キェェェェシャベッタァァァァ!!!
『おい、聞こえているのか……』
ドラゴンが喋ってる! すっげぇ! 思わず触ろうと手を伸ばしたら首が引っ込んでいったせいで無理だった。
「ア、ア、あぅぅっ……アルスティア様ぁ!? 言葉がわかるんですか!?」
完全に腰が抜けたらしいライアン君が俺の足にしがみ付きながら大声を上げていた。こら、くすぐったいぞ。腿は弱いんだからさ。
なるほど、どうやらライアン君には伝わっていないらしい。しかし魔王だって? 聖女様ロール中なのに実は正体魔王でしたってしゃれにもならん。
『久しいな。しかし、まるで神官のような服を纏っているが、以前のような鎧はやめたのか』
結構気軽な感じで話してくるドラゴンさん。鎧って……ファンタジーでよくあるゲテモノっぽい禍々しい鎧でも着ていたんだろうか。
俺は話しかけようと頑張ってみた。どうやっても言葉が出てこなくて、口をパクパクするだけだった。
するとドラゴンが目を近寄せてきて、じっと俺の顔を見つめ始めた。
『妙な封印がかかっているな………自分でかけたのか? あぁ、口が聞けぬか。自分自身の力も封印したのか? どれ』
するとドラゴンの目が赤く光った。
次の瞬間強烈な眩暈に襲われた。一瞬、漆黒の鎧を纏った俺の姿(元の男性じゃなくてこの美人ボディな)が映った。次に燃え盛る城。次に、たくましい男性が襲い掛かってくる場面。色々な場面が早回しで流れていって、平衡感覚がだめになってしまったみたいで、思わず倒れてしまった。
意識を失っていたらしい。貧血で倒れたときと似たような感じがした。目の前が真っ白になって、じわじわと視界が戻ってくる、そんな感じだ。
「……様! ……様! こ、ここここの! このトカゲのカイブツになにかされましたか!?」
次意識を取り戻したとき、ライアン君が俺を抱えて重そうな顔をしながらも、ドラゴンを睨みつけているという状況にあることに気がついた。
『ほほう、武器もなく、ろくな術も使えぬ小童が我を睨むか。魔王よ、この獣人は肝が据わっているようだが、奴隷の一人か?』
『奴隷じゃない…………恩人だ』
……………あっ。
しゃ……喋れたあああああっ! やった! ついにやった! ま、まあ、ドラゴン語っぽい妙な音が口から出てきたけど、喋れた! ああ、何ヶ月ぶりだろう! 待てよ? ということは普通の発音もできるはず!
「ライアン君、大丈夫」
「へ………?」
あーやっぱりびっくりしちゃうよね。ぽかーんって口開けて俺の方見てるし。
『封印は破壊してやったぞ』
『ありがとうドラゴンさん。ちなみになんだけど諸事情により中身が違うぞ』
『中身とは』
『俺、魔王じゃない。魔王じゃない人が中に入ってるというか』
『……………』
ドラゴン語で会話し始めた俺を見て、ライアン君は喜びとドラゴンと対峙している恐怖が混ざってなんともいえない表情をしていた。
意味不明なことを言い始めた俺をなんと思ってるのかは知らないけど、ドラゴンさんは黙ってしまった。
『……………………読めたぞ。あやつめ面倒事を押し付けたか……。事情は理解した。それでどうする、平民の娘よ』
『平民と来ましたか。まあ平民だけどさ。えっと、お願いがあるんだけどさ、麓の人達が怖がってるからもうちょい人気のない場所に行って欲しい』
『人間という生き物は心底臆病だと感心する。いいだろう、平民の娘よ。その体に免じてここは引こう』
『女じゃないぞ』
ドラゴンさんはそう言うなり飛び降りた。俺が反射的に追いかけると、空中でくるりと反転してすさまじい速度で山の上を跳び越してどこかに消えた。
なんだか知らんがとにかくよし!
