「盗賊団……ですか?」
「あぁ、そういうことだ。ようは物取り連中が武器を持った程度の連中が山にこもっているとのことだ。残念ながら国は動いてはくれないよ。確かに危険な連中だが人を殺す一線だけは越えてないせいで」
ほーん。俺は伊達男ことアルトの話を聞いていた。俺の前に腰掛けて柔和な笑みを浮かべるこの優男と、そのうち会うだろうなという気はしていたがこんなに早く会うとは思わなかった。
今朝のことである。俺が薪割りをしていると、白馬に乗ってやってきたのだ。いつに無く気合が入った髪の毛のセットっぷりに、村の女数人が黄色い声を上げるほどだった。あれは見ものだったね。
来るなり話を持ちかけてきたのだ。ようは傭兵の真似事だ。しかしこの国ってどうなってるんだろうね? あるいは、この人権のジの字も無い時代と言うか、世相というか、そういう時だから当然の対応なのか。盗賊団くらい検挙してほしい。聖女様の仕事じゃないぜまったく。
俺は隣に腰掛けているライアン君を見た。悩んでいるらしい。
……んー、悩まなくても断っておいたほうがー……。
「誰も動いてくれないんですね?」
「そういうことになる。どうかなライアン君。彼女の名声を上げるにはうってつけの仕事だと思わないかね」
いやらしいまでの笑み。イケメンってずるいよな、笑うだけで絵になるからな。
盗賊相手か。つまり人間(ヒトの形状とは限らない。足の数が多かったりするかも)相手に戦うのか。喧嘩はともかくガチ戦闘はやったことがないからなあ。不安しかないし、ここはやっぱり――と俺がライアン君を見ると、ライアン君は自分で淹れてきたお茶をチビチビ飲みながら視線を返してきた。
この目だ。この青い目にお願いされると断れない。思えばライアン君が聖女様だって俺のことを断言してから、彼のお願い通りに動いてきた気がする。失望させたくないという気持ちがあるせいかな。
お願いされたらやるけど、アルトの意図通り動くのも面白くない。
俺はこっちを見てくるライアン君の頭を撫でて頷いてみせた。
「この話……聖女様も承諾しました! ので、受けます。あなたのためじゃないですから!」
アルトに対して腕を組んでプンスカ言い放つライアン君。そうか……これが世に言うツンデレというやつ……じゃないね単純にすねてるだけだね。
「素直じゃないねえ君は。だそうですので、行っていただきます。あなたの実力はまさに一騎当千と耳にしておりますので、有象無象の盗賊などあっという間に蹴散らしていただけるかと」
……あー、漏れてたのね。まぁ村を一通り回れば嫌でも聞かされるからなあ。巨大イノシシ退治で加減間違って山肌ごっそりえぐりましたって。
「あの盗賊連中を片付ければあなたの名声はさらに高まることでしょう」
にっこり笑うアルト。うまく利用されてる感が半端じゃない。手を切るべきかなあ。
「こんぉばーか!」
「いっだぁぁぁっ!?」
ペチーン! ライアン君の部屋でライアン君がミミに頬をひっぱ叩かれていた。フルスイングってわけじゃないが、それなりに力を込めてビンタしたせいかライアン君がベッドに吹っ飛ばされた。
おお痛い痛い。こっちおいで? と俺が腿を叩いて呼ぼうとするとミミがギロリと睨みを利かせてきた。
「聖女様聖女様ってなんでも頼ってばっかりで! うまく口車に乗せられただけじゃないこのバカ兄貴!」
「そ、それは……で、でも困ってる人がいるなら助けなくちゃ……」
うーん、お人よしだなぁと思ってたけど、お人よし過ぎるなライアン君。詐欺師にでもころっと引っかかってしまいそう。そういうところが可愛いのだが。
「あんたもあんたよ! チカラがあるのは認めるけど盗賊退治って話に乗せられてるだけじゃないの!?」
「……」
そうね、そうだと思う。あのアルトとかいう優男こっちを利用してる節があるし、今回もそうだろうと思う。見ず知らずの人は放っておけばいい。ミミの意見は正論だ。
でも俺は聖女なので、ここは聖女っぽく振舞いたい。
俺はライアン君を見るとウンウンと頷いた。
「アルスティア様も……言って……はないけどいいって言ってるみたいだし……」
「……」
「………はぁぁぁぁぁぁ……あんたもバカだけどこっちの聖女様も大概バカよ! 止めてもいくつもりなんでしょ? ぜっっっっったいに怪我ナシで帰ってくること。いい?」
怒涛の勢いでキレるミミ。なんとなくだけどライアン母ことリアンの口ぶりを思わせる。想像だけどミミは母に似て、ライアン君は父に似たのではないかなと思う。
「もちろん! 僕が守る!」
「あんたに期待はしてない」
うん。俺も反射的に頷いてしまった。
ライアン君が俯いて悲しそうな顔をした。すまんな、身のこなしの軽さは認めるがろくに訓練も受けてない君を戦力に数えるのは難しいのだ。
「身長もっと伸びないかなぁ……お父さんも小さかったし………」
そうなのか。まあ、身長はまだ伸びるよ、きっと。
「で、場所は?」
「えーっと」
ライアン君はアルトに渡された羊皮紙を取り出した。次の瞬間ひったくられる。
「何々………そんなに遠くないのね。馬があれば一日くらいだけど………」
俺も座っていた椅子から腰を上げてミミの横に移動して覗き込んでみる。文は……読めないが、なんとなく見覚えのあるエド村らしいイラストから線が延びていて、街道らしい線の上を行った後で山の中に入ってお城らしい物体についていた。
「これ何十年か前の戦争で使われたっていうお城……の廃墟よね………本当に二人だけで大丈夫なの……?」
廃墟を占領するくらい人がいる、ということなのか。少人数で立てこもっているだけなのか。事情については何も聞いてない上に何も書いてないらしい。
コソコソするより初手で魔術ぶっぱが一番だな。俺は脳内で戦略を練りながら頷いた。
で、当然のことながらその話は村中に伝わっていた。
出発前夜つまりミミのビンタが炸裂した夜にはリアンも知っていたし、翌日昼出発前には俺らの家前に村中の人が集まっていた。
「どこにいかれるのだろう?」
「なんでも、盗賊退治をしにいくとか」
「なんと………人を治すだけばかりか盗賊退治! 伝承に聞く……」
「白い装束がよく似合っている……まさしく……」
おう、おう、もっと褒めてくれ。
俺は例の白い装束を纏っていた。で、丸腰も心配なのでライアン君パパが使っていたという剣を腰に差そうかと思ったんだが、聖女があからさまに武器もおかしいから結局ナイフだけになった。
「ライアン君はどこであの立派な服を手に入れたんだろうね」
「さあ、国から支給でもされたのでは?」
「なるほど国から……だからあの傭兵が来たのか?」
ちょいちょい誤解している人もいるなあ。ここで訂正したいんだけどしゃべれないからスルーするしかない。
俺は慣れた様子で馬にまたがるライアン君の手に掴まりながら馬の後ろに乗り込んだ。
「怪我のないようにね!」
「うん」
「すぐに戻ってくるのよ!」
「うん、お母さんわかったから……」
リアンが持ち物に忘れ物がないかーとか、あれこれライアン君に話しかけている。どこの世界でも母と子というのは変わらんものだ。
「聖女様、どうかよろしくお願いします」
「……」
俺はウンウンと深く頷くと、ライアン君の肩に掴まった。
いざ、盗賊退治へ!
Q.えっちい話がないやん!
A.足で踏まれたりたわわに埋もれる話が読みたいの? 私も読みたい。