IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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第十二話

一年寮のある一室。自身の持ち込んだベッドの上で三角座り状態のセシリアは、試合で事故を引き起こした事に未だ罪悪感と後悔に駆られていた。

 

「わたくしは………何をやっているのでしょうか………」

 

いつだって勝利への確信と向上への欲求を抱き続けてきた彼女にとって、今回の試合はあまりにも刺激が強すぎた。

結果的に試合に勝ったのは自分だ。だが今回のような初めから弱っていた相手を嬲るような試合など、最後の最後で相手が暴走をしてしまった結果重傷を負わせる事など決して望んではいない。いったい自分は何をとち狂った事をしでかしたのだと。

彼女は三年前に両親が事故で他界し、残されたのは莫大な遺産のみ。金の亡者や彼女自身を狙う輩から守るべく必死に勉強に励み、その一環で受けたIS適性テストで高い適性が判明した。その結果政府から国籍保持の為に様々な好条件が出され、両親の遺産を守る為彼女は即断したのだ。

血の滲む努力の結果、第三世代専用機の第一次運用試験者に選抜され、稼働データと戦闘経験値を得るために、IS学園に来た。

そう、全ては両親の残した遺産を、オルコット家を守る為に。

修練の為にIS学園に入学したのだが、そこに突如現れたのはISの知識などろくにない二人の男性操縦者。

片やISについてほとんど理解してなく参考書を捨ててしまうほどの愚かな男、片やISと女性を敵視し授業などまともに取り組む気のない野蛮な男。

彼女はそんな彼らに怒りを覚えた。入学当時は知的さなど無い弱い男の癖にと敵意を露にしていたが徐々に薄れていき、昨日の試合でそれは全て跡形もなく消し飛ぶ。

 

「柳………隆道………」

 

彼女は彼の名を小さく呟く。そして思い出す、あの光の無い瞳を。顔を真っ赤に染めながらも最後に向けられた殺意を。

どこまでも暗く、どこまでも哀しく、どこまでも歪んだ、とても一言では言い切れないもの。

先週までは彼をただ暗い、気味の悪い男としか認識していなかった。

だが昨日の試合開始時の彼の瞳は、弱々しいがはっきりと『覚悟』と『強い意志』が見えたのだ。

人の顔色ばかり窺う男や、欲望に染まった男でもない、今までに出会ったことの無い男。

彼女は彼のような男を知らない。見たことがない。

何故、彼が試合に出たのかは保健室から出る前に千冬から聞いた。一夏の専用機が一次移行するまでの時間稼ぎとして自ら試合に出ると言ったのだと。

その理由だけでも彼女は困惑する。千冬を前にしても態度を変えないほどISを嫌う男がたったそれだけの理由で、万全ではない一夏を出させまいという理由で試合に出たのだから。そんなの、自己犠牲にもほどがある。

隆道は実技試験を受けてないと言った。彼より操縦経験は無いはずだ。

授業など真面目に受けていない処か、初日は半日も経たずに教室から出ていった。知識も彼より無いはずだ。

あれほどの敵意を剥き出しにするほどISを、女性を嫌ってるはずだ。

───にも関わらず隆道は、一夏の身代わりとして試合に出た。

 

セ゛シ゛リ゛ア゛オ゛ル゛コ゛ット゛ォォォッッッ!!!!!!

 

(何故………貴方は………)

 

最後の最後に見せた血の涙を流す彼の顔を再び思い出す。

何が彼をあのようにしてしまったのか、何が彼をそうさせるのか。

 

───この気持ちは何?

 

彼女にある感情が芽生え始める。それは彼を意識すると胸が張り裂けてしまいそうなくらいに苦しい、哀しい感情。

 

───知りたい。隆道の事を。

 

その正体を。彼の、どこまでも暗い瞳には何が映っているのかを。

しかし、それを叶える事は極めて困難であろう。隆道は女性とISを忌み嫌っており、代表候補生であるセシリアが彼と打ち解ける事は不可能に近いと思われる。

更にはセシリアと試合を行った結果として彼は重傷を負ってしまい、その原因は紛れもなく彼女自身。

故意ではないとはいえ、怪我をさせたのは事実だ。しかも相手は二人目の男性操縦者。恐らく重い処分が下される事であろう。

 

「知る権利すら無いのでしょうね、わたくしには………」

 

「セシリア………」

 

