IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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第十八話

試合開始のブザーが鳴り終わると同時に二人は動き出す。一夏は接近戦しか行えない。故に未だに武装を展開していない鈴音に向かって突っ込んだ。

それを見て彼女も笑みを浮かべながら近接武装を瞬時に展開、彼に向かって急速接近する。近接は手慣れているのだろう、彼よりも速く斬りかかる事に成功した。

 

「うおっ!?」

 

彼は即座に反応し、その斬撃を自身の武器で防御。ダメージを受けることはなかったが、その衝撃で大きく弾き返される。

それによって体勢を崩してしまったが、特訓で身につけた飛行技術を駆使しどうにか安定させて彼女を正面に捉える事が出来た。

 

(は、速えっ!箒と同じ、いやそれよりも上………!!)

 

先手を打つつもりが自分が先手を打たれた。自分より相手の攻撃動作が速かったのだ。

彼女の機体は近・中距離両用型だが器用貧乏という訳ではなく、機体スペックの意味合いでは近接格闘型だ。パワーも優れている。

それに加え、彼女のIS適性値はAだ。Bである彼や、Cの箒よりも機体を使いこなす事など造作もない。

更にダメ押しとして───彼女は代表候補生。それも()()()()()()()その称号を掴んだ、優れた才能を持つ少女。

 

(これが………代表候補生っ………!)

 

舐めていた訳ではない。しかし、特訓の際の模擬戦で手加減はされたとはいえセシリアとも戦ったのだ。ほとんど勝つ事は出来なかったが、接近そのものは次第に何度も成功したので多少なりとも自信はついていた。

 

(くそっ、さっきまでの自分を殴りてぇっ!)

 

だがそれはあくまで手加減された模擬戦であり、今は本番試合。更に相手は中距離を得意とするセシリアではなく、近接格闘を得意とする鈴音だ。状況はまるっきり違う。

こうもあっさり格の違いを見せ付けられると彼女を甘く見ていた事を実感してしまい、彼は自分を恥じた。

 

「ふうん。初撃を防ぐだなんてやるじゃない。けど───」

 

「!!」

 

彼女は余裕の表情を見せながら両手で持つ()()をバトンでも扱うように回す。

異形の青竜刀───と呼ぶにはあまりにもかけ離れた形状の大型な刀剣が彼女の近接武装。

 

───大型ブレード『双天牙月(そうてんがげつ)』───。

 

両端に刃を備えたその武器は持ち手の中央が不自然な形をしていた。それを見てまさかとある事が思い浮かぶ。───そしてそれは現実となった。

 

「これならどう!?」

 

『双天牙月』の持ち手が折れ、二つに分離する。彼女の武器は瞬時に『一つ』から『二つ』───二刀流になったのだ。

 

「くっ!?」

 

縦、横、斜めと自在に角度を変えながら斬り込む彼女の攻撃に防戦一方にならざるを得ない。

此方の手数は『一』。対して彼女は『二』で、しかも高速回転を織り交ぜた連撃は隙が無い。

本来ならば既にダメージを受けてもおかしくはないはずなのだが、箒との模擬戦によって接近戦の経験を積んだ彼はそれを辛うじて捌く事が出来た。

 

(まずい。このままじゃ消耗戦になるだけだ。一度距離を───)

 

「───甘いっ!!」

 

距離を取ろうと彼女の攻撃を躱し、離れた瞬間にそれは起きる。

彼女の非固定浮遊部位が可動し、中心の球体が光を放った直後に彼は吹き飛ばされた。

 

「どわあっ!」

 

その衝撃によって視界は暗闇に傾きかけるが、ISにはブラックアウト防御機能があることによって意識を取り直す。

何が起こったのかわからない。まるで突然『殴り飛ばされた』かのような衝撃を受けた事に疑問が尽きないが───当然ながら相手は待ってくれない。

 

「今のはジャブだからね」

 

にやりと不敵な笑みを浮かべる彼女。それと同時に再び彼に衝撃が襲い掛かる。

 

「ぐあっ!」

 

防御態勢も取れず、もろにソレを直撃した彼はとうとう地表に打ち付けられる。

そのダメージがシールドバリアーを貫通して届き、全身に痛みが彼に振り掛かった。

 

(み、見えねえ………!いったいなにが………!)

