翌朝、アインズ達は予めレエブン候から伝えられていた場所へと向かっていた。今回の依頼を受ける間、彼らは長期の休暇を取っているという事になるらしい。それが、組合長の心配りであった。と、同時に防衛の一種でもあるのだろう。
(そこまで、神経質になるか……いや、それも当然か)
これから自分達が行うのはこの国のトップの護衛だ。どこに敵がいるか分からないのであるから。
(まるで映画だな)
これから仕事だというのに、アインズは顔が緩むのを抑えられる自信が無かった。その為、兜に感謝した。
ナザリック地下大墳墓には様々な施設がそろっている。全て、かつてのギルメン達が残してくれたものである。同時に、彼らの理想でもあったのだろう。現実では実現が難しいからこそ、仮想世界にそれを求めた結果があれらだろうと彼は物悲しく感じながら回想を続ける。
特に第9階層がその割合が顕著であり、カラオケボックスだとか、プールにトレーニングルームであったりと、中には全く墳墓の雰囲気にあわない和室なんてものもあったのであるから。一体誰の趣味だと彼は嘆息する。そんな彼がそれらの存在を知らなかった事も無理はない。
余裕が無かったのだ。当時、唯のプレイヤーでしかなかったアインズにはそれらを、墳墓を維持するためお金を稼ぐのでいっぱいであった為に墳墓の事細かな所まで知りようがなかった。それが、以前の少女の件に繋がったりする訳だ。
そんな施設の中には当然の如く、映画館というものもあった。それもかなり再現したもので、その部屋に入った時に最初に来訪者を迎えるのはエントランス。天井には円形に切り抜かれた箇所がいくつかあり、その中にそうようにフラフープのような電灯が3重にはめられていて、外側の2つは白く、中央の1つは青く光り幻想的な雰囲気を演出する。
そして、部屋を見渡せばわざわざ受付が再現されてあったり、その前には客を並ばせる為のガイドポール群が並んでおり、その前にはベンチが30人分程用意されている。そこから少し離れた辺りには売店があり、飲み物は勿論、アウラ辺りであればすっぽり中に入ってしまいそうではと思う位に大きいポップコーンマシーンが置いてあった。
壁を見れば、それこそ多種に渡る映画のポスターが貼ってある。
そして、売店の反対側に通路が続き、そこに進めば扉が左右に3つずつ続く場所につながり、それぞれが上映室へとつながっているのだ。そこにしたって、再現率は高く。成人男性50人は寝転ぶことが出来そうな大型スクリーンに、その前に並んだ折り畳み式の椅子と見事に映画館を再現したものである。
そして、どういう訳かあの時からの出来事からその手のものも墳墓に増えつつあったし、元からギルメン達が持ち込んでいたものもある。
(………………)
これは、かなりアウトな部類だとアインズは思った。確か、映画にも著作権というものはしっかりある訳であり、基本的に「個人で楽しむ」以外の使用は禁止行為であったはずだ。
(誰なんだ?)
つい、思ってしまう。と、同時にそれをやった人物が主張したい事も何となくであるが、察した。もう誰かは分からないが、そのギルメンはかなりの映画オタクであり、彼――ギルドには女性もいるが、彼女達の線は薄いとアインズは思った――はこう言いたいのだろう。
『俺は、映画館というものを再現した上で映画を楽しんでいるんだ! 文句を言われる筋合いはねえ!』
それを抜きにしたって、こっちの世界に文句を言いに来る人間はいないであろう。よって、アインズはこの施設も有効的に活用している。
そんな支配者の努力のかいあってか、墳墓に所属する者達の休日の過ごし方にこの映画館を含めた施設で遊ぶというものも少しずつであるが広まっているらしい。
その事自体は喜ばしいことであるし、それにより彼らの好みを知る事も出来るのであるから。
アルベドを始めとして、大人の女性陣と言うべきか、そんな彼女達にはやはり恋愛映画が人気らしいし、アウラは動物が出てくるものが好きらしい。コキュートスは時代劇があうとか、その外見通りの好みであるから。
驚きであるのが、デミウルゴスがコメディ映画を好むと言った所だろうか? 彼には推理映画とかが似合いそうだと思って、アインズは考え直す。
(そうだよな、あいつの事だ)
彼の事だ、直ぐに犯人が分かってしまい楽しめないのであろう。あんな顔で、真顔でコメディを見ているとそんな場面を想像してしまうとつい笑ってしまそうになるけど。
(と、いかん)
