「分かりました。でしたら、次の質問をよろしいでしょうか?」
「はい、良いですとも」
その旅に同行する面子の事は概ね分かった。一番に興味を抱いたのは自分達と同じであるワーカー達であるが、次点に来るのは王女付きの兵士という若者の事であった。その話をするレエブン候の様子から、彼にもまた並々ならぬ事情があると察する事が出来たから。
(クライム……君と言ったか……)
レエブン候の評価であれば、現在王都に勤めている兵士の中では上位の実力に入る人物であるという。それも、努力のみでそこまで至ったのだとか。それだけで、好感は持てるものであるし、彼の事情にもよるが、少なくとも現状彼は恵まれている立場ではないらしい。
(そう言った相手であれば)
引き抜く事も、あるいはこちらに協力させる事も可能であると、アインズは本来の外見に似合う思考を展開しながら次の質問を大貴族へと伝えた。
「王都から、城塞都市までどのように来るおつもりなのでしょうか?」
そう、この問題である。王国というのは、広い。その辺りの事をシャルティア達が調べてくれた為、大体の時間は分かる。普通に馬車を用いるのであれば、大体7日前後であるという。つまり、既に決まった事であるけれど、それだけの時間、アインズ達は拘束されるようなものでもある。その間を他の事に当てれればという思いが油断すると湧いてきそうで、それを抑えて答えを持つ。
「そうですね……」
レエブン候の説明はアインズが知っていた事を復習するような内容であった。やはり、大体の時間はそうであるらしい。
「時間は把握しました。こちらに問題はありません。それで?」
彼は聞いた。どのような道筋で城塞都市まで来るつもりであるのかと。此処で彼は、以前、彼女に渡した地図の内容を思い出す。王都を中心にそれを囲むように大都市があり、そしてこの都市はそこから少し離れた位置であったはずである。そして、判明している街道を伝うのであれば、その道のりの途中に小都市と大都市が1つずつあったはずである。
大都市の名は、エ・ぺスペル。その名からして、六大貴族が一角が治める都市である可能性が高い。
(と、違うな)
今、考えるべきはそこではない。街道を進むのか、あるいは別に道を考えているのか、今レエブン候から聞くべきはその点であるのだから。
「そうですね……」レエブン候はしばし考えたと思うと頭を下げた。「申し訳ありませんモモン殿、そちらの方はまだ話す訳にはいかないのです」
「そうですか」
言葉の間に挟んだ沈黙が答えであったようなものだ。
(この時点では決まっていないのか、あるいは……)
これに関しても彼には考えであったり、用意があるのかもしれない。が、これ以上聞くことは出来ないであろうとも思い。彼は此処までにすることにした。
「分かりました。疑問は全て、解消しました」アインズは、再び胸に手を置き、全身に軽く力を入れる。それだけで、雰囲気が変わるものであるから不思議である。「改めまして、そのご依頼、お受けします」
「ありがとうございます。今は、その言葉しか出ませんよ」
感謝を述べる大貴族に、組合長も満足げな表情を浮かべている普段、アインズに対して過剰ともとれる接待を行い、信頼を失った男ではあるけど、彼なりにこの都市を思っているのだ。3国に囲まれたこの都市がこれからも上手くやっていくためには王国の元が一番であるのは確かであるから。
「では、集合に関して何ですが……」
レエブン候の話はどういった流れであるかという最初の部分の説明に入る。アインズ達には、明日にも送迎してくれる者達が来るという。
「それは、馬車で行くよりも早く行けるという事ですか?」
「はい、その辺りに特化した者達ですので」
何でも、飛行魔法に加速魔法を組み合わせたり、使い分けたりする魔法詠唱者達であり、彼もそれを利用してこの都市に来たというのである。持ち運べる荷物に限りが出たり、その費用だって馬鹿にはならないそうであるけど、その仕事ぶりは一流であり、一週間前後かかる城塞都市と王都の間を、なんと1日程で運ぶことが出来るそうなのである。
「それは、今から楽しみですよ」
思わず言ってしまったその言葉はアインズの本心でもあった。この世界独特の飛行というものもあるが、本来の世界でも飛行機に乗ることさえなかったのであるから。それならば、彼はこの世界で既に何度も浮遊している事実があるが、自分で浮くのと、何かに乗って空を飛ぶのは別問題なのかもしれない。
「ええ、本当に凄いものですよ……揺れが激しいのですけどね」
そう言って、思い出したのか一度口を押えて――まるで何か吐き出すのを堪えているようであった――ため息を付いた。
「しかし、不安な事もあります。その場合、ハムスケはどうしましょうか?」
