取り敢えず大惨事は終わりを告げます。
しかし、日曜編はまだ終わらない……!
いい加減にしろ作者……!
そんなんだからお気に入り登録者がごっそり減ったり評価が下がったりするんだ……!
絶対それだけじゃないだろうけども……!
あと一話、あと一話で"オリ主の日曜編"は終わるんです……!
許して下さい、読者の方……!
約四年前。とある地域は過激派とも言える女性達の横暴で溢れており、街に住む住民は彼女達に怯えていた。
女性優遇制度によって権力に溺れた彼女達からいきなり命令される日々。一度従ってしまえば今後一生『飼い犬』の烙印を押され服従の道を辿り、逆らってしまえば社会的に抹殺され、時には彼女達が従える『飼い犬』によって執拗な嫌がらせや暴行を受ける始末。男性処か彼女達を良く思わない女性にも牙を向ける見境なしの様々な暴力の前に、住民達は為す術が無かった。
そんな絶望に染まった地域に運悪く引っ越して来たのは、心が壊れてしまった隆道。中学時代の暴力事件から直ぐの事である。
当時、女性不信が絶頂期であった彼は彼女達の横暴に逆らい直ぐに捕まった。今の時代、女性に訴えられれば有罪判決は不可避。外に出る事など不可能になるはずだった。
──しかし、何故か彼は罰せられる事なく解放された。
彼女達に逆らって捕まっても数日もしない内に解放される隆道。それを何度か繰り返し、埒が明かないと踏んだ彼女達は自分達が率いる数人の『飼い犬』を放ち、彼に攻撃を仕掛けた。
しかし、その結果は全員病院送りという返り討ち。彼は傷害罪で捕まるも直ぐに釈放されるという彼女達の駒が失っただけの大失敗だった。
何度繰り返しても結果は同じ。どんな手を使って彼を牢屋にぶち込んでも直ぐに解放され、新たな『飼い犬』を放っても返り討ちに合う。この事に流石の彼女達も困惑した。
そのような事が続き一年と数ヶ月経った令和元年五月、反撃に留めていた彼は報復に走る。
正体を掴ませない為に外では必ず染めていた髪を意図的に白髪にし、顔をマスクで隠した彼は横暴を働く女性達に襲撃を仕掛けた。二度と外へ出歩けない様、徹底的に。
ある者は人前に出れない程に顔面を切り刻み、またある者は生活に支障を来す程の深手を負わせたりなど力の限りを尽くした暴力。彼女達は素顔を隠した彼を『髑髏』と呼び、恐れた。
彼女達は自分達を襲う『
そこから始まるたった一人の『髑髏』と、彼女達が率いる『飼い犬』の争い。月日が経つにつれて一人だった『髑髏』は次第に勢力を増やし、その争いは激化。負けじと『飼い犬』も数を増やし、武器を持ち、喧嘩だったそれはやがて抗争へと変わっていく。警察ですら手に負えなくなったそれは、止まる事は無かった。
その地域は逆らう犬が潜む場所という意味を込めて『野良犬の巣窟』と呼ばれるようになる。
これが『髑髏』の始まり。自らの居場所を守る為に、彼等は敵に容赦の無い牙を向ける。
その争いは、三年経った今でも続いている。
殺意を全開にする隆道と春日。怒声と共に走り出し、互いに斬りかかったのはほぼ同時であった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!」
「お゛お゛お゛お゛お゛っっっ!!!」
隆道のマチェットと春日の大型ナイフ──通称ボウイナイフは刃を交える。金属音が響き渡り、互いのナイフは弾かれる事なくその場で膠着。押し合い状態となる。
「ぐおぉ……!!」
「んぎぎ……!!」
「でやぁっっっ!!!」
「──んなぁっ!?」
その押し合いに惜しくも敗れたのは隆道。彼は体勢を崩し仰け反ってしまう。春日はそのチャンスを逃す訳がなく追撃を放つ。狙うは胸へ向けての薙ぎ払い。
「先ずはいち──」
「──ぜらぁっっっ!!!」
「──だぁっっっ!?!?!?」
しかし、それは彼に届かない。踏ん張りによって無理矢理体勢を立て直し、身体全体を駆使した斬り上げにより春日の薙ぎ払いよりも速く斬りつける。反撃を受けた春日は大きく仰け反り、動きを止めた。
「ぐ、おぉ………!!」
「ウ゛ラ゛ァッッッ!!!」
チャンスを逃さないのは春日だけではない、彼も同じである。怯む春日に向けて急接近、全体重を乗せた振り下ろしを──。
「──あめぇっっっ!!!」
「──ぐぉあっっっ!?!?!?」
──当てる事は出来なかった。
刃が触れる直前に春日の蹴りが炸裂。胴体に直撃し、数メートル程大きく吹き飛ばされる。
「あぁっ!?」
「柳君っ!?」
「ぐ……あ、ああ……」
まるで車にでも撥ねられたかの様な吹き飛びに真耶と菜月は叫ぶ。打ち所が悪かったのか、彼は立ち上がりはするも腹を押さえたままだ。
