元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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71.清水の舞台から飛び降りる勇気……があれば苦労はしない!

 六月は修学旅行がある。行き先は京都と奈良だ。

 修学旅行とは自主性や協調性を養うためだったり、歴史や文化を肌で感じたりなど様々な目的がある。たくさんのことを実践して学ぶ。とくに小学生にとってはそういった機会の連続に感じるだろう。

 まあ、初めての修学旅行でテンションがこれでもかとハイになっている子ばかりなんだけどね。たぶん本来の目的どうのってよりも、友達と旅行できるという事実が楽しくてたまらないんだろうな。

 がやがやとしたクラスメート達を騒ぎ過ぎないように注意しながら京都への道中を行く。六年生になって初めて学級委員長になってしまった俺だった。まさか修学旅行がある学年で選出されてしまうとは思ってなかったな。

 まずは清水寺へと向かった。清水の舞台から飛び降りる、なんてことわざがあるように、京都の町並みを一望できる高さだった。

 

「すごいすごい! トシくんもいっしょに見ようよ良い景色だよ」

 

 葵ちゃんに手招きされて並んで景色を見る。なるほど、これは確かに一見の価値ありだ。

 

「それにしても下は崖になってるのね……。よくこんなところから飛び降りようなんて思ったものね」

 

 瞳子ちゃんは恐る恐る下を眺めていた。高い崖に面していて、もし落ちてしまったら命はないんじゃないかって思えた。正常に恐怖心が働いてくれていたら、飛び降りようなんて発想すら抱かせないような高さに見える。

 それだけの勇気のある決心があったのだろうか。……そういうことを考えると何か急かされる気がして、俺は目を逸らしてしまう。

 

「せっかくやから写真でも撮っとく?」

 

 佐藤がインスタントカメラを構える。それに反応した葵ちゃんと瞳子ちゃんが俺の両隣を陣取った。

 

「じゃあ、あたしはここで」

「わっ!? み、美穂ちゃん?」

 

 するりと首に腕が回される。美穂ちゃんが俺に後ろから抱きついてきたのだ。

 すぐに美穂ちゃんの行動に気づいた葵ちゃんと瞳子ちゃんが強く反応する。

 

「赤城さん? トシくんに何をしているの?」

「ちょっと! 俊成にくっつき過ぎよ!」

 

 種類の違う二人のプレッシャーに、美穂ちゃんは動じる気配すら見せなかった。

 

「だって、どうせ高木が真ん中になるんだったらここがベストポジション」

 

 それは……そうなのか? 葵ちゃんと瞳子ちゃんが俺の両隣りを押さえてしまった以上、できるだけ真ん中で映ろうとすればそうなっても仕方がない……のかもしれない。

 写真を撮られるのならやっぱり真ん中で映りたいのだろう。子供ならそう思って当然だ。俺は美穂ちゃんに対して反論できなかった。

 

「うーん……、まあええから撮ってまうでー」

 

 佐藤の言葉で葵ちゃんと瞳子ちゃんは慌ててポーズを取った。カシャリ、とシャッター音が鳴る。結局美穂ちゃんは俺に抱きついたままだった。

 さて、修学旅行は基本グループ行動である。同じクラスで五人一組のグループを旅行前に決めていた。

 六年四組に所属する俺のグループには、葵ちゃんと瞳子ちゃん、それに佐藤と美穂ちゃんを含めた五人のグループを作っていた。

 集合写真を撮ってから、この清水寺で自由行動となっているのだ。皆思い思いの場所に散らばっていた。

 

「はいはーい。私恋占いの石を見に行きたーい」

「あっ、それあたしも行きたいわ」

 

 葵ちゃんが挙手をして意見を出す。瞳子ちゃんも賛成のようだ。

 

「僕もええよ」

 

 佐藤も賛成したことで三票投じられたこととなった。すでに多数決では決定である。まあ俺もとくに反対意見はない。

 

「美穂ちゃんもそれでいい?」

「うん」

 