そう、自分に今も左右に控えている彼女達であれば、そんなに難しくもないであろうが、あの珍獣をどうするのかという不安はどうしても出てくる。
これが、アインズを始めとした墳墓の者であれば特に問題は無かったはずである。表向き
しかし、それとこの世界での、それも現地での話となるとまた別である。あの巨体を、大荷物を飛行で運ぶとなれば、それこそドラゴンを連れて来るしかないのでは? と、アインズは思う訳であった。それに対してレエブン候は笑いながら返す。それは、仕事を頼む者達への信頼込みの物であった。
「大丈夫ですとも、問題なく運んでくれます」
「そうですか、なら、問題はなさそうですね」
こうして、アインズ達の次なる目的が決まった。英雄モモンとして、王都から城塞都市へと向かう国王一行、正確にはその付き添いである大貴族の護衛である。
仕事の話が終わるや、レエブン候は直ぐに王都へと帰る事になった。他にもやっておかないといけない事が沢山ある訳であるのだから。
「では、モモン殿。明日また会うとしましょう」
「はい、レエブン候」
あれから、何の事はない会話に時間を使ってしまい、気づけば夕刻であった。それだけの時間を、もっと言えば今日一日目前の人物を拘束していた訳でもあるし、それも当然報酬へと加えるつもりであった。
「ナーベさんに、レヴィアさん、それとハムスケ様も明日以降はよろしくお願いします」
「はい」「問題なく」「任せるでござる~」
貴族からかけられた言葉にそれぞれに応じるモモンの仲間たち。
現在、彼らがいるのは組合の裏口から出た場所であった。そこは日も殆んどささず、その為に陰気な臭い、こぼれた酒であったり、崩れた食べ物であったり、はたまたごくごく自然な老廃物であったりと、それでも定期的に組合の職員が掃除をしている為、そこまで不快になると言ったものでもない。
それと、ここであれば、余りひと目につかないというのも大きい。現在、自分は必要以上に他人に見られる訳にはいかないのであるから。
(そう、とにかくこれからだ)
大変になるのはとレエブン候は内心で呟いた。国王が都市外に出るとなれば、本来ならばもっとたくさんの護衛がついて叱るべきであろう。だと言うのに、貴族たちは自分達の権力を守る為に、その為に相手陣営の足を引っ張ろうと互いに健闘違いな方向への努力をしてしまい、その結果がこれであるのだから。本当に情けないの一言しか出てこない。
それにとレエブン候は思考を続けた。彼らには話していないが、どうにもきな臭い噂の類だってあるのだから。此処最近、王派閥の貴族が行方不明になったり、あるいは殺害されているなんて事件も耳にしている。王派閥達は貴族派閥が何かしているのではないかと勘繰っている。それも当然の流れと言えるが、レエブン候にはその心当たりはない。わざわざ、貴族間のトラブルを増やそうだなんて今の彼には微塵も考え付かない。そんなやり方を取ったしても、非難を浴びるだけで現状は何も解決しないのであるから。
いなくなった貴族たちには共通点があった。それだって、元オリハルコン級であった彼らの働きあってこそ分かったものであったけど。居なくなった者達はどうにかこうにかこの行事へと介入するつもりであったらしい。その為に、それぞれに独自の情報網――この場合は王城に働きに出ている娘であったり、息子から聞く――で国王一行がどの道を行くか調べていたらしい。大方、道中で関りを持つ、祭りをなす等して、国王との繋がりが強いのであると、民へと主張する算段であったのだろう。
それに関しては本当に無駄な努力と言えた。何故なら、それも含めてすべてレエブン候が国王から一任されており、そして彼はその計画の事を誰にも話していないし、話題にすらするつもりはなかった。彼としては、迅速にそれでいて、効果的に終えたいと言った気持ちがある。こんな時世だ、国王が王城を離れるというのは不味いのである。
(ち、本当に)
舌打ちをしたくなる気持ちを抑える。それだけに事態は厄介な方向へと転がっているのである。やはり、自分の勘は、王位を目指して表裏で様々な事をなしてきた頃からの磨かれていた己が勘が鳴らす警鐘は間違いないであるだと改めて思った。アダマンタイト級冒険者チーム3人に1人、そして実力であればミスリル級にも匹敵すると言われているワーカーチーム4人、そして近衛隊30弱、それだけの人員で何が何でも国王たちを守り、その上で陣中見舞いも成功させなくてはならない。骨が折れる程に大変なのは目に見えているが、それでもやるしかない。全ては愛する我が子の為に。
そうした不安材料が既に目に見えて来ているのだ。これで、馬鹿正直に街道を使うものがいるであろうか? 少なくともレエブン候はそうするつもりはなかった。これも国の恥であるが、王国内というのは治安がひたすら悪い、それ所かそこに商機を見出している者さえいるのであるから、その改善だってもっと時間がかかるかもしれない。