 

距離を取ったにも関わらず吹き飛ばされた。その時が来る前に可動した非固定浮遊部位。そこから導き出される答えは───。

 

「これが鈴の特殊兵装………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだあれは………?」

 

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃そのものを砲弾化して打ち出す第三世代特殊兵装ですわ」

 

Aピットからリアルタイムモニターを見ていた箒の呟きに応えたのはセシリア。彼女達がここにいるのは一夏が出る最後の最後まであれやこれやと指導し、彼が出た頃には観客席と通路が生徒で埋め尽くされていたからであった。

本来ならばもっと前から観客席か通路にいるべきなのだが、彼は初の試合だからギリギリまで指導させてほしいということで千冬は多目に見たのだ。その役目を終えた彼女達を会場の外に出すのはあんまりなのでこうしてピットに残っている訳である。

 

「一夏………」

 

箒は彼がダメージを受ける度に胸を痛めた。激しい連撃に翻弄される彼の身を案じているのは勿論だが、それと同時にある光景が蘇っていた。

 

(これでは………あの時と同じではないか………!)

 

その光景とはかつてセシリアの特殊兵装に嬲られた隆道の姿。ひょっとして一夏も彼と同じ目に会うのではないかと思わずにはいられなかったのだ。

その激しい戦闘を目の当たりにして、箒は勝利よりもただただ無事を願っていた。

 

「………ところで箒さん。柳さんがまだお見えになりませんが………」

 

「え………?ああ、そういえば始まる前にトイレへ行くと言ったきり戻ってこないな」

 

「ああ………」

 

学園内で男子が使用出来るトイレは三ヶ所しかない。それもアリーナ内ではなく、校舎のみだ。こればかりは生理現象なのでどうしようもない。

他のトイレを使おうとしてその場で生徒に出会してしまったら、女子トイレに侵入する変態として直ちに社会的抹殺を受ける事だろう。

だがそれにしたって遅すぎる。予定では開始直前にはここに戻って来るはずだ。何処かで道草でも食っているのだろうか。

ちなみに彼もピットに入る事を許可されている。そもそも彼を一人観客席や通路に置いていく事など出来やしない。そんなことをしたら彼は精神的に潰れてしまう。

以上の理由で彼に残された手段は自室待機なのだが、一夏達の頼みによってピットに入る事を千冬は許可した。

もっとも、その本人が来てない以上無駄に終わった訳だが。

 

「連絡は出来ませんの?」

 

「あの人携帯は持ってないらしくてな。………織斑先生、柳さんは今どこに?」

 

「ああ、少し待て。全く、入室許可を出したというのにこれでは意味………が………んん?」

 

「………織斑先生?」

 

隆道の位置を正確に知る事が出来るのは今のところ千冬だけだ。よって彼女はタブレットを取り出し彼の位置を確認したのだが、それを見て彼女の表情は次第に疑問に満たされる。

 

「何故、Bピットにいるんだ………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってBピット。そこに佇むのは青年が一人、隆道だった。

トイレを済ませた彼は通路に埋まる生徒達を嫌々ながらも掻き分けてピットに向かったのだが、何故彼は彼女達がいる反対側のピットにいるのだろうか。

 

「なんだよ、ここBピットじゃねえか」

 

一人愚痴る彼であったがここにいる理由は至って単純、道を間違えただけであった。一人でアリーナに来た事が無い彼はろくに道を覚えていなかったのである。

 

「どうすっかな………また通路に戻れってか?」

 

ここに来るまでの通路を引き返すのは正直御免だった。女子で埋め尽くされてるというのも理由の一つ。そしてもう一つは───。

 

「くせーんだよ、なんだよあの匂い。鼻曲がるっつうの」

 

