魔神柱だった 作:ONE DICE TWENTY
*
――AGE.2047, Massachusetts – Danvers.
ペラ、ペラ……と頁をめくる音だけが響く。
心地の良い風が吹く空から、一枚の秋葉が舞い落ちてきた。
ふと、足音に顔を上げる。
「いらっしゃい、アニー。今日はどうしたのかしら?」
「わ、わ、どうしてわかったの?」
「あなたくらいですもの、あんなにドタドタ家の中を走り回るのは」
ふふふ、と笑う妙齢の女性。
落ち着いていて、やさしい印象のある笑顔で、部屋の扉の方を見た。
そこにいた、今しがた豪快な音を立てて廊下を走ってきた少女が、口をとがらせる。
「べ、別にいいじゃない。誰も見てないんだし!」
「ええ、悪いと言うつもりはないわ。子供は元気が一番なのだし。
それで、今日は……ふむふむ。人形の服が破けてしまったから作り直してほしい、自分で直そうとして毛糸を取り出したら全てほどけてしまったからごめんなさい、ところでハサミはどこにあったっけ……こんな所かしら?」
「さっすが! 全部正解!」
「ふふふ、それは驚いたわねぇ」
にこにこと女性は笑う。
それは彼女がほほえましいから、だけでなく……過去の自分を投影して、かもしれない。
「ハサミはここの戸棚にしまってあるわ。貴女の部屋に置くと危ないから……三日前にそう言ったでしょう?」
「あ、そういえば!」
「それじゃあ毛糸を巻き取ってきて頂戴な。適当でいいわよ。あと、お人形さんもね」
「はーい!」
元気有り余る素直な少女に、女性はくすくすと笑ってその背中を見送る。
そして読みかけの本に栞を挟み、パタン、と閉じた。
古臭いハードカバーには――”オズの魔法使い”と、書かれていた。
*
「わ、すごーい! お人形さん、前よりキレーになってる!」
「そうね。でも」
「あ、待って待って! 大丈夫! 直るからって、乱暴に扱ってはダメよ、でしょ?」
「ふふふ、正解」
少女――アニーは、このよく笑うお婆さんが好きだった。
実の祖母ではない。アニーが生まれる前からいる女性だが、元はこの村の人間ではないと大人たちから聞いた。でも、昔の話をよく知っているし、訛りもこの村のお爺さんお婆さんと遜色ないし、大人たちの話はあんまり信用していない。
そんなことより、このお婆さんはすごいのだ、という事をアニーは知っていた。
何でも知っているし、なんでも言い当ててしまう。滅多に怒らないし、怒っても優しい。
ただ、いっつも同じ本を読んでいて、いつも祈りを捧げているから、アニーは子供ながらに「悲しいことがあったのかも」という事を察していた。
アニーはちゃんと、そういうことを考えられる子だった。
「ねぇ、アニー」
「なぁに?」
「……ふふふ、なんでもないわ」
時々このお婆さんはこういう事があった。
アニーを見て、頭を撫でて、意味ありげに笑うのだ。
その優しい目は好きだったけど、どこか遠くへ行ってしまうような感じもして、アニーはいつも、その撫でてくる手を掴むのだ。
離さないよ、とばかりに。
だが、その日はお婆さんの手が途中で止まった。
何事かと顔を上げるアニー。
「……
「――
アニーの視線の先。
信じられないものを見た、という顔で――お婆さんが、口に手を当てている。
つられて、アニーもお婆さんの目線の先を見た。
そこには、この辺りでは見かけたことのない、12歳くらいの少女がいて。
「だれ?」
「……ちょっと、驚いてしまったわ。……あなたが、オセ、なのね?」
「如何にも。盟約を果たしに来た。アンとドロテオが待っている。行くぞ」
その言葉に、ついにお婆さんが立ち上がる。
立ち上がって、アニーの頭にあった手を含めた両手を口元に当てた。
「お婆さん……?」
「なんて……こと。そう、なのね。あぁ、あぁ……ごめんなさい、アニー。
私、行かなくてはならない場所があるの」
懸念が的中した。
アニーはそう思った。
そして止めようとして――踏みとどまった。
こんなにも。
こんなにも、嬉しそうなお婆さんは、見たことがなかったのだ。
だから、アニーは。
「お婆さん!」
「……アニー?」
つらいのを我慢して、言った。
「いってらっしゃい!」
きょとん、とした顔をして。
次第に、その顔を崩して。
