本当に申し訳ございません。
それと、今回の話から作者の独自設定。更に増えます。苦手な方はごめんなさい。
では、最新話どうぞ。
「ブルるるる!!」
目に矢を受けた魔獣が苦痛の声を上げる。アインズは一瞬戸惑う、どうしてと。この魔獣は、普通の馬ではない。強靭なスレイプニールだ。目に矢を受けた位でここまで取り乱すとは思えない。直ぐ傍にいたヘッケランへと視線を向ければ、彼は頷いて返してくる。
(ならば)
何か他に理由があるのだと、魔獣を見据えようとするが、それよりも先に振動が彼を襲う。暴れ狂う魔獣を御者である騎士は既に操る事ができなくなり、馬車が彼の乗る騎獣へと突っ込んだのであった。
「殿~どうすれば良いでござるか~!?」
揺れる視界、ハムスケの言葉を聞きながら何とか、アインズは暴走する魔獣を止めようと、その理由を探ろうと再び矢が刺さった辺りを見て、そして気付いた。魔獣の頭半分、正に射抜かれた目を中心に体が変色しているのだ。
(毒か、そういう事なのだな)
「ハムスケ、もっと速度を上げる事は出来ないか?」
「なんとかやってみるでござる~」
アインズの指示にハムスケは答えようと走る足に力を入れるが、暴走馬車に追いつくのは難しいものであった。それも当然と言えば、当然だ。墳墓所属の者達からの冷遇に、普段の主からの扱いも何かと雑になりがちなハムスケであったが、アインズへの忠誠は高く、走るのしたって乗せている彼を気遣った走り方を心がけているのだ。それに対して、馬車を引いているスレイプニールはそれ所ではなかった。馬車や御者を重んじる余裕なんてとっくに消えてしまっている。急に視界が半分になった事、そこから緩やかに、否、あっという間に広がりつつある灼熱にも等しい痛みが脳を襲うのが。その恐怖が魔獣から理性というものを奪い、がむしゃらに走らせる。それをしたからといって、自身を襲う痛みをどうにか出来るはずはないのであるが、今の魔獣にはそれさえ考える余裕はない。
(頼む、止まってくれ!)
クライムもまたのたうち回る手綱を何とかしようと握る手に、腕に力を入れるが、不規則に揺れる綱をどうにかする事は難しかった。
これに関してもしょうがないと言えた。彼は努力家であり、剣の師もなく、才能もなかったというのに独学でその実力を伸ばし王城勤めの兵の中でも上位に食い込む程までに鍛え上げており、レエブン候の目測であれば、この一団における実力はモモン達、フォーサイトに次いであると見ている。正直、速攻で結成された近衛隊よりもずっと頼りにしているのだ。
もう一度言っておくが、クライムは努力家だ。御者だって、外の世界に羨望にも似た憧れを持つ王女の為であったりする。そんな彼であっても、スレイプニールを扱うのはこれが初めてであった。否、別に彼だけではない。近衛隊の面々にしたって、そうだ。それだけこの魔獣が希少であり、そして高額であるという事でもある。彼らだって何とか操っているのだ。
その証拠に、暴走する馬車に渾身の体当たりをくらい、何頭かの魔獣に乗った兵は空へと投げ出され、後続の魔獣に踏みつぶされ、金属が歪み、肉が圧迫され破裂する。そんな生理的にも聞くのを拒絶する音が周囲に響く。悲鳴が聞こえないのは上げる間もなく、死んでいくからだろう。
「まずい、悪い方向へと進んでいますね」
ヘッケランがそう言う。彼が乗る魔獣は、驚くべきことにハムスケへと追従しており、それが彼の馬術の高さを証明していた。
「ええ、確かに」
アインズも同意する。この一団は、3台ある馬車を中心に先頭、中央、後続に分かれている。アインズにヘッケランは中央の担当。レヴィアノールは、ナーベラル等が乗った馬車と共に後続であり、近衛隊でも多少は魔法行使が可能な者達が乗った馬車に、イミーナは先頭にいたはずである。
国王、王女、そしてレエブン候が乗った馬車は先頭集団へと割込み、そして馬車と激突する。そこまでに出た被害は人も魔獣も決して少なくなく、その事によってある人物の胃が痛む事になるが今はそれ所ではない。
「ひいい!!」
近衛隊所属の兵の1人が発した声であった。速度が出ている所で起きた事故。時速80キロで走る車がいたとして、そこから落ちてしまえばどうなるかは容易に想像できるというものであろう。更にアインズは思う。何より霧に包まれたこの状況が良くないと、視界が悪い中で先ほどから響いているこの音は更に人の恐怖心を駆り立てる。現在アンデッドという状況に何度目になるか分からず、感謝する。もしも、異変以前の精神性であれば、己だってきっとそうなってしまったと確実に言えたからだ。
(だが、そうなると……)
それだけ攻撃を仕掛けて来た人物が相当な腕の持ち主でもあると考えられる。現在、自分達を覆っている霧は深く、距離にして10メートル先が見えるか見えないかだ。その上に、この一団の速度は相当ある。この世界の常識、事馬車での移動速度であれば、間違いなく通常の倍は出ているというのがレエブン候の話である。言うまでもなく、この一団を的とするのは至難の技である。
それだと言うのに、謎の人物は正確にスレイプニールの目を射抜いたのであるから。そう考えるアインズの目の前では、暴走馬車と訳も分からず追突された先頭の馬車が豪快に倒れ、クライムに、先頭の馬車の御者を務めていた人物が勢いよく放り出される。横転した馬車は2周ほど転がって静止する。その間に、また1人近衛隊の者が巻き込まれたが、誰もが彼を気にかける余裕はない。スレイプニール達は突然起きた事に戸惑っているようであり、騎手達に次の判断を求めるように視線を向けてくるが、誰も何も言えずにいる。
遅れる事1秒ほどしてアインズにヘッケランもその場に到着する。
(大丈夫か?)