何も生徒の体臭がキツいということではない。その正体は香水だった。

全員が香水を付けてる訳ではないが、十数人がそれぞれ違う香水を付けていたのだ。それが狭い通路に密集するとどうなるか。

様々な匂いが入り混じり、香水に慣れてない人間にとっては悪臭に近い物と化したのだ。

埋め尽くされた女子生徒に数々の香水の匂い。そんな通路に戻るなど、彼にとっては拷問を受けてる状態で更なる拷問を受けるのと一緒だった。

 

「………めんどくせ、ここでいいか」

 

彼はここ留まる事を決めた。ここにもリアルタイムモニターがある。そして憎き世界最強も、牛眼鏡も、ライム女も、女性も誰一人としていない。彼にとってはうってつけの場所だ。

 

(でもなんだ?何かがおかしい………。それにさっきから視線を感じる………)

 

違和感と視線を感じ、周囲を見渡すが当然誰もいない。気のせいなのだろうかと彼はそれを抱いたまま試合を見る事にした。

 

 

 

 

 

彼は覚えて無いが故に道を間違えたが、厳密に言えばそうではない。

 

 

 

 

 

何故なら、彼は電光掲示板の通りに進んだからだ。

 

 

 

 

 

その電光掲示板は、見たときにはしっかりと『←Bピット Aピット→』と記されていたのだから。

 

 

 

 

 

しかし誰もそれに気づかなかった。

 

 

 

 

 

その電光掲示板から目を反らした瞬間にノイズが走り、『←Aピット Bピット→』に変わった事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく躱すじゃない。衝撃砲『龍咆(りゅうほう)』は砲身も砲弾も目に見えないのが特徴なのに」

 

アリーナで未だに余裕の表情を見せる鈴音。それに対して一夏は苦虫を噛み潰したかのような表情だ。

彼女の特殊兵装は言った通り砲弾も、砲身すらも見えない。それが何より厳しいと彼は感じた。それだけでなく、砲身射角がほぼ制限無し───つまり360°の砲撃が可能なのである。

射線はあくまで直線だが、彼女の能力がかなり高い。無制限機動と全方位への軸反転など、飛行基礎の全てを高いレベルで習得している。

それらが上手い具合に噛み合っているのだ。彼にとってはかなりの強敵だ。

 

(ハイパーセンサーに空間の歪み値と大気の流れを探らせてるが、これじゃダメだ。撃たれてからじゃ反応が遅れちまう。どこかで手を打たないと………)

 

彼女の怒濤の連続砲撃を躱しながら彼は思考を走らせる。このままでは一撃も与えられず敗北してしまう。それは何よりも避けたい。

 

(思い出せ織斑一夏っ!何か策をっ!)

 

 

 

 

 

『俺の武装打っ放してる最中で悪いんだけどよ。その『雪片弐型』に搭載されている『零落白夜』、どれくらい強力なのか試しにちょっと突いてみろよ』

 

『え、良いんですか?』

 

『別に良いだろ。死ぬ訳じゃあるまいし』

 

『………じゃあ、失礼しますよっと』

 

『………うわっ待て待て引っ込めろ引っ込めろっ!』

 

『おわっと!?』

 

『あっぶね。うわー………軽く突きつけただけで半分も減ったぞ。これあれだな、当ててる間シールドエネルギーは継続的に減るみたいだ』

 

『じゃあ、もし直撃でもしたら………』

 

『絶対防御の発動とエネルギーの消失、相手は一撃で終わるな。良かったじゃねえか、当てれば絶対勝てるぞ』

 

『簡単に言ってくれますね………』

 

 

 

 

 

「………」

 

隆道と二人で武装御披露目会をしてる最中にあった出来事を思い出す。この状況を打破するには自身の単一仕様能力を使うしかない。

ここしばらくの訓練は近接格闘や急加速停止といった基礎移動技能に費やした。それに加えて箒の剣道訓練、セシリアの特殊兵装を用いた回避訓練。それらによって武器の間合いと特性は把握し、IS操縦も人並み以上に習得出来た。

 

(後は………諦めない事、だけだな)

 