「おうおうおうっ!! お得意の回避はどうしたんだぁ、ええ!?」
「ぐ……こ、この筋肉ダルマが……!!」
春日の蹴りに反応は出来たが回避は出来なかった。だがそれも仕方ない事なのだろう。
何せ、先程までの戦闘により拳銃弾を五発、散弾を八発も受けていたのだ。防弾ベストとISスーツのおかげで弾丸を防ぐ事は出来ても衝撃によるダメージは残る。現に彼の身体はスーツで隠れているが、全身アザだらけだ。おまけに撃たれた事による精神ストレスと疲労もあって回避が難しくなってしまった。
『危険察知』はあくまで自身に降り掛かる危険や脅威を察知するもの。回避出来るかどうかは己次第なのである。
「ぼさっとしてんじゃねえぞっっっ!!!」
「──っ!?」
「死ねぁっっっ!!!」
腹の痛みに耐える彼であったが、相手はそんな暇を与えてはくれない。気がつくと春日は目の前まで接近、刃は目前へと迫っていた。寸での所でこれに反応し、マチェットを盾に防御を取る。
「──ぐっ!?」
「まだまだぁっっっ!!!」
「──っ!?!?!? ぎ、あ゛あ゛……!?」
しかし、相手の腕力は出鱈目な程に強大だ。受け止めた事により多少なりとも怯んでしまう。そこからの更なる追撃も防御するが、マチェットが耐えられなくなったのだろう。高い金属音を響かせ、勢いよく折れてそのまま胸を斬りつかれる。ISスーツは防弾機能はあれど防刃機能は皆無、当然ISスーツは裂かれ肉にまで届いてしまった。
斬られた事により怯む彼に向けて大男は追撃。鋭利な刃による突きを繰り出す。
「貰っ──」
「──オ゛ラ゛ァッッッ!!!」
「──おぉっ!?」
しかし、彼とてやられるばかりではない。勢いに任せた蹴りを放ち、大男のナイフを蹴り飛ばす。そしてそこからの──。
「フンッッッ!!!」
「──うごっっっ!?!?!? てんめ、おらぉっっっ!!!」
「──どわっっっ!?!?!? こんの野郎がぁっっっ!!!」
──ノーガードの殴り合いである。
「このっ! 野良犬がっ! いい加減っ! とっととっ! くたばりっ! やがれぇっ!!」
「誰がっ! 野良犬だっ! 飼い犬はっ! 飼い犬らしくっ! 犬小屋にっ! 帰れぇっ!!」
「んだとてめえええぇぇぇっっっ!!!」
「なんだこらあああぁぁぁっっっ!!!」
防御を無視した殴り合い。互いの拳が交互に顔面や胴体にめり込み、辺り一面に血を撒き散らしていく。
数十回の殴り合いをし、二人はふらふらになりつつ取っ組み合いに移行。またしても膠着状態となる。
「あ゛あ゛、くそっ……。ほんっとタフだなてめえはよぉ……!! 野良犬だなんてもったいねえよなぁ、ええ……!?」
「ぐうぅ……。それは、てめえもだろうが筋肉ダルマ……!! 飼い犬よりゴリラにでもなってバナナ食ってた方がお似合いだなあ……!!」
「減らず口をぉ……ぐぐ……!!」
「ぎ、ぎぎ……」
取っ組み合いのまま睨み合う両者。既に互いの姿はボロボロであるが、そんなこと少しも気にしていない。彼等にあるのは、相手に対する殺意のみ。
「はぁ……はぁ……しっかしよぉ隆道ぃ。俺と取っ組み合いをしたのは間違いだったなぁ……?」
「あ゛あ゛……?」
「俺も……万全って訳じゃ、ねえけどよお……」
「……やっべっ!?!?!?」
春日はにたりと大きく笑みを浮かべた。一瞬何をと考えたが、その意味を理解し彼は青ざめる。
大男がしようとした事を察し、直ぐ様抜け出そうとするが──もう遅い。
「てめえ位の人間ならぁっっっ!!!」
「おわっ!?」
「持ち上げる事なんざ造作でもねえんだよぉっっっ!!!」
大男は体勢を変え、彼をいとも簡単に持ち上げた。そしてそのまま壁へ向かって走り出し──。
「ぅぉぉぉぉぉおおおおおっっっ!!!」
「こ、このやろ──」
「どっっっせいっっっ!!!」
「──だぁっっっ!?!?!?」
「「あぁっ!?」」
──勢いよく放り投げ、壁に叩きつけた。
壁に叩きつけられた彼はそのまま地面に落下し、血を大量に吐いてしまう。最早フェイスマスクは血によって真っ赤だ。
壁への叩きつけは防御もへったくれもない。常人ならばこれで御陀仏なのは間違いないだろう。
しかし、彼も春日と同様に屈指のしぶとさを持つ故、これ位なら気絶などしない。
直ぐに立ち上がろうとするのだが、相当のダメージが入ったのか動きが鈍く、膝をついたままであった。
「あ゛あ゛……くそったれ──」
「アタックチャーーーーンスッ!!!」
「──っ!?」
「うっしゃあああぁぁぁっっっ!!!」
隙だらけとなった彼に向かって全力疾走をする春日。止まる事を考えないそのフォームからして何をするのかはわかりきっていた。
(あ、アレはやべえ……!!)
