地の文、台詞等微量修正。
千冬から隆道の専用機についての話があってから日時は過ぎ、日曜日の夕方。職員室で真耶は政府からようやく届けられた隆道の身辺調査書を見ていた。
半月前に政府から送られてきた隆道に関する書類は目を通したが、それは今までの家族構成と適性検査前後の詳細のみ。隆道の過去の経歴は一切無かった。
「な………なんなんですか、これは」
その内容を見て真耶は絶句する。
所々が虫食いのように塗り潰されており、全ての詳細を把握する事は不可能になっている。
いったいなんだこれは。これでは身辺調査の意味が無いではないか。
何故政府はこんな虫食いだらけの調査書を送ってきたのか。
辛うじて把握出来るのは小学校、中学校で一回ずつ転校をしている事だけ。
「知るな、………ということなのでしょうか」
真意は不明。だがこれでは隆道の事が全く分からない。
いったい彼がどのような被害にあってきたのだろうか、何故あそこまで女性とISを敵視するのか。
詳細を知ろうにも、隆道が在学していた高校からは聞き込みを拒否され、近所の住人は話したがらない。
このままではいけない、自分自身で確かめなくてはと、真耶は受話器を取った。
「柳さん、本当に大丈夫なんですか?」
「今更だろ。つか、乗らねえとか言っときながら結局乗る羽目になるんだからお笑いだよな」
「でも、柳さんは………」
「向こうはこっちの事なんざ知ったこっちゃねえだろうよ。………それよりも、結局今日も織斑の専用機来なかったな」
場所は変わって、一夏の自室である1025号室。一夏と隆道の二人は暇を潰しながら千冬の連絡を待っていた。今日は隆道の専用機が届く日である。
一夏と同居している箒は現在部活の真っ最中とのこと。
「確かに来ませんでしたね。最新型らしいですけど」
「俺よりも織斑の専用機を優先しろっての。先に渡す事決まってんのになにやってんだか。やったことなんて知識を身につけるのと稽古をして体力をつけただけじゃねえか」
そう、一夏の専用機は未だに来てない。明日のセシリアとの対決に間に合うかどうかも怪しい。
一夏に出来たのは授業に食いついて知識を多少得た事と、箒による怒濤の稽古で何度か死にかけたが体力がついた事。隆道のサポートのおかげで回復も早く、次の日まで疲労が取れないということはなかった。
知識については隆道の部屋で自主勉をし、隆道も渋々付き合ったので彼も多少は知識を身につけている。
一夏が隆道の部屋に行く度に箒に睨まれてることを彼は知らない。
「柳さんのは量産機でしたっけ。俺のは最新型なのに不公平じゃありません?」
「ばっかお前、ISの開発にどれだけの時間と労力と金がいると思ってんだ。それに俺が適正発覚したの半月前だぞ。どこぞの天才でもない限りどうやったって最新型なんか間に合わねえよ」
「あー、それもそうですね」
ISには計り知れないほどの開発費を要する。それに加えどの国も人材不足というのもあり、おいそれと新型開発など出来ないのだ。
ちなみに一夏の専用機開発に技術者を取られてしまい、開発途中だったISを未完成のままにされた代表候補生がいるのだが、彼はその事を知らない。
「柳さんの専用機が第二世代で俺の専用機が第三世代、でしたっけ?操縦者のいめ、いめー………」
「イメージ・インターフェイスな。なんで俺の方が覚えてんだ」
「そ、そう、それです。思考制御する特殊兵装の搭載を目的とした世代………ですよね?」
「なんで途中から自信無くすんだよ………。少しは自信持て、合ってるから」
ISは第一世代、第二世代、第三世代と進化しており、現在はその第三世代に移り変わろうとしている。
第一世代は兵器としてのISの完成を目指した機体を指し、現在はほぼ退役している。
第二世代は『
そして最新型である第三世代。一夏が言ったようにイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装を搭載した機体を指す。
だが、未だ実験機の域を出ていなく、その特殊兵装を使用する際も集中力が必要だったり燃費が悪いなど課題は多い。
この事から隆道は一つの不満があった。
「つか、やっぱおかしいわ。なんで初心者に実験機の第三世代を渡すんだよ、せめて第二世代だろうが。色々舐めてんだろ」
「最初聞いたときは深く考えなかったんですけど、言われてみればですね。………なんか色々不安になってきたんですけど」