実力差は歴然としている。しかし、勝てる可能性は少なからずある。決してゼロではない。

であるならば残すは『強い意志』を持つことだ。負けないという『強い意志』が。

 

「鈴」

 

「なによ?」

 

「本気で行くからな」

 

彼は真剣に彼女を見つめる。彼の言葉は決して今まで手を抜いていたという意味ではなく、自らの折れない意志を相手に強く主張するためだ。

そんな彼の気概に押されたのか、彼女は曖昧な表情を浮かべた。

 

「な、なによ………そんなこと、当たり前じゃない………。とっ、とにかくっ、格の違いってのを見せてあげるわよ!」

 

彼女は惚けた顔から直ぐに真剣な顔に戻し、『双天牙月』を一回転させて構え直す。そしてその衝撃砲が火を噴く前に距離を詰めようと彼は加速姿勢に入り、()()()()を繰り出した。

それは彼の、強敵である彼女を倒す唯一の策。相手の懐に瞬時に近づき『零落白夜』を当てるための手段。

 

───『瞬時加速(イグニッションブースト)』───。

 

機体の後部スラスターからエネルギーを放出。そのエネルギーを内部に一度取り込み、圧縮して再度放出する事によって爆発的な加速を生み出す技能は一瞬で相手に接近することが出来る。

一週間前から練習し、ようやく身につけた『瞬時加速』はタイミングを間違えなければ代表候補生クラスとも渡り合える代物だ。

 

「ぐっ!?」

 

その加速によって急激なGに意識が持っていかれそうになるが、操縦者保護機能がそれを防ぐ。

素人が『瞬時加速』を習得していないだろうという考えを持つ彼女に出来る奇襲戦法、よってこの奇襲は一度しか使えない。これを逃したら後は無いのだ。

だからこそ、先程まで渋っていた『零落白夜』をここで放つ。確実に当てるために。

 

「うおおおおっ!!!」

 

彼の思惑通り、彼女は不意を突かれたのかその場を動かない。エネルギー刃が後少しで届きそうになった───。

 

 

 

 

 

───その瞬間だった。

 

 

 

 

 

突然巨大な衝撃がアリーナ全体に走る。それと同時にステージ中央の地表が爆発し、大きな煙が立ち上がった。

 

「「!?」」

 

つい二人はそれを凝望する。いったい何が起こったのか。状況がわからず混乱する一夏だったが、直ぐ様異常を察知した鈴音から飛んできたプライベート・チャンネルによって意識は戻った。

 

『一夏、試合は中止よ!すぐにピットに戻って!』

 

「は?いきなり何を───」

 

 

 

───ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています───。

 

 

 

「なっ───………っ!?!?!?」

 

 

 

その警告によって彼はようやく気づいた。

 

 

 

その煙が立ち上がる真上の遮断シールドに穴が空いている事に。

 

 

 

アリーナの遮断シールドはISのシールドバリアーと同様の物で、それ以上の防御性能がある。貫通などあり得ない。

 

 

 

しかし、それは現に貫通している。

 

 

 

穴の空いた遮断シールド。中央からの熱源反応。そして表示された警告。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

ネラワレテイル?

 

 

 

『一夏、早く!』

 

「お前はどうするんだよ!?」

 

プライベート・チャンネルの開き方などまだわからない。故に彼はオープン・チャンネルを使用し彼女に向かって叫ぶ。

 

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

 

「逃げるって………お前を置いてそんなこと出来るか!」

 

「馬鹿!アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

 

確かに彼女の言う通りだ。しかし、彼は彼女を置いて自分だけ逃げる事なんて出来なかった。

それに、此方をロックしているということは自分も標的となっている。もし自分がピットに逃げたのならばそこにいる人間を巻き込む可能性がある。故に逃げられない。

 

「別に、あたしも最後までやり合うつもりはないわよ。こんな異常事態、すぐに学園の先生達がやってきて事態を収拾───」

 

「あぶねぇっ!!!」

 

「きゃっ!?」

 

間一髪、彼は彼女を抱き抱えその場から離れる。その直後に先程までいた場所には太い熱線が通り過ぎた。

 