そんな彼女を端から見るのはルームメイトである如月キサラ。彼女も一組のいざこざはある程度知っており、一夏とセシリアが試合をする事も知っている。

彼女が部屋に戻り次第速攻で情報を手に入れようとしたが、暗い顔で戻ってきたのを見た途端聞く事をやめることにした。

どうにか宥めようとするが、内容も知らない以上下手な事は言えない。かといってルームメイトをこのままにするわけにもいかない。

どうすればいいと考えに耽っていると、不意に扉がノックされた。

 

「あー………。ちょっと出てくるね」

 

彼女が扉を開けると、そこには一夏がきょとんとした顔で佇んでいた。知らぬ顔が出てきたことに面食らったのだろう。

 

「お、織斑君っ!?」

 

「っ!?」

 

「あれ、君は?オルコットさんは不在?」

 

「あ、えーと………」

 

彼はセシリアに用があるようだが、今はまずい。彼女は試合から帰ってきてからあの調子なのだ、間違いなく彼に関係してるはずとキサラは推測する。

どうにか誤魔化さないと、そう思う彼女であったがそれは無駄に終わった。

 

「ここにいましてよ………」

 

「ちょ!?セシリア!?」

 

セシリアは暗い顔のまま一夏の前に現れる。隆道が重傷を負った事に関して何か言われるのだろう、それ以外見当がつかないと彼女は確信していた。

 

「………御用件は何でございましょう。罵倒しに来たのではなくて?それとも処分の内容かしら」

 

「あ、いや違う。でもここじゃ話せない。ついてきてくれるか?」

 

「………わかりましたわ、少しお待ち下さいまし」

 

 

 

 

 

一夏の後をついていく様にセシリアは歩く。向かう先は分からないが、彼はここでは話せないと言った。恐らくは今回の試合の件で間違いないだろう。

ではいったい何故彼が来たのか。処分の決定ならば教員から宣告されるのではと彼女は疑問に思う。

罵倒でもない、処分内容の宣告でもない。ではいったい何なのだろうか。

そう思考してる間に着いたのは生徒指導室。一夏が先に入り、セシリアはその後に続く。部屋に入るとそこにいたのは腕を組んで待っていた千冬だった。

 

「来たかオルコット」

 

「お、織斑先生………」

 

「さて、そろった事だし早速本題に入ろう。まずは試合の件についてだ」

 

「………っ!」

 

やはりと、彼女の心臓の鼓動が強くなる。あれだけのことをしておいてお咎め無しなんて都合の良いことなど有り得ない。きっと重い処分になるだろう。

しかし、セシリアは既に覚悟を決めていた。代表候補剥奪だろうが強制送還だろうが何でも来いと構えていたが───千冬から出た言葉は予想を遥かに上回っていた。

 

「オルコットにはまだ伝えてなかったが、今回の試合には箝口令が出された。IS委員会の一部もこれに同意している。よって今回の件は不問とする」

 

「なぁっ!?」

 

それはセシリアを絶句させるのには十分な内容だった。

生徒を、ましてや男性操縦者に怪我をさせたにも関わらず処分無しなど有り得ないと。

 

「どういうことですの!?な、何故不問など………!」

 

「今回の件が公になれば様々な方向から責任が追及され、ISの信頼性を失う事にもなる。それだけではない、日本やイギリス政府、IS委員会にも責任が問われるだろう。既にIS学園だけの問題ではないのだ。」

 

「で、ですが………!?」

 

そんな事があっていいものか。それが通用してしまったということは、隆道が重傷を負ったのが無かった事になるということになる。

元はと言えば自分が発端であり、代表候補生でありながら大人げない発言をして最終的に素人にIS戦を申し込み、何も関係の無い男性操縦者に怪我を負わせた自分に何も処分が無いなど、許されていいものか。

 

「気持ちは分かるが既に決まった事だ。他の一組生徒全員には署名までさせてある、覆す事は出来ん。柳の怪我については、ISを起動した際の事故とだけ記録されることになる」

 

「そ、そんな………」

 

「………いいかオルコット、今回はお前の責任ではない。素人に試合をさせた、我々教員の責任だ」

 

「い、いえそんな!?元はと言えばわたくしが!?」

 

「その件も含めてだ。本来ならばあの時、我々が止めるべきだった。そうしなかったばかりに、柳に怪我をさせてしまったのだから………」

 

セシリアははっとする。そういえば彼は今も意識を失ったままなのではと。

 

「あ、あの人は今………?」

 

「つい先ほど意識を取り戻し、自力で自室に戻った。今は篠ノ之が看ている。完治次第学業に戻るだろう」

 

「じ、自力で………!?」

 

有り得ない。重傷を負ったにも関わらず自力で立ち上り、しかも歩いて部屋に戻るなど。

 