いい加減思考を切り替えるべきであると、アインズは気を引き締める。これからやる事次第で、自分達の計画に大きく変更が起きるかもしれないし、英雄モモンという立場を更に盤石にする為にも、集中しなくてはならない。重要な取引を前にして、夕飯の献立を考える人間がいるか? いないであろう。いるとすれば、相当呑気な者かあるいは余裕がある者だ。そして、アインズはそのどちらでもない。
「
今も、自分の隣を歩いているナーベラルの言葉にアインズも視線を前へと向ける。
(まさか、またここに来ることになるとは……)
思わずそう愚痴りたくなってしまう。レエブン候から指示されたのは、あの夜、彼が1人で向かった墓地であるのだから。確かにここであれば、あまりひと目につくこともあるまいし、衛兵にも話は通してあるらしい。彼らは短く「どうぞ」とだけ言って、アインズ達を通してくれた。
そこからしばらく歩く。城塞都市の4分の1を占めているというだけあり、やはりこの墓地は広い。と、同時にあの夜の激闘が脳内で再生される。
「ナーベ、大丈夫か?」
そう聞いてしまったのは、あの時の出来事を思い出してしまったからだろう。思わず口にしてしまった事に彼は後悔すると同時に自身の配慮の少なさに苛立つ。彼女は彼女であの時の出来事を乗り越えようとしている事だろう。だというのに、自分はそれを軽々しく口に出してしまった。それも大事な事かもしれないが、それによって、彼女が辛い記憶を思い出す方がはるかに問題であった。その思いが彼にひときわ大きい舌打ちを、それこそ彼自身は気付かずにしてしまう。
それを聞いて身を震わせる者はこの場にはいない。それだけの信頼があるというのもあれば、さほどそういった事に敏感ではないと言ったものもいるからだ。ナーベラルは当然の如く、前者であり主の心遣いをありがたく感じていた。
既に済んだ事であるし、彼女だってもうあの夜戦った女戦士の事は許している。と、いうか主の養子である少女、妹の方が彼女を大変気に入ったとなれば、自分がどうこう言うつもりはないのであるから。だからこそ、彼女は朗らかに笑って、それこそ数多もの男性を虜にしてしまいそうな魅惑的なものを浮かべて主へと返す。
「問題は何もありません。
「そう、か。なら、良いのだがな」
そのやり取りにレヴィアノールは覆面の下で微笑み、そしてハムスケはよく分からないが良い事があったのだろうと結論をだして、呑気に空を見上げるのであった。
アインズ達が目的の場所――かつて、モモンとして決戦の場に赴いた所――に到着すれば、彼らの姿も見えた。人数は8人程、外見年齢は若く、体格はバラバラであるものの、全員が引き締まった肉体の持ち主であった。その内の1人、身長も体格も丁度平均位の男が話しかける。
「モモンさんにその御仲間とお見受けします。間違いないでしょうか?」
その言葉がある意味彼らの立場を証明しているとも言えた。自惚れと言われてしまえば、それまでであるが、この都市に住んでいる者でアインズ達を知らない者はほぼ皆無と言える。都市所属の唯一、そして王国では3つしかいないとされるアダマンタイト級という肩書もそうであるが、元より目立つ風貌が揃っているのだ。その名の由来となったモモンの鎧、やはり異名の理由となったであろうナーベの美貌、特に関係はないけれど、レヴィアが被っている覆面だってそうであるし、ハムスケの存在も大きい。これで自分達を知らないとなれば、外から来た者である可能性が高い。
彼らにしたって、その辺りを理解しているのであろうし、彼もその部分を加味して初めに問いかけるような言い方を選んだのであろう。この都市であれば、アインズのような全身鎧はいないが、なんせ王国は広い。
(レエブン候の話だと)
仕事の話が終わってから行ったたわいもない世間話――そんなものはないと社会人だったモモンガが言う。そう、こういった普段の会話からもビジネスチャンスを見出すのが一流のサラリーマンというものであるのだ。残念ながら彼は違ったが――によれば、「朱の雫」のリーダーも自分と――あくまで演じているモモンに雰囲気が似ていたという。その手の話だって、元の世界で、それこそネットの中で腐るほど目にしてきた訳であるから驚きも糞もない。
その点を鑑みれば、漆黒の全身鎧をしているだけでモモンと断定して行動に移すのは非常に危ない、別に命を失う訳ではないけど、それでも間違いを起こせば、それだけで「仕事が出来ない奴」という最悪の印象を相手に与えてしまい、自身の首を絞めてしまう。そこはアインズとしても理解出来た。
