デイ・ドリーム
遠い昔の話だ。多分君が生まれるずーっとずーっと前のお話。
人間がまだ神様と共に生きていた頃の時代、彼はソコで暮らしていた。町じゃなくて村でもない、たった数世帯が寄り集まって洞窟に枯草を敷いて暮らしていた。獣も危なかったけれどそれよりも虫に食われる方が怖いような暮らしさ。
こう聞くと大変そうに聞こえるけど彼は不幸なんかじゃあなかった。家族も親戚も居たし彼には人に無い力があった。
彼のすんでいる洞窟の外には広い森が広がっていて、ウサギみたいに狩りやすい小さな動物からこんな大きいどんぐりまで望めば何でも手に入った。少し歩けば川があってまるまる太った魚が群れをなして泳いでいる。湖は年中枯れることなく彼に水を与えた。巣の中に隠された鳥のたまごはめったに食べられないご馳走。他の食べ物とは違ってちょっと危ないし、採れる数もそれほど多くない。皆で一つのたまごを分けあって食べる。今みたいに便利とは言えなかったけれど彼は幸せだった。
そう、
でもね、そう上手く話は進まない。やっぱりずっと幸せが続く訳じゃなかった。
ある秋の日の事だ、漁を終えた彼が洞窟に帰ろうとすると魔法使いが現れた。といっても宝石のように輝く柄のついた剣を持っていて魔法使いっていうより騎士みたいな感じだったのだけどね。
「やい!そこのお前、此処は神様が住まう土地だ!」
彼は言葉を知らない。
カミサマっていうのはなんだろうか、挨拶の一種だろうか。
前でずっと喚きたてているのがヒトなのはわかる。自分たち以外にもヒトはいたのか。
おどおどとしていた彼に言葉が通じていないことに気づいていないのか、気づいていても気にする程ではないのか魔法使いは続ける。
「辺りの村で聞けばこの辺りには魔法が使える野蛮人が居ると聞いてな、危険なので捕らえて神様への供え物にしようと思う」
鈍い光が目にきらきら残った。
魔法使いが手を上げると肩口の辺りから血が吹き出る。相当な勢いで振ったのか掲げられた剣には血の一滴だってなかった。一秒遅れて柔らかい落ち葉のベッドに
何故か痛みはなくて直ぐに血も止まった。それが不気味で怖くてバッと身を翻そうとしたんだ。
次は左足だった。走り出すことも出来ずに顔から土に飛び込んで彼は暴れる、でもどうしようもなかった。
結局彼は魔法使いに囚われてカミサマの捧げ物になることになった。連れていかれる途中で家族と鉢合わせたけれど彼を置いて家族は逃げ出した。どうせ逃げられやしないのにね。
カミサマの元に向かいながら彼は思う。
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。なんで俺が。
俺を捨てた父が憎い。俺を産んだ母が憎い。のうのうと生きている奴らが憎い。奪われることを強いる世界が憎い。
全てを奪ったカミサマが憎い。
なによりそれら全てを甘んじて受け入れなければならない自分が憎い。
だから俺は全てを壊そうと思った。
「こうして彼はカミサマの生け贄としてその一生を終えるのでした。めでたしめでたし」
控え目に言って頭が可笑しかったと思う。黒、金銀白灰。おおよそ考えうる髪色がごちゃごちゃにグラデーションされた頭に、夏場だっていうのに真っ黒なコートを着ている。顔はイケメンなのだが。
メッサーと名乗ったその男は、まだ幼かった私がブランコを漕いでいる所にやって来て突然そんなクソつまらない昔話を始めたのだ。今思えばなんであのとき警察を呼ぼうと考えなかったのかが甚だ疑問である。
ちなみに当時の私はそれはもう陰気で根暗で救いようのないコミュ症だった。
父が亡くなり、空いた大穴を埋めるために家族皆が身を粉にして働いていた。当然娘に構っている時間は減り、私もそれを知っていたので我が儘は言えない。
そして小学校にすら行っていないお子さまに外の公園で遊ぶ友達はいない。居たとしても親無しで遊ぶことはない。そもそも友達なんていなかった。
結果出来たのは空いた時間を毎日公園でブランコを漕いで消費するマシーン。付け入りやすかったのかもしれない。
反応のない私を相手に朗々となにがなんだか解らなくなってきた昔話の朗読を続けているメッサー。悪目立ちもいいところだ。