彼の『危険察知』はソレに対し最大限に反応していた。回避せねばと悲鳴を上げる身体に鞭を打つ。骨が軋む音を感じつつ、ようやく立ち上がったのだが──またしても一足遅かった。
ふらつく彼に向けての突進。春日が繰り出すのは──。
「車のおおおぉぉぉ──」
「こっち来んじゃね──」
「──お返しだあああぁぁぁっっっ!!!」
「──がぁっっっ!?!?!?」
──全身を武器にした殺人タックルだ。
身長二メートル、体重百キロ以上の大男による全身全霊のタックルを受けた彼はまたもや壁に激突。凄まじい破砕音と共に壁を突き破り、二人は壁の奥へと消えていった。
「あ……あ……」
「や、柳……君……?」
彼女達二人は怒涛の展開に愕然とするしかなかった。刃物での斬り合いから瞬時に殴り合いに切り替わり、血塗れとなった二人は壁の中へと消えていった。まるで映画のワンシーンでも見せつけられているのかと思ってしまう。
止まなかった二人の怒声は漸く止んだのだが──それもほんの少しだけであった。
「──あ゛あ゛っ!? てめえまだ生きてんのかよっ!? いい加減にしろやぁっっっ!!!」
「うるっせえこの筋肉ダルマァッッッ!!! 髑髏の頭舐めんじゃねぇぇぇっっっ!!!」
「このや──い゛っでぇっ!?!?!? てめ、まだ武器仕込んでやがっ………!?」
「この馬鹿がっ!!油断してんじゃ──があぁっ!?!?!? こ、こんのおおおぉぉぉっっっ!!!」
穴の開いた壁の中から聞こえるのは二人の怒声。その他にも何かが崩れる音、割れる音、砕ける音、金属が搗ち合う音などが何度も鳴り、それは止む事を知らない。
「────! ────!! ────!!!」
「────! ────!! ────!!!」
しばらく続く二人の怒声。それらは次第に遠くなっていく──と思いきや、段々と近づいていき──。
「ぐぉわっっっ!?!?!?」
「だぁあっっっ!?!?!?」
「──ひいっ!?」
──二人は取っ組み合いのまま、別の壁を突き破って戻ってきた。
構内を転げ回る二人。隆道の顔面は血に染まり肌が見えない程に赤く、ジャケットはより一層ズタズタとなりあちこちに切り傷が見え、肩には突き刺さっている刃物の様な何か。対して春日は同じく顔面が真っ赤で服もズタズタ、あばら辺りに小型のナイフが刺さっていた。
満身創痍と化した二人は立つ事すら困難なのか、立ち上がっては倒れるを繰り返す。その姿は生まれたての子鹿の様である。
「あ゛……お゛お゛……。て、てめえ……マジで、どんだけ、しぶと……いんだよぉ……!?」
「い゛っでぇなくそったれ……。てめえ、も……いい加減に……諦め、あ゛あ゛っ……!!」
どれだけボロボロになろうとも立ち上がろうとする彼。彼女達はもう見ていられなかった。
もうこれ以上は止めてくれ、傷つかないでくれと願うが、それは決して叶わないだろう。彼女達の声は彼には届かないのだから。
「あ゛あ゛……ん゛ん゛っ!!」
「だら゛ぁっ!! あ゛……ぐっ……」
刺さっていた刃物を勢いよく抜く二人。鮮血を撒き散らし両者は漸く立ち上がるが、先に動けたのは大男の方だ。彼は未だにその場でふらついている。
「ふぅーーっ……。しゃあねえ、サシは……ここまでだ。そろそろ仲間も来る頃だろうしよぉ」
「はぁ……はぁ……あ゛あ゛?」
「このまま、やったって決着……なんかつかねえよ……。てめえがいつISを使うか、待ってたんだが……
「……!」
ふらつきながらも懐に手を伸ばす春日。そこから取り出したのは──拳銃。ソレを力なく彼に向ける。
「これなぁ、てめえの護衛が……持ってたもんなんだよぉ……。撥ねられた、時に……落としちまったんだが……さっきそこで殺り合ってる時に見つけてなぁ、拾っといたって……訳ぇ……」
「そんなもんで俺が怯むとでも……!」
「思っちゃいねえよぉ。このまま……てめえを撃ってもいいんだが、IS持ってんだろ?使われたら拳銃なんて意味ねえしなぁ。……尤も、その格好を見るに……使う気なんてねえだろうがよぉ」
「……」
「IS嫌いのてめえが、ISを使うとは思えねぇ。かと言って、使われない保証なんて、ねぇ……。一応、使われた時の対策は、あるにはあるが……不安要素は、取り除きたいんだよぉ……。例えばぁ、
そう言って春日は銃口を彼から外し──今度は彼女達に向ける。
「「──っ!?」」
「あー……。ここでそうきたか……」
「ありきたりだが、まあ……しゃあねえだろぉ。つー訳でだ隆道ぃ、さっさとISを寄越しな。もしかしたら人質は解放されるかもしれねえぞぉ?」
「……ほんっとてめえは犬畜生だな」
春日の畜生ぶりに思わず溜息をつく隆道。人質を使われる事は予想していたが、このタイミングは中々くるものがある。増援が来る前に目の前の大男だけでも片付けておきたかったが、その望みも潰える。思うように動く事が出来なくなってしまった。