「ビーム兵器かよ………。しかもセシリアの武装より出力が上だ」

 

ハイパーセンサーの簡易解析によりその熱量を知ることが出来たが、その出力は競技仕様を遥かに上回っている。その事実に彼は背中に氷を入れられた気分にさせられた。

 

「ちょっ、ちょっと、馬鹿!もういいから離しなさいよ!」

 

「お、おう、悪い───!来るぞ!」

 

躱したのもつかの間、煙を晴らすかのように連続に放たれるビームが彼らを襲う。二人はそれぞれその攻撃を辛うじて躱し、しばらくするとその射手たるISが煙からゆっくりと浮かび上がってきた。

 

「な、なんなんだこいつ………」

 

その姿はまさに異形だった。深い灰色をしたそのISは両腕が異常に長く、つま先よりも下まで伸びている。

何より特異なのが、全身を装甲で埋めた『全身装甲(フル・スキン)』だった。

通常、世に知れ渡っているISは部分的にしか装甲を形成しない。防御の殆どがシールドバリアーと絶対防御によって行われる為に見た目の装甲はあまり意味をなさない。勿論、訓練機の『打鉄』や隆道の『灰鋼』のようにシールドを搭載しているものもあるが、露出が一切無いISは見たことも聞いたこともなかった。

そしてその二メートルを超える巨体も、姿勢を維持するためのなか定かではないが全身にスラスター口が見てとれる。頭部には剥き出しのセンサーレンズに両腕にはビームを放ったであろう砲口が二つずつの合計四つ。

誰がどう見ても異質だ。少なくともまともではない。

 

「お前、何者だよ」

 

『…………対象ヲ確認。行動ヲ開始スル』

 

謎の乱入者から聞こえたのは、感情を一切感じることの出来ない機械音声だった。

その言葉を聞いて彼は寒気を覚える。間違いない、標的は自分なのだと。

 

『織斑君!凰さん!今すぐアリーナから脱出して下さい!直ぐに先生達が制圧に行きます!』

 

回線から聞こえて来るのは真耶の声。心なしか、いつもより声に威厳がある。それはそうだ、何せ生徒が危険に晒されているのだから。

 

「───いや、先生達が来るまで俺達で食い止めます。つうわけで………いいな、鈴」

 

「だ、誰に言ってんのよ全く………」

 

『織斑君!?だ、ダメですよ!生徒さんにもしもの事があったら───』

 

真耶の言葉はそこまでしか聞くことが出来なかった。目の前の巨人が体を傾けて突進し、それを避けるのに集中していたからだ。結果躱す事が出来たが相手も滑らかな機動で此方に体を向ける。既に戦いからは逃れられない。

 

「ふん、向こうはやる気満々みたいね。………一夏?」

 

「………ああ、みたいだな」

 

彼はそう返事したが、ある違和感を抱いていた。何かがおかしいと。

 

(なんでこのタイミングで?俺を狙うならもっと前にもあったはずだ。なのに………)

 

だがそれを考えても仕方がない。敵は自分を狙っていることは確実なのだ。

 

「一夏。あたし達の役目はあくまで時間稼ぎよ。無理に突っ込まないようにね」

 

「わかってるさ。じゃあ、行くぜ」

 

互いの武器の切っ先を軽く当て、それと同時に二人は散開した。

 

 

 

 

 

彼等の勝利条件。それは教員達が援軍に来るまでの時間稼ぎと生存。

 

 

 

 

 

───しかし、それは決して叶う事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし!?織斑君聞いてます!?凰さんも!聞いてますー!?」

 

真弥は彼等に何度も問い掛けるが返事は返ってこない。既に彼等は謎のISと戦闘を繰り広げていた。

 

「織斑先生!わたくしにIS使用許可を!直ぐに出撃出来ますわ!」

 

「………そうしたいところだが、───これを見ろ」

 

セシリアの言うことはもっともだ。今近場にいる専用機持ちは彼女ただ一人。隆道も専用機持ちだが、彼を戦わせる訳にはいかない。そもそもこの場にいないのだから指示を出せるはずがないのだ。

