊である為、それが出来たかは定かではない。
彼、エリアス・ブラント・デイル・レエブンだってかつては王位を狙った事だってある。そうだろう? この国の現状を見せられて、そして王家の醜態ぶりを見てしまえば、何より男であれば頂点を目指すものである。その為に彼はありとあらゆるものを犠牲にしてきた。それは、愛情だって例外ではない、妻とだって、様々な打算ありきでくっついた政略結婚であるのだから。彼女の家にもたらす利益を彼女自身も理解しているからこそ、成立したと言っても良い。
そんな彼の転機は第1子の誕生であった。子供にしたって、自身の目的の為、そして得た地位を永遠に自身の家の物にする為の道具位にしか考えていなかった。
しかし――
(――……ふ)
目を閉じれば今でもその時の事を思い出す。妻の腕の中で、静かに寝ている生まれたばかりの我が子を。身じろぎさえ、弱弱しいものであり、その目も口も、耳に鼻さえも簡単に取れてしまいそうな位に小さかった。
――良ければ、抱いてあげてください。
その出産に立ち会った助産師の言葉であった。その言葉と共に渡された命は……
(ふしぎな物だな)
生まれたばかりの赤子なんて体重は殆んどないはずであり、別にそれを受け取ったからって急に腕が疲れるなんてないはずなのだ。だというのに。体は震え、血の気が引いて、体が冷えたように感じた。この不可思議な現象は何であったのか?
微弱な熱を発するそれを無くしそうだと、普段の自分であれば湧き上がるはずもない恐怖。それは、その命を落としてしまわないかという危惧から来ていた。それ程までに軽かったのだ。だと、言うのに。同時に重いものでもあった。
そして――
(あれは、もう忘れることさえ出来ないな)
そのタイミングで目を覚ましたらしく、黒い瞳、本当に何の穢れもなく、唯無垢なもの。生まれ落ちたばかりで何も、そう抱いている自分が父親だとそんな事さえ知る由もない瞳。それを向けられて、彼は自分の中で何かが氷解していくと自覚した。
彼が変わったのはそれからである。妻へと子供を産んでくれた事へのお礼を伝え、この時に彼女が見せた顔も一生忘れる事が出来ないであろう。レエブン候の変貌ぶりには彼を良く知る者達も驚きこそしたが、それも直ぐに引っ込んだ。王位を狙う敵が減った事に対する喜びか、子供が生まれたのであるからそれも当然であると考えてかはそれぞれであったろうが。
それだけ、彼にとっては大きな事であったのだ。息子を設けて、父親になるという事は。そして現在の彼にとっての人生の目標も変わっている。王位を狙うといった野望ではなく、息子に今の地位に領地を継がせる事。残してやるという。それこそ、ありきたりな父親の願いとなっているのであるから。
それを実現する為にも今しばらく王国には現状を維持してもらう必要があるから。それは、それで野望と言えるかもしれない。以前に比べて大分微笑ましいものとなっているのは間違いない訳であるが。
(その為にも)
何としても彼らにも同行してもらう必要があるのである。目を付けたもう1組とは既に話がついており、現地へと向かってもらっている。前評判通り、出費は痛いものであったが、それだけ実力だって伴った者達でもある。名目上は自身の護衛と言う事にしてもらっている。近衛隊はあくまで王派閥、対して貴族派閥は自分1人だけ、そして基本的に戦う術の持たない男であるのだから。そんな自分が自腹で人を雇うのは許される事であろう。例え、他国の人間であってもだ。かといって、数を揃えても仕方がない。信頼できる少数に頼みたいのであり、その彼らと目前のモモン達へと目を付けたのであるから。そして彼には確信がった。この人物はこの言葉を口にすれば、間違いなく首を縦に振ってくれるであろうと。
「正直に言います。難しいと私は考えています……」
「それは」英雄は、考え込むように下を向き、次に左右に控えている女性達へと目配せをして、レエブン候へと再び視線を向ける。「仮にも、王国の重要人がそのような言葉を口にしてよろしいのですか?」
モモンの言葉は正論以外の何物でもなかった。彼が口にした言葉は余りにも情けないものであるから。本来であれば、城に勤めている人間だけで何とかするべき案件であろう。だと言うのに、それをせずにこうして部外者であるはずのモモン達を巻き込もうとしているのであるから。
