夢の世界なのに夢ってわかってるって、これが明晰夢というヤツか!
『違うぞ。我が貴様の為にわざわざ貴重な時間を割いてやっているだけにすぎん』
……。
状況を確認しよう。村人に宿の一室どころかワンフロア丸ごとタダで貸してもらったわけだ。で、ご馳走をたんまりと頂いてお湯浴びを……えー、その、ライアン君とした。だって一緒がいいっていうんだもん! 仕方ないもん! わた……俺のせいじゃないぞ! ごほんっ! で、それでふかふかのベッドに入って就寝というわけだ。
起きたかと思ったんだよ、最初は。寝室で目が覚めたような気がしたし、何より寝室にいたしで。ところがこれが夢の中なんだろうなというのが分かる出来事があった。扉を開けると暗闇が広がっていて、先に進めない。窓の外も黒一色だった。おまけに変なしゃべり方する声が響いてくる始末で……。
『我に言わせれば貴様の声こそ情けない響きだがな。まあ、よい。寛大な我はその程度のことで怒ったりはせぬ』
「えっと、どちら様ですか」
ふふんと得意げな声が響いてきた。
『貴様と体を入れ替えたものだよ。そう、かつて魔王と呼ばれていた者こそが我である』
「へぇ」
『驚かんのか』
「今思えばあのドラゴン、何か察してたしなあ。じゃ、あんたがこの体の持ち主なわけ」
『そういうことだ。何か言うことはないのか』
「体を戻せと言っても聞かないんでしょ」
話し方からするに、絶対に体を元通りにする気がなさそうに思える。なんでこの自称魔王のせいってわかったかって、事故で入れ替わったならキレて詰問してくるだろ。この手の性格のやつは。そうじゃないってことは、犯人はこいつだ。
『うむ。当たり前ではないか。我も我で貴様の世界の生活に順応してきたところだ。今更戻ることは考えられぬ』
「マジかよ………」
普通のサラリーマンだった俺の体が現在どうなってるのか想像してげんなりする。妙にキレッキレで高圧的な態度の俺が会社で働いてるところとか考えたくもない。
『ぬははは! 貴様の口座にあった金を使って起業してやったぞ! 魔王として諸国を統べていた頃と比べれば、この程度造作もない!』
「えぇ………」
『安心しろ。事業は順調である。従業員も増えてきたところだ。ああ、そうそう。貴様の両親は死ぬまで面倒を見てやる』
お父さんお母さん。豹変した息子をどうかよろしく……。
「ちなみに魔王さん? なんで入れ替わろうと思ったんですかねぇ」
俺は一番の疑問をぶつけてみることにした。魔王さまが現代社会をエンジョイしてるのはわかった。理由が知りたかったのだ。あんまりふざけた理由だと、腹が立ってくる。せめて納得させて欲しい。あっちの世界の体は二十何年も親しんできたわけで。両親親戚友達も残してきたわけで。
俺が言うと、魔王様の声が低くなった。
『…………そちらの世界で魔王と呼ばれること幾度……蘇る度に勇者なるものがあらわれ、我を封印するのだ。何度も試しても、勇者が現れる。ならばと民衆に寄り添ってみたはいいものの、今度は民衆が我の統治をいらぬと跳ね除ける。どうやら、そちらの世界では我は王にはなれぬ運命らしい。ならば…………違う世界に行けばいいのではないかと思い、古の術を行使したところ偶然貴様と入れ替わったのだ』
「別の世界かぁ………」
魔王にも魔王なりの苦労があるんだなと思った。
『うむ。ニホンとか言ったな。王はいないが社長はいるではないか。ビジネスの社会で王として君臨してくれよう』
わからんでもないけど、イメージ崩れるなあ。一瞬脳裏に全盛期魔王様の姿が浮かんだ。漆黒のビキニアーマーを付けてでかい剣を振り回しているという姿だ。見える。この防具なのに腹とか下胸丸出しの衣装で高笑いするブロンド髪魔王様の姿が。
「了解。俺もこの体は有効活用させてもらうよ……」
『そうするがよい。我が美貌を存分に………』
「アルスティアさま……ぐ、ぐるじいでず………く、くびが……」
「ふぇ?」
はっとして頭を振る。何かもふもふしたものが胸元にあった。ケモノっぽい独特な体臭。なんだろうこれ。
「おおおおおおおっぱいぃぃぃ………おっ、ぱい……」
んー?? なんだこの髪。うりうりー……ってやってる場合か!
おっぱいに埋もれて窒息しかけていたライアン君を解放して姿勢を確認。なるほど、ライアン君が隣にいて、俺がその横。抱き枕か何かと勘違いして抱きしめていたと。ああ! いかん! いかん! 涎がライアン君の頭に!