「とにかくそういうことだ。この事は決して外部に漏らすな。次の件に進めるぞ」

 

「………次の、件………ですか?」

 

「ああ、クラス代表についてだ」

 

「………わたくしには、クラス代表になる資格などありません」

 

セシリアはお咎めが無い事には納得出来ないが理解はした。だがクラス代表になどなれはしないし、するつもりもない。あれほどの事をしておいてクラス代表になるなど、図々しいにもほどがある。

 

「そう言うと思っていた。それでなんだが───」

 

「ああ、待って千冬ねえ゛っ!?」

 

「織斑先生だ、それと話の腰を折るな」

 

「ってえ………。織斑先生、ここからは俺が話しますよ」

 

「………良いだろう」

 

「………?」

 

先程まで黙っていた一夏は、千冬から鉄拳制裁を食らいながらも彼女の代わりに話そうとする。

なにやら彼の頭に大きめのたんこぶが見える気がするが、気のせいであろう。気のせいだと信じたい彼女であった。

 

「えと、オルコットさん。クラス代表なんだけども、………よかったら俺にやらせてくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄絶な試合の翌日である火曜日。本来ならば昨日の試合で一夏とセシリアがIS戦を披露し、盛大な話題として生徒達の会話に華を咲かせるはずだったであろうSHR前の教室。

勿論他クラスは試合の結果を聞きたがっており一組の生徒達にあれこれ聞こうとするが、それは出来ない。

何せ真相は一夏───ではなく隆道とセシリアの試合であり、内容に関しても彼が暴走して不慮の事故により全身を真っ赤に染めるほどの重傷を負ったという誰もが予想もつかない事態が起こったからだ。箝口令を出され同意書に署名するほどの徹底ぶりもあって決して口外など出来はしない。

そんなことは露知らずにあの手この手で───中には買収してまで聞こうとする生徒もいるが、彼女達の意思は固かった。

彼女達は、仮にもISを真剣に取り組むべく入学してきた優等生だ。他の同年代を蹴散らしてまで入学してきたのだからその心は本物であろう。

しかし、彼女達は心の何処かでISを自身のアクセサリーとして、ファッションとして今まで認識していた。中には千冬に会いたいという執念で入学した者もいる。

そのような兵器を扱うにあるまじき邪念を胸に抱えてた彼女達であったが、それは遥か彼方に吹き飛んだ。

 

『ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる───』

 

入学初日で千冬が一夏に対し説教をしてる中放った言葉が一組全員の脳内に反復される。彼女の警告は昨日の試合で現実となったのだ。

代表候補生であるセシリアはともかく、ろくにISを動かしていない隆道がぶっつけ本番で試合を行った結果が昨日の事件。要因はそれだけでは無いのだが、一組の生徒達にとってはこれ以上無いくらいの衝撃だ。

ISは、世間ではスポーツで収まってはいるが所詮兵器だ、決して軽い気持ちで扱ってはならない事を彼女達の胸に嫌と言うほど刻まれる。

結果的に反面教師となった隆道の存在は、ISを軽く見る舐め腐った彼女達の考えを改めさせるには十二分過ぎる事だった。

現在様々な生徒から囲まれて尋問に似たような事になっている一夏も同じ事で口外なんて出来はしない。仮に箝口令が無くても、彼は言うつもりは無かった。

それでも一組以外の生徒達は諦めずに情報を引き出そうとするが、SHR開始前のチャイムで断念せざるを得なくなる。

 

「み、皆さん、お、おはようございます………」

 

しばらくして真耶がおずおずと教室に入り、その後に続き千冬が入ってくる。昨日の件で非常に重苦しい空気を漂わせる生徒達に彼女は挨拶をするも、小さくなってしまった。

無理も無いだろう。彼女も昨日の隆道の豹変を目の当たりにし、重傷を負わせた事に自分も責任があると負い目を感じているのだから。

そんな彼女の様子を見て、小さく咳払いした千冬が話を切り出す。

 

「こほん………おはよう諸君。まずは昨日の件と今後についてだが、先にオルコットから諸君に話す事がある。オルコット」

 

「はい」

 

彼女の呼び掛けにセシリアは立ち上り、教卓の前に立つと一息深呼吸をしたのち、ゆっくりと語る。

 

「………皆様。先ずはわたくし、セシリア・オルコットはこの場を借りて今更ながらお詫び申し上げます。先週のクラス代表を決める際にしてしまった数々の失言をし、皆様に不快な思いをさせてしまいました。今まで本当に申し訳ありません。………そして」

 