故に援護に向かわせるべきなのだが、千冬は落ち着いた様子で端末を数回ほど叩き表示される情報を彼女に見せた。

 

「第二アリーナ………遮断シールドがレベル4に設定………?しかも、扉は全てロックされて───あのISの仕業ですの!?」

 

「ああ、そのようだ。これでは避難することも救援に向かうことも出来ない、な」

 

端末を叩くその手は苛立ちを抑えきれないほど忙しない。一見落ち着いた様な千冬本人が誰よりも焦りを感じていたのだ。

 

「で、でしたら緊急事態として政府に助勢を───」

 

「やっている!現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除出来れば、直ぐに部隊を突入させたいが………」

 

「織斑先生………?」

 

「………現在、どの外部入力も受け付けないと報告が上がっている。再起動も不可能だ。完全にしてやられたっ………!」

 

「そんなっ………!?」

 

言葉を続けながら、益々募る苛立ちを隠せない千冬はとうとう眉を顰めてしまう。それを見た彼女は、どうしようもないんだと頭を押さえながらベンチに腰掛けた。

 

「なんてことですの………。じゃあ、一夏さん達は………」

 

「現状、救援を送る事は出来ない。それを織斑達に伝えようにも先程の会話を最後に通信が阻害された、くそっ………!」

 

救援は出来ない、それを伝える事も出来ない。現状をひっくり返すには一夏と鈴音がそれに気づき相手を倒すしかないのだ。

 

「なっ………はぁぁ………。結局、一夏さん達がそれに気づくまで待っている事しか出来ないのですね………」

 

「そういうことだ………!………それに、仮にクラッキングを成功させて救援に向かうことが出来たとしてもお前は突入部隊に入れないから安心しろ」

 

「な、なんですって!?」

 

「お前のISの装備は一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」

 

流石の彼女もこれには激昂を隠せない。自分が役に立たないと言われてるのだから。

 

「そんなことはありませんわ!このわたくしが邪魔だなどと───」

 

「では連携訓練はしたか?その時のお前の役割は?特殊兵装───ビットをどういう風に使う?味方の構成は?敵はどのレベルを想定してある?連続稼働時間───」

 

「わ、わかりました!もう結構です!」

 

「ふん、わかればいい」

 

ここまで言われてしまったらぐうの音も出ない。故に彼女は両手を揺らして降参の意思表示を示す。ほっといたら軽く一時間は続きそうな指導を全て受け止める事は不可能だった。

 

「はぁ………。言い返せない自分が悔しいですわ………」

 

何もしていないにも関わらず疲労を感じてしまった彼女の溜め息は先程よりも深い。自分に出来る事など何も無いのかと気分が沈んでしまう。

 

「あ、あの………柳さんは大丈夫でしょうか………?」

 

そんな落ち込む彼女を他所に急に話を切り出した箒。一夏が心配なのは勿論、隆道の事についても不安に駆られていたのだ。

 

「ああ、今のところBピットから動いてないようだ。恐らく向こうも扉がロックされているのだろう」

 

「な、なら良いのですが………」

 

「織斑達が奴を引き付けてる以上、柳は無事だろう。………しかし、このままではジリ貧だ。最悪ゲートを破壊して───」

 

千冬が強行突破を思案した、その時だった。

 

 

 

───事態は予想外の展開を迎える。

 

 

 

「お、織斑先生!新たな熱源反応を感知!数は二体です!!」

 

「なにっ!?場所はっ!!」

 

「一つは第二アリーナ入り口付近!もう一つは………ああっそんなっ!?」

 

「どこだっ!?」

 

 

 

───それもとびっきり最悪な展開に。

 

 

 

「第二アリーナ………Bピットです!!!」

 

 

 

「───」

 

 

 

それを聞いた三人の時間は───止まった。

 

 

 

新たに現れた二つの熱源反応。

 

 

 

千冬は入り口付近の方に出現した方よりも、もう片方に思考を全て奪われた。

 

 

 

 

 

───Bピット?

 

 

 

 

 

───何故そこに?