「良いはずがありません。それでも、必要があると私の判断であります」
「そうですか」
(そこまで、一体何を……)
この人物は恐れているのであろうかとアインズは感じた。仮にも国内での移動の話だけだと言うのに。野盗の類であれば、話に聞いた近衛隊とやらでどうにかなりそうだとも思うが。確かに好機でもあるが、かと言って露骨に喜ぶ姿を見せる訳にいなかないと彼は意地悪な質問をレエブン候へとぶつける。あわよくば、更なる情報を得られることを願って、元、社会人である彼は理解しているのだ。例え仕事相手であっても、それはイコール味方だとか、友人という訳ではないのだから。
「冒険者というものは、あくまで対モンスターの傭兵という話ではありませんか?」
そして、彼は続ける。その依頼を受けるという事は、少なからず人同士の戦闘に巻き込まれる可能性だってあるのではないか? と、これは本当に意地が悪い質問とも言えた。別に対人戦闘なんて、この都市を舞台に何度も経験しているというのに、それらだって、事情があり、それを組合長に都市長が理解していたケースであったり、あるいは、その本人達から求められた場合だったりだ。
「モモン君、今は」
「組合長、これに関しては説明をして頂けなければ、私どもも依頼を受けかねます」
彼の言葉に、左右に控えたナーベ達も軽く頭を下げる形で同意する。それに対して、レエブン候はしばし黙ってしまう。その様子にアインズは確信を持って更に尋ねる。
「敵は、何も野盗だとかの話におさまらないと言った所ですか」
「はい、本当にどうしようもない話でして……」
「先ほどの話が関係しているのですか?」
「はい、そうなります」
尋問と何ら変わらない様子でアインズは質問を続ける。此処までくれば、レエブン候だってある程度の話はすべきであるのだから。
「モモン殿がご存知かは、存じませんが……」
そうして彼は白状するように説明を続ける。国内の街道警備がざるであるのは、先ほど話した通りであったが、どうにも、国内でモンスターの群れが見られるようになったらしいと言うのである。それも、直接、各都市を襲ったりする訳でもない為に、各貴族たちは事態をそこまで重く見ていないという事であった。
(ん~確かに)
聞き覚えがあるもないのも、それだって自分は遭遇している。そう、彼らとの出会いだ。あの時に出てきたモンスターの群れだって尋常ではなかった。数が多かったのであるから。
(結局、何だったんだろうな? あれは)
唯の偶然であったのか、何かの前触れであるのかは分からない事であった。それでも、レエブン候から聞くことが出来た情報に整合性、あるいは信憑性が生まれた訳であるし、貴族たちの怠慢という事実もそれに拍車をかける。
「成程、確かにそれでしたら、警戒をしても仕方ないと言った所ですか」
「はい、ですので何としてもモモン殿方にも参加して頂きたいのですよ」
(これは、成功と言えるのだろうか……)
此処まで、貴族が王国の内部事情を話してくれたのは、モモンの人柄を信じての事であろう。確かに、アインズは演じる「英雄」は今、聞いた話を軽々しく他言したりしないだろうし、その話を聞いてしまえばどうにか力になりたいとも思うだろう。
(モモンを……)
この国に取り込みたいという考えはあるかもしれない。それ程までに規格外らしいのであるから。計画の今後の事を考えれば、重石となってしまうかもしれない。それでも、この依頼を受ければ、この国のもっと深い所を見れる事も確かなのである。
「いくつか、聞いてもよろしいでしょうか?」
「勿論ですとも、それで依頼を受けて頂けるのであれば」
アインズは質問を投げかけただけであるというのに、レエブン候はあたかもその見返りとばかりに彼らがそうしてくれるであろうと振舞う。それもまた一つの戦略と言える。情報だって無償ではない。それは、アインズ自身も承知している事だ。かつてのギルメンにも似たような事を言っていた人物がいたから。最も、その攻防は彼にとっては無意味なものでもある。既に気持ちは決まっていたのであるから。
「はい、依頼を受ける事にします」彼は、一度胸に手を置いて見せる。自身の存在を相手にアピールする動作でもあった。「参加者は、私、モモンに」それから、彼は両隣に控えた彼女達へと軽く目配せする。主の意向をそれだけで理解した彼女達も頷いて肯定する。自分達はどこまでも一緒に行くと。