(……レヴィア)
(嘘はございません)
それでも、彼らには悪いと思いながらも彼は使える札を切る。後ろに控えている彼女は人が人に、もっと大雑把に言えば知的生命体――この時、僅かでもあれば、成立する――が知的生命体に向ける感情を読み解くことが出来る。
この感情というのが、また複雑であり、例えば恐怖の感情だって、一種類ではない。相手が分かっているからこそ、抱いてしまうという事もあれば、それが分からずに怖いと思ってしまうという事もあるのだ。
(だと、すると)
子供の存在というものは本当に有難いとアインズは場違いに思ってしまう。脳裏に浮かぶのは墳墓でも年少に入る者達に、養父として見守っている姉妹の存在、それも妹の方である。
未知を前にした時、恐れたり、警戒したりするのは大人に多い傾向であるように思える。それは、無鉄砲に突っ込めば痛い目にあう可能性が大きいとそれまでの人生で学んだからであり、決して間違いではない。もしも、学習するなんて概念がなければ、人間なんてとっとくに絶滅している。
(興味本位で火口に集団ダイブした……あったとしたら、まじでどうしようもない種族だよな……)
自分で適当に作った話だというのに、呆れてしまう。絶対にないと彼は思った。そんな話があれば、生態系の存在すら怪しいものであるから。
(うわ、馬鹿馬鹿しい)
そんな事を思ってしまった事自体が人生の損失の思える位酷い空想であったと彼は思考を一つ前に戻す。それに比べて、子供というのは好奇心が旺盛であり、もっと言えば怖いもの知らずである。
カルネ村には、時間を見つけては遊びに行っている。計画の中枢であるし、何かと思い入れが出来てしまった為、何が何でも墳墓側に引き込みたいと自分でも無意識に思っているらしい。
(にしてもあれだな……)
現状、自分の正体がアンデッドあるというのを知っているのはあの姉妹に、神官と魔戦士、それにゴブリン達に薬師の少年、思いのほか多いと思ってしまうが、それでもカルネ村という単位で見た時、一握りであるはずだというのに、最近ではその村人達でさえ、自分の正体に感づいている様であるのだ。
一度、村の婦人に「例え、人でなくとも」なんて言われたときにはない心臓が高鳴った。確かに彼らの心情だって理解出来る。
その時点で、村に行っている援助としてスケルトンやゴーレムを貸し出しており、更にドライアード、リザードマン、トードマンと人外を村に入れるよう遠回しに強制しているようなものであるのだから。
その上、自分は彼らの前で一度も仮面を外したことがない。そうなれば、その正体が人外であろうと考えるのは当然の流れだ。
(だとしてもだ。おかしい話ではないか?)
だったら、どうしてあんなに朗らかな顔が出来るというのであろうかと彼は考える。確かに、村の現状であれば自分にすがるしかないというのも確かであるし、というか自分達がそういう風に誘導さえしている。
(う~ん、ま、問題があればルプスレギナ辺りから報告があるだろ)
丸投げではない。信頼しているからこそだと、自分に言い訳をしながら彼はそこまでの思考を一度消去して、養子の事、特にネムの事を考え始めた。
彼、アインズ・ウール・ゴウンは自覚していないが、つまりはそう言う事であった。カルネ村を始め、近隣から移ってきた新たな住民達というのは、普段の彼と接する機会が多かった。一度は、準備の甘さに、想定以上の襲撃によって、被害を被った人達であるけど、腐っても辺境で暮らしてきた人々でもあり、その辺りはたくましい。
そんな彼らだってそうやって接する内に、あるいは養子となった少女を見ているだけで、おのずと彼の正体に察しが行くというもの。
それでも彼らが騒いだり恐れたりしないのは、やはり普段の彼の行いが行いだからだろうし、それだけ、エンリという少女が信頼されているという事でもある。
彼は自身の新たな黒歴史としてしまいそうであるが、かつてネムの前で無様な姿をさらした事があり、それは村に行くたびに増えてしまってもいる。本人にそのつもりはなくとも。
その姿が、その人間臭さとも言うべき点が村人たちを安心させている要素と言えるのであろう。彼は正にアンデッドらしからぬアンデッドであるのだから。
