レヴィアノールを乗せて必死に走るスレイプニール。命の危機を感じている騎獣は、背に乗せた彼女を気遣う余裕等なく、それこそ無我夢中に体を揺らしながら疾走する。下手すれば、簡単に転落してしまうであろうが特に問題はない。墳墓所属、従属神、そういった肩書こそ隠さなければならない事を差し引いても彼女は高い身体能力を有しており、それは彼女が本来前を走るナーベラル同様、魔法行使を中心とした能力構成でありながらでも。
その力でこの世界の上位の戦士達と互角に、時には以上に渡り合う事が出来る程に。
彼女は一度、飛び上がるとスレイプニールの上に降り立ち――常識で考えるのであれば、自殺行為に等しく、もしも近衛隊の誰かが同じ事をやろうとすれば、真っ逆さまに地面へと叩きつけられて、さながら坂を転がり落ちる樽のように後方へと流れていくだけであろう。
が、彼女には何てことはない。高速で尚且つ、足場は高く立つという点で見れば十分な広さはない騎獣の背中、更に高速で流れてゆく荒れ地等見ても、常人であればそれを見ただけで体が震える光景を見ても彼女の心が揺れることはなかった。
それでも不安定であることに違いはないので、彼女はすぐさま右膝を曲げ反対の膝を騎座へと落とし後ろを振り返る。その右手には既に戦士としての
(さて、と)
現在の状況を改めて整理する。自分が乗っているスレイプニールに、さっき食われた馬車を引いていた2頭が疾走している。前方を見れば、次の騎士まではざっと見積もっても50メートルもある。
(遅れてんじゃないの?!)
現状の理由の1つが見えると同時に、貴族選抜の近衛達に毒づく。何故、誰もこの状況に、鮫モドキ(陸上を泳いでくるという非常識な時点で彼女はそう決めている)の襲撃に気付かなったのか。
これは非常に多くの事が重なった結果だとも言える。
まず第一に近衛隊の者達がスレイプニールの扱いになれていなかったという点に、走っている大地の状態。彼らとて、乗馬の教養はある。しかしそれは綺麗に舗装された道の事でありこの荒れ地では、レエブン候が想定していたよりも体力の消耗が激しかったらしい。あいつらがそれを自覚していたかどうか分からないが、隊列は乱れて来ていたのである。
だが、それだけではないとレヴィアノールは考える。
(あれが予想以上に)
こちら全体の気力というものを下げてしまったらしいと。先に、狙撃を受け盛大に事故になってしまい、それが無意識的に恐怖を生み出し、必要以上に互いに離れるという選択を取らせてしまったらしい。では、そんな事して隊列が崩れる心配がないかと言えばそうでもない。
あの鮫モドキが再び海中もとい地中に潜るのを確認した際に目に映ったが、目印は確かにある。そう、踏み荒らされた大地だ。蹄に車輪跡と、この辺りを走っているのは自分達だけであるし、スレイプニールにしても人間並み、否、下手をすればそれ以上の知性があるらしいので、どれだけ離れていたとしても隊列が崩れる心配はなかった。それが返って今の状況を招く一因となってしまったのは何とも言えないが。
他にも理由はある。それは、鮫モドキの特異性だ。姿はともかく、あの生物? は地中を泳いでいるようであったのだ。つまり、奴にとってはここは陸ではなく海と仮定して考えてみるべきである。
(ややこしいわね~)
自分達にとっては陸路、しかし相手は海中にいる。同じ地上にいるはずなのに何とも矛盾しているようにも思えるがそう捉えるのが一番の最適であるようにも思える。先程見た光景、馬車を破壊して御者を食い殺し、再び地面に潜った動きは地上ではなく、海上での光景に見えたから。
(音の性質って奴ね……あたしの専売特許なんだから!)
墳墓がこの世界に飛ばされてからというもの、この世界の法則というものを調べる事も彼女の、というより彼女が所属する階層の役割である。トップが墳墓一の知恵者である彼なのだから当たり前と言えば、当たり前であった。
その際に知った音の性質。これは、以前の世界に近いものであった。
それも当然と言えば当然の話であった。彼女達が居たかつての世界
そして、彼女レヴィアノールは職業の関係上、嫌でもそういった自然現象に詳しいのである。
音は空気の振動であり、それは水中であっても変わりはない。むしろ水中は地上よりも音は響きやすい。しかしそれだって水中に居ればの話になる。
例えばの話をしよう。海上を行く船に乗っていたとして、魚を見る事が出来たとしても彼らが水を切る音を耳に入れるのは難しいであろう。
そう、空気中は水中よりも音が伝わりにくい。
(後は、そうね。意識の問題になるかしら)
次に彼女はそう考える。そもそも誰も思いつきもしなかったのだ。地中に敵がいると、そこよりは周囲からの敵襲を警戒するのが当たり前だ。それだって、先の攻撃も無関係ではないだろう。それだけではない。耳には絶えずスレイプニールが大地を踏み鳴らす音が聞こえてくる訳であり、そんな中であれを警戒しろというのが無理な話であろう。
(デミウルゴス様ならば)
あの人物であればこれだって予め予知して見せたかもしれないと彼女は思い、首を振る。自分が考えるべきはそこではない。この状況を、あの正体不明の相手をどうするかだ。
(ああ、じれったいわね~!!)
