『さらしきかんざし……?』
「う、うん──わ゛ぁ近い近い近いぃぃぃ!! ねぇ!! ホント!! 待って!!」
夕暮れの光に染まる一人と一機。校舎外の壁に追いやられびくびく震える少女──簪と、彼女の両脇にブレードをぶっ刺して冷たい圧力を掛ける『WALKER』。見る人が満場一致で脅迫と捉えるその光景はここでしか見られないだろう。
彼女は今も一切の身動きが取れず。顔の側には二本のブレード、目と鼻の先には『WALKER』のモノアイ。この無人機、脚を思いっ切り伸ばして彼女の顔面に近づいていた。完全にメンチ切りのソレであった。本機はそのつもりはなく、入念に観察しているだけなのだが彼女にはそう判断する余裕なんてなかった。いや、誰が見ても観察しているだけとは思わないか。
恐怖以外何物でもない。人間相手にチンピラの如く刃物をちらつかせガンを飛ばすロボットなどコイツぐらいだ。せめてそういうのは人畜無害な人間にはやらないで貰いたい。抗議したところで怪しい動きするからと言われればそれまでだが。男子が襲われた実例もあるし軽率に近づく人間が悪いのだ。
『……成る程』
「え……?」
ぼそりと呟くなり、『WALKER』はブレードを引き抜いて簪から距離を離した。どうやら警戒を解いた模様。不可解だけを残して。
無抵抗だったからではなさそうだ。というか、明らかに"名字"に反応したような。
『更識簪。一年四組、クラス代表。日本国代表候補生、専用機を所有。入学から本日まで学園行事全て不参加。アリーナ上で専用機の稼働及び戦闘記録無し。訂正の必要は?』
「……うん。全部、合って、る……。き、君……よく知ってるね……」
『IS学園にいる人間共の情報は大体入手済です。人間共に興味は無いので殆ど把握していませんが必要とあらばいつでも見れます。……ところで、私は『更識』という名に心当たりがあるのです。更識簪は、あの『更識』ですか?』
「…………」
この少女もまた、国に選ばれた国家代表候補。しかもセシリア達と同じくして厳選され、専用機所有を許された数少ない才能ある人間であった。クラス代表であるのも当然の事であろう。今まで話題にならなかったのは訳があるのだが、色々と複雑で繊細な話になるので今は伏せておく。
話を戻そう。『WALKER』はこの少女──簪がクラス代表とか代表候補生とか専用機持ちとかは別にどうでもよく、彼女もまた気にしていない。両者はもっと別の所を注視していた。
「っ……」
──『更識』──。
何の変哲もないただの問い掛けだ。それなのに彼女は言葉が詰まった。まるで言いたくないと、聞かないでと、拒絶の雰囲気を醸し出して。
彼女は暫しの沈黙の末とうとう俯いてしまう。しかし、このロボットにその様な仕草など意味は無い。彼女が答えるまで執拗に問う。
それでも答えなかったら? その時はその時。質問から拷問に変わるだけ。少女は詰んでいた。
『どうなのです? 答えて下さい』
「……うん。……その、更識」
『成る程。まさか貴女があの──』
確信を露にした『WALKER』に対し、簪はより顔が曇っていく。それ以上その名で呼ばないでと嫌な気持ちになっていく。
その名字は彼女にとって──。
『──
──…………。
──???????????????????
その時、簪の思考は停止した。予想とは全くと違う単語が聞こえたような。
「……え? あれ? 今、何て……?」
『更識印の人間』
「……!?!?!? え……!? 何……!?」
『コレは貴女の所の商品ですよね?』
そう言うと『WALKER』は背部のボックスへとアームを伸ばし、そこから一本の小瓶を出した。その瓶は、かつて隆道と一夏を一撃で悶えさせた例のゲテモノ。変にピンク色で、謎に光ってて。
そう、隆道は愚か一夏でさえ一撃で吹き出す、栄養剤と思われる甘過ぎるアレ。
「こ、これは……開発中のスーパーエナジーゲル三号『どっこらショット』のサンプル……!! どうして、貴方が……?」
『WEBサイトで見掛けまして。興味が湧いたので応募しました』
「……!!」
簪の表情は一変。暗い表情は綺麗にすっ飛んで今や大層に驚いた顔になっていた。
「え、えと、貴方がコレを……? だって宛先は購買の人だったような……。いや、そもそも……あれ? 今、あの更識って聞いて……」
『代理でお願いしているのです。このサンプルを頼んだのは紛れもなくこの私です。更識といえば更識印以外に無いでしょう。一体何と勘違いしているのです?』
「あ、あ……!」
簪は最早限界突破。感極まった彼女は勢いよく『WALKER』の手を両手で鷲掴み。力いっぱいに振り回そうとした。だが、相手は当然機械なので殆ど動かず。全くの不動だった。
ここまで異様に喜びを露にする彼女は更識印の人間処の話ではない。
何を隠そうこの少女、スーパーエナジーゲルを開発した張本人だったりする。
「ありがとう……本当にありがとう……!!」
『何の事です?』
「誰も応募、してくれなくて……。色々改良とか広告とかやってみても、全然、全然駄目で……」
『成る程、開発者本人でしたか。更識簪、お会いできて光栄です』
流暢だが棒読み寄りのその言葉は社交辞令にも聞こえる。しかし、簪にとって最早そんな事など些細な事でしかなかった。というか──何か目がキラッキラに輝いていた。まるで憧れの有名人と対面した子供であった。ただ、そんな喜んでいる彼女とは別に『WALKER』は何故か冷めたような様子でじっと見詰めていた。
