魔法少女生活を楽しんでいたのだが、ある日、悪の組織の幹部に土手っ腹をぶち抜かれてしまう。
何とか一命は取り留めるが、その傷が原因で子宮を失ってしまう、主人公。
本人は元男なので、子供を産むとか良く分からないから大丈夫と言うが、当然周りは曇っていく。
特に、相棒の魔法少女、月詠サツキの様子がなんだかおかしいのだが……。
「イチカさん、あなたは子宮を失ってしまった」
医師の言葉に、アタシ、
病室の消毒液のツンとした匂いと、アタシの黒い髪とは真反対の白い壁だけが五感に反映される。
青い瞳は何かを見ているようで、何も見ていない。
頭はちっとも働いていない。
「もう一度詳しく言うわ。落ち着いて聞いてちょうだい……イチカさん。どこまで覚えているか分からないけど、あなたは敵の槍でお腹を貫かれて、この病院に運び込まれた。あなたは一命を取り留めたけど、助けるためには子宮を摘出しなければならなかった。つまり……あなたはもう……子供を作ることが出来ない体になってしまったのよ」
医師の女性は、アタシの様子にショックを受けているのだと思ったのか、重苦しい声でゆっくりと説明を行う。
TS転生した、元男の身である自分には、子供を作るなど想像もつかないことだ。
しかし、理性は今の言葉が、どれだけ残酷なものであったかを理解している。
失ったものの大きさに、アタシの心の中で何かがカチリと軋んだ。
医師の声がぼんやりと脳内に反響する。
魔法少女の敵、ダークマインドの幹部の黒い槍に貫かれた時の衝撃が、未だにアタシの骨の髄までえぐり続けているように感じてしまう。
「そっか……そっか……ちょっと、油断しちまったかな」
アタシはTS転生した存在だ。
魔法少女がいる世界で、悪の組織と戦う日々。
これがアタシの名前だ。
せっかく転生して、魔法少女になれたのだから、前世で見たアニメの主人公の様に、かっこよく世界を守ろうと、主人公ロールプレイを楽しんでいたのだが、命がけの戦いということを忘れていたのかもしれない。
どてっぱらを貫かれて、この様だ。
もっと、真剣に戦っていればよかった。
「ま! 生きてるだけ、上等か! あの時は本気で死ぬかと思ったからな。助けてくれて、ありがとうな、
アタシは無理やり笑って医師の冨野先生に頭を下げると、ベッドから腰を浮かせようとした。
傷の痛みで顔をしかめながらも、なんとか体を起こす。
「お待ちなさい。まだ安静が必要ですよ」
冨野先生に諌められるが、アタシは耳を貸さない。
「大丈夫だって。アタシは魔法少女だし、魔力量自体はかなり高い方だから、普通の人よりは回復が早い。それに……」
アタシは言葉を続ける。
アタシのパートナーであり、この世界の真の主人公たるべき少女が、アタシを待っているはずだ。
マジカルルナとして、アタシと共にダークマインドと戦ってきた。
控えめで物静か、常に微笑みを湛えた、心優しい少女。
サツキなら、きっとアタシの無事を心配して泣いていることだろう。
「サツキが、待ってる。あいつに、早く会わないと」
サツキの姿を想像しただけで、アタシの胸は温かくなる。
あいつがアタシのいない戦場で一人で戦っているなんて、耐えられない。
「サツキさんはこの病室のすぐ外で待っています。私が外に出るついでに、呼んできます。ですので、イチカさんはそのまま休んでおいてください」
「え? そうなのか。じゃあ、お願いします、先生」
呼んでくると言われたアタシは、素直に再びベッドへ横たわる。
医師が病室を出ていくと、しばらくぶりの孤独な静寂だけが残った。
心臓の音が、耳の奥で響く。
無数のモニターが、アタシの生命活動を示すために淡い光を放っている。
天井の白さが、目にしみる。
白一色の空間は、アタシの心の空虚さを映し出しているかのようだった。
子供を作れない体。
それは女としての価値を失うことと同義なのかもしれない。
