「まずはここに来なきゃ始まらないよなー」
来禅高校の校門前。良二達はある人物を待っていた。ある人物というのは勿論、この作品の主人公五河士道である。
キャラクターの理解。なんとも難しいそのお題をクリアするには、そのキャラクターの側にいることが一番である。
六時間目の終わりを告げるチャイムは鳴り終えている。しかし、来禅高校の生徒らしき人影が全く見えない。今日は休日なのだろうか?
仕方なく引き返そうとした時、見覚えのあるシルエットが見えた。長い夜色の髪に、美しい水晶の瞳。精霊
その隣には、瓜二つの双子の姿まで見てとれる。結い上げられた髪に勝ち気そうな顔が特徴的な精霊
いつもならそこに士道が入っている筈なのだが、何故か士道の姿は無かった。良二が考えを巡らせていると、十香達の方から声が聞こえてきた。
「じじょうちょうしゅとやらはまだ終わらんのか? 美九は改心したと聞いたが、シドーに何かしているのではないか?」
「かかか! 安心せい。士道は我と夕弦の共有財産。もし毒牙にかけようものなら、八舞の恐ろしさを思い知らせるまでよ」
「首肯。耶俱矢の言う通りです。向こうには琴里もいますし、士道の身が危険に晒されることはないでしょう」
その会話を聞いて、良二は思い出す。十月十五日に、士道と美九は二人で事情聴取を受けているのである。改変されていたのもこの時期だ。どうやら士道と
「辻三、金はいくらある?」
「……九百万」
良二の質問に辻三が答える。一体どれだけ持ってんだとツッコミたい所だが、今はそれよりもやるべきことがある。良二は辻三の手をとると、学校の反対側へと歩き出した。
「……どうするの?」
「今から〈ラタトスク〉は俺らに構っていられないくらい忙しくなる。訪ねるなら明日の午後じゃないと向こうに迷惑だ」
これから士道は七罪と接触し、その後は明日の昼まで緊急対策会議である。そんなタイミングで異世界から転移してきた男女が現れようものなら向こう側も頭がパンクするだろう。
ーーウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーー
少し進むと、町中にけたたましいサイレンが鳴り響いた。七罪の現界だろう。サイレンを聞いた町の人達は、一斉に地下シェルターへと移動を始める。
「俺達も一旦地下シェルターに逃げよう。多分大丈夫だと思うが、もしものことがある」
「……うん」
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暫くした後、警報は解除された。被害は直径一キロメートル程に及んだとのことだ。ここまでは本編通りに事が進んでいる。後は〈ラタトスク〉に接触出来れば完璧である。
「とりあえず手紙を書かないとな。〈ラタトスク〉に接触出来る方法がこれぐらいしか思いつかねえ」
その言葉に、辻三は頭を傾げた。
「……何故? 五河士道と話せば接触出来るんじゃないの?」
「いや、明日士道と接触するのはまずい。士道は学校に行って七罪に会わなきゃなんないんだ。そこに俺らが入ったら間違いなく原作通りに話が進まなくなる」
この話を聞いた時から考えていたことであるが、原作から話がそれるのはまずい。デアラのストーリー自体ギリギリの綱を渡ってきているのである。ここで原作から話がそれれば、七罪を封印することすら出来なくなるかもしれないのだ。
それに、出来るだけ原作通りの方が異変に気づきやすい。そういう点からも、やはり原作から出来るだけ話をそらさない方が良いのである。
「今日やることは手紙を書く準備と宿の確保。いいな?」
「……おおー」
辻三の無気力な「おおー」はどこか可愛らしかった。
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ラノベ主人公は何故ラッキースケベを体験出来るのだろうか? 良二はそんな疑問抱えながら湯に浸かっていた。
異世界転移などという主人公級の経験をしたのである。ラノベ主人公のように部屋が一部屋しか開いていないので仕方なく二人で相部屋になったり、たまたまトイレに入ろうとしたら既に辻三が入っていた等のことがあってもおかしくない筈である。
「きゃあーとか叫ぶ辻三も想像出来んがな」
それから一時間程湯に浸かった良二は、荷物を置きに部屋に戻っていた。今から夕食のため、辻三を呼びに行かなければならないのである。
「さてと、とりあえずまずはトイレに行こっと」