無論、街道を外れるというのが一種の愚策である事には変わりはない。最短の道を外れるのであるから、時間はかかるであろうし、その分人員への負担だって大きいものになる。特に国王だ。年にして60、普段の歩行すら杖が必要なレベルで足を悪くしているのであるから。
(その為にも)
現在も動いてくれているであろう部下達の働きが重要になってくる。モモン達には1週間前後だと話してあるが、どうにかしてそれを5日で済ますつもりであるのである。その算段だって用意が出来ている。
(普段の行いというか、若気の至りと言った所か)
元は、野望の為に用意していたものであったが、それが国王達を守る為に使う事になるとは、なんとも皮肉な話である。それこそ、伝手を使って、十年以上前から集めていたものでもある。
「では、私はこれで失礼しますよ」
「はい、と、言ってもまた直ぐに会う事になるでしょうけど」
英雄と軽く挨拶を交わして、レエブン候は道を歩き出す。その際にローブを纏い、顔を隠すことを忘れずれに、今の彼は組合長の施設兵の1人と言う事になっている。自分の動向も可能な限り隠していかないといけない。
(既に)
戦いは始まっているのであるから、この行事が決定した時からと彼は考える。それだけ、国王と言うのはこの国の重心であるのだから。
(しかしな)
歩きながら、不安にも思っていた。自らの部下達、それこそ目をかけ鍛えて貰い、今日まで働いてくれている者達。当然ながら、魔法を使用して、定期的に連絡を取っているのであるが……
(大丈夫だろうか?)
数日前から連絡がこない者達がいるのである。それだって別に初めてという事でもないので慌てるなんて事はないが、それでも不安で胸は曇るばかりなのである。
そう、彼の危惧する通り、既に戦いは始まっていたのである。
全身を流れたのは涙に血、それらが体に痕を残している。それだけの惨状でありながら、青年は動くことが出来なかった。全身を締め付けているのは縄であり、それが動きを拘束しているのであるから。
(まる……で、よく――出来た人形だな)
少しもでも気を抜けば、意識が落ちてしまいそうな状況下。そう思わないと心が砕けそうであったから、現在自分は椅子に座った形であり、その周囲にしたって、無機質なものだ。石製だと思しき壁に床が広がるだけであり、それだって長年放置されていた事を証明するように色あせているのであり、何より生活しているという痕跡が全く見られない部屋であった。
(地下なのは間違いない)
かすかであるけど、時折上方から音がするのだ。何かを引きずっているように断続的に、それでいてするような音が。
「ねえねえねえねえねえねえねえねえねえ」
耳に届くのは自分よりも幼い子供の声であった。そして、力の入らない目は嫌でもそれを捉える。
(ほんと、何なんだよ)
このガキはと思ってしまう。膝を抱えるように屈み、こちらの様子を伺っているのは、本当に幼いとしか言いようがない子供であった。年は、12から13と言った所、その年であれば働く子供がいても別におかしい話ではない。しかし、これは異常だと青年は思った。
「どうして」頬に何やら絵が描かれている子供は首を傾げる。それは、どこから見ても幼さが見える動作であった。「教えてくれないの?」
そう言う子供の足元に転がっているのは、何かしらの器具、それも片手で使用できるものであったが間違いなくその使用方法は誤ったものであると誰が見ても判断出来た。何故なら……赤く染まっているのであるから。それはどこから来たかなんて考えてはいけない。そうしてしまったら……
「どうして?」
子供はしばらくその言葉を続ける。それに対して、青年は無言を貫いた。答える事など出来るはずがないし、こんな目に合わせる相手を外見で判別するつもりもなかった。しばらく、押し問答は続いたが、やがて子供の声は涙声になっていった。
「どうして? ひっく、意地悪するの? ひっく、教えてくれないの?」
意地悪なんて生ぬるい行為を受けているのは自分だと言うのに、その姿に罪悪感が浮かぶ程、その姿はやはり何処にでもいる子供のものだった。だが、それを思うと同時にますます気味が悪いとも思ってしまう。ちぐはぐと言うべきと言うべきか、適当な言葉が思いつかなかった。
泣き続ける子供を複雑な心情で眺める事10秒ほど、青年の耳に新たな音が聞こえてきた。それは、規則正しく床を何かで叩く音であり、それはこの部屋唯一の扉の向こう側から聞こえている様であり、そして徐々に大きくなってきている。
(あいつだな……)
直ぐに思い当たる。自分がこんな状況に陥った直接的な原因である人物であったはずであった。やがて、扉が開き、1人の男が老人のような足取りで入って来た。片腕しかないその体に杖をついたその姿に子供は少し涙を引っ込めながら呼びかけた。