彼女は思わず鉈を握る手に力を入れる。身分偽装の一環で用意されたその武器であるが、彼女の圧力に耐えられないのか、圧迫されているように悲鳴を上げ始める。それでも、砕ける事がないのは彼女が理性的であるが故だろう。
彼女がもどかしく思っているのは、全力を出せないのが原因であった。それも、主からの命令であるから。この世界では、自分達本来の実力というものは相当高いらしく、その気になれば階層守護者1人でこの辺りの国々を破壊する事だって出来るであろうという話だ。
だが、それでは駄目なのだ。単純に力押しで世界を統一した所でそれが本当に主の求める世界になるかと言えば、やはり疑問が生まれてしまう。
他にも理由はある。自分達と似た経歴を持つ者が他にもいない保証はないし、下手をすれば今の状況だって見ている者がいるかもしれない。
(流石に考えすぎだと思うんだけど?)
しかし、以前主がカルネ村を見つけた際に使っていたアイテムの存在は知っているし、この世界で新たなアイテムを作れる可能性だって主がみずから実践してくれたのであるから。
(本当にお優しい方よね。アインズ様)
かの主が作り、現在も装備しているあるアイテムは主がこれからも自分達と共にあると決意を示してくれるものであり、城塞都市での戦いにて最後に見せてくれたあの雷撃は今も前を行く彼女が得意とする魔法であったから。あの時の彼女の横顔は印象深かったのを思い出す。
スケリトル・ドラゴンを砕き、大地へと舞い戻る主を眺める顔は羨望と尊敬と、ほんの少しの情愛が混じっていたようであり、同性でさえ見とれてしまうものであった。
思えば、あの瞬間が彼女にとって転機であったのだろう。
(だからこそかもしれないわね)
現在、上位者である彼が主にも内緒で静かに進めている計画。無論、直属である自分も参加させられており、その到達点を考えれば余り彼女に肩入れをしすぎるのもよくはないだろう。それでも、自分は彼女に幸福な時間を味わって欲しいと願ってしまう。
(感傷に浸っている場合じゃないわね)
思考を一歩戻す。自分が本気を出せば、この辺り一帯を吹き飛ばすのは容易だ。しかし、それは出来ない。それが酷くむずがゆいのだ。そうしてしまった方が手っ取り早い訳であるし、と、そう考える彼女に6人分の声が響く。
――自身の立場を自覚なさい。
――しっかりしておくれやす~。
――阿呆が、浮くだけであれば風船と大差ないぞ? 貴様は。
――!!!!!!!!!
――馬鹿、くたばれ、鳥頭。
――頼むぜ~レヴィ~。
(ああ、もう分かっているわよ!)
上手く立ち回ってみせると、その声に決して口が動かないように注意しながら怒鳴り散らす。
ナザリック地下大墳墓というのは拠点であり、組織である。所属の者だって3桁半ばとその人数は凄まじい。その為に至高である主に忠誠を誓えど、多少のグループが出来てしまうのも自然な事であった。正に様々な意味合いで「華」がある第1~第3階層組、武闘派が集う第5階層組、陽気で無邪気でマイペースな者が多い第6階層組、横の繋がりが他よりも強く、全体的に和やかな雰囲気がある第9、10階層組。
このグループには当然、例の彼らも含まれているが該当の階層が立ち入り禁止である為に詳しい事はよく分かっていない。あそこの事を詳しく知るのは、主にその直接の管理を任されている統括補佐位だろう。
そして自分達第7階層組はトップがトップである為に、インテリ、つまり知識に重きを置く者達が集まっている。自分であれば、天候に気象に関する事に強いと言った具合に。各々が専門分野を持ち合わせているのである。無論、簡単に言葉に出来ない事なども。
そんな第7階層におけるレヴィアノールの立場というものは現在、かなり悪いものである。理由は言うまでもなく、以前の失態だ。主とナーベラルが肉体的な関係を持ったと勘違いしてしまい、それを統括に報告。彼女から主へとその話が伝わり、自分達の勝手な妄想であったと判断されたのだ。
(あん時は失敗したわ~)
その時、自分はナーベラルの様子がややおかしい所、彼女が主と一晩寝ずにいた事等でそう判断したのであるがあれだって致命的な間違いがあったと、全てが終わった後に気付いた。
彼女が主と朝まで過ごした夜と、明らかに様子が変であった午前まで、丸1日の時間があるのだ。例えば初夜を迎えた新婦がいたとして、その恥ずかしさが1日遅れで来ることがあるだろうか?