彼女は再び深呼吸をし、言葉を続ける。

 

「わたくしは二人目の男性、柳さんに大怪我をさせてしまい、皆様に不安と不信を与えてしまったことをお詫び申し上げます。謝って済む事では御座いませんが、………本当に申し訳ありませんでした」

 

彼女はその言葉を最後に頭を大きく下げる。自分がしてしまったことは到底許される事では無い。

彼女の心の底からの謝罪を見て生徒達は言葉を発することはしないが、その気持ちは彼女達には届いた。

彼女達も面白半分で一夏を推薦したのだ、きっかけを作った原因は自分達にあると負い目を感じていた。

 

「オルコット、もういいぞ。………諸君、昨日の試合で起きた事故は彼女の責任ではなく、訓練をさせずにISを操縦させた我々教員の責任だ。………本当に、すまない」

 

千冬はオルコットを席へ戻した後に生徒全員の前で謝罪する。責任を感じているのはセシリアや生徒だけではない。むしろ、誰よりも彼女が責任を感じていた。

 

「………昨日も言ったように、試合の件は箝口令が出されている。混乱を避ける為にも、決して口外はしないように」

 

「「「「「はい」」」」」

 

千冬の言葉に全員は返事をする。彼女達も優等生なだけあって理解は早かった。

試合であのような事故があれば誰だってISに対して不安と不信が募る。それによって身を引き締めれば良いのだが、全員がそうとは限らない。

そして公になってしまえば、セシリアは男性操縦者を傷つけたとして様々な所からバッシングを受けるだろう。本人が責任を感じようが謝罪しようが罪を償おうが関係ない。彼女を代表候補から引きずり出そうとする者、女を嫌う者、単に彼女が気に入らないだけの者、ただ面白そうだからという者は決して容赦はしない。攻撃出来る材料があるだけで十分なのだ。そういう者達から守るという意味に辿り着くのは彼女達にとってそう難しいことではなかった。

 

「さて、未だ決まっていないクラス代表についてだが………オルコットはこれを辞退した。このままだと推薦通り織斑がクラス代表になるが、異存がある者はいないか?遠慮はいらんぞ」

 

千冬は周囲を見渡して数秒、そのような人物は誰一人としていない。一夏のクラス代表が決定した瞬間であった。

 

「よし、決まったところで授業を………と言いたいところだが、柳について話そうと思う」

 

彼女の言葉で全員は身構える。隆道は今後どうなってしまうのだろうかと。

 

「柳は昨日の夜に意識を取り戻し、自力で自室に戻った。怪我が完治次第授業に戻ることになる」

 

周囲は一気にざわつく。半日も経たずに意識を取り戻したことも十分な驚きだが、あれほどの事があったにも関わらず、またISに乗せるつもりなのかと。

彼がISに乗って、いつ、どこであのような豹変を見ることになるか分かったものではない以上、自身を危険に晒す事は避けたい彼女達は反対の雰囲気を全面に出す。

 

「諸君の言いたい事はわかる、私だって柳をISに乗せることは反対だ。だがこれは決定した事だ。非常に不本意だがな。そこで、ある事を約束してもらいたい」

 

「あ、ある事………ですか?」

 

生徒の一人が思わず訊いてしまう。昨日のアレに遭遇しなければ何でも良いので、思わず前のめりになるのも仕方ない事なのだろう。

 

「そうだ………いいか諸君。しばらくすれば諸君はISに乗り、模擬戦等を行うだろう。だがその時が来ても、今後決して柳と戦うな。昨日起こった柳のアレは暴走などではない。彼の専用機が、彼自身を防衛する為になったものだ」

 

「ぼ、防衛………?それって、どういうことですか………?」

 

「柳は重度のPTSD、心的外傷後ストレス障害を患っている。それが試合途中で発症した際に機体が反応し、あのような変化が起きた。分からない者は後で調べるといい」

 

千冬は、彼が心の病を抱えてることを皆に伝えるべきかどうか悩んだ。だが、今後いつ発症してあのシステムが起動するか分からない以上隠す訳にもいかない。彼を守る為、生徒を守る為にも言っておく必要があった。

何人かはその病名を知っていたのか、表情を暗くしてしまう。その中で生徒の一人は堪らなくなったのか千冬に質問を飛ばした。

 

「そ、そんな………PTSDって………どうして、ですか?」

 

「………柳は女尊男卑社会の被害者だ。我々の想像がつかないほどの被害を被っている。物理的な脅威に晒されていた事も判明した。それがどういうことか、あとは分かるな………?」

 