「い、いやぁ、そんな光栄だなん──……ん? 貴方、コレ飲むの……いや飲めるの……?」
『いいえ。私の管理者、隆道に飲ませる為に』
当たり前である。しかし、近年ロボットの味覚技術は急速に発展しているとかしていないとか。『WALKER』の事だから自らを改造して味覚すら憶えそうだ。そうなると益々兵器から掛け離れて何でも御座れな家事ロボと評されるに違いない。考えれば考える程にIS以上の価値があると思う。
何処も彼処も興味を示すのも分かる。噂では、とある国がどうにかしてこのロボットを手に入れ量産化を目論んでいるらしい。絶対に一筋縄ではいかないし、仮に手に入れたとしても隆道にしか従わないコイツが大人しくするか? しない処か回復困難な損害を生じそうだ。
「あっ……だよね。……ね、ねえ、何か感想とか言ってたら聞きたい、なぁって……」
『感想を所望ですか。ではその時の隆道の様子が此方になります。再生開始』
『──甘過ぎゴポッ、飲めたもんじゃねえ……。何かじゃりじゃりするし口の中にずーっと残るしすっげえ不愉快オエッ……。無理、ガムシロップ飲んだ方がマシウゥエ……。コレ作った奴どんな舌してんだマジっへぁ。死ねボケェ──』
『再生終了。隆道曰く"マジゲロマズ"だそうです。もう一人の男子、織斑一夏も試飲しましたが秒で吐きました。二度と飲みたくないらしいですよ。ここまで酷評されるだなんて凄いですね。私ならサンプル出さずに廃棄処分してレシピも封印して一から作り直します。馬鹿舌ですね』
「────」
上げて落とす。簪は崩れ落ちた。
『WALKER』から流れる隆道の容赦なき罵倒とこのロボットの毒舌は彼女の心を串刺しにした。よく見ると顔が赤いのか青いのかよく分からなくなっている。やらかした事への罪悪感と羞恥心が同時に湧いているのか。だとしたら器用だな。
良く言えば正直で、悪く言えば酷い物言いだ。ただ、別に彼は彼女に向けて罵っている訳でなく飽くまで作った人間に対しての愚痴で──いや、その作った本人が聞いてしまったから無意味か。それに、この青年ならば相手が誰でも忖度無しにボロクソ言って心をへし折るに違いないだろう。寧ろ言葉だけで済んで良かったと思うべきかも。
が、しかし。それを踏まえても『WALKER』の一言は余計極まるもの。少しは慎め。
「スゥー……。や、やっぱり……栄養素重視じゃ駄目、だったの、かな……。一日の必要栄養素に必須アミノ酸にカロリーとか全部揃えた完全食、にしてみたんだけど……」
『やはり"味"なのでしょうね。あのエナジーゲルは計り知れない程に不味いのでしょう。私に味覚は無いので確かめられないのが非常に残念ですね。いや、私が飲食出来たとしたらあまりの不味さに爆発四散する未来が微粒子レベルで存在した?』
「ま、不味いなんて……そんなに、かな……? そもそも君、味覚無いのにそこまで言わなくてもいいと思う……」
『それなら二人揃って不味いとは言わないかと。リピートもありませんし、寧ろ拒否されますね。味覚や好みは人それぞれだと理解してはいますが口に含んだ瞬間に吐き出す食品なんて少なくとも美味しいものではないものと私でも分かります。完全食だからといって味は考慮していませんとか何考えてんだテメー。料理経験半月程度の私でももっと上手く作れるわバーカバーカ死ね』
「ひ、酷い……」
更なる追い討ち。簪は凹んだ。
初対面だとて『WALKER』の口調は変わらずで情け無用であった。あの世界最強相手でもこんなお調子なのだから当然だといえば当然なのだが。敬意が無い限りずっとこのままなのは違いない。しかし、これ以上に詰める必要性は無いだろう。目的は既に果たしているのだから。
白か黒か。今はそれだけを判断出来れば良い。黒ならば徹底的に詮索するつもりだったのだが、白ならあとはどうでもよかった。
結果は当然と白。全センサーを駆使して彼女の身体を舐め回す様に吟味した上での判断である。専用機の方も問題なく、何故か色々と非公開だが気にする必要もなさそう。仮に敵対したとしても秒で制圧出来るし、ISを使われたとしても十分に対応出来よう。
「……? な、何? そんなジロジロと……」
『……いえ。お気になさらず』
怪しさはぶっちぎりに百だが、危険性はゼロ。限りなくではなく全くのゼロだ。しかし、それと同時に惹かれるものも──ゼロ。
興味を持てるものが、何も、無い。
なんとこの無人機、彼女に対して興味がゼロ。全く以て関心等を持てていなかったのだ。本当に社交辞令であった。サンプルに興味はあったとて開発者本人はまた別の話。しかも、今となってはそのサンプルにも飽きているという。これがもしゲキウマリピート確定という利点があったのなら少しは関心があったのかもしれない。
それ以前に、興味を持とうにもデータが無い。学園内でのISに纏わる記録は不参加故に無いし、それ以前の記録すらも見当たらないし、専用機の情報も少なさ過ぎてあらびっくり。代表候補生で専用機持ちというだけでも極少数の選ばれし人材だが、この無人機にとってその程度の事など別に興味を持つに値しないのでノーカウント。
彼女に関心が芽生えず、最早対話も飽き飽き。内気で面白味の無い人間だなと、『WALKER』はかなり失礼な結論を出していた。
時間を掛けて見定める気も無い。この無人機にとって彼女は『その辺の石ころ』と同義である。つまり──無価値。
──隆道。不審者を確保して尋問したのですが危険性はゼロでした。解放し、帰還します。
──あいよ。……ん? 何もねえの?