お婆さんはアニーをぎゅっと抱きしめてくれた。
「強い子になったわね……ありがとう、アニー」
これがお別れなのだとわかった。
アニーは、それでも。
「うん。またね、ベティお婆さん!」
元気に、別れを告げる。
「ええ……また、いつの日にか」
お婆さん――ベティも、また。
支度は要らないと、机の上にあった大きな本だけを持って、オセと呼ばれた少女の元へ向かう。
その途中で、あ、と何かを思い出したように振り返り、アニーへと何かを差し出した。
「これ、使ってくれないかしら。私の……そうね、私の小さなころから使っている栞なの」
栞。
アニーはあんまり本を読まないから、その存在を知っていても使ったことはなかったが……これからは本をたくさん読もう、そんな気持ちで、それを受け取った。
「別れは済ませたか」
「ええ。それじゃあ、お願い」
「了承した」
自分と少し違うくらいの子なのに、ずいぶんと堅苦しい喋り方をするものだ。
そんな感想を抱きながら、アニーは先ほど直してもらった人形をぎゅっと抱きしめて、二人を見る。
ベティが、振り返ってアニーを見た。
ばいばい、と……なんだか子供みたいに、手を振って笑って。
瞬間。
「え」
跡形も――影も形も、音すらもなく。
二人は消えた。消えていた。
まるで全てが夢だったかのように。
今まで、立ったまま夢を見ていて、それが覚めたかのように。
「……魔法?」
そういえば、と。
ベティお婆さんがずっと読んでいた”同じ本”のタイトルを思い出す。
“オズの魔法使い”。
もしかして。
「……ママー!!
魔法使いにあったー!!」
それが偽物でない事は、夢でないことは、アニーが受け取った栞と、直してもらった人形が証明している。
涙はちょちょぎれていたが、それでも……アニーは元気に走り回る。
勿論本も読んで、お裁縫も習う事にした。
いつか、また。
出会えるその日までに、全部できるようになって……なって、どうするのかな。
まぁ、いっか!
そんな風に考えながら。
ところで、アニーが受け取った栞……そこに刻まれた、ベティ・パリスの文字。
これと、全く同一の文字がアニーの家の家宝の中から見つかるのだが、それはまた別の話。
アニー・パリスの不思議な出会いの話は、ここで終了である。
*
「ドロテオ」
「あぁ、来たのかい? やぁ、オセ、ベティ。久しぶり、と言ってもベティにはわからないかもしれないが……僕の事は便宜上、ドロテオと呼んでくれ。ドロシーだと、女性名だからね」
深い霧の立ち込める、湖の畔。
そこで釣りをする青年に、オセは話しかけた。
背にのっけたベティを下ろし、ヒョウの姿のまま水を飲むオセ。
「アンは?」
「ははは! 大丈夫、もうすぐ来るよ。僕では鳴らせない
「……そう」
静かな時間が流れていく。
魚のいない湖で釣りをするドロテオと、一頻り水を飲んで満足したオセ。
そしてそわそわとしながら辺りを見渡すベティ。
「ねぇ、ここはどこなのかしら」
「ここは結界オズの魔法使いの中――と言ってもわからないかな。まぁ、君が出ていく前の、崩壊する前のセイレムさ。アンが舞台から降りる日のね」
「ラウムの結界セイレム魔女裁判、その中に作り上げた、極小の結界だ。お主はライオンの役を担っているぞ」
「私が、ライオン? ふふふ、おかしいのね。あなたの方がよっぽど”らしい”のに」
「ははは! それについては全くの同感だ……喉を鳴らすなよ、オセ。魚が逃げるだろう?」
「元からこの湖に魚は居らん」
「これは一本取られたね」
そして、時が訪れる。
対岸に、誰かが現れた。
二人。
「さて、そろそろ行こうか」
「ああ」
「……ええ」
オセが、少し離れて――その身を、ベティの遠い記憶にある柱――魔神柱へと変えた。
その柱に手をついて、楽しそうに笑うのはドロテオ。
ベティは二人に並ぶ事無く、水の上を歩いて――アンの元へ、向かった。
そしてアンへと本を返し、ベティはそのまま、アンの横に佇む。
アンの奥にいた青年が靴のかかとを三度、鳴らすのが見えた。
「……長かったね、オセ」
「ああ……ようやく、お前のいた場所へ行ける」
こうして。
ようやく――全員の願いが、叶ったのだった。
*
――AGE.2056, Massachusetts – Danvers.