「物が来ない以上考えても無駄だなこりゃ。………そういやあの馬鹿の情報とかどうだったんだ?」
「馬鹿………?ああ、オルコットさんの事ですか。えっとですね、たしか第三世代で名前が『ブルー・ティアーズ』って言いまして。中距離射撃型だそうです」
「ブルー・ティアーズ?蒼い雫ってか。んで、第三世代ってんだから勿論特殊兵装積んでるんだろ」
「はい、どうやらですね───」
一夏が言いかけたその時、扉は叩かれる。一夏が扉まで足を運び、開けると千冬がいた。どうやら隆道の機体が到着したようである。
「ようやくかよ。つかあんた、織斑の機体はどうなったんだ。俺よりそっちを優先すべきなんじゃないのか」
「………それについては我々は関与していない。此方も何度か催促してるのだが、遅れるとの一点張りだ」
「だったら試合なんて延期すればいいだろ。クラス代表なんてあのイギリス人にやらせればいい。そこまでして織斑を戦わせる理由でもあるのかよ」
「アリーナ予約の関係もある。今更変更は出来ん」
IS学園のアリーナで行う今回の試合は一組の貸し切りとなっており、そう簡単にキャンセル出来るものではない。しかも明日使用する為尚更変更など不可能だ。
「物は言いようだな、織斑より大事か。流石教師だな、ご立派過ぎて涙出ちまうよ」
「………」
千冬をこれでもかと煽る隆道。流石に効いたのか、千冬の顔は少しばかりピクピクと痙攣しはじめた。
「………まあ、別にいいか。俺にはあんたの考えなんざ理解出来ねえし、したくもねえからよ。んなことより早く案内しろよ、さっさと終わらせようぜ」
「………ああ、そういうわけだ織斑。しばらく柳を借りるぞ」
「え、あ、うん。分かったよちふ───っでぇっ!?」
「織斑先生だ」
言い切る前に千冬の制裁が炸裂する。一夏が千冬を織斑先生と自然に言える日はまだ先のようだ。
第一整備室。その部屋で隆道と千冬は並び立ち、一機のISを見つめている。
そのISの名は第二世代型IS『打鉄』。
日本製量産型ISであり、二世代型ISの中では最高の防御性能を誇る。
肩部の浮遊シールドは自己修復機能を備えており継戦能力を上げ、支援機として高い能力を持つだけでなく、扱いやすさと、整備のしやすさから、各国で多くの機体が稼働している。
ちなみにIS学園の訓練機ではもっとも多く配備されている代物だ。
「………これがそうか」
「ああ、
目の前のISはまだ初期設定状態であり、これに乗って初期化と最適化(合わせて
千冬に言われてゆっくりと足を運ぶ隆道だったが、目の前まで進んでぴたりと足を止めた。
「………」
「………どうした?」
打鉄の前に立つなり急に黙り始める隆道。千冬が彼の顔を覗くと、その目は暗く、哀しく、そして悲痛な表情だった。
以前のような憎悪は感じられない。どういうことだと、千冬が疑問に感じてると隆道が一言呟いた。
「………しばらく一人にしてくれよ」
「………」
「逃げはしねえよ。………一次移行が終わるまででいい」
「………分かった。管理室にいるから終わったら連絡をくれ」
隆道が何を考えてるかは分からない。だが一人にさせた方が良いと感じた千冬は、そう一言言って第一整備室から出ていった。
「………くっ」
一人になり、目の前のISをじっと見つめる隆道。数秒ほど経ち、ふと頬から水滴が滴った。
それは涙だった。以前屋上で流したのとは違い、今度は大粒の涙。
「………くそがぁっ!!」
隆道は叫びながら目の前のIS、打鉄を右手で思いっきり殴り付ける。ISは金属の塊だ、当然びくともしない。むしろ彼の拳の皮膚は裂け、軽く出血する始末。
殴ったところで意味はない。しかし、彼は殴らずにはいられなかった。
『ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください』
「何が………、何がパートナーだ!こんな………こんなの兵器以外なんだってんだ………!!」
以前、授業に遅れて教室に入ろうとした時の真耶の言葉を思い出す。
一夏の前ではなんて事ないような振る舞いだったがそんなことはない。忌み嫌うISを自ら纏う、それが堪らなくてしょうがなかったのだ。
千冬に出ていってもらい、溜め込んでた感情が吹き出る。それはモノレールで怒鳴り散らしたのとは違う、悲痛な叫び。
「なんで………!なんで、俺なんだ………」
もう後戻りは出来ない。そう思うだけで涙が止まらない。
