猫はかわいい。そして癒しをくれる。愛おしさをくれる。
暁美さんは猫が好き。鹿目さんも猫が好き。

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pixivと同時投稿です。


にゃあ

 今日も、まどかはとても幸せそうで。

 昨日も、まどかは非常に明るく楽しそうだった。

 きっと明日もそうなるだろう。

 

 正しくはない行いだ。ただ、私にとってそれはやるべき事だったし、やらなければいけない事だった。後悔は、ない。

 

 いつもそうやって思うけれど、本当に後悔していないのだろうか。

 どうあれ、私にとっては自分の中にある弱さなんて、考慮する必要の無い事だった。

 

 またいつもの様に草の丘で座り込み、欠けた月と星々を数えて息を吐く。

 月明かりも星々も、とても美しく素晴らしい。だけれど、さほど感情が動く気配はなかった。気に留めるほどの価値は感じないからだ。

 ただ、足下の見滝原の明かりに負けず光と輝きを放つ姿は、一種の敬意にも似た気持ちを胸の奥から引き上げてくる。

 でも、まどかを思い浮かべると、ずっと重い響きがあった。

 頭の中で思い浮かべただけで、鈍い痛みとじくじく広がる喜びが溢れて、思わず両手で己の身体を抱いた。

 

 髪を撫で、形を整えた。

 

 右の指が髪を通り抜けている間に、空いた左手の甲を突き出した。

 どこか熱っぽい。眺めてみてもおかしな所はなく、いたって普段通りに暗く光っている。

 足下に置いた学校指定の鞄を開けて、丸い水筒を取り出し中身に口をつけた。ぬるめの水は清涼感よりも不満足感が強い。すぐに蓋を閉めて片付けると、思わず溜息が漏れた。

 この場で寝転んでみる。胸元で両手を合わせ、土に埋まる気分で息を安らかに保った。草が髪に当たる感触は決して気持ち悪いものではない。

 このまま、まどかの存在を感じながら眠ってしまいたい。実際には、そうもできないのだけれど。

 そんな時、何かが近づいてきた。

 

 動くものの姿を見なくても、その物音の大小で何となく予想はできる。

 小さな動物だ。ここに来るとすれば、それは奴くらいだろう。

 

 予想は当たっているだろうか。少しの敵意を混ぜながら、その目を背後へ向けた。

 

「あっ」

 

 そこにいた物は予想とはまるで違う。

 だけど私は、その姿に見覚えがあった。

 この世界で見た訳ではない。でも、幾度も繰り返してた時間の中で、このかわいい小さな黒猫を見る機会は何度もあったのだ。

 草を踏みしめ、小さな音を立てる姿はなかなかに愛くるしかった。

 

「エイミー?」ゆっくり近づき、そっと手を伸ばす。「ごめんね、奴と間違えるところだったわ」

 

 僅かに目があってしまい、エイミーは固まってこちらを見つめ返した。

 猫と目を合わせるのは喧嘩の合図、そんな事を聞いた覚えがあった。もちろん私はこんな黒猫を傷つける気は毛頭ない。

 魔法少女や魔女、魔獣とは違う。非常に穏やかな気持ちで呼びかける事が出来た。

 

「おいで」

 

 猫らしい良い鳴き声が返答だ。エイミーはすぐ私の手元にまで寄ってきた。

 数秒前まで固まっていたというのに、今は警戒の欠片もない。

 飼い猫だったのだろうか。そんな覚えはないけれど、ここまで人に慣れているのは野良猫ではない気がする。

 

 毛並みはそこまで良い訳ではない。でも、その程度で可愛らしさが損なわれる事はない。

 

 気づいた時には触ろうとしていた。けど、少しだけ迷った。

 猫は、どこを撫でれば喜ぶのだろう。

 そう考えながらも何となく背中を撫でてみると、少し身じろぎするだけでされるがままになってくれた。

 やっぱりかわいい。

 こうしていると、ぬいぐるみではなく生き物だと分かる。体毛に包まれた身体には仄かに暖かく、生命を私に伝えてくれた。

 