この事実を知らないのは本人だけであり、墳墓でも彼が信頼を寄せている悪魔にしてみれば、やはり至高の主であると実感するのと同時に、村人たちに対する評価も上がっていくものであり、彼らも忠誠を誓う主の所有物であるのだと、防衛意識を高めるのであった。
そうやって、人知れず周囲の評価を上げてしまい、もっと言えば自分で自分の仕事のハードルを上げてしまっているとはつゆ知らず、アインズは姉妹との交流の事を鮮明に思い出そうとして、止めた。順調に思考が脱線していると思って、それよりも目の前の事に集中しなくてはならない。
レヴィアノールの能力であれば、その細かい部分も知ることが出来るのであり、彼女はその応用で相手が嘘を言っているかどうかと読み解くことが出来るのだ。
それに倣うのであれば、今回の相手は違うらしい。わざとこちらを試すような事をしているのではなく、本当に自分達の事を知らないのであるらしい。そうと分かれば返す言葉も自然に口から出ていた。それも決して高圧的にならず、普段のモモンらしさを意識して語りかける。
「ええ、間違いないですとも。あなた方が?」
アインズのその言葉に男の顔にも喜色が浮かぶ、といってもそれは爽やかな笑みとはとても呼べないものであったけど。
「はい、レエブン候様から話は伺っております」男は振り向いて、仲間達に呼びかける。先にアインズにかけた言葉と違い、荒々しいものだった。「野郎ども! 仕事の時間だ!」
途端に野太い声が周囲に響いた。
「「「しゃあ!!」」」
その言葉と共にそれぞれに短く動作をして見せる。ある者は胸の前で握り拳を手のひらにぶつけ、ある者は利き腕らしき方を谷折りにして、力を籠める。
その様子は一環して、暑苦しく感じてしまうものであり、アインズ達はほんの少しであるけど、茫然とした。
(なんて言うか、思いっきり体育会系のノリだな……)
かつての世界でもその手合いの者達を見てきた経験があった為に浮かんだ感想であった。それから、1秒ほどで彼は答えを出す。それも当然かと、彼らはいわば運送業者であるのだから。
「ははは、お願いしますね」
「はい、お任せください」
何とか平静でいたかったが、それでも苦笑を抑える事は出来なかった。それ自体は慣れた光景であるのか、男も気にする様子は見せずに準備に入るのであった。
男が手を上げれば、墓地の周囲から箒が飛んでくる。それよりも目につくのは、それに追従する形で飛んできた半透明の板であった。
「あれに乗るという事ですか?」
「はい、そうなります」
男は説明する。第1位階魔法、
よって、主に運搬等の用途に使われる事が多いという。アインズもまた、先の復興工事の際に何度か見かけている。
男たちは2つのグループに分かれた。先に口を開いた男を含めた3人は、そのまま板付きの箒を3本をアインズ達の前にもって来る。1人が1人を運ぶ計算であるらしい。残りの5人はそれぞれの箒を操りながら、ハムスケに縄を結び付けている。ハムスケにしてもおとなしくしている。その顔は不満げであるが。そこで、男は一度、彼らに声をかける。
「レディなんだ、丁重に扱ってやれよ」
「おう!」「分かっているとも」
「レディ……ですか?」
思わず、アインズはそう言ってしまい、その言葉に男が不思議そうな顔をする。聞いていた話と、実際現場に出てみれば、その通りにいかないという顔であった。
「えっと? こちらの賢王様、性別は雌と聞いていたのですが……違いましたか?」
「いえ、その通りであっていますよ、すみません。邪魔をしてしまって」
何とか、そう言葉を返すが、それでもハムスケの性別に関する事になると、戸惑いを抑えられそうになかった。
(う~ん、そうなんだよな~)
普段の言動を見ていれば、とてもそんなイメージはつかないし、墳墓に所属する者にしても、珍獣に対してそういった扱いをしている者は皆無であり、どちらかと言えばアインズのペットという印象を持っていると言うのが彼の認識だ。
(ナーベ、レヴィア)
自分だけの認識ではないと、そう思い、後ろの彼女達にも意見を求めれば、彼女達はアインズが期待した答えを返してくれた。それが、彼を気遣ったものであるかどうかはどうでも良い事であった。
(私どもも)(同意でございます)
実際に彼女達もそう思ってしまったのであるから。
ナーベラルとしては、アインズの予想通りと言うべきか、ハムスケの事は主のペットと言うものであり、レヴィアノールにしてみれば、ここ最近の事もあり、世話が焼ける獣という認識であった。
(アインズ様の愛玩獣、それ以外にあるのかしら?)
