元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

63 / 152
63.地震は恐ろしいものなのです

 本日は社会科校外学習ということで、俺達五年生は防災館に訪れていた。

 当時はあまり関心がなかったが、日本は地震や台風が多い国なのだ。前世でもあまりに大きいものは体験しなかったとはいえ、それらの災害を無視するなんてこともできない。

 実際に体験して備えをする。なんにしてもこういう過程は重要である。

 

「高木。……手」

 

 赤城さんがすっと手を差し出してくる。俺はその手を握った。彼女の手は少しひんやりしながらも握ると温かみがあった。

 さて、防災館を見学させてもらうのだが、みんなが勝手に行動するわけにもいかない。

 一学年五クラスあるので、クラスごとにそれぞれ分かれて見て回るのだ。それだけじゃなく、移動は男女それぞれ一列となって手を繋いで歩くのである。これで勝手な行動をする生徒を抑制できるのだろう。

 背の小さい順で並んでおり、ちょうど俺の隣が赤城さんだったのだ。まあ彼女とは体育を始めとしたいろんなペアを作らなければならない時にお世話になっているので、一番気楽にペアになれた。

 今回は様々な体験をさせてもらうことになっている。地震や煙、暴風雨などの災害をその身で味わうのだ。そんな風に説明されていたためか、クラスメート達に緊張が走っているようだった。

 最初にあいさつがあり、それから後はクラスごとで分かれてそれぞれの体験コーナーへと向かう。

 俺達三組は地震体験コーナーからだった。

 

「さーてみなさん。地震が起こったらまず最初にしなきゃいけないことは何かなー?」

 

 地震コーナーのお姉さんが明るい調子で聞いてくる。真っ先に反応したのは本郷だ。元気良く手を上げた。

 

「テーブルの下などの安全な場所に隠れることです!」

「はい正解。よく勉強してるね」

 

 褒められた本郷はこれでもかというくらいのどや顔をしていた。それを見た女子一同がきゃーきゃーと黄色い声を上げる。今のそんなに騒ぐところなの?

 社会科校外学習で防災館に行くこともあって、俺達は前もってそれなりの勉強をしていた。本郷にとってはその成果が出たこともあって嬉しいのだろう。まあ勉強したと言っても学校の避難訓練とかでするような内容だけどな。

 

「揺れがきたらテーブルの下などに隠れて身の安全を図ります。もし火を使ってたとしても慌てて無理に消そうとしないで、揺れが収まるまでは自分の身を守ることだけ考えてくださいね」

 

 みんなが「はーい」と返事をする。お姉さんはうんうんと満足そうに頷いてから続きを口にする。

 

「もし火を使っていた時は揺れが収まってから落ち着いて消火します。どんな災害がきても落ち着いて行動すること、それが大切ですからね。みんなそれだけは忘れないでね」

 

 お姉さんは他にも気をつけるポイントを教えてくれる。改めて聞いてみると意識してないこともあったのに気づかされる。案外細かいところまでは憶えてないもんだ。

 子供相手というのもあってお姉さんは身振り手振りを加えながらテンポ良く話を進めてくれる。

 そしてお待ちかね、というわけでもないのだが地震を体験するための場所へと案内される。

 

「では実際に地震を体験してもらいましょうか」

 

 五人一組のグループで震度6強の地震を体験することとなった。場所はリビングを想定したものとなっている。

 

「うわ……すごく揺れるんやね」

 

 佐藤の腰が引ける。本郷を始めとした最初のグループが地震を体験しているのだけど、外から見ててもものすごい揺れだった。音を聞いているだけでも恐ろしくなってくるほどだ。

 

「……」

 

 隣にいる赤城さんはいつも通りの無表情である。いや、わずかにその顔は強張っているように見えた。

 俺でも少し怖いと思ってしまったのだ。まだ幼い赤城さんが怖がっても仕方がないだろう。

 地震体験は一グループ一分近く行われる。女子達はきゃーきゃー騒ぎながら本郷にしがみついていた。本郷はといえば女子にしがみつかれても関係ないとばかりにテーブルの下で揺れが収まるのをただ待っていた。

 

「けっこう楽しかったぞ」

 

 体験し終えた本郷がわざわざ俺に報告してくる。揺れの中では真剣な表情をしていたが、終わってしまえば笑顔でどんな揺れだったか聞いてもないのに教えてくれる。

 

「揺れの間ずっと女子達にしがみつかれてたな」

「ん? ああ……まあちょっと邪魔……いや、ちょっと踏ん張りにくかったな」

 

 なんか言葉を選んだ感じだったな。わりとはっきり言っちゃう奴だったのに珍しい。本郷も自分の発言に思うところがあったのだろうか?

 次は俺と佐藤、それに赤城さんを含めたグループの番だ。それぞれ椅子に座ってスタンバイする。

 少しして揺れがやってきた。俺達はすぐさまテーブルの下へと隠れる。

 リビングを想定しているのもあって他にも家具がある。けれど固定されているのか、倒れてくる様子はない。それでも揺れに合わせてガチャガチャという音を立てられると、倒れてこないとわかっていても不安感を駆り立ててくるようだった。

 

「ん~~……」

 

 下からテーブルを支えていると唸るような声が聞こえた気がした。佐藤や女子が騒いでいる中、赤城さんは目をつむって必死に耐えている様子だった。

 

「赤城さん大丈夫?」

 