メッサーを見てヒソヒソと奥様方が陰口を叩く、いや陰口じゃないか。ブランコを漕ぐ幼女の前で毎日クソつまらない昔話をする男。普通犯罪だ。
まあ予想通りというか警察に職務質問、それどころか任意同行を求められることもままあった訳で。その度に親を呼ばれそうになって慌てさせられた。もし呼ばれたら迷惑をかけたくない一心でブランコマシーンをしているのに"メッサーのせいで"全て台無しになってしまう。思い出したらイライラしてきた。
「この人は親戚のお兄さんなの!私と遊んでくれてるだけなの」
とはかつて咄嗟に私がついた些細な嘘である。あのときあのタイミングでしょっぴいてもらえば良かった。
その後も心暖まる交流(とメッサーは言っていた)は数週間続き、いい加減私がコイツ死ねばいいのにと思い始めたある日、メッサーは私に厳かに告げたのだ。
私の人生を大きくねじ曲げ…むしろへし折る位の勢いで方向転換させたセリフを。
「俺は魔法使いなんだ」
「ふーん」
メッサーがクズであることは幼い私にも分かっていたので話し半分に聞いていたのだが、あのクズ実際に魔法を使うではないか。
クズだけれど魔法は本当に美しかった、今でもそう思う。そんなこんなでちっちゃい私にも人並みに魔法少女への憧れはあって、そこを餌にクズに見事に釣り上げられた。
そもそも魔法の才能を持っていた私はメッサーの指導を受けメキメキと実力をつけていった。けしてそれしかやることがなかったとかではない。
「メッサー、見て見て!」
「おー出来てる出来てる、やるじゃんなのはちゃん」
「あっ!噴水が壊れちゃったの!」
「まあ直ぐ直せるからいいんじゃないかな」
「やったぁ」
「着弾地点が俺じゃなきゃ完璧なんだけどなぁ」
「死ね」
「イテッ!せめて何か言ってほしいなぁ、お兄さんとしては!」
クズとの関係も悪くなかった、クズはクズで本性を隠していたし細かく改善点をだせる優秀な教師だった、私は飲み込みが早く彼に捨てられたくなかった。
上手くいっていた、小学三年生迄は。
プレシア・テスタロッサによるジュエルシード事件。そこでメッサーは初めて私にその心の内を見せる。
私たちが時の方舟に突撃した時にはもう遅かった。
私の初めての親友フェイト・テスタロッサ、使い魔のリニス、首謀者であるプレシア・テスタロッサ。
彼はその全てを切り捨てた。ゴミでも捨てるかのように殺し、切り刻んだ。
フェイトちゃんは一命をとりとめ、なんとか回復したものの一時危篤状態まで追い込まれた。私と同じ9歳の少女を当たり前のように殺そうとし、欠片の躊躇いもなく実行に移す。
とても信じられない、私は悩んだ。
私に魔法を教える彼はニコニコと笑っていて、冗談の範囲を間違えることはあっても冷酷な殺人鬼ではなく、優しかった。誰よりも。
しかし彼は殺した。
なぜ?どうして?いくら自問自答しても答えは見つからず、寝不足でギラギラした目がいくら充血しようと事実は私に重くのし掛かった。彼の面影が燻っていた。
ジュエルシード事件はというと対外的にはプレシアの死をもって解決したとされている。しかし実際はそうではない。
メッサーはプレシアを殺した後ジュエルシードを持ち逃走、以降十年間消息は掴めていない。そしてメッサーの逃走後別の次元世界でジュエルシードのものと思われる大量の魔力を用いたテロ事件がみられるようになった。
関係は疑うまでもなく、彼は全次元世界に指名手配される事になる。
私には彼が何を考え何をしようとしているのか全くわからないが、時々もう一度話をしてみたいと、何処か遠い所ですれ違った私達にはそれが必要なのだと思う。
その後はフェイトちゃんの前で土下座させて一発殴ってやるのだ。そうしたらお帰りと言おう、幼い私の憧れの
「なのはさん、今日の訓練も何時もと同じ感じなんですよね」
「うん、今日も張り切って頑張ろうね」
「はい!頑張ります!」
いけない、一人で居るといつもこうだ。今は仕事中なのだ、しっかりしなくては。
顔を叩いて気合いをいれ、声だけは元気だがいかにも嫌そうな顔をしたスバルに
あっ、顔引きつってるなあ。そんなに辛いのなら体力の強化を視野に入れていく必要があるかもしれない。今度ぶっ倒れるまで走らせてみようか。
「じゃあそろそろ始めようか」
彼に追い付く為にも。