見れば、馬車は横転したままで沈黙している。あれだけ転がったのだ。中にいるであろう国王達だって平気ではあるまい。ひとまずはと、2人はそれぞれの騎獣から降りる。
(――)
アインズは周囲に注意を向けてみるが、何も感じない。彼は己が持つスキルによって、アンデッド等の探知は出来るのであるが、それによればこの辺りにその類のモンスターの反応はない。以前の世界とこの世界ではいくつかの違いもあるが、このスキルに関しては問題なく使用出来たはずである。
(やはり……)
当然ではあるが、人の仕業かとアインズは倒れた馬車へと歩く。客観的に見れば非情にも見えてしまうかもしれない。しかし、それは彼が冷静に振舞おうと努めているからであり、茫然としている近衛隊に比べれば大分マシだとヘッケランは思う。
(にしてもだ)
余りにも頼りにならないと思ってしまう。訓練をしているとは聞いていたはずであるが……そんな彼の耳に聞きなれた声が届く。
「ヘッケラン! 国王にレエブン候は?」
見れば、前方から彼女がスレイプニールに乗ったままこちらに来るのが見えた。この一団自身が前後に広がる形で展開していたので当たり前といえば、そうかもしれない。
「ああ、今確認する所だ」
言いながら、彼は腰にそえたポーチの中を手探りで確認する。最悪死んでいなければ、ポーション瓶でどうにか出来るのであるから。
1歩、それだけであるがその間にもアインズは思考を続ける。先ほどから違和感が頭を離れないのであった。
(なんだろうな? この感触)
遠目でも分かる。スレイプニールを襲ったのは、唯の矢ではなく、強力な毒を塗られたものだったらしい。それも相当強力な。それは、酷く歪んだ魔獣の頭を見ても明らかであった。そのスレイプニールは既にこと切れているようであり、その暴走に付き合わされたもう一頭は腰を下ろして動く様子を見せない。足を痛めた様子であるらしく、そちらも確認する必要がある。少なくともこの攻撃のせいで、仕切り直す必要が出来てしまったのであるから。後続にいるナーベラル達が来るまで、まだ15秒はかかるであろうから。
周囲にも気を付けておかなければならない。しかし、人の気配は感じない。
(それだけ、遠くから狙ったという事か――あ、そうか映画)
ここでアインズは謎の既視感の正体に思い当たる。彼、アインズは墳墓の支配者として職務に励んでいるが、そればかりでは息が詰まる。これに関しては凡人だとか、天才だとかは関係がないと彼は思っている。否、きっとそうあって欲しいと自らが望んでいるのだ。
(もしも――)
そうでない者がいれば、自分の心は折れてしまいそうである。ともあれと、そんな訳で彼は時折他の事をして、もっぱら娯楽等にも時間を費やしているのであるが、その内の1つに映画鑑賞というのもあった。
この事は彼自身よりもNPC達の方が喜んでいるとも言えた。以前の彼であれば、それこそ仕事以外の趣味と言えばユグドラシルであったのだから。しかし、それは彼らにしてみれば至高である主が自分達を護る為にやっていた事であり、かつて共にいてくれた事自体は喜ばしく思うものも一方で心苦しく思っていたのも事実。
その為にアインズが新たに始めた数々は彼自身だけではなく、彼女達にも心の安らぎを与えていた。
そんな活動の最中に見たものの1つに、今と似た状況のものがあったのであった。
それはいわゆるマフィアものであり、彼が思いだしたのはその中のこんなシーンであった。
登場人物である狙撃手がターゲットの乗った車のタイヤを撃ち抜く。その車が先の馬車と同じように横転した。そして、中から出てきたターゲットである壮年の男性――舞台となった国の大臣か何かだった記憶があった――の眉間を2発目で撃ち抜き、そして暗殺を終えるといったものであった。
(いや、しかし)
これは現実であり、あんなご都合主義全開のフィクションではない。それでもと、彼は2歩目を刻む足に力を入れる。
そして――その先、倒れた馬車の扉が開かれてやっとの思いと言った様子で金髪の少女がはい出てくる。それと同時に彼女を狙った矢がアインズの視界に映るのは同時であった。
(冗談だろおぉー!)
