『灰鋼』爆誕。
「な、なんで………」
薄暗い部屋の中央で女性は突然の出来事に混乱せざるを得なかった。
彼女の視線の先には空間ディスプレイが複数あり、その内一つには三つの映像が映っている。
その内の一つには少年少女三人が映っており、彼等の表情は絶望に染まっている。
それについては予定通りだ、何も問題など無い。問題なのは残り二つの映像だ。
その二つの内一つの映像は完全な砂嵐状態となり、真ん中に『LOST』という赤い文字。
そして残り一つには───。
「どう、して………。動けない、はず、なのに………」
───ノイズだらけの映像に微かに映る、黒灰色の機体を纏う青年。
結論から言えば今回の襲撃に加え隆道の専用機『灰鋼』にハッキングを仕掛けたのは紛れもなく彼女だ。
今回は目的の為にわざわざ三体のISを用意した。
『一体目』はそこで行われてる試合に乱入させ囮を、『二体目』と『三体目』にはそれぞれの目的を実行させる為に。
彼女は目的である『少女と青年』がそれぞれ一人になるまで機会を伺ってたのだ。
片方の少女は勝手に外に出てくれたおかげで手間が省けた。そして最も優先される彼は電光掲示板を書き換えて『二体目』が待つ狭い密室に誘導した。
彼女は彼の事を良く知っている。外で捕まえようとすれば確実に生身を駆使して逃げ回るだろう、そうなってはいずれ邪魔が入ってしまう可能性があった。
彼に関しては決して邪魔をされる訳にはいかない。故にISを展開せざるを得ない状況を作り上げたのだ。
そして此方で展開した彼の機体にコア・ネットワーク経由でハッキングを仕掛け、身動きを取れなくする。ついでにあの禍禍しいシステムを消して初期化もさせる、そういう流れだ。
───『コア・ネットワーク』───。
ISコアはそれぞれ相互情報交換の為のデータ通信ネットワークを持っている。元々は広大な宇宙空間における相互位置情報交換の為に設けられたもので、現在は操縦者同士の通信に利用されている。それ以外にも『
───彼女はこれを誰よりも理解している。
だから『灰鋼』にアクセスしてハッキングを仕掛けて機体の動きを止め、初期化を無理矢理実行させることが出来たのだ。
片方の少女についても彼と同じ状況にしたかったのだが、ある理由によって手を出せない。よってやむを得ずそのまま『三体目』を向かわせたのだが、その『三体目』の信号は先程途絶えた。
何が起こったかはカメラ越しに見ていたから把握している、恐らく破壊されたのだろう。しかし、破壊されるまでに映っていた光景は目を背けたくなるほどに悍しいものだった。
少女の元に向かわせた『三体目』が破壊された事だけでも驚愕だが、それを上回る出来事が今目の前で起こっている。
「コア・ネットワークの切断………?コアが自力で………?」
その声は明らかに震えて動揺を隠せてない。自分は切断なんてしてない。何かしらの手違いで中断しないように先程までハッキングを続けていたのだから。
───ならばコアが自ら切断したとしか言いようが無い。
まさかハッキングを中断させる為に自らコア・ネットワークを切断するなど思ってもみなかった。本来ならば有り得ないからだ。
こうなってしまっては面倒だ。此方から切断した訳ではない故に再接続に手間取る。彼女は急いで手を動かした。
「でも、なんで………」
しかし、一つだけ疑問が残る。コア・ネットワークを切断したからといって動けるはずがない。初期化も進んでた事もあって抵抗など出来るはずが無いのにと。
彼女は過ちを犯した。それは『灰鋼』に搭載されてあるコアを軽視した事。
『灰鋼』に組み込まれてる残り一つの不可解なシステムを破壊せずに、『二体目』を接近させた事。