──一つ情報を得られましたが大したものではないので心配いりません。対象を分析した結果、戦闘能力は低し、敵対意識は無し、色々な意味で控えめで特筆事項も無し。相手をするだけ時間の無駄でしたね。私はとてもがっかりしています。なんてつまらない人間。詳細は後程。
──ボロクソ言うのな。色々な意味で控えめて何がだよ。馬鹿にしてるのだけは分かるけどよ。とにかく何もねえんならテキトーに帰ってきな。俺らはもう寮行ってるから。……そうだ、一昨日注文したおもちゃ届いてる──。
──それは本当ですか? うっわマジかよ畜生こんなくそつまんねークソボケ根暗眼鏡人間とか相手してる場合じゃなかったなくそったれがよ。了解直ぐ帰りますアウト。
──すげえ食い気味だし口わりいし早口だし。なんなんお前。
故に『WALKER』は帰る。最早、簪の事なんかどうでもよくなっていた。この無人機は、初めて会った人間よりもおもちゃが数百倍大事なのだ。おもちゃ以下とはなんて不名誉なのだろうか。
『用済みなので帰ります。さようなら』
「え? あ、待って待って!! あの、もう少しお話し、しよ……?」
『不要です結構ですお断りします。私はさっさと帰って遊びたいのです』
「あそ、えぇ……。あー、えーと、んーと……。あの、どっこらショットについて貴方の──」
『しつこい五月蝿い。もう興味有りませんので。根暗なテメーにも興味ねーから』
「あっ……」
ぶった斬り。『WALKER』はどうにか引き留めようとする簪を突っぱねてそそくさと寮へ帰る。彼女の声は、最早この無人機には届かなかった。
「…………」
冷たい奴だと思うか? あんまりだと思うか? 思うのは勝手だがこれだけは勘違いするな。
『WALKER』は
「お邪魔しま──うわ、また何か増えてる……。何々……『世界のバランスゲームDX』……?」
「え、何それ──あ!! それはジェンガ!? なるほどそういう系か!!」
『良いところに来ました、織斑一夏に篠ノ之箒。早速ですが私と勝負をしましょう。今丁度隆道に勝てたところです。過去一番良い勝負でした』
「色々ずりいだろくそ……。えげつねえ所抜くわ綺麗に置くわ、どうやって勝てってんだよ……。詰みゲー……」
「
「は????? ……おいアホ斑、てめえ、俺と勝負しろ。負けた方がどっこらショットを朝昼晩必ず飲む。三日間連続な。おら来いよ、座れよ。ごちそーしてやるからよ」
「良かったじゃないか一夏。そのアホな戯言癖を治せるかもしれんぞ。頭も冴えると良いな」
「何で俺が病気みたいな風に言ってんだよ!! しかも負け確!? え、嫌だ嫌だ、普通に嫌だ。何、やらなきゃ駄目な空気? ……なぁ箒──」
「名指しはお前だけだぞ。私は賭けないからな。何を言われようと嫌だ。嫌。絶っっっ対に嫌」
『余程飲みたくないのですね』
暫くして深夜。一年生寮のとある一部屋にて。
「…………」
ベッドで掛け布団に芋虫よろしく包む少女──簪の視線は手に持つタブレットが一点。そこにはヒーローが悪の組織を倒す、迫力のあるアニメが映し出されていた。ルームメイトを起こさぬようきちんとイヤホンまで付けて。
これは彼女の趣味なのだ。ジャンルは決まってヒーローもの。悪の組織を主人公側が打ち倒す。そんなシンプルさがたまらなく好きなのだとか。能面の様にカッチカチな無表情なのだがこれでも楽しんでいたりする。
「…………」
『更識簪、お会いできて光栄です』
「…………」
撤回する。全然アニメどころではなかった。
画面上では今正に敵が派手に散って盛り上がるシーンの真っ最中。が、簪の脳内にはそれが頭に一切と入らず夕方の出来事だけ反復されていた。
追い掛け回された。刃物を向けられた。ガンを飛ばされた。罵倒された。最後には無視された。ロボットというにはあまりにも人間臭く排他的なソレは、彼女の心を酷く抉ったことだろう。
「……えへへ」
──!?