 

 

 

 

 

───そこにいるのは隆道だけだ。

 

 

 

 

 

ホ ン ト ウ ノ ネ ラ イ ハ?

 

 

 

 

 

「───っ!?!?オルコットオォッ!!直ぐにゲートを破壊し柳の元へ向かえぇっ!!!」

 

「はいっ!!!直ぐにでもっ!!!」

 

「ああ、くそっくそっ!!!最悪だっ!!!」

 

千冬は自責の念に駆られた。隆道を一人にせず、傍にいるべきだったと。

アリーナ内にいる謎のISは、一夏が目的だと思われていたがそうではなかった。

奴等の本当の目的は───。

 

「『ブルー・ティアーズ』ッ!!!」

 

セシリアは声を荒げ機体を展開し、直ぐ様ゲートを破壊。穴が空いたと同時に彼女は全速力でアリーナへと飛び出す。一夏達に彼の身が危ない事を伝えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアがゲートを破壊する少し前。一夏と鈴音の二人は謎のISと未だに時間稼ぎと言う名の戦闘を続けていた。

 

「くっ………」

 

「ああもうっめんどくさいわねコイツ!」

 

時間稼ぎとはいえ、何もせず逃げてばかりなどいられない。故に二人は無理の無い程度に攻撃を仕掛けているのだが───。

 

「ああ、くそっ。掠りもしねぇ………」

 

「てか何やってるのよ先生達は!まだ来ないわけ!?」

 

何度か攻撃を当てるチャンスはあった。しかし躱せるはずの無い速度と角度にも関わらず謎のISはとてつもない回避を行っているのだ。

それに、いい加減来ても良いはずの教員は未だに来ない。催促しようにも通信回線も遮断された為に出来ない。もはや意味がわからなかったのだ。

 

「てかコイツなんなのほんと………。ビームを的確に撃ったり撃たなかったり、目的がわからないっての」

 

鈴音の言う通り相手は攻撃を仕掛けたりそうでない時が何度かあった。まるで此方を倒す気が無いような、一種の手加減を感じたのだ。

完全に平行線となった状況だったが、一夏はある疑問を晴らすため鈴音に話掛ける。

 

「………なあ、鈴」

 

「………なによ」

 

「あいつ、なんか機械染みて無いか?」

 

「ISは機械よ」

 

いきなり何を言い出すんだと彼女は首を傾げるが、彼はそれに触れず言葉を続ける。

 

「そういうんじゃなくてだな。えーと………あれって本当に人が乗ってるのか?」

 

「は?人が乗らなきゃISは動かな───」

 

そこまで言った彼女の言葉が止まる。確かに彼の言う通り引っ掛かるものがあったのだ。

 

「───そういえばアレ、さっきからあたし達が会話してる時ってあんまり攻撃してこないわね。まるで興味があるみたいに聞いてるような………」

 

「………」

 

「ううん、でも無人機なんてあり得ない。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういうものだもの」

 

確かにそれは教科書で読んだと彼は肯定する。ISは人が乗らないと絶対に動かないということも。しかし、本当にそうであろうかとも思案する。

ここ十年で技術は飛躍的に進歩した。今最先端の研究でそれが不可能かどうかはわからない。仮に出来たとしても黙っていればそれで終わりなのだから。

 

「でもさ、無人機だからってどうにもならないでしょ。攻撃が当たらないんだからさ」

 

「………さっき鈴が言ってた事だけどさ、多分間違いだと思うんだよ」

 

「は?何が?どこがよ?」

 

「『会話してる時はあんまり攻撃してこない』ってところ、なんか引っ掛かるんだ」

 

彼の言ってる事がまるで理解出来なかった。頭でも打ってしまったのかと失礼な事を考える彼女だったが、彼はそんな事知らずに言葉を続ける。

 

「俺の推測が正しければなんだけどよ………まあ見ててくれ」

 

そう言って彼は謎のISからゆっくりと遠ざかる。その間も相手はビームを撃つ処か接近すらしなかった。

 

「………?」

 