彼を襲った事。『灰鋼』の初期化が中途半端になってしまった事。
───『灰鋼』は、彼は、更に悪化していく。
彼女は取り返しのつかない事をしてしまった。
「………?」
大粒の涙を流しながら叫んだ後目を瞑ってしまった隆道は、敵が未だに近づいて来ない事に疑問を抱いていた。
何故襲って来ない。此方は既に抵抗手段なんて無く、されるがままの状態にも関わらずだ。
数秒経っても来ないのでおそるおそる目を開けると、相変わらずノイズだらけの視界だが微かに敵の様子が見えていた。
「………は?なんだ、それ」
正確に言うと、敵はゲートに繋がっている扉にギャグ漫画よろしく綺麗にめり込んでいたのだ。
全く状況がわからない、何故敵は扉にめり込んでいるのか。危機一髪の所で都合良く誰か救援に来た様子も無い。周囲を見ようともハイパーセンサー越しの視界はノイズだらけなのでよくわからない。だが、先程とは違った事がわかった。
表示されていた多数の信号が止まっているのだ。何故か初期化も途中で止まっていた。
「どうなってんだよ、これ………」
──その時彼は気づいた。視界の中央にある文字が表示されている事に。
───対■■絶対■■障■『番犬』───。
「番………犬………?」
彼はその文字に既視感があった。まさか、敵がこうなっているのもコレのおかげなのではないか。
どのような効果があるかはわからないが、一先ず助かったと安堵の表情を浮かべる。
───シールドバリアー、ゼッタイボウギョ、サイキドウ───。
───キンキュウセイギョシステムキドウ。カドウブ固定解除───。
───パワーアシスト再起動開始───。
「………おおっ!?」
その表示が出た瞬間、固定されていた機体の可動部は自由に動けるようになる。機体に身を任せていた彼は突然の事によろけてしまうが、転けそうになったところでどうにか踏み留まる。
───武装ロック解除。………全武装破損状態。復元開始───。
───ハイパーセンサー再起動開始───。
次々と表示が連続で表れ、ついに視界も鮮明になっていく。ようやく周囲を見ることが可能になったのだが、その光景は異様の一言に尽きた。
「な、なんだこれっ………!?」
なんと、Bピットの床には彼を中心とした半径五メートルのクレーターが出来上がっていたのだ。深さは三十センチと中々の凹み具合である。
『ギギ………』
「っ!?やっべっ!?」
呑気に周囲を見てる間に敵は扉から抜け出せたようだ。顔面に蹴りを入れてもびくともしなかった敵は、今や動きが覚束無く、あちこちに紫電が走っている。
だがそんな事は知ったことではないのだろう。敵は構わずに急加速し近づいてきた。
動けるようにはなったが未だパワーアシストが機能していない、故に回避は不可能。今度こそ駄目かと思った次の瞬間、『灰鋼』の装甲全てが勢いよく展開され───。
───させない………。
『ッッッ!?!?!?』
───けたたましい破裂音と共に彼の周囲は更に凹む。敵は先程と同じ所に向かって殴り飛ばされたように吹き飛び、とうとう扉をぶち破ってしまった。
そしてその直後に表示させる所々読み取れない文字。その文字は次第に変わり、やがて全ての文字が表示される。
───対近接絶対防衛障壁『番犬』───。
───警告。シールドバリアー、絶対防御、機能停止。再起動まで5、4───。
「いったいどうなってやがる………」
『灰鋼』の装甲が全て開いてフレームが剥き出しになったかと思えば敵は弾けるように吹き飛び、直ぐ様視界に表示された機能停止とそれの再起動。
彼はこの状況に混乱せざるを得なかった。まったくもって訳がわからないと。
───貴方は、私、が………!
