BLEACH 最強の剣豪   作:スマート

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散りゆく翼

『貴方は名誉を求め、私は最強を目指した。一見同じように見えるそれは、まったくの別物。貴方は私を置き去りに、財を手に入れることに固執した。一度は交わったその道も、いつかは違う運命ならば、私は貴方の喉元に切っ先を届けよう』

 

 

 生涯において、負けたことがない。という事実は恐るべき偉業である。それは、最強であると同時に、どんな相手であろうとも一度たりとも負けたことがないと言うことを意味していた。

 

つまり、彼はその強さを得る過程、つまりは若く弱かった時代においてもなお、強者相手に並び勝ってきたということに他ならない。

 

生涯無敗とはそれほどに彼にとって価値があり、また誰もが認める称号だった。

 

此処一度、彼が激怒した理由を解説しておこう。

彼は別段、怒りやすい性格と言うわけでもなく、また狛村が彼に暴言を吐いたというわけでもない。

だが、駒村が彼の実力を測りかねていたからと言う理由とも少し違う。上空を飛び回る滅却師の手勢は、霊圧を見るに疑いようもない程の強者だったからだ。

 

霊圧で相手の実力を判断するのは早計だが、それでも肌に感じる霊圧だけで隊長格のそれに匹敵する彼女らを見て、一人で戦おうとする彼に助太刀を申し出るなと言うのは、酷というものだろう。

 

 先の戦闘で下したバンビエッタ・バスターバインと変わらないかそれより上回る程の実力者が、あと四人も控えている。その事実は彼をしても生半可な戦いでは勝てそうにないと判断するに十分なものだった。

 

しかし、それを加味してもなお……彼にとって彼女らは獲物でしか無かったのだ。眼前のウサギに逃げられることはあっても、獅子がウサギに負けることはないように、敗北など端から存在しない。いや、自らが負ける姿を想像したことが無かった。

 

強者と言えどもこの獲物が、束になったところで自分を地に着ける等不可能だろうに…と。

 

そんな男にとって、全くの悪意なく放たれたそれは、彼が百余年と生きて来た中で受けた数々の罵倒よりも深く心に突き刺さったのだ。

 

「……俺の名声も地に落ちたものだな、こんな蠅共に俺が負けると…本当にそう思うのか?」

「むっ…これ…はっ!?」

 

狛村左陣はこの時の事を指してこう語る。まるで先の見えない大海を相手にしているようだったと。突如として膨れ上がった怒りと殺気の乗せられた霊圧の奔流。それは周囲一帯を押し潰すかの様に重くのしかかる。

先の戦闘が霞むほどの霊圧の量。それは隊長格の狛村でさえ重圧を感じるほどの質量を持っていた。

 

あれほどの見事な攻防、其れを見てしまったがゆえに……なまじ自身の卍解が押し負けた事実を知っているが故に、狛村はバンビエッタとの闘いで見せた実力こそが彼の全力だと誤解していたのだ。

 

その光景は重力の波を発生させる鬼道に酷似しており、狛村はその状況を意図もたやすく作り出した男の威圧感にかつて戸魂界を欺いていたかの男の姿を幻視する。だが、その有り様は全くと言っても良いほど逆であり、戦いに異様な拘りを見せる様は十一番隊の隊士達の姿を…ひいては自身の部下である伊場を想起させた。

 

「見ていろ……狛村とやら…蠅など摘まみ殺してやる。ひい、ふう…みい…よ…、四振りで事足りる」

 

そしてその威圧はそのままに、突然押しつぶすように発散された霊圧に戸惑い、飛行もままならなくなった滅却師に向き直った彼は、拳から人差し指と中指を突き出し彼女らへと摘まむように動かして見せたのだ。

それが彼にとっての開戦の合図だった。

獅子が兎を狩るために、自らの全力をもって動き出す。

 

「がっ…はっ!?」

 

 そして驚愕を受けたのは狛村だけではなかった。何やら揉めている隙に追撃を繰り出そうと雷を拳に込めたキャンディスは、彼の口から放たれた『蠅』という侮辱に憤慨し口を開こうとした瞬間、不幸にも押し潰された。

彼の霊圧は、さらに重くなり彼女らの飛行能力で発生させていた浮力を上回り、無残にも地面に叩き落したのだ。それは、巨体であり始めから地面に立っていた狛村と違い、追撃を見舞うため高速で空を舞っていたキャンディスにとって高層ビルから飛び降りたに近い衝撃だった。

 

瀞霊廷の地面に罅を入れながら墜落したキャンディスは、己の繰り出そうとした雷が暴発し身を焼きながら悲痛な叫びをあげる。だが、それでも彼女は尸魂界への侵攻に選ばれた滅却師の一人、激痛に身をさらされようと歪んだ笑みを浮かべながらその場からゆらりと幽鬼のように立ち上がる。

 

その規模のダメージを受けて戦闘に直ぐに転じられる所を見るに、なるほど滅却師というものはにわか死神と比べてもタフに出来ているなと呑気に男は独りつぶやいて見せた。

 

