「ありがてぇありがてぇ! あんたはまるで女神様みたいなお方だ……!」
ふう。俺は何人目になるかもわからないけが人の治療をしていた。やることは単純で手から出るチェレンコフ的な光を当てて祈るだけである。
どうやら村人たちの話を総合すると魔術は呪文や触媒を使わないといけないらしく、俺のように素手で呪文なししかもどんな傷だろうが病だろうが治せるのは埒外の能力らしい。
ただし欠点もある。能力を使えば使うほど疲労がたまっていくのだ。ゲームでいうところのMPを使ってるらしいが、そのMPはスタミナゲージと共通らしい。
「……」
村にある診療所という名前の小屋には、大勢の怪我人がいた。度々起こるモンスターの襲撃で死人まで出ていたらしい。診療所の主である医者は襲撃で死亡してしまい、ジリ貧の状況にあったらしかった。
そこでほとんど御伽噺のような力を持った俺の登場なのだから喜ばれるのも無理はない。
俺は最後の怪我人を見送ると、血を拭いた布やら埃やらネズミの巣まみれの診療所を見た。荒れ放題だった。医者が使っていたらしい器具は整備不良で錆びまくり。掃除も行き届いていないようだった。
「……」
よし。掃除をしよう。
俺は腕まくりをすると壁に立てかけてあった箒を取った。
ネズミを箒の逆側で叩いて殺した経験は君たちにあるかな? 俺はあるぜ。なんであいつら逃げないんだろう。
とりあえず数時間かけて診療所は綺麗にした。不衛生なものは村の焼却炉に突っ込んで燃やしておいた。今後診療所を使うことがないと思いたいが例のモンスターの襲撃があるからなあ……。
そのモンスターだが、死体を直接確認した。犬を二周り大きくした四本足の奴だ。曰く人間は訓練された犬と素手でやりあうと死ぬというが、それ以上のサイズのモンスターの場合いったい何人いればいいのやら。
「……」
埃まみれの診療所を掃除したせいか、服が汚れてしまった。洗濯しないといかんな。あと体も綺麗にしたい。
確認したところこの村にお湯に漬かるという習慣はないようで、各々体を川で綺麗にするか井戸で洗うからしい。もったいないと思うが、薪の準備って大変だから仕方がない。
換えの服をリアンに貰おう。あとタオル。
俺はとことこと家まで歩いて向かった。
川は村から徒歩5分の立地である。日当たり良好のいい物件だ。
俺は快く着替えを貸してくれたリアンに感謝しつつあたりを窺ってみた。人気がない。あるのは鳥の鳴き声くらいなもの。服を脱いで手ごろな枝に引っ掛けておく。膝下の深度しかない清らかな川の上流に歩いていく。丁度よい小さい滝があって、滝つぼに行けばシャワーを浴びているのと同じことができた。
あぁぁぁぁぁぁ冷たくて気持ちいぃぃぃ!
なんだか怒涛の一日だった。正確にはライアンを治療して一晩経ったので二日だが。
俺は水を浴びながら壁面に頭をつけていた。それから長い髪の毛を指ですいて綺麗にしていく。一通り髪の毛を綺麗にしたら、お次は体である。
「……」
おお、いい弾力だな……改めて自分の体を見つめてみる。
陽光を反射する見事なブロンドヘア。曇りのない真っ白な肌。鎖骨から始まる重力に逆らう二つの大きい塊。
年齢は……二十歳はいってるだろう。成熟した腰周りからしてそう感じる。
「………………」
急に恥ずかしくなってきた。よく考えたら俺女になってんだよな……。
…………ついてないな。俺は再確認をしていた。なにをだって? ナニだよ。
うん、ついてない。なんでこんなことに……。
俺は水浴びを切り上げて着替えの元に直行した。体を拭いていると視線を感じたので振り返ると、そこには川辺と草むらの境界線あたりで銅像よろしく硬直しているライアン君がいましたとさ。
「……」
「……」
脱兎のごとく逃げ出すライアン君。
ありゃー……見られたかな……ま、まぁ減るもんじゃないし!
俺は手早く服を身に着けると、家に帰った。
その夜。妙によそよそしいライアン君と、まだ俺のことを信用してくれてないらしいミミと、俺のことを新しくできた子供か何かのように野菜シチューを盛りまくってくれるリアンと机を囲んでいた。
「まあ、それじゃあ診療所の怪我人を?」
「ええ。癪だけど」
「ミミ」
「………ごめんなさい」
どうやら俺が診療所の怪我人を治したことはミミに知られていたらしい。というより多分村中に知られてるはず。あくまでもお前は認めんと悔しそうな目でこっちを見てくるミミちゃん。反抗期というやつかね。
「………」
一方ライアン君は俺を見る、俺が見ると目をそらすをずっと繰り返していた。やりにくいからやめてほしい。
「すると、アルスティア様は一日診療所で治療をしていたということですか?」
「……」
うん。俺は感極まった表情を浮かべているリアンに頷いてみせる。
ほかに何かできる気がしないしね。癒しの力を最大限活用して医者? 治療専門の医者をやってのんびりと過ごすのもよさそうと思ったのだ。
「やっぱりあなたは素晴らしいお方ですね!」
ガッと手を握られる。あ、あの、俺はですね。
感極まったらしいリアンに俺はどうするべきかと考えていた。
金属を打ち付ける激しい音が響いていたのだ。ふくれっつらをしているミミも、ぼーっと俺の方を見ているようで見てない上の空のライアンも、俺の手を握っているリアンも、一斉に反応した。
まず、動きの早かったのはリアンだった。俺の手を離すと窓際に走っていきカーテンをかけて扉に鍵をかけて、家の二階への階段を駆け上がっていく。
ミミは暖炉に走っていくと、一心不乱で火を消し始めた。
最後にライアンは一目散に二階に駆け上がっていくと、小ぶりな直剣と盾を持ってきた。
約一名、状況の飲み込めない俺はキョロキョロしていた。
「???」
「聖女様、モンスターの襲撃です! ぼ、ぼくは外に出て応戦しますので、お母さんと妹をよろしくお願いします!」
俺は首を振ると、ライアンの肩を掴んだ。
俺も連れて行けと言わんばかりにサムズアップしてみた。
サムズアップってこっちの住民に理解でき……構うもんか。なぞのパワーで獣を蹂躙してやんよ! くらいのゆるい気持ちでいた俺は、現実を思い知らされることになる。いい意味でも、悪い意味でも。