IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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第五話

 IS学園の屋上は朝方から夕方まで開放されている。

 そこには数脚のベンチが備え付けられており、昼食を取る者、日向ぼっこをする者、読書をする者と様々。

 しかし、利用者は多いとは言えない。昼食時は大抵の生徒は教室、若しくは食堂で食事をする。わざわざ屋上へ来る生徒は極少数だ。

 更に加え、今はまだ時間的に授業中だ。昼休みですらない。

 そんな屋上で、備えてあるベンチに座り空を見上げる男が一人。

 

「…………」

 

 三時限目で色々と限界突破した隆道は、周囲に無差別な殺意と憎悪を撒き散らした後、一先ず静かな所へ行きたい、一人になりたいという理由で授業を放棄し屋上に来ていた。

 元々まともに授業など受けてなかったのだ。そこに関しては反省もしてないし後悔もしてない。

 ここ半月は常に監視され、自分の待ち受ける絶望という未来に怯えてた彼は、今はとにかく静かな場所が欲しかった。

 

「ん……」

 

 四月特有の暖かな風は隆道の心を少しずつ浄化していく。こんなにも静かな所は素晴らしいものなのかと感動を覚えずにはいられない。

 辛い事があったらここに来ようと、彼にとって初めての憩いの場が決定した。

 

「…………」

 

 心を休めながら思い出すのは教室で最後に目にした光景。

 生徒達がその場で転げ落ち、教師二人は尻もちをつく。自分を見る目は嘲笑いではなく恐怖そのもの。あれが男を虐げる強い女なのかと思うとため息が出そうになる。

 確かにこの時代の女性は強い。ISに乗ってさえしまえばなす術など男には無いし、権力の差は比べものにならないほど。

 だが、それだけだ。ISを抜きにすれば、女性はか弱い生物に成り下がる。生身で男に勝てるほど訓練してる女性なぞ多くは無いだろう。

 といっても、それはIFの話だ。そんなこと考えてもこの世界からISは無くならない。所詮は現実逃避した妄想だ。彼は考えるだけ無駄な事を頭から消し、別の事について思考する。

 生徒達から無責任かつ勝手な期待をされ、本人の意思など尊重されない横暴を受けた一夏。結果として代表候補生と揉めるという事態に発展したが、彼は我関せずを貫いた。

 一夏が考えなしにいくつか発言したことについては別になんとも思っていない。義務教育を終えたばかりの人間が精神面で未熟なぞ当たり前だと思っているからだ。もし一夏に対し説教をかます歳の近い者がいるとするならばそいつは異常者か、自分は大人だと錯覚してるかの二択である。

 本当は歳上である自分が一夏に助け船を出すべきだった。望まぬ事を強いられるのは辛く苦しい事だということをよく知ってるから。

 しかし、女性に関わりたくない故に何も言わなかった。そして自分だけ逃げ出した。これでは見捨てたようなものだと彼は胸を痛める。

 一夏は今もあの場所にいることだろう。逃げた自分と違い現実と向き合ってるに違いない。

 ここには男子は二人しかいない。お互い支え合うしかない。

 落ち着いたら教室へ戻ろうと彼は決意する。

 あの場所へ戻る事は避けたい所。しかし、最早そんなこと言ってられない。左手で胸を押さえつけながら彼は呟く。

 

「だからもう少しだけ……、もう少しだけ待っててくれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が全て終了し、現在は放課後。

 一日全ての授業が終了し生徒達が賑やかになる中、教室で項垂れてる男がいた。

 

「うう……意味がわからん……。なんでこんなにややこしいんだ……?」

 

 一夏が現在までに体験した出来事は、それはもう地獄だった。

 昼休みは食堂に移動するとドラ○ン○エストの如くぞろぞろと全員ついてくる。食堂についた際もそれはまるでモーゼの海割りのように人混みは割れ、珍獣扱いされてるような気分となった。

  そして現在、他学年や他クラスからは女子が押しかけ小声で話し合っている。入学式から状況は変わってなかった。

 

(柳さん……、戻ってこなかったな……)

 

 隆道は、三時限目以降姿を現さなかった。

 無理も無い。居たくもない場所に多少なりとも居続けたのだ。二回目の休み時間から様子がおかしかった事から、ついに限界が来てしまったのだろうと彼は推測する。

 それよりも隆道が出ていった後が大変だった。

 生徒九割が転げ落ちたまましばらく放心状態であり数人は気絶、セシリアは立ったまま硬直し、教師二人も尻もちをついたままだった。三時限目を目一杯使って回復したはいいものの、皆の調子が元に戻ったのがつい先程。

