黄金の魔術師   作:雑種

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バッチェ冷えてますよ(寒波)

明けましておめでとうございます。
今回はイギリスが舞台という事で、以下の書籍を参考に小ネタを仕込んでみました。
楽しんでいただけると幸いです。

・イギリスを知る教科書
・地球の歩き方 イギリス 2026~2027年度
・ウェールズ語原典訳 マビノギオン
・北欧とゲルマンの神話事典 伝承・民話・魔術
・神話・伝説・伝承 世界の魔法道具大事典
・金枝篇 呪術と宗教の研究 第2巻 呪術と王の起源[下]


黄金の魔術師(旧約17・18巻)

 ――男の話をしよう。類稀(たぐいまれ)なる才能を持って生まれ、その才で(もっ)てあらゆる巨悪に立ち向かい、(ある)いは絶望に打ちひしがれる人々を(ふる)い立たせた男の話を。

 

 男は夢想家であった。彼は『世界平和』などという荒唐無稽(こうとうむけい)な夢を掲げ、それを実現するためにその力を振るった。誰しもが考え、しかし大人になるにつれてその無謀さに打ちひしがれ、諦めるという工程(ゆめのおわり)を、彼は持ち前の力で()じ伏せた。イギリス、フランス、ロシアと、彼は国境に関わらず助けを求める人々の元へと駆けつけた。

 

 一方で、男は徹底した現実主義者(リアリスト)であった。彼は無償の愛の手を差し伸べるのでは無く、傭兵という形で人々に関わり、その助けとなった。常に俯瞰(ふかん)して状況を見据え、決して己の立ち位置を間違える様なことはしなかった。

 

 それ故のすれ違い、それ故の別離(わかれ)があった。

 

 一〇年程前のことである。イギリスの第三王女を救うため、彼は国からの騎士の誘いを蹴り、当時の親友を殴り、傭兵として一人で死地に赴いた。彼は水面を滑るように走り、イギリスとフランスを隔てるドーバー海峡にて、権謀術数(けんぼうじゅっすう)により国から見捨てられた一人の少女(プリンセス)魔の手(あくりゅう)より救い出した。

 

 さながらその姿は白馬に乗らざる聖ジョージ。……とは言え男は騎士ではなく傭兵で、獲物である聖なる剣も持ち合わせてはいなかったのだが。

 

 紆余曲折(うよきょくせつ)の末、男はイギリスを去ることとなった。”また、何処かで”等という再会の言葉も残さず、後には怒りにくれた親友と頬を染めた王女が残るのみとなった。

 

 

 男の名はウィリアム=オルウェル。世界に二〇人といない聖人であり、聖母崇拝によりあらゆる罪を許されながら、一人の少女の心を奪った、全くもって罪な男である。

 

 

   1

 

「で、私は一体どういう理由で、こんな所で火鑚(ひき)りをさせられているんだ?」

 

 オークの木の枝を両の(てのひら)(こす)りながら、少女が不満の声を上げた。肩にかかる程度の金髪、白いブラウスとスカート、黒いストッキングを履いた(よわい)一二歳程度の少女の姿は、その事情を知らぬ者からすれば精巧に造られた人形の様にも見えるだろう。……その両の瞳に込められた、年不相応の威圧感に気付くまでは。

 本来はロンドンのランベス区に存在するアパートの一室に陣取っている筈の彼女は、何の因果からか今は緑生い茂るフランスの森の中でキャンプの真似事をさせられていた。

 

「成程。不断の火――詰まる所、聖火であるか。オークの枝を使用しているということは、ブリギッド辺りの力でも借りるつもりであるか。であれば、貴様が適任であるな、()()()()()()

 

 少女――レイヴィニア=バードウェイは、『黄金』系としては英国最大規模の魔術結社である『()(いろ)陽射(ひざ)し』のボスである少女は、(いわお)の様な巨躯(きょく)の男の言葉に顔を(しか)めた。

 

「ブリギット……詩と知恵を司り、医術と鍛冶職を司る二人の姉妹神を持つアイルランドの女神。そして、その聖火を守るのは()()だったか。――おい、喧嘩なら買うぞ。マーク、『杖』を出せ。望み通り火の力で消し炭にしてやろうじゃないか」