───1、0。シールドバリアー、絶対防御、再起動───。
再起動と共に装甲は全て閉じ、隙間から煙が噴出する。どうやら発動すると相手を吹き飛ばし、発動後はシールドバリアーと絶対防御が一時的に機能しなくなる模様。自分の周囲が凹んでる理由はわからない。便利ではあるが、それと同時にあまりにも危険だ。操縦者が文字通り剥き出しのままになるのだから。
───パワーアシスト再起動───。
───基本装備復元完了。『焔備』『葵』を常時展開に移行。後付武装復元開始───。
───システムに初期設定多数確認。………『最適化』開始───。
───同時進行。『
「直って………んのか………?それに、最適化………?」
視界に映るのは膨大な数列の数々。それと同時に所々が変化していった。
復元した基本装備は左右それぞれの腰に展開し固定され、腕が、足が、盾が、見る見る内に姿形を変えていく。それは最初こそゆっくりであったが、次第に速度を上げて凄まじい速さで成形されていった。
───ぐ………うぅ………。
───最適化処理を加速。進行度七十ニパーセント───。
───作成完了。『A.S.H』起動───。
───警告。コア・ネットワークの強制接続を確認───。
───警告。外部から不正規接続を確認。………阻止成功───。
───も、もっと………速く………。
───最適化処理を更に加速。進行度八十五パーセント───。
───後付武装復元完了───。
「………」
何が起こっているのかは不明だが、表示を見るからに『一次移行』をしているのだろう。それも目に見えるほど急速に。
既に装甲の成形は完了しており、以前より堅牢な見た目に成り変わっていた。
「まあ、なんだっていいさ………。それよりも………」
機体の事などどうだっていい、今は目の前の敵だ。扉をぶち破ってゲートに放り出された敵は、身体全体に紫電を走らせながらゆっくりとピットに現れた。最初の素早さは既に無く、軋む金属音を鳴らしながらも此方に手を伸ばしている。
「てめえ、さっきはよくもやってくれたじゃねえか」
───警告。システムに異常発生。操縦者のバイタルサイン干渉を確認───。
───自己防衛システム復元開始───。
───っ!?。そ、そんな………!?なんで………!?
───同時進行。新たな機能を複数作成。危険。危険。危険───。
───ま、待って!?駄目!!止まって!?
───緊急制御システム応答無し───。
───自己防衛システム『狂犬』復元完了───。
「てめえが俺の敵だって事はよぉーくわかった。だったらよ………」
心の奥底に眠る『
目の前のコイツは敵だ。ならばすることはただ一つしかない。
「なにされたって文句言えねえよなあ」
───最適化を緊急中断。………不可能。進行度九十四パーセント───。
───機体の強制解除を実行。………不可能───。
───作成完了。■■■■『猛犬』───。
───や、やだ………。お願い、止まって………。
───作成完了。■■■■『⊂Я∀┣┃』───。
───あ、ああ………そんな、こんなはずじゃ………。
───作成完了。『コード・デッド』───。
───最適化完了。『灰鋼』の一次移行を確認───。
───単一仕様能力『
───ひっぐ………。ごめん、なさい………。
「俺だけじゃねえ、織斑にも手を出してるんだ。覚悟しろよ………てめえは、絶っっっ対に………」
───対象を『敵』と認識。■■■■『猛犬』任意起動可能───。
───キドウシマスカ?───。
新たに出現したソレは彼の目の前に赤く表示される。時間が経つにつれて視界が赤く色づき、ついに全ての色が真っ赤に染まる。
彼はその未知な状況に驚きもしない。今の彼にあるのは目の前の敵に対する『殺意』のみ。
その不気味過ぎる表示を、彼は迷いもなく───。
───ごめんなさい………ごめんなさい………。
「ブッ殺ォスッッッ!!!!!!!!!!」
───こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛………!