 授業中は生徒全員が終始黙り、千冬や真耶ですら活気がなかった。

 特に一番酷かったのはセシリアだ。顔は常に青く染まっており、放課後の時ですらおぼつかない足取りで教室を出ていった。

 隆道を探しに行きたかったが、校内の構造なぞ全て理解している訳ではない為、探すにも探せなかった。確実に迷うと確信していた。

 

「…………」

 

 あの時の隆道から感じたものは、一夏には到底理解出来ないものだった。いったいどんな人生を送ればあんな表情や感情が出るのか。

 世間が女尊男卑社会である事は理解している。実際虐げられる男性や権威を振り翳す女性はこの目で見ており、遭遇したこともある。

 だが、その内容も女性にパシリをやらされたり男性に威張り散らすという底が知れた物。隆道の憎悪を見れば、受けてきたものはその程度ではないはずだ。何れ程の事をされたのか、非常に気になる一夏であるが──。

 

「訊けるわけないよなぁ……」

 

 人のトラウマを抉ることなど出来やしない。そんな最低な人間になりたくないと考えに耽っていると──。

 

「ああ、織斑くん。 まだ教室にいたんですね。よかったです」

 

「はい?」

 

 急に声をかけられ顔を上げると、副担任の真耶が書類を片手に立っている。いったい自分に何の用なのかと理由を考えるが、見当がつかない。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

 そう言って一枚の紙と二つの内一つの鍵を渡された。もう一つの鍵は隆道の物だろう。

 IS学園は全寮制である。生徒は全て寮での生活を義務付けられており、その理由も授業中に判明した。

 それは将来有望になるであろうIS操縦者達を保護する目的というもの。未来の国防が関わっているとなると、他国からの勧誘がある可能性が出てくるのだ。実際どこの国も優秀な操縦者の勧誘に必死である。

 

「俺の部屋、決まってないんじゃなかったですか? 前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

 

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……織斑くん、その辺りのことって政府から聞いてます?」

 

 最後は周囲に聞かれる訳にはいかないのか、一夏にだけ聞こえるように耳打ちをする真耶。

 前列の無い男のIS操縦者であることから、国としても保護と監視の両方をつける算段だ。

 一夏がニュースで取り上げられてから彼の自宅にはマスコミや各国大使、挙げ句の果てに遺伝子工学研究所からやってきた人間すら押し掛けて来たこともあった。

 

『是非とも生体を調べさせてほしい』

 

 と言われたときは流石に戦慄した一夏だった。

 

「そう言うわけで、政府特命もあって、とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば個室の方が用意出来ますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

 

「分かりました、でも別に相部屋でも構わないですよ。相手は柳さんですよね」

 

 そう言った直後、真耶は暗い顔をしてしまう。

 しまった、彼女も隆道の憎悪に当てられたのだと思い出し、後悔してしまう。

 

「あ、あ、あの。や、柳、君、は──」

 

 未だに恐怖心が残っているのか吃る真耶。

 ダメだ、話を変えようと一夏は模索する。

 

「あーっと、柳さんの事は置いときます。……それで、部屋は分かりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備出来ないですし、今日はもう帰っていいですか?」

 

「あ、いえ、荷物なら──」

 

「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」

 

 聞き慣れた声の方を向くと、そこには大型の黒いショルダーバッグと、一夏のものである中型のバッグを持つ千冬がいた。

 相変わらずのつり目であり、一夏はつい怯んでしまう。

 

「ど、どうもありがとうございます……」

 

「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

 大雑把過ぎて心なしか涙が溢れそうな一夏。

 多少なりとも娯楽を入れてくれたっていいのではないかと思ってしまう。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に戻ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間がちがいますけど……えっと、その、織斑君は今のところ使えません」

 

「え、なん──、あー……そういうことですか」

 

 何故入れないんだと言い掛けた所で一夏は思い出した。この学園には男子が二人しかいない。今は女子の方が優先されてるのだろう。現時点で入れないとなると調整が済んでいないのだなと考える。

 

「察しが良くて助かる。同年代の女子と入りたいなんて言い出したらどうしようかと思ったぞ」

 

「おっ、織斑君っ、女子とお風呂に入りたいんですか?だっ、ダメですよ!」

 

「い、いや、入りたくないです」

 