「まあまあボス、落ち着いてください!!こんな所で火災なんて起こしたら、折角の隠密行動が台無しですよ!?それによかったじゃないですか。そういう魔術的記号を望まれてるってことは、言い換えればボスは一端のレディとして扱われているわけですから!!ここはむしろ喜びましょう!?なんたってこんな貧相でちんちくりんな――」

「ふんッ!!」

「ぶべラァッ!?」

 

 少女の細腕が、その見た目にそぐわぬ威力で傍らの黒い礼服にスカーフを巻いた金髪の青年の鳩尾(みぞおち)を貫いた。

 

「で、火は起こしたが、これでブリギッドの何の力を借り受けるつもりだ?」

「鍛冶職の力だ。それで()()()()()()()にとある仕掛けをつける」

「仕掛けって、()()に?こんな馬鹿デカい武器に今更追加の機能が必要とは思えんがね」

 

 少女とその雇い主である目つきの鋭い黒髪の少年の視線が、とある巨漢の持つ大剣へと向けられる。

 

「必要だからブリギッドの力を借りることにしたし、必要だから巨額の金銭を払ってお前達に護衛の依頼をしたんだ」

「……ふぅん。ま、深くは詮索せんさ。私達はあくまでも魔術結社であって、探偵屋ではないのでな」

「とか言って、その依頼者の情報を集めてこいと私に命令したのは誰でしたかね、ボス?」

「マーク。私はふとした時にこんなことを考えることがある。なぜ神隠しの舞台には森が選ばれやすいのだろうか、と」

 

 ギャーギャーと子供じみた喧嘩をする一二歳と青年の二人の姿を尻目に、黒髪の少年が筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男に声を掛ける。

 

「準備はいいか、オルウェル?」

「――ああ、出来ているのである。」

 

 黒髪の男――西崎隆二(にしざきりゅうじ)の言葉に、傭兵ウィリアム=オルウェルが頷く。

 

「この仕掛けが終わって、一休憩したら出発だ。ヘマはしてくれるなよ」

「誰に言っているのであるか。ヘマも何も、その海峡は一度通った道である。多少人数が増えた所で、我らが沈むことなどないのである」

 

 その手に聖剣アスカロン(あくりゅうごろし)を携えて。

 かつて一国の姫を魔の手から救い出した時と同様に、今回もまた自分にできる最善を果たすために。

 

   2

 

 事件の発端は一〇月一二日に起こったユーロトンネルの爆破であった。

 島国であるイギリスと、ヨーロッパ大陸とを結ぶ唯一の陸路であるそのトンネルは、イギリスの輸出入の観点から重要な役割を担っていた。これは日本でいう本州と北海道を結ぶ青函トンネルと同じ海底トンネルであり、それを構成する三本のラインは全て海の底を通っている。

 そのユーロトンネルを構成する三本のラインが()()()爆破されたというのが事件の概要である。

 この事件で()をするのは何処か、という考えで行くと、まず容疑者に上がるのがイギリスとユーロトンネルを繋いでいるフランスになる。と言うのも島国であるイギリスは、その歴史的背景からしてヨーロッパ大陸からの侵攻を受けることが多く、特に勢力圏の争いを頻繁に行っていた相手がフランスだからである。

 その確執は強く、古くは二〇〇〇年前、まだフランスがローマであった頃に起こったカエサルやクラウディウスによるブリタニア侵攻にまで遡るほどである。日本で例えるなら元寇のような大陸からの侵攻が二回のみならず何十回と行われ、それが成功し一部の地域が大陸の支配下に置かれたことが何回もあったと言ったところだろうか。

 そういった事情があるので、イギリスはこの事件が発生した際、これをフランスによる破壊工作であると即座に判断した。そして、その破壊工作がフランスによるものであるという確たる証拠を掴むべく、一〇月一七日、一〇万三〇〇〇冊の魔導書の知識を持つ英国の英知の結晶たる禁書目録(インデックス)と、その保護者であり、あらゆる異能の力を打ち消す右手を持った少年上条当麻(かみじょうとうま)の両名を日本の学園都市より召集した。

 そんな切迫した事態とは知らない、どこにでもいる学生である上条と禁書目録は、イギリス側が手配してくれた学園都市とイギリスのロンドンとの間を僅か二時間で突っ切る飛行機(搭乗経験あり)をわざとキャンセルし、同じイギリスでも南部のロンドンから程遠い北部のスコットランドにあるエジンバラ行きの飛行機に乗ることにした。