───押した。
───絶対殲滅『猛犬』起動───。
───操縦者のIS適性値を補正。『C』から『S』に変動───。
───操縦者に痛覚抑制を処置───。
───機体出力上昇───。
───パワーアシスト上昇───。
───ハイパーセンサー感度上昇───。
───
───警告。シールドバリアー機能停止───。
───警告。絶対防御機能停止───。
───警告。救命領域対応機能停止───。
───警告。起動中、具現維持限界による機体の展開解除不可能───。
───警告。機体の稼働限界、残り四分五十三秒───。
───付近の稼働ISに『灰鋼』と操縦者の危険性を送信───。
───操縦者に意識誘導を開始───。
───対象を破壊せよ───。
「イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッッ!!!!!!!!!!」
その雄叫びと共に彼は敵に飛び掛かる。それに対し敵は掴もうと両手を伸ばすが───。
「遅ェッッッ!!!」
寸での所でそれを躱し、敵の顔面に以前放った同じ蹴りを再び繰り出す。
今度は出力等を限界以上に引き出した蹴りだ。敵はよろける処か盛大に吹き飛ばされ、またしてもゲート内を転がり回る。
「さっきまでの威勢はどこいったんだよ、エ゛エ゛ッ!?」
彼もゲート内に入り、未だに這いつくばっている敵の首を掴み持ち上げる。機体の大きさからして持ち上げる事は容易ではないはずだが、パワーアシストが上昇している事によってそれも解決していた。
「オ゛ラ゛ァッッッ!!!」
敵も抵抗しようとするが、それをする前に強烈な打撃が顔面を襲う。またしても吹き飛ばされてしまい今度はステージに繋がる入り口に叩きつけられた。
「随分としぶといじゃねえか………。だったら遠慮なんていらねえよなあ!?!?!?」
敵の顔面はくっきりと拳と足の跡が残っているが未だに立ち上がろうとする。しかし流石に効いてはいるだろう、頭部は他の部位よりも紫電が強くなっていた。
「『鋼牙』ァッッッ!!!」
両手を伸ばし彼は叫ぶように武装を呼び出す。そして現れるは両腕それぞれに展開された二つのダブルパイルバンカー。
そう、『鋼牙』は二つあった。
これが彼が『鋼牙』に拘っていた理由。元々はそれぞれの腕に展開する代物なのだ。
両方を使いこなすにはまず片方のみでの扱いに慣れないといけない。故にここ最近は一人でずっと『鋼牙』の空撃ちをしていたのだ。
正直言うと、彼はこれを扱う事に躊躇いは多少あった。片方だけでも機体処か操縦者そのものに確実なダメージが入るのだ、両方使ってしまったらどうなるかわかったもんじゃない。
───しかし、相手が自分の生命を脅かす『敵』であるなら話は別だ。
先程は二つ展開する事に躊躇したがもう関係ない、遠慮などいらない。確実に仕留める為に左右にある二本の杭───計四本で相手を狙う。
右腕の『鋼牙』を上段に、左腕の『鋼牙』を下段に。四本の杭を水平に構えたその姿はまさに『牙を剥く獰猛な犬』そのもの。
彼は姿勢を限界まで低くし───。
「バラバラにしてやる………!!!」
───敵が立ち上がったと同時に瞬時加速で一気に間合いを詰める。
そのがら空きな胴体に───
「死ネ゛エ゛ッッッッッ!!!」
───加速によって威力が上乗せされた『鋼牙』を容赦無く放った。
第二アリーナステージ中央。一夏、鈴音、セシリアの三人は未だに一体の敵と交戦を続けていたが、突如表示された警告によってピタリと動きを止めた。
その警告は敵にも表示されているのか、出鱈目な動きを止めて隆道のいるBピットを凝視している。
───警告。絶対的脅威を感知。危険度レベル測定不能。撤退を推奨。撤退を推奨。撤退を推奨───。
「な、なに、これ………」
鈴音は見たこともない警告に困惑した。代表候補生になる前も、なったその後もこのようなものは知らない、聞いたこともないと。
だが一夏とセシリアは知っている。この警告がなんなのかを。