 美穂ちゃんも頷いたので満票で行き先が決まった。

 清水寺の境内にある地主神社へと向かう。縁結びとしてけっこう有名なのだ。

 本殿前にお目当ての恋占いの石があった。人気スポットのようで、すでに他の児童が順番待ちをしている状態だ。

 一対の恋占いの石は目をつむってもう一方の石に辿り着けば恋が叶うと言われている。まあただの願掛けだ。だが、そこには少しでも恋愛を成功させようとする切実な想いがあるのも事実だった。

 やはりと言うべきか、並んでいるのは女子が多かった。目を閉じて真剣に取り組んでいる。見ているだけで彼女達の本気度がうかがい知れた。

 男子は男子で遠巻きからチラチラと観察しているようだった。恋愛ごとなんて興味ないですよー、という体を出しながらも、意中の女の子がいるのか気になってしまう。というのが傍から見ていても簡単に察せられた。こうして見るとなんかかわいいな。今の俺なら微笑ましい気持ちで男子どもを見ていられた。

 とはいえ、みんな本気だな。俺まで緊張が伝わってきてごくりと唾液を呑み込んでしまう。

 小学生とはいえ、六年生にもなれば本気で恋をする子がそれなりにいるのだろう。行列がその証拠となっていた。

 

「みんな並んでるしさ、先におみくじやお守り買わない?」

「ううん、私並ぶ」

「あたしも。先に恋占いの石に挑戦したいわ」

 

 俺の提案はあっさりと却下された。

 二人の意志は硬い。彼女達が恋占いの石に成功したからといって俺の中で何かが変わるとも思えないのだが、それでも目は逸らさないようにしなければという義務感が生まれたのは確かだった。

 

「よしっ、行くぜ!」

 

 葵ちゃんと瞳子ちゃんよりも早く並んでいたらしい本郷の声が響いた。それに反応して周りの女子達がかしましくなる。

 気合を入れた本郷がスタートする。見えない恐怖はないのか、彼は目を閉じているのにも拘らず走ってもう一方の石へと簡単に辿り着いてしまった。

 

「よっしゃああああぁぁぁぁぁぁーーっ!!」

 

 拳を天へと掲げて喜びを顕わにする本郷。それにつられてか、女子達から黄色い声が響き渡った。

 本郷はそんなにも恋愛ごとに対して本気になる相手がいるのか? いや、あいつの場合はゲーム感覚でやってる可能性があるな。こういうチャレンジ好きそうだし。

 

「じゃあ次は私だね」

 

 葵ちゃんが言うと今度は男子連中が反応した。好奇心を隠さない様子で見守っている。

 

「……」

 

 すっと目をつむる葵ちゃん。彼女の穏やかな静けさにあてられてか、周囲も静かになる。

 一歩、まずは最初の一歩を踏み出した。

 葵ちゃんはゆっくりと、それでいて迷いなく進んでいく。確実に進んで行き、目的の石に辿り着いた。

 葵ちゃんはそこでぱっと華やいだ笑顔を俺に向けてきた。その笑顔には胸を高鳴らせるには充分な破壊力が備わっていた。

 

「次はあたしの番ね」

 

 瞳子ちゃんの宣言に男女から反応があった。やっぱり彼女も注目度が高いようだ。

 スタートする前に瞳子ちゃんは俺に視線を向ける。薄く微笑んだ後、彼女は歩き出した。

 これまた真っすぐ向かっている。案外みんな簡単そうにするもんだな。

 

「ふふっ……」

 

 石に触れた瞳子ちゃんは満足そうだ。彼女が触れた物の意味を意識すると胸が暖かく、そして苦しくなる。

 

「次は高木の番」

「え? 俺はいいよ。美穂ちゃんどうぞ」

「……」

 

 俺の言葉を無視して、美穂ちゃんは俺の手を掴んで引っ張っていく。って、あれ?

 

「目をつむって」

「え?」

「早く」

「う、うん」

 

 有無を言わせない口調の美穂ちゃんに俺は逆らえなかった。目を閉じるとぐいぐい手を引っ張られる。

 これもしかしてスタートしてる? 二人いっぺんにってあり?

