「素晴らしい。あなたほどの実力であれば難なくこなせると信じていました」
俺とライアン君と、捕まっていた子供たちが帰ってこられたのは、行きにかかった時間と大差ない時間が経ってからだ。いきなり教会がある街に戻るには遠すぎるから、俺らの村(俺のってつけると故郷みたいだ)に一度戻ることになっていた。
で、戻るといつもの鎧を着込んだアルトが待っていた。
俺は子供たちを乗せた馬車の中から顔を出した。背中しか見えないが、御者をしているライアン君がアルトを見てふくれっつらをしているのがわかる。まあ、そういきるなよ。
「………」
口を聞けないってつらい。
俺は子供達がすやすやと眠っているのを見た。約一名、年長の子は起きてるがな。子供といっても、ライアン君なんかよりずっと年上だ。旅道中話したけど、自分というものがちゃんとある子だった。
よっと。馬車から降りて、馬車を親指で示してみる。行儀の悪いしぐさだが意味は伝わるだろう。
「もちろんですとも。身元の照会をしなくては……一晩ここに泊めて、翌朝出発ということにしましょう。手配します」
「……」
自然な流れで手を取ろうとしてきたので、逆に手を軽く叩き返す。やらせはせんぞ。この伊達男め。
「あの! 僕はどうすればいいですか」
「ああ、君も無事だったんだね。じゃあとりあえず村長の家に運ばせるから降りてもらって構わないよ」
爽やかな笑顔を浮かべてアルトが言う。
ライアン君が慣れた動きで馬から下りた。うむ、馬の扱いは本当に上手い。俺がやろうとすると、まず馬に乗ろうとして乗れない。やっと乗れたと思いきや馬が言うことを聞かない。車とかならなあ。
「アルスティア様、帰りましょう」
ライアン君が俺の横に立って言ってきた。そうね、妹さんのミミと、ライアンママことリアンに会って報告しないとね。
「それではこれで。馬は預かります。また何かあればお願いするかもしれません」
アルトがにこやかな表情を崩さず馬にまたがると、馬車を引っ張っていった。
俺はライアン君と顔を見合わせると、家に戻りかけた。
「?」
妙な人物を見かけた。ライアン君と手を繋いで歩いている途中、ローブを纏った物凄く不審な人物が俺のことをじーっと見つめてきていたのだ。村の警護についているマダムの私兵連中にしては格好が妙だし、旅人にしては荷物がないし、村人にしては不審すぎた。
俺が視線を返すと、そそくさと退散していく。
「どうかしましたか?」
うん。あっちのほうにね、へんなのがいた。
俺がライアン君を見て、それから指差したときには誰もいない。逃げ足の速い奴だ。気に入った。
「誰かいた……とかですか?」
「………」
俺がうんうんと頷くと、ライアン君は俺のことをじーっと見上げてきた。
「お知り合いとかですか……?」
「………」
かもな。俺は首を振ると、ライアン君の肩を軽く押して家のほうにやった。意図を察してくれたのか、ライアン君は手を解いて歩き始めた。
「先に帰ってお母さんと、ミミに会ってきますね。用事が済んだら来てください」
ええ子や……。
俺はうんうんと頷くと、その怪しい人物がいなくなった辺りまで歩いていったのだった。
草むら。いない。木の影。いない。傭兵連中が設置した資材置き場。いない。村中をぐるっと回ってみるか。
「!?」
その時、急に脳内に電流にも似た感覚が走った。言葉は走らない。大体馬車三台分背後の物陰にソイツがいるッッッッ!!
気がついていない振りをしながら――――回り込む!
「聖女様が何かをしておられる……」
「一体何を?」
「なにかを探している素振りだが……」
ああ! 村人達の声が痛い! だけどくじけない! 男の子だもん!
回り込んでみると、やっぱりいた。フードを被った怪しい人物が。どうやら気配を無くす魔術だかを使っているらしい。そんな気がするというか、俺が目視できているのに村人があんな怪しい人物に気がつかないなんてありえない。
その人物は物陰から身を乗り出して俺を探しているようだった。見失ったってことだ。俺が背後にいるなんて予想できないはずだ。
「………やっぱりそうだ…………記憶を失っている? ………忌々しい……め…………ここまで時間がかかるとは………魔力は健在ということだが……今度はしくじらずに…………」
ぶつぶつぶつぶつ。何か呟いている。声からして女か。ふーん。
俺は、その怪しい人物の肩に手を置いた。
「? この術の作動に気がつくとは、貴様…………あ」
「…………」
振り返ったその子は、俺を見るなり硬直した。
「ぴっ……」
ぴ?
「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!??」
「!?」
うわぁぁぁぁぁぁっ!?
俺は大声を上げてその場で尻餅を付いた
「あ、あぁっぁぁぁぁぁぁぁぁお許しをぉぉぉっ! そ、そそそそそそそそ」
「………」
わからん。伝わるかは知らないが、その女の子の唇に指を当てて黙るようにジェスチャーしてみた。村人に聞かれたらどうすんんだよテメー! 俺が不審者になっちゃうだろ!
「はひ……」
女の子の外見をよく観察してみる。こけた拍子にフードが取れたからよく見える。
長い耳。エルフ? 褐色の肌。おいライアン君とかぶるだろ。赤い目。白い髪の毛を両肩で三つ編みにした歳にして大人一歩手前というお年頃な可愛らしい女の子だ。身長は俺よりも若干低いくらいか。
女の子は素っ頓狂な声を上げて身を乗り出してきた。今にも土下座しそうな勢いだった。
「記憶が戻っておいでで!?」
「?」
あー、この体の持ち主の? 戻ってないというか、中の人違うんだわ。
俺が首を傾げると、女の子はまるで王侯貴族相手かくやという態度をサッと改めて、こほんと咳払いをして腕を組んだ。
「こちらの話だ。あなたに一つ依頼したいことがある。とある山に……ドラゴンがいる。ふもとにある村に多大な被害を出したとされる怪物で……」
胡散臭さが半端じゃない。急にドラゴンときましたよ。どう思うライアン君ってそうだ、彼は自宅に向かってたんだった。
「……ということなのです! ………」
「………」
「ということなのです……なのでござ………なんだが」
女の子………名前は知らんが、とにかく何か説明していたらしい。上の空になってて後半部分聞いてなかった。
やっぱこの体高貴な身分の人だったんかなぁ。なんでわかったって、この目の前の怪しい女の子の隠しきれない態度でわかる。
俺のボディ今頃どうしてることやら。高貴な身分の人が向こうの俺の体を使ってるんじゃねーの?
「ご存知で……あ、いや、わ、私の名前はマリカ。あなたほどの腕前なら、このドラゴンを無傷で従え、じゃなくて、退けられるはず………です! 詳細はこの紙に書いてあります。報酬もっ、もちろん!」
「………」
マリカちゃんが噛み噛みの長ったらしい説明をしてから羊皮紙を渡してきた。どれどれ。読めねぇ……。
俺があっけに取られていると、ぺこりと一礼をしてぱたぱたと走って村の出口へと消えていった。
何はともあれ、ライアン君と合流しないとな。
俺は羊皮紙をポケットにねじ込むと、歩きなれた道を進み始めたのだった。
怪文章はないよ
さくっと終わらせていきたい(決意表明)