「見てろよ………ここだっ!!」

 

彼は一気にある方向へ向かう。謎のISに接近せず、『Bピット』向かって。

 

『───!?』

 

その瞬間、謎のISが動き出した。阻止するような形で彼に立ちはだかる。

 

「おっと!?」

 

「………なん、で?」

 

彼は謎のISから───Bピットから即座に離れると相手もまた静止する。彼女はこの光景を見て疑問が尽きなかった。

 

「どうやら俺達と戦うんじゃなくて、あそこに行かせたくないみたいだ」

 

「え、でも、なんで?あそこには何も無いはず………」

 

「俺にもわかんねえよ。でも、確実に何かあるのは間違いない」

 

一夏は確信した。謎のISの狙いは自分達では無いのだと。しかしそれでも疑問は残る。

頑なにBピットを守ろうとしている事から『そこにあるもの』が目的なのだろう。その『あるもの』とはなんなのだと。

 

「………とにかく、このままじゃ埒が明かないわ。先生達も来ないし、いっその事あたし達で───」

 

彼女が言い切ろうとしたその時、突如Aピット側のゲートが爆発する。

突然の出来事に二人はその方を向くと、破壊されたゲートからはセシリアが飛び出してきた。

 

「セシリアっ!?」

 

「あんたっ!?何ゲート壊してんの!?そこにコイツが入ったりしたら───」

 

「そんな事はどうでも良いですわ!!!それよりも今すぐBピットに向かって下さいましっ!!!」

 

「Bピット?やっぱりそこに何か───」

 

 

 

 

 

「そのISは囮です!!!柳さんが狙われてましてよっ!!!」

 

 

 

 

 

「───はっ?」

 

「新しい熱源反応が二体!!!そのうちの一つはBピットから出ていますわ!!!そこには柳さんがっ!!!」

 

「───」

 

彼は、彼女の言ってる事が一瞬わからなかった。しかし、その意味は次第に、嫌でも伝わった。

 

 

 

───全く想定していなかった最悪の事態。

 

 

 

───目の前にいる敵の狙いは『織斑一夏』ではない。

 

 

 

───本当の狙いは。

 

 

 

───『柳隆道』。

 

 

 

「あああぁぁぁっ!!!!!!!!」

 

彼は叫び声と共にBピットへ最大加速で飛び出す。隆道の元に向かう為に。しかし───。

 

『迎撃行動を再開』

 

先程まで静止していた謎のISは今までとは比べ物にならないほどの速度で彼の前に立ちはだかる。決してBピットへ向かわせない為に。

 

「そこをどけえええぇぇぇっ!!!!!!!!」

 

彼は凄まじい剣幕で『零落白夜』を発動。立ちはだかる謎のISに向けて自身の全力な袈裟斬りを繰り出す。しかし───。

 

「っ!?!?!?」

 

それはいとも簡単に弾き返され、その巨大な拳で彼を殴り飛ばす。もろに受けた事によって彼はアリーナの壁際、Bピットとは反対側のAピット側まで吹き飛ばされた。

 

「一夏っ!?」

 

「一夏さんっ!?」

 

二人は驚愕を隠せなかった。彼が勢いよく飛ばされた事もそうだが、まるで先程までゆったりだった謎のISが嘘のような高機動を見せつけた事に。

 

「………なんでだよ………どうして」

 

『織斑一夏、セシリア・オルコット、凰鈴音。三名に迎撃行動を開始する。終了条件、最優先事項の達成』

 

「どうしてだあああぁぁぁっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───外部から不正規接続を確認───。

 

───複数端末より疑似信号多数───。

 

───メインシステムに不正規接続多数───。

 

───再起動を実行………不可能───。

 

───操縦者の深刻ナ異常を確認。心拍数不不不不安定。緊…急処置ヲ実行。………不可能───。

 

───深刻なシン的外ショウ後ス*レス障ガイto判dddn───。

 

───自kkko防エイsystem『キョウ犬』を強セイ起dddddddddddd───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ジコボウエイsystem、ハソン───。

 

───システム、キドウフカノウ───。


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