まず、ない。現実的に常識的に考えてそうであろう。その事も含めて、ある意味ナーベラルと似たような立場にある彼女からは特にきつく言われた。
――1度はあてらを想って自らの御命を絶とうとしたアインズ様がそんな軽率で、情欲に支配された事をするはずがありまへんがな。阿保でっしゃろ、あんさんら。
(うっさい五月蠅い五月蠅~い!! これもあれも、全部全部ぜーんぶルプスのせいよ!)
そう、彼女が余計な事を口にしなければ自分は間違った事をせずに済んだのである。そして、彼女は意識を切り替える。彼らの鼻を明かす為にもここは上手く立ちまわらなくてはならない。
実際、彼女がここまで思考するのに2秒程しかたっていない為に攻撃を受ける事もなく、彼女は地面に視線を向ける。
一見、荒れ地と変わりはない。が、よく目を凝らして見てみれば不自然に波打っている部分が見られる。
(やるしかないわね)
本気を出せば一撃で済ませる事が出来るだろう。しかし、それは出来ない。これは単に偽装工作だけではなく、この先の事を考えての事でもある。リザードマンとの戦争の件でも触れていた事であるが、単純な力押しではいつか限界が来るであろうし、この先の展開等を考えれば、自分達がユグドラシル基準のレベル100ぷれいやー並の者達と戦う事になるかもしれない。
以前の常識であれば、レベル差が20以上離れている時点でどうあっても勝算はなく上手く負けるよう振舞うしかなかった。しかし、この世界であれば違うという話だ。
(まさかね)
墳墓でもかなりの騒ぎになったらしい。かの武人が傷を負ったとの事であったから。対して、その偉業をやってのけた蜥蜴の戦士のレベルは精々20だと言う。
本当に驚きであり信じられない事だ。だが、悪い事ばかりではない。
それはつまり――
(あたしらの手で)
100レベル相手を倒せる可能性が多いにあるのだ。その為には研鑽を積み、戦い方を身に付けなくてはならない。より効果的な物を。
その方法だって主に上位者に聞いている。
(面倒で厄介だけどね)
やらない訳にはいかない。まず、やるべきは相手の正体にこの攻撃の方法、そしてその攻略法を見極める事。彼女はそこで一度目を閉じる。
(ばりあぶる・たりすますん様)
最早記憶でしか見る事が出来ない顔。その御方が墳墓に最後に訪れた事だってもうずっと昔のように思える。その方に仕える為に自分は生まれたようなものであるのに、長い事放置されたようなものだ。だからこそ、残ってくれたアインズには感謝と同時に恩を返さなくてはならない。そう、想いを新たにして彼女は地面を凝視する。その先では、未だに地面でありながら波打つ不可思議な現象が続いている。
国王一行にその護衛が襲撃を仕掛けて来た者達と交戦を開始して5分程が経過した頃。
その男は人一人が座っても余裕がある程に大きい枝に腰かけて石板らしき物を指で叩いていた。それは、間違いなくタイピングの動作であり、男の見る先には別に板が浮遊しており、そこには画像が映っており、地形図であったり、この世界におけるモンスターの画像が映されていたりする。
合計2枚の板は同じアイテムのようであり、アインズが居た世界にあったノートパソコンに酷似したアイテムであった。
映像は絶えず切り替わり、作業を続けながら男は鼻歌を機嫌よく歌う。
(まったく、クライアント様様だぜ~)
今回の件に合わせて、男に彼が所属している所には様々な物が入るのであり、男が使用しているこれも当然そう言った物の一つであった。
「さてさて、レエブン候殿はぁ~と」
国王達の城塞都市行軍。その段取りを取っているのは、6大貴族の1人である彼であった。
(やるね、俺達にムールの目まで欺いたんだからな)
男なりの素直な賞賛であった。彼は2つの派閥を行き来して自らの欲望を叶えているだけの存在であると、専らの噂であり、同時に内心貴族達に不満をため込んでいる国民達からの評判も一番悪い。だからこそ、彼が関わっている可能性は一番低いと思っていた訳であり、結果的にそのせいで調査に時間が掛かってしまった。
(思い込み程、恐ろしいものはないってな、ほんと危ない)
男は声を出さないように一度笑う。むき出しになる歯に必要以上に上がった口角とその笑顔からは子供を泣かせるには十分な凶悪さがにじみ出ていた。
(コウモリと思えば、とんだ忠犬と来たもんな)