元男のアタシには、実感が湧かない。
けれど、それでも喪失感は決して小さくない。
何かを奪われた感覚。
決して取り戻すことのできない、かけがえのない何かを。
アタシは無意識に下腹部に手を当てる。
何も感じない。
手のひらは、冷たいだけだった。
カチャリと、ドアが開く音が響き、足音が近づいてくる。
アタシは顔を上げる。
そこにいたのは、幽鬼のように長い金髪で、赤い目元を隠したサツキだった。
「……イチカちゃん」
サツキは声を震わせ、アタシのベッドに駆け寄ってくる。
その顔は涙で濡れており、まるで壊れそうな人形のようだった。
「生きていて……本当によかった……」
サツキはアタシの手を強く握りしめ、その頬をアタシの掌に押し付けた。
熱い涙が、アタシの皮膚を濡らしていく。
その様子に、心臓がギュッと締め付けられるような痛みを感じる。
「サツキ、泣くなよ。アタシは見ての通り元気だからさ」
アタシは、サツキの髪を優しく撫でる。
サツキは何も言わず、ただジッとアタシを見つめている。
その瞳からは、アタシの見たことのないほどの、深い悲しみと狂気の入り混じった感情が渦巻いているように感じた。
「先生から聞いたよ……イチカちゃんは、もう……」
サツキは言葉を詰まらせた。
もう子供を産むことはできないんだ。
そう言いたいのだろうとアタシは理解する。
「心配すんなって、実はアタシは前世が男だったんだぜ? だから、赤ちゃんを作るとか良く分かんないし……そうだ! なんなら、今日からは魔法少女じゃなくて魔法少年として生きていくか! ……なーんてな」
アタシは無理やりに笑みを作り、軽い冗談を飛ばしてみた。
だが、サツキは笑わない。
その顔は、笑みを浮かべたアタシを不審な目で見つめるように、歪んでいた。
「……本当? 男の子になるの?」
「いや、冗談だって。あー……うん、元気出して欲しくて空気読めないこと言ったな、悪い」
アタシは慌てて謝る。
なのにサツキは、アタシの謝罪を聞き入れず、ただじっと顔を見つめていた。
「冗談なんだ……男の子になったら、私がお嫁さんになってあげようかと思ったのに」
「それも冗談……だよな?」
「フフ、さあ、どうだろうね?」
サツキは不気味な笑みを浮かべ、アタシの寝間着の襟元に、そっと指を添える。
その指先は氷のように冷たく、アタシの肌を撫でるたびに、ゾクッとするような悪寒が走る。
「ねえ、イチカちゃん。もうダークマインドとは戦わないで。ダメ。あなたがまた危険な目に遭うなんて、耐えられない。もう戦わせない」
「サツキ?」
サツキの瞳は、獲物を捉えた捕食者のように、アタシから視線を外さない。
その瞳の奥で、何かが黒々と燃え上がっているのを感じる。
「イチカちゃんはもう、戦う必要はないから。私が守るから。だから、もう戦わないで。私達二人だけの、安全な場所で一緒にいるんだよ。私が、あなたのすべてを守ってあげる。あなたの心も、体も、全部、私が守ってあげる」
サツキの声は甘く、蜜のようにアタシの耳に絡みついてくる。
しかし、その言葉に込められた意味の重さに、アタシは息を飲んだ。
アタシの知る、穏やかで優しいサツキとは違う。
彼女は中の何かが、壊れてしまったかのようだ。
「サツキ、冷静になれよ。アタシは魔法少女だ。一緒に戦うのが使命だろう?」
「使命なら、私一人で果たす。イチカちゃんは、もう関係ない。あなたの使命は、ただ私のそばにいて、無事に生きることだけ。それだけだよ」
サツキはアタシの髪を優しく梳くように、その指を滑らせる。
しかし、その動きには、もはや優しさは残っていない。
まるで、大切な人形の髪を整えるように、所有者としての執着のみが表れているのだ。
「イチカちゃんは、もう私達の戦いから手を引くの。だから、これ以上ダークマインドと接触しないで。もし、あなたが私を置いて戦場に行こうとするなら……私は、あなたの足を打ち砕いてでも、この部屋から出さないから。覚えておいて、ね?」