まさか本当にそうなるとは思わず。アインズは足に力を入れるが、それよりも先に王女へと矢が迫るのであった。
その少女の誕生は誰もが喜んだ。どのような立場であれ、その子供が将来どういった道を歩むかなんてのは一瞬度外視してだ。最も喜んだのは少女の父親であった。彼にとっては何人目であっても、愛すべき我が子であるのだから。
アインズが取り乱す事その約1分前。
走行中の馬に乗ったその男、ぺストマスクをつけた人物は、先ほど放った矢が命中したのを確認していた。そこは、アインズ達が走っている地点よりもざっと1.5キロは離れた位置であり、彼らを包んでいる霧もこの付近にも発生している。そんな中で男が彼らの事を正確にその視界に捉える事が出来たのは、男が持つ武技によるものであった。
男の瞳は、まるで蟻の巣をつついたように様々な点が蠢いていた。遠視眼。それが、男が得意とするいくつかの武技の1つの名前である。それによって、男の脳を少しずつであるが疲労がたまっていく。が、男は他にもマジックアイテム等を併用する事で、それを可能な限り遅延させていた。
そんな彼が、アインズ達に目をつけたのは、別に何かに気付いたからではなかったからだ。
(気になりますでしょう?)
この場にいるのは彼だけだというのに、男は内心で呟く。いや、それは乗っている馬に語りかけたものであったかもしれない。
その一団はとにかく目立ったのだ。唯でさえ、高級品であるスレイプニールをあれだけの数を揃えているのもあるが、それよりも目についたのは漆黒の鎧を身に纏った戦士の存在であった。
(報告によれば……)
その人物こそ、最近城塞都市にて新たに誕生したアダマンタイト級冒険者であるはずである。彼ではないが、その仲間である魔法詠唱者を仲間の1人が確認していたはずである。
それだけの一団を気にならない者はいないだろう。もっと言えば、その移動の仕方も気になった。まるで、何かから逃げるように速いのである。ならば――
(何もしない訳がないでしょう)
別にこれが初めてという訳ではなかった。男はこの場面に至るまでにも数度か同じように馬車なり移動中の者を見れば、攻撃を仕掛けていたのであるから。その結果は全てが振るわなかったが、それでも諦めるという選択肢はない。
男は次を撃つべく、準備に取り掛かる。背中の矢筒から一本取り出して、その先端を腰に固定した壺へと突っ込み、中に広がる液体にたっぷりと浸し、取り出す。
持ち上げた矢を確認して、それで十分と判断した後、再び弓につがえる。狙うは初めに狙い、そして現在倒れている馬車である。これに関しては男の勘というより、常識に則った判断であった。調査の結果、国王達が既に王都を離れている可能性が高い事は把握していた。
丁度、昨日。王都にて国王達の出発式が行われたという事であったから。
(面倒な話ですね)
武技によって、その先を見つめながら男は愚痴る。効率だけを考えるのであれば、その式典を襲ってしまえば良かったのだ。それであれば、自分達全員が王都に集まる事が出来るのであるから。だが出来なかった。それもクライアントからの依頼の一つであったのだ。
(街中で面倒ごとを起こすな……ですか)
それも全ての都市という訳ではなく、いくつかの都市。そして、それらの共通点を上げるとすれば、王派閥所属の貴族の所有地であったり、あるいは国王の直轄領であれば、別に問題はないという事であった。
(こんな中途半端な注文、勘が良い人でしたら、とっくに見破られてしまいますよ)
誰が黒幕であるかと、つくづく彼らの愚かしさに呆れながら、男は矢を放つ。それは、男が長年弓兵として培った勘によるものであった。このタイミングで放てば、誰かしらに命中するはずである。
(さて、誰が出て来ますかね)
もしも、情報通りであれば、馬車に乗っているの人物。その予想がつくのは3人であった。国王、第3王女、そして大貴族の1人であるレエブン候のはずである。
そして、男の予想通りと言うべきか馬車の扉が開かれ、そして手が出てくる。
(そう、それは決して間違いではない)
横転した馬車。もしもそんなものに乗っていれば、その心は恐怖に染まっていることであろう。それは、頭脳の出来等関係はない。生存欲求に則った本能的なものである。
次に考えるべきは出てくる人間の予想だ。これは、男の願望がかなり入っている。もしも、先に考えた今回の目標である2人に、付き添いらしき1人だったとして、始めに出てくるのは誰であろうか?