意外に思いながら、男は作業を続ける。映し出されれるのは、レエブン候がアインズ達に見せたのと同様のものであり、王都から城塞都市までの地形が描かれている。が、詳細に描かれているのは全体の4割以下であり、他は黒塗りであったり、電波が乱れたテレビ画面のような煩雑とした模様が広がるばかりであり、それがどれだけ王国の水準が低いかという事の証明のようでもあった。
それでも、今回に限っては分かっている範囲で何とかなる為、あるいは男にとってその地図を完璧に埋める事はそこまで重要ではない為に余り気にした様子は見られない。
「今んとこ、確認出来ているのは~」
男が石板に指を走らせる度にその地形図に線が引かれていき、王都から始まり、途中で成長途中の枝がそうなるように、手入れもされずに放置された髪の毛がそうなるように分かれてゆく。それは、国王達の進行ルートを予想したものであり、その計算も全てこの男が1人で行っている。以前、彼の同僚が愚痴ったように現在組織は人手が足りていないのである。
(無茶するもんだな)
国王達が進んでいるのは、街道でもなく整地もされていない所を走っていたと言うのであるのだ。普通に考えれば馬鹿な考えである。が、あの男は抜け目なく準備をしていたらしい。
(確かに、スレイプニールであれば納得はいくな)
もしも今回の件、レエブン候ではなく他の貴族が担当をしてくれていれば、事はもっと楽に進める事が出来た。少なくとも彼はそう思っている。
この国の現状。それに貴族たちの習性を考えればどういった風にここを進んでいくか簡単に想像が出来る。
(大体の連中は国よりも、自分の懐の方が大切だからな)
馬鹿正直に正規のルートを選び、あまつさえ少しでも出費を落とす為にあらゆる予算を削るであろう。
(さてさて、俺達が次に取るべき選択は、と)
彼ら。王族達を狙って動き出した者達とて、愚かではなかった。必ず目的を達する為にあらゆる可能性を考慮して最善である行動を選択して来ているのであるから。
何とか挟撃の算段をつけようと思考を回す彼の頭に声が響く。言わずもな
『おい、パルマ。今、大丈夫か?』
「ああ? お前かフランベ」
相手は、同じ部隊所属である男であった。以前己の性的趣向を巡って本気で殺し合おうとした事もある奴だ。
『率直に結果だけ伝える。何とか
「その言い方は語弊がねえか? 用意して貰えたと言うべきだろ?」
『どっちもいっしょだろうがよ。とんでもねえ物だぜ、これはよぉお!』
通話越しでも男のテンションが上がっているのが伝わって来る。今回の件、自分達にとって最大の問題点は国王一行にあのチームが居る事である。
「《漆黒の戦士》モモンとその一行か」
彼らの常軌を逸した活躍の数々は職業柄嫌でも耳に入ってくるのである。王国戦士長さえいなければそれで問題はないと思っていたが、そんな化け物達が向こうにいるという話ではないか。
『ビゴスからの報告だったな』
「正確には、アキ―二からの連絡だったがな」
『そんなに連中は強いのかよ?』
「フランベ。それは何の面白い冗談だ?」
もしも、通話相手が本気でそう言ったのであれば本気で殺意を抱くところであった。それも、相手を思ってのものではない。無論相手は分かっているらしく、直ぐに笑った答えが返って来る。
『んな、怖い顔すんなよな~』
「今、俺の顔は見えてないはずだが?」
『簡単に脳裏に浮かぶっての! そん位凶悪な顔をしているぜ~お前はよ~』
「お前に言われたくない」
好き好んでこんな顔に生まれた訳ではない。火傷跡が広く残るお前も相当だろうと渾身の皮肉を込めて返す。
『いやいや、モモン……か。確かにありゃあ、化け物だよなぁ』
それから男は語る。彼は以前仕掛けた城塞都市での作戦中に遠目ながら件の英雄の誕生の瞬間というものを目撃しているのだ。自分は、目的であった少年の拉致後直ぐに戦線を離脱したために人伝でしかその事を知らない。
「そん時に奴さんがやったって言う芸当――かの王国戦士長でも出来ると思うか?」
『無理と答えておくぜ。そもそも戦士長は混戦が得意なタイプじゃねえだろ』
「まあ、ムールの見立てじゃそうなっているな」
これは、自分達のまとめ役である男が独自に調べた戦士長の情報を元に話してくれたことであった。元々は1対1の闘技場で戦火をあげて国王の目に留まったのであるから。それから結成された戦士団の戦闘記録。
無論この時代にそんな物がある訳ないので、関係者を募って
それによれば、強力なモンスターの群れ、あるいは盗賊団に殺人グループ――一般人を殺すよう依頼を受けたワーカー達との戦闘等、ありとあらゆる状況が彼の頭に入っているのだ。