脅迫だ。
これまでもサツキは何かと心配性で、アタシを守ろうとすることが多かった。
だが、それとは明らかに質が違う。
これは、紛れもなく、狂気の類だ。
「サツキ……お前、なんか変だぞ?」
「………ごめんね。私、イチカちゃんのことが心配で、変になっちゃったのかも」
ふっ、と正気に戻る、サツキ。
彼女はアタシから離れ、深く頭を下げた。
「……サツキ」
アタシは、今のサツキの姿に、罪悪感を覚える。
アタシの無茶が、彼女をここまで追い詰めたのだろう。
さっきのおかしな言動も、きっと心配がゆえ。
責めるべきは迂闊な傷を負ったアタシの方だ。
だからこそ、アタシは彼女を安心させたい。
あくまで、いつものサツキとして接するべきなのだ。
「あー、そうだな。悪い悪い。アタシが少し無謀だったな。謝るよ。でも、これ以上サツキに心配かけたくないから、次からはもっと気を付けるからさ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。約束する」
「約束?」
「そう、約束だ。二人の間で交わす嘘のない言葉だ。違うか?」
アタシは、笑顔で言った。
そうすれば、いつものサツキに戻るだろうと信じて。
「……ふふっ。そうだね。イチカちゃんは約束をちゃんと守ってくれるもんね。私、嬉しいな」
サツキは、ようやく穏やかな表情に戻った。
彼女はアタシに近づき、そっと小指をアタシの小指に絡める。
指に残る、温かくもどこか冷たさを感じさせる指の感触。
まるで、拘束して二度と離さないと宣言するような、鎖のような指切りだった。
「よし! じゃあアタシも早く退院して、また一緒に戦おうぜ!」
アタシは、元気よくベッドから起き上がろうとする。
まだ傷は痛むが、これくらいは何ともない。
魔法少女の体は、気合で割と何とかなる。
「イチカちゃん、また無理しないで。先生も言ってたよ。今は安静が第一だって」
「だってよー、サツキが一人で戦ってるなんて思うと、アタシは落ち着かないんだ。早く戦力に戻って、サツキの背中を守ってやりたいしな」
「大丈夫だよ。イチカちゃんが元気になるまで、私が頑張る。だから、焦らないで」
サツキはそう言うと、アタシの枕元に置かれていた花瓶の花を替え始めた。
彼女の横顔は、穏やかで、いつものサツキそのものだった。
アタシは、その横顔にほっとする。
さっきのはきっと幻覚か、アタシの心の弱さが作り出したものだったに違いない。
サツキはいつも通り、優しく、そして心強い相棒だ。
「そういや、その花ってなんなんだ?」
アタシが尋ねると、サツキは振り返って微笑んだ。
「月下美人だよ。夜にしか咲かない、すごく綺麗な花。イチカちゃんに会う度に、この花を思い浮かべるから……」
「へえ、サツキは花のことも詳しいんだな。意外だな」
サツキは本を読んだり、物静かに過ごすことが多かったので、花が好きという話は聞いたことがなかった。
「イチカちゃんは、そんな私のこと、何も知らないから」
サツキは、寂しげに言った。
その言葉は、アタシの胸にチクリと突き刺さる。
確かに、アタシはサツキのことを、戦う仲間としてしか見ていなかったのかもしれない。
彼女の趣味や好きなもの、そういう細かいところまでは知らなかった。
「悪いな。今度教えてくれよ。サツキの好きなものとか、嫌いなものとか。もっと、お前のことを知りたい」
「……本当?」
サツキの目が、少しだけ輝いた。
「ああ、本当だ。だからさ、退院したらどこか遊びに行こうぜ。二人きりで」
「二人きりで……?」
サツキの声に、期待が混じっているのが分かった。
「そうだよ。映画でも見て、ご飯でも食って……そうそう、花が好きなら、花屋とかで色々教えてくれよ。いいだろ?」