「にいにい」
「どうした? フェイジョン」
名を呼ばれた子供は縛られた青年を指差す。「この人、何も教えてくれない」
杖をついた男は子供の足元を見て、それから青年の有り様を確認して、再び問いかける。
「言ったようにしてくれたのか」
「うん、足の爪は全部はがしたよ」
軽く、重々しい事を口にした。それを聞いた男も別に動揺する様子は見せず、それから青年へと視線を向ける。
「だんまりか、ちと問題だな」
子供の言い方では誤解が生じるものであったが、男は理解していたし、信用していた。頼んでいたのは、捕まえた青年の拷問であったから。やり方は至ってシンプル。質問をして、答えなければ足の爪をはがす。それを繰り返すだけだ。そして、子供はその通りにしてくれて、出来る事をやり尽くしてしまったと言った所。
それだけの事をされたと言うのに、嘘さえ吐こうとしない青年にやや尊敬の念を抱きながら男は近づく。歩くたびに鈍痛が男を襲うが、それ自体は慣れたものであった。距離にして5メートル程、それを20秒ほどかけて距離を詰めると、腰を落として青年の顔を覗き込むように、視線を向ける。男は左目を眼帯で覆っていた為に、向けられる視線は右目からのみであったが、それだけでも青年の心臓を圧迫するには十分であった。
(ロックマイア―さん……)
青年は思わず、師匠である人物の名を思い浮かべていた。彼にその人物は仕えている貴族の目的の為、各地で行動をしていたが、その折に目前の人物に目をつけられてしまったのであった。と、いってもそれに気付いた時には全てが終わっていたのだ。
(何をされたんだ)
そう、気づけば自分は倒れていて、体は動かそうとしても動かず、あの男が見下ろしていたのであるから。それまでされた仕打ちでもはや自力で指一本動かす事も難しい様子の青年に男は語りかける。
「あそこで、何をやっていた? やましい事が無ければ答えられるはずだが?」
「…………」
「肯定、と。ま、無理な話か」
そもそも、この青年がいたのは国内でも普段、人が寄り付くことがない所であった。散歩だとか、散策だとかで来る人間はまずいないようなそこにいて、それで何かをしている様子であった青年を捉える事にしたのはそう言った理由からであった。本当に何も知らない、そう、天然の一言で済ませる事が出来る民間人であれば別にどうこうするつもりもなかったが、この青年は間違いなく何か隠しているというのが男の考えであった。
(情報はあれ以来、入ってこないしよ)
国王が陣中見舞いで城塞都市を訪れる。伝えられたのはそれだけであり、具体的な日数についてはまだ分かっていない。と、いうか急にその話を聞かなくなったというのも大きい。それまで、噂なりが王都でも聞こえていたというのに、それさえも止んで、協力者もとい雇い主からの連絡もないとなれば、こうして自分達で動くしかないのである。
(たく、本当に使えねえ)
この国の貴族、その殆んどが無能である事は今に始まった事ではないけれど、それでもと男は一度舌打ちをする。彼らは時に実利よりも自らの名誉を優先する事もある。それによって生じる不都合などにはいくらでも目をつむって。
「何か分かったか?」
その言葉に青年は肩が震えた。この部屋に居るのは、自分に杖をついた眼帯の男、それとむごい仕打ちをしてくれた子供の3人であり、その声はその誰の物でもなかったからだ。
(まただ……)
その声にも聞き覚えはあった。どうにもこの2人よりも立場が上であるらしく、と、今はそこではない。その人物はとにかく気配なくいきなり現れる事が多いのであった。今だってドアが開いた様子どころか、音だって聞こえなかったと言うのに。
視線を動かしてみれば、いた。
(いつの間に)
青年がそう思うのも無理はない。彼の記憶では、自身の右方向には何もなかったはずである。だというのに、椅子とそこに座っている人物が突然現れたのであるから。
「隊長」「隊長~」
その姿に残りの2人が短く声をかける。それから、隊長と呼ばれた男は視線を青年に向け、彼の状態を確かめてそれから子供の足元に転がる血まみれの道具に無理矢理はがされた為に死んでしまったとも言える青年の体の1部だったものを見て、軽く息を吐いた。
「進んでいないか」
「ああ、奴さん、全然喋ってくれなくてな」
「どうしよう? 隊長」
「そうだな」
これからどうやって、国王達に関する事を集めるか、それを思案し始める彼らの脳に不意に音が響く。
「連絡か、フェイジョン」
「うん」
それを受けた男は子供へと目配せする。すぐに子供は転がっていた道具の中からスクロールを取り出すと、それを宙へと放り投げる。
「――」
子供が口にしたのは青年にとっては聞き覚えがないものであった。それと同時に燃え広がるスクロール。
(なんだ? 何の魔法だ?)