未だに気絶している護衛は別として、彼女達二人は彼にとって敵だ。しかし、今回に関してはこの争いに全くの無関係である人間である。それが彼の中にある少ない理性にストッパーをかけたのだ。
彼は、敵であれど脅威に晒されている無力な人間を気にも止めない外道ではない。
父親譲りである、自分よりも他者を優先する考えを持つ人間。それが柳隆道。
当然、彼が選択した行動は──ISを渡す事。勿論、渡したところで人質が助かるとは思ってはいない。どの道殺されるのがオチだ。
しかし、
目の前の大男は『灰鋼』を要求している。
間違いなく、
「ほら、さっさと……出せよ。俺は気が短え事ぐらい……わかってるはずだ」
「……ん」
「だ、ダメよ柳君!? ISを渡すなんて!?」
マスクをずらし、首元に手を入れる彼を止めるべく菜月は叫んだ。
貴重なISを見知らぬ人間に渡すなど大問題処の話ではないが、それ以上に彼自身が危うくなる。渡してしまったら──全てが終わってしまう。故に、何がなんでも渡させまいと叫ぶが──。
「ISを展開して逃げてっ! どの道──」
「うるせえ」
「──っっっ!?!?!?」
──彼女の声は一発の銃声によって遮られた。
「い゛っ……ああぁっっ!?!?!?」
「榊原先生ぇっ!?」
「すこーし黙っててくれねえかぁ? 俺はな……隆道と話してんだよぉ……」
「……」
春日の放った弾丸は彼女の肩に命中。ISスーツ等の防護服を着ていない彼女は今まで受けた事の無い痛みによって悶える。撃った本人は勿論、隆道ですらその事に驚きもしていなかった。
「こ、こんな……なんて酷い……!」
「おーい、隆道ぃ。俺って射撃下手くそ……だからよぉ。次撃ったら、もしかしたら頭に当たっちまうかもなぁ……?」
「や、柳君……。わ、渡しちゃ──」
「おい牛眼鏡、死にたくなきゃ黙ってろ」
泣き顔で訴える真耶を尻目に、彼は首元にある首輪──専用機『灰鋼』を取り出し春日に見せる様に翳す。その行動に一切の迷いは無かった。
「……ぷっ、はは、はははぁっ! 話には聞いていたがマジで首輪なんだなぁっ!?てめえこそ正真正銘の飼い犬じゃねえかよぉっ!!」
「……それに関しては否定……出来ねえ……。このくそったれのせいで、色々……苦労してんだからな……」
彼は自分の専用機に対し、愛着などこれっぽっちも無い。データ採取の為に無理矢理持たされている、ただそれだけである。思い入れなどある訳がない。
ISが"パートナー"などあり得ない。
どこまでいっても所詮"物"だ。
人に使われる"道具"だ。
人を傷つける"武器"だ。
全てを蹂躙する"兵器"だ。
故に、粗雑に扱っても決して心は痛まない。
故に、利用する。『
春日の要求通り、彼は首輪を──。
「そんなにコイツが欲しいんだったら──」
「だ、ダメ──」
「──くれてやるよ」
──放り投げた。
鉄の首輪は放物線を描いて地面へ落ち、無機質な音を奏でる。数回ほど跳ね、春日の足の手前で静かに止まった。
「……ほう、随分潔いな」
「そんな……どうして……!」
「柳、君っ……!」
隆道の行動は春日を感心させ、真耶と菜月を驚愕させるのには充分であった。
世界に一つしかない、彼だけのIS、彼の専用機。それを彼は何の躊躇いも無く手放したのだ。ISに関わる者からすれば信じられない、あり得ない行動だ。
「てめえのIS嫌いには感心するなぁ。すげぇよ、ホントすげぇ。どれだけ貴重な代物でも関係ねぇってかぁ?」
「……一応聞くぞ。人質はどうすんだ」
「そんな事……わざわざ言わせんのかぁ?」
「はあ、だろうな」
元から期待はしていなかったが、やはり春日は人質を解放する気など無かった。そもそも、『かもしれない』と言っただけであって約束などしていないのだから嘘はついていない。
(もう……)
本日二度目となる絶望に襲われる真耶。自分が浅はかだったばかりに捕まってしまい、結果このような事態となってしまった。
知りたかっただけなのに、助けになりたかっただけなのに、全てが空回りし彼は傷ついていく。それ処か、今回は同僚も怪我を負ってしまった。
(私は、無力……です……)
嘆いたところで現実は変わらない。どうしようもない。どうにも出来ない。
彼女は──自分の無力さを恨んだ。
「さってと……。動くんじゃ、ねえぞ」
「……」
滴る血を振り払いながら『灰鋼』にゆっくりと左手を伸ばす春日。隆道は行動を起こす素振りも見せず、黙って見続けている。それを疑問に思わない春日はついに──。
「よっと」
──『灰鋼』を掴み取った。
「しっかし、ホントISって不思議だよなぁ。こんなちっこいのからあんなデカブツに──」
「──はんっ」
「──あ?」
春日は、隆道がほくそ笑む声を聞き逃さなかった。顔を上げると──。
「……」
──そこには嗤っている隆道の姿が。
「なんだぁ、てめえ……。何がおかしい」
「……なあ、こういう言葉を知ってるか?」
「……あん?」
──
──彼が呟いた、その瞬間。
──私にぃ……!