 そんなことすれば社会的に抹殺されるだろう。倫理的にもアウトだ。入りたいなど言ってもいないのになんでそうなるんだと。二時限目の時もそうだったがこの人は事ある毎にこんな調子なのだろうかと思わずにはいられない。

 

「ええ?女の子に興味がないんですか!?そ、それはそれで問題のような……」

 

 どうしてそうなるんだと一夏は頭を抱えそうになった。どっちに転んでも結果は悪かった。

 明らかに度合いが違うだろうが、隆道もこんな感じで女性の相手をしてきたのだろうか。そうだとしたら、確かにこれは堪らない。

 そんな騒ぐ真耶の言葉が伝言ゲーム的に伝播したのか、早くも廊下では女子談義が花を咲く。

 

「織斑君、男にしか興味がないのかしら……?」

 

「それはそれで……いいわね」

 

 「中学時代の交遊関係を洗って! すぐにね! 明後日までには裏付け取って!」

 

 もう勘弁して欲しかった。いったい自分がなにをしたというのだ。女性を嫌うってのはこういう感情なのだろうかと一夏の思考はぐるぐる回る。

 

「えっと、それじゃあ私たちは──」

 

 真耶がそう言いかけた途端、突如と廊下がより一層騒がしくなる。一夏は気になったその方へ顔を向けると──。

 

「…………」

 

「や、柳さん!?」

 

 そこには無表情の隆道が佇んでいた。今の彼からは憎悪も殺意も感じられない。

 

「「………っ!」」

 

 千冬と真耶は隆道が現れた事に驚愕すると同時に顔を歪ませ、後ずさる。それを見て一夏は女性に対しての敵意と警戒心はまだあるのだと推測した。

 

「……いちいち怯んでんじゃねえ、それでも教師かお前ら」

 

「や、柳さん!今までどこに行ってたんです!?」

 

「しばらく一人になりたかっただけだ、心配かけたな」

 

 彼の声を聞いて一夏は安心した。自分に話しかけるその声は、最初に顔を合わせた時と同様の優しげなものだったから。

 雰囲気を見るからに三時限目の時にやらかした事については何とも思ってないように思える。だが一夏は謝らずにはいられなかった。

 

「柳さん。俺、柳さんの注意を受けたのに……あんな……」

 

 しかし、謝ろうとするが言葉が失速する。これでもし、隆道が自分に対し失望していたら、そう思うと堪らないからだ。

 

「そこまでだ織斑」

 

 そういって一夏に指を指す。それ以上言うなと隆道は言葉を続ける。

 

「俺が気にしてるように思うか? もう過ぎたことだろうが」

 

「で、でも……」

 

「その話は終わりだ。それにあれはお前のせいじゃない、気にすんな」

 

 一夏は涙が溢れそうになる。

 ここにいるのは辛いはずなのに、苦しいはずなのに自分に気を遣ってくれる彼を見て胸が一杯になる。

 ああ、本当に好い人だと。

 

「……ところで」

 

 そういって優しげな声は敵意剥き出しのそれに変わり、千冬の方へ向かう。

 千冬の持つショルダーバッグを勢いよく奪い取り、隆道はそのまま千冬を問い詰めた。

 

「これを用意したのはどこのどいつだ。あんたらIS学園の連中か、それとも政府の野郎共か、どっちなんだ。答えろブリュンヒルデ」

 

 敢えて千冬の嫌う名で問う彼は、目で殺さんというばかりに千冬を睨む。

 彼は寮生活の用意なんてしていない。家族も既にいない。となればこれは誰が用意したのか。その眼力の前に千冬は素直に応えざるを得なかった。

 

「う……、根羽田(ねばた)と名乗る家政婦が用意したそうだ。……我々じゃない」

 

「根羽田……? ああ、あいつか。まだ居たのかよ……」

 

 そう言って彼は睨みをやめて頭をかくという、如何にも面倒そうな素振り。どうやら『根羽田』という人と知り合いの様だ。

 

「あの、その根羽田っていう人は……?」

 

「ああ、親父が雇った家政婦さ。ったく、もう居ないから来る必要ねぇっつってるのに……」

 

(家政婦? もう居ない?)