そんな青年を置いて、3人は伝言の魔法を使用した。それは、アインズ達ナザリックが使用しているものと似て異なる魔法であった。
日本語ではなく、英語、ドイツ語、スペイン語等を合わせて3等分したと言えば良いだろうか? とにかく始めた聞いた者が混乱してしまう位には難解な言葉でもあると言った所か。
『アキ―二? 繋がりましたか?』
その言葉は杖をついた男に向けられたものであったが、青年を除い全員の頭に届く声でもあった。
(ほんと、便利だよな)
男はそう思いながら応じる。と、言っても別に口を動かす訳ではなく、軽く念じるように脳内に言葉を浮かべるだけで良いのだから。そう思っても仕方ない。
「ビゴスか、ああ、繋がってる。ついでに言えば、フェイジョンと隊長も一緒にいる」
『そうですか、それは都合が良いです』
これは何か新しい事が分かったのであろうと、伝言を受けた男は椅子に座った人物と一度目をあわせる。彼は一度瞬きをした。続けろという事だ。
「何か分かったのか?」
『そうですね、今回の件、ウロヴァ―ナ辺境伯は関わっていないようです』
出てくるのは六大貴族の名前であった。それも、年配でありながら未だに領主としての手腕が衰えていないとされている人物であった。
「それは、本当か?」
続いて言葉をかける(と、言ってもそう通話しているだけであり、実際に口を動かしている訳でも声を出している訳でもない)のは隊長だ。
『はい、ここ3日、領地にある家から出る様子は見られません』やや、間があいて言葉が続く。こちらに意見を求めたいと言った口調だった。『何ですかね? 木の棒らしきもので球状の物を叩いて、転がしていますよ』
「貴族の嗜みなんざ知るかよ」無駄な事に僅かでも時間を割いたことに文句を言い、杖をついた男も確認とばかりに言葉を返す。「確か、国王の件が決まったのが2週間前だったよな?」
『ええ、そうと記憶しています』
国王に、大貴族、その他の貴族達は定期的に王城にて会議を行っている。陣中見舞いもまた、その場で決まった事であるから。そこまでは、何とか知る事が出来た。その為に何人か殺めてはいるが、それを気に病む性格であれば、こんなところにいはしない。
ならば、次に調べるべきは大貴族達であった。必ず誰かが、その行事に深く関わっているはずであるから。そこで、また別の声が聞こえてくる。
『あ~、あ~。繋がっているか~』
「フランベか、そっちはどうだ」
それは、また別の事を調べている同僚の声であった。こちらの声を聞くや、向こうも間違いではないと判断したらしく、声が帰ってくる。
『アキ―二か、ああ、こっちも分かったぜ!』
煩わしいと思ってしまう。この人物は過去にあった事が原因で、少し心が壊れてしまっており、その為に普段からテンションが高いのであるから。
(いや、それは)
此処にいる奴全員がそうであるかと男は結論付ける。少なくとも一般的な普通の人生を生きてはいないのであるから。
「お前の担当はぺスペア候だったな」
その貴族が治める領地は丁度、王都と城塞都市の間にある為、その貴族が今回の行事を取り仕切ってもおかしくはないのであるが、返ってきた言葉は男の期待を裏切るものであった。
『そいつも、深くは関わっていないだとさ』
「どうやって、調べた?」
再び隊長が聞く。先に連絡をよこした男と違い、こいつは過剰にやりすぎる所がある為、聞かない訳にはいかなった。
『適当な奴を捕まえて、吐かせただけだぜ?』
その答えが出るという事は少なくともその相手を燃やしているのは確かであり、その為に事後処理というものをしなくてはならない。
『相変わらず』言葉を発したのは先に連絡をした男であり、その声には呆れたと言っており、男も軽く同意する。『悪趣味ですね、そんなに焼死体にこだわる訳があるのですか?』
『良いぜ~、人体ってよ~燃やすと独特の匂いを発するんだ。それによ~』彼は嬉々として続けた。まるで子供が捕まえた虫を自慢するように無邪気にも聞こえてきそうであり、そこは気を付けるべきだと男は自身を律した。『自分が丸焼けになるのを見せながら、聞くとさ、答えてくれんだぜ? まあ、嘘の可能性も否定できねえけどよ~』
つまり、足元から焼いていったと男は解釈した。その方法では正確な情報を得られるかは、難しいものだ。それを言ったら、自分が子供にやらせていた事もそんなに変わらないけれど。
もしも最上の拷問というものを求めるのであれば、それは2人以上同時に行うことである。1人だけ行ったとしても嘘を言って、その場を逃れようとする者が出る事だってあるのだ。
(ま、だったらな)
男は捉えた青年へと視線を移す。こいつは当たりであると、絶対に何か知っているはずである。そうでなければ、あんな所にいた説明がつかない。
『アキ―二、こっちも良いか?』
「今度はお前か、パルマ」
続けざまに連絡をくれたのは、現在2人で動いている者達の片割れであった。
「人数不足は辛いな」
思わずそれを口にしてしまった。青年は不思議な顔をしている。当然だ、ここまで無言だった者が久々に発した言葉がそれであるから。それは、隊長と呼ばれた人物も感じていた事のようで、ため息をついていた。
「それは承知している」
『パルマ、あなた達の方はどうでしたか?』
此処にいる男たちが止まったしまったので、代わりに最初に連絡をした人物が代わりに問いかける。奇妙な光景にも見えるが、これが先に使用した魔法の効果であり、より発達した伝言とも言えた。
イメージを言葉にするのであれば、人の意識と意識と繋ぐ回線をその都度、生成していると言えば良いだろうか?