「……あれ?」
家の中にある蔵を探索していた時の事だった。
気のせいでなければ、昨日まではなかった、古びた本が一冊、これまた古びた机の上に乗っている。古びた机の方は前からあったけど、本は見た覚えがない。
本を読むようになってから、本を傷めないように、古い本は全て干して使っていたから間違いない。これは、無かったと思う。
不思議な体験。
彼女はそれを、子供のころにも経験していた。
早速障害物――よくわからない陶芸品や絵画なんかを乗り越えて、その本をキャッチ。大きな本故に苦戦はしたけれど、なんとか救出に成功する。
明るい場所へ持ってきて――表紙を、見て。
「……うそ」
そこには、古い字で――オズの魔法使いと、書かれていた。
急いでとあるページまで捲っていく。
とあるページ……それは、彼女が木苺を落としてしまって、汚れのついてしまった、珍しくあの人を落ち込ませてしまった、微妙にトラウマなページ。
もしかして、もしかして。
逸る気持ちを抑えてめくっていくと――あった。
「う、わぁ……ホントにそうだ……!」
やっぱり。
記憶と同じ場所に、記憶と同じ形で、木苺の形が。
「じゃあ、これはやっぱり、お婆さんの……」
あの人――お婆さんの、オズの魔法使い。
あの日忽然と消えてしまった憧れの女性。
ペラ、ペラとめくっていき、最後のページにまでたどり着く。
すると、裏表紙のところに、小さく文字が刻まれていた。
「……ベティ・パリス」
まるで子供が自分の持ち物に名前を書くかのように刻まれていたその文字は、見覚えのある、ありすぎるもの。
大きく息を吸い込む。
厨房にいるだろう母親に聞こえるように、大きな声で。
「ママー! お婆さん……ご先祖様からプレゼントもらったー!!
これで、アニー・パリスの不思議な体験はおしまい。
ホントのホントに、おしまいである。
*
簡単な時系列を乗せます。読みたくない人は反転しないでくださいね。
1,ラウムの結界セイラム魔女裁判が構築
2,オセの結界オズの魔法使いが構築
3,セイラム魔女裁判開始
3.5,結界オズの魔法使いの湖の畔にドロテオが固定、楔となる。
4,ヨグ=ソトースとオセ&アンが繋がる
5,オセが異聞へ行く
6,アンが異聞へ行く
7,結界セイラム魔女裁判終了
8,セイレムが崩壊する。
9,アンがヨグ=ソトースを説得する
10,ベティは外で三十年を過ごす。
11,オセがベティを迎えに来る。
12(3.7),ドロテオを目印にアン、オセ、ベティが崩壊前のセイレムへと飛ぶ
13(3.9),サンソンによってアン、ベティ、オセ、ドロテオが行きたい場所へ飛ばされる
14,結界オズの魔法使い終了
15,現実のパットナム家へ。