元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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下柳視点です。


96.下柳賢は目撃する

 俺の名前は下柳賢。一年A組の男子である。

 教室の男子を見渡してみるが、クラスで一番かっこ良いのは俺だろう。高校への入学を機に美容院で髪を切ってもらって良かったぜ。

 俺が外見を整えて高校デビューしたのには大きな理由があるのだ。その理由とは、女子とお付き合いをすることなのだ!

 もちろんそんな目標を掲げている俺は努力を怠らない。自分をアピールするだけではなく、学校にどんなかわいい女子がいるのかとリサーチもしているのである。

 まずは同じクラスの女子。この中で目を惹くのは三人いる。

 一人はクリスティーナ・ルーカス。欧米の美女といった外見の女子だ。

 見た目のインパクトもあって女子の中では一番目立っているだろう。もちろん外見レベルは高い。外国人というのを差し引いてもお近づきになりたい……と考えている時期が俺にもあった。

 このクリスティーナちゃん、とんでもなく怖い話をしやがるのだ。流暢な日本語で語られる話は、まるで今その内容の通りのことが起こっているのかと錯覚させられるほどだ。

 お付き合いをしたとしても毎度そんな話をされたらたまったものではない。彼女は俺のヒロインではなかったのだ。

 二人目は望月梨菜。今のところ彼女が俺の本命である。

 明るい茶髪は肩までかかる。小柄であどけない顔立ちをしており、なんかこう守ってあげたくなるような雰囲気をかもし出しているのだ。俺の好みはそういうタイプだ。

 望月ちゃんはインパクトではクリスティーナちゃんに劣るものの、外見レベルは彼女と同程度に高い。性格も明るく社交的だしな。申し分ない。

 最後の三人目は赤城美穂。正直言うと一応候補に入れたというだけの女子である。

 それでも候補に入っただけはあって顔は整っている。しかし勿体ないことに常に無表情でいるのがその良さを殺していた。実に勿体ない。

 見た目からしてあまり口数も多くないようだ。だけどそれなりに友達作りはできているようで、一人ぼっちでいるという姿はあまり見ない。

 赤城ちゃんは三人の中で一番よくわからない女子だ。見た目通りであるような、そうでもないような。彼女とあまり話していないからか、まだ掴みかねている状態だ。

 

「しもやん昼休みやで。いっしょに弁当食べようや」

「おう、わかった」

 

 振り返った一郎が声をかけてきたので弁当を持って立ち上がる。

 佐藤一郎は高校になってからの友達だ。出席番号が前後というのもあって、席がすぐ前なのだ。

 話すきっかけは席が近かったからだが、一郎とはなんだかウマが合う。俺とは違うタイプであるのは間違いない。だからこそなのか一郎の柔らかい雰囲気は新しいクラスで緊張していた俺をリラックスさせてくれた。

 俺と一郎は弁当を持って移動する。移動した先では望月ちゃんとクリスティーナちゃんが机をくっつけ合っていた。

 オリエンテーション合宿は無駄ではなかったのだ。成果はこうやって女子と昼食をともにできるようになった形で表れていた。

 男子は俺と一郎と高木。女子は望月ちゃんとクリスティーナちゃんと赤城ちゃん。この六人で昼をいっしょにするようになったのだ。

 女子といっしょにご飯。なんという青春だろうか。俺、高校生になって良かったって本気で思えるよ。

 椅子に座るとクリスティーナちゃんが首をかしげた。

 

「トシナリはどこへ行ったの?」

「そういえば高木くんの姿が見当たりませんね」

「佐藤、高木はどこ?」

 

 クリスティーナちゃんを始めとして女子三人の疑問が飛ぶ。赤城ちゃんに尋ねられた一郎はたははと笑いながら答えた。

 

「今日は二人といっしょにご飯食べるって言うてたよ」

「そう」

 

 赤城ちゃんは納得したみたいで弁当の蓋を開けた。

 一郎は高木と赤城ちゃんと同じ中学だったな。てことは一郎の言う二人ってのは同じ中学の奴なんだろう。

 たまには他の連中と弁当を食いたいよな。俺的には男子が一人減っても問題なんてない。

 

「今日はトシナリとご飯を食べられないのね……」

「えー、高木くんがいないなんて残念です」

 

 クリスティーナちゃんと望月ちゃんががっかりとした声を漏らす。クリスティーナちゃんはずっと高木と昼飯いっしょだったもんな。望月ちゃんは本気でがっかりしているわけじゃないよな?