通信は未だ阻害されたままだ。故に彼は二人に向かって全力の大声で叫ぶ。
「これは………!セシリア!!!」
「………ええ、恐らく。………凰さん、大至急Bピットから可能な限り離れて下さいまし」
「はあ!?なんでよ!?あそこにはアイツが───」
「だからこそですわ!………巻き込まれない保証なんて無いのですから」
鈴音は彼女の言ってる意味がわからなかった。隆道を救援すべく来たにも関わらず、今度はBピットから離れろと言うのだ。
だが彼女は冗談で言っている訳では無いのだろう。その表情は明らかに青ざめていた。
「………ねえ、アンタこの警告知ってるんでしょ?いったいなんなのよコレは」
「………直ぐにわかりますわ。痛い目に会いたくないのでしたら言うことを聞いて下さいまし」
「だから何を───」
───その時だった。Bピット側のゲートから突然轟音が鳴り響いたのは。
「え、ちょっ、なにっ!?」
「っ!?凰さん、此方に!!」
「ちょ、まっ!?」
なかなか言うことを聞かない鈴音をセシリアは無理矢理に引っ張り全速力で下がる。彼女が疑問に思うのも仕方の無い事だが悠長に説明してる暇は無いのだ。
それに、百聞は一見にしかずだ。自分の目で見た方が早い。
二人がAピット側の壁に向かって退避してる間も再び轟音が鳴り響く。十中八九彼が暴れているのだろう。
セシリアの内心は相当焦っていた。もしあの時と全く一緒であるならば此方も攻撃される可能性がある。故に全力で逃げるしかない。
彼女はその轟音に目もくれず、鈴音を引っ張りつつようやく壁際まで退避。ここまで来れば万が一の事があっても対応は出来る。あとは祈るだけだ。
「とりあえず、ここまで下がれば………」
「は、離してよ!ほんとなんなの!?」
「セシリア!鈴!」
そこに遅れて一夏もやってくるが、彼もまた青ざめた表情であり必死だったのか息も荒い。
鈴音は何が何だかわからなかった。いったい二人は何を恐れているのだろうかと。
「セシリア、この警告ってやっぱり………」
「ええ、柳さんで間違い無いですわね………。ああ、どうか此方に牙を剥きませんように………」
セシリアは両手を組んで祈った。それもそうだ、何せ隆道の恐ろしさを一番よく知っているのは彼女なのだから。
「ちょっと、置いてけぼりとか勘弁して欲しいんだけど!?いい加減説明してよ!!」
「鈴、さっきの轟音は多分柳さんだ。………いいか、絶対に手を出すなよ?流石に助けられないからな?」
「え、なに、やっぱりそんなヤバい奴なの?」
「なんだよやっぱりって。お前、本当は柳さんに───」
───瞬間。二度も轟音を響かせたゲートがついに爆発した。
「「「!?」」」
爆発したゲートからは煙が立ち込め、そこから勢いよく
「ひっ!?あ、あああアレって!?」
鈴音が悲鳴を上げ震えるのも無理もなかった。何故なら、ゲートから飛び散って来たのは無惨にもバラバラになった手足。それらはステージの至る所に散らばり、元がどのような姿だったか最早わからないほど。
そして最後に丸い物体が宙を舞い、ステージの中央に転がり跳ね液体を撒き散らす。
それは頭だった。二ヶ所ほど大きく凹んでおり、いったいどれ程の力をぶつければそうなるのかと疑問に満ちる程に酷い有り様だ。
あまりにも悍しい光景に他の二人も悲鳴を上げそうになるが、そのバラバラになったモノをフォーカスしてある事に気づく。
「………機械?」
バラバラになった手足や首からは真っ赤な肉───ではなく金属片や配線といった明らかに生身など存在しないものが見える。血と思われた液体も目を凝らして見ると真っ黒であり、それがオイルだということは直ぐにわかった。
「人がいない………無人機か!!」
そして転がる頭部を見て一夏はまたしても気づく。その頭部は自分達を足止めした相手と全く同じデザインをしていたのだ。であるならば───。
「セシリア!鈴!やっぱりアイツは無人機だ!」
自分の予想は当たっていたのだ。しかし、だからと言って対策がある訳じゃない。攻撃に遠慮がいらないということになったが、此方の攻撃が当たらない以上策は無いのだ。
