元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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17.先輩に見られながらの登校

 朝の登校は近所の全学年の子が集まっていっしょに行くことになっている。集団登校というやつだ。

 場所は公園、近所の一年生から六年生までの小学生が集まっている。葵ちゃんも家が近いのでいっしょに登校しているのだ。

 

「葵ちゃんは本当に俊成くんが好きなのねー」

「うん!」

 

 集団登校を共にする同じ班の女子が葵ちゃんに話しかけている。俺の手を握りながら葵ちゃんは笑顔で頷いた。

 葵ちゃんは高学年の女子からのウケがよかった。彼女からは面倒を見て上げたくなるような、そんな庇護欲をかき立てられるのだろう。俺にも現在進行形で憶えがある。

 葵ちゃんの俺に対する好き好き光線は五六年生の女子からすれば微笑ましく映っているようだった。ここには瞳子ちゃんがいないから男を取り合う女の図、なんてものは存在しない。純粋なかわいらしいカップルに見えているのかもしれない。

 

「ふふっ、そんなに仲良しな姿を見せられたら羨ましくなっちゃうな」

 

 柔らかい雰囲気をかもし出す高学年の少女が口を手で隠して笑う。小学一年生と比べればだいぶ大人っぽく感じる仕草だった。

 

野沢(のざわ)先輩、からかわないでくださいよ」

「ふふっ、ごめんね俊成くん」

 

 謝りながらも笑いを堪え切れない様子だ。そんな顔をされると許してしまうではないか。

 野沢(のざわ)春香(はるか)先輩は小学五年生の女の子である。髪を二つに結んでおり、同年代の子と比べても少し大人びている女子だ。体も高学年の女子相応に成長しているので、一年生の俺からすれば大きく見える。

 高学年の人の中でも俺はこの野沢先輩と特に仲良くしていた。それには理由があったりする。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 小学生になってから俺は体を鍛えることを始めていた。

 学生時代、男子にとっての運動能力は大きな意味を持つ。スポーツができると一目置かれるし、単純に運動ができる奴はかっこいいのだ!

 まず手始めに走ることを始めてみた。脚が速いのはかなりのステータスだ。小学生は何かと走ることが多いからな。基本をしっかりしておこうと思ったのだ。

 問題はいつどこでやるか。六歳だと親だって心配で遠くへ行くことを許可してくれない。遠くまでランニングしに行くというわけにもいかなかった。

 母親との話し合いの結果、近所の公園でならと許可をもらった。葵ちゃんと初めて出会った公園である。何かあったとしても家から近いのなら幾分か安心だろう。そうして場所は決定された。

 次は時間帯である。夕方は葵ちゃんといることが多い。門限があるので夜はもちろんダメ。残ったのは朝方の時間帯だった。

 学校に行く前に公園で体を鍛えることにした。早起きはつらかったけれど、ここで努力を惜しんではならないと思った。自分の平凡さはわかっている。立派な男になるには様々な努力が必要だと理解していた。

 体を鍛えるのはその一つだ。ここで眠たいからやめるだなんて口にするわけにはいかない。同じ後悔だけはしたくないのだ。

 そんなわけで朝の公園にやってきた。準備体操をしてからダッシュで公園の端から端までを往復する。持久力強化のためにダッシュで疲れた体のまま公園をぐるぐると何周も回ってみたりもした。

 素人考えながらも、スポーツにおいて走るのは基本だろう。前世での運動部ではとりあえず走らされてきたからな。

 そんなことを続けていると、ある日野沢先輩が公園に訪れたのである。ジャージ姿から彼女もトレーニングに来たのだと察した。

 朝早くから小さな男の子が一生懸命走っているという光景は、少なからず野沢先輩に驚きを与えたようだった。

 運動を終えた後のストレッチ中に彼女は俺に話しかけてきた。

 

「すごくがんばってるみたいだけど、なんでそんなに走るの?」

 

 疑問をそのまま口にしたという感じだった。息を整えながら答える。酸素が足りなかったからか俺の答えは単純なものとなった。

 

「立派な大人になるためです」

 

 少女は目を丸くしていた。それからくすくすと笑い出した。何がツボに入ったかわからなかったので首をかしげることしかできなかった。

 これがきっかけで野沢先輩とは朝のトレーニングをいっしょにさせてもらう関係となったのだ。その日の登校時に先輩と同じ班だということに気づいた。葵ちゃんの相手ばかりしていたからそれまで気づかなかった。彼女の方はすぐに気づいていたらしいけれど。

 小学校も高学年になるとクラブ活動というものがある。野沢先輩は陸上クラブであった。朝のトレーニングはそのためのものらしかった。

 

「私、走るのが好きなんだ。あんまり得意なことってなくて自信を持てないことばかりだけど、走ることだけは自信を持って好きだって言えるんだ」

 

 毎朝いっしょにトレーニングをしていると、不意に彼女はそんなことを言った。小一の俺から見ればやっぱり先輩は大人びていて、その言葉にはしっかりとした意志を感じられたのだ。