 揺れの音と騒ぐ声で聞こえないかと思ったが、彼女の耳にはしっかりと届いたようでこくこくと何度も頷いていた。いや、むしろその反応は大丈夫そうじゃないんだけども。

 揺れが収まるまで、赤城さんは目をぎゅっとつむったまま歯を喰いしばっていた。そんなあまり見ることのない彼女の様子に、俺は心配になって見つめていた。

 

「や、やっと終わったわ……」

 

 地震体験が終わると佐藤の力のない声が聞こえた。それからテーブルの下からみんなが出ると、次のグループに順番を譲る。

 

「た、高木……」

 

 声に振り返れば赤城さんが床にへたり込んだままだった。テーブルの下から出たものの、どうやら立ち上がる力が残っていないようだ。

 

「赤城さん大丈夫?」

 

 もう一度同じ言葉をかける。今度の彼女は首を横に振った。

 

「な、なんか……立てない……」

 

 目を開いた赤城さんは涙目だった。体験とはいえ、よほど地震が怖かったようだ。

 俺は赤城さんを支えながら体験コーナーを出る。先生に断って少し休ませてもらうことにしたのだ。

 この地震体験が終われば次の場所へと移動するのだ。終わるまで赤城さんを介抱することにした。

 

「気分悪いかな? お茶でも飲む?」

「うん、大丈夫……」

 

 そう言う赤城さんの顔は青い。初めて体験する大地震にやられてしまったようだ。

 椅子に座って休憩する。ふいに赤城さんが俺に手を伸ばしてきた。

 

「高木……手、繋いで」

「うん? いいけど」

 

 言われるがまま赤城さんと手を繋ぐ。繋いだ手は冷たくなっていた。それが彼女の恐怖心を表しているようで、思わず温めるように握った手を両手で包む。

 

「大丈夫だよ赤城さん。大丈夫。もう終わったからね。怖いことなんて何もないよ」

「……うん」

 

 赤城さんの強張った表情がほんの少しだけ緩んだ気がした。安心させるように俺は声をかけ続けた。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 みんなが地震体験を終える頃には赤城さんの調子は幾分か良くなっていた。

「安心するから」と言うものだから移動以外でも赤城さんと手を繋いでいる。まだ手が冷たいし、落ち着くまではこうしていた方がいいだろう。

 いつも無表情で口数も決して多くはない。そんな赤城さんも普通の女の子なのだ。怖いものは怖いに決まっている。

 赤城さん以外は気分が悪くなったという子はいなかった。赤城さんの状態だけ心配していればいいか。グループの子達は佐藤に任せた。佐藤も赤城さんの様子を見て取ると力強く頷いてくれた。頼りになる男だ。

 地震以外の体験はとくに問題はないようだった。火事の時の煙を想定して逃げてみたり、雨具を着て暴風雨を体験した。少しのスリルが楽しいのか子供達は声を上げて笑っていた。

 でも、こういう災害が本当に起こったら大変だよな。もしもの時のために慌てず行動できるようにするためにも真剣に話を聞いた。

 

「高木、楽しい?」

「ん? なんで?」

「すごく真面目な顔して聞いてるから」

「んー、まあね」

 

 楽しい、というのとは違う気がしたけれど、説明するほどのことでもないので頷いておく。

 

「……本当にあったら怖いのにね」

「赤城さん?」

「ん、なんでもない」

 

 首を振る彼女を弱々しく想ってしまった。表情は変わらない。なのに不安を押し殺そうとしているように見えてしまったのだ。

 

「心配ないよ。大きな災害なんてそう滅多に起こるもんじゃないしね」

 

 俺は明るい声を意識して言った。とにかく元気づけねばと思ったのだ。

 本当に前世のように時間が過ぎているのだとしたら、少なくとも学生時代では俺達の住む地域で大きな災害はなかったはずだ。赤城さんが将来どんな道に進むのかわからない以上、未来で何もないとは言い切れない。

 だとしてもわからないからと不安ばかりを募らせるのは違う気がするのだ。どんなことが自分の身に降りかかってくるかわからない。備えをしていたとしてもどうにもならないことがあるかもしれない。それでもあるかどうかもわからない不安で自分を見失っても仕方がないはずだ。

 赤城さんは無表情でひょうひょうとした感じが彼女らしいと思う。どんなに性格が変わったとしても、不安ばかりが顔に出てしまうのは赤城さんらしくないと思うのだ。

 手に力を込める。ずっと赤城さんと手を繋いでるもんだからその手の感触に慣れてきた。

 

「もし大きな地震が起こったら赤城さんを助けに行くよ。だから心配しなくてもいいんだ」

「……うん、わかった。その時がきたら待ってる」

 

 さっきの地震コーナーでお姉さんも言ってたからね。近所の人達との声掛けが大事だって。赤城さんの家はちょっとだけ離れてるけど、同じ学区なのだ。そんなに手間でもないだろう。

 赤城さんはほんのちょっぴり安心した表情になった。本当にほんのちょっぴりだけで、それからの彼女はいつもの調子を取り戻したのか顔色の良い無表情になっていた。

 ちなみに、途中で葵ちゃんと瞳子ちゃんのいる二組とすれ違ったのだが、赤城さんと手を繋いでいるのを見られて二人から睨まれてしまった。

 いやいや、男女で手を繋ぐのは決まりごとだからね? 葵ちゃんと瞳子ちゃんも男子と手を繋いでるのに……。その男子二人に睨みつける攻撃をしようと思ったのだが、彼女達のかわいさに当てられてしまったのか顔を真っ赤にしてうつむいていたため不発に終わったのだった。

 

 




あの地震を体験できるやつの名称がわからなかったのは内緒(暴露)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。