「……うん。嬉しいな。イチカちゃんと二人きりで、デートだなんて。夢みたい」
サツキは、幸せそうに笑った。
その笑顔は、本当に綺麗で、アタシは少し恥ずかしくなってしまう。
「デートって、女同士でそんな大げさな……」
「ううん、本当に嬉しいの。だから、その約束も覚えておいてね。絶対に……ね?」
サツキは、アタシの手をもう一度強く握った。
その力の強さに、アタシは少し戸惑う。
だが、それは嬉しさの現れなのだろうと、アタシはそう思った。
「ああ、もちろん。約束したからな」
そう言って、アタシ達はもう1つの約束を結ぶのだった。
イチカちゃんがもう子供を作れないと知った瞬間。
私の、月読サツキの世界は音を立てて崩壊した。
あの白い病室の廊下、医師から告げられた言葉は、まるで地獄からの宣告のようだった。
心臓が、肺が、音を立てて凍りついていく。
頭の中が真っ白になる。
私だ、私が原因だ。
もっと、あの日の戦いでイチカちゃんを守らないといけなかったんだ。
私が、もう少し強ければ。
私が、あの時、ダークマインドの幹部の注意をイチカちゃんから引くことができていれば。
私のせいで、イチカちゃんの未来は、奪われた。
彼女の人生から、大切な可能性が、永遠に失われてしまった。
イチカちゃんはもう、赤ちゃんを産めない。
女性としての幸せの1つを永久に奪われた。
私が奪ってしまった。
その罪悪感は、黒い泥のように私の心を満たし、喉まで詰め上げる。
息ができない。
誰かに助けて欲しい。
でも、助けてくれる人はいない。
当たり前だ。この罪は私のもの。
当然、背負うのは私だけ。
だから、私はもう失敗しないと決めた。
もう二度と、イチカちゃんを傷つけない。
二度と、彼女から何かを奪わせない。
たとえ、彼女の自由を奪うことになったとしても。
たとえ、彼女を鳥籠に閉じ込めることになったとしても。
それでも、彼女を守るためなら、私は何だってする。
彼女を守るためなら、私は悪魔にでもなろう。
私の愛は、彼女を完全に守り切ること。
イチカちゃんの体も心も、未来も、過去も、全てをお腹にいる赤ちゃんみたいに、包み込むから。
もう戦う必要はない。
もう傷つく必要もない。
ただ、私のそばにいてくれればいい。
ただ、私だけを見ていればいい。
私に愛されて、私というゆりかごで、まどろんでいればいい。
私があなたの全てになるから。
あなたに出来ないことは私が全部やってあげる。
そうすればきっと、彼女は奪われたものに気づかなくなる。
満たされない心も、空っぽのお腹も、私で埋めてあげる。
イチカちゃんが子供を望むなら、私が生んであげるから。
世間体も何もかもかなぐり捨てて、私があなたのパートナーになってあげるから。
だからね、イチカちゃん?
もう逃げないで。
もう誰とも話さないで。
もう私から離れないで。
二度と傷つかないで。
あなたは私が守ってあげるから。
私だけの、綺麗な、壊れやすい、大切な宝物。
だから、あなたを守るために、あなたを傷つけようとする邪魔な虫を全て殲滅してあげるね。
イチカちゃんの笑顔を奪い、その体を汚した敵を、塵も残さずに消してあげる。
そうやって、きれいに、きれいにしてあげるから。
もう二度と、誰にも触らせない。
もう二度と、誰にも傷つけさせない。
私だけの、完璧なイチカちゃんにしてあげる。
それはもう、私の生きる意味そのもの。
だから、どうか許してね?
この押し付けがましい愛情を。
この歪んだ独占欲を。
このどうしようもない、自己中心的な秘めた恋心を。
でも、でも、こうじゃないと。
こうじゃないと、私は壊れちゃう。
あなたなしでは、もう生きられない。
だから、お願い。
イチカちゃん、私を愛して。
私だけを、見つめて。
私達二人だけで、一緒に幸せになろうね?
感想・評価の程よろしくお願いします。