「思えば、あなたとも長いわね」

 

 エイミーの存在を私が知ったのは、私がまどかと知り合った辺りにまで遡れる。

 その後の繰り返しで何度も遭遇する機会はあったけど、まどか達と離れていく中で、私はこうして猫を撫でる事もしなくなった。

 改めて、素敵な黒猫だ。こんなにかわいらしいのに不吉だなんてとんでもない。むしろ幸せを運んでくれそうなのに。

 

 まどかを魔法少女にしたという意味では不吉も不吉だったかもしれない。

 しかし根本的な原因はエイミーじゃなく、あくまでインキュベーターで、奴は白い毛並みだ。そして恐ろしい生物だ。

 比較するだけでもエイミーに失礼だった。

 

「あなたは覚えていないかもしれないけれど、私にとっての始まりは、きっとあなただったのよ」

 

 人間を相手にするよりずっと素直な言葉が、本当に自然と漏れていた。

 私の声は驚くほど穏やかで、エイミーに触れる指先には力が全く入らない。

 

「懐かしいわね、あの頃の私は愚かだったけど……でも、何も知らなかったからこそ、とても幸せだったのかもしれないわ」

 

 勝手に言葉が漏れていた。

 でも、口を閉じる気は起きない。聞かれても影響は無いからだ。

 私が草の上で正座をすると、エイミーはぴょんと飛んで乗ってきた。猫の感触が足に乗る。可愛らしい重みだった。

 

「ふふっ……ありがとう、エイミー」

 

 何に感謝したんだろう。言いながらもそう思った。

 エイミーは単なる猫で、単なる猫だからこそ何も隠す必要はない。

 気を張る理由も特に無かった。だから声が弾むし、声は思うがままに出てしまう。

 

「にゃあー?」

 

 エイミーの鳴き声では無い。私の声だ。

 

 私の口から、猫の鳴き真似が出てしまった。

 そして、エイミーはちゃんと反応をくれた。膝の上でごろごろとして、鳴き声を返してくれる。

 

 かわいい。

 

 いつぶりだろうか、ここまで素直に思うのは。

 こうして改めて猫を撫でていると、私のこれまでの生がどれほど余裕のない物だったかを痛感する。

 眼鏡を外してから今に至るまで、こうしてかわいい動物を撫でる事を楽しめる時間があっただろうか。

 ない。なかった。久しぶりすぎて猫に話しかけてしまうくらいには。

 

「にゃぁぁー」

 

 私の鳴き声は、きっと本物の猫にはあまり似ていなかっただろう。

 でも、エイミーは反応をくれた。耳を立たせて、かわいらしく鳴き返して、その声が心を癒してくれる。

 

「ふふふっ、ありがとうにゃん?」

 

 気が抜けたかもしれない。

 前よりはずっと平和な心地。今の私には、まどかの望む世界を守る使命も、繰り返す時間の中でまどかを救う願いもない。

 もちろん今までよりももっと危険で難しい事をしているけれど、それでも前ほど切羽詰まってはいなかったし、追いつめられてもいなかった。

 そう、少なくとも今は安定しているのだ。エイミーを家に連れ帰っても、問題ないくらいには。

 

「おい」

 

 考え事をしていたからか、すぐ近くで聞こえた声を聞くまで、佐倉杏子の接近にまるで気づかなかった。

 

「……………………」

 

 飛び上がりそうになったけど、寸前でエイミーを驚かせたくなくてやめた。

 代わりに両手で持って地面へ下ろし、改めて立ち上がる。

 急に草原へ座らされた為なのか、エイミーがそのまま私の足にじゃれついた。

 無視もできなくて、身体を何度か撫でると喜びの声をあげてくれる。

 どこを撫でても喜んでくれた。尻尾は避けたけど、他の、喉やお腹に頭から背中、そして足から肉球。抵抗する様子がまるでなく、私にひっついて甘える様な声をあげる。

 本当に、本当にかわいい。猫は好きだけど、こうして触っていると何倍もかわいい。

 

