異世界で聖女様とか呼ばれる話   作:キサラギ職員

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17.尻尾は口ほどに語る

「つまりね、アルスティアという名前じゃないにしろ似てる逸話を持つヒトがあっちこっちにいるらしいの。この村の森にいたという聖女アルスティアは癒しの力は持っていたけど、山を丸ごと吹き飛ばすような魔術は使えなかったみたい。けど、違う地方の聖女様は奴隷を率いて戦ったとか凄い魔術を使ったとか……」

「つまり何が言いたいんだよ」

 

 若干苛立ちながらライアン君が返す。

 俺とライアン君とミミは、ライアン君の部屋にいた。椅子の数が足りないのでミミが椅子に。ライアン君は床。そして俺はベッドである。二人並んで座ろうとしたら首をブンブン千切れるほど振って拒否されたのだ。

 

「つまりね、アルスティアっていう伝説のヒトとよく似てるかもしれないけど、違うヒトだと思う」

 

 ミミはそう締めくくると、今しがた腿に置いていた本をぱたんと畳んだ。

 どうやらミミは俺たちが留守にしていた間で俺について調べていたらしい。ライアンパパの書斎、そういう本多いからなあ。ライアン君は歴史云々より聖女やら神々やらが好きで調べていたみたいだけど、他の地方のはあんまり調べてなかったのかもしれない。

 

「あんたもそう思ってたんじゃないの」

「………」

 

 だんまりを決め込むライアン君。まあ、伝説通りの人間なら魔術で攻撃とかできないらしいし、多分違うんだろうなあ。中身が俺だから聖女様ムーブは継続するけどな。

 

「……」

「……はー、別にだからどうしようっていうんじゃないわ。やるべきことはやってくれたんだから感謝はしてるし、別に聖女だろうが魔女だろうが構わないわ」

 

 俺がじーっとミミを見ていると、照れくさそうにしかし不機嫌そうに返してくれた。素直じゃない奴だなあ。

 顔とか見ないでも感情はわかるんだけどね。やたら左右に振れてる尻尾とか。ピクピク震えてる耳とか。

 

「話はこれでおしまい! お母さんの夕飯も久しぶりでしょ? 早く食べにいきましょ」

「……うん!」

 

 ライアン君がうんうんと頷いた。

 リアンの飯はうまいからなあ。久々だから楽しみだ。

 

 

 

 翌日。翌々日。一週間。

 村にモンスターが攻めてくるというわけでもなく、盗賊が押しかけてくるでもなかった。

 なんだったんだろうね、これなら骨を折らなくてもよかったんじゃないかな。備えとして私兵をつけて貰えたし、壁もどこの軍の拠点だよってくらい立派になったから、モンスターはもちろん盗賊やら夜盗やらへの心配がいらなくなったからよしとするか。

 俺の一日は洗濯から始まる。一家の洗濯物を籠に入れて川にもって行き洗う。機械なんてないので素手でやるのだが、魔力を込めた怪力なら簡単に終わるのだ。まるでティッシュを潰して洗っているような感覚だ。でそれを干して朝食をいただいてから出勤である。

 出勤。聖女様聖女様と言われてふんぞり返ってるのも癪なので、前任者が死亡してヒトのいなくなった診療所を仕事場にすることにした。汚れたものを片付けて新しく貰ってきた家具を並べるだけだけどな。何せ道具がいらないので。祈るだけでいいってマジ便利。

 まあといっても村の具合の悪いヒトはほとんど治してしまったのでマダム・マリサの私兵さんたちが主な相手になる。

 

「いだだだだ! 悪かった! 頼む許してくれ!」

 

 俺は治療魔術をかけた相手がおもむろに胸に触ってきたので、その腕を捻り挙げて悶絶させていた。レスラーか何かという大柄の男を細腕の女が捻り挙げるという光景は中々シュールだな。

 俺は男の腕を離すと胸倉掴んで持ち上げた。

 

「すまなかった! 許してくれ!」

「……」

 