隆道は徐々に崩れ落ち、打鉄に手を添えたまま膝をつく。もはやその姿はとても生徒全員より年上には見えない。
そして限界に達した彼は───。
「ぐ、うぅ………ぁぁぁああああああ」
───枯れてしまいそうなほどに泣き叫んだ。
「入るぞ」
千冬が出ていってから40分後、隆道から一次移行が終わったと連絡を受け彼女は直ぐに整備室へと戻る。
部屋に入ると、そこには一次移行を終えたIS、打鉄を身に纏う隆道が力なく立っていた。
そのISは既存の打鉄と姿は変わらない。しかし色は見慣れた銀灰色ではなく、光沢の無い
「………よぉ、これでいいのか」
隆道が千冬の方へ顔を向けると、あまりの悲惨さに彼女は目を見開く。
隆道の目は今まで見た時よりも濁っており、声も絶望に陥ったかのように暗い。
それだけじゃない。彼からは『敵意』も『憎悪』も、何も感じられない。
(これでは、これではまるで死人ではないか………!)
酷い、これはあまりにも酷すぎる。我々が彼をここまで追い詰めてしまったのかと、千冬は自分を殴りたくなる衝動に駆られた。
「黙ってないで、なんとか言えよ………。どうやって外すんだ………これ」
「あ、ああ………。解除と念じろ。そうすれば勝手に待機形態になる」
「………」
隆道は目をゆっくりと目を瞑る。するとISは光の粒子と化し、やがて彼の首元に集まり待機形態へとなった。
「んぁ………?これが待機形態………?」
それは首輪だった。隆道のISは、細長い長方形のパネルのようなものが組み込まれた鉄の首輪となり彼の首に付けられている。
ISの待機形態は通常アクセサリーの形状になるが、どのような形になるかは指定出来ない。その為どういったものになるかは機体にコアを組み込むまで分からないのだ。
一次移行する前の待機形態は銀色の腕輪だったが、それが何故か鉄の首輪に変貌した。
理由は分からない、だが隆道にとって首輪は色々な意味でマズかった。
「ははっ………首輪、か。飼い殺すってか、くそったれ」
もはや今の隆道に感情は無いに等しい。彼の変わり様に千冬は唖然としてしまった。
これは堪らない。一夏にも決して見せなかった涙が溢れそうになるが、唇を噛み締める事によってこれを耐える。
「や、柳………気分は、………良いわけないか。………すまない」
「謝るより笑ったらどうだ。あれだけ乗らねえと豪語してたクソガキがお前らの望み通りISに、しかも専用機に乗ってるんだぜ………」
「柳………」
もはややけくそになっている隆道をどうにか宥めようと、千冬は必死に思考するが言葉が出てこない。どのような言葉を掛けてもマイナスにしかならない未来しか見えないからだ。
「もう、いいか?………帰らせてくれ」
「………ああ、構わない。あと、これが必要事項だ。必ず目を通してくれ」
そういって千冬は電話帳以上に分厚い書類を袋に包んで渡す。何も言わずに受け取った隆道はそのまま黙って整備室から出ていった。
隆道が出ていったと同時に千冬は小粒の涙を流す。もうダメだ、我慢の限界だと。
「う、くっ………すまない、すまない………」
場所は変わって一夏の自室。部活が終わり帰ってきた箒がシャワーを浴びている頃、一夏は明日の追い込みをかけるべく自主勉をしながら隆道の事を心配していた。
「本当に大丈夫かな、柳さん」
隆道が千冬に呼び出されてから一時間以上は経つ。手続きに手子摺っているのだろうかと一度は考えたが、違う気がする。嫌な予感しかしないのだ、あれほどISを嫌っていた隆道があっさりと諦めたりするのだろうかと。
「………考えてもしょうがないか」
これ以上考えても仕方ない。まずは明日の為に出来るだけ知識を詰め込んでおかないとならない。専用機が未だ届かない一夏が出来ることはそれだけだった。
「一夏、あがったぞ」
「うん?ああ、じゃあ俺もシャワー浴びるかな」
いつのまにか止めていた自主勉を再開しようとするが、丁度箒がシャワー室から出てきた為、後にしようと一夏はシャワーを浴びる事にした。
「………」
一夏がシャワーを浴びる最中、箒は一人考えに耽っていた。
最近あまり一夏に構って貰えなかったのだ。朝食時間と昼食時間、そして放課後の稽古と夕食時間以外は暇さえあれば隆道の所へ行き、先輩後輩のような、それでいて気楽な会話をしている。
これだけで言えば箒の方が一緒に居る時間の方が長く思えるが、本人は満足していなかった。