 佐倉杏子の顔を見たのは、ひとしきりエイミーの毛を堪能してからだ。彼女は戸惑いがちにこちらを見つめていた。

 

 首を傾げる。

 呆れられてはいないけど、「なにやってんの」と言いたげだ。

 普段は表に出さない面を見られたのは少し気恥ずかしい。

 けれど、猫を撫でて話しかけるくらい別にそこまで隠すべきだろうか。誰でもやる事だ。

 

「どうしてここに?」

「夜道の散歩だけど、あんたこそ何で」

「あなたと同じよ、ここで夜風に当たるのが好きなの」

 

 エイミーが私の指を甘噛みした。ちょっとした刺激と湿った感覚は決して嫌いではなくて、思わず微笑みが漏れてくる。

 私の膝を好きになってくれたらしく、この子は小さなジャンプで私の脚に爪を立てた。座らせて、と言っているのが何となく分かる。

 にゃあという素敵な鳴き声が耳を撫でていた。タイツに爪を立てられても気にならない。

 もう一度膝を崩してその場へ座り込むと、エイミーは膝の上へ登ってきて、満足げに寝転がった。

 感触が楽しい。猫の毛だらけになるけれど、それを含めても嬉しかった。

 

「…………猫、好きなんだな」

「この子は特にね。あなたは嫌いなのかしら」

「いや、別に……嫌いじゃねえよ」

 

 なら、何故目を逸らすのだろうか。

 変な事はしていない。猫を撫でて撫でて、かわいがっているだけ。今はエイミーのお腹を撫で回しているけど、それも特に不自然な行為ではないだろう。

 だというのに杏子がこちらをちらりと見る目ときたら、超常現象でも目撃しているかの様だ。

 

「意外だよ、あんたが動物をかわいがってる所を見てると、自分の目がおかしくなっちまったのかと思うな」

「そんなに変わった事ではないと思うけれど」

「いや、まあ、そうなんだけどさ……不自然って言えばいいのか? そんな気がしたんだよ」

「あら。そう?」

「ああ。ぜんっぜん似合ってねえ」

 

 断言されて、素直に受け入れた。

 今の私の存在を思えば、猫を撫でるという光景は違和感があるかもしれない。

 でも、かわいいものはかわいいし、エイミーはその中でも特別に素敵な猫だ。しかも、特に冷たい態度を取る理由も無い。

 

「似合っていなかったら猫を撫でてはいけないのかしら」

「別にそうは言わないよ」

 

 呆れ声の杏子が目を細めた。

 

「ほむらってさ……ひょっとして疲れてたりするか?」

「何故かしら」

「見た感じ、アニマルセラピーって奴かと」

 

 言われて初めて、私の中にのし掛かっていた何かが少し軽くなっていると自覚した。

 ずっとずっと前、まだ私が悪魔ではなく、まどかが神でもなかった頃からずっとあった、憂い、あるいは悲しみにも似た重圧が、エイミーの体毛と鳴き声に吸われていた。

 そう、確かに私はこの子に癒やされているのだ。

 

「……」

 

 心の中だけで、「ありがとう」と呟いた。

 そしてエイミーから手を離し、最後に尻尾へ軽く触れる。

 にゃあ、という声と一緒にエイミーは飛び上がり、心地よい毛と体重が私の膝の上から消えた。

 

 これでいい。

 

 公園の時計を見ると、夜だけどまだ出歩ける時間だ。エイミーとの触れあいは惜しいけれど、一生このままという訳にもいかない。どこかで区切りをつけないと、私はこのまま一晩中でも猫を膝に乗せ続けてしまう。

 だから、また近づいてくるエイミーの誘惑を堪え、改めて杏子の前に立ち上がる。

 髪を撫でられない。猫の毛が手にたっぷり残っている。

 