 因みに日本からイギリスまでのフライト時間は一二時間三〇分、ロシア空域を迂回した場合は一四時間一五分程である。国家の緊急事態を前に、実に一〇時間近い大遅刻をぶちかましているということの不味さを、平凡な学生の少年と記憶喪失の腹ペコシスターはまだ知らない。

 ましてや、ようやく手に入れたエジンバラ行きの飛行機がテロリストに狙われていて、それを解決する為に奮闘することになるなど、思いもしなかっただろう。

 

   3

 

 限界など、とうに超えていた。

 分水嶺など、とっくに過ぎていた。

 最早その身体を動かすは理性にあらず、獣性のみが全てを凌駕する。

 底知れぬ欲望と尽きぬ渇望。それこそが、彼女に残された全てだった。

 故に――

 

「グルルルゥゥゥアアァァアアアアアア!!!!」

「よし行けインデックス!!この世のありとあらゆるスコーンを平らげてしまえ!!」

 

 夕食も食べる暇すらなく、機内食の一つも与えられず、十数時間腹を空かせに空かせた暴食の化身が、乙女にあるまじき声を上げながら騎士団長(ナイトリーダー)から差し出されたスコーンを(むさぼ)り食らうのは必然であった。バター、ブルーベリー、イチゴジャム、蜂蜜などのトッピングで味にバリエーションを持たせつつも、少女は恐るべき速度でスコーンをその胃に納めていく。

 因みにこのスコーン、きのこたけのこ論争のように、スコーンに先に塗るのはクロテッドクリームかジャムかというスコーン論争があったりする。

 そんなスコーンで腹を満たそうとする修道女とツンツン頭の少年を聖人(堕天使エロメイド)である神裂火織(かんざきかおり)が羽交い絞めにするまで、そう時間は掛からなかった。

 

   4

 

 イギリス――正式名をグレートブリテン及び北アイルランド連合王国はイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドに分かれる。これは日本でいうところの本州、四国、九州、北海道、沖縄の区分の様なもので、日本と同じく今は一つの国として成立しているが、昔はそれぞれ別々の国であった。それらを統一したのが今のイギリスであり、その統一の証として、ユニオンジャックと呼ばれるイギリスの国旗にはイングランド王国、スコットランド王国、アイルランド王国の十字がデザインとして組み込まれている。

 この四文化と王室派、騎士派、清教派の三派閥がイギリスを支えており、そのイギリスという土地限定で『神の如き者(ミカエル)』と同質の力を所有者に与え、その配下達に天使と同質の力を分け与える。それが、今バッキンガム宮殿に居る上条の目の前で女王が帯刀している切っ先の無い奇妙な剣――カーテナと呼ばれる王の戴冠に使う儀礼剣の能力らしい。

 なんともややこしい話である。天使とはあのミーシャ=クロイツェフと同じ()()天使か?ヘンリー八世って誰だよ、そんなの世界史で習ったっけ?習ったとしても記憶にないんだけど?

 イギリスの人間からお国の歴史を聞かされ混乱する上条。そんな彼の懐から携帯電話の着信メロディが響く。”ちょっと失礼”と、軽く断りを入れてから携帯電話の液晶に目を向ける。画面には西崎の二文字。

 

『よう上条。聞いてるぞ、随分な空の旅だったみたいじゃないか。その様子だと機内食にはありつけずか?フル・イングリッシュ・ブレックファストにフィッシュ&チップス、ローストビーフにヨークシャー・プディング、カウルにバルティ、どれか一つでも味見は出来たか?』

「味見なんて何も出来なかったぞ。あ、でもスコーンは食べたな。っていうかもしかしなくても西崎は俺とインデックスがイギリスにいることは知ってる感じなのか?なんか今日も学校来てなかったみたいだけど」

『あぁ、ユーロトンネルの破壊工作について、俺もちょっと色々と動いててね。上条、カーテナは知ってるか?』

「知ってるも何も、今女王様直々にその歴史と能力を解説されたところだけど」

『そうか。カーテナ、或いはコルタナやコルトンとも云う切っ先の無い剣は、今でこそイギリスの王族専用の剣ではあるが、元はフランスの伝承に出てくる剣という話も多くあってな。妖精モルガナがオジエに贈るために作った剣という話や、ヴェルンドという鍛冶職人がアルマスやデュランダルと共に鍛えた剣という話、ミュニフィカンという剣工がデュランダルやソヴァジヌと一緒に作ったという話などがあったりする。まぁ、それはさておき』