「被害者………。それに………ぶ、物理的って………」

 

「すまないがこれ以上は言えん。我々も全てを知ってる訳ではないからな。確実に言えることは、その被害によって女性とISを敵視してるという事だけだ」

 

彼女達は絶句し、そして理解し、納得する。ほとんど警戒心を解かず、敵意を露にし、時には殺意を向ける彼は元からなのではない。

今の女尊男卑社会によって、自分達女性によって虐げられた男性の成れの果てなのだ。

 

「………先週も言ったが柳は非常に不安定な状態だ。しかも日に日に悪化し、より酷くなっている。一刻も早く病院に連れていくべきなのだが、彼の立場上それも困難な状況だ。だからもし、柳に何かあったら直ぐ教員に連絡すること………いいな?」

 

全員は頷く事しか出来ない。彼には何かがあると数人は察していたが、まさか心の病だなんて誰が想像出来ようか。

話を聞く限り誰がどう考えても彼は爆弾で、起爆スイッチは女性そのもの。いつ爆発してしまうか分からない。

彼に対して下手な事は出来ない。もしかしたら無自覚で彼の琴線に触れるかもしれない。

この先の学生生活に不安を覚える生徒達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これでおしまいっ。また明日も来てね」

 

「………」

 

放課後の保健室。隆道は怪我が完治するまで一日一度は放課後に保健室へ通う事になった。彼の今の容態でシャワーを浴びせる訳にはいかないので、ここで体を拭いて包帯等を取り替える為だ。

セシリアとの話し合いを終えた後に再び彼の部屋に戻り、怪我が完治するまでの今後を相談した。本人は絶対に行かないと拒否したのだが、千冬と一夏と箒の三時間にも及ぶ長時間の説得により渋々従う事にしたのだ。

寮から保健室までに行く際何かあるとまずいので必ず千冬が同伴する事になっている。その為最後の授業辺りから真耶に任せて彼女は教室を抜けて彼を連れ出していた。

千冬が包帯の取り替えを手伝う訳にはいかないので、保健室担当の教員が彼の処置を行っている。

 

「無理な動きは控えるようにしてね、本当なら立つことすら困難のはずなんだから」

 

「………どうも」

 

「それとあちこちにある縫合痕だけど………貴方、独学でやったでしょ、結構歪よ。ちゃんとした場所で処置してもらわないと」

 

「あんたには関係ないだろ」

 

包帯の取り替えも終わり、シャツに手を伸ばす隆道は相変わらずの態度。礼を言うだけまだマシな方だろう。

保健室担当の教員から見ても、彼の体は異常の一言に尽きた。本来ならば立つことすら困難にも関わらず、彼はここまで平気な顔をして歩いてきた。痛覚が無いのかと思われたが、どうやらそうではない様子。彼いわく、緊急用のおかげで多少の痛みはあるがほぼ引いているとのこと。

それを調べさせてくれと千冬共々頼んだが、彼はこれを頑なに拒否した。取り上げる事は出来ないので此方が引き下がるしかない。

 

「終わりましたか先生」

 

「あ、お疲れ様です織斑先生」

 

「しばらくお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします」

 

「いえいえ、これくらい当然の事です」

 

隆道が着替え終わると同時に千冬が保健室へ入り教員と軽い挨拶を済ませ、椅子にもたれ掛かる。

 

「………先生、少し席を外して貰ってもいいですか」

 

「………わかりました、終わったら連絡を下さい」

 

教員は保健室を出ていき、部屋に残るのは隆道と千冬の二人のみ。彼と二人きりになったのはある事を伝える為であったが、彼女はどう話を切り出せばいいかわからなかった。

 

「柳………。その、なんだ………お前の───」

 

「機体のことだろ。修理が終わって俺の怪我が完治次第データ採取を続ける………そんなところか?」

 

「………!」

 

「こんだけ怪我してるにも関わらず本州に搬送しないっつうことはそういうことだろうが。もしくは別の理由………例えば何処かしらにかっさらわれるのを阻止する、とかな。自分の立場ぐらいわかってるつもりだっての」

 

彼は自分の立場を良く理解している。たった二人しかいない男性操縦者など、どこも欲しがってるはずだ。最悪解剖して生体組織を調べようとする輩も存在するかもしれない。

貴重な男性操縦者を解剖なぞ何を馬鹿なと思うかもしれないが、あり得ない横暴すら許されるこの世の中だ。必ず一人や二人そういった考えを持った者が居ても不思議じゃない。

 

「………その通りだ。だが機体の方は今日の朝方の時点で修復が済んでいる。後は柳が完治してからだ」

 