「
「私どもに異論はありません」
(ありがたいな)
それは、部下としては正に理想であろう。だからこそ、彼女達にはそれなりの褒美だって振舞う義務が発生しているのだとより良き支配者としてあろうとするアインズは決めて、言葉を続ける。
「ナーベ、レヴィア、それにハムスケの全員で受けます。それで満足でしょうか?」
英雄のその言葉にレエブン候は一瞬、顔が綻びかけそうになるのを何とか抑える。結果としては最高の類であるのだから。彼らはその実力の高さ、教養の高さ故に個人で依頼を受ける事も多いという事で評判であった。それも、本来であれば、複数人でやる事が前提となっている依頼でもそうであったという。それを完璧に、それも迅速に完了して見せるのであるから、彼らの評判が上がっていくのは当然とも言えた。
「はい、ありがとうございます。報酬は上乗せさせてもらいますので」
「その必要はありませんよ、適正価格でお受けしますとも」
(狙い通り、此処まで来ると彼には悪いな。すまないね、汚い大人で)
(やられた、素の俺であれば、間違いなくその申し出を受けていた。だって、そうだろう! 上乗せだぞ! 普通だったら受けちゃうって! けどな~英雄がそんながめつい所を見せる訳にはいかないか)
そう、確かにこれもレエブン候の思惑の内と言えた。彼にしてみれば、この一連のやり取りにさほどリスクはなく、むしろアインズ、否、モモンという人物を図る事が出来るのであるから。情人であれば、即答は無くとも迷う所であったろう。普段よりも多くの褒賞を得られる機会が目の前に転がってきたのであるから。
しかし、モモンはそれを秒も思考する事なく、突っぱねて見せた。それが、彼の本質であろうから。更に言うのであれば、このやり取りのせいでアインズは依頼料に関する交渉が出来なくなってしまった。一度終えた話、それもお金に関する事を後から色々文句をつけるのは、間違いなく人徳を損なう行為でもある。アインズ自身にしたって、そんな人間に仕事を頼みたいとは思わない。
彼らのやり取りと言うのはそういう事である。少しでも自身の方へと利益をもたらす戦いでもある。それは、単純に金品だとか目に見えるものだけではない。互いが持っている情報であったり、印象、そして好感度さえ入る。
アインズにしてみれば、少しでも王国の情報、それも特定の地位がある人物しか知り得ないものを欲すると同時に可能な限りの金品を得たいというもの。全ては計画の為であるし、彼自身は無意識であるが、それによって自身へと感謝を向けてくれる彼女の顔が見たいというのもある。
一方、レエブン候の狙いと言えば、彼らに依頼を受けてもらう事は勿論であるが、こちらも可能な限り彼らをこの国の中へと取り込む事にある。
冒険者とは先にモモンが上げたように対モンスターの傭兵であるけど、それでも国が抱えるべき重要な戦力に違いは無いのであるから。この世界というものは、もっと言えば王国は揉め事が多く、それは国同士の関係しかり、国内の治安問題しかりであり、勿論モンスターに関する問題だってあるのであるから。
そして、彼らに関する噂はレエブン候だって把握していた。どこから来た旅人の類であり、資金を稼ぐために冒険者となったのであろうと。また、地方の貴族の出身ともいう噂が流れているようであったが、少なくとも王国の貴族ではないはずである。彼は、この国を何とかしようとそれこそ、王国の人材、その全てに出来るだけ目を向けうようにしており、彼ほどの人物を自分が見過ごすとはとても思えなかった。もしも、その噂が本当であれば、また別の国の出身であるはずと、彼はある人物の顔を浮かべる。今回、各方面から物言いにあり、結局共に来ることが叶わなかった人物。きっと国王が誰よりも来ることを望んだであろう戦士長の顔だ。
そして、目前の人物、今は兜に覆われて伺う事が出来ないその顔を。これも人づてに聞いた事であるが、彼は黒髪黒目であったという。それは、南方から来た人物である可能性が高いという事でもあった。
戦士長である彼もその血を受け継いでいるというのは有名な話でもあり、この推測は恐らく正しいであろうとレエブン候は考えた。