 中身はおっさんな俺だけど……、小学生から見習わなきゃいけないことってたくさんあるのだと思った。

 この日から俺は尊敬の念を込めて彼女を「先輩」と呼ぶことにしたのだった。お姉さんと呼ばれることはあっても、小学生で先輩と呼ばれることはなかなかないらしかった。

 野沢先輩はあまり「先輩」と呼ばれるのが好きではないようだった。でも俺は彼女を先輩と呼びたかった。尊敬できるのは何も大人ばかりじゃない。そう思ったから。

 野沢先輩ほど考えがまとまっているわけじゃない。前世があるにも関わらず、将来設計だってまだまだ決めきれてはいない。それどころか好きなものとか得意なことでさえ定かじゃない。

 だけど、自分を信じて好きなものを好きだと胸を張って言える野沢先輩の姿は、俺だってもっとがんばらないとと思わせてくれたのだ。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 登校は縦に二列に並んで歩いて行く。低学年の子が道路に飛び出していかないようにと、列の前と後ろに高学年の生徒が目を光らせている。

 とはいえ、年上といっても小学生。おしゃべりしたり、何か興味のある物を見つけて足を止めたり、列から逸れたりとこっちはこっちでなかなか目が離せない。特に男子な。ある程度は仕方がないけれど、車が近づいたりなんかすると俺も声を出して注意をする。

 

「俊成くんは一年生なのにしっかりしてるね」

 

 野沢先輩に褒められるとなんだか照れてしまうな。俺は頭をかいて照れを誤魔化した。

 登校中はずっと葵ちゃんと手を繋いでいるので彼女の心配はなかった。何か興味をそそられる物があったとしても俺の手を離してまで列を逸れるなんてことはなかった。

 歩けばランドセルがガチャガチャと音を立てる。なんだか懐かしい。ランドセルって大きかったんだな、と子供ながらに思った。

 出発してから二十分ほどで学校に着く。その間にたくさんの大人とすれ違うので大きな声であいさつをする。この頃は知らない人にあいさつをするのにも抵抗がなかったな。同じ班であいさつに躊躇いを見せる子はいなかった。

 いや、唯一葵ちゃんだけがあいさつに躊躇いがあった。実はちょっと人見知りなところのある葵ちゃんだった。最初は登校を共にする同じ班の子達から「かわいい」と連呼されて戸惑っていたっけか。馴染んでしまえばけっこう懐っこい子なんだけどね。

 こればっかりは少しずつ慣れていくしかあるまい。これからの成長に期待である。

 

「あーっ! また手を繋いでる!」

 

 横からの大声に、肩を跳ねさせてしまうほどびっくりした。葵ちゃんも同じく体をビクつかせていた。その拍子に長い黒髪がふわりと舞う。

 大声を上げたのは瞳子ちゃんだった。ちょうど道路を渡ってこっち側の歩道に向かっているところだった。

 彼女は俺と葵ちゃんを視界に収めて目尻を吊り上げた。

 自分の班の列を抜けると、こっちに向かってずんずんと歩いてくる。瞳子ちゃんのところの班長らしき男の子が注意するけど彼女の睨み一つで口をつぐんだ。少年よ、強く生きろ。

 瞳子ちゃんの登場で葵ちゃんは身体ごと俺の腕にしがみついてくる。それを見た瞳子ちゃんの怒りゲージがさらに上がる。悪循環であった。

 あー……、ついにこの日がきてしまったか。今まではタイミングが合わなかったからか登校中に出会うことはなかったんだけどな……。

 

「葵は俊成くんといっしょに学校に行ってるだけだもん!」

「学校に行くだけなら別に手なんか繋がなくてもいいでしょ! いいから離しなさい!」

「やだっ!」

「子供じゃないんだからわがまま言わないの!」

 

 君を含めてここにいるみんな子供だよ。いつもの二人の争いの中にそんなツッコミを入れられるほど俺は強者ではない。

 一向に俺の腕を離そうとしない葵ちゃん。それに業を煮やしたのか、瞳子ちゃんは空いている俺の腕を取った。そして葵ちゃんと同じように抱え込んできた。

 両手がかわいい女の子によって塞がれている。まさに両手に花。だけれどニヤニヤできる余裕なんてなかった。

 俺を間に挟んだまま葵ちゃんと瞳子ちゃんはケンカを続ける。これを見た高学年の先輩方は苦笑い。野沢先輩はニッコリ笑顔で口を開いた。

 

「なるほど。モテモテだね俊成くん。これは本当に立派な大人にならなきゃ、だよね」

 

 ソウデスネ。俺は白い目になりながら、何か納得している様子の野沢先輩に何も言えなかった。

 だが、こんなにかわいい二人の女の子から好かれているのだ。生半可な努力じゃあ足りないのだと否応なしに自覚させられるのであった。

 

 


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