それによれば、かの戦士長は決めた狙いを1つずつ的確に仕留めていくらしく、そして団員によるその補佐も見事なものであるという。
例えばオーガ3匹が相手であれば、戦士長が狙いを付けた1匹以外の2匹を他の者達が全力でひきつける。その間に戦士長が素早く相手を仕留める。後は、戦士長が次の得物を決め、それに合わせて団員達も動くと言った具合であった。
『乱戦が苦手、て言うより。あまりやりたがられねえと言った印象を受けるな』
「実際そうなんだろ。戦士長の武技は下手すりゃ、味方事スパ! だからな」
そこで一度男は自分の首元に手刀を当て、引き抜く動作をする。
『はっはっはっはっは!! 言えてるぜ!』
自分がやった芸が受けた訳ではないが、それでもまるでネタが受けたような感触を味わい。少々満足しながらも男は話題を次に進める。
「戦士長っと言えばよ。最近取れていない情報があったろ」
『ああ、確か辺境に行ったって、話だろ』
その時もまた愚かな貴族たちの手によって、戦士長達は行動が遅れたらしい。本当に呆れかえってしまう。相手も同じことに思い至ったらしく。問いかけるように言葉が響いてくる。
『俺には理解出来ない――貴族共ってのは、どんな事があっても“自分達の生活は守られる”なんて信じる事ができるのかね?』
「全く同意見だ。“鮮血帝”以前の帝国だってもうちっとマシだったんだがな……」
そもそも貴族の生活が成り立っているのは、その下で働いている領民の存在があってこそだ。しかし、彼らはこれを当たり前のものだと思いすぎている。
(そんなだから、簡単に他国の奴が入れる事を許したり、国を飛び出す奴が後を絶たないってな)
まあ、そのおかげで自分は定期的に楽しめるのであるが、と男は微笑みながら話題を変える事にした。これ以上馬鹿な奴らに時間を取られるのを無意識的に非生産的だと判断したらしい。
「にしても、ムールはマジで凄いな」
『ああ? 隊長が凄いのは今に始まったことじゃねえだろ』
千里眼――かつて、上から供給された物資の中で見かけた文字。遠くの未来の出来事さえ、見抜く目という意味合いらしいが、あの人物は本当にそうではないかと思えてくる。
『ここはある意味隊長と、それからアキ―二のおかげでやっていけているようなもんだからな』
「俺もお前も、既に常人としてやっていくには無理だからな」
『はっはっはっ! ちと、人を焼きすぎたからなぁ』
「『殺しすぎた』って言わない辺り、お前らしいな」
自分がこうなってしまった理由は分かっているが、他の奴に関しては知る所ではない。やりたいこととあっているからこそここにいるのであって、仲良しこよしという訳ではない。
(だとすりゃよ~)
頭に浮かぶのは、最も若い。もとい幼い少年の事であった。先に死んでしまった2人も含めて、その少年が最も最後に加入したのであり、連れて来たのは先ほどから話題に出ている隻腕の彼であったから。
(アキ―二の趣味って訳じゃねえからな――ま、どうでもいいか)
『だがよ~』通話越しでも男が首を傾げたと分かる。『隊長のことでも分からねえ事はある。あの人って、結局どこの生まれなんだよ?』
「さあな、全く掴めねえ」
これに関しては別に互いに故郷の話をした訳ではない。自分達はその職業柄、あちこちに赴くのであるが、その時の振る舞いで大体察すると言うものだ。具体的にどの辺りに詳しいのか、あるいは土地の歩き方に微妙な振舞等見れば、分かるのだ。
自分達2人は外から来たが、隊長を除いた残りの4人はこの国の出身者である、らしい。らしいと言うのは確信が取れていないから。9割9分の確率であっても疑ってかかるのが自分達の在り方だ。
そうやってある程度観察眼を磨けば、見えてくるのであるが隊長たる彼はいくら見てもまるで分からないのだ。疑問点は他にもあるが、そこは気にしてもしょうがない。本人が喋ってくれない限り知りようもないのだから。
「そうなると、リブロの野郎が一番気にはなるな」
『ああ! あいつの壊れっぷりは俺でも驚くほどだぜ! あいつ何があったんだよ! ってな!』
放火魔に此処まで気に入られる程には彼も壊れている。
(そう、なんだよな)
特に貴族に対して奴は容赦がない。そのおかげで殺さなくても良い奴まで殺してしまい、その尻ぬぐいを自分がしてきたのであるから。
「と、話が大分脱線したな。一番の厄介はモモン。これは間違いがない」
『おめえよ、確か“美姫”の顔も見てんだろ? どうなんだありゃあ?』
「お前は聞かなくても分かっているだろ? あの狂戦士と互角に渡りあったんだ」