初めに子供がしたのは、そこに入る為の準備、もっと言えば、先に言葉をかけた男がしたのはその呼びかけとも言えるもの。
もっと簡単に言えば、彼らは特定の建物を借りていて、それぞれが鍵を持っているようなもの。勿論、魔法対策もされているようで、彼らが言葉を交わしている所に正規以外の方法で入ろうとすれば、即座に反撃魔法が作動する仕組みでもある。
(随分進んだもんだな)
これらを提供した人物の国で開発されている新たな魔法であるという事であった。彼にその国が自分達に協力してくれている理由だって分かっている。
(ほんと、嫌われてんな)
この国はと思う。まあ、それを言うのであれば自分もそうであるけどと考えている男の耳に報告が続く。
『今、街道で適当な貴族を捕まえて、て、おい!』
『『「「「???」」」』』
突然の怒声に聞き手である5人が疑問を抱いた所で、次に聞こえてきたのは轟音であった。同時に何かがつぶれる音、何か質量が大きい物が何かをつぶしたのであろう。
(また、リブロか)
心で嘆息しながらもそれだけで彼らの報告を聞く必要は無くなってしまった。大方、貴族を殺したのであろうけど、彼も此処に所属するだけあって、冷静な所もあるのだ。そんな彼が、何の脈絡もなく殺すはずがない。
つまり――
「特に進展はなし、と」
『悪い、そう言う事になるな、ムール』
「まあ、死んだ奴に関しては今は置いておくとしようか」
それから隊長は続けた。現在、分かっている事は余りにも少なすぎると、せいぜいその行事に戦士長が参加しないものくらいだ。
「隊長、やはり王派閥だけじゃ、限界があるんじゃないか?」
杖をついた男は隊長へとそう問いかける。現在、話を聞くためにそうしているのはその派閥の者達に限っていたからだ。
「そうかもしれんな、しかし、クライアントの意見を無視する訳にはいかない」
それに対して、苦々しいと言った感じで返す。彼らにもある程度の資金を融通してもらっている以上、余り刺激するような事をする訳にもいかないのであるから。
『阿保らしいですね』
『どいつもこいつも馬鹿なんだよ!』
それは、彼らの偽りなき、貴族達への評価であった。王位を取る為であれば、自分達のような薄汚れた者達に金を回す者。貴族の誇りとやらを証明する為に、最大戦力であるはずの戦士長を外すと言った選択を取る彼らへの。
「そうだな」
椅子に座った男はしばし天井を見上げ、思考した。現在自分達が知っている情報を洗う必要があってとの事であった。
先に調べて貰い、結果無関係という事が判明した2人は王派閥の大貴族であり、片方は次期国王候補の1人であったはずであり、その2人が違うというのであれば、他を当たるしかないし、部下が捉えた青年の雇い主もそこにいるはずである。
(彼らはないな)
貴族派閥筆頭である彼と、そして王派閥の中心である金持ちの2人。前者に関しては『黙認』と言った形で協力してくれている。正し、第1王子には手を出さないと言った条件付きであった。これを破れば、自分達は少なくとも5000の兵士を相手にする事になる。
後者に関しては、別のクライアントが話をつけてくれるということであった。何よりも財力に重きを置く男であるのだから。どういった手を使うか見当はつくと言った所である。
(と、なると)
後は、貴族派閥所属の2人であるが、その内1人はあり得ないと答えは出ていた。その男の評判は酷い、六大貴族、現当主達の中では最も無能であり、周りの足を引っ張る事で自身の評価を守る男であるというのであるから。
(ならば)
あの男だろうか? しかしと男は疑問符を浮かべる。その男もまた評判は悪い。2つの派閥を行き来して、おいしい汁を吸っているという話であるのだから。
(だがな)
そこが引っかかるのであった。そんな評判を持ちながら、その人物の会議での発言力は強いものである。それだけ、その男の能力が高い事の証明でもあるし、もしかするとと男はある可能性に辿り着く。
(悪評はわざと流している?)