「あ?いくらなんでも早すぎるだろ。明らかに大破しただろうが」

 

「同じ打鉄ということで応急処置として訓練機の予備パーツを組んだのだが、機体に合わせて装甲が変化した。細部もあり得ない速度で自己修復して、それも既に終わっている。このようなこと今まで無かったのだがな」

 

「ふーん、修復が早いんだったら別に良いんじゃねえの。その方が都合良いだろ」

 

ISには自己修復機能が存在する。だがそれも早いという訳ではなく、大破してしまえば部品を丸々交換しなければならない。

彼の専用機は打鉄を一次移行させた物なので修復は学園内にある訓練機の部品でも可能なのだが、その修復速度には度肝を抜かれた。

 

「それと、昨日のシステムについてだが………。再び起動するのをなるべく避けるために此方で手を加えた」

 

「昨日の………?ああ、アレか。あの時はよくわからなかったがなんなんだよアレは」

 

「私にもわからん。ある条件で操縦者の保護機能を停止する代わりに機体の一時的強化と様々な補正がかかる事以外不明だ」

 

「………ふーん、捨て身になるって事か」

 

心底どうだっていいのか、彼はまったく興味なさそうにしている。自分の乗る機体に得たいの知れない物があるなら何かしら不安を覚えるものだが、彼には全く感じられなかった。

 

「………怖くないのか?あの機体を、専用機を、今後乗ることになるんだぞ」

 

「怖がってどうなるんだよ。それともなにか?泣いて土下座でもすれば機体を替える………あわよくば乗らずに済むってのかよ」

 

「………」

 

「どこにいようが、泣こうが喚こうが結局は機体に乗らなきゃならねえんだ。乗った結果として頭がおかしくなろうがくたばろうが、所詮それまでだったってことだろ」

 

確かに彼は初起動時に錯乱し、機体に乗ることを拒み、結局専用機を受け取った際も泣き叫んだりと荒れに荒れた。

しかし、彼が言ったようにそんな駄々は今後通用しない。嫌でも関わる事になるのだから、これ以上の拒絶など疲れるだけだ。

今回は死ぬ事はなかったが、いずれ同じようなことが起きるだろう。いちいち怯えていては埒が明かないのだ。

そもそも三年間学園で無事に過ごせたとして、その後の未来などどうせろくな事にならないのだから死ぬのが遅かろうが早かろうが彼にとっては知った事でなかった。

彼女はそんな彼に対し言葉を失ってしまう。

あまりにも達観している。少なくとも十八の考える事ではないと。

 

「………俺の事はもういいだろ。そんなことより、機体に何を加えたんだよ」

 

「………現段階で判明してるのは、柳の異常を感知して作動するシステムということだけ。制限を掛けるつもりだったがコアが拒絶してしまいシステムそのものに手をつける事は出来なかった。そこで、異常等を事前に知らせる装置を用意した。これがそうだ」

 

そう言って千冬が取り出したのは手の平サイズの小型タブレット。彼女が画面に触れると心電図を始めとした様々なものが表示される。

 

「今はまだ同期していないが、ISに備わっているバイタルサインを24時間この端末に送信する。もし異常が感知すれば警告が鳴る仕組みだ」

 

「事前にって、そんなことわかるのかよ」

 

「あのシステムが起動する前に多数の警告ログが流れていた、それを参考にプログラムしてある。何か心当たりはないか?」

 

「………ああ、あれね。確か一次移行したときから鳴ってたな」

 

「なっ、一昨日からだと?何故それを………いや、もう終わったことだな、すまない」

 

それを黙っていた、何故教えてくれなかったと言いかけたが、彼女はやめる。彼のことだ、絶対に言わなかっただろうし、仮に此方が知っていたとしても構わなかったであろう。でなければ時間稼ぎなど決してしないはずだ。

 

「話が逸れたな。とにかく、あのシステムには前兆がある。それを此方が知ることが出来れば対応も間に合うはずだ。それと、待機形態にも警告が鳴るようにしている。周囲の人間もいち早く気づくだろう」

 

「それはまあご苦労なことで。………そういや、織斑とイギリス人の試合はどうなったんだよ」

 

昨日は一夏を出させまいとして代わりに出たが、元々は彼とセシリアとの試合だ。

既に彼の機体は一次移行を済ませてるはずだからいつかは試合をするだろうと思っていたがそれは杞憂に終わる。

 

「元々はクラス代表を決める際の試合だったが、オルコットは辞退した。よってクラス代表は織斑がすることになる」

 