一夏の気持ちもわからなくはない。女性だらけの環境に同じ境遇の男子がたった一人なのだ。隆道の所に自然と足を運ぶのも理解出来る、しかし納得は出来ない。
初日もそうだ。六年ぶりの再会だったのに、一夏が最初に向かったのは自分ではなく隆道の方。箒はこれが面白くなかった。だから堪らずに自ら向かい、彼を無理矢理な形で連れ出したのだ。
彼の明日に向けての稽古は力を取り戻すと豪語したが、実は二の次。可能な限り一夏と一緒に居たかったという欲望の表れである。
その結果、一夏はメキメキと力を取り戻していったので互いにWINWINだろう。
かなり稽古に熱中したので毎度一夏は伸びてしまったが、隆道のサポートにより次の日には疲労など見えずピンピンしていた。その事については感謝をしても良いのかもしれない。
「柳………隆道」
ふと二人目の名前を箒は口にする。
常に無表情で目は暗く、左頬にある二本の古傷。女性とISを嫌悪している彼には少し親近感があった。
望んでもいないIS学園に無理矢理連れてこられる。私と一緒だと箒は思った。
箒の姉、篠ノ之束により自身の人生を狂わされ、好意を寄せていた一夏と、家族は離れ離れになった。
そしてその日から転校を繰り返して中学を卒業し、自分の意思など関係無いと言わんばかりにIS学園に入学させられる。
過程は違うが、彼も私と一緒で国に振り回される身なのだと感じた。
そして、箒はやはり隆道にひっかかりを覚えている。
ひっかかりと言えば初日に一夏を連れ出した時もそうだった。
あの時は仕方ないとはいえ彼にギリギリまで接近したが、彼は一目見るだけで何もなかった。
隆道は
確かに自己紹介の時とセシリアの一連で敵意、警戒心、憎悪、殺意は感じた。
だがそれだけだった。他の生徒には向けていたが、箒には一切向けていない。
いったい何故と、そう考える箒だがひっかかりを覚えるだけで答えは全く出てこない。
「わからん………」
疑問が止まないその時だった。部屋の扉を軽く叩く音がしたのだ。
いったいこんな時間に誰だと、箒は扉へ向かう。扉を開けると、そこにはかつてないほど暗い雰囲気を漂わせる隆道の姿があった。
「あ、貴方は………!」
「………ああ、篠ノ之か」
箒は思わず面食らってしまったが、よく見ると隆道の様子がおかしい。全てにおいて絶望したような、そんな感じに見えた。
「織斑は、不在か」
「え、いや、その、一夏は今シャワーを浴びてます」
「ああ、なるほどね………それじゃ、伝言頼めるか………?」
いつも以上に暗く、声も活気がない。シャワーを浴びる前に専用機を受け取りに行ったと一夏から聞いていたが何か問題があったのだろうか。
箒は言葉にはしないが、今の隆道は死人にしか見えなかった。
「え、ええ、どうぞ」
「今日はこのまま帰って寝る。そう、伝えといてくれ………じゃあな」
そう言って隆道は力なく帰っていく。その後ろ姿を見て、箒は何故か哀しいと感じた。
翌日の月曜日、放課後の第三アリーナ・Aピットにいるのは一夏、箒、千冬、そして隆道の四人。
四人は一夏の専用機を待ってはいるが、未だ来てない。既に対戦相手のセシリアはアリーナに出ているというのにだ。
「………なあ、箒」
「………なんだ」
「いくらなんでも遅すぎだと思わないか?今日対戦すら出来ないんじゃないか?」
「こればかりはどうしようもない。待つしかないだろう」
一夏は一層不安になる。専用機は届かないとなると確かにどうしようもない。これではアリーナ貸し切りが無駄になるだけじゃないかと。
「………」
それに、一夏を不安にさせてるのはそれだけではなかった。
ピットの隅を向くと、そこには鉄の首輪をずっと弄ってる隆道がいる。彼がここにいる理由は、観客席に男一人だけいるよりは良いだろうという単純なもの。アリーナに行く事すら断られるかと思いきや、彼は二つ返事で来てくれたのだ。
そんな彼が弄っているあの首輪が隆道の専用機だということは千冬に先程聞いたので、首輪については何も思ってはいない。問題はそこじゃない。
「………」
隆道の雰囲気はかなり暗く、濁った目をしていた。一夏が声を掛けても何処か上の空で、声も活気が全く無い。
昨日のシャワーを浴びた後に箒から隆道の伝言を一夏は聞いたが、その時からあの様子なのだと。一体何があったのだろうかと、一夏は不思議に思っていた。
「えと、柳さん。具合でも悪いんですか?」
「………?ああ、悪い。聞いてなかった………なんだって?」