人とは、嫌な生き物であり、良い事よりも悪い事の方が広まりやすいのである。そこを利用して、世間に対する自身の印象を操作する事も出来るのではないか? そこで、男は再び青年を見る。彼は状況が分かっていないと言った様子だ。先にやらかした部下とそれに返す自身の言葉だけでは何の事かさっぱりであろう。
(ま、進んでいるだけマシと思うべきか)
とにかく、地道にやっていくしかないのである。人員も時間も限られており、恐らく向こうの方が資金だって上だ。それでもやるしかないのである。
「ご苦労、一度連絡を終了する、他に言っておきたい事はあるか?」
『特にありませんよ』
『ないぜ~』
『こっちもなしだ』
「そうか」男は、部下達を鼓舞する意味合いも兼ねて言葉を続ける。「俺たちの今回の目的、それは国王と王女の首だ、耳だとか指だけ用意しても殺したという証明にはならない」
『了解』
『了解だぜ!』
『おっけー』
その言葉に問題はなさそうであると男は続ける。「その上で各々肝に銘じておけ、国王と王女の死、それは前提であり、決してそこが俺達の終着点ではない事を、その先こそ、俺達が目指す場所である事を」
彼のその言葉に、その場に居合わせた2人は勿論、伝言越しに聞いている3人に、その内1人の傍で聞いているであろう1人も心に刻むように聞き入る。先に杖をついた男が言ったように、普通の人生を歩んでいれば、こんな事をする事なんてなかっただろう。それでも、此処にいるのであるから、仕事は果たさんと、言いたげに。
「以上だ」
男のその言葉を最後に全員の脳内を共有しているという奇妙な感覚は終了した。男は立ち上がると、扉の方へとあるく、その際に杖をついた男へとこれからの指示をしながら。
「俺は一度、城塞都市へと戻る。その間の事はお前に任せるアキ―二」
「了解、こりゃ、手分けして探さないとならねえな」
その言葉を受けて、先ほどから無言であった子供が目の前で両の手を握り締めて見せる。自分も役に立って見せるという意思表示であるのだろう。
「念のため、エ・ぺスペルに1人残して他の者達で調査を続けろ」
「了解、ま、言わなくてもあいつらは動いていると思うがな」
男を見送った後、彼は青年の方へと向き直る。その瞳は既に興味がないと言った所であった。
「方針が固まったし、いつまでも時間を割く訳にはいかないからな」
「絶対言うものか」
初めて聞いた青年の言葉に彼は面食らったようであったが、それも直ぐに引っ込み、次に彼が浮かべたのは微笑であった。
「マジで忠誠の塊だな。そうだな、俺の負けだよ」
青年は息を飲んだ。そう言う男の左腕、ぶら下がっている袖が膨らみ始めたからである。そして、次の瞬間には彼は意識を失った。
その日の夜、アインズはいつもの宿部屋にいた。外は既に暗く、それは室内も同様であり、明かりは机に乗ったランタンとそこに込められた光源魔法だけである。
「さて、周囲の様子は問題なしと」
念のため、周囲の警戒をしてから
(そんなに良いのか……今度、俺も試してみようかな)
ナーベラルもまた、既に就寝している。本人は臣下が主より先に寝る等あり得ないと当然のように抗議してきた訳であるが、今回の話は出来る事ならアインズ個人でしたいものだと伝えると、納得してくれたのである。それでも、念の為に墳墓からエイトエッジアサシンを呼んで欲しいとしつこく懇願してきたのであるが、それも仕方ないと思うしかない。
(一応、俺もトップな訳だしな)
ナザリック地下大墳墓の支配者にして、今はなき、上位ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドマスターであるのだから。その警護に彼女が神経的になるのも当たり前である。そして、自分はそれを蹴ったのであるから、この件で彼女がアルベド達に叱られるなんて事はないようにしなくてはならない。
「デミウルゴス、すまないなこんな時間に」
『これは、アインズ様。いえ、貴方様の為でしたら、時間ごときいくらでも割きますよ』
「助かるよ」
(ん? 少し待て)
現在、時刻は23:30程であり、アインズが知る限りと言うべきか、理想とするべき生活では既に就寝する時間のはずである。
(あいつ、今日は夜勤か?)