良二はトイレの扉に手をかける。中が光っているような気がするが、この部屋には良二しかいない筈である。きっと気のせいだろう。
ーーガチャーー
「……」
「……きゃあぁぁぁぁぁ!!」
叫び声を上げた辻三は慌てて手で下半身を隠す。なんで辻三が? そんな事を考えていると、顔を赤く染めた辻三が鋭い眼光を向けてきた。
「……閉めて」
「はっはい」
言われてすぐに扉を閉める。何故だろうか? こちらは別に悪くない筈なのだが、なんだか悪い事をしている気分になった。
「で、なんでこの部屋にいんの?」
「……予算の節約の為」
良二が聞くと、辻三が答えた。さっき見られたのが恥ずかしかったせいか、まだほのかに顔が赤い。
「一応言っとくがさっきはお前がいたことに驚きすぎて顔しか見れてないぞ。だからその……なんだ……大事な所は見えてないから」
「……嘘つき」
「ホントだよ!」
フォローするつもりがいつの間にかツッコミに変わっていた。良二はコホンと咳をすると、辻三が口を開いた。
「……私は全財産が九百万円しかない。だから節約しないと、この先生きていけない」
「でもこの世界を元に戻したら未来に帰るんだろ? なら九百万あれば十分じゃないか?」
その言葉に辻三は少し顔をしかめると、視線を良二の元へと戻した。
「……
「へ?」
辻三の発言に、良二は困惑する。未来を変える為に過去に来たのに未来に帰れない。一体どんな皮肉だろうか。
「……私は帰れなくてもいい。ただ、お母さんが死ななくて良い未来になるのなら、それで……」
「……」
何を考えているか全く分からない辻三だが、辻三には辻三なりの信念というものがあるようだ。きっと、相応の覚悟を以てこの時代に来たのだろう。
もしこの世界を守りきることが出来なければ、辻三の覚悟は無駄になる。それだけは、なんとしても避けなければならない。良二はパチンと頬を叩き、気合いを入れる。別に今気合いを入れる必要はないのだが、何故だかこうしたい気分になった。
「で、節約と俺の部屋にお前がいることは関係あるのか?」
「……ある。そもそも部屋は一つしか取っていない」
はいぃぃぃぃぃ!? 良二は心の中で叫びを上げる。いくら節約の為とはいえ思春期の男女が同じ部屋の中。これは良いのだろうか? 良いのだろうか!?
心が昂るのを感じる。それも仕方がないだろう。彼女いない歴=年齢の少年がいきなり美少女と同じ部屋に放り込まれたのである。興奮しない方がおかしい。なんとか気持ちを落ち着かせながら、良二は言葉を続けた。
「お前はそれで良いのか?」
「……問題ない。私は良二を信じているから」
「おっおう。安心しろ何もしないから」
その日の夜、良二が一睡も出来なかったことは言うまでもない。
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「ふぁあ……」
今日何度目かも分からないあくびをこぼし、士道はポストの中を確認した。その中には、いつものチラシ系統の他に手紙のようなものが入っていた。
「これは手紙か? 今時珍しいな」
裏を見ると、丁寧な字で『五河琴里様』と書かれてある。これはもしかしなくてもあれである。ラブレターだ。その証拠に、手紙はハートのシールで閉じられていた。
「どうしたのだー? おにーちゃん」
後ろから声がかけられる。士道の妹、五河琴里だ。白いリボンに括られた髪に、どんぐりのようにまるっこい目が特徴的な少女である。
「おう、お前にラブレターが届いてたぞ」
「ラブレター? 誰からなのだ?」
「いや、差出人まで書いてない。ほら、これ」
琴里は士道から手紙を奪い取ると、内容を確認し始めた。だが、読んでいる表情はどちらかというと司令官モードの時に近い感じがした。やがて、琴里はその手紙を閉じる。
「何か変な事でも書いてあったのか?」
「ううん、何でもない。それよりも早く学校行こ。このままだと昼休みが終わっちゃうのだ」
「おっおう」
琴里に促され士道は学校へと向かう。その時、リボンがつけ変えられる音が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「令音、今すぐ〈フラクシナス〉で拾ってちょうだい」
次回予告
「俺を〈フラクシナス〉のクルーにしてください」
「駄目とか駄目じゃないとかの前に理由を教えなさい」
「俺は異世界から来ました」
「歓迎するわ。ようこそ、〈ラタトスク〉へ」
次回、五河琴里