(レディ、ねえ……)
ハムスケに対するその場の認識を改めて確認したアインズ達は男の指示に従って、それぞれ板に乗るのであった。
「よし、モモンさん達は乗ったな。賢王様の方はどうだい?」
「こっちも終わってるぜ、いつでも行けるさ」
男の言葉にハムスケに縄を取り付けていた5人の内1人が、言葉を返す。その獣はというと、主であり、普段は乗せている事も多いアインズへと不満の視線を向けていた。訴えかけているようでもあった。確かに獣の現状を見れば、余り気分が良い物ではないだろう。体中、正確には足の付け根であったり、体の中心を縄などで固定されるのは窮屈だと感じても何ら変ではない。
それでも、耐えてもらわなければならない。それも仕事の一環であるのだから。
(ハムスケ、少しの間だ)
(う~殿~)
強行軍になる事を考えれば、この獣は残していくのも一つの選択肢かもしれない。それでも、大貴族の話を聞く限りであれば、少しでも戦力は多い方が良いのも確かなのであるので、やはりこの獣も連れていく訳であるのだ。
(まるで……)
本当にペット関連の話をしているようだとアインズは思った。彼自身はその経験はないが、かつてのギルメン、数少ない女性メンバーであった彼女から聞いた話が頭に浮かんだ。
ペット。
それ自体を買うのは、そこまで難しい事ではない。それでも、30万だとか、下手をすれば100万を優にこしてしまうのであるから、その当時のアインズ達では、年収は200万を超せばそれで十分でもあるという事を彼は知ってはいたが。
「よし、そんじゃ行きますよ……野郎ども!」
男の言葉と共に、彼らは飛んだ。そして、箒へと着地した。少なくとも垂直距離、3メートルは飛んだ為にやはりこの世界の人間の身体能力は高いのであると思い知らされた。
「それにしても、あれですね。てっきり、跨るものかと思っていたのですが」
アインズはそう聞いた。これも、かつての友から聞いていた事が関係していた。空を飛ぶ魔女、あるいは魔法使いであれば、箒に跨るというものがお約束であると。彼のその言葉に男も慣れたように苦笑いしながら返答する。
「よく言われんですけどね、こっちの方が俺達にあってんですよ」
彼はそう言いながら、かかとを支点に右足のつま先を上げて、ほうきを叩く動作を数回する。箒に跨るというよりは、直接乗っていると言った様子であり、乗った姿はスケボーを操る若者のようにも見える。
「そうですか、くれぐれも落下する事がないようにお願いしますね」
失礼を承知でもそう言わざるを得なかった。単に彼らの心配だけではなく、文字通りこれからの道のりは彼らに任せる事になるのであるから。
「はい、そこは心配なく」
そして、一行は出発する。目的地は王都であり、しばし空の旅に興じるのであった。
アインズは風を感じていた。現在、自分達は空を飛んでいると、あるいは運ばれていると言えば良いだろうか?
(成程、レエブン候から聞いた通りであるな)
確かに彼らの運転は早い、
自慢ではないが、彼はユグドラシルの魔法であればギルド一の知識を持っている。所詮、ゲームの知識でしかないけど、それでも現役時代はその知識が攻略に役立ったことだってあるし、それが彼の数少ない自慢であるから。
そんな自分が知らないとなれば、とアインズはこれからの活動方針になりそうなものを見つけた。
(俺自身が、新たな魔法を作ってみる……というのも面白いかもしれない)
現在はその暇はないけれど、それでもいつかはと彼も思うのであった。後ろを振り返ってみればハムスケを吊った5人組も問題なくついて来ていた。彼らはこちら以上に魔法の重ね掛けを行っている様であり、それが獣の重量を証明しているようであった。
「それにしても、本当に速いんですね」
「それだけが俺たちの売りですから」
大貴族から言われたように、確かに速く、それから凄く揺れている物であったが、アインズ達には関係がない話であった。確かに、現在は人間の身であるけれど、彼は高速移動には慣れていた。それ所か、新鮮な気持ちさえ味わっていた。
(こうして見ると)
本当にこの世界は自然に恵まれていると実感した。彼の視力ではそよ風に揺れる草に、日の光を反射している川まで輝いて見えた。元の世界では、開発によって得られる利益に、目先の欲望に駆られた結果があれだ。
(頑張らないとな)
別に、アインズにそれをする義務はないけれど、それでも彼は思わずにはいられなかった。知っていて、それから目をそらすのは罪だと言わんばかりに。
(その為にも……)
何とか、計画を遂行しなければと彼は改めて決意を新たにする。それだって何度目になるか分からないけれど。