 高木俊成は一郎と同じく高校から友達になった。全国大会に出場したというのには驚かされたが、それは柔道でのことだ。柔道なんてモテないスポーツ代表だろう。残念な奴め。

 それはともかくとして、こうやって女子と昼をともにできるようになったのは高木が交渉してくれたおかげだ。これに関しては本当に感謝している。残念な奴ではあるが、良い奴である。

 今はいない高木のためにも、ここは俺が明るい空気を作るべきだろう。

 

「いいから飯食おうぜ。昼休みつっても時間は限られてるんだからよ」

 

 そう言って弁当を開ける。すると望月ちゃんが「おおー」と目を丸くした。

 

「下柳くんのお弁当ってボリュームたっぷりですね。二段になってておかずもぎっしり詰まってて。さすがは男の子ですね」

「ま、まあ部活で運動するからこれくらいは食っておかないとな」

 

 これは望月ちゃんに男らしさをアピールできたな。お袋、大盛り弁当を作ってくれてありがとう!

 

「ミホのお弁当もすごいわよね。お母さんが作ってるの?」

「自分で作っている」

 

 赤城ちゃんの弁当を見てみると、なかなかに凝っているような感じだった。弁当とか自分で作ったことがないからどう凝ってるかまではわからんが。

 

「ふっふーん。僕もお弁当は自分で作っているんですよ。これを見よ!」

 

 ノリノリで弁当を開ける望月ちゃん。かわいい。

 彼女はかわいいだけではなかった。卵焼きやタコさんウインナーという基本を押さえながらも、彩り鮮やかな弁当を仕上げてきていたのだ。

 うおおっ! こんな子に弁当を作ってもらいてえっ!!

 やっぱり料理のできる女子はポイント高い。俺の中での望月ちゃんは高得点を叩き出し続けている。

 

「みんなすごいんやねー。僕は母ちゃんに作ってもらってばっかりや。たまには自分で作ろうかな」

「え、一郎って料理できんの?」

「簡単なもんくらいなら作れるで」

 

 なんて家庭的な男子なんだ。俺には自分で作ろうっていう発想すら湧かないというのに。俺の作れる料理なんてカップラーメンくらいのものだ。お湯の入れ加減が難しいんだよな。

 今日の話題は弁当のおかずをどうしているかというのがメインだった。料理繋がりでなのか、望月ちゃんと赤城ちゃんは案外話が合うように感じた。料理を作らない俺は話に入っていけなかった。

 

「そういえばシモヤナギにはあの時の続きを話してなかったわね」

 

 弁当を食べ終えてクリスティーナちゃんがそんなことを言い出した。

「あの時の続き」と言われ俺はピンときた。肝試しをした時に口にした怖い話の続きのことだ。

 笑顔を向ける彼女が悪魔へと変貌する。俺を恐怖のどん底へと叩き落とそうとしている顔だ。

 

「もしかして肝試しで下柳くんが泣いちゃったって話ですか? それ僕も聞きたいです!」

「あたしも気になるかも。高校生にもなって泣いちゃったって話がどれほどなのか聞きたい」

 

 女子三人は俺を見ながらニヤニヤと笑っていた。赤城ちゃんは無表情のままのはずなのに、まるで俺を嘲り笑っているようだった。

 やめろ! そんな顔で俺を見るな! 嫌な記憶が呼び覚まされる!

 

「い、一郎! 俺達これから用事があったよな!」

「え? 僕もクリスさんの話聞きたいんやけど」

「あったよな! な? 大事な用件がよぉぉぉぉぉ!!」

「そんなに必死にならんでも……。うん、あったあった」

「そ、そういうことだから俺達はこれで失礼するぜ!」

 

 俺は一郎をつれて教室を出た。背後から「逃げたね」という赤城ちゃんの言葉が聞こえた気がするが、たぶん気のせいだ。

 

「しもやんってけっこう怖がりなんやね」

「バカ野郎! 俺はお前にトラウマを植えつけないようにと気を遣ってやったんだよ」

 

 ケラケラと笑う一郎はわかっていないのだ。クリスティーナちゃん……いや、あの金髪の悪魔の話に耳を傾けてはならないんだってことをな。

 