『今上条の目の前にある、そのカーテナは()()()でな。初代のカーテナは一六四二年から一六四九年にかけて起こった清教徒(ピューリタン)革命で失われたまま行方不明だ』

「それがユーロトンネルの話にどう繋がるんだよ?」

『どうにも少し前から、徳川埋蔵金よろしくその失われたカーテナ=オリジナルの所在地に関する噂が英国中に流れているらしい(すっとぼけ)』

「タイミングが、良すぎる……?」

『あぁ。フランスの本当の目的はカーテナ=オリジナルの奪取かもしれないと思ってな。奴らは元々自分たちの所有していた剣を取り返すという目的で動いているかもしれん。なにせ所有者を天使長に、騎士を天使軍にするだけの『天使の力(テレズマ)』の分配を行える霊装だ。対象の土地をイギリスからフランスに変更出来れば向こうは大幅な戦力増強となる』

「じゃあ、そのカーテナ=オリジナルってのを早く見つけないと……!!」

 

()()()()()()()()()()

 

 

「え……?」

 

 さぁ……と、血の気が引くような感覚を上条は覚えた。

 

『飛行機でのフライト中に、魔術による妨害が入っただろう。イギリス清教側が幻術を駆使して飛行機を緊急着陸させようとしたが、その幻術を同じイギリス国内からの干渉によって破られたと。おかげでお前達は無事エジンバラ空港に着陸出来たみたいだけどな』

『けど疑問に思わないか?何故イギリス清教の魔術を妨害した連中が、一飛行機の飛行状況をコントロールする必要があるのか』

「まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

『だろうな。噂の場所とは違うが、緊急着陸の邪魔をしたということは飛行機よりもっと大事な物がその時点そこにあったということになる。となると連中は既にカーテナ=オリジナルを見つけて、それをフランスに持ち帰る為にイギリスを南下中だった。そうは考えられないか?』

「それは……」

『まぁ、とは言え今のはただの自論だ。実際はもっと別のことが起こっているのかもしれん。その辺りを調査すべく、俺は動いている訳だ。あぁそうだ上条、少し第二王女に伝えたいことがある。携帯を彼女に渡してくれないか』

「え、キャーリサに?」

 

 西崎の提案に驚きつつも、上条は自分の携帯電話をイギリスの第二王女に渡した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

「――成程。()()()()()()()()()()?」

 

 音量は小さく、上条達にはその通話の内容は伺い知れなかったが、西崎の言葉を聞いたキャーリサはその顔に薄い笑みを浮かべた。そして(おもむろ)に上条に携帯電話を返した。

 

「もし電話の向こうの人物に会ったら、第二王女が感謝していたと伝えて欲しーし」

 

 そんな言伝(ことづて)を、上条に預けて。

 

   5

 

 イギリス南海岸地方ヘイスティングズ。かつてイングランド王ハロルド二世との戦いに勝利したウィリアムが、ノルマン朝の初代国王ウィリアム一世となった地。そこのホテルに西崎達はいた。ツインの部屋を二つ取り、片部屋にはバードウェイとマーク、そしてもう方部屋には西崎とウイリアムといった部屋分けで。

 バードウェイは着いて早々にシャワーを浴びに行き、マークは人数分の食事を確保する為に老舗ベーカリーに使い走りをさせられている。そんなホテルの一室で西崎が窓から外の風景を眺めながら口を開く。

 

「同じウィリアムとして、感慨深いものがあるか?」

「別に。特段これといって感じ入るものなど無いのである。世界中のマイクやミハイル、ミカやミーシャといった名前の人物がいちいち『神の如き者(ミカエル)』の事を気にするわけではない様に」

「まぁ、それもそうか」

「にしても、口から出まかせも良いところであるな。イギリスにカーテナ=オリジナルの噂を撒いたのは貴様であろう、西崎隆二」

「正解。どうして分かった?」

「とぼけた事を。”私はイングランドと結婚した”とは、生涯独身を貫き、スペインの無敵艦隊を破ったエリザベス一世の言葉である。然るに、貴様は第二王女が国に尽くし国に果てる覚悟を持っていると知って、その背中を後押しするためにカーテナ=オリジナルの所在を明かしたのであろう。となると、フランスによるカーテナ=オリジナルの奪取もまた嘘ということになる」

「真実は、第二王女と、彼女の愛国心に賛同した協力者達による革命、といったところであるか」

 