「よく…も…っ!?」

「キャンディスぅ…あれだけ余裕ぶっこいといてそれは無いんじゃない?てつだおっか?」

「……今度は霊圧……こいつ…おい、お前ら…マジで完聖体にならないとヤバいんじゃ…」

 

彼女の表情に最早余裕は感じられなかった。顔面から落ちたせいで額は切れ、鼻からは血を流した彼女は自分が下等な死神風情に競り負けたのが心底我慢ならなかった。人一倍プライドが高い彼女は、煤けた金髪を無造作にかきあげ、鼻をぬぐいそれを煽るバンビーズを一瞥し、手を出すなと牽制する。

 

ここで彼女たちの加勢を受ければ男倒すことは容易かもしれない。だがこれほどまでにコケにされてなお、自分以外の力に頼るのは他ならぬ自分が許せなかった。なにより、勝利した後に仲間たちからの自分に向ける視線が耐えられないものになることは想像に難くない。

 

キャンディスをからかいながらも計画の破綻につながると心配していたジゼルや、霊圧の異様さに恐怖を感じ始めていたリルトットも彼女のプライドの高さは知っていたのか、それ以上は何も言わず諦めたように手を振って見せる。

 

「手加減なしでぶっ殺す!」

 

そして無様な姿を晒されたと怒りに燃えたキャンディスの頭部から、円盤状の光が迸った。

白を基調としたドイツ風の軍服に、光の翼、加えて頭部に現れた光輪。此処にもし現世の人間がいたのなら、さながらそれは聖書に書かれた神の使い天使に見えた事だろう。

 

子供じみた怒りの感情に流されるまま、滅却師の最終段階『滅却師完聖体』に至った彼女は、高まった霊子集束能力を持ちいて周囲の霊子を取り込みながら限界まで霊圧を上げていく。あっという間に先ほどの5倍は超える程の霊圧を身に纏った彼女の姿は、大きく変質してはいないものの先ほどと打って変わり生き物の様に蠢く雷を身に纏っていた。

 

その有り様はまるで死神で言う卍解を彷彿とさせ、男のもたらした霊圧による飛行妨害をも容易く振り切れるほどの力を発揮する。彼女を地面に打ち付けようとする男の霊圧に逆らうように、キャンディスは再び上空へ舞い上がり……

 

「あまり、動かん方がいいぞ」

「はぁ?いまさら命乞い?アタシのこのあふれ出す霊圧に恐れをなしたからって…」

 

浮き上がった彼女は、其処で違和感に気が付いた。

身体が異様に軽いのだ……完聖体によって身体の操作性が向上しているとはいっても、ここまで軽いのは流石におかしい……そう、まるで……下半身が無くなったかの様な……

 

「ああ?…え、なに……えうっ…ああああああああああああああぁぁぁぁあっ…ごぼっ…」

 

 

 完聖体になり、霊圧が上昇した彼女は確かに先ほどと比べて圧倒的な力を手に入れただろう。だが、その結果彼女は自分が優位に立っていると楽観視してしまったのだ。警戒心が下がった彼女に出来た隙を男は、見逃さなかった。

瞬歩とも、飛廉脚とも違う足の筋力のみを生かした独自の歩法によって一瞬で彼女との差を詰めた男は、彼をどうやって嬲ってやろうか考える事に思考を裂いてしまったキャンディスの腹を真一文字に切り裂いていた。

 

あまりにも、綺麗すぎる切れ味は、自分がまるで生きているかのような錯覚を起こさせ、肉体に斬られたことを感じさせない。惜しむらくは、キャンディスがあと数分その場に留まっていたら、滅却師のもつ回復力で傷は治っていたという事だ。

 

だが、現実は非情であり、彼女は男を上空から雷によって焼き焦がすという嗜虐的な妄想に取りつかれていた。それが勝敗を分けたのだ。つなぎ目一切なく切り抜いた彼の指は、鮮血の一滴も足れることなく残心を残す。

もっとも単に彼女の慢心が招いてしまった結果だというにはいいささか、両者の間に横たわる差が大きすぎたのだが。

 

「これで一振り目」

 

言葉通り、空飛ぶ蠅を叩き切って見せた男は、背後で崩れ落ちる死に体に構う事なく次ぎの目標へと狙いを定める。最早彼にはバンビエッタと切りあって見せた時の余裕は、微塵も存在しない。あるのはただ、「強さを見せつける」という歪んだ自尊心。男にとって彼女らは、もう獲物ですらなかった。狛村という観客に自分の凄さを見せつける為の的でしかない。

 

「キャンディス!!くっそ…お前ら全員でかか…がっ!?」

 

キャンディスの有無を言わせない敗北に、ようやく自分たちが狩られる側であると判断したバンビーズの反応は素早かった。先ほどから危機感を露わにしていた小柄なリルトットの声を皮切りにして、残ったメンバーも完聖体へと変化する。

