まずった。
俺は腕を縛られて天井に吊るされていた。
盗賊退治に向かった先で、さあどうしたものかと困った俺たちは、魔術をぶっ放してビビらせて降伏させようとしたのだ。まさか背後から一発貰うとはな……盗賊家業なんてやってるんだから腹が据わってるのは当然か。
俺は、ズキズキと痛む頭を振りつつあたりを見回してみた。薄暗い石造りの室内。鉄格子。振り返ってみると茶色く変色した謎の布。バケツ。……これは、牢屋というやつではないか?
俺一人なら拘束ちぎって脱出もできるんだが、肝心なのはライアン君がいないということだ。
俺がやられたということはライアン君もやられただろう。いくら人は殺さない盗賊といっても、裏で何人かやってたけど表沙汰になってないだけとかありそうだしなあ。
怪力発揮して脱出……はできそうである。手首に嵌ってる手錠?手輪と、天井につながってる鎖は古びていてさび付いている。怪力があれば引きちぎれるはずだが、ライアン君がどこにいるかわかんないから動けない。
「……」
手輪が食い込んで痛い。つま先がギリギリで付いてるくらいの高さに調整されてるせいでうまく踏ん張れないし、正直キツイ。牢屋と言うかここ拷問部屋なのでは? バケツもトイレ用かと思ったけど、どっちかと言うと水ぶっ掛ける用だろうな。
早いところ逃げないと薄い本みたいにされてしまう。とか思ってると、ゲスな表情を浮かべた男二人組みが牢屋の扉を開けて入ってきた。
「ほぉぉいいじゃねぇかたまんねぇ。ひん剥いてひいひい言わせてぇ」
「殺すなって言われたけど殺さなきゃいいんだな?」
「ああ、そういうこった。女一人見張る退屈な仕事なんだイイコトくらいあってもいいだろ」
舌なめずりしながら近寄ってくる二人組み。よかった。意識が吹っ飛んでる間に手を出されてはいないということだろう。服も乱れてなかったし。武器? のメイスは取り上げられていたけどね。
「………」
俺が黙っていると男の一人が言った。
「この女街でなんとかって金持ちに囲われてたって聞いたが
「知らんが死ななければいいって言われたよなぁ? 死なないならいいんだよなぁ」
にやにやと笑いながら二人目が歩み寄ってくる。さっそくベルトを緩めてるあたり俺が抵抗しないと思いこんでいるのか。罵声の一つでも浴びせたいがしゃべることが出来ないから無理だった。
俺は肩に手をかけようと歩み寄ってくるのを見計らって足を横方向に小突いた。
「ぐぇぇっ!?」
「なっ、このアマぁ!」
それだけで男は車に轢かれたようにびたんと地面に叩きつけられる。顔面狙いの拳を鎖を掴んで上半身を起こして回避。腿で頭を挟んで壁に投げた。
うむ……超人染みた動きができてよかった。この鎖とか部屋が実は魔術封じの装備ですとかだったら痛い目見たのは俺だったろう。
壁に吹っ飛ばされた男は失神したのか倒れて動かない。俺は、床でうめいている男が起き上がるよりも前に鎖を天井から引き抜いて着地すると、鞭のように床を叩きながら男に歩み寄った。
「てめぇ………こんなの聞いてねぇぞ……!」
あ? しゃべると殺すぞ貴様。という気迫を出そうとがんばってみたが顔が変わらない。ので、鎖をビタンビタン叩きつけつつ寄っていき、強打した頭を擦りながら俺の方を見上げてくる男の胸を蹴り踏みつけた。
「ぐぉぉぉぉっ………つ、つぶれる……! ぐるじい……ッ、わ、わるかった!」
起き上がろうとしても、起き上がれるようなことはさせない。何せ丸太をバットみたいな感じで振れる怪力を発揮してるからな。
俺は手を差し出した。扉を指差し、もう一度手を伸ばす。
「鍵か! 分かったから! 何もしねぇ降参だ!」
男が震えながら腰の鍵を渡してくる。さっと奪うと頬を平手で一発。
「ぐあっ!?」
「…………」
よし! 俺は手錠を外して鎖を取ると表に出た。扉に鍵をかけて、迷ったがポケットに入れておく。鍵の束ということは他の扉も開けられるだろうしな。
外は壁に大穴の開いた廊下だった。別の牢屋を覗いてみると、ライアン君と大差ない年齢の子が閉じ込められていた。どの部屋を見てみてもぐったりとしていて、俺が見ていることに気がついていないようだった。