「辞退?織斑がクラス代表?なんでまた」

 

「オルコットは試合の後、自分には資格がないと言ってクラス代表候補から降りた。織斑はオルコットと話をして自らやらせてくれと、まあそんなところだな」

 

どういうことだ、セシリアの心境の変化もそうだが一夏がクラス代表をやりたいなど。

そう疑問に思ってると、誰かが来たのか扉をノックする音が部屋に響いた。

 

「失礼します」

 

「失礼します。ほら、オルコットさんも入って」

 

「し、失礼、します」

 

入ってきたのは一夏と箒の二人。そして二人の後ろに隠れるように立っているのは何故かおどおどしてるセシリアだった。

 

 

「ふむ、丁度三人も来たことだし私はこれで失礼することにしよう。織斑、後は頼む」

 

「分かったよ、織斑先生」

 

「せめて敬語を………まあいい」

 

千冬はその一言を最後に保健室を出る。再び部屋は静寂に包まれたが、黙ってても意味が無いので隆道から話を切り出す。

 

「………織斑と篠ノ之はいいとして、そこのイギリス人は何しに………ああ、あれか。昨日の試合は勝ってるもんな、奴隷に何かしら命じに来たわけか」

 

「いえ、あの、その………」

 

「えと、柳さん。一先ずオルコットさんの話を聞いてください」

 

「話?」

 

奴隷に何か命令をしに来たのではないのか。確かに先程からセシリアの様子はおかしく、高圧的な態度など一切無い。

 

「ほら、オルコットさん」

 

「は、はい。………えと、柳さん」

 

「………なんだよ」

 

「………先週からの数々の無礼な態度、そして昨日の試合で怪我をさせてしまって………申し訳ありません」

 

彼女は深々と頭を下げて隆道に謝罪する。その姿に彼はつい目を見開いてしまった。

 

「謝って済むことではない事は分かっております。許して下さいとは言いません。………本当に申し訳ありませんでした」

 

彼女は頭を下げたまま言葉を続ける。彼女の謝罪は本物であろう、少なくとも彼には伝わったはずだ。

それを見て一夏と箒は何も言わない。許す許さないは隆道が決めることだからだ。決して第三者が口を出していい事ではない。

勿論一夏と箒はセシリアに対して何かしら言うことなどない。故意であれば決して許すことはなかったであろうが昨日の試合は事故だとわかっており、SHRでの謝罪は既に受け取っている。追い討ちをかけるような非道な事はしない、してはいけない。

彼女の謝罪は確かに隆道に届いた。その言葉と姿に嘘偽りなど感じられない。

 

 

 

故に彼は───。

 

 

 

「………頭上げろよ」

 

 

 

彼女の事が───。

 

 

 

「柳、さん………」

 

 

 

───許すことも、信用も出来なかった。

 

 

 

「随分な心変わりじゃねえか。この前までの態度が嘘みてえだな、おい」

 

「………」

 

「聞いたぞ、クラス代表を辞退したってな。つうことはあれだ───」

 

 

 

 

 

───昨日の試合なんて全くの無意味だったってことだ。

 

 

 

 

 

隆道はセシリアの以前まであった高圧的な態度など今更なんとも思ってない。試合の怪我についても故意ではなく事故だということも理解している。問題はそこではなかった。

男だからと牙を向き、決闘を申し込んだ癖にそれも無くなり、気がつけば今までが嘘のような振る舞いをする。

昨日の時間稼ぎが無駄に思えたのだ。何の為にISに乗ったのか、何の為に痛い思いをしてきたのか、それら負の思考が彼の脳を支配する。

負の思考はそれだけに留まらない。彼は彼女の変わり様を見て信用が出来なかったのだ。

彼はその手の女性を数多く見てきた。都合が悪くなると直ぐ様態度を変え、無かったことにしようとする者達を。その様な輩は再び態度を変えると、彼の目からはセシリアも今までの女性と同じに見えたのだ。

勿論昨日の試合は決して無意味ではない。一次移行を済ませていない一夏を出さずに済み、その試合でセシリアは隆道と対峙したことにより男性の認識は変わり、それが再び変わる事はまず無いだろう。

しかし、女性に対して歪んだ思考を持つ彼はその答えに辿り着けない。

悲しいことに、彼女の気持ちが届いたばかりに彼との溝は深まる結果となってしまう。

 

「俺から言うことはもう何もねえ。回れ右してさっさと帰れ」

 

「………わかりました、失礼します。………本当に申し訳ありませんでした」

 