 

 なんの事だか一夏は分からない。彼の家庭事情など一夏は一切知らないのだ。

 

「まぁ、いいわ。そいつが用意したってんなら、別にいい。……あとそこのあんた、早く鍵寄越せよ。俺も寮生活なんだろ?」

 

「あ、えぅ……ど、どうぞ……」

 

 真耶はおそるおそる鍵を渡す。

 周囲で聞き耳を立てる他学年と他クラスの女子は彼と教師二人のやり取りに困惑を隠せない。何故注意しないのかと。何故何も言わないのかと。先程から教師に対し失礼極まる態度の彼だが、教師二人は何も言わない。

 言えないのだ。三時限目での、教師二人から見れば突如どす黒い何かと殺意が出たのだから下手に触ればまた再発してしまうと。

 原因の大半が千冬の未熟さ故なのだが、常に無表情か殺意で歪むかの二択しかない隆道の心を察する事など流石の千冬でも不可能だった。

 

「え、えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。織斑君、や、柳、君。ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ」

 

 そういって千冬と真耶は教室から出ていった。一夏はため息混じりに立上がり書類に目を通し、隆道も横から顔を覗かせる。

 

「……寮まで五十メートルしかないのにどうやって道草くえってんだよ、アホか」

 

「あ、やっぱり柳さんもそう思いました?」

 

 

 

 

 

「織斑君、柳くんと仲が良さそうでしたね……」

 

「ああ……」

 

 廊下を歩く二人は活気がない会話をしていた。

 一夏はいつの間に彼と仲良くなったのだろうか。休み時間の出来事を知らない二人は一夏に向ける優しげな声を出す彼に驚きを隠せなかった。

 

「三時限目の時もそうでしたけど……、織斑君は柳君の……アレ、は感じなかったのでしょうか」

 

「いや、織斑は感じてはいただろう。柳は我々女にだけ向けてたんだ……」

 

 隆道の女性とISに対する敵意は相当なものだ。二つの要素を必然的に持つ二人が、彼から信用を得る可能性は限りなく低い。

 

『誰が信用なんぞするか。俺にとってお前ら女は敵だ』

 

 いったい今までどれ程の目に会って来たのだろうか。それを知るのは今や隆道本人だけだ。

 調べる必要がある。そう思考した千冬は、ある人物に協力を仰ぐ事にした。

 

「これからどうしましょう……私なんて、未だに見向きすらされてないんですよ……?」

 

「我々に対する敵意はそうとう根深い。時間をかけていくしかない……」

 

 彼を助けたい、その思いは本物だ。

 しかし、自分達の未熟さ故に更に溝は深まる事に気づかない。

 彼が彼女達を信用する日は──恐らく来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、結局あのイギリス人と戦う羽目になったってのか」

 

「ええ、来週の月曜日に。元はと言えば俺が余計な事を言ったからですし……あっちも納得しないでしょうから」

 

 寮に入り歩きながら会話する二人。まだ会って1日も経たないにも関わらずその姿は仲の良い兄弟そのもの。隆道は相変わらず無表情だが一夏は気にもとめない。

 

「でもどうすんだ。お前は経験皆無、向こうはあんなんでも代表候補生だぞ。下手すりゃ瞬殺だ」

 

「訓練機を借りてみます。借りれるかどうかは分からないですけど」

 

 三時間目に起きた売り言葉に買い言葉から始まった決闘は結局うやむやになることはなく、一夏はセシリアと戦う羽目になってしまった。

 彼が言った様に素人と代表候補生の差は歴然。現時点で勝てる要素はひとつもない。

 だが、一夏からは負ける気で行くつもりは毛頭ない、そんな雰囲気が見て取れる。彼から『覚悟』を感じたのだ。

 何かの本で読んだ記憶がある。

 

 

 

 『覚悟』は『絶望』を吹き飛ばす、と。

 

 

 

「おまえ、やっぱ強いな」

 

「え、今なんか言いました?」

 

「独り言だ、気にすんな」

 

 こいつは、なんでこんなにも真っ直ぐなんだと彼は思う。以前まで自分もこんな時があったような気がするが、いつの日だったかそれは全て砕け散り──消滅した。

 

(いや、今はそんなこと考える必要はない)

 

今はまず来週迄の事を考えよう。一夏に出来ることはないか、そう模索するが──。

 

(……っ。なんも思いつかねえ。手詰まりだ)

 

 ISに乗った事なんて無理矢理受けた適性検査の時のみ。授業なんてまともに受けてないから知識も操作関連は皆無だ。隆道に出来る事は何一つなかった。

 

「それにしても……。?……柳さん?」

 

「あ?ああ、悪い。考え事してた。なんだって?」

 

「? ……あ、いや。俺達って同じ部屋じゃないんですねって」

 

 そういって一夏は自分の鍵を見つめる。一夏の持つ鍵には「1025」と数字が掘られていた。彼の鍵には「1030」と掘られている。

 

「なんで男子を一緒にしないんでしょう。柳さんは一人部屋なんですよね?」

 

 隆道の部屋は相方はいない。

 これには隆道も疑問に思っていた。何故男子を同じ部屋にしないのかと。

 遅れて発見されたにも関わらず政府特命で無理矢理入れたのならば相方の調整も出来るはずだ。にも関わらずしなかった。

 これを意味することは──。

 

(敢えて分散してんのか……?)