『登録者以外の接触を検出。システム作動』
「──あ?」
──触るなぁっっっ!!!
首輪から機械音声が流れ、電子音を鳴らすと共に赤く点滅。春日の左手は──爆ぜて散った。
『へえ。世界最強ともあろうお方が怪我なんて珍しい事で』
『嫌味全開だな……まあいい。それよりも良く聞け。その『灰鋼』は、もうお前しか触れる事が出来なくなってしまった』
『あん? ……おい、まさか──』
『ああ、また新たな機能が発現した。今度は登録操縦者……つまりお前以外の人間が触れると
『……下手すれば吹き飛ぶってか。……はは、もう何でもありじゃねえか。いつか俺自身を乗っ取るか、あるいは殺す日が来るかもな』
『柳……この事は委員会に報告したのだが──』
『みなまで言うんじゃねえ。どうせデータ採取が優先なんだろ。だから俺をここに呼んだ、そうだろ、ええ?』
『……すまない』
『謝るなって言ってんだろ、いい加減に学習しやがれ。……上等だくそったれ、お望み通りとことんやってやろうじゃねえか……!』
『柳……』
「──えっ」
「──なっ」
真耶と菜月の二人は、目の前で何が起こったのか理解出来なかった。それは今まで遭遇した事の無い不可解なものだったのだから。
「──はっ? はっ? はっ?」
状況を理解出来なかったのは春日もだった。首輪が突然爆発音を構内に響かせ、いつの間にか自身の左手が丸ごと無くなっているこの状況。思考が完全に止まってしまったのだ。
「──……っっっ!?!?!?」
数秒の時間が経ち、左手を失った事を漸く理解して言い様の無い激痛に襲われる。今まで感じた事の無い痛みは大男を大きく悶えさせた。
「あ゛っ!? あ゛ぁ゛っ!? 手っ……!?」
春日は意識を左腕に集中せざるを得なかった。それ以外の事など考える余裕が無くなったのだ。
故に──。
「──っ!?」
「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!」
──隆道の接近を許した。
「春日あああぁぁぁっっっ!!!」
彼が持つのは、接近の際に拾った散弾銃。弾切れ状態の為、当然ながら撃つことは不可能。
しかし、問題は無い。弾が無くともソレは武器として充分に機能を発揮する。
両手で散弾銃の銃身を持ち、バットの様に構える。狙うのは悶える春日の顔面。そこへ目掛けてフルスイングを放つ。
「ッラァッッッ!!!」
「──ばごぉっっっ!?!?!?」
人体の急所の一つである顔面への全力強打撃。凄まじい音と共に春日は血を撒き散らし大きく仰け反る──が、倒れない。
「お゛っ……──」
「ウ゛ォ゛リ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「──ぶぶぶうぅっ!?!?!?」
フルスイングによって銃床が折れた散弾銃を捨て、次に繰り出すのは拳による怒涛の連撃。それにより春日は大きく怯み後退る──が、膝をつくだけでまだ倒れない。
「オ゛ゥ゛エ゛……──」
「っこの、いい加減にぃぃぃっっっ!!!」
彼は未だ倒れない春日に向かって跳躍。完全に仕留める為に全身全霊の打撃を叩き込む。
今度は拳ではなく蹴り。それは、かつて無人機に対して放った殺人的な蹴り技。
残りの力を振り絞り自身を回転させ、脚力に物を言わせた全力の蹴りを──。
「──寝てろぉっっっ!!!」
「──べぇっっっ!?!?!?」
──春日の顔面へ向けて放った。
容赦の無いそれを受けた春日は大きく吹き飛び壁に叩きつけられ、蹴りを繰り出した彼は地面に着地するもバランスを崩し倒れる。
「あ゛っ……お゛っ……」
「あ゛あ゛、はっ……はっ……」
「……む゛ぅ──」
壁に寄り掛かる春日は暫く身体を震わせその場で佇む。そして──とうとう崩れ落ちた。
「──」
「……くそったれが」
完全に沈黙した春日。様子からして起き上がってくる事は無いだろう、彼は遂に倒したのだ。
──しかし、まだ終わらない。
「うっわっ!? なんっだこれっ!?」
「おい、全員血だらけじゃねえか……!?」
(ああ、くそっ……来やがったか……)
春日を倒した直後に聞こえたのは、外から聞こえる複数の青年の声。そう、とうとう『飼い犬』の増援が来てしまった。
春日は倒したがこのままでは袋叩きだ。故に、彼は気力だけで起き上がる。
「……っ! おい、奥に……!」
「春日さんっ!? それにてめえっ……!?」