彼は考える。まず、国王はあり得ない。彼は老体であり一人で這い上がるのはかなりの重労働であろう、他の2人が手助けをしてやれば難しくはないであろうが、その内の1人は彼の娘である第3王女だ。そして、国王は子供に対してかなり甘い人物であるのは、王国の内部事情に詳しい者であれば誰もが知っている事だ。それが、結果的に貴族たちの暴走を助長しているとは知らずに。
では? と男は思考を次へと進める。ならば、レエブン候は?
(あり得ませんね)
答えは直ぐに出た。彼には生まれて数年になる息子がおり、その存在が出来てから性格は丸くなったという。
(よく分かりませんね)
それまで、レエブン候も玉座を狙う貴族の一人でしかなかったはずだ。それが、一児の親となった途端にあの有り様である。きっと、
(なら、答えは決まりですね)
予想でしかないが、男は結論を出す。初めに第3王女が出てくる。そして次に国王、レエブン候はその手助けをした後に最後に出てくるはずである。ここまで自分の考えでしかないけど。
だからこそ、次に馬車から出てきた人物を目にした時自身が幸福を感じていると自覚した。
(いけませんね、これはあくまで通過点なのですから)
それでも、目標の人物たちに巡り合えたのは大きい。ならば、少しでも仕事を進める為に、このまま王女の命を貰う。死体の回収は後ほど適当な奴と合流した後、向かえば良いと考えて、そして王女を哀れに思うのであった。
(さようなら、ラナー王女様。貴方に罪はありませんし、私達はあなたに対して特に恨みもありません)一度息を吐く。霧の中出たために僅かばかりの熱がこもっていた。(しかし、このどうしようもない国を解体する為の贄となっていただきます)
そして、自身が放った2射目がその首を貫くのを見届けるのであった。
飛び出したのは若き騎士であった。彼は王女を抱きしめると、そのまま自分をクッション代わりに地面へと激突する。その光景に、アインズとヘッケランは見とれた。自分達でさえ、反応出来なかった。その攻撃。そして、気付いたその騎士は別に矢の存在に気付いた訳ではない。彼はひとえに王女を案じて、吹き飛ばされた後も、走ってきたのであった。故に、最悪の事態を未然に防ぐことが出来た訳である。
(ああ、俺は何をやっているんだ!)
相手の分析を優先したいた為に起こった事態でもあった。ならば、やる事は1つである。一刻も早く、矢を放ってきた人物を捉える。あるいは早急に対処しなくてはならない。
「タ―マイトさん!」
「はい! モモンさん」
2人は互いに顔を見合わせ、走り出す。その途中、アインズは騎士へと声をかける。
「クライム君、この場は頼むぞ」
騎士は言葉を返す事が出来なかったが、それでもこちらの意図を察してくれたのか頷いてくれる。そして、2人はそれぞれの騎獣を呼び、それに飛び乗る。アインズはハムスケと過ごした時間の中でこの獣の扱いにある程度慣れてはいたが、まだそこまで時間がたっていないというのに、借り受けている魔獣を操ってみせるヘッケランの手際の良さに思わず称賛の声をかけたくなるが、それをアインズは堪えた。今はそれ所ではないのだから。
(まずは、目の前の相手からだ)
1射目は完全に不意打ちであった為に、どこから飛んできたかなんて知りようもなかった。しかし、2射目は飛んできた方向をしっかりと確認している。
2人は、その方向へと走り出すのであった。
腕の中に温もりがある事に騎士は安堵した。先にアインズ達が思い浮かべた通り、別に彼は矢が飛んでくることを察知した訳ではない。無性に嫌なものを感じて、後はがむしゃらに体を動かしていたのである。
「ふふふ、クライムったら大胆なんですから♪」
「いえ! これは失礼しました」
こんな状況だと言うのに主君たる姫君は明るい。それが彼女の取り柄であるのだから。その言葉に現在の自分達の状況を認識して、気恥ずかしい気持ちが2割、不敬であるという思いが7割の感情で彼は姫君を起こす。その事に少女が残念そうな表情を見せた気がしたが、それはきっと己が未熟な精神が見せた願望であろうと彼は結論付ける。
「大丈夫か? ラナー」
「ええ、クライムが助けてくれましたの」