『は! そりゃそうだな。あれとまともにやりあえるのは、両手の指より少ないんだからな――それよか、あいつはおめえ好みじゃなかったのかよ?』
わざわざ挑発するように相手はそう言ってくる。確かに美人ではあるし、生身の女を相手に出来ない。その癖、性欲だけが先走っているような奴(以前、同僚たちからお前も大して変わらないと言われた)達にとっては、夢想の中で抱く相手だったりするらしい。
(空しい、やつだなぁ)
「ふざけているのか? 俺の好みはもっと若い奴だと言っているだろう?」
『はっはっは! 違いねえ!』
「話を戻すぞ。そのモモン対策を
『ああ! こいつは凄いぜ! お前もきっと気に入ると保証する』
「分かった分かった。じゃあ、次に国王どもに仕掛けるポイントを決めるとするか」
男は再び画面に目を向け、キーボードを叩きながら会話を続ける。その途中、良い所を見つけたらしくまたも凶悪な笑みを浮かべ、その一点を指で指しながら言葉を続ける。
「場所としちゃあな~ここが良いはずだ」
それから、相手にその場所を伝えてやる。自分達が使用している地図はいくつかの記号に番号を駆使して細かく刻まれているのであるから。時間は1秒とかからず返答が来る。
『何だここは?』
「廃村だよ、廃村」
『詳しいな? お前、この辺りは未開だろ?』
その言葉を受けて、男はわざわざその場で自分の太ももを叩いて見せる。
「だから、足で調べたんだよ」
それから男は説明を続けた。ここであれば、いろいろと物を試すに丁度いい事。更に……
「ここで、かの英雄殿に交渉を持ち掛けてみる」
『はあ? それは隊長からの命令か?』
「いやあ、俺がさっき決めた。ムールにはこの後伝えるが、まあいい返事がもらえるだろうよ」
『隊長にしちゃ、どっちでも良いんだろ? あいつは先しかみちゃいねえよ』
「だろうな……なら、話は決まりだ。お前、ここまでに来るのに後どれくらいかかる?」
『そうだな~。後10、11時間と言った所か? まあ、日をまたぐ前にはつけるだろうよ』
「そうか、なら俺は先に行っているぞ。他の奴にも連絡はするが、何人来れるだろな?」
出来る事なら、現時点で動ける戦力全員をここに集めて奴らを迎え撃ちたい。しかし、中々連絡がとれないのであるのだ。男は愚痴るように吐く。
「アキ―二とフェイは仕方ねえとしても、ビゴスとリブロが連絡つかねえのが気にかかる」
『もうやられたんじゃねえのか?』
「相手を考えれば、それもありうるから怖いな。まあ、やれる事をやるだけだな――そんじゃ、次はざっと10.5時間後位か?」
『そうなるな。は! んじゃ、また後でな』
その言葉を最後に
「さてと、行動を起こしますか」男は手早くノートパソコンに酷似したアイテムをたたみ懐にいれ、そのまま飛び降りる。高度は7メートルを超えていたというのに、特に足を痛めた様子も見られず。男が手練れであると証明するには十分であった。「っと」
地面の揺らぎは同じようでありよく見て見ればやはり所々ズレが生じている。
(成程、地中を泳いでいるという認識で良いのね)
それを見たレヴィアノールはほんの少し安堵する。本当の人食いザメを相手にするよりは幾分か楽そうであると、海などは全てが同じ色合いである為に水面の微妙な変化を見抜くしかないが、ここは荒れ地であるのだ。不規則に生えた草に、散らばった石に砂利。そして奴の動きにより、周囲に飛び散るそれらがより鮮明に相手の動きを教えてくれる。
(今、あたしが乗っているこの子と前をいく2頭の計3頭)
彼女は考え、見据える。その波の動きは自分を狙っているようであったから。
(単に後ろの奴から食っていったって事? いや、そんな単純ではないはずよ)
不可解に思っている事がある。奴は、先ほど自分よりも前を走っていたはずの馬車を先に襲ったのであるから。どうして? と思うのは自然な事だ。
単なる気まぐれ? いや、そんなはずはない。これは既に生死が掛かった戦闘であるのだ。そんな時に感性等に身を任せる者がいるだろうか? と、彼女の首筋を汗が流れる。
(いや、いるわね……シャルティア様に、コキュートス様、後……アウラ様もそうでしょうしね……)
彼らに言わせれば戦闘中に無駄な事に思考を割く事こそが無意味だと言うのだ。
(後は……天性の勘と言ったかしらね。あたしには理解が出来ないわ)
状況が状況だと言うのに彼女は呑気にため息を付きながら、思考回路の迷走を続ける。
(戦士職と、魔法職の違いよきっと。決して、あたしがあの方々を馬鹿にしている訳じゃないわよ!)