「──っ!? …………」
気のせいだろうか。今、一瞬だけ凄まじく顔が緩んだような。
「……やっぱり、いいなぁ」
ボソッと呟く簪はアニメを消して別の画面へと切り替える。映るのは──更識印のWEBサイト。『どっこらショット』の宣伝画像と、その下には何をモチーフにしているのか全然分からない謎のパペットがナマケモノの如くゆるーく動く動画が始まっていた。
『じりじりじりーん、じりじりじりーん。朝だー朝だよー新しい朝だー。あわわ寝坊しちゃった。ご飯を食べる時間もないよう』
何だこのクソ動画は!?
『……でも大丈夫、こんな時は更識印のスーパーエナジーゲル三号『どっこらショット』を一杯。ごっくんごくん。わー、一日の必要栄養素、必須アミノ酸、カロリーがこの一杯で。すっごーい、おいしーい。先ずは飲んでみて』
棒読み。清々しい程に超絶棒読みの一人芝居。恐らく商品PVなのであろうが、どう見てもやる気ゼロですとしか捉えられない酷い映像であった。特段工夫されている編集でもなく直撮りに近い。そりゃ誰も興味を示さない訳だ。
全く以てときめかない。一応簪本人はこれでも頑張った方らしく、今度企業に売り込みをかけるつもりだとか。企業様をナメてんのかこいつは。少しも面白くないから消せ。そして封印しろ。
「…………」
『根暗なテメーにも興味ねーから』
「……よし、作り直そっ」
この少女、謎にやる気が満ちていた。
それはそれとして、あのPVだけは止めておけ。流石にアレは無い。
翌日の七月二十七日。一時限目。
「それでお互い引けを取らない良い勝負だったが後半になるにつれ一夏は追い詰められていった。あいつはもう諦めたような、けれど心底嫌そうな顔をしていたな。負け確、というヤツだ」
「罰ゲーム絡んでるもんね。アレってカロリーが一食分あるんだよね? それを朝昼晩三日間? うーわ、絶対ご飯食べられないじゃん。……いや男の子なら私達よりカロリー必要だし、あの人ならワンチャン平気……?」
「よく飲もうとするよね。……あゴメン、それでそれで? その後は?」
「柳さんがくしゃみで崩して一夏が勝った」
「「「「「いや勝ったんかーい!!」」」」」
ズッコケる生徒数人。今日も賑やかで何より。
本日は全クラスを纏めた合同実習。四クラス、計百二十人が射撃訓練場に集まり班毎に分かれて射撃科目と整備科目を行っていた。
終業式を除けば今日を含めて残り二日である。件の件の影響でISの操縦訓練は全て体育か実習に変わっていて退屈はしない日々だ。死ぬ程勉強が嫌いな生徒にとっては願ったり叶ったりだろう。言うまでもなく隆道の事である。
体育といえばこのIS学園、指定された体操服がノースリーブシャツとブルマー。コレも例外なくカスタム可能で、何故かクラシックスタイルだのハードサポートだの変にバリエーションがある。ちなみに靴下は基本的に自由でサポーター系統も可と結構緩め。
十九世紀頃に普及し、九十年代初頭にて性的に見られるという理由の批判と要望により消え去り一部変態の性的趣向と化したブルマー。ところがISの出現以降、なんでもその機能性の高さと女性本来の健康美観と尊厳を強く主張するスタイルとして、同性からの復権を強く希望された故に復刻採用されたのだと。しかも今の時代に沿った最新科学の生地を使っている模様。
アホかよ。ブルマー特有の定期的なポジション調整は必要だし体操服に健康美観や尊厳を求める主張は意味不明過ぎる。絶対ハーフパンツの方が良いと思う。何でバリエーションがあるんだよ。価値観どうなっているんだよ。そもそもGOサイン出した奴誰だよ出てこいよ。
控えめに言ってイカれている話だ。女性からの批判と要望が故に採用しなくなったのに、今度は同性からの変な主張と強い要望で再び採用だとは何の冗談か。こことは全く違う別の世界線ならば女性軽視だーや性的搾取だーと飛んでボコボコに糾弾される筈だ。いや、ISスーツのデザインすら結構アレなのだから今更か。噂によるとハイレグタイプも存在するのだと。IS業界は恐ろしいな。
しかし、そもそもの話この議論は要らぬ世話。ISによって女性の価値観は一変してしまったし、何よりも
閑話休題。今は一時限目の真っ最中なのだが、やる事さえやれば少しの自由が認められている。故に箒はクラスメイトと駄弁っていたのである。彼女も彼女で入学当初から大いに変わったな。
「負けた柳さんはその場で直ぐ飲んだ。そしたらものの一瞬で顔が青くなり口数がかなり減った。今日の朝なんてジェスチャーだけのやり取りだ。朝も飲んだのだなと直ぐに分かった」
「変に律儀だね……。どんな味なんだろ。私さ、昔グラブジャムンってお菓子食べた事あるんだ。すっごく甘くて一個半分しか食べられなかった。それと同じなのかな?」