倒れた馬車から続いて頭を出すのはその主君の父親である国王だ。彼だって娘の安否は気になるというものであろう。
「クライム様、王女様に国王陛下もご無事でしょうか?」
その場に新たな人物がやってきたスレイプニールに乗っているのは鳥を思わさせる被り物をした人物であった。
「レヴィア様、はい、こちらは大丈夫です」
今回、共に旅をする者達。その中でもトップの実力を誇る。アダマンタイト級冒険者チームの1人である女性にそう言葉を返す。彼女もまた前方で異変があった事を察知して、騎獣を飛ばしてきたのであった。彼女は状況を確認して、そして周囲で何も出来ずにいた近衛隊の面々に顔を向けて、そして言う。
「何をやっている!? すぐに国王様方をお守りしないか!」彼女はクライムの元へとやってくると、聞いた。「矢が飛んできたのはあの方向なんですか?」
それは、彼女なりの推測であったらしい。
「はい、そうです」
そう答えながらもクライムはこの女性の洞察力の高さに感服していた。彼女は何も当てずっぽうに方向を示した訳ではない。その視線は一瞬であるが、地面へと向けられていた。その先を見れば、先ほどその方向へと走っていた騎獣2匹の足跡が続いていたのであるから。
それから、レヴィアの指示に従い。倒れた馬車を盾にする形で要人達には避難してもらい。矢が飛んでくることは勿論であるが、他にも襲撃を仕掛けてくる者がいないか、周囲の警戒に当たらせる。
やがて、後続の部隊も到着して、馬車の修理が始まるのであった。
「では、これからどうしましょうか?」
そう言葉を紡ぐのはレヴィアであった。モモンがいない時の指揮は彼女に任せているという事であった。フォーサイトにしてもリーダーであるヘッケラン、そして野伏であるイミーナの姿もその場になく、襲撃者の追跡にあたっているらしい。
「ひとまずは、馬車を修理をして先に進むしかありませんね」
言葉を返すのは彼女達の雇い主であるレエブン候。そもそもそれしか選択肢はないのであるから。壊れた馬車もそうであるが、スレイプニールに、近衛隊にだって少なからず犠牲者が出てしまっている為に、どんなに急いでも再出発には10分以上かかるという事であった。
「1分、1秒を無駄には出来ませんからね」
フォーサイトのメンバーであるゴルトロンがそう言う。彼の言う事も最もであった。たった2射であるけど、それでも攻撃を仕掛けて来た人物が何を目的にしているか、おおよその見当がついたのであるから。
(まさか、本当に)
クライムは握る拳に力を入れる。今は近衛隊が作っている壁に、馬車の影と上手く周囲から身を隠している姫君。自身にとっては、恩人であり、そしてそれ以上に――
(駄目だ。それは許されない感情だ)
煩悩とも渇望ともとれるその感情を押し殺して彼は怒りがこみ上げてくるのを感じていた。そんな彼女に国王を害そうとする者達がいるという事に。レエブン候の今回の策、個人的には少し神経質ではと思っていたのももう撤回しなくてはならない。
本当にそういった人物、勢力が存在するという事であるのだから。何より、少なくとも攻撃を仕掛けて来た人物はこの霧の中、こちらの事が正確に見えているらしいのであるから。
そんな相手に、姫君の存在を見られた。これによって起きる事は誰だって想像がつく。
――常に最悪を想定して動け、クライム。まあ、俺が出来ているかと言われれば微妙な所であるが。
(ですよね。ストロノーフ様)
本来であれば、彼だってこの行事に参加してしかるべきである。自分なんかよりもずっと相応しいのであると言うのに。そんな彼がいないのも貴族たちが関係しているようである。かといって、自分が口出しする訳にはいかないし、下手をすれば姫君の立場さえ危ういものになってしまうから。
そんな彼の言葉に従うのであれば、敵は矢を放ってきた人物だけではない。他にも仲間がいると見てかかるべきである。よって、ここに長居するのは危険であるのだから。
「今は、出来る事をするしかありませんね」
思わずつぶやいてしまい、不味いと思って顔を上げる。自分は立場としては、この中では低い。それは、実力にしたって、そうだ。そんな自分の発言で場を濁す訳にはいかないから。