思わず良い訳さえ考えてしまう。それだけ彼女がこの事態に対してまだ余裕を持っているのか、あるいは、それ以上に脳裏に浮かべた彼らを恐れているのかもしれない。彼女がそこから脱却出来たのは、次いで浮かべたのが彼であったからだろう。
――君の事は信頼しているよ。アインズ様の事をよろしくお願いするね。
(ぎゃあああ!!)
悲鳴が頭を叩き、目の前の事に集中する。以前の失態の件、彼だけは最後まで自分を叱責しなかった。しかし、それが逆に恐ろしい。あの笑顔は本当に信頼から来るものだったのだろうか?
頭を振って、目前に集中する。地面の揺らぎはそこまで迫っており、再び攻撃が来るまで5秒といった所。彼女は意を決して、一度騎獣の背も手を置いてやる。
(ごめんね、あたしはここでやられる訳にはいかないのよ)
肌越しに伝わってくる。このスレイプニールはもう限界だ。もう逃げることは叶わないだろう。だからこそ、切り捨てる。
彼女は屈んだ体勢から一気に直立の姿勢をとり、その際の運動エネルギーを全開で動かし空に身を投げる。体勢を崩すことなく、空中で回転する様は正にムーンサルトそのもの。回る視界の中、彼女は可能な限り地上の様子に気を配り、そして狙いをつけていた1頭の上に降り立つ。元は馬車を引いていた固体の為に
しかし彼女が安心する暇はなかった。
(なんなのよ! あれは!)
驚くべきことに地面の揺らぎは先に狙っていたはずの個体。初めに自分が乗っていたスレイプニールを素通りして、真っ直ぐにこちらに向かってくるのであるから。
(どういうことよぉお!!)
少なくとも自分が飛ぶところを相手は見ていないはずであるし、そういった視線も感じなかった。では? と、考える暇はなかった。
派手に土砂が舞いそいつが姿を現す。彼女は着地したばかりだと言うのに、再び飛ぶ羽目になった。だが今度はちゃんとしたものではなく、とっさに取った行動。故に先に飛んだものと違い、唯倒れるような跳躍になってしまう。
そのコンマ0.1秒後に飛び出した鮫モドキはスレイプニールに食らいつく。悲鳴を上げようとしても、上げられないようであった。
(何か、仕込んであるのかしら? やっぱり毒?)
そう考えながらも彼女は必死に手を動かす。ここで素直に地面に激突すれば、次に狙われるのは自分の可能性が高い上に平地における機動力は完全に向こうに武がある。
装備の一つであり、常に腰に巻いてあった縄をほどき取り出すとそれを反対側を走っていたもう1頭へと投擲する。輪っかを作る必要はない。空を切る縄の先端はまるで生きた蛇のように騎獣の首元へと締めすぎず、緩すぎず、丁度いい具合で絡みつく。同時にもう片方の先端も自身の左腕に巻き付ける。が、それでも自身の体が地面に接触する事態は避けられず、体に膨大な負荷がかかる。
(結構痛いわね……これ)
そのまま彼女は3秒程引きずられ、その間に纏っていたローブは破れ飛び、服も左肩甲骨の辺りが引き裂かれ、肌が露わになる。
いかなるアイテム、装備であっても地面。一種のオブジェクト判定を受ける可能性がある物には敵わないかもしれない。
何とか彼女はその状態から脱する為に足に力を入れる。右足を極限まで曲げ力を入れ、地面を踏み抜く。再び体は浮かび上がり、一回転してスレイプニールへと降り立つ。その間にも鮫モドキはこちらに狙いを定めたらしく高速でこちらに開かれたアギトが迫りくる。
「いい加減になさいよ!」
彼女はすかさず得物である鉈を手にとり、外回りに振りぬく。その一撃は鮫モドキの鼻頭に命中した。そして砕け散り、残りの体は再び地中へと沈んでいく。
その瞬間、彼女はこいつの正体に一歩近づく事が出来た。散らばる破片は石の欠片たち。ならば――
(ゴーレムという事……なのね)
そう、こいつは鮫を模したゴーレムであった。そう見てみれば、新たに見えてくる事もある。
(道理で、記憶と合わない訳だわ)
鮫モドキには初めからおかしなこともあったのだ。まず、目がない。まるでひと昔、至高の方々がいらした世界の人々が思い描いた地底人のように。次に歯の形が違ったのであるから。 一本一本が、まるでつるはしの先端のように尖っていたのであるから。
(本当にそうだとするのであれば)
何とか自身の知識に記憶と当てはめる。もしも、自分の見た通りゴーレムであれば、それを操っている術者がどこかにいるはずである。
(でも)
可笑しいと感じてしまう。先程も上げたが、そういった視線は一切感じなかったのであるから。腐っても墳墓の所属であるのだから。生半可な事では、自分の知覚から逃れる事は出来ないはずである。
彼女は鉈を手の上で回しながら、次の戦略を考える。
