元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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57.キレる小学生

 俺が本郷の説得に失敗したことを葵ちゃんと瞳子ちゃんに報告すると、瞳子ちゃんが教室を飛び出して行ってしまった。葵ちゃんと顔を見合わせながらぽかんとしていると、休み時間が終わる前に帰ってきて「本郷が協力してくれるって言ったわよ」と親指を立てた。

 俺が言葉を尽くしても「できない」の一点張りだったくせに……。やはり奴も美少女には弱いということなのかっ。

 いやまあ、ここは瞳子ちゃんの説得力を褒めるべきだろうな。今は誰が説得したかなんて些細な問題なんだから。

 そんなわけで、昼休みまでに引き続き仲間集めをした。本郷効果もあって一気に仲間の輪は広がっていった。イケメンは強いのである。

 

「品川ちゃん、遊びに来たよ」

 

 給食が終わってからの昼休み。俺は葵ちゃんと瞳子ちゃんを中心とした女子グループと共に品川ちゃんのクラスを訪れていた。

 俺の朝の威嚇的な行動もあってか、教室中の空気が固まったような気がした。品川ちゃんだけがぱっと表情を明るくさせる。

 

「品川さん、いっしょにお話しよ?」

 

 いっしょについてきた御子柴さんが真っ先に前に出て品川ちゃんの手を取る。大人しい印象だった彼女の積極的な行動に俺は感心した。

 葵ちゃんと瞳子ちゃんが警戒するように教室を見渡す。この学校の二大美少女を敵に回したくないのか、クラスの四年生は身を小さくしていた。

 

「あんた達何よ?」

 

 同じくついてきた小川さんが口を開いた。彼女の視線の先にいたのは森田を中心としたいじめっ子どもだった。

 

「い、いや……なんでも……」

「んー? はっきりしないわねー」

 

 背の高い小川さんは女子ながらも迫力があった。身長だけなら体格の良い森田にも負けていない。

 怖気づいてしまっているいじめっ子への興味を失ったのか小川さんは教室にいる女子に声をかけていた。年下相手でも顔見知りは多いようだ。

 小川さんの存在は大きい。彼女が味方についていると認識させるだけでも、品川ちゃんをいじめるリスクが高いのだと思わせることができるだろう。弱い者いじめをしようなんて奴ならそれだけでも手出しできなくなるはずだ。

 俺たちは品川ちゃんをつれて教室を出た。森田達から隠すように五年生の教室へとつれて行く。

 

「品川ちゃん、何かされたりしてないか?」

「う、うん……。だ、大丈夫、です……」

 

 その答えにほっとする。朝にやった威嚇は効果があったようだ。

 

「五年生はみんな品川ちゃんの味方だからね。だからもう大丈夫だよ」

 

 葵ちゃんに瞳子ちゃん、佐藤や本郷に赤城さんや小川さんだっている。他にもたくさんの子達が品川ちゃんのために協力してくれるのだ。

 あとはみんなに四年生から話を聞いてもらって証言を集めるのだ。小川さんのように仲良くしている子がいるなら、品川ちゃんのクラスの子からも話が聞けるだろう。

 下校は十人以上の子が品川ちゃんといっしょに帰ってくれた。赤城さんや小川さん、方向が全然違うのに佐藤や本郷までついてきてくれた。

 

「これだけいれば安心ね」

「だね。秋葉ちゃんも嬉しそう」

 

 瞳子ちゃんと葵ちゃんが言うように、品川ちゃんは笑顔を見せてくれていた。御子柴さんを始めとした女子達と楽しそうにおしゃべりしている。

 俺達としてもこれだけの大人数で下校することなんて滅多にない。みんなもそうなのかけっこうテンションが高いように思えた。

 

「俊成、あれ」

「ん? あいつら……」

 

 瞳子ちゃんに腕をつんつんとつつかれて指し示された方を見てみれば、森田達いじめっ子集団がいた。遠目から見ても森田以外は顔を青ざめさせているのがわかる。さすがに戦力差というものを思い知ったと見える。

 

「高木、どうしたんだ?」

「あそこに男子連中がいるだろ。あいつらが品川ちゃんをいじめていた奴等なんだよ」

 

 本郷が俺の視線の先を追って「ふぅん」と目を細める。

 

「何人かは同じサッカーチームの奴だな。そいつらには俺がきつく言っとくよ」

「お、おう……。頼んだぞ」

 

 本郷の声色が冷ややかな感じになってびっくりした。おいおい、いつもの爽やかな本郷くんはどこ行ったよ?