「いえ、具合でも悪いのかなと」
「具合、ねえ。大丈夫だと思うぞ。………大丈夫だと思う」
隆道の返答を聞いて一夏は直ぐ様察した、絶対大丈夫じゃないと。
非常に嫌な予感がする。近いうちにとんでもないことが起きる。そう勘が告げているのだ。
「………そんなことより、まだ専用機来ねえのかよ。今日はもう来ないんじゃねーの」
「あ、えーと。………どうしましょうか、これ」
「仮に今来たとしても一次移行しなきゃならねーし、試合なんて出来ないだろ。帰ろうぜ」
そう言って隆道が帰ろうとした矢先に、真耶が駆け足でピットに来る。どうやらたった今一夏の専用機が到着したようだ。
「来ました!織斑君の専用IS!」
「や、柳さん!来たそうですよ!俺のISが!」
「あ?今更来たのかよ。いくらなんでも遅すぎじゃ───」
やっと来たのかと、隆道は呆れながら振り向きそのISが視界に入った途端───。
「───」
───彼の息は止まった。
そこにあるのは灰色のIS。初期設定状態だからなのか、飾り気の無い見た目をしている。
見たことは無いはずだ。
なのに、何故息が詰まる。
何故恐怖を感じている。
心臓の鼓動が良く聞こえるほど、隆道は周りが静かに思える。
次第に鼓動は大きくなり、言い様のない恐怖に駆られる。
まるで、十年前の───。
「───さん!柳さん!」
「っ!?」
一夏の叫びによって隆道の意識が戻る。いったい今のはなんなんだと。
もう一度一夏の専用機を見るが、今度は何も感じない。
流石に気のせい、とは思えない。
(なんなんだよ、さっきのは………)
ISを見るだけで嫌悪感が凄まじい事になるのはあったが、恐怖したのはこれで
気味が悪い。隆道はそう感じずにはいられなかった。
「柳さん!やっぱり具合が………」
「あ、ああ、悪い。もう大丈夫だ」
「………本当ですか?」
「しつけえぞ………。俺は大丈夫だから、さっさと一次移行して帰ろうぜ。試合なんて間に合わねえだろ」
隆道は謎の恐怖感を振り払い、先ずは現状を把握する。一夏の専用機は初期設定のままだ。一次移行しなければいけない。まさかこのまま試合に駆り出すなんてバカな事は無いだろうと彼は思ってはいたが───それが現実となる。
「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用出来る時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」
「はい?」
「なぁっ!?」
千冬の衝撃的な言葉に一夏は素っ頓狂な声をあげ、隆道は驚愕する。
「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないから初期化と最適化は実戦でやれ。出来なければ負けるだけだ」
「おい!ちょっと待てよ!気は確かかあんた!?」
「柳。さっきも言ったが、アリーナの使用時間は限られている。織斑には、実戦で一次移行させる」
「あんた、自分が何言ってるか分かってんのか………!一次移行も済んでない織斑を、代表候補生と戦わせようってのかよ!?」
隆道の怒鳴り声に全員が驚愕する。ほとんど無表情で淡々としか喋らない彼が、一次移行を済ませてない一夏を行かせまいと怒っているのだ。
「………そうは言うが、オルコットは既に待機している。観客席にいる生徒もだ。ここまできて中止となれば、どうなるか分かるだろう」
「………!?」
隆道は察した。もしこのタイミングで中止したら、その皺寄せは一夏に行く。逃げ出した臆病者というレッテルを貼られて。既に一夏には逃げ場は無かった。
「く、くそったれが………!」
もはやどうにもならない。一次移行を完了させるには30分前後は必要だ。それまでに持ちこたえるなど、隆道には想像出来なかった。
そんな絶望を顔に出す彼に、一夏は声を掛ける。
「柳さん。俺の事心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。なんとかなります、なんとかしますから」
「織………斑………」
一夏の顔を見て隆道は目を見開く。彼の目はどこまでも真っ直ぐで、見惚れてしまいそうなほど綺麗だった。
(どうして、お前は………)
一夏を見て隆道は固く決意する。尚更一次移行を終わらせてない一夏を出すわけにはいかないと。
だが試合の中止は出来ない。ならばどうするべきか?