「……よお、てめえら。随分遅かった、じゃねえか」
入り口に佇む増援の数は二十人。満身創痍となった今、人質を連れて逃げる事は非常に難しい。ならば、立ち向かうしかない。今の彼に出来る事は、一人でも多く八つ裂きにする事だけだ。
「てめえが……やったのか……!」
「ほら、来いよ……。纏めて相手してやる」
「……隆道ぃぃぃぃぃっっっ!!!」
青年の怒声を合図に二十人が彼に向かって一斉に走り出す。
一対二十。手負いの彼に勝算など有りはしない。威勢は良いがもう一歩も動けないのだ。それでもやらなければならないという、最早意地であった。
──しかし、彼はもう戦う必要はない。
「待ちやがれコラァッ!!」
「──っ!?」
隆道と青年達の距離が残り十メートル付近に差し掛かろうとしたその瞬間、彼等の後方から一つの怒声。全員がその方向を見ると、一台のバイクが入り口から飛び出してきた。
「──あぶねっ!?」
「っしゃあ間一髪っ!!」
「なっ、何だコイツっ!?」
そのバイクは彼等の間を一気に通り過ぎ、見事なテクニックで隆道の前で急停止し彼等と向かい合う。またがる人物は黒のフルフェイスヘルメットに黒のジャケットという黒ずくめ。長いレザーケースを背負うその姿を、彼は良く知っている。
「──っ!? お前、
「髑髏が一人、『突撃の治』推参っっっ!!! そしてぇっっっ!!!」
「こ、こいつ! 銃──」
「──先手必勝ぉっっっ!!!」
「──ぎゃっっっ!?!?!?」
バイクにまたがる青年──治はヘルメットのバイザーを上げて直ぐに背中に手を伸ばし、レザーケースから長い物体──散弾銃を取り出す。そして彼等に向けて躊躇無く発砲、一人の青年は肩に被弾し、叫びと共に倒れる。
「や、やりやがった──」
「ボケっとしてんじゃねえっ!! 来てるのは俺だけじゃねえんだぜっ!?」
「「「「──う゛っっっ!?!?!?」」」」
「──っ!?」
バイク乗りの男が叫んだ瞬間、突然と風を切る音が聞こえた。その直後に数人の青年が、まるで横から殴り抜かれたように倒れたのだ。その理由は、倒れた青年達を見て直ぐに理解する。
「──っ!? 矢……!?」
それは金属の矢であった。一人一人が三本以上にも及ぶ矢が刺さり、その場で悶え苦しむ。青年達は直ぐにその矢が何なのかを察する。
「ほ、他にも──」
「おう、くそったれ共っ! 周りを良く見なっ!」
「──っ!?」
気がつけば、大勢の男女が左右後方と青年達を囲んでいた。その全員が髑髏のフェイスマスクに黒のレザージャケット。その数──なんと四十七人。
ありとあらゆる近接武器を持つ青少年が二十人、クロスボウを持つ男女が十八人、散弾銃を持つ青年が九人。『飼い犬』達はもう──逃げられない。
「お前ら……何で──うおっ!?」
「柳さん、此方へ!」
「後は馬場さん達に任せて今すぐ手当を!」
「お前らまで……!?」
何故、
「ちょ、待て……い、いでで……!?」
「ああっ動かないで下さい! ちょっと、もっと早く引っ張って!」
「む、無理言わないで!? お、重い……!」
医療キットを背負う二人は疑問が止まない彼を無視し構内の端に引き摺っていく。彼が安全な場所まで運ばれるのを見届けた治は、再度『飼い犬』に顔を向け──宣告する。
「大将はこれでよし、と。……さて、覚悟しろよ。ここから先は俺達、髑髏の──」
「ちょ、ちょっと待てって……俺達はまだ──」
「──
「やっちまえぇっっっ!!!」
青年達の言葉など聞かず、一人の合図によって彼等を囲む全員が襲い掛かる。構内には怒声と悲鳴、そして銃声が鳴り響いた。
数分後、構内は怒声や悲鳴などの騒がしい声は消えていた。あるのは呻き声ただ一つだけ。勿論、その呻き声は『飼い犬』のみである。
「全員片付いたな。こっちの被害は?」
「軽傷が六人程、問題無いです」
「上出来だ。他の奴等に矢と空薬莢の回収を急ぐ様言っとけ、大将連れてさっさとずらかるぞ。ああ、武器も回収しないとな」
「へい。奥で縛られてる三人は?」
「ほっとけ。俺達には関係ねえ」
その構内に立つ物は章吾を筆頭とした『髑髏』達だけ。彼等に狩られた『飼い犬』達はあちこちで見るも無惨な姿と成り果てていた。
身体中を切り裂かれた者、上半身が壁に埋まっている者、手足が肉片と化した者と、隆道が暴れ回った時以上の死屍累々。至るところに血の池が溜まり、そこら中赤い足跡だらけだ。