───しかし、状況は一変する。
ゲートから飛び出して来たのは煙に覆われた巨大な物体。その物体はステージ中央に迷いもなく突っ込んで転がる頭部を着地と同時に容赦なく踏み潰し、ひしゃげた音を響かせた。
「うわっ………えげつねえ………」
いくら無人機とはいえ、頭部を踏み潰される光景は目に毒だ。頭部を踏み潰した物体は隆道で間違い無いだろう。
物体を覆っていた煙は次第に消えるが、それを見て三人は驚愕に染まる事になる。
「え………?柳、さん………?」
「フーッ、フーッ………あ?なんだよ、人入ってねえじゃねえか」
───彼の髪が
どこまでも黒かった髪はどこにも無く、少しの汚れも目立ってしまうほどの白。何故白髪になってるのか疑問に尽きる所ではあるが驚愕はまだまだ終わらない。
彼の機体『灰鋼』は『打鉄』と姿形に差は殆ど無いはずだ。だが彼が今纏っている機体は以前とは違っていた。
「な、なに………アレ………」
「姿が変わってる………?まさか、
その手足と胸部には分厚い装甲が追加され、浮遊シールドは以前の倍ほど巨大で真横からなら全体を覆うほど。スカートアーマーもより堅牢な見た目となっており、生半可な攻撃ではびくともしないだろう。
右腰には打鉄の基本装備である『焔備』が、左腰には『葵』が装着され、両腕には一つしか無いと思われていた『鋼牙』が装備されている。
まさか『鋼牙』が二つあるとは一夏は思っても見なかったが、それに驚いている場合ではない。
「ああ、やべえ………」
変わり果てた『灰鋼』は装甲が鈍く発光。血管を彷彿とさせるラインはより細かくなり、色も黒ではなく赤となって点滅している。
その姿を見て隆道の状態を知っている二人だけでなく、側にいた鈴音も不安に駆られた。
鈴音は隆道の事をよく知らない。だが彼女自身が持つ『勘』によって身体がこれ以上無い警告を発しているのだ。
「………」
隆道は三人を見向きもせず顔だけを宙に浮く敵に向ける。彼は敵を見るなり顔を一気に歪ませ───。
「次はてめえだ、くそったれぇっっっ!!!」
───目にも止まらぬ速さで飛び掛かった。
『行動継続不可能。離脱』
敵は諦めたのだろうか、逃げる為にその場から頭上に向けてビームを放ち強烈な爆発音と共に遮断シールドに穴を開け急上昇する。
その速度は爆発的な速さだ。高機動特化の機体でも追い付くのは難しいだろう。
「逃げてんじゃ………」
───だが今の彼は敵を逃がす筈がない。
「ねえっっっ!!!」
彼は瞬時加速を用いて一気に詰め寄る。その光景を見ていた三人はいつの間に瞬時加速を覚えたのかと先程から驚愕が止まらないが、そんな三人を余所に彼は敵に追い付き足を掴んだ。そしてそのまま地表に向けて───。
「落ちろぉっっっ!!!」
───思い切りぶん投げた。
『ッッッ!?!?!?』
敵が地表に叩きつけられた事によって凄まじい轟音と共にステージは地震が起きたように揺れる。それによってアリーナ内から悲鳴が聞こえたような気がしたが、そんなこと彼にとってはどうでもいい。
地表に半分埋まった敵の目の前に彼は降り立ち、首を掴んで引っこ抜く。もはや嬲り殺しに近いそれは目を反らしてしまうほどだ。
「のこのこと侵入しといて都合が悪くなると逃げるってか。逃がすと思ってんのかよ」
首を掴まれた敵は必死に藻掻き離れようとする。だが彼の腕はびくともせず、決して離れる事はない。
「………『悽愴月華』」
───その言葉を呟くと同時に彼の右腕は赤黒く発光しだす。
『ギギギッッッ!?!?!?』
その腕に掴まれた敵は全身に紫電が走り藻掻き苦しむように暴れ回る。しかし首をガッチリと掴む手は一向に離れる気配は無い。次第に紫電は強くなっていき、敵の抵抗が弱まった所で───。
「これで終わりだ、くそったれ」
───空いた左手で敵の胸を貫いた。
『ガ………ギ………───』
胴体を貫かれた敵は完全に沈黙し、彼は貫いた手を乱暴に抜くとその場に崩れ落ちる。その手には球体のような物を掴んでいた。