「ええ、クライム様の言う通りです。その人物に関してはモモンさん方に任せるのが一番でしょう」
「私もレヴィアの意見に賛成です」
しかし、彼のそんな心配など本当に些細な事だと言わんばかりに話は進む。その事にクライムは胸をなでおろすのであった。
少女は生まれながらに愛らしい容姿を持っていた。その娘は父親にとっては、3番目の娘になったが、いずれの娘たちも器量に恵まれていた。別にそれは関係はないが、父親は娘に愛情を注いだ。それは、貴族達にしてもそうであった。打算込みであったとは言え、少女が美しいのは事実であったのだから。
そうして、少女は成長していくのであった。
(ついていませんね)
馬を走らせながら男は毒づく。あの1射を躱されるとは夢にも思っていなかった。あの英雄たちでさえ反応出来なかったと言うのに。
(ま、それでも)
事態を前向きに考えるべきだと男は懐からスクロールを取り出して、真上へと放り投げる。次いで男は言葉を発する。
「――」
瞬時に紙は燃え広がり、そして消滅する。男は慣れた様子で言葉を続ける。
「こちらマジョラム。目的を発見しました」
しばらくして、声が返ってくる。
『そうか、間違いの可能性は?』
確かに言葉の通りでもある。あれが、本当に第3王女である保証はどこにもない。それでも男には確証があった。あれは、今回、城塞都市へと向かっている国王一行、その娘である少女であると。
「あれ程の美貌を持つ少女はそういませんよ」
『そうか、分かった。場所は?』
「はい、――」
それから男は連絡を続けた。この辺りの地理であれば以前から手分けして調査していた為に、多少は詳しくなっており、そのおかげで男は正確な位置を伝える事が出来た。
『そうか、ご苦労。他の奴には俺から伝えておく』
「分かりました。私の方も一度戻ります」
その言葉を最後に連絡を終了する。目的の人物たちは見つけた。彼らの目的地も分かっている。そこを考慮すれば、どの辺りを通るかもある程度は予測できるはずである。後は、適当な仲間と合流して挟撃の用意をと、考えた所で男は背筋が冷えるのを感じた。
(何ですか? これは?)
まるで、心臓を直接手で握り締められたような感触を味わう。そして、男ははたと気付く。それが後方から追いかけている事に。
(まさか――)
男は後ろを振り返る。その先は霧に包まれていて、見えない。そして、武技を発動させる。視界が急激に変化して、頭を謎の圧迫感が襲う。そして男はその姿を確認した。
(――追って来ていたとは)
男がそう考えるのは当然であった。普段であれば、その発想はない。弓を放てば、追われるのは当然だ。しかし、現在この辺りは霧に包まれている。それも、自然なものではなく、人為的にその男が起こしているものであるから。
男が所属する組織には複数のスポンサーがついている。それは、同時に王国がどれだけ周辺国から嫌われているかという事でもあった。その中の一つからの依頼でもあった。
(新型という話でしたね)
本来であれば、男の持つ魔力でこれ程の効果を生み出すマジックアイテムを動かすなんて事は出来ない。何でも、新しく作られたアイテムの数々は、使用者の魔力を必要としないと言うらしい。もしもこれが実用化できれば、何やら世界が変わるという事だったらしいが、男にはどうでも良い事であった。そんな訳で他にも色々と持たされていた。
霧は深く、相手方から自分の姿は見えていないはずである。だと、言うのに。漆黒の戦士に、その騎獣である賢王は迷いなくこちらを目指して来ているのであるから。その距離約950メートル。
(不味いですね)
このまま何もしなければ、数分後に彼は追いつくだろう。そして、彼とぶつかった時。自分が無事に戻れる可能性は殆んどゼロに等しい。
男は弓を構え、矢をつがえる。と、同時に霧の濃度を上げる。別に何か特別な動作に仕草をする必要はない。ただ、頭で思えば良いのだ。
「むむ、霧が深くなってきたでござる。殿」
「ああ、その様だな」
周囲を見て、ハムスケがそう言い、アインズも言葉を返す。そして、背中に備えたグレートソードに手をかけ、そして振りぬく。袈裟気味に振られた得物が飛んできた矢をはじく。
(冗談でしょう?)