「アルスティア様……もしかして、喋れるように……」
「うん。今まで迷惑かけてごめんね?」
「わぁぁぁ…………」
俺はライアン君に問いかけられたので、なるべく、女の人っぽいしゃべり方を意識しながら返事をしつつ、振り返った。
胸元まで両手をあげて、目をキラキラ輝かせる女の子もといライアン君がいた。
「すっごく素敵な声です……!」
「そう? ありがとう」
って待てよこの女の人っぽい喋り方をしたってことはこれからこの喋り方固定ってこと………いいさ! この俺にできないことはない。
俺は擦り寄ってくるライアン君を無意識に撫でていた。いかんな。ペットじゃあるまいし、撫で撫でしすぎかも。
「ドラゴンと何を話していたんですか?」
「え?」
おっと、さっそくピンチだ。ライアン君はドラゴン語わからないみたいだから、ここは実は俺が魔王の体に入ってましたとかいう点は秘密にしておこう。夢を壊したくないし、彼が望むなら俺は聖女様なのだ。
「村人が怖がってるからこの場から去りなさい! ……って言ったら、俺……ゴホンゴホン! 私の力に負けて退散していったんだ……の」
危うい危うい。危険が危ういぞ。つい素の口調が出てしまう。
一方ライアン君は俺の口調がどうのというよりも、その内容に感銘しているらしく、頬を乙女のように赤らめてじーっと見てくる。
「さすが聖女様です……………あ、そ、そうだ、それじゃ帰って村の人達に報告しないと…………またおんぶになっちゃいますけど……」
「あ、それなんだけど」
俺はライアン君に手を翳して言った。
なんかね、力が漲るんだわ。誰がかけたか知らないけど封印されていた力をドラゴンが破ってくれたみたいで、今なら―――空を飛べる。断言していい。
「空、飛んで帰ろ?」
「……」
空。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ死ぬぅぅぅぅっ!?」
飛んで帰ったら、やっぱりライアン君うるさかったです。
「ということでドラゴンは戻ってくることはないでしょう」
「おお!」
麓の村に戻ってきた。いやー飛べるって凄いね。なんとかマンばりに飛べたので、戻ってくるのに三十分とかかってないぞ。疲労感もないことはないがレベルだったし、封印が解かれたってのは本当のことらしい。
ドラゴンがどっかに飛んでいったのは、村でも目撃されていたらしいから説明は簡単だった。
誰も俺が喋れるようになっていることは追求してこなかった。村人さんのうちの一人が涙を流しながら歩み寄ってきて、手を握ってきた。感極まってるらしい。この人、たしか俺が村に来たとき物影から伺ってきてた人だ。
「半信半疑でしたが……まさか、本当に……流石お噂に聞く聖女様でございます………なんでも、戦地で旗を振り軍を率いたとか、川の流れを変えたとか、国王陛下の病を癒されたとか耳にはしておりましたが、まさか竜を退けるとは……! ほ、ほら、お前たち頭が高い!」
「ははあっー!」
「ありがたやありがたや……!」
「なんとお美しい………!」
「ご無礼どうかお許しを!」
あ、あれ? なんか噂話にありがちなことなんだけど、見に覚えがない話が聞こえてきたような。俺は一斉に跪く村人さんたちを見て、冷や汗を止められなかった。どこの聖処女だよ。どこの超戦士だよって話ね。病を癒した云々はあってるけど国王陛下なんて会ってすらおらんわ。
俺は、聖女様っぽい喋り方を意識しながら咳払いをした。
「面を上げてください。私は当然のことをしたまでです」
「どうか! どうか一晩だけでも村に泊まっていっていただいて、そのお力をお貸しくだされ! 私の孫が熱病に苦しんでおりまして……!」
「アルスティア様、どうしましょう」
ライアン君が誇らしげに問いかけてきた。
「もちろん、私にお任せください」
なんたって聖女様だからな! いいさ!
こうして俺たちは山の麓の村に一晩泊まることになったのだ。
その夜。奇妙な夢を見た。
『くくく。我が肉体を使うものよ。はじめましてとでもいっておこうか』
えっらい上から目線の女の声が響いてくるという夢だった。