「……夜食にでも行きましょうか」

「ん? あんたから誘うなんて珍しいじゃん。猫はもういいのかよ」

「ええ、大丈夫」

 

 エイミーが踵の辺りへ寄ってきた。

 近くに杏子も居るというのに、どうしてこうも私だけを構うのだろう。

 

「で、どこ行くよ」

「……あなたが行きたい所でいいわ」

 

 幾つか頭に思い浮かぶところはあったけど、まどかと一緒に行った所ばかりだ。杏子を連れて行くのは少し似合わない。

 察したらしく、杏子から提案が飛ぶ。エイミーの鳴き声から甘えられていると分かって、ずっと昔に治った筈の胸が痛んだ。

 

「じゃあ、ラーメンでいいか? 気に入ってる店がある」

「それで構わないわ……そうだ、今日は私が代金を出しましょう」

「え? いいのか?」

「もちろん、構わないわ。常識の範囲でならね」

 

 よく考えるとラーメンを奢るという約束を果たしていなかった。

 約束は約束。無効にはならないし、する理由も無い。

 

「……なあ」

「何かしら。早く行きましょう」

「いや、それはいいけどさ。本当に飼わないのか?」

「……」

 

 猫パンチが足に叩き込まれていた。

 手加減してくれていて痛みはないけれど、肉球の感触が妙に残る。

 息を吐いた。杏子に待っていて貰い、またエイミーに手を伸ばす。

 

 抱き上げると、あまりに急だったからか抗議の様な、にゃあ、が聞こえた。

 そのまま腕の中へ抱き寄せると、毛玉のような感触がたまらなく気持ちいい。

 杏子の言う通り、私はきっと疲れていた。

 

 でも、これで本当に最後だ。

 

「やっぱり飼うのか?」

「いいえ」

 

 ちょっとした魔法だけをかけた。これで、この子は危ない目に遭わない。野良猫になるか、飼い猫になるかは自由だ。

 それ以上の拘束は行わなかった。

 

「一つの命に責任を負える立場ではないから」

「ふーん……」

 

 今が安定しているからと言って、私に未来を保証する物は一つだってないのだ。

 ここから居なくなっても不思議ではない身の私には、まどかの未来以外で責任は負えなかった。

 

 じゃあね、とエイミーに向かって小さく手を振る。

 つぶらな瞳がずっとこちらを見ていた。

 心なしか寂しそうで、歩みが止まるのをぐっと我慢する。戻って家に連れて帰りたい気もしたけど、私では駄目だ。きっと、もっと良い人に出会えるだろう。魔法で守っているから大丈夫だ。

 

「ところで、ラーメンはどういうのが好みだよ」

「さあ」

「さあ、ってどういう事だ?」

「あまり食べないから、よく知らないわ。嫌いではない、それ以上は分からないわね」

「へえ。んじゃあ、今日は色々試してみるか!」

「……お願いするわ」

 

 あまりエイミーの事を考えないように、杏子との会話に集中した。

 杏子は普段よりやや明るく見える。長い付き合いだから、彼女が遠慮してくれている事はよく分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの様に家の前で待っていると、まどかが静かに飛び出してきた。

 ただ、顔を合わせるだけで感情が震える。抑えていようと頑張ったところで無駄なだけ。

 

 駆け足で近づき、まどかは私の傍に来てくれた。その存在感と雰囲気が近くにあるだけで、嬉しくて、嬉しくて。瞳がほのかに潤んだ。すぐ隣で目を拭う訳にもいかなくて、平静を装いながら視線を逸らす。

 

「おはよう、まどか」

 

 いつも通りに限界を超えそうな感情の波を堪えた声を、まどかはいつもより元気に受け止めた。

 

「うん、おはよう! 家の前で待ってなくても良いんだよ?」

「いいえ、これくらいは大丈夫よ」

「そう? でもほむらちゃんの家ってここからだとちょっと遠いよね? あんまり無理はしないでね」

「心配してくれてありがとう。でもね、大丈夫なの。私が好きでやっているんだから、無理なんてとんでもないわ」

 