セシリアは再び彼に謝り、部屋を後にする。残された一夏は頭をかき、箒はため息を吐いてしまった。

 

「ああ、やっぱり駄目だったか………」

 

「仕方ないだろう、こればかりはどうすることも出来ん」

 

二人は隆道を迎えに行く際に、セシリアから同行しても良いかと頼まれた。彼女は彼にどうしても謝りたかったのだ。今の彼に近づけても良いかと模索したが、本人がどうしてもと言うので連れていく事にした。二人はきっと彼は許さないだろうと思っていたが、予想は見事的中だ。

 

「お前らがあいつを連れてきたのか」

 

「はい、オルコットさんが柳さんに謝りたいと言うのでダメ元で連れてきたのですが………」

 

「………誠意は伝わったし、まあいいわ。さっさと帰ろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外はすっかり暗くなり、一年寮の一室。隆道の部屋には恒例として一夏が入り浸っている。以前と違うのは箒も加わった事であろうか。

彼女は昨日一夏に置いてかれたおかげで隆道と無理矢理二人きりとなってしまったが、当たり障りの無い会話をしてる内に次第に打ち解けていった。

彼女は未だに彼に対し引っかかりを覚えている。彼の近くにいれば、いずれそれが何なのかわかるはずだということもあって、今後一夏と共に彼の傍にいることにした。

 

「ところでよ、織斑。お前、クラス代表に自ら志願したって聞いたが」

 

「ええ、オルコットさんも辞退しましたし。何より俺がやりたいと思ったからです」

 

「どうしてまた。先週はあれほど嫌がってたじゃねえか」

 

隆道の記憶が正しければ先週のクラス代表決めの時はやりたくないと言っていたはずだ。セシリアとの試合も、互いが納得するようにと取り決め、それも無くなった。

 

「………柳さん。俺って子供の頃から千冬姉に守られてきたんですよ」

 

「………」

 

一夏は突如語り出す。いきなり何をと思ったが、必要な事なのだろう。黙って聞く事にした。

 

「だからなんでしょうね。誰かを、何かを守ることに強い憧れがあるんです。今もそれは変わりません」

 

彼は今日までに様々な事があっても、千冬によって守られてきた。彼が学校で問題を起こしても、彼に女尊男卑の悪意に晒されなかったのも、最終的に彼女の影響によって無事に過ごせたのだ。それを間近で見ていた彼は、いつしか彼女に強い憧れを持ち始める。

 

「でも正直言うと、ここ最近俺は本当に誰かを守ることが出来るのか考えるようになったんですよ。不注意でISに触って、IS学園に入学することになって千冬姉に迷惑をかけて、それだけじゃなく柳さんもIS学園に来る事になって………。誰かを守る処か迷惑しかかけてないじゃないかって」

 

「お前………それは………」

 

「昨日の試合が決め手でしたね。柳さんが俺の事を庇って、大怪我をした時にだいぶきまして。今の俺には誰かを守る事は出来はしないって分かったんです」

 

「一夏………」

 

そんなことはないと、幼い頃に一夏に守られた事がある箒はそう言いたかったが言葉をかけられない。彼の表情は真剣で、話を折る様なことはしたくなかったからだ。

 

「だから、俺に出来ることは何か。クラス代表になって色々経験していけば、いずれ分かるんじゃないかなって………そう思うんです」

 

「織斑………」

 

「自分で何言ってるのかよくわからないんですけど、要はあれですよ。自分探しの為………ですかね」

 

探り探り彼は話を続けるが、その心は隆道にしっかりと響いた。迷惑をかけてると自覚し、自分に出来ることは何かと探そうとしている彼を見て、隆道は堪らない思いでいっぱいになる。

 

(ほんっと………お前は強いな)

 

「だから柳さん、お願い………というか頼みがあるんですけども」

 

「あん?」

 

「多分、今後も迷惑をかけるかもしれません。何をしたら良いかわからない時もあるかと思います。その時は………相談にのってくれますか?」

 

彼の意志は本物だ。何より目が物語っている。自分とは違い、眩しいくらいの輝きがあった。

 

「くっ………ははっ」

 

「え、え?何かおかしい事言いました俺?」

 

「はははっ。………いや、悪いな。そうじゃないんだ」

 

彼を見て隆道は笑う。彼こそ女尊男卑社会の希望だろう。

こんなのを見てしまったらくたばる訳にはいかない。彼が何かを見出だせるまで何がなんでも支えてやる。そう隆道は誓った。

 

「………柳さん?」

 

「いやあ、悪い悪い。………わかった、このくそったれな先輩に任せとけ」


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