無論、墳墓に所属する者すべてがそうではない。交代制で夜間働く者達だっているし、それも定期的に昼の時間帯と取り換えてもらっている。その辺りは統括である彼女の役割であり、以前自分も夜に回して欲しいと、あくまで彼らと対等である為に頼んだ所「アインズ様に無理をさせる訳にはいきません!」と取り合ってもくれなかった事さえある。
と、彼は感じたのは墳墓で随一の知恵を持つ階層守護者の1人である悪魔がしっかりと夜寝ているのかという疑惑であった。
(いや、大丈夫だ。きっと今日は夜勤だったんだ。そうだ、そうに違いない)
そもそも、部下のシフトを把握していないというだけでもトップとしてはあるまじき事ではあるけど、自分はそこまでスペックは高くないと何とかごまかしながら、彼へと今日あった事を伝えた。
『成程、国王の警護ですか。でしたら、こちらからも何名か派遣した方がよろしいでしょうか?』
「いや、それには及ばない。今回の件は、私達だけで何とかするつもりだ」
実際この世界であれば、トップクラスの実力を持っているという事になっているので、可能な限りそうしたいというのが、半分、そしてもう半分の確認の為に彼へと連絡をとったのであるから。
「デミウルゴス、王国の内部調査はどの程度進んでいる?」
『そうですね、やはり都市部を中心になっているかと』
王都、城塞都市と後、複数の小都市、現在ナザリックが手に入れている情報はそれ位であるという。別に彼らを責めるつもりはないし、もしも責められるとしたら、それはアインズにも言える事である。それだけ、王国領土が広いという事もあるし、墳墓にいる人員だって無限ではないのだ。計画遂行、墳墓の管理運営、さらに軍拡に生産と様々な事を同時に行っている為に、それぞれに分配出来る人員にも限りだ出来てしまう。
現在、墳墓外で動いているのがアインズ自身が率いている冒険者組を合わせて、4組という事実からもそれは言える事であった。単なるポップモンスターに任せると言った選択には彼には出来なかった。今では、彼らも自らの臣下であり、家族という考えだったからだ。だからこそ、信頼に実力がある少数精鋭で外部の調査にあたっているのであるから。
『そうですか、申し訳ございません。私どもが至らぬばかりに』
「いや、お前たちはよくやっているよ」
他にも危惧しておくべきことがある。それは、現地人の事だ。レベルであれば、確かに自分達の優位はそうそう揺らがないであろう。しかし、だからこそ、油断をしてはいけないのである。
(シャルティアが……)
彼女の性格を考えれば、あの時突っ込むことだってあったかもしれない。その可能性を、彼女と戦う事になっていたかもしれないと思うたびに彼女の決断を称えている。本当にありがとうと。
「現地の人間が世界級アイテムを持っている可能性がゼロではないし、王国は
『そうですね、私どもと似た者達がいる可能性も大いにあるとアインズ様はお考えですか、流石でございます』
「いや、お前であれば容易に想像できたことでもあるだろう」
そう、王国内は本当に隙だらけであり、やろうと思えば、その領内に自分達がやっているように施設を作ったりだとかも出来る可能性があるのである。
では、次に危惧すべきは何かと言えば、モモンとその仲間達がぷれいやーとそれに仕えているNPCであるという事を決して知られないと言った事である。
あくまでモモンとして、今回の依頼をこなす。上記の事情に、多少ではあるが、アインズのなけなしのプライドも入っている。
自分が受けた仕事位、自分達でこなさなければ墳墓の主として示しがつかないのであるから。
『畏まりました。そう言う事であれば、私どもが介入する必要はないと言う事ですね、アルベドにはアインズ様が直接お伝えになりますか?』
「あいつもまだ起きているのか?」
守護者統括となれば、忙しいのは分かる。それでも、しっかりと体と心を休める習慣をつけて欲しいと思いながらそう返して、その声音から主の気遣いを有難く感じながらデミウルゴスは笑って答えた。
『いえ、彼女は就寝中です。何でしたら、起こしましょうか?』
「いや、その必要はない明日、お前の方から伝えてくれ」
『畏まりました』
「では、私達も寝るとしようか、お前も睡眠はとっているんだろうな?」
『勿論ですとも』
流れるように紡がれる彼の言葉に「本当かよ」と思いながらも締めの言葉を口にする。「では、良き夢をデミウルゴス」
『アインズ様もごゆくっりとお休み下さいませ』
その言葉で伝言を終了したアインズはベッドへと歩き、その途中眠っている従者の頭に手を置いてやる。
「いつも、ありがとうな」
その言葉に彼女の寝顔が少しほころんだように見えて、それにまた胸が温かくなって、彼は今度こそ眠りにつくのであった。明日から始まる依頼をどのようにこなしていくか、彼なりに構想を練りながら。
戦いは既に始まっているのであるから。