隆道の答えは決まった。
「………織斑、一次移行が終わるまでここで待て」
「へ?それはどういう………」
「俺が出て時間稼ぎをする」
「「「「!?」」」」
隆道の言葉に全員が絶句する。あの隆道が、自ら試合に出ると言い出したのだ。
「や、柳くん!?いったい何を言ってるんですか!?」
「待て柳!何故お前が出る必要がある!?時間は無いとあれほど───」
「一次移行には30分前後掛かるって言ったのは何処のどいつだ!!だったら俺が出て時間稼ぎしても多少時間が増えるだけで変わりねえだろうが!!」
「しかし………!」
千冬はなんとしてでも隆道が出る事を止めたかった。
彼のISと女性に対する憎悪もそうだが、昨日の出来事を見てしまったからには止めなければならない。
だが───そんな事は隆道には関係無い。知ったことではない。
「あんたはブリュンヒルデだろうが!多少の融通は利かせろ!そんなに自分の弟より規則が大事か!!あんた授業で言ったよなあ!!『兵器を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる』ってよお!!今の織斑がまさにそうじゃねえか!!一次移行も済ませてない、機体の詳細も知らないISで試合なんてやってみろ!!どうなるか分かったもんじゃねえ!!」
千冬の言葉を一切聞かないと言わんばかりの怒涛の剣幕。初めて隆道の怒った感情を見た全員は言葉を発する事が出来ない。
「悪いが、一次移行を終わらせてない織斑を出させる訳にはいかねえ。そんなに男のIS試合を見たいんだったら、俺が出てやるよ」
隆道の心からの訴えは止まらない。
「どうなんだ。なんとか言えよ、おい………」
ピットに響く彼の言葉に千冬は───。
「さっさと答えろぉっ!!!織斑千冬ぅっ!!!」
───遂に折れた。
「………分かった。柳、ゲートに向かってくれ」
「お、織斑先生!?」
「………」
隆道は千冬の言葉により怒りは消え、無表情のままゲートに向かう。
隆道の怒りによって唖然としてしまった一夏だが、直ぐ様我に返り彼を止めるべく走り向かった。
止めなくては。自分の為に隆道に戦わせるなど、そんなの到底許されない。
「柳さん!なにも柳さんが出ることなんて!」
「いいんだ織斑。これでいい。お前はさっさと一次移行を済ませろ」
「でも!」
「別に勝てるとなんて思ってねえよ。ただ時間稼ぎするだけだ」
「なんで、どうして………」
一夏は隆道の自己犠牲に目頭が熱くなる。事の発端は自分なのに、どうしてそこまでするのかと。
「さあ、………なんでだろうな」
その一言を最後に、隆道は一夏を避けてゲートに向かった。
これから起きる事を知っていれば、誰もがどんな手を使おうとも隆道を止めたであろう。
彼はIS学園に来るべきではなかった。
彼は専用機を受け取るべきではなかった。
彼は、決して戦ってはならなかった。
───操縦者の異常を確認。心拍数上昇。処置を実行。………ERROR───。
柳隆道の専用機待機形態『鉄の首輪』
(元ネタ :ソロモン6号)