 

 道の出した答えはただの憶測。明確な答えは出てこない。

 

「……まあ、考えてもしかたねえだろ。一ヶ月間の辛抱だ。何事もなければいいがな」

 

「縁起の悪いこと言わないでくださいよ……。後でそっちに行っていいですか?就寝時間まで女子と二人ってのは結構……」

 

 一夏は正直不安だった。部屋の相方が女子だという事に。

 何故かは分からないが嫌な予感がしたのだ。何か良くない事が起きると。彼の一言もあってか不安は加速する。

 せっかく同じ男子がいるのだ。二度の休み時間以降全く会話が出来なかったのもあって、まだまだ彼と会話を弾みたかった一夏は悲願する。

 

「構わねえぞ。荷物片したら来ればいいさ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 そんな会話を続けてると、一夏は立ち止まる。そこの扉には1025の数字が。

 

「じゃあ柳さん、また後で」

 

「おう」

 

 軽く会話を済ませ一夏は部屋へと消えていく。それを見送った後隆道も自分の部屋に向かっていった。

 

 

 

 

 

 隆道は自分の部屋番号を確認し、警戒を強めて部屋に入る。

 一夏といるときはあまり考えなかったが、一人部屋ということひっかかりを持っていた。何か仕掛けてないか、そう思わずにはいられない。

 明かりを点けると目に入るのは大きめのベットが二つ。元々二人部屋なのだろう。並のビジネスホテルより高価な代物なのは間違いない。こんなところに金を使うぐらいなら他に回せと思ってしまうが、そんな事どうだっていいと思考を切り替える。

 

「…………」

 

隆道は周囲を見渡すが一見怪しいものは見当たらない。これで見つかるような物なら大したことはないのだが。

部屋をくまなく探そうとしたその時──。

 

「うおおっ!?」

 

 ズドンッと、何か大きな物音と叫び声がした。廊下から聞こえるその声は一夏の──。

 

(って、まさかっ!?)

 

 最悪の状況が頭を過った。襲われていると。

 一目散に廊下へ走ると、目の前で膝に手をついて息を切らした一夏の姿が。

 

「……なになに?」

 

「あっ織斑君だ」

 

「ふ、二人目もいるよ」

 

 周囲にも聞こえていたのだろう、騒ぎを聞きつけた女子が各部屋からぞろぞろと出て来ていた。完全にプライベート感覚なのか、全員がラフな格好。男の目を一切気にしない様な姿であった。

 それを見て彼は一気に不愉快となるが、今は目の前の状況を片づけるかと顔を真っ青にした一夏に話しかけることにした。

 

「……なにがあった」

 

「……匿ってくれませんか?」

 

 かなり余裕がなさそうであり、立ち往生してるのも仕方無い。先ずは一夏を入れることにした。

 

 

 

 

 

「……それで、廊下にすっ飛んできた、と」

 

「……ええ、はい……」

 

 息を切らしてる一夏を座らせ、備え付けの冷蔵庫にある飲み物をに渡す彼。余程喉が乾いてたのだろう、一夏はそれを一息で飲み干した。

 落ち着いてから何があったかを聞いてみれば、内容は実に下らないものだった。

 

「シャワーを浴び終わった篠ノ之に遭遇して木刀で殺されかけたとか、お前良く死ななかったな。つか相方は篠ノ之だったのか」

 

 内容は単純明快。ただのラッキースケベという古臭い物。襲撃じゃなかっただけマシだったがなんとも言えない気持ちになる。

 

「ほんとに幼なじみなのかそれ。木刀で殴り掛かるとか正気の沙汰じゃねえだろ」

 

「いや、その……俺の不注意です、はい……」

 

「まあ、ほとぼりが冷めるまでは行かねえ方がいいわな、まだ飲むか?」

 

「すいません、いただきます」

 

 そう言って一夏は飲み物を受け取り、今度はゆっくりと喉を潤す。

残り半分まで飲むと不意に一夏は話を切り出した。

 

「それにしても、そのバッグ大きいですね。何入ってるんです?」

 

