「やめなされ………若いもんが無駄に命散らすなんて忍びねぇ……」
という村人の忠告を無視して俺は行く。
山って地図で見ると意外と面積狭いよな。富士山が直径50kmくらいだった気がする。ロードバイクなら二時間あれば踏破できる。ということは、超人ボディだったら一時間で行けるんじゃないかなって。
何がいいたいかと言うと、登山ルートをガン無視して直線距離だけで結べるなら、そんなに速いことはないよなということだ。
「あわわわわわわわ゛わ゛わ゛死ぬ死ぬ死にますぅぅぅ!!」
岩を蹴ってぴょーん、岩を蹴ってぴょーん!
これぞ超人式登山方である。直線距離で進めば速くね? 理論を実践できるだけの超人的な身体能力があればこそ。
ここは標高……知らんが、アルダンテ山の麓から“少し”登ったところだ。そもそも人が登るためには専用の装備がいるような山で、登山道なんていう文明の匂いさえ存在しない険しい領域だ。そのせいもあってドラゴンが山の上にいるのはわかってるけど、どうしようもないらしい。そもそも聞いた話ではドラゴンがその辺ブンブン飛んでるだけで、村に悪さをしたということ事態、噂話でそうなってるだけで実際は何の被害も出していないらしい。
俺は、背中にしがみ付いているライアン君の可愛らしい悲鳴をよそに、岩から岩に飛び移っていた。ちょっとした出っ張りさえあれば、そこに飛び乗って上に行ける。飛行魔術のようなものは今のところ使えそうな気配がないので、この手に限る。
俺らの村(こう表現するとちと痒い)を出て数日馬に揺られること暫く。船着場を経由してまた数日。くたくたになった俺達が辿り着いたのは、アルダンテ山の麓の村の、アルダンテだった。山と村の名前が同じだとややこしい。
話を聞いて、一日休んで、それから登山開始というわけだな。装備とかどうしたのって? 置いてきた。人間相手じゃ十分なメイスでも、でかいトカゲが相手じゃ爪楊枝にしかならんし、身軽なほうがいい。ドラゴンを殺せるようなでっかい刃物とか落ちてないかなー。
で、ライアン君だが、俺と同じ超人式ジャンプ登山方法でついてきた。なんてことはなくて。
『ぼ、ぼくもついていきます……!』
って言うもんだから、おんぶで連れてきてみた。
「ああぁぁ! あああああっ!」
背中が超うるせぇ。うるさいのはこの口かっ! って塞ぎたいけど、ライアン君なので許す。
崖をジャンプ登山中に丁度いい棚みたいになってるところを見つけたので、着地してみた。
いい塩梅だ。……ここをキャンプ地とする!!!
「はぁぁぁ……! はぁっ、はぁっ! じ、じつは、高いところ怖くて………アルスティア様は大丈夫なんですか?」
うむ。高いところは好きだよ。
俺が頷いて見せると、地べたにうずくまって丸くなっているライアン君がうらやましそうな目でこちらを見てきた。高所恐怖症ってやつか。
「うわぁ……落ちたら死んじゃいますね…………あはは…………」
おお、尻尾が曲がって股についてる! 怖いっていう意思表示だね。尻尾見なくてもわかるけど。
俺は、崖の下を覗き込んで乾いた笑い声を上げているライアン君をよそに屈伸を始めた。大分登ってきたけど、まだまだ余裕がある。山のどこかで野営するつもりだったけど、これなら一日で登りきれるかもね。
「頑張ります………」
俺がえっさほいさ体慣らしをし始めたのを見て、ライアン君が小声でそう言ってきた。
ねんねしていてもいいのよ?
「なんか……霧が出てきましたね」
楽しい登山でしたね……じゃなくて。
上を見てみる。確かにそうだ。山の上から霧が降りてきていて、というか雲がかかっていて全く視界が通らなくなっていた。ついさっきまでは大丈夫だったのにな。山の天気は変わりやすいってこのことか。
どうするかね。日も暮れてきたわけで。
「………」
何、急ぐことはない。武器やら何やらを置いてきた代わりに野営の装備を持ってきているのだ。今日はここでのんびりして、天候の回復を待とう。ドラゴンが山の上にいるなら、待っていれば向こうからこっちを見つけてくれるかもしれないしな。
俺は荷物を下ろして野営の準備に取り掛かった。
「えっ、ここで寝るんですか!?」
高所恐怖症のライアン君が涙目になったけどな! 頑張れ若人よ! 安心しろ添い寝してやる!
崖の途中で見つけたこじんまりとした平地は、二人で泊まるには十分すぎる広さがあった。
焚き火を作って、寝転がって布団を被る。以上! テントのような装備はないけど、まあ雨でも降ったらその時だ。
山の上だけあって中々冷える。焚き火に手をかざしていると、ライアン君が干し肉を入れたチーズスープを持ってきてくれた。干し肉とチーズ。ウム、保存食っていいよね。旅をしてる感じがある。
「ちょっと冷えますね……」
自然な流れ(?)でライアン君が俺の横に座ってきた。いただきますって小さい声で言ってから自分の容器からスープをはふはふ言いながら飲み始める。
俺はスープを啜ると、黒パンを頬張った。かっっっってえ。保存料代わりに若干の塩を使ってるのと水気がないせいでモサモサした煎餅みたいだ。正直マズいんだけどスープに合う。
「お口に合いましたか?」
「……」
パン単体だったらノウ! スープはイエス! あー゛……ライアンママお手製のほかほか焼きたてパンが恋しい。
俺が頷くと、ライアン君は嬉しそうににこにことした。
「今日はここで寝て、それから…………? 何か聞こえます」
ライアン君が容器を置いて立ち上がった。辺りをキョロキョロし始める。
………羽音?
俺はパンを咥えたまま、容器をそっと置いて立ち上がった。クソ! このパン固いよお!!
右! いない。左か!? いない。日が落ちて月明かりしかないからなんも見えない! 焚き火の光はあってないようなもんだ。逆に焚き火の光を見てしまうと目が眩んでますますみえない。
「上から……ドラゴンが!!」
ライアン君の耳はこういう時助かる。
俺はライアン君が真上を指差したのを見て、咄嗟に上を向いた。一対の翼を持つ巨大な何かが緩やかに上昇していくところだった。長い首を折り曲げて、こちらを睨みつけてきた。そして翼を緩やかに折りたたむと、急降下してきた。
逃げ……たら負けだぜ! ここは攻めろ! あ、ライアン君……。
『人間風情……………いや、まさかな………』
喋ったあああああああ!
俺がライアン君を庇って両腕をファイティングポーズさせた瞬間、それが落ちてきた。俺の目の前、広かったはずの土地が小さく見える程の巨躯を器用に着地させた。
衝撃で咥えてた黒パンがどっかに吹っ飛んだ。ついでに尻餅もついた。
俺が目を開いてみると、牙が見えた。鱗に守られた外皮の中に青い宝石のような美しい瞳が輝いていて、じっとこちらを見てきていた。
俺が黙っていると、ドラゴンが首を引っ込めて丁度正面からこちらを見つめる位置を取った。
『…………あれから何百年ぶりか………魔王よ』