「でも、これからどうすんねん。どこか行く場所でもあるん?」

「ふっ、それは任せろ。俺も早めにリサーチしておきたいことがあってだな。一郎にはそれに付き合ってもらう」

 

 俺は歩きながら説明してやる。

 

「うちの高校は生徒数が多い。つまりは女子も多い。そこで早めにかわいい女子がどれだけいるのかとチェックしておく必要がある」

「思った以上にくだらん調査やね」

「くだらない、だと?」

 

 まったく、一郎は何もわかっていないようだな。まだお子ちゃまということだろうか。

 それなら俺が一郎を大人の階段に昇らせてやるように導いていかないといけないな。きっと高木も似たようなもんだろうし、手のかかる奴等ばかりで大変だぜ。

 

「いいか一郎。女子とお付き合いをするのはとても大切なことだ。これは早ければ早い方がいい。いつか一生大切にする女が現れた時に何もできないようでは男失格だからだ」

「へぇー、しもやんもちゃんと考えているんやね」

「ふっ、まあな」

 

 俺は将来を見据えている男なのだ。

 

「A組の女子はレベルが高い。だがサッカー部の奴から聞いた情報では超絶美少女が他のクラスにもいるらしいんだよ」

 

 緩みきった表情で語る同じ一年の男子を思い出す。A組だって負けていないと言い返したものの、気にならないと言えば嘘になる。

 

「名前とか、どんな子とか知ってるん?」

「それは聞いてきた。とくに人気があるのは二人だな」

 

 全クラスチェックするつもりではあるが、この二人は絶対に自分の目で確認しておきたい。

 俺はその二人の女子の名前を一郎に教えてやった。

 

「C組の宮坂葵とF組の木之下瞳子。この二人がとんでもない美少女らしい」

「……」

「ん? どうした一郎?」

「い、いや、なんでもあらへんよ」

 

 一郎が固まるなんて珍しい。大方どれほどかわいいのかと想像してしまっていたのだろう。こいつも男ということか。

 俺達はB組から順番に教室を見て回ることにした。と言ってもみんながみんな教室にいるわけでもない。

 食堂や購買、他のクラスの友達と食べるために教室から出た人もいるだろう。それでも残っている人もいるのだから見ておくに越したことはない。

 B組か。かわいい女子がいるにはいるが、望月ちゃんよりもかわいいというのはいなさそうだ。まあ全員揃っているわけでもないからそう断定するのは早急だろう。

 

「次はC組だな」

 

 早速注目しているクラスだ。宮坂ちゃんか……。一体どんな女の子なんだろうか。

 情報では長い黒髪が美しく、パッチリと大きな目をしているらしい。何よりすごいのはおっぱい。とてつもなく規格外の大きさを誇っているとのことだ。

 個人的にはちょっと小柄な方が好みなのだが、おっぱいに興味がないと言えば嘘になる。一体どれほどのものなのだろうか?

 C組を覗き見る。超絶美少女というくらいだからすぐにわかると思ったのに、なかなか見つからなかった。

 

「あれ? 佐藤くんじゃん。私に用でもあるの?」

 

 俺の視界を塞ぐように一人の女子が立ちはだかる。

 女子にしてはでかい方だ。一七〇センチくらいはあるか。俺のストライクゾーンからは外れている。

 

「うん……そういうわけやないんやけど、ちょっと様子を見にきただけ」

「恥ずかしがんなくってもいいのにー」

 

 どうやら一郎の知り合いらしい。なんか仲良さそうだな。

 一郎よりも少しだけ背の高い女子は嬉しそうだ。こんなに仲が良さそうってことは同じ中学出身とかなのだろう。

 

「僕等他に行くところがあるからもう行くわ。ほなね小川さん」

「いつでも来なさいよー」

 

 宮坂ちゃんがいないようなので次のクラスへと向かう。D組に行く前に一郎に尋ねてみた。

 

「さっきのって同じ中学の奴か?」

「うん。小川さんっていうんや」

「ふーん」

 

 一郎が立ち止まる。俺を見る目がちょっとだけ真剣なものになっていた。

 

「小川さんのこと、良いなって思うた?」

「え、いや、俺は望月ちゃんみたいな小柄な方がタイプだから」

 