高速で流れる景色に、しばし心を洗われる感触を覚えながら彼は風に揺られ続ける。
城塞都市から王都までは、本当にあっという間であった。それも当然と言える。通常の方法だと、馬車に乗って街道を進む事になる訳であるけど、それだって直線ではない。途中、蛇行したりするし、何よりも治安が悪い為に、どうしても警戒しながら進む必要に駆られる。例えば、何か物音がすれば一度停止して、その音源を調べたり等、アインズが元いた世界――正確にはそうなる前の世界の常識に当てはめると非常に阿保らしく感じてしまうが、それが現実だ。
警戒を怠った為にモンスターに野盗に襲われて、行方不明となったケースが過去にあった為に、それだって被害にあった人物が平民であれば、貴族達がその調査に横やりを入れる事も多々ある為に、王国国内と言えど安心出来る要素は皆無であり、結局己で用心をして、進むしかない。
(これじゃ、国の意味がないな)
アインズは素直にそう思った。例えるならば、国道に熊が出没して、そしてドライバーを襲って食っている。そんな荒唐無稽な想像が彼の頭に広がる。政治だとか、国営に関しては日々の勉強によって多少は知識が溜まりつつあっても、それでも素人とそんなに大差がある訳でもない彼の頭ではその辺りが限界であった。
実際、そんな事があったとすれば、国の中心、この国の場合であれば国王達になるのであるが、しかるべき対応、そして処置をしなくてはならない。
これが、元の世界であれば間違いなく炎上案件であろう。
(いや、その前に口を塞がれるのがオチか)
それよりもと、彼は思考を、あるいは物の見方を変える。文句を言うというのであればと必ず思い出してしまう存在。クレーマーだ。
商品に不備があったりすれば、必ずと言っていいほどその会社に不満をぶつけてくるものであり、アインズ、もとい鈴木悟も何度か対応した事があるが、厄介以外の何者でもなかった。こちらに不備がある為に、強く出る事が出来ずに、かといって下手な対応は一切できない。それだけで、心臓を締め付けられる程に、精神的に消耗するというのに、相手の口から出てくるのは否定の言葉ばかり、しまいにはこちらの、対応している個人の人格否定まで始める者までいたのであるから。
(いかんな、つい悪い事を思い出してしまう)
と、同時に墳墓ではそう言った事で心に傷を負うものが出ないように細心の注意を払わなければならないと彼はこの事も機会があれば統括を始めとした臣下達と話をするべきと脳内に用意している予定帳に記入していく。
彼の思考こそずれはしたが、地上を行くのはそれだけ時間がかかるのであるが、現在彼らが進んでいるのは空であるのだから。地形というものに囚われず、最短距離を一直線に行け、何より障害らしい存在が全く無いのも大きい。
よって、朝一で出発して5時間程、太陽は真上に上りつつあり、それが今の時刻をアインズへと教えてくれる。
「本当にあっという間だな」
「はい、いっその事……」
彼の言葉にナーベラルは彼女なりの考えを口にする。国王と第3王女もこれで運んでもらえば良いのではないかと。その気持ちは……そう考えてしまう思いは理解出来た。それでもと、彼は息を吐きながら言葉を返す。
「確かに、効率を考えれば、それが一番なのだろう。しかし、それは出来なかったんだろう」
「はい、すみませんでした。軽率な事を口にしてしまって」
「いや、気にする事はない。私だって、そう思ってしまったのだから。それと、その様子であれば、どうして出来ないのかと、その理由だって思い当っているのだろう? 良ければ、聞かせてはくれないか?」
「畏まりました」
彼女の様子に満足しながら、同時に自分が考えた事が間違いではないかと確認の為にアインズはそう言って、そしてナーベラルも説明を始める。
まずは、現在自分達を運んでいる彼らの事だ。彼らの腕は確かであるのは、既に証明されているようなものであった。此処までの距離を、馬車で1週間程かけて行く距離を数時間で進むことが出来ているのであるから。此処までの間、何も無言ではなかった。彼らとも話をしており、現在王国でこの手の仕事をしているのは彼らだけであると言うのは聞いていた。
それ程までに彼らの魔法技術が特殊と言うのが一番の理由であった。それだけ、魔法と言うものは奥が深いのである。と、同時に彼らの専売特許という事になる。
そんな彼らは誰の仕事でも引き受けるという訳でないという。
『仕事する相手は選ばなくちゃなんないですから』
彼らのまとめ役である男の言葉であった。これは、別に彼らが傲慢だとか、仕事に対して中途半端な姿勢という訳ではない模様であり、そもそも彼らの存在自体が王国では特に広まっているという訳ではないらしい。