自身の体を光の粒子に変化させ、霊子を組み替えることで誕生する滅却師の最終形態。その力は圧倒的だった。完聖体となったキャンディスが負けたとはいえ、それは不意打ちもあっての事三人でかかればそれなりには戦えただろう。

しかし、その変化にはわずかにタイムラグが発生するのだ。それは卍解にも帰刃にも存在する変身(変化)時間。通常ならば一瞬で行われる変化は平時と違い動揺と焦りで遅くなり、数秒へと延びてしまう。

 

男にはそれで十分だった。黄色い縄状の霊子の塊……縛道の四『這縄』本来ならば相手を拘束するためのそれを男は投げ縄よろしく伸ばして見せたのだ。それがわずか数秒の間にリルトットの首にかけられていた。首の違和感に彼女が気づくつかの間、音もなく忍び寄っていた男は這縄をそのまま彼女の足首へと操作してあっという間にしばりつけてしまう。

 

「武芸百般、縛法だ」

「あ……え?」

 

上位の死神になるほど斬魄刀や鬼道にたより、あまり重要視されなくなる縛道。その名の通り、相手を生きたまま縛る技は、殺し合いにおいては重用されないだろう。確かに、足止めや攻防の一瞬の隙を作るために使われることもあるだろう。だが、それでも...それならば鬼道や斬魄刀の能力を使えば事足りてしまう。

 

そして、殺すことよりも、捕らえることの方が万倍の力加減が必要になる。それはすなわち、格下相手にしか使えない技だと。それを逆手に取られた。まさか、見えざる帝国の滅却師を二人も屠った死神が、今さら縛道を使うのかという先入観を持ってしまっていた。無意識的に、その可能性を除外してしまっていた。

 

もっとも男からしてみれば、相手を罠に嵌めようという気は全くなく、ただたまたまその方法が一番効率が良かったからという理由でしかないのだが。結果的にそれは、想像以上に効果を発揮する。

 

「またの名を縄術とも呼ぶ」

「ふ、ふざけるなっ!?」

 

腕を後ろへ回され、両手首を背中で結ばれ、両足を胡坐をかくような体勢で結ばれてしまった彼女は、余りの事に理解が追い付かず、さらに敵に対して余りにも無防備な体勢に焦り無理やり縄を振りほどこうと暴れだす。完全に弄ばれている、完聖体になった自分がこんな簡単な手に引っかかりあろうことか縄に縛り上げられてしまった。それは先ほどまでキャンディスやバンビエッタを憐みの視線で見ていた彼女にとって耐えがたい恥辱だった。羞恥に顔を真っ赤に染めて縄から抜け出そうとするが、不思議な事に男が結んだ縄は一向にほどける気配も破ける事もない。

即座に仲間に指示を飛ばそうとする彼女の首は抵抗する暇もなく勢いよく引っ張られ、まるで吸い込まれるかのように男の指へと突き刺さる。防衛本能が静血装を展開させる彼女ではあったが、それをも砕き男の指剣は彼女の胸を深く貫いた。

 

「三振り目」

「ひっ…や…めて…」

 

『THEパワー』の能力を得ている滅却師一番の怪力を誇るマカロンは、その男の膂力が自分に勝っていることを理解していた。だからこそ仲間と協力することで男を仕留めようと一人突貫せずにチャンスを狙っていたのだが、立て続けに自らの仲間が葬り去られていくのを見て、その予想は確信へと変わり彼女の中にはもう絶望しか残っていなかった。

 

彼女には、打てる手がないのだ。圧倒的な実力差を覆す技術もなければ、逆転できる能力もない。そして、敵前逃亡を許される彼女らのボスではない以上、逃げることも出来そうにない。彼女に出来たのは、心の底から命乞いをすることだけであった。

 

ここで切りあったのが護廷の死神であったならば、その懇願に意味はあったのかもしれない。彼女らの行為によって無残に死んでいった死神達の無念を抱えてなお、彼らであれば戦うことを放棄した相手に剣を向けるという事を厭うだろう。だが、しかし…彼女にとって不幸だったのは目の前の敵が、女子供とはいえ敵であれば容赦しない冷血漢であったことだろう。しかしてその願いは無残に立ち消え、彼女は座り込んだその位置から左右に切り開かれることになる。

 

「四振り目」

「あ、あははは…すっごいね君…あーっという間にバンビーズが僕以外全員殺されちゃった!」

 

じろりと最後の的へと視線を向ける男に、最後のバンビーズ、ジゼルは余裕の笑みを崩さなかった。何故ならこの状況が彼女にとって非常に有利な展開だったからだ。男が何をもって倒す相手の順番を決めたのかはわからない。だが自身が最後に残ったというのは彼女にとって起死回生のチャンスどころか逆転の一打でもあった。

 

ジゼルは思う「完聖体となった僕にこの状況は美味しすぎる」と。既に種は蒔き終わっていた。だからこその余裕。高速で接近してきた男に抵抗せずわざと袈裟切りにさせるところから、彼女の反撃が始まるのだ。




長く待たせてしまいましたが、続きました
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