 そう答えると一気に空気が緩んだ。「そっかー」と一郎はいつもの調子に戻っていた。

 その後も順々にクラスを見て回った。かわいい子がいたにはいたのだが、望月ちゃん以上と言われるとなかなかに難しい。

 つまりA組になった俺は勝ち組ってことだな。段々と優越感のようなものが胸に広がってくる。

 

「しかし、見つからないもんだな」

 

 もう一つの注目であるF組でも目的の人物はいなかった。木之下ちゃんは銀髪のハーフ美少女という話しだったからすぐに見つけられると思ったのにな。教室にいないんじゃあ見つけようがない。

 最後のJ組まで見て回った。とりあえずの結果だけを述べるなら望月ちゃんよりかわいい子はいなかった。

 

「どうする? 全部見て回ったし教室に戻る?」

「いや、せっかくだから校内を見て回ろうぜ。ここってけっこう広いからよ」

 

 俺は探検気分で提案した。一郎も頷いてくれる。

 昼は教室で弁当ばかりなこともあってか食堂や購買に行ったことがなかった。いつかは利用するかもしれないのでどんなところなのか見に行った。

 

「おっと」

 

 廊下の曲がり角で人とぶつかってしまった。女子だったら出会いのきっかけになったかもしれなかったが、相手は男子だった。

 

「気をつけろ」

「あ、すんません」

 

 態度が大きくて先輩っぽい。反射的に謝ってしまう。

 そっちも不注意だっただろと思いながらも先輩には逆らえないのが後輩の宿命である。サッカー部にいると上下関係には逆らえないことを学ぶものなのだ。

 先輩は眼鏡をかけていて、なぜだか見覚えがあった。サッカー部ではないのは確かなのになんでだろうと考えていると、先輩は俺の横に居る一郎に目を向けた。

 

「こんにちは野沢先輩」

「お前か。今日はあいつといっしょではないんだな」

 

「野沢先輩」と聞いて入学式であいさつをしていた生徒会長だったと思い出す。どうやら一郎と生徒会長は顔見知りのようだった。

 野沢先輩は俺をチラリと見た。なんか嫌な感じだ。

 

「友人は選ばないと自らの品位を下げることになるぞ」

 

 一郎は珍しくむっとした顔を見せる。

 

「しもやんも、高木くんも、僕の自慢の友達です」

 

 野沢先輩は表情を変えずに鼻を鳴らした。それ以上何かを言うことなく立ち去っていく。

 

「なんだあれ? スゲー嫌な感じだな」

「きっちりしている人ではあるんやけどね」

「一郎の知り合い、ってことでいいのか?」

「うん。同じ中学の先輩やねん」

 

 もしかして一郎の中学ってすごいのか? 生徒会長がいて、高木は柔道で全国大会に出場している。それにサッカー部の本郷なんかは全国大会で優勝している。並べてみるとタレント揃いな気がしてきた。

 いやいや俺だって。俺はこれから結果を出していくのだ。大器晩成型ってやつだ。

 食堂と購買を確認して、そのまま探検を続けていると人気の少ないところに来てしまった。

 

「どこまで行く気なんや?」

「何もなさそうだし、あの階段で下に降りて戻ろうか」

 

 人気がないこともあって目ぼしいものはなさそうだ。

 前方にある階段に辿り着くと、どこからか声が聞こえてきた。

 

「ごめんねトシくん。私が来るのが遅れたから、お昼食べるの遅くなっちゃったね」

「別に気にしなくてもいいよ。俺がいっしょに昼飯を食べたかっただけで葵と瞳子に無理言っちゃったからさ」

 

 男女の声だ。階段を上がった先に声の主がいるようだった。

 

「無理なんて言わないでよ。それにあたしもなかなか教室から出られなかったから葵だけが気にすることじゃないわ。まだ時間もあるし大丈夫よ」

 

 もう一人の女子の声。人数は三人か。

 話を聞くに、これから三人で遅めの昼食をとるらしかった。

 男一人に女が二人。男子はいいご身分だな。どんな奴か見てやろう。

 

「覗き見なんてよくあらへんよ」

「ちょっと見るだけだって」

 

 制止しようとする一郎を振り払ってこっそりと覗き見る。そして、この目に映る光景に俺は口をあんぐりと開けて驚愕してしまった。

 そこには高木が超絶美少女二人に挟まれている光景が広がっていたのだ。

 

「ど、どういうこっちゃ……?」

 

 口から洩れたのはそんな疑問だけだった。

 待て待て! 高木だぞ? 同じクラスの高木で間違いない。なんであいつがあんな美少女二人に挟まれてんだ?