男はそれを見て、驚愕していた。この霧の深さ、半径3メートルは視界が防がれている中で、あの戦士は自身が放った矢を躱して見せたのであるから。
(やはり、アダマンタイトという事ですか)
男自身は気付いていないが、他にも理由はあった。それは、アインズが使用していたスキルに関係していた。絶望のオーラI。アインズの種族的特殊能力であり、そしてこの世界に来て、ある程度変質していたスキルでもあった。そのスキルは発動と同時に範囲内にいる相手に恐怖を与え、そして浴びた者はそれによって動作などにペナルティを受ける訳である。
以前の世界のものであれば、範囲内にいる者達全員に無差別に効果を与えるというものであったが、この世界ではその対象も選ぶことが出来るらしい。ならば、それを利用して範囲探知に応用できないかと試した事もあったが、それは出来なかった。あくまでアインズが認識している相手に限るのであった。
確かに霧のおかげでアインズはその男を見る事はできない。それでも、ある方法によって、男がどの辺りにいるかは何とか突き止めたのであるから。
よって、男は自分では気付かずにその腕だって落ちているのだ。それが、アインズが男の放つ矢に反応出来た理由であった。
(ならば)
男は、数度矢を放つ。例え、効かないと分かっていても何もせずにいるのが愚策である事は確かであったから。
男が2射放てば、アインズはそれを横なぎではじいてみせる。男は続けて、矢を放つがアインズは持ち手で殴って叩き落す。
(手強い、しかし)
矢を放ちながら、男は考える。どうして、漆黒の戦士はこちらを追って来れるのかと。男が試しに馬を右へと曲げれば、賢王もその方向に沿ってくるのであるから。
男が考える間にもアインズ達と彼の距離は縮まってゆく。その距離約750メートル。
(不味い、非常に不味いですよ)
相手がいかにしてこちらを追って来ているかは分からずじまい。かと言って、それを探っている時間はもうない。男は左腕、手のつなぎ目より体よりの部分に目を落とす。男たちの組織には多数の品が流れてくる。
(初めて使用する武装ですが、何とか使いこなしてみせましょう)
アインズは矢をさばいていく。彼にとっては、特に難しい仕事ではなかった。
(よし、このまま)
スキルを発動しつつ、襲ってくる矢をさばいて後は、ハムスケが相手へと追いつくのを待つばかりである。それだって、後5分かかるか、かからないかだ。
(このまま済んでくれれば)
予防線として彼らと即興で用意した策を使用する必要もないようだと彼は油断した。
再び、襲ってくる矢。正面から迫るそれをアインズは再び、グレートソードを外側に向けて振るう。そして、はじいた。
(何!)
その瞬間、右目に痛みが走り、視界がかける。この感触には覚えがあった。城塞都市での戦い。大切な者を泣かせてくれたあの女から受けた攻撃もそうであった。
あの時と似た状況だ。あの時は、戦士の動きをみる為にわざと手を抜いていた為に受けてしまったのであるが、今回は完全に別であった。最初にスレイプニールが矢を受けた時と同じであるのだ。
(しかし)
この世界にはぷれいやーではなくとも手練れな人物が揃っているようである。あの女にしても、今、自分が追いかけている男にしても、どうしてこうも正確に兜の中の眼球を、僅かな隙間から狙うことが出来るものであると場違いにも思ってしまう。
ゲームというシステムによって、得た自分の力と違い。彼女達のそれは、純粋な戦闘技術であるのだから。右目に攻撃を受けたアインズは後ろへと体勢が崩れる。しかし、走る事に夢中になっているハムスケはそれに気付かず、高速で走る獣、その進行方向と反対の方向へと体重をかけてしまった為に、落ちそうになるが何とかアインズはそれを堪え、そしてハムスケの頭へと拳を落とす。
「痛いでござる~!」
「まったく、さっきは出来ていたというのに」
何とか体勢を整えてアインズはハムスケを減速させる。と、同時に先ほどまで発動させていたスキルを解除する。別に彼は諦めた訳ではない。先程、連絡があったのだ。何とか接近出来たのだと。
(後は、お願いしますね)
こんな時の為にとレエブン候から貰っていた。アイテムに、作戦とそれを頭に思い浮かべながら。もっと知りたいという思いが溢れてくる。
(こっちの世界にも
この世界は、あのゲームの影響を多大に受けているのであるから。頬を流れる血の感触に。左右で景色を捉えている器官が違うために、やや歪む視界をおかしく思いながら彼はハムスケへと新たな指示を出す。
「ハムスケ、後はタ―マイトさん達に任せて合流地点に向かうぞ」
「分かったでござる~」
先ほど殴られた事は直ぐに忘れ、主の言葉に従い。獣は走り出すのであった。
アインズが退いていくのを確認して、男はひとまずどうにかなったと思った。どういう訳か、体を縛っていた謎の感触も消えていたのであるから。