 返答は無かった。ただ、ウィリアムの推理を聞いた西崎は口元に張り付けたように薄い笑みを浮かべた。ウィリアムは、それをこそ問いへの返答として受け取った。

 

「……圧倒的な力による統治など、どの道上手くはいかんさ。必ずどこかで破綻する。それは歴史が証明している。でなければ”君臨すれども統治せず”等という言葉は後世に伝わっていない」

「で、あるか」

 

 その西崎の言葉の裏に秘められた真意など、ウィリアムには知りようが無い。が、その言葉の意図は察した。

 

「では、その絶対強者が孤立する前に、誰かがそれを(いさ)めねばなるまいな」

 

 言って、傭兵も窓を見た。こんな切迫した状況だというのに、ガラスの向こうには青い海が広がっていた。

 まるで人々の喧騒など自然(じぶん)には関係ないとでも言うように、波がただユラユラと揺れていた。

 

 

   6

 

 対フランス用のユーロトンネル調査は『騎士派』と禁書目録が、

 イギリス清教の魔術を妨害した推定魔術結社の対応は『清教派』と上条当麻が。

 

 英国女王(クイーンレグナント)と、三人の王女、騎士団長(ナイトリーダー)聖人(アークビショップの代理)、禁書目録とその管理者である飛行機のハイジャックを止めた勇敢なる高校生による会議は、概ねその様な結論で締めくくられた。

 そして捜査の結果、イギリス清教の魔術を妨害した容疑者達が浮上した。

 

『新たなる光』

 

 魔術結社と呼ばれるほどの規模では無く、どちらかというとクラブや同好会、サークルの様な趣味人の集まりという印象の強い『結社予備軍』の一つである。

 特色としては北欧系の魔術を扱うことと、他の結社予備軍とは一線を画す程の実力を持っていること。構成メンバーは四人で、スコットランドで推定カーテナ=オリジナルの発掘作業を行っていたことなどがある。

 結果として、西崎の懸念していたフランスの手の者によるカーテナ奪取の可能性はグッと低くなったが、カーテナ=オリジナルが騒動の原因となっている点については当たっていたといえるだろう。

 

 最初に脱落したのはベイロープであった。

 彼女は天草式十字凄教(あまくさしきじゅうじせいきょう)五和(いつわ)との戦いにで策に嵌まり、魔術的な迷宮に囚われた。

 後生大事に抱えていたカバン型霊装もイギリス清教に回収され、その霊装の正体が北欧神話のスキーズブラズニルという、伸縮自在かつ空中・陸上・海上のどこでも移動することが出来、ポケットに入れられる程に折り畳める魔法の帆船であることも明らかにされた。

 同時に、新たなる光の目的が件の霊装を用いてカーテナ=オリジナルを何処かに運ぶことであることも(あら)わとなった

 

 次に脱落してのはフロシスであった。

 彼女は世界に二〇人といない聖人神裂火織によって瞬殺された。自慢の霊装も、それを上回る力によるゴリ押しには勝てなかった。

 

 そして最後に脱落したのはレッサーであった。

 彼女は上条当麻と追跡封じ(ルートディスタープ)オリアナ=トムソンによる挟み撃ちにより逃げ場を失い、騎士派の遠距離狙撃用霊装『ロビンフッド』により致命傷を負った。

 しかし彼女はその狙撃の前、持っていた大船の鞄(スキーズブラズニル)を天高く掲げていた。まるで船乗り達を導く灯台の(あか)りの様に。

 

 故にランシスは戦わずしてその目的を全うした。

 元々カーテナ=オリジナルは彼女の大船の鞄(スキーズブラズニル)の中にずっとあった。ベイロープ、フロシス、レッサーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()へとカーテナ=オリジナルを届ける為の中間ポイント地点を目指していただけで、彼女らの鞄の中にはカーテナ=オリジナルは存在しなかった。

 そしてレッサーが唯一その地点に到着した。

 ランシスは彼女の大船の鞄(スキーズブラズニル)を経由して、フォークストーンの依頼主の大船の鞄(スキーズブラズニル)に向けてカーテナ=オリジナルを転送した。

 

 ”今日、イギリスを変える”

 

 その志の通り、新たなる光は任務を完遂し、イギリス清教相手に勝利した。

 

   7

 