 一人は長い黒髪に大きい胸。もう一人はツインテールにした銀髪に青い瞳。共通しているのはどちらも超絶美少女という点だ。

 この特徴を目にして、俺の中でカチリと何かが噛み合った音がした。

 

「もしかして……あの二人って宮坂ちゃんと木之下ちゃんじゃないか?」

「そうやね」

 

 肯定する一郎に俺は反応した。

 

「そうやねってお前っ……。あれ知ってたのかよ!?」

「小声で声張るなんて器用やねー」

 

 それは今はどうでもいいだろうが!

 混乱する俺に、一郎は静かに説明してくれた。

 

「言うてなかったけど、宮坂さんと木之下さんも同じ中学出身やねん。しかもあの三人は小さい頃から仲が良くってな。家族ぐるみでの付き合いがあるんや」

「それはつまり……幼馴染ってやつなのか?」

「そういうことや」

 

 幼馴染だと!? あんなにかわいい幼馴染がいるだなんて……羨まし過ぎる!

 

「今日の弁当当番は俺だったからなー。葵と瞳子に比べると上手くないからちょっと下がっちゃうな」

「ううん。私トシくんの甘い卵焼きが好きだよ」

「あたしも。俊成があたし達の栄養バランスを考えてくれているんだってわかるから嬉しくなるわ」

 

 弁当当番ってなんだ? 俺はもう一度こっそりと覗き見た。

 中身まではわからないが、三人の弁当箱は同じように見える。まさか!? 三人ともいっしょの弁当なのか!?

 

「幼馴染やからね」

「お、幼馴染っていっしょの弁当を食べるのかっ!?」

 

 当番制ってことは宮坂ちゃんと木之下ちゃんの手作り弁当を食べている日もあるということなのか!? そういえば、高木の弁当って同じ人が作ったとは思えないほど毎日中身が違っていたな……。マ、マジか!?

 幼馴染ってスゲー! 俺にはいないからどんな距離感なのかはわからない。でも目の前の光景を見るに、異性でも幼馴染ならとてつもなく距離感が近いのだとわかってしまう。

 呆然としたまま眺めていると、宮坂ちゃんが箸で掴んだおかずを高木に差し出した。

 

「トシくん、あーん」

「あーん」

 

 高木はなんの躊躇いも見せずに差し出されたおかずを食べた。その行動は明らかに慣れてやがる!

 

「美味しいでしょ?」

「んぐっ、俺が作ったんだけどね」

 

 なんだと!? 「あーん」って実在したのか!?

 

「俊成、こっちもあーん」

「あーん」

 

 驚愕する俺をよそに、今度は木之下ちゃんが同じようにおかずを差し出す。さっきと同じように、高木は照れを見せることもなく差し出されたおかずを口に入れた。

 

「どう? 美味しいかしら」

「だから俺が作ったんだってば」

 

 あはは、えへへ、うふふと笑い声が響く。イチャイチャラブラブな空気にあてられて、俺はどうしようもなく震えが止まらなかった。

 

「お、幼馴染やからね」

「幼馴染って『あーん』ができるの!?」

 

 初めて知った。そして、かわいい幼馴染のいない俺は心底後悔した。

 なぜ俺はかわいい幼馴染を作らなかったのか。幼馴染がいれば俺だって今頃「あーん」ってしてもらえたのにっ!

 

「これ以上覗き見するなんて悪いって。もう行こう。な?」

「ああ……」

 

 放心してしまった俺は一郎に引きずられるようにしてあの桃色の世界から離れて行った。

 まさか高木にあんなにかわいい幼馴染がいたなんて……。裏切られた気分だ。クリスティーナちゃんだけに飽き足らず、あんな超絶美少女の幼馴染がいるだなんて聞いてないぞ!

 あんなことができるなんて……、幼馴染ってスゲー。俺も「あーん」ってしてもらいたい!

 俺は教室まで一郎に引きずられながらも、高木にはもう優しくしてやらん! と心に硬く誓ったのであった。

 

 


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