 美穂ちゃんに引っ張られるまま進んで行く。彼女も足取りに迷いはないようだ。

 

「あ、赤城さん! そっち違うで! 石が遠くなっとる!」

 

 佐藤の焦った声で立ち止まった。どうやら真っすぐ歩いてはいなかったようだ。

 それからは佐藤の指示でなんとか石に辿り着くことができた。なんかスイカ割りしている気分になっちゃったな。

 

「うん、こういうこともある」

 

 美穂ちゃんは表情を変えないままそんなことを言った。けれど、汗ばんでいる手から彼女も焦っていたことは丸わかりだ。

 

「……」

「……」

「はっ!?」

 

 凍てつくような空気に振り向けば葵ちゃんと瞳子ちゃんに睨まれていた。い、いやこれは……違うんだよ。なんてしょうもない言い訳しか思いつきそうにないので口をパクパクさせるだけに留めた。

 

「僕も行くでー」

 

 佐藤もやるようだ。佐藤から恋愛話は聞かないから本郷と同じゲーム感覚なのだろう。

 

「佐藤くん右よ右ー」

「え? み、右?」

「あー、やっぱり左ー」

「こ、こっち? 左ってこれで合ってるん?」

「あっ! 佐藤くん後ろー!」

「う、後ろ!?」

 

 佐藤はばっと振り向いた。目を閉じたままなのであんまり意味はない。

 

「ていうか、小川さん邪魔するなってば」

「あ、ばれた?」

 

 小川さんは悪びれる様子もなく舌を出した。今まで佐藤に指示を送っていたのは彼女だ。しかも全部間違った指示だし。

 どうやら面白そうだったからという理由で口出しをしてしまったようだった。いるよな、面白そうってだけでこういうことしちゃう人。

 佐藤は他の人から指示を受けながらなんとかゴールできた。肩で息をしている。恋占いの石でここまで疲れを見せたのは彼だけだろう。

 この後はお守りを買って、おみくじを引いた。

 

「やった! 大吉!」

 

 葵ちゃんがおみくじの結果を見て羽根が生えんばかりの勢いで喜んだ。すぐに我を取り戻して落ち着きを見せる。

 

「宮坂さん、大吉なんてすごいやんか」

「ううん、あくまでおみくじの結果だし、気にし過ぎても仕方がないよ」

 

 なんて冷静なことを言いながらも、葵ちゃんは大吉のおみくじを大事に折りたたんで財布の中へと入れた。ちなみに財布は俺が彼女の誕生日プレゼントで贈った物である。

 

「でも、大吉は一番良いと考えればあとは落ちるだけ……」

「赤城さん? 何か言ったかな?」

「……なんでもない」

 

 言わなくてもいいことを言おうとするから。明らかに水を差すだけでしょうに。

 

「あたし中吉……」

 

 瞳子ちゃんは複雑そうな表情を浮かべる。葵ちゃんが大吉を引いてしまっただけに負けたとでも思ってしまったのだろう。

 しょんぼりしながら俺のおみくじに目を向けた。あっ、と思った時にはすでに見られてしまっていた。

 

「ちょっ……、俊成それ……」

 

 瞳子ちゃんは「しまった」とでも言うように口を押さえた。そんな反応をさせてなんだか申し訳ないと思ってしまう。

 

「……大凶?」

 

 美穂ちゃんがぽつりと言った。うん、見間違いとかじゃないです、はい。

 

「へぇー……、僕大凶なんて初めて見た。なんかレアやね」

 

 佐藤がしげしげと俺のおみくじを見つめる。まさかこんなところで大凶を引くはめになるとは俺も思わなかった。

 大凶なんて実在したんだ……。おみくじ運の悪い俺でも大凶を引いたのは初めてだったりする。

 

「で、でもっ。どん底なら後は上がるしかないからっ。うん、むしろ良かったのよ! だから元気出しなさい俊成!」

 

 瞳子ちゃんのフォローに涙が出そうになるね。なんか必死なところがとくに……。

 

「大丈夫だよトシくん」

 

 葵ちゃんはニッコリ笑顔で言った。

 

「私の大吉があるから、トシくんを不幸にはさせないよ」

 