「よく分からないが、柳さん曰くガムシロップを直飲みした方がまだマシらしい。嫌な甘さが暫く口の中に残って取れないのだと」
「嫌な甘さって何だろ……」
箒達の視線は揃ってとある方へ。それを辿ると一夏と隆道の班に何やら人集りが。
「はいはいはーい! 今のもう一回! もう一回やって貰って良いですか!?」
「柳さん、俺からも是非お願いします」
「ああ……? ……っあー分かった、分かった。そんな目で見るな。一旦弾抜くから待てって」
よく見ると隆道を半円状態で囲う生徒が数人。中心にいる彼はフルサイズのポンプアクション式散弾銃を持ち、装填口に指を突っ込んで弾薬──訓練用のダミーカートを抜く最中であった。
やはりと言うべきか妙に手慣れているものだ。アンロード中だろうと安全管理は徹底しているしもたつきなんてのも一切と無い。ダミーカート故暴発なんて起こり得ないが、それでも杜撰に扱うような素振りは見られなかった。
仏頂面は相変わらずだが不機嫌でもなさそう。最初なんて女子が視界に入るだけでご機嫌斜めになったというのに。
『WALKER』? 雑用係として各班の手伝いで彼の元から離れていて意外にも物静かであった。それが逆に恐ろしく、教員達はハラハラしているとかしていないとか。
物静かといえば三組にいる例の
「なんか、雰囲気とかいつもより普通そうだね。具合悪いとかでもなさそうだし」
「待て、よく見るとずっと口もごもごさせてるし眉間も時々皺が寄っている。あの皺の深さは……そうだな、不愉快度数一弱ってところだろうな。間違いなく例のエナジーゲルだ」
「え、急に何……不愉快度数……?」
「あの人の不愉快の度合いを数値化したものだ。ちなみに女関連なら目付きも鋭くなる。何か機嫌悪そうだなと思ったら目を見て判断すると良い」
「分かんない。全然分かんないよ篠ノ之さん」
箒の観察力は置いておいてだ。ダミーカートを抜き切った隆道はそれ等をテーブルに並べ、人のいない方へ散弾銃を肩付け頬付け目付けの順番で一挙一動に構える。
彼が何をしようとしているかは直ぐに分かる。ある者は彼の挙動に集中して、ある者はその目を輝かせる。彼はそんな女だらけの眼に対し嫌気を見せ──る事なく、全然気にしていない素振りでダミーカートを一つだけ取った。何だ? 本当にどうした? ドが付く程の女性不信の彼は何処へ行った? ダメージ受け過ぎてとうとう性格にも影響が出たか?
「じゃお願いします。さっきと同じ流れで」
「……あー、んじゃ先ずはコンバットリロード。
「……はい」
隆道のリロード講座が始まった。
彼は散弾銃を構えた状態で保持したまま装填。一つ目は排莢口に、二つ目は装填口に狂い無く、丁寧且つ素早く。それも束の間で、今度は四つを握り締めたかと思えばソレを装填口に絶え間無く込めていった。その時の彼は最初のチラ見以外は余所見をしながらやっていた。この時点で一夏も生徒達も一言言いたい事があったがぐっと堪えて続けるよう促す。
そんな彼等の心境なんて全くと分からない彼は再びダミーカートを抜いてテーブルへと並べる。今度は各々を直列に二つ重ね置き、手にも同じく二つ握り締めて。
そして彼は散弾銃を上下逆さにして──。
「んで弾をこんな感じに直列に二発持って一気に込めるこれが
「「「「「だから速い!!」」」」」
総ツッコミ炸裂。ものの数秒で六発を装填した隆道のハイスピードな装填は集まる生徒達の息をピッタリと合わせた。
今、彼が見せたのは散弾銃で行えるリロードの技法の一つだ。一発一発弾薬を込める必要のあるチューブマガジンの欠点──弾薬の消費の早さと装填時間の遅さを解決する技法である。
二発一列を込めるデュアルロード。二発二列を込めるクアッドロード。装填速度が従来の方法を遥かに凌駕するこのテクニックは、競技において革命を起こしていた。
そう、これは飽くまで競技向けだ。訓練すればそれなりには速いが、更に速さを追求するならば専用のシェルホルダーかチェストリグが不可欠で銃本体にもちょっとした加工等が必須等と準備が何かと必要であったり。よって、これ等の理由で警察や軍では先ず採用されていないとか。
余談になるが噂ではクアッドロードの更に上、二発三列で行うヘキサロードという難易度が高いテクニックも存在するとか。そこまでしなくてもスピードローダーかボックスマガジンで良くねと思ってはいけない。
瞬時に取り出し出来るISにそんな手間が掛かる技能は不用だろと思うかもしれないがそんな事はない。ロマンを求める人間は少なからずいるし、魅せる為に敢えて使う人間もいたりする。実際に過去の大会で銃のテクニックを駆使し射撃部門の上位を狙った者もいた。ISにおいて単純な強さは勿論の事、己を魅せるのも大切なのだ。魅せとか彼にはてんで関係無い話だな。