 一夏は彼のショルダーバッグが気になって仕方がないのか先程から凝視していた。その大きさは明らかに日用品だけではないと。

 

「ああ、そういやまだ中身見てねえな」

 

 彼は荷物を引っ張り開けようとするが、その手を止めた。一夏は何事かと手元を覗くと、ファスナーに四桁のダイヤルロックが掛かっており中身が見れない状態に。

 そのダイヤルロックは平均的な大きさであったが、見た目からしてかなり頑丈そうな造りをしている。並大抵の事では壊せないだろう。

 しかも指紋認証付きという代物。一体どこで手に入れたのだろうか。

 

「へぇ、徹底してますね。でも番号が分からないんじゃ……」

 

「…………」

 

 彼はおもむろにそのダイヤルロックを手に取り数字を弄る。何度か弄った後に親指をパネルに押し付けると、ものの数秒でそれは開いた。

 

「あれ? 番号知ってたんですか?」

 

「……いや、そもそも俺はこんなもの持ってない。……番号は予想通りだったがな」

 

「???」

 

 疑問が止まない一夏を余所に彼は次々と荷物を出していく。

 その中には日用品は勿論入ってたが、中にはとんでもないものが入っていた。

 

「それ……、医療キット……ですか?」

 

 出てきたのは大型のバッグの三分の一を占める医療キットと呼ばれる赤いバッグ。

 彼は中身を確認すると、包帯やら止血材やら市販の物ではない、一つ一つが本格的な物がぎっしりと詰まっていた。

 その中で一際目立つ物があり、それは一夏の目に留まる。

 

「これは……?」

 

 それは、まるで病院にあるような器具の数々。どう見ても傷などを治療するものにしか見えない。

 

「それは縫合セットだな。針もあるだろ?」

 

「ほうごう……? ……えっ! 縫うって事ですか!?」

 

「それ以外なんだっていうんだよ」

 

 なに当たり前の事を言ってるんだと首を傾げる彼。一夏の疑問ももっともだ。何故、彼がこんな物を持ってるのか不思議でしょうがない。

 

「……使ったこと、あるんですか……?」

 

「当たり前だろ、じゃなきゃ使い方なんて分からねえよ」

 

 器具をそれぞれ手際よく確認する隆道を尻目に一夏は戦慄した。

 使ったことがあると確かに彼は言った。つまり自分で傷を縫った経験があるということだ。手際よく手を動かしてる事から、それを幾度となく使用した事もあると推測出来る。

 

 

 

 

 

 つまり、隆道は今まで何度も──。

 

 

 

 

 

「……? どうした?」

 

「っ!? ……あ、いえ。なんでも」

 

 彼の一言によって我に返った一夏は一気に汗が吹き出る感覚に陥る。

 もしかすると、目の前の彼は自分の想像を絶する人生を送ってきたのではないかと。

 

「……そろそろ、箒も落ち着いてるでしょうし、戻りますね」

 

「? ……おう、そうか。また明日な」

 

 そう言って手を止め、一夏を見送る彼は不思議そうな顔を出していた。彼には悪いと思ってるが一刻も早くこの部屋を出たかった。部屋を出る直前、一夏は再び彼を一目見る。

 

「気をつけろよ」

 

 無表情だが敵意もなく優しげな声。それが今は不気味に感じてしまった。

 

「お邪魔しました。……すみません」

 

 最後の言葉だけ限りなく小さな声で呟き、その部屋を後にする。彼に対して不気味に感じてしまった罪悪感だけが一夏に残った。

 

「…………」

 

 部屋でとうとう一人になり、荷物の整理を再開する。

バッグを再び漁ると見慣れないものがあった。

 

「……?」

 

 それは一枚の数回に折られた手紙。それを開いていくとこう書かれている。

 

『隆道君へ。 勝手ながら隆道君の部屋に入り、着替えと日用品、それと良く使っていた物を入れておきました。お体に気をつけてください。お金は結構ですがここでの家政婦をやめるつもりはありません。いつお帰りになられても良いように各部屋は綺麗にしておきます。それと、お体の負担になりますので、過度の服用はおやめください。 根羽田より』

 

「…………」

 

 彼は手紙を丸め捨てた後、またバッグを漁る。その中には小さなプラスチックボトルが二つ程。中には大量の錠剤が入っていた。

彼はそれぞれ十粒以上飲み込み、乱雑に置く。

 

 

 

 そのボトルのラベルの上には『鎮痛剤』『精神安定剤』と書かれた付箋が貼られていた。

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