 なぜか佐藤が「ひゃあっ!」と叫び声を上げる。俺は彼女の相変わらずの優しさにおみくじなんて真に受けるもんでもないなと思った。

 

「でも、大吉と大凶ならプラマイゼロ……」

「んー?」

「……嘘ついた。とても良いと思います」

 

 笑顔の前に無表情は無力だ。大吉を握っている葵ちゃんに敵なしであった。

 

「だったらあたしの中吉でプラスよ」

 

 中吉のおみくじを見せながらふふんと胸を張る瞳子ちゃん。……やっぱり二人は俺に幸せを分けてくれるんだな。

 おみくじだけど、なんだかこんな甘え方はいけない気がした。

 俺はさっさと自分のおみくじを結びつけてしまう。

 

「葵ちゃんも瞳子ちゃんもありがとうね。でも、瞳子ちゃんが言った通りあとは上がるだけだからさ。自分で上がれるようにがんばるから。だから二人は自分の良い結果を大事にしててよ」

 

 前におみくじで凶を引いてしまった俺に、二人は大吉をくれたっけ。すごく嬉しかった。でも、そろそろ俺も男の意地ってやつを見せなきゃいけない頃合いだ。甘えっ放しではいられない。

 

「……トシくんがそう言うなら、わかった」

「俊成ってば、意外と頑固なんだものね」

 

 俺のことをわかった上で頷いてくれる。やれやれ、本当に下を向いてる暇なんてなさそうだ。

 次に向かったのは清水寺の名前の由来にもなっている音羽の滝である。

 この流れる霊水を飲めば不老長寿や無病息災などのご利益があるんだそうな。健康とかまだあまり意識しなさそうな小学生一同ではあったが、ここでも行列を作っていた。まあ有名だからとりあえず飲んでおこうといったところだろうか。

 

「あれ? これどれを飲めばええんやろか」

 

 音羽の滝は三筋に分かれて流れている。とはいえ、全部同じ湧水だろうし、どれを飲んでも問題はないだろう。

 

「好きなところでいいんじゃないか?」

「ふうん。そっか」

 

 あまり深く考えない様子で佐藤は頷く。

 葵ちゃん、瞳子ちゃん、次の佐藤が飲み終わってから俺の番が回ってきた。

 柄杓を取って滝の水を受けようとする。すると葵ちゃんと瞳子ちゃんの声が聞こえてきた。

 

「トシくん真ん中だよ真ん中」

「俊成、飲むなら真ん中のにしなさいよ」

 

 なぜかそんなリクエストがあった。改めて三筋に流れる滝を見る。俺が知らないだけで何か他にご利益があっただろうか?

 どっちにしても健康に良いのは嬉しいからな。俺は二人の言う通り真ん中に流れている水を柄杓で受け、口元に持って行った。

 うん、冷たくて上手い。ペットボトルにでも入れてお土産にしたいくらいだ。

 

「次、あたしの番」

「あっ、ごめん。待たせたかな」

 

 俺の後ろで待っていた美穂ちゃんは首を横に振る。場所を空けようとすると、持っていた柄杓を取られてしまった。

 

「あ、ちょっと――」

 

 止める間もなく、俺が使った柄杓で美穂ちゃんは滝の水を飲む。口をつけてこくりこくりと喉を動かしていた。

 

「な、なななななな、ななな、なぁっ!?」

 

 壊れたテープレコーダーのように言葉にならない葵ちゃん。

 

「かかかかか、間接キス!?」

 

 卒倒しそうな勢いで目を剥く瞳子ちゃん。

 

「ん?」

 

 そして、何が起こったのかわからないといった風の美穂ちゃんなのであった。

 この後、宿に着くまでの間はちょっとどころではないほどのギスギスした空気にさらされるのであった。俺はお腹が痛くなってしまったらしい佐藤を介抱するのに意識を集中させて、この痛いくらいの空気から逃避した。俺が男の意地を見せるのはまだ先の未来になりそうだ。

 

 




修学旅行編は固有名詞を出しちゃってるので何かおかしなところがあれば報告していただけたら助かります。
次回は女子会かな。女子のガチンコ勝負が始まる(煽り)

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