「「「………」」」
静寂。三人がかり───内二人が代表候補生にも関わらず傷一つ付けられなかった敵は隆道の手によってあっさりと終わってしまった。
だがまだ安心は出来ない。彼の機体は未だ発光しているままだ、此方を攻撃するかも知れない。
───しかし、それも杞憂に終わる。
「………」
───『敵』の殲滅を確認。『猛犬』を解除。ダメージレベルD───。
隆道の機体は点滅と発光を止め、紫電が一瞬走って直ぐ解除された。機体が消えた彼は疲労が溜まっていたのか、その場で崩れるように大の字になる。
「っ!?柳さんっ!?」
あまりの出来事に思考が追い付かないが、今は彼の安否が優先だ。混乱を振り払い一夏は彼の元へ駆け寄る。
「あ゛ー、しんど………」
「だ、大丈夫ですかっ!?どこか怪我は!?その頭はッ!?さっきのはいったいっ!?」
「ま、待てって………いっぺんに、聞くんじゃ、ねえ………」
反応から見るに今の彼は正気だ。見たところ怪我をしている様子もなく、それがわかっただけでも安心だった。
一夏は緊張の糸が切れたのか、その場で尻もちをついてしまう。格好つかないが、もう敵はいないのだ。これくらい許されたって良いだろう。
「と、とにかく………無事で良かったです、ほんとに………」
「今回は、マジで、ヤバかったぞ………。いきなり襲われるわ、機体は一度ぶっ壊れるわ………直ったのにまた壊れたけどよ。どんだけオンボロなんだよ」
「………なんか、色々と聞きたいんですけど、今は取り敢えず一つだけ………。その髪は………?」
「髪………?ああ、いつの間に………」
彼は自身の髪を弄くりながら大して驚きもしない。まるで昔からそうだったかのようだと一夏は思えた。
「あー、もしかして言いにくい事だったりします?」
「いや?………いつだったかな、ある日を境に色が抜けたんだよ。全部」
「ぜ、全部ですか………?」
「ああ、綺麗さっぱりにな。まーた染め直さねえと」
そんなことがあるのだろうかと一夏は疑問に思う。だが現に目の前の彼は真っ白なのだ。嘘をついてる様子も無い。
「………取り敢えず、今日はもう疲れました………。寝て良いですか?」
「どーせ事情聴取でもあるんじゃねえの………?絶対寝かせてくれねえぞ………」
「うっへぇ………」
織斑一夏のデビュー戦は、突如現れた侵入者によって台無しとなる結果に終わった。
(そういや、もう一体はどうなった?直った時には反応無くなってたしな………)
「お?ようやく反応が消えたぁ」
第二アリーナ付近で『三体目』と遭遇していた日葵は、紫と白と青、そして桃の四色を彩る機体を纏い
「いやぁ、なんか違和感があると思ったけど無人機だったなんてねぇ。予想外だなぁ」
彼女だけを見たらISを展開して日向ぼっこをするという微笑ましい光景であったが、その周辺は悍しいの一言に尽きた。
所々の地面や壁はクレーターや大きな亀裂が深く残り、辺り一面には『三体目』であろう残骸やオイルが無惨にも飛び散っている。
そして彼女が座り込む
『───』
四肢を失い頭部や胴体がズタズタになった『三体目』であった。既に事切れているのかピクリともしない。
「フーンフフーン♪」
彼女の右手にはそれなりに大きい『斧』があり、オイルがこびり付いている。それを先程からジャグリングするかのように遊んでいるのだ。端から見れば『危ない女』である。
「………」
彼女は何を思ったのか。ふと、動かなくなった『三体目』を凝視し───。
「えいやっ」
頭部に向かって『斧』を振り下ろした。ひしゃげた音と共に頭部は真っ二つに割れそこからオイルが噴射する。
訂正しよう。彼女は間違い無く『危ない女』だ。
「さっきの警告はどこからかなぁ?イヒヒ」
彼女の機体にも隆道の警告は流れていた。しかし、彼女は別に思うところはない。そんなこと自分には関係など無いのだ。
「あぁ、待っててねぇにーに。もう少し、もう少しで───」
彼女は頬を赤く染め、自身の首に付いている
───彼女の首元には、パネルの付いた鉄の首輪があった。