この世界では人間というのは弱く、その為、自分が生まれた国を離れるなんて事は滅多にない。その為、この世界がどうなっているかなんて、どういった作りをしているかなんて、そこを知っている者は皆無と言っても差し支えない。だからこそ、その話にしたって、どこまでが真実であるのかは頭脳に長けた彼であってもどうしようもない。いや、これに関しては頭の作りは関係ないか。
だから、モモンはこの国の南、どの辺りからは分からないが、他所から来た可能性が高いという事が重要であった。もし、それが本当であれば、彼らがこの国に留まる理由がない。別にそれは、何者にも縛る事が出来ない彼らの自由であるが、かといってみすみす英雄クラスの人材を外へと放りだす訳にもいかない。何とかモモン達にこの国に留まりたいと思って貰う、あるいはそれだけの何かを彼らへと与える事も視野に入れなくてはならないのであるから。
(国王陛下は、その辺りをよく理解しておられる)
一番、手っ取り早いのは彼らに爵位を与え、貴族となってもらう事だ。これだけ聞けば、待遇でどうにか堕落させようとする策に見えるが、別に貴族とは遊んでばかりではないのだから。そうなれば、領地を与えれる訳であるし、そして領地には必ず領民がいるのであり、彼らの面倒を見ると同時にその土地の運営もしなくてはならないのであるから。そして、そうなった時、モモンという人物はそれを投げ出す事なく、こなすであろう。それ程までに彼の人間性というものは高いのであるから。
(はあ……)
それが、出来れば良いのであるが、当然他の貴族達は反発するであろう。新たに貴族が増えるという事は自分達の資産が減る事であるし、同時に収入だって減るものであるから。そんな事を彼らが許容するはずがないのであるから。
(確かに)
以前、その事で国王は帝国が羨ましいと言っていた事を思い出して彼もまたそれに共感した。王国というのは、大貴族を含めた貴族達と国王の話し合いで国の在り方というものを決めていく、たいして向こうは全てが皇帝の一存で決まるというのであるから。それであれば、物事はもっとスムーズに進むであろうと誰でも分かってしまうから。
「モモン殿の高潔さには感服致します」
「ありがとうございます」
念には、念をと彼はアインズへと礼を言う。そして、その言葉をアインズは肯定してまったのであるから、この時点でレエブン候がそれ以上の報酬を支払う必要は無くなった。貴族と言えど、無限に財産がある訳ではない。安く済むのであれば、それにこした事はないのである。
「それで、一体何を聞きたいと言うのでしょうか?」
だからこそ、せめて彼の要望に応えんとレエブン候は質問を促す。この時の彼であれば、妻へと言った愛の言葉さえ頼まれれば素直に教えていたかもしれない。最も、モモンがそんな非常識でセクハラじみた事を聞くはずがないのであるが。
「はい、まずは……」
アインズも出来る限りの情報収集に努める事にした。と、いっても依頼と全く関係ない事を聞くことは出来ない。機密事項というものに触れてしまうのは避けるべきであるし、先ほどからの空気は正にそうであるから。ここで突拍子もないことを聞いて、モモンがアホだと思われる訳にはいかない。
よって、最初に彼が聞いたのはその移動に参加する人員であった。間違った質問でない。むしろ抑えておかないといけない部分でもある。これを現地で確認すれば良いと思えば、それだけ仕事に対して遅れが生じてしまう。準備にしても、心構えにしても。
「依頼を受ける事は決まりましたので、それ位は教えて頂いても良いと思うのですが」
「分かりました。モモン殿達に隠しても仕方ありませんからね」
そうして、彼の口から語られる。その内訳を聞いて、アインズが興味を持ったのは、自分達と同じように彼から依頼を受けた者達がいるとの事であるという事を。
「それは、その者達の事も詳しく聞いてもよろしいでしょうか?」
「彼らに関してはすべて明かす訳にはいきませんが」
「構いませんよ、立場としては私どもと同じでしょうから」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
そうであるならば、彼らの許しが必要になるであろうから。と、言う事で、最低限の事を教えてもらう事になった。
「一言で言うならば、帝国の‘ワーカー’ですよ。男女4人組の」
「ワーカーですか?」
「モモン君は知らなかったかな」