(これで、問題なく)しかし、自身に迫る危機が完全に去った訳ではないと男は長年の勘から察知して、そしてその方向を見て、その瞬間に見えた。自身へと向かっている人影、その人物は自分の目線よりも高い位置からこちらへと降下しているようであり、その手に握られているのは二振りのサーベルであり、それが自身へと振り下ろされると同時に、相手の声が聞こえてきた。
「〈双剣斬撃〉!」
(そういう事でしたか)
その瞬間、男は先ほどの人物。アダマンタイト級冒険者であるモモンの本当の狙いを初めて知ったように感じた。あの人物は、英雄とも称されしあの人物はこともあろうに自身を囮としたのである。今、全てが分かった。先程から受けていた謎の感触はあの人物が放っていたのだ。
(英雄の貫禄というものでしょうか)
全ては、この状況を作る為。自分へと他の者が接近する機会を作る為であったのだ。
実際、その通りであった。ヘッケランが男へと追いついたのは不思議な話ではない。馬とスレイプニールではその走力に大きな違いがあるのであるから。魔獣の足を持ってすれば、特に難しい事ではない。
そして、モモンがある方法を用いて、相手の注意を引き付けてくれていたのが大きい。その詳しい方法は聞いていないが、相手はアダマンタイト級冒険者。何か自分が知らない方法があるのだと、ヘッケランは考える。相手の探知に関しては、現在、共に追撃にあたっている彼女がやってくれた。何でも故郷に伝わる方法であるとの事であった。
こっちに関しても詳しくは聞いていない。仲間であっても、不用意に話す訳にはいかないらしい。その事が少し寂しくも思うが、それよりも目の前に捉えた人物である。
(こいつが)
この深い霧の中、正確無比な射撃を行ってきた人物であるのだ。そして、どういう訳か攻撃を仕掛けて来た。それだけで、敵と断定するには十分である。
一番の最善は捉えて、話を聞く事。この人物が他の者と連絡をとっている可能性だってあるのだから。放つ武技は彼が誇る最強の技であり、下手をすれば殺してしまうかもしれない。それでも、死なないかもしれないと考えてヘッケランはその技を放つ事にしたのだ。
(あんたが)どういうつもりで矢を放ってきたのは分からない。それでも、その事で仲間である彼女は怒り心頭だ。(おとなしく捕まってもらうぜ)
そして、二振りの斬撃が男を襲う。
が。
男だって、唯ではやられない。否、この状況であっても彼は諦める事をしない。男は身を空へと投げ出す。その事にヘッケランは驚きながらも武技を放つ。斬撃は男が乗っていた馬を切り裂き、そして鮮血が舞う。渾身の攻撃は確かに避けられた。だが、男の行為は自殺に等しいものであるとヘッケランは感じた。既に、馬の移動速度は速く。そんな中で、地面に落ちれば唯ではすまない。むしろこちらの手間が減って助かるとさえ、その男に感謝してしまう。
しかし、そんな彼の期待を男は裏切って見せる。
「
その瞬間、男の背中から板らしきものが飛び出し、男はそれに手をかける。
(おい、まじかよ)
思わずヘッケランは悪態づいてしまう。男は、馬から板に乗り換えて再び霧の中へと消えてゆく。直ぐにも追いかける為に、僅かな時間で手懐けたスレイプニールを呼び出して男がやってみせたのと同じように手をかけ、素早く腰を下ろして追撃を再開する。
(たく、本当驚く事ばかりだ)
現在、男が乗っている板。それに準ずる魔法だって自分は知っている。もっと言えば、
そして、自身の常識に照らし合わせれば浮遊版という魔法は、その使用者の後を追いかけるように出来ているのであるが、男が使って見せたのは全くの別物であった。使用者自身が乗る浮遊版であったのだ。
それが、男が自ら作ったオリジナル魔法であるか、あるいはそう言ったマジックアイテムであるかは分からない。が、それはどうでも良い話だ。
(今は、追いかける!)
此処までの装備、ヘッケランの経験論で言うなれば、間違いなく背後に支援者がいるはずである。この世界で単独であそこまでの力をつけるのは難しい。何が何でも捕まえなくてはならない。
彼もまた男を追って、騎獣を走らせる。
(危なかった。これがなければ、私は死んでいた)
それが、男の素直な感想であった。現在使っている板にしたって、先方がくれた新型のマジックアイテムであり、正直胡散臭いとも思っていたが、その考えを破棄する必要がありそうだと男は現在、自分が立っている板への認識を改めるのであった。
(にしても、これは使いにくいですね)
このアイテムは、体重のかけ具合によって、進行方向であったり、速度が変わるらしいのだ。男は飛行魔法を使ったことはないが、それでも自身が使用しているアイテムがその魔法と使い方が違うのは分かる。男は、速やかに撤退をする為に、霧を発生させていたアイテムの回収をしようと意識を飛ばす。
(!!!)
右足のふくらはぎから熱が発生して、全身を駆け巡る。見てみれば、矢が深々と刺さっている。
(一体……)
この霧の中、相手はどうやって自分を見つけているのかと男は姿勢をくずしながら思い、そして思案する。自分は此処で倒れる訳にはいかないのだから。
王国の未来を左右する行事、遂行する者も、妨害する者もかける思いは等しく激しいものであった。