(ひとまずは、ナーベラル達と合流しなくてはね)
この前を走っているのは彼女達だけではないが、はっきり言って役に立ちそうにない。攻撃を受けたというのに、30秒間以上もその場で棒立ちになる連中なんて当てにはならない。
方針が決まったところで彼女は騎獣についた足に力を入れる。
「と、いう訳で協力お願いね♪ スレイプニールちゃん」
「ひ~ん!!」
彼女は確信していた。この相手から逃げる為には限界以上の力を出してもらう必要があるのであるから。
そんな無茶な要望に騎獣も悲鳴を上げながら答える。どっちにしても、ここを乗り切らなければ自分の命はないのであるから。
そうして必死に走り、時には途中にいた近衛隊達を囮にして何とかここまで来たレヴィアノールから事態の重大さを聞いたナーベラルは顎に手を当て思案する。彼女自身は無意識かもしれないが、その動作はモモンガがいつもするものによく似た動作であった。
「そうなっているのね、じゃあ今も後ろの方で?」
「ええ、結構食われていると思うわ」
「――でも、おかしい」言葉を挟んで来たのは
「そうですね。アルシェさんの言う通りかと」
同じく所属の神官も少女の言葉に同意する。それは、ナーベラルとしても同感であった。自分もまた、周囲に気を配っていたはずだ。だというのに――
(今回の相手は妙なのが多いみたいね)
少なくとも以前城塞都市で戦った連中とは違う様であると、あいつらはただただ力押しだったのに対して今度の相手はいろんな策を重ねて使用してくるのであるから。最初に一向に攻撃を当てて来た謎の射手の存在しかり、これまでの認識で挑むのは止めた方が良いかもしれない。
(アインズ様……)身の安全を思って、そしてこんな状況で心細くなってしまい我慢できずに愛する主を思い浮かべる。(いえ、きっとあの方の事)
きっと無事であると。それにあの方はアルベドと約束したではないか、ナザリックの者達と永遠に共にある、と。
「とりあえず情報を集めたい。と言いたい所ではあるけれど、今は王族の警護が最優先事項よ。レエブン候の意見もあるけど、私としては離脱をしたいと思っているわ」
「ナーベがそう言うならあたしは構わないわよ」
「ありがとう。でも貴方はそのはしたない背中をどうにかしたら?」
「そんな暇ないのよ!」
仲間内での冗談交じりのやり取りを終えてナーベラルは残りの2人へと意見を求める。この世界での事であれば、彼らの方がずっと先輩であるのだから。
「――別に問題はない」
「ええ、私どももナーベさん達の意見に賛成です」
少女は人形のような表情ながら肯定してくれ、神官の方も笑って賛同してくれ迅速な行動に移れることに感謝する。
「ありがとうございます」
「いえ、ヘッケラン達がいない間の指揮は貴女方に任せるように言われていましたので」
「それでもお礼を言わせてください。クライムさんもそれで良いですね」
現在ナーベラル達は国王達を乗せた馬車の右側を並走する位置におり、一連の話し合いは御者である彼の耳にも入っているはずである。
「はい、私は皆様……レエブン候の指示に従いますので」
「ありがとうございます」
そう言うナーベラルの笑顔は輝いており、クライムもまた心拍数が上がりそうになるのを必死に抑える。
(私は姫様を護る為に全てを――この命を捧げる身。他の方に懸想等許されるはずがない)
実の所、ナーベラルはこの騎士に好感を抱いていた。彼は、少し前の襲撃で身を挺して姫を護ったと言うのであるから。大切な人の為に力を発揮できる彼に尊敬の念を抱く勢いであった。
「では、改めまして」その場の全員の了承を得た彼女は騎獣を操り、馬車へと近づく。「と、いう訳でレエブン候様の意見を求めても良いでしょうか?」
しかし、ここで彼女は失敗したかもしれないと感じた。だって、そうだ。目に映るのは――前のめりに体を傾け、頭を抱え、何やらブツブツと呟いている6大貴族であったのであるから。
「ああ、スレイプニールが……近衛隊が……」
多大な出費により整えた騎獣に、後々問題になるであろう近衛隊からの犠牲者たち。それらの事後処理等により、既にストレスマッハな彼に更に重荷を背負わせようと言うのであるから。
(ああ、アインズ様。必ずやナーベラルは貴方様の元に帰ります。ですからどうか、お守りください)
何とか士気をあげようと彼女はやけくそ気味に右拳を掲げて叫ぶ。
「と、とにかく! 皆で頑張ってこの場を切り抜けるわよ!」
「おお! あれ、これで良いのナーベ?」
「――おお―」
「頑張るとしましょうか」
「私も微力ながら」
短いながらもここまでの付き合いでナーベの人となりを把握していた者達含めて、彼女のひと時の迷走に付き合うのであった。