充満する鉄と硝煙の匂い。完全なスプラッター現場となった構内は、常人ならば不愉快極まりない程のものだが生憎彼等にとっては今更だ、既に慣れている。
そんな事よりも優先すべき事は隆道だ。一刻も早く彼を連れて帰らねばならない。応急手当を受けている彼の元へ章吾は颯爽と走り出す。
「隆道! この、無茶しやがって……!」
「よお、章吾…。よく、ここが……」
「お前がメタクソにしたくそったれ共から訊いたんだよ! つかもう喋んな、傷に響くぞ!」
女性二人の手によってボロボロであった隆道は今や包帯塗れ。しかし、止血も充分でない為所々血が滲んでおり、彼自身もダメージや疲労によって声に覇気が無かった。
「すみません馬場さん、あまりにも怪我が多くて最低限の止血までしか……」
「やってくれただけでも充分だ、姐さんの所に行けばどうとでもなる! ほら隆道、さっさと帰るぞ!」
最低限の処置は済ませてはいるが、これ以上ここに居る訳にはいかない。ここへ来る途中、警察の動きが見えたのだ。恐らく住宅街付近の惨状を見られたか、自分達を見掛けたからか。どちらにせよ何れここに辿り着く、その前に逃げなければならない。
しかし──。
「姐さんも心配してんだ! 早くここから──」
「──けねえ……」
「あん? 何だって?」
「……俺は、行けねえ。置いていけ……」
──彼はこれを拒んだ。
「は、はああっ!? 何言ってんだよお前!?」
「そ、そうですよ! ここにいたら……!」
「行ける、訳、ねえだろうが……。今まで……は、逃げてどうにかなった、だろうが……今回は訳が違うん、だぞ……」
彼は、『飼い犬』に襲撃すると決意した時には既に察していた。もう戻る事は出来ないと。
「お前だって、わかってんだろ……。どっちにしろ俺は逃げられねえってな……」
「っ!? それはっ……!」
彼の言う通り、章吾はわかってはいた。ここで逃げたとしても、人質であった菜月と真耶は証人として警察やIS学園から事情聴取を受ける事は確実。抗争の当事者として知られる事は明白だ。
仮に人質がいなかったとしても、彼は大怪我を負った。IS学園に帰還すれば必ず問い詰められ、必ずこの抗争に辿り着く。どの道逃げる事は出来ないのであった。
「だから、俺の事はほっとけ……。警察が、ここを嗅ぎ付ける前に……お前らは、帰れ……」
「ふ、ふっざけんな!! そんなの出来る訳ねえだろ!? やっと、やっと戻って来たってのに……こんな……!!」
章吾は彼の言う事を聞きたくは無かった。絶対連れて帰ると光乃に約束したのもある。だが、それ以上に恩人であり、友人である彼を見捨てる事など許せなかったのだ。
彼の言っている事は理解している、だが納得は別物だ。せっかく再会したというのに、聞きたい事は山ほどあるのにこれはあんまりではないか。いったい彼が何をしたというのだ。
「いいから行けよ……! 俺だけならまだしも、お前らまで捕まったら誰が住民達を……!」
「ぐっ……! く、くそったれが……!」
「時間はねえぞ……。早く行けよ……」
「た、隆み──」
「行けって言ってんだろうがっっっ!!!」
構内に響くのは隆道の怒声。それにより周囲の視線は彼等に集まり、全員の動きが止まった。
力なく座り込む彼と、その目の前に佇む章吾の二人は周囲の困惑など知らずに睨み合う。彼はその場から絶対に動かないという姿勢だ、最早何を言っても聞かないのだろう。その目には固い意志が宿っている。
ほんの数秒の睨み合い。それは数分にも、数十分にも感じられる。遂に折れたのは──章吾の方であった。
「……ああ、くそっ。……必要なもんは」
「医療キットを、一つ置いていけ……。あと、俺のクロスボウと散弾銃は持っていけ……。どうせ没収されるしな……」
「……わかった。……お前ら、全員に撤収するよう伝えろ」
「……はい」
章吾に指示を出された二人はその場から離れ、周囲の人間の元へと駆けて伝えていった。指示を聞いた青少年達は困惑したが逆らおうとはせず、隆道に会釈をした後に構内から出ていく。颯爽と出ていく者もいれば、渋りつつ出ていく者など様々。彼等も見捨てる事はしたくなかったが、彼の意思を無下にする事はなかった。
ぞろぞろと四十人近くの人間が構内から出ていき、残すは髑髏の古参が数名程。その者達は入り口付近で待機し、二人を悲しげに見つめている。
「……良いのかよ。治達に一声掛けなくて」
「名残惜しくなるだろ、止めとくわ……。まあ、よろしく言っておいてくれ」