(確かにな)
もしも、彼らの存在が広く認知される事になれば、きっと引く手数多であろう。何故なら、この手の仕事をやっているのは今の所、彼らだけであるから。飛行に運送自体は、魔術師組合でも行っているようであるが、それでも彼らほどの速度は出せないようであるし、重量にしたって彼ら程の物は無理なようであり、ハムスケを運んでこの速度を出せるのは自分達だけであると、彼らは言っており、それも事実なのだろう。
そんな彼らを自分の専属にしてしまいたいと考えている貴族もいるようであり、断れば何かと嫌がらせをしてくると愚痴をこぼすように話してくれた。
これらの話を聞くことが出来たのはアインズが元営業マンであった事も大きい。彼は、仕事先との友好的な関係を速やかに築く術に長けていたのであるから。それは、同時に彼が以前の世界で得た数少ない財産にして武器とも言えた。
何より、彼らは全員が平民の出と言うのが、何よりの問題であった。それだけで貴族達から見下される対象であり……
(いかんいかん、これは良くない方向だ)
いい加減、貴族と言うだけで全てが悪いという見方もやめるべきであると彼は自身の思考を咎めた。レエブン候を始めとした数人の貴族に後ろ盾となってもらう事で、彼らは王国内での仕事が出来るようであったのだから。
もっと言えば、それがナーベラルが挙げた今回の例、彼らが国王を運ぶという選択肢をレエブン候が取れなかった理由の1つだと。
実際、王国貴族にとってそんな事になれば、自分達のプライドに関わるようであり、やはり難しいのであろう。
「そうだな、分かったつもりでいたが、やはり平民と貴族と言うものは難しいようだな」
「はい、そのようで、彼らも苦労しているみたいですね」
貴族の意識の高さ――それも一部の者達であるけど――は筋金入りのようであり、とことん平民を見下している者も多く、それは冒険者であっても例外ではないらしく、もっと言えば、モモンとその一行もたまにそう言った目で見る者と会ったりするのだ。
(アインズ様には言えないわね)
彼女はそこで、以前あった事を思い出す。アダマンタイト級冒険者チームとして、様々な依頼を受ける訳であるが、中には屑と言っても問題がないような人種だっている。
ある依頼を受けた時であった。その時の依頼内容はよくある、モンスター狩りであり、それ自体は問題なく済んだ。しかし、この後のやり取りが問題であった。
主のいない所で、依頼主は自分とレヴィアノールへと提案を持ちかけてきたのである。
――金であれば、いくらでも払おう。私の所で働くつもりはないかい。
そう言う、貴族の視線は自分達の体へと向けられており、どういった目的、目当てであるか直ぐに察するが出来、怒りを通り越して呆れてしまった。
彼がそう言った提案をしてきたのも例の噂が原因であったらしい。
モモンは、何かしらの事情があり、遠方の地から来た貴族と言う事になっている。そして、自分はそんな彼の家に拾ってもらった。元浮浪児という事になっている。つまり、この国の認識では自分は平民と言う事になるのだ。レヴィアノールに関しては、そう言った話はなかったはずであるが、何故か自分の姉と言う事になっている為に、似たような経歴の持ち主だと思われてしまったらしい。
よって、貴族は自分達をそう言った目で見てきたのである。その時は、彼女が丁重に断ってくれ、そして組合へとその旨を伝えてくれたので、以来、その男から依頼が来ることはない。それも、主の預かり知らない所で彼女がしてくれたのであるから。その点は感謝しなくてはならない。
主に知られる訳がいかないというのもいくつか理由があった。もしも、そんな事があったとなれば主は悲しむであろうし、それと可能性は無いと思うが、それで主の付き添いが変更になるかもしれないとやや自身の私情を含んでナーベラルはそう考えるのであった。
(彼女には、何かお礼を……その必要はないわね)
考えかけて、直ぐに破棄する。そんな事を言おうものなら彼女から言われる事は分かり切っているのだから。
『だったら、アインズ様と少しでも関係を進めなさいよ!』
間違いなく、彼女はそう言うのであろうと、簡単に想像がつく。いい加減、忘れたいと彼女は話を進める。ちなみにレヴィアノールは静かに座って、一言も発していない。それが、彼女の主や世間に抱かれているイメージでもある為に、主も自分も何か言うつもりはない。唯でさえ覆面によって表情が隠れているというのに、無言である事で何を考えているのかはまるで分からない。
「それと、国王様のお体の具合もあるのではないかと」
「そうだな、ご老体だという話だしな」