 むしろ、こうしてまどかと毎日一緒に学校へ行けるなんて、私にはあまりにも度が過ぎた幸せだった。

 本当に、こんな関係になれたのは奇跡だ。もう二度と仲良く出来ないと思っていたし、私達の道はもう交わりすらもしないと納得していた。けれど、気づけばまどかは隣に居てくれて、私もまた、まどかの横を歩いている。

 

「そう? えへへ、そっか……」

 

 おや、と、反応を見てそう思う。

 普段よりずっと楽しそうで、「良いことがあった」と知らせてくれた。

 そんな顔になってくれるだけでも嬉しい。

 

 彼女は眩しい笑顔を思いっきり見せてくれる。私の心まで明るくなってくるほどだ。そのためらいのない幸福と、明らかな未来への希望に溢れた雰囲気がひっきりなしに流れ出している。

 これを見ていたいから、私はまだ、まどかの傍に居るのかもしれない。

 

「楽しそうね」

「えっ? そう? そう見えちゃうかな」

 

 やっぱり、いつもより上機嫌だ。

 返事の声だって明らかに喜びが溢れていたし、恥ずかしそうに顔を逸らす態度からは何とも言えない眩しさがあった。

 何となく、まどかが話を聞いて欲しそうにしている気がした。

 

「何か良い事があったの?」

「えへへ、そっか、分かっちゃうんだね」一息溜めると、まどかは重大発表という風に口にした。「猫を飼ったんだ。凄くかわいいの!」

「猫?」

 

 思わず聞き返した。

 私も昨日の夜に猫と遊んだばかりだ。偶然の一致と言ってしまえばそれまでだけれど、確信にも似た予感があった。これは、繋がりのある運命だ。

 

「うん、猫。昨日の夜から家のすぐ外で寝てたの。近づいたらすぐに懐いてくれて、そのまま飼う事にしたんだ」

 

 まどかは私の変化に気づいていない。

 目をしっかり輝かせて語る所は、見ていてやっぱり嬉しかった。いつも表情を作っている私には、眩しすぎるんだ。

 

「ふふ、それは良いわね。どんな子?」

「ちょっと小さくてね。すごく人に慣れてたんだけど、首輪も無くて……なんだか運命を感じちゃって」

 

 まどかの服に猫の毛が着いていた。特にスカートは目立つ。そこに残った黒い毛は、決して私の物ではない。

 でも知っている。その毛の色と長さは、どう見たって。

 

「……そのこ、黒猫?」

「え? そうだけど……ほむらちゃん、ひょっとしてエイミーと会った事があったり? あ、エイミーっていうのは」

「名前でしょう。ええ、会ったことがあるわ」

 

 間違いなくエイミーだ。

 どうやら、大切にしてくれる、という意味で最高の相手に巡り会ったらしい。

 良かった。私の魔法は無駄にならなかった。まどかとエイミーの出会いが、どちらにとっても幸せな形で本当に良かった。

 満足感が私の中に広がる。

 

「?」

「実は、なんだけど……学校に行く前にね、エイミーを誰かに見せたくて……えへへ」

 

 どこか恥ずかしげに目線を下げつつも、言葉は自慢げなところが有った。

 

「もちろんよ。見てみたいわ」

「良かったっ。あ、ほむらちゃんって、猫は好き?」

「ええ。足に寄って来てくれると凄く幸せな気持ちになれるわね」

「だよね! じゃあ連れてくるから、待ってて」

 

 まどかは両腕で黒猫を抱きかかえて、すぐに戻ってきた。

 昨日見たばかりだから間違いない。エイミーだ。

 

「ほむらちゃん、この子がエイミーだよ」

「ええ……かわいい子ね」

 

 指を近づけてみると、昨日と同じ様に首や手を触らせてくれた。

 そのまま猫の毛の感触を楽しんでみると、昨日よりずっと手触りが良くなっていた。まどかに優しく洗って貰ったのだろう。

 良かったね、エイミー。視線でそう語りかけると、にゃぁぁ、と返してくれた。

 そこには決して、悪い意味はこめられていなかった。 

 

