「いやそれは…………」
「ねえ?」
マリカとかいう不審者から貰った紙をライアン君に渡してみた。何をしているのかと好奇心むき出しでやってきたミミも首を振った。
「アルスティア様………このマリカって人、何者なんですか?」
「そうよ。どう考えても詐欺師かペテン師か大嘘つきよ、あんたの力を聞きつけて一杯食わしてやろうと考えてるとしか思えないんだけど」
信じやすい性格のライアン君ですら羊皮紙を読んで顔をしかめているくらいである。正直に物申す性格のミミは情け容赦ない言葉を吹っかけてくる。
俺もそうじゃないかなとは思うんだけどね。本人がペラペラ喋ってくれたお陰でこの体の持ち主の部下だったんじゃないかなとは思う。態度といいなんといい、この体の持ち主、相当な厳しい性格だったのかもしれんな。
「………とにかく、こんなよくわからない依頼、受けるなら私にも考えがあるわ」
「………ねえ、ここ……」
「なによ」
ライアン君が羊皮紙の一番下を突き始めた。ミミが羊皮紙をひったくって顔を近寄せながら読み込み始める。
「報酬としてあなたの正体についてお教えします……って、聖女だか神様だか知らないけど、そんなところでしょ」
いまだにアンタ呼びしてくる妹さん。そういう正直なところは好ましいと思う。
まあ、今更あなたの正体がどうとか言われても驚かないけどな。聖女様ロールをライアン君が望むならそうするつもりでいるし。というか、今は俺の体なので、好きにやらせてもらうぜ。
「どう……します?」
「………」
珍しくライアン君がノリ気じゃない。この世界のドラゴンがどのくらいの脅威度なのか知らんが、大体分かる。巨大イノシシとかそんなレベルじゃないということくらいは。超人染みた動きが出来るといっても、俺自身が戦闘は素人だ。ほんまもんの怪物相手に立ち回れるかは怪しい。
でもなあ。正体が分からないままモヤモヤするのも嫌だし。それにほら、ドラゴンをなんとかしましたってなったら、聖女様に箔が付きそうじゃん? 万が一手に負えなかったらスーパー身体能力でけつまくって逃げればいい。
俺はうんうんと頷いて見せた。ミミは腕組んでうなり始めるわ、ライアン君も眉間に皺を寄せ始めるわ、芳しくない反応だ。
「正気?」
「……」
うん。頷いてみると、ミミはライアン君のことをちらっと見てから言った。
「どうしてもっていうなら止めないけど………けど、そこまでしなくてもみんなあんたの力のことは知ってるわ」
「僕も……行かないほうがいいかなって思ったけど…………したいんですよね、アルスティア様」
うむ。言葉じゃ通じないか。こりゃ無理だわ、危険だなって思ったら魔術総動員で逃亡するつもりだ。
俺が再度頷くと二人揃って顔を見合わせてしまった。性格は正反対だけど、こういうところでは息が合うようだ。
ふう。
俺は仕事をしていた。いや、ボランティアかな。
あー゛……これからドラゴンに挑むっていうドラゴンなクエストが始まる前ってのにキリキリと働きすぎじゃねーかなぁ。
俺の噂を聞きつけた人達が村に集まってくるから、片っ端治しまくってるというわけだ。慣れてきたのか治療にかかる精神力的なものはほとんどないけど、一々グロ画像を見ないといけないのは精神的に来る。心理的にね。
飲めば治るポーション並みに強力な治療魔術ってチートだよな。RPGとかだと致命傷でも健常の状態に持っていくけど、実際にあったらこうなるといういい例だと思う。
俺は、不治の病(ゴホゴホ咳してたから肺癌か結核だと思う。こっちの世界に同じ病気があるかは知らない)にかかっていたという女の子を治療し終えたところだった。聖女っぽい服のほうがいいと思って、教会でアイルに見繕って貰った金の刺繍のあるヴェール付きの神官服を着てである。
「………」
神官服着てる人がボロい治療所ってのも格好が付かないかもな。
今のところ一度たりとも泊まりの治療になった人がいない関係上、使われず埃を被っているベッドを見てみる。段々と俺の噂を聞きつけてきた人が増えてきて、そのうち一日じゃ終わらない日も出てくるかもしれない。そうしたら使ってやるさ、ベッド君。
「どうかお納めください。家宝です……」
またかー。治療費のつもりなのか、たまーに宝石とか武器とか衣装を持ってくる人がいる。受け取ってもいいけど、聖女的には駄目だ。慈善事業でやってるんじゃないんだよってセリフあるけど、俺の場合は慈善事業なので。
俺は不治の病を患って訪ねてきた老婆の息子らしき男が差し出してきたネックレスを一度は受け取ったけど、すぐに返して首を振った。大切なものならなおさら受け取れない。
すると息子さんは涙ぐみながらネックレスをしまった。
「噂は本当だった……ありがとうございます。この恩は忘れません」
ん、おけおけ。いいってことよ。
息子さんが元気になったお母さんを連れて帰っていった。診療所の扉の外を覗いてみたけど誰もいない。
一息つくかってタイミングでライアン君が入室してきた。ポットと食器を持って。気が利くなあ。
「お疲れ様です……これお母さんが作ったお茶です」
「……」
おうサンキューな。
俺はライアン君がポットからカップにお茶を淹れてくれるのを待ってから、手にとって一口飲んだ。何茶だろう。色は茶色。紅茶っぽい味がするな。
「前から聞きたかったんですけど、どうして貢物っていうんでしょうか。ものを受け取らないのかなあって」
ふふふ。そろそろお披露目の時期だ。この世界で文章の練習をしてきたことが無駄ではなかった証を!
俺は羽ペンを取ると、机の上の羊皮紙に文を書いた。
「私 思う ない 必要? いらないってことですか?」
「………」
貰ってもなあ……宝石とか綺麗だし金になるのかもしれんけど、興味が湧いてこない。この村の人たちいい人たちばかりだし、ここでのんびりと暮らせればいいかなと思ってる。
俺がうなずくと、ライアンくんは得意げな顔をした。
「うんうん、そうですよね! 聖女様はやっぱり素敵な方です……」
熱っぽい視線。恋する乙女みたいだ。男だけど。
「明日出発するんですよね。ここの兵隊さんたち連れて行ったほうがいいんじゃ……」
正直連れて行っても無駄だろう感はある。ついていってくれるとも思えない。彼らはあくまでマダムの私兵であって、俺の家来じゃないわけで。
俺が首を振ると、ライアン君は熱っぽい目つきで俺を見つめて拳を固めて見せてきた。
「もちろん僕もついていきますから。どこにでも……。もし、聖女様が聖女様じゃなくても、僕にとっては、その……」
ライアン君は、もじもじと体を揺すりながらそんな嬉しいことを言ってくれる。
嬉しくなってしまったので、思わず抱きしめてしまっていた。っと、あんまりぺたぺた触ると、また我慢できなくなったとか言うもんね。自重自重。
んで。
「ふふふふ………記憶を失っているのは予想外だが、アイツにさえ会わさせれば……クッ! 私自身全力を出せるなら、こんなまどろっこしいことはしないのだが!」
「………」
「ひええええええっ!? い、いつからそこに!」
家の裏手で怪しい気配がするから出てみたら、マリカがいたとか。
やっぱりコイツ、何かたくらんでるな。
その場では逃がしてやったけどね。
「無知シチュ」
ライアン君もここに該当するかもしれないシチュ。
無知だけど体だけは一人前なヒロインを主人公が洗いっこなどと称してアレコレやる。実は無知じゃなかったんだよ展開に派生したりすることもある。