「わかった。……次来る時は連絡入れろよ。皆で嫌と言うほど歓迎してやる」
「ああ、おっかねえ。……じゃあな、章吾」
「ああ。じゃあな、隆道」
さよならとは言わない。必ずまた会う事を誓い、章吾は彼から離れていく。入り口付近で仲間と数回のやり取りをし、彼等は名残惜しそうにしながらも今度こそ廃工場から消えていった。
「……」
『髑髏』が全員いなくなり、構内に残ったのは隆道と人質三人、そして至る所で倒れている血塗れの『飼い犬』が四十一人。辺りを見渡しても、青年達は立ち上がってくる様子はない。その事を確認して彼は立ち上がり、医療キットを片手に足を引き摺りながら人質の元へ歩いていく。
「柳……君……」
「……」
三人の元に辿り着いた彼は先程までの感情は無く、いつも通りの硬い表情。真耶の言葉に反応はせず、彼は足元からナイフを取り出して三人を縛る縄を切っていく。
「……よっと」
「──い゛っ……!?」
「動くんじゃねえ。……ああ、弾は抜けてるな。おい牛眼鏡、少し手伝え」
「えっ……。は、はい……」
全員の縄を切り外した後に彼が取った行動は、負傷した菜月を起こして応急手当をする事であった。衣類を医療キットに付属してある鋏で切り、水で傷を洗い流し、止血して包帯を巻く。手際よく行われたそれは数分も時間は掛からなかった。
「鎮痛剤だ。これでも飲んでろ」
「え、ええ……。んぐ……」
「……あとは」
彼女の手当を終えた彼は、次に気絶中である真吾の手当をし始めた。誰よりも負傷し、手当も済んでいないにも関わらずに手を動かす彼は動く度に包帯から血が滲み、滴ってしまう程に出血をしてしまうが一切気にも止めていない。
「ぐっ……うぅ……」
「お? やっとお目覚めってか」
「や、柳君……? これは、いったい……」
「ああ、動くな。直ぐに済む」
漸く意識が覚醒した真吾だが、頭部を殴られた為か未だに朦朧としていた。彼は状況に困惑している真吾を気にせずに黙々と手を動かし、手早く手当を済ませていく。
「これで、よし。……あ゛あ゛、いつつ……」
「……っ!? 柳君、怪我を……!?」
「気にすんな……。もう、全部終わった……」
真吾の手当を終えた彼は非常に辛そうな表情だ。ようやく一仕事を終えた彼は壁に凭れ掛かろうとしたが──。
「……ああ、いっけね。忘れてた」
──ふと、何かを思い出して足を引き摺りながらも急いで入り口へ向かっていった。
「「「……?」」」
入り口へと消えた隆道。いったい何を忘れたのだと疑問を抱く三人であったが、彼は直ぐに戻ってきた。手に何かを持って。三人は彼が持つ物に見覚えがある。
(あれは……)
それは、彼がいつも右腕に巻き付けている首輪であった。襲撃の直前、持ち込んできたバッグに保管し隠していたのだ。
その首輪は彼にとってなくてはならない形見。抗争の際は必ず外していたのだが、久し振りに屋外で外した為に危うく忘れてしまうところであった。
「ったく……忘れる、なんて、どうかしてるぞ……くそったれが……」
自身に愚痴を吐きながらも彼は首輪を巻き付けながら引き摺り歩き、その途中でついでと言わんばかりに『灰鋼』を拾っていく。漸く壁まで辿り着いた彼はそのまま凭れ掛かり、静かに座り込んだ。
「……はあぁ」
「──っ!? 柳君っ!」
ぐったりとする彼の身体に巻かれている包帯は既に血で真っ赤に染まっている。早く手当をしなければ彼の命が危うい。
「柳君っ! 貴方も早く手当を──」
「黙れ……! 話し掛けんな……!」
真耶の言葉など聞かない彼はおもむろにポケットに手を入れ、そこから金蔵のケースを取り出す。それは以前、光乃から送って貰った緊急用である謎のカプセル剤。
「……まーたコイツの世話になるのか。あーあ、やだやだ」
未だに何の成分なのかはわからない。しかし、それでも別に構わない。副作用は凄まじいが、それに釣り合った効果はある。
しかし、痛みに慣れているとは言えこの副作用は彼ですら躊躇うものがある。これを服用するには覚悟が必要だ。
「ふぅー……。さて……」
一度深呼吸をし、覚悟を決めた彼はソレを一粒飲み込んだ。そして──。
「……っ!?!?!? ア゛ァ゛──」
数分後、真耶の通報により警察と救急隊は廃工場に到着する。そこで彼等が見たものは、血の匂いが充満する構内で倒れる血塗れとなった大勢の青年。そして、声にならない叫び声を上げる隆道を手当しようとする三人の姿であった。