「にゃぁ」

 

 昨日の夜と同じ調子で声が出た。

 人間とは表情が違うとはいえ、エイミーが反応したのは分かった。

 また一度「にゃん」と言ってみると、もっと可愛い声が返ってくる。

 

 まどかの様子が変わっていた。口を開けたままにしていたのだ。よほど驚かせてしまった様だ。

 

「ほむらちゃん、いま、ニャアって……」

「ごめんなさい、つい」

「ううん、むしろほむらちゃんの意外な所が見られて嬉しいな」

「……おかしくないかしら?」

「そんな事ないよ。わたしもよく話しかけるもん。ねっ、エイミー?」

 

 エイミーが鳴き声で返した。

 やっぱり猫に話しかけるのは、そんなに変わったことでは無い。人前で堂々と見せびらかす物では無いとしても、そこまで驚かれる様な行為ではない筈だ。

 むしろ、猫が好きなら普通だ。まどかもごく普通に「にゃん」と声を出している。

 

「でも、ほむらちゃんの猫の声、すごくかわいかったよ! もう一回聞かせて欲しいくらいだもん」

「言われてからだと流石に恥ずかしいから、ちょっと」

「そっかー……じゃあ、また今度エイミーと話してみてね」

「え、ええ。私もエイミーみたいにかわいい子は好きだから、次の機会があったらにするわね」

 

 まどかがひと撫ですると、エイミーが甘く円やかな声を漏らした。

 柔らかそうな毛並みと鳴き声の愛らしさときたら、私が今まで見てきた生き物の中でもかなり頂点に近いものがあった。まどかが半ばうっとりしながら抱いているのもよく分かる。

 私の心も弾んでしまう。昨日よりもずっと気持ちが晴れやかで、何もかもが輝いて見えた。エイミーの可愛らしさをたっぷりと堪能したからか、それともまどかが心から幸せそうだからか、きっとその両方。

 まどかを幸せにしてくれるエイミーだから、こんなに可愛く見えるのだ。

 

「ほむらちゃんも猫が好きで良かった。エイミーもそう思う?」

 

 エイミーは特に反応しなかったけれど、まどかの腕の中で幸福そうに揺れた。

 昨日見た時よりも毛並みが良くなっている。まだ一夜明けたばかりだというのに、すっかりまどかの家族の一員だ。

 守りたいと、繋ぎ止めたいと思った、まどかの人生を共に生きる人達の一員なのだ。

 

「まどか」

「にゃー。あ、どうしたのほむらちゃん?」

「その子、大切にしなきゃね」

「それはもう、もっちろん!」

 

 幸福そうに猫を抱きしめたまどかは、私の心を前に向かせてくれた。

 まどかとそのご家族なら、少なくとも私よりはずっと幸せにできる。

 そして、この愛らしさを振りまく黒猫ちゃんがまどかに大事にされた分だけ、彼女の未来を守ってくれたら一番良い。

 すぐ近くでまどかに寄り添ってくれるなら、もっとずっとまどかの人生は明るくなる。そうあって欲しい。

 

 心から、そう思った。




エイミーはいます。エイミーは鹿目さんの未来のどこかにいます。
でもエイミーは暁美さんではありません。暁美ほむら=OPの黒猫説は放送当時の考察の一つです。脚本時点では存在せず、アニメーターが鹿目さんと一緒に書いた為に後から設定がついてきた猫です。



短編集として発表する予定のうちの一つです。
その中で二番目に早く書き終わりました。
一番目はモブ(性別以外全て私)から見た暁美さんの美しさをまくしたてるいつもの奴です。

なお、私は現在の精神状態により暁美さんに絡む作品をほとんどまともに視聴できないため、エイミーが登場するドラマCDは放送当時の記憶のかなたにしかありませんので、設定の不備等何かありましたら教えてください。


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