 ふーん。まぁいいけど次やったら許さないよ。

 襟首を離して床に放る。治療待ちの男たちが俺を見てごくりと唾を飲んでいた。

 俺は椅子に座りなおすと、次の治療対象者を呼び寄せるべく手招きをした。……無表情で。

 私兵の男たちの多くは腕が無かったり目がなかったりした。何でも普通の傭兵としては食っていけなくなったので、マダムの元に身を寄せたものが大多数だとか。マダムのほうが安定的に稼げるとも言っていた。そりゃ日雇いと定期収入があるほうじゃ後者を選ぶわな。

 治療すればもちろん喜んでくれるんだが、セクハラ上等の連中なのだ。おっぱいタッチはもちろん尻を挨拶ついでに触ろうとするのでその度に締め上げる必要があった。

 

「あぁ……ありがとう。もう一度目が見えるようになるなんてな……」

 

 これで最後の一人か。私兵連中を治療して数日。全員の治療が終わった。光を翳すだけで失われた部位から過去の古傷まで治るからリハビリの必要さえない。だから順番にやっていけば全員完全に回復させることも楽勝だった。

 俺が治療した男は、俺のことをまじまじと見つめてきた。美人だからって見すぎるなよ。

 

「この力……もっと色々なことに役立てればいいんじゃないか? 国が放っておかないぞ。奇跡の癒しの力を持つ乙女とあれば………」

「……」

 

 俺は脚を組むと、顎に指を当てて考えてみた。それも考えたんだよなあ。複雑な工程を経ずに一発で元通りにする癒しの力が広く知られればもっとこの村に楽をさせてあげられそうな気がするけど……そういうチヤホヤされるのは苦手なんだ。小さい村で有名人くらいでいいよ俺は。

 俺が首を振ると、そのおっさんはそうかといって出て行った。

 

「アルスティア様……終わりましたか?」

 

 俺が掃除をしているとライアン君がひょっこり姿を見せた。薄いシャツとズボン。木刀を握っていた。

 強くなりたい。あなたを守りたいから。なんて真剣な顔で言うもんだから、私兵のヒトに稽古を付けに貰いに行っていたらしい。過去形だ。今は俺がつけてやっている。

 

『アルスティア様になんて無礼なことを!』

 

 数々のセクハラを見てしまって以降、私兵のヒトにお願いして稽古をつけるということはしなくなったのだ。とはいえ俺が稽古をつけるにしても、限度がある。戦いとか素人だからな。イノシシとか倒せたの純粋に体の発揮できるスペックが異常なだけだ。

 だから主にライアン君が木刀をブンブン振ったり、弓矢を使うのをじーっと見ていて気がついた点をジェスチャーで伝える程度だ。

 

「また変なことされませんでしたよね!?」

 

 家の裏手へ歩いていく最中、ライアン君が俺の方を上目遣いで見てきた。

 されたけどね。尻とか胸とか。実力行使で教育してやったからもうせんだろ。俺は首を振った。

 

「よかった……僕、あの人たち苦手です。アルスティア様にへんなことするし……酒飲んで暴れるし……」

 

 まあわかるよ。けどいるのといないのとじゃ大違いよ。俺はライアン君の肩をぽんぽんと擦った。

 

「あ、あのっ…………今日の夜……その……」

 

 赤い頬がこちらから視線を逸らす。

 

「またむずむずして……その……」

 

 おー………どうしよう。アレは、一人でしなさいってつもりだったんだけど……。

 ……んー。

 俺は木刀を振る仕草をすると、前方を指差した。やることやったらいいよ。まったく、しょうがない子だなあ。イケナイことはわかるんだけど拒否して傷つくのも見たくないし。つくづく己は甘い人間性なんだなと思う。

 だけど、あぁ……ダメじゃないかな。いいかも。ダメかも。どうしよう。うーん。

 俺は悩みながら歩いた。とてとてと元気良く走って家の裏手側に向かうライアン君の黒いフサフサとした尻尾が左右に千切れんばかりに揺れているのを見ながら。




Q.おまけがないやん!
A.多少はね

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