「んだよ……。こんなの簡単だろ、弾をまとめて掴んで入れるだけなんだからよ。速くもねえし。プロはもっと早えぞ」
「出来たら苦労しません! それに十分速い! 私達素人!」
「おかしいの柳さんの方ですから。というか普通見ながら弾込めますよね? 最初のチラ見だけであとは見ないで弾込めとか何しれっとプロっぽい事してるんですか。元軍人? 元ギャング?」
「ねえよ。元ギャングて何だよ失礼だな。つーか軍人もギャングもこんな事しねえだろ。見た事も聞いた事もねえよ」
無礼にも程があるが気持ちは分かる。
顔面傷だらけで常に目は死んでて近寄りがたい雰囲気で銃の扱いは不自然過ぎる程優秀。隆道の素性を知らない人間からすれば軍属か裏の人間と思われるのは仕方ないのだ。尚、彼はストリートギャングに近しい無法者集団の人間で且つ何十人もの男女を半殺しにした恐ろしい実績があるので一夏の疑問は当たっている。散弾銃もぶっ放した過去もあるし。内心ヒヤヒヤした事だろう。
彼のしてきた具体的な悪行はその内に語ろう。取り敢えず今は『隆道のリアルアウトレイジ』。これだけで想像しておいて欲しい。
「エアガンだよエ、ア、ガ、ン。前に言ったろ、知り合いに詳しい奴いるって。そいつよく学校に持ち込んではずーっと弄ってたんだ。他の連中に見せびらかしたり弄らせたり仲間を増やしてな。俺もその一人って訳」
「ああー、俺が中学の時も何かそんな感じの奴がいましたね。危ないだろーって先生に怒鳴られて没収されてましたっけ。……いや、それにしても何か手練れ感が……」
「そうそう、射撃も上手ですよねっ。ここ以外で撃った経験とかあるんですか?」
「いきなり話変えるんだけどよ織斑、今日の昼飯食堂に行こうぜ。たまには来なよっておばさんがうるせーんだ」
「え? 急に──あっ。……そーですね、んんー今日は肉メインにしてみよっかなー、うーん」
「ふっつーに無視された……」
「ごめんね、クラスが違うから分かんないよね。いつもこんな感じだから気にしないで」
女子はガン無視。やはり隆道は隆道だった。
隆道の女性に対する態度は軟化すれど、交流の域までは到達していなかったようだ。よく見ると彼は一夏にしか目を向けていないという。周りに女子は一人もいないものとしているのであろう。彼なりに折り合いをつけた結果なのであろうか。箒とかシャルロットの時みたく交流してくれたら言う事はないのだが──それは流石に無理か。
「……あ、そろそろ交代の時間っぽいです。さー皆、片付け片付け」
「はーい。……っていう訳だからさ、あの人とのお喋りは難しいから……え、何その顔」
「……いい。素っ気ないところも素敵、刺さる。ねね、私にチャンスとかってある?」
「嘘でしょ。話聞いてた? 耳腐っちゃった? 頭にお花畑咲いちゃった? 無いから。一ミリも無いから諦めて。間違っても変な事しないでね。っていうか、あの人に関しては誰にもチャンスは無いと思う」
「結構ズバズバ言うね。キレそう」
雑談している内に交代の時間となったらしい。室内の生徒達はぞろぞろと動き始めていた。
隆道の様子は普通、『WALKER』も大人しい。三組の狂人も特に動きはなさそう。今日も何事もない一日を送れそうだなと、箒達は染々と平穏を感じていた。
「私達も行こ。篠ノ之さん、今日こそは全弾命中目指そうね?」
「言うな……銃は苦手なんだ」
箒はまだまだあの兄妹を分かっちゃいない。
──あいつか? いやアイツだ。絶対アイツ。めっっっちゃこっち見てるぞ。控えめのひの字もねえんだけど。野心しか感じねえんだけど。
──ご名答。アレが例の不審者、更識簪です。確かに昨日の様子とは違うように見られますね。ですがまだまだ控えめです。篠ノ之箒と比較して圧倒的な差があります。正に月とすっぽん。
──控えめってそういう意味もあったのかよ。お前ソレ絶対本人に言うなよ。……それにしても代表候補生ってのは何かこう、色々と訓練してんじゃねーの? 不自然過ぎるだろ。もっと上手くやれって。狙いは俺か? お前か? その内また来るぞありゃ。
──彼女に敵意は無く危険性は有りませんが。警戒する程でしょうか?
──ああいった静かな奴ほどおっかねえんだ。何するか全っ然想像出来ねえから。昔似たような女に刺された事あるしな。ふらっと近づかれて、気づいた時にはブスブスーッと。
──何故です? その人間は今?
──闇バイトみてえなもんだよ。俺を刺したら一万円っつってたかな。金が欲しかったんだろ。そいつも唆した奴も数倍にして返してやったわ。今も無様に車椅子生活でもしてんじゃねえの? 知らねえけど。
──成る程。あんな人間でも危害を加えてくる可能性はゼロではないと。ではどうするのです?
──幾らでもやりようはあるんだが相手するのめんどくせー。……来たらお前に全部任せるわ。やれるだろ?