彼女がそこまで考え付いた事を――それこそ、我が子の成長のようだと――嬉しく思いながらアインズも身に吹きすさぶ風を鎧越しに感じながら、そうなのだろうと確信を持つ。
確かに速度はあるが、非常に揺れが強く、40代と思われるレエブン候ですら、吐きそうになっていたのだ。老体である国王を乗せる事は難しかったのであろう。
「さて、他にも理由があるとすればそれは何だろうな?」
「そうですね……」
それから、アインズとナーベラルはしばし話を続ける。その間にも一行は目的地へと進んでいた。
あれから20分ほどが経過していた。そこで、アインズは眼下へと視線を向ける。その先には、城塞都市と同じくらいの規模の町が広がっていた。
「あれは……」
疑問に感じてそういう彼の言葉に男は直ぐに答える。
「はい、エ・ぺスペルになりますね」
「そうですか、あれが」
王都と城塞都市の間にある大都市にして、六大貴族の一角が治めているその地も遠めに見た限りではエ・ランテルと何ら変わらない様子であり、多少の興味は惹かれど、今はそれ所ではない為にアインズは思考を切り替える。
それから更に時刻は進む。アインズ達がいるのは、王都の外壁の辺りであり、男の呼びかけによって、彼らは降下体勢に入り始めていた。
「すみません、モモンさん。俺たちの仕事はここまでなんです」
「いえ、謝る必要はありませんよ」
アインズにしても理解は出来ていた。今回の仕事は割と機密事項が多く。よって、このまま彼らに目的地に運んでもらうのは危険であるから。
降りる予定の場所を見れば、馬車が2台にこちらを見上げているまた別の人物たちがいる。やや前髪が長く、それによって顔の半分が隠れている男性に、双子らしき女性。それぞれ、髪を左右にまとめている2人であった。
やがて、地面に到達したアインズ達は板を折り、ハムスケを運んでくれた者達も彼女を固定した縄をほどきにかかる。
その間にまとめ役である男は男性へと歩み寄り、懐から書類をだすと、手渡す。
「では、こちらのほうにサインをお願いしますよ」
「はい、ここまでお疲れ様でした。この先は自分どもが担当致しますので」
(後、何回)
こういったやり取りが続くのだろうかと、アインズは考えた。こうやって、たらい回しのように自分達は目的地まで行くことになるのであろうから。
「では、モモンさん、機会があれば、また俺達の所を頼ってください」
「はい、ここまでありがとうございました」
挨拶を終えて、彼らは再び箒に乗って、飛び出す。それをその場にいた者達で見送った後、アインズは新たな人物達へと向き直り、挨拶を交わす。
「では、ここからは」
問いかけるようなアインズの言葉を引き継ぐ形で男性が答える。
「はい、自分達に任せてもらいます」
彼らの指示に従い、アインズ達は馬車へと乗り込む、その馬車にしたって特殊なものであり、窓等は一切なく、言うなれば外から中の様子を伺う事は出来ないものであった。
(完全に護送車だな)
別に自分がそう言った対象という訳ではないけれど、それでも心情は複雑なものであった。それでも、特に何も言わないのは、その必要性を理解していたからだ。どこから情報が漏れるかは分からない。よって、多少は神経質になっても仕方がないと。
アインズ達3人とハムスケ1匹に分かれて馬車に乗り込む。
アインズ達が案内された馬車の中には、普通のものと違い、毛布が敷かれており、天井には手のひら大のシャンデリアが設置されていた。まるで、ホテルの一室を思わせるようにカーテン等もあり、それを見たアインズは嫌な予感を覚えつつ、男性へと問いかける。
「あの、これは……」
「すみません、仕事柄、そう言ったお客様が多くて、モモンさん達は違うと聞いておりますので、お気を悪くされたら、申し訳ございません」
「いえ、その必要はありませんよ……ちなみにハムスケの方は?」
「あちらは、物資運搬用でして、簡易的なシーツを引かせてもらっています」
「そうですか、分かりました。では、お願いしますね」
双子らしき女性の片割れがアインズ達に重ねた箱を差し出す。それをレヴィアノールが無言で受け取る。無愛想なものであるが、相手の女性も仕事柄慣れていると言った様子で特に気にしていないようで言葉を続ける。
「こちら、お弁当になります。良ければ、馬車の中でどうぞ」
「ありがとうございます。そう言う事であれば、有難く頂かせてもらいます」
断る理由もなく、アインズはそう返す。確かに時刻は昼を過ぎているというのに、食事らしい食事はとれなかったであるから。
(ま、飲食不要だけどね)
それでも、食事をとるという行為が大切な事に変わりはないので彼が断わるという選択肢は元からないのだ。