 なんだかんだで本郷は体育会系だからな。彼の言う「きつく」というのは本当に言葉通りなのだろう。上級生怖い。

 結局、下校中のいじめはなかった。森田だけが俺達を睨みつけていたくらいだ。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 品川ちゃんのいじめを止めるために動き始めて一週間が経った。俺達を中心に五年生が品川ちゃんを守るために動いた甲斐もあってか、彼女へのいじめはぱったりと止んでいた。

 いじめを止める。その第一段階の目的は達成したと言えるだろう。

 次にすることはいじめっ子達へのお仕置きだ。いじめをやめたから勘弁してください、なんてのは通らない。品川ちゃんに対してあれだけひどいことをしていたのだ。きっちり反省してもらうためにも、それは必要なことだ。

 聞き込みの結果、品川ちゃんをいじめていたのはあの森田を含めた男子共だけだというのが確定した。他のクラスメート達は森田が怖くて何も言えなかったのだそうだ。

 四年生もほとんどが味方になってくれた。これに関してはやはり小川さんと本郷の力が大きかった。とくに本郷はスポーツのできる子達からは慕われているようで、その子達が中心となって品川ちゃんを守るために動いてくれたようだ。おかげで目の届かない休み時間の間も安心して任せられた。

 子供達の味方はこれで充分だろう。今度は大人の味方だ。

 聞けば品川ちゃんのクラスの担任は気の弱い女性教師らしかった。こういうのは子供でも目ざとく気づいてしまうものだからな。だからこそ舐め切ってしまった森田達いじめっ子どもが調子に乗ってしまったのだろう。

 それにしても、他の先生方は品川ちゃんのいじめのことを知らないのだろうか? 知らないとしたらその担任が保身のためにあえて報告していないのかと邪推してしまいそうだ。

 どうしても疑いの目で見てしまう以上、この担任以外の先生の協力が必要に思えた。品川ちゃんの担任を巻き込まない選択肢はないのだが、その人だけに頼るのは不安過ぎる。

 まずは一人。そこからあと数人引き込めば学校側としても周知の事実となるだろう。

 どの先生に相談するか。俺は葵ちゃんと瞳子ちゃんと相談した。

 話しやすいのは五年生の担任の誰かだろうか。他の先生にも声をかけたいが、まずは信頼できる先生を味方にする。そうすればその先生を通して他の先生を引き込めるだろうと考えた。

 品川ちゃんの担任のこともあるので男の先生が望ましい。それを念頭に考えたら、五年生では二組と四組の担任が男性なので、頼むとしたらこのあたりだろうか。

 確か四組の担任は生徒から「おじいちゃん先生」と呼ばれているほどには年配だったか。性格も穏やかであまり怒るイメージが湧かない。

 てなわけで、消去法で申し訳ないと思いつつも五年二組の担任を説得することにした。葵ちゃんと瞳子ちゃんの担任でもあるから声をかけやすいだろうしね。

 

「――というわけなんです。先生の力を貸していただけませんか?」

「うーむ……」

 

 放課後、俺はすぐに五年二組の教室に突撃し、先生を捕まえて説得をした。

 事情を知っている二組の生徒達も集まってくれて俺の話にうんうんと頷きで同調してくれた。そんな生徒たちに囲まれて先生は厳しい表情を浮かべている。

 

「しかしなぁ……、それは四年生の問題だろう?」

 

 この乗り気ではない反応はまずいな。面倒事には巻き込まれたくないって考えが漏れている。少しの苛立ちを握り拳を作って耐えた。

 

「四年生の問題だろうが俺達五年生はこのいじめを見過ごせないんですよっ。実際にその男子達が女子一人を寄ってたかって暴力を振るっているところだって見たんですから」

「それは見間違いってことはないのか? ほら、いじめていると思ったら遊んでいただけだったなんてのはよくある話だ」

 