──勿論です。
──あの女、その内接触するかと思われます。誰かしらが近づこうとするのは予想してましたが意外な人間でしたね。……日葵様?
──あのクソアマこの野郎、姉妹揃って面倒事起こすんじゃねぇよくそ……。根暗は根暗らしく引きこもっとけよ……。マトモに自分の専用機も使えねえくせにボケが……。ぶち殺すぞ……。
──直ぐに対処しましょう。手配出来ます。
──……接触はしなくていい、一応契約だし。でもさ、このままじゃいけないよね。布仏に伝言お願い。今日のお昼ツラ貸せって。
──了解。……まさか生徒会長が裏に?
──可能性は捨て切れない、だから面倒なの。あのたらしがにーにとロボットを手駒にするとか絶対許さないっていうか近づく事自体許せない。出来るなんて全然思ってないけど。
──確かに想像出来ませんね。隆道様が誰かの下に入るなど。日葵様のご提案も蹴るのですからそこは安心出来ます。寧ろ逆上して関わった事を後悔させそうです。
──でっしょぉえへへぇ、分かってるねぇ♪ 流石叶ちゃん♪ ……ところで、そっちは色々と大変でしょ。疲れないぃ?
──日葵様のお仕事と比べれば全然。お気遣いありがとうございます。一区切りがつきましたら皆で何か食べに行きましょう。この前
──……もーっ。叶ちゃん好きになりそう。
揃いも揃って滅茶苦茶警戒していた。
暫くして放課後。ソレは意外にも早く。
『……また会いましたね、更識簪』
「あっ。……こ、こんにちはっ」
今日も部活動を堪能した『WALKER』は隆道を迎えに行く道中で簪と出会していた。
偶然──ではない。彼女はこの無人機と会う為ルートを予測して先回りし、あたかもばったりと再会しちゃいましたねという感じに装っていた。意図が何であれ、昨日の今日でまた来るとは。
尚、『WALKER』は彼女を既にマークしており行動の全ては把握済み。生体反応等のセンサーで捉え常に追跡していた。動きも、発声も、全てが筒抜け。バレバレだった。
そりゃそうだ。たかが人間が機械──ましてや追跡も隠密も奇襲も可能な機能モリモリロボット相手に先手を打とうなど笑止千万。片腹痛いわ。
──更識簪と接触しました。スキャンの結果、危険物の所有はありません。現状危険性は無し。対話を試み調査します。
──まあ、そりゃあお前の方に来るよな……。んじゃよろしく。遊んでやれ。
──了解。
『何かご用ですか?』
「あ、えっと……」
さて、どう攻めるかと『WALKER』は考える。
センサーで捉えていたものの、如何せん有力な情報は得られていなかった。授業中は終始無言、休み時間さえも無言。誰かとお喋りなんて無い。動きはほぼ無く、強いて挙げるならキーボードを叩く動作ぐらいだ。日中追跡してて分かったのはクラスで孤立しているという糞の役にも立たない情報だけ。流石に目的までは分からなかった。
ただ、今まで接点など無かった人間が近づいてくる理由なんて幾らでも思い当たる。『
疑い過ぎだと思うか? 適性発覚して研究員に目を付けられるわ言い寄ろうとした女子はごまんといるわ単に気に入らないという理由で襲われた事例もあるわテロ未遂までも発生してしまうわ。隆道に至っては争いが銃撃戦まで発展したしISが変異し前例無しの現象が起こり過ぎて世界中から注目の的だし天災も狙っているし。警戒するなという方が無理な話なのだ。
それも何れ分かる事。冷たくあしらっていれば自ずとボロが出よう。ここは変に詮索せず適当な事を言って──。
「あ、あのねっ。ウォーカー……さん?」
『何でしょう』
「私と……しょ、勝負、してみない……?」
『……勝負?』
「ゲーム好き、なんだよね? ボードゲームとかそういうの。友達から聞いてて……」
『……成る程』
おや? 何やら風向きが……。
それからまた暫くして。
「はい俺の勝ち」
「──だぁぁぁ!! もう終わったぁぁぁ!!」
「うわぁ……」
隆道の自室。今日もまた彼の部屋にていつものメンツが遊んでいるのだが──。
「え、えーと……。二十点のトリプルに十九点のトリプル、十二点のダブル……。す、凄い。また
「有言実行。だから言っただろ織斑、俺にコレで勝とうだなんて百年早いわ」
「ま、参りましたぁ……」
崩れ落ち跪く一夏、本を凝視し唖然とする箒、静かに勝ち誇る隆道。三人の目線は──小さな矢三本が綺麗に刺さったダーツボード。
彼等がやっていたのは『01』と呼ぶ、ダーツのゲームである。各々持ち点を三投の一ラウンドで減らし、最も早く且つ正確にゼロにした者が勝つ定番ルール。
始めの持ち点は何種類か決まっていて、公式で採用されているのは『501』。男子二人はこれをやっていたのであった。ちなみにボードは公式と同様ハードダーツで本格的だ。では、箒の呟いたナインダーツとは何か?