「――成程、噂は本当だったとゆーことね。火のない所に煙は立たぬとは、上手く言ったものね」

「では」

「ええ、始めましょーか。より良い明日の為に」

 

「イギリス全土に潜ませた『騎士派』の全軍に伝達せよ。王を選定する剣、カーテナ=オリジナルは我が手中にあり。これよりはこの私が英国国家元首となり、イギリスの舵を取る。イギリスの現状を良しとしない者、イギリスの変革を望む者、総じてイギリスを腐らせたくない勇敢なる同士諸君よ。立ち上がり、剣を取れ。さりとて我ら、剣によって滅びず、その勇志によって輝かしきイギリスの明日を築かん!!」

 

 一〇月一八日、午前〇時。この日、確かにイギリスが変わった。

 

   8

 

 魔術によって素性を誤魔化しながら、西崎達はヘイスティングズからドーバーまで鉄道で一時間二〇分の道程(みちのり)を移動し、ドーバーから徒歩でフォークストーンまでやって来ていた。道中、バードウェイの提案によりドーバーのシーフードレストランで食事をとったり、徒歩での移動で疲労したバードウェイによる肩車強要騒動などのイベントが発生したが、概ね皆万全の状態で決戦の地、決戦の時に立ち会う事が出来た。

 

「頃合いか。バードウェイ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「分かった。派手にやるが構わんな?」

「あぁ。一日限りのお祭りだ、盛大に行こうじゃないか」

 

 一〇月一八日、午前〇時。騎士達の奮起と同時に、英国最大の黄金系魔術結社の手掛けた『対戦士霊装』が、イギリス中に放たれた。

 

   9

 

 マギノギオンに曰く、アーサー王の従兄弟(いとこ)であるキルフーフは、継母(けいぼ)によって定め(タンゲッド)――即ち呪いを掛けられ、その解呪の為に三九の試練を乗り越えねばならぬ身となった。その為キルフーフは父の助言に従い、アーサー王に助力を願い、アーサー王もまたこれを承諾した。

 トゥルッフ・トルウィスはその試練に必要な(くし)剃刀(かみそり)とハサミを両耳の間に挟んだ猪であり、七匹の猪の子供と共に登場する。この猪は無論ただの猪という訳ではなく、かつて王だったがその邪悪さ故に神に猪に変えられた元人間の猪であった。そしてそれ故か、非常に強く狡猾であった。

 アーサー王は件の猪を狩るためブリテンの三つの領域と三つの群島、フランス、ブルターニュ、ノルマンディー、アイルランド、夏の国(サマセット)の戦士達、選りすぐりの名犬と名馬というかつてない大軍勢を用意したが、結果として試練に必要な三つの品物こそ入手すれど、トゥルッフ・トルウィス自身を殺すことは出来なかった。何故ならかの猪の結末は、海に追い詰められた後、自身を追っていた猟犬ともども消息を絶つというものであったからだ。

 その力の程や凄まじく、

 先ずアイルランドの戦士達と一日中戦い、その際アイルランドの五つの地方の一つを荒れ地にした。

 翌日はアーサー王の親衛隊と戦ったが、結果は親衛隊の方が散々な目にあっただけであった。

 三日目にしてアーサー王と直接戦い、九日九晩もの激闘を繰り広げたが、さしたる負傷も無かった。

 その後、海路でウェールズに上陸し、追手であるアーサー王が到着する前に人も獣も皆殺しにした。

 山ではアーサー王の勇者四人を殺し、更にアーサー王の息子を含む四人を追加で殺害した。。

 また、アーサー王の石工の頭を含む多くの戦士を殺害した。

 アーサーが追いついたとき、三人を手にかけ、河へ逃走し、そこでフランス王含む二人を殺害。その後渓谷へ逃げ込みアーサー王達追手を完全に撒いた。

 紆余曲折あり、湖でアーサー王達と対峙した際は、多くの猟犬と戦士を殺めた。

 などの逸話を有している。

 

「いやはや、最近の技術の進歩は目覚ましいものだな。イギリス清教にはコピー機を使ってルーンを大量印刷している魔術師がいるようだし、秘密裏に入手した学園都市のロボット技術を応用すればこんな霊装の作成も出来る。まぁ、量産型なせいでオリジナル程の戦闘力が無いのは玉に瑕ではあるが」

 

 明け色の陽射しのボス、レイヴィニア=バードウェイはイギリス中の騒乱を眺めながらそう呟いた。

 彼女