 この教師……っ。どうやら俺をイライラさせる才能があるらしいな。

 いじめをなくそうという考えは、決していじめをなかったことにしようという意味ではない。たとえ子供の話だとしても、こんな内容を考えたら調べようとするもんじゃないのかよ。

 この男教師にこだわる必要はない。それでも、こんな先生ばかりだったらと思うとここで退くなんてできなかった。

 俺は二枚の写真を取り出した。それを先生に見えるように差し出す。

 

「先生、これを見てください」

「なんだこれは? 下駄箱と机か? どっちも汚いな」

「これは品川さんがいじめられているという証拠の一つです。ただの一端ですけどね」

 

 写真に写っているのは、俺が撮った品川ちゃんのゴミを入れられた下駄箱とチョークの粉で汚された机だった。

 

「もちろんこれ以外にも証拠の写真はあります。それに、四年生の子達も品川さんへのいじめを見たという証言だってありますよ」

 

 証言を集められたのは本当だが、写真に関しては今出したこれだけだったりする。つまりはハッタリだ。

 品川ちゃんへのいじめをさせないようにしていたために、証拠の写真はこれ以上得られなかった。だがそれでいい。これ以上品川ちゃんに悲しい想いをしてほしくなかったし、たくさんの目撃者がいるのだからそれだけでも充分だった。

 

「う、うーん……、だがなぁ……」

 

 ……まずこの教師から殴ってやろうか。そんな風に思ってしまった。クールダウンだ俺。

 なおも渋い反応を示す先生に、俺はさらに切り込むことを決める。

 

「もし先生方に動いてもらえないようでしたら、俺はこのいじめの詳細を保護者達に広めようと思います」

「なっ……! そ、それは大ごと過ぎるだろ!」

「ええ、だから先生に相談しているんですよ。大ごとにしないためにも先生からいじめている子達へ何かしらの罰を下してほしいんです。そうすれば俺達だって親に頼る必要がなくなりますからね」

「……」

 

 先生は思案顔になってしまった。無言になってしまい、なかなか答えを返してくれない。これでも足りないのか?

 教師ってこんなにも腰が重たいもんだったっけか? いやまあ、教師だって人だから、やっぱり人それぞれってのはわかるんだけども。それでも先生としての対応を求めるのは間違っていないはずだ。

 目の前の男教師を説得できないようなら、この先の先生達への説得もスムーズにいかないだろうと覚悟しなければいけない気がした。

 みんな黙って先生の答えを待っている。そんな時だった。

 

「多賀先生」

 

 鈴を転がすようなかわいらしい声で、葵ちゃんが先生を呼んだ。ちょっとだけ先生の鼻が伸びたのは気のせいだろうか。ちなみに多賀というのは五年二組の担任の名前である。

 

「ちょっと、あっちで私と二人だけでお話しませんか?」

「み、宮坂と二人だけか?」

「はい。いいですよね?」

「ま、まったく……仕方がない奴だ」

 

 多賀先生は葵ちゃんに手招きされて教室の外へと出て行ってしまった。これには俺達も顔を見合わせるしかない。葵ちゃんからは何も聞いてはいなかったからだ。

 けれど、葵ちゃんにも何か考えがあるのだろう。俺はざわつくみんなをなだめながら彼女を信じることにした。

 

「なっ!? い、いや! お、俺は見てないぞ! そ、そんな……、せ、生徒のそんなところを……教師がみ、見るわけがないだろっ!」

 

 教室の外から多賀先生の声が聞こえた。何を話しているのかはわからないがひどく動揺しているようだ。ちょっと声が裏返ってたし。

 葵ちゃんの声は聞こえない。たぶん小声なのだろう。先生の方は焦りからか声が大きくなっているけどな。

 全部が聞こえるわけではないが、それでもいくつかは漏れ聞こえてくる。

 

「……わ、わかった。そのいじめの件は真剣に対応しよう。だ、だからそのことは広めないでくれ。な?」

 

 俺達は揃ってしんと静まり返った。何か葵ちゃんがとんでもないことをしているのではないかという疑念を抱いてしまったからかもしれなかった。

 ガラリと教室のドアが開く。葵ちゃんと先生が戻ってきたのだ。

 ニコニコとかわいらしい笑顔の葵ちゃんと、真剣というか切羽詰まったような表情の先生が印象的だった。なんだか詮索してはいけない気がしてしまう。

 そして、多賀先生は重々しく口を開いた。

 

「わかった。いじめの件は俺が責任を持って取り組もう」

 

 先ほどと打って変わっての真摯な対応である。その表情はなんというか、真剣さを帯びているということで間違いはないのかな?