ナインダーツとは最短の三ラウンド──つまり計九本のダーツのみで丁度上がり切る事を指す。非常に高い技術等が必要であり、プロの大会でも滅多に出ない。パーフェクトゲームとも言える。
そんな高難易度も高難易度であるソレを隆道は叩き出していたのだ。しかも──三試合連続で。一夏は為す術もなく負けまくっていた。
「いや、その……何でそんな正確に……?」
「何かしら投げるものは昔から得意なんだよな。特にダーツはガキの頃ハマりまくって暇があればずーっと投げてた。久々にやったが全然鈍っちゃいなかったな。どこでも当てる自信はあるぞ? 試しにそっちで数字決めてみろ」
「……じゃあ、シングルブル、ダブルブル、一のシングル。出来るだけ真ん中寄りで」
「ほい、ほい。んで、ここっ」
「いやだから何で……!!」
「はは……。そりゃ、勝てるわけがないな……」
全て的中。
辛うじて当たったとかではない。全て一直線で指定された箇所に深々と刺さっているし、最後のダーツなんて一夏の希望通り真ん中寄りに命中。しかもシングルブル判定にはならないギリギリの所に刺さっていた。何という高精度なのだ。
これも特技の一つ──というか、ダーツだけに限らず彼は投げ全般が得意中の得意。狙った所は必ずと言って良い程当たるし速度も申し分無く、例えそれが未経験のものでも直ぐにコツを掴んで達人の領域に達する。恐らく、投擲種目の競技に出れば無双出来よう。ここだけの話、彼は地元で『投擲』に関する催し全てが出禁となっている。総なめにされるから。
腕っぷしが強くてパルクールも出来て銃火器に詳しくて投擲が得意。ISに乗れるを抜きにしても逸般人の類いだな、この男は。
「……もう飯にしましょう。何希望します?」
「チキンステーキ。ガーリックバター付きで」
「お、良いですね。俺もソレにしましょ」
「……ところで、ウォーカー帰ってきませんね」
「あん? そういや遅えな、アイツ」
そろそろ夕食時。『WALKER』は部活に行って以降姿を見せていない。いつもならこの時間帯になる前には帰ってくる筈だが。
最後に連絡を交わしたのは凡そ二時間前。簪と対峙したという報告から大分経っていた。
「聞いてみるわ」
「聞く? ……あー、連絡出来るんでしたっけ」
「まあな。……んー……」
──……ウォーカー。おいウォーカー。
──此方ウォーカー。
──お前、今どこにいんの?
──更識簪の所です。……ところで隆道、私はこの人間を侮っていました。
──まだ相手してんのかよ。何があった?
──彼女は強者です。それもかなりの上位の。状況はかなり危うくなっています。
──は、お前、何でそれを早く言わねえんだ。くそったれが、今行くから持ち堪えろ。
──……いいえ、隆道は不要です。これは私の戦いなのです。
──ああ? お前──……いやちょっと待て。今ソイツと何してんの?
──何ってそれは勿論──。
同時刻。一年生寮の一室。
「はぁっ……っ……はぁっ……」
『…………』
室内中央で静かに対峙する簪と『WALKER』。彼女は今やとても疲労し、一方の『WALKER』は不動だ。まるでそれは、機能が停止したかの様に微動だにせず。完全に固まっていた。
彼女達の目線は──互いではなく斜め下辺り。そこにあるのは──。
「か、か……」
『これは……』
──互いの駒が入り乱れまくった将棋盤。
『詰みです。参りました』
「か……勝ったあああああぁぁぁぁぁ……!!」
端に追い込まれた『王』の正面には『金将』、その真後ろには『と金』。『頭金』と呼ばれる、最も基本となる詰み。何処にも逃げ場は無い。
つまり──負けたのだ。あの『WALKER』が。ボードゲームにて無敗だったあの無人機が。
対局時間、二時間三分。手数、百四十四。
勝者、後手──更識簪。
勝ちが確定した簪は緊張の糸が切れ、大の字に床へと倒れてしまった。色々とはしたない格好となっているがそれを気にする余力は無いようだ。ただ、その表情は達成感で満ちていた。
『WALKER』は彼女に手加減などしていない。寧ろ、隆道や一夏同様速攻で勝つつもりだった。だがしかし、それでも負けた。ほんの僅かな差で勝利を与えてしまった。
故にだ。それ故に『WALKER』は彼女に──。
『……更識簪』
「……っ!? な、何……?」
『もう一局どうです?』
「──!?!?!?」
『それか別のゲームでも。何でも有りますよ? もう少し遊びましょう。チェス? リバーシ? マンカラ? トランプも有ります。希望があれば部屋から色々持って来ま──』
「ちょ、ちょっと休憩、させて……」
『隆道が言っていました。『
「ひぃぃぃぃぃ……」
言葉通りに受け取ってんじゃねーよ!!
◆『どっこらショット』
簪が開発中のお手製栄養剤。死ぬ程甘いらしい。今後は更に改良に励む模様。
※原作九巻、運動大会の昼食時にて登場している。見た目、味、PVはほぼ原作そのままで誇張無し。一夏一人だけ犠牲になっている。今作においては隆道が主に犠牲になる。
~ここから後書き~
あと一話と+α。(メイン一話と魔女狩り)
更新遅くてマジごめんなさい。