鍵を使えば逃がせるかもしれんな。先に状況を確認しないと。
俺は聴覚に意識を集中してみた。なにやら表が騒がしい。崩れた壁から伺ってみると、中庭のような場所で焚き火を囲むようにして十数人が酒盛りをしていた。
時間帯は夕方。一日気を失っていたとかでなければ、侵入俺が閉じ込められてから数時間程度だろう。
んー。魔術で吹っ飛ばすのが楽そうなんだけど肝心のライアン君がどこにいるのかわからんから却下。
俺は暫く観察してみることにした。よーく見てみると、城にあったものなのか褪せてはいるが煌びやかな装飾を施された椅子に座って酒を飲んでいる大男がいた。分かりやすすぎるな……あいつがお頭とやらだろう。
ライアン君、ライアン君っと。
…………やーまさかな。ないない。…………待て待て! 俺は一瞬思考停止していたが、すぐに再起動した。
褐色の肌をした子がワンピースタイプの服を着て給仕の真似事をしていた。飲んだくれている盗賊どもに酒を注いだり、料理を運んでいた。黒い髪の毛にフサフサした耳。青い目に涙をいっぱいに溜めた―――ライアン君がいた。女装して。
というか周りの盗賊たちは気がついてないんじゃないか? ライアン君以外にも数人の子が給仕の真似事をさせられているが、女の子らしい胸の膨らみがある。女の子と勘違いして世話させられてるのか?
図らずとも女装姿を見てしまった。似合ってるじゃないか。じゃなくて!
キャラバンとかを襲って誘拐してきた子供をこき使ってるんだろうなあ。容赦はしなくていいだろうが、人質になってるなら話は別だ。
ライアン君が空っぽの酒瓶を片付け始めた。
俺はばれないように夕闇に紛れて穴の外に飛び降りると、樽やら馬車やらを障害物に別方向から回り込んだ。
ライアン君が道中尻を触られ素っ頓狂な声を上げていた。あのヤロー。男だよって教えたらさぞ面白いことになるだろうな。
「……アルスティア様どこにいったんだろう………よいしょ……」
ライアン君がぐすぐす泣きながら酒瓶をゴミ置き場に持ってきた。俺はゴミ置き場にあった木箱の裏側に回ると、トントンと木箱を叩いた。
「だ、だれがいるの? 脅かさないで…………あ、アルスティむぐぅぅ」
ライアン君が俺のことを見つけた。同時に叫ぼうとしたので、口を塞いで物影に引きずり込む。
「ぷはぁ! 心配したんですよ……あの人達、ぅ、ううぅ……ぼく以外の女の子に変な薬飲ませて……あ、違います僕、オトコノコですよ!? 変な薬飲ませて、その……えっと……」
「……」
事情は察するよ。人は殺さないけど、殺し以外は何でもやるタイプか。俺はライアン君を抱きしめると、首にかかっている首輪に手をかけた。首輪は広場の中央の杭と鎖で結ばれていて、逃げられなくなっていた。
「僕男なのにこんな服着せてきたんですよ。薬も………あ、あの薬、なんだったんでしょう。飲んでも効果なかったんです」
ライアン君がスカートを指で摘みながら言う。すーすーしてるとか思ってそうだな。大丈夫だよ、慣れてくるから。
きっとその薬とやらは女専用なんだと思うわ。男には効かんのだろう。
さて、このまま放っておくとライアン君の後ろが開発されてしまうので行動に移さねば。俺は鍵の束を渡すと、出てきた壁の方向を指差した。
「あっちに何かあるんですね?」
うん。俺は頷いて、鍵を使う仕草をした。それから首輪にかかっている鎖を、文字通り腕力で引きちぎる。
「危ないと思ったら逃げてくださいね……」
俺を誰だと思ってるのさ! さあ行け行け!
俺はライアン君の背中を押すと、焚き火がある方角に歩き始めた。
「んだテメェ……てめぇは……牢屋にぶち込んでおいたはずだが」
頭が暗闇から姿を見せた俺のことを発見した。
俺はにこりとも笑わずに拳ぽきりと鳴らしてみせた。
さあ、憂さ晴らしといこうじゃないか!
Q.時間かかりすぎてないか?
A.メンタルをやってしまったのとロシアで新天地を探す旅が忙しかった
Q.女装させたいだけでは?
A.お前も女装するんだよ!