「……ひゃあごめんね。えと、悪い夢を見ていたみたいで……あれ? ライアン君、隣のベッドで寝てたんじゃあ?」
「えっ………そ、そそそそ、その……これは……」
ふむ………ライアン君と俺は別々のベッドのはず………?
「寝ぼけて……」
「そうなんだ。いいよ、一緒に寝ようね……ふわぁぁ……あふ」
寝ぼけるととんでもない行動をするってのはあるあるだからな。夢遊病で親に意味不明な問答をしていた記憶が脳裏をよぎる。曰く明日の朝食の話をしていたそうだが、俺の記憶にそんな会話がなく、不気味に思ったものだ。
俺はライアン君を抱えるようにすると、布団に潜り込みなおした。はぁぁぁぁケモっぽい匂いするなぁぁぁ………。
………うーん、なんだか妙な気配がする。ドラゴンに封印とやらを破られてるせいか、気配の一つ一つを感じ取れるようになってるみたい。マリカの気配がする。というか、この家の裏でコソコソしてるみたい。
……ま、いっか。とりあえず眠って、それから、それから………。
「ふふふふふ……魔王様が力を取り戻した暁には愚民共など……」
「もしもし」
「ひああああああっ!!??」
翌日。ライアン君がなぜか寝不足だったので、俺だけがいつも通りに起床した。ライアン君は一人でもう一度寝ることになった。急いでるわけじゃないから、もう一日くらいこの村でのんびりしていてもいいかなって思ったのだ。
で、なぜかここまでついてきたマリカちゃんがこそこそしていたので、例の如く背後から声をかけるとフードを脱ぎ捨てて土下座し始めた。褐色肌と白い髪って映えるなあ、いいなあ。マリカちゃんっていわゆるダークエルフってやつなんかね。
「声が……! 魔王様、帰ってこられたのですね! その力をもって、今一度世界を征服しましょう!」
目が輝いておられる。そこまで世界が欲しいのかね。手に入れてもむなしいだけじゃないか?
「え? やだ」
「え゛っ………」
アカン、反射的に断ってしまったぞ。両手を握って胸元に置いたポーズのまま固まるマリカちゃん。
今まで魔王だったのに急に方針転換も怪しすぎるか。中の人が違いますってことは伏せておいたほうがいいかもね。
俺は腕を組み、上を見て、言葉を搾り出した。
「えーっと、うーんと………あっ、そうだ。まずひとまずはアルスティアって名前を善行積んで世界に知らしめる。そんでもって、聖女様だからってガードの甘くなったところを一撃必殺鎧袖一触よ」
「し、しかし! 人間共のためなどに働くなど……! うぅあんまりです魔王様。不肖マリカ! あなた様の砲撃を受け半死半生になっても、こうしてはせ参じたというのに!」
砲撃……? 見に覚えしかないので、聞いてみる。
「それもしかしてエド村って言う獣人の村で……?」
マリカちゃんがパンパンと拳で手のひらを打ちつけながら力説する。
「ええ! 封印が解けた私が試しに魔獣を召喚して村人共にけしかけて実験をしている最中でした。いつの間にか目覚めておられました魔王様を追いかけようとしたところ! 急に! 砲撃が!」
巨大イノシシとかお前のせいかーい! まさか砲撃ぶっぱが当たってるとは思わなかった。道理でその後魔獣とやらが出没しなくなったわけだ……。
ここは魔法の舌でなんとか言いくるめてしまおう。そうすれば、ライアン君たちは安全だ。
俺は腕を組むと、精一杯の威厳ある表情を作ってみた。できた。眉間に皺が寄った! 表情も解禁らしい!
「聖女アルスティアが今の私の名……この名を善行で広める! 征服はそれから! ね?」
「うぅ……わ、わかりました……」
「わかればよろしい!」
しゅんとうなだれてしまったマリカちゃん。可愛そうに思えたので、頭を撫で撫でしてみる。さらさらとして気持ちのいい髪の毛だ。悪いけど、聖女様ムーブしないといけないから協力してもらうぞ。
「それから魔王様は禁止。聖女様かアルスティア様って呼んで?」
「わ、わかりました。魔王さ……アルスティア様。なんだか人が違ったように優しいような……」
「なんのことかな!?」
マリカちゃんがこそばゆそうに撫でられながら核心に迫ることをいい始めたので、俺は慌てて手を離して歩き始めた。
「あっ、どこへ!」
「ライアン君のとこ!」
俺は御付きが増えてしまったな、なんて思いながら足を速めたのだった。