 うん……。俺は葵ちゃんのこと信じてるからね。信じてるから先生に何を言ったかなんて聞く必要なんかないね。うん。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 先生を説得してからは早かった。

 多数の生徒からの目撃証言もあったので、学校側としても早急に動いてくれたのだ。

 品川ちゃんと森田達を集めて、先生達から今後いじめがないようにと厳重注意があったそうだ。それだけだったら抗議ものだったのだが、多賀先生がいじめはどれだけ人を傷つけ、不幸にしてしまうものなのだと涙ながらに熱く語ってくれたらしい。これにはいじめっ子の奴等も泣いてしまったのだそうだ。どんな話をしたのかちょっと気になるな。

 それからいじめっ子達の保護者にも話は伝わり、品川ちゃんの家を訪れて親子揃って謝罪したらしい。いじめっ子達の親がモンスターではなかったようなのでそこはよかった点だろう。きっと親からの愛の再教育を受けているに違いない。

 さらに学校からの罰として反省文を書かされているのだとか。反省に終わりはないからな。どれだけ自分達がひどいことをしたのかというのを時間をかけて意識し続けてもらった方がいいだろう。

 そんなわけで、品川ちゃんに対するいじめは一応の決着を迎えたのだった。品川ちゃん自身もこのことがきっかけとなって御子柴さんを始めとした五年生や、同級生の女子達と仲良くなった。よく好きな漫画についておしゃべりしている。それはもう楽しそうな顔だった。

 下校はもう俺達がついていなくても大丈夫なようで、品川ちゃんは仲の良い女子と帰りを共にしている。俺はまた葵ちゃんと瞳子ちゃんの三人で帰るようになった。

 

「俺、用事があるから二人は先に帰っててよ」

「トシくん? 用事なら私待ってるよ」

「あたしだって今日は時間があるから気にしなくてもいいわよ」

「いやー、ちょっと遅くなっちゃうというか。たまには俺だって男の用事があると言いますか」

 

 放課後、適当なことを言って葵ちゃんと瞳子ちゃんには先に帰っててもらった。俺は一人でとある場所へと向かう。

 見通しが悪く暗い雰囲気の空き地。そこは俺が初めて品川ちゃんのいじめを目撃した場所だった。

 その空き地には一人の男の子がいた。小学生の中では体格がよく、六年生と比べても遜色ない。今の俺では見上げなければならなかった。

 

「よう、待ったか?」

 

 俺が軽く手を上げるとその男子、森田はぴくりと眉を動かした。

 

「お前か? 俺を呼び出したのは」

「上級生をお前呼ばわりしちゃいけないでしょうに。まったく、反省してんのかね」

 

 俺の言葉に森田の顔が怒りで歪む。その顔を見て、こいつは全然反省なんてしてないんだろうなと思った。

 

「なんだよ! いつまでもいつまでもみんなして文句ばっか言いやがって! うぜーんだよ!!」

 

 森田は近くの小石を蹴飛ばした。この様子を見るに、品川ちゃんをいじめていたということをまだ誰かに責められているようだ。

 まあ、そんなこと関係ないんだけどな。

 

「森田、お前を呼び出したのは俺だ。ちょっと用事があったんだよ」

 

 俺は森田を手紙で呼び出したのだ。来てくれるかどうかは半々だったけれど、まあ来てくれたのでよしとしよう。

 森田が睨みつけてくる。それ四年生の眼力じゃねえな。さすがは猿山の大将だったというだけはある。ただの猿だけどな。

 俺は背負っていたランドセルを地面に置いて森田へと近づく。

 

「なあ森田、俺とケンカしよう」

「は? 何言ってんだよ! バカじゃねえの!」

 

 俺が何気ないように口にした言葉に森田が噛みついてくる。

 ふぅ、と小さく息を吐いた。もう限界だった。俺は爆発したように怒鳴っていた。

 

「俺はお前をぶん殴りたいって言ってんだよ! バカ野郎!!」

 

 


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