「いえ、話に聞いた事はありますが、いまいち、冒険者との違いが分からなくて」
そう言って、首をかしげて見せるアインズ、実際その通りであった。その2つは、共に依頼を受けて仕事をこなしている以上、派遣には違いないようにしか見えないのであるから。その姿は彼にしては珍しいものであり、レエブン候は英雄の意外な姿にやや心を砕き、アインザックはそんな人間味ある彼であれば、何とか篭絡する事が出来るはずであると、邪気を孕んだ企みを脳内で展開して、そしてナーベラルもまた、主のそう言った姿も愛らしいと僅かに頬を染めた。
「良い機会だ。モモン君達にもしっかりとその辺りを教えるとしよう」
普段、余りにも完璧すぎる彼に自分が何かを教えるというのは珍しい為、上機嫌気味に話をしてくれた。
ワーカー。または、請負人とも言うそれは、一言で言えば、冒険者のドロップアウト組との事であった。本来冒険者が受ける仕事というのは、組合が厳しく精査するのであるが、その中に市民の安全を脅かすものであったりだとか、あるいは犯罪だったり、生態系を壊すような仕事を受け付けないというものがある。
それらをこなすのがワーカーと言えば、そう呼ばれる者達がどんな人物であるか説明がつくというものである。つまり、お金を得る為であれば、なんでもこなす者達でもあるという事である。危険性は勿論、あるし死傷する確率だって冒険者の比ではないはずである。それに、そんな者達を尊敬する者等いるだろうか? 一般的な良識を持つ者であれば、嘲笑の対象になり得る訳である。
「成程、名誉とは、どこまでも離れた人たちでもあるんですね」
「そうなんだよ」
困ったように組合長がそう返す。冒険者組合としては、そう言った者達は出来る事なら無くしたいと思うであろう。組合には少なくとも「人々を脅威から守る」という信念があるからだ。それに対して、ワーカーと言うのはお金の為であれば、なんでもするという人種であるのだから。その内容がどんなものであってもだ。
「しかし、それ相応のメリットもあるという事なんですね……」
「ええ、少なくとも同ランクの冒険者よりは稼いでいるでしょうね」
アインズの言葉にそう返したのはレエブン候であった。彼も別にワーカーへと仕事を頼むのはこれが初めてではないのだから。その事にアインザックは渋い顔をしているけど。
(確かに、仲介人を飛ばすのであれば、その分の費用が浮くからな)
ワーカーと呼ばれる彼らには組合のような存在はない。よって、自分達で直接仕事を探さなくてはならない。組合が仕事を用意してくれる冒険者に比べれば高難度であるのは確かであり、少なくとも社畜であったアインズには出来ないと思ってしまうものであった。
「それも、結局は」
「腕次第という事になりそうですね」
思わずつぶやいてしまった言葉をナーベラルが繋げてくれる。単純な戦闘であれば、現在のアインズ達にも出来ない事ではない。かといって、今更英雄路線を変更するつもりはないけど。
さて、そんな訳で仕事を探すワーカー達であるけど、仲介人がいないと言うだけで、その手数料は浮くわけであるし、依頼人にしても正式な所に回せない以上、どうしてもお金を積むざるを得ない。本来であれば、だれもしないであろう仕事であるから。後は、当人たちのやり取りになるが、勿論トラブルが皆無なんて事はないだろうし。
(マジで、金銭トラブルで死体が出るなんて事もあるのかな)
以前の世界であれば、それはどうやっても2次元の中での事だった為に、どこか遠くを見るような感覚でそんな想像をしてしまうアインズであった。
「しかし、よろしいのでしょうか? 帝国って、確か」
毎年、王国と戦争をしていたはずであるとアインズはレエブン候へと問いかける。それに対して、大貴族は笑って答えた。危惧する事は何もないと言わんばかりに。
「‘腕’を信用しての事ですし、それは‘口’も含まれていますから」
「成程、これは失礼しました」
例え、戦争をしていると言っても、それだけで国民全員が相手国に対して敵意を抱く訳ではないのだから。それに、目前の人物は国王からも信頼が厚いというではないか。そんな彼が目を付けたと言う事は信頼出来る者達であろう。
(協力者になり得る人たちかもしれない)
もし、上手く関係を築く事が出来れば、帝国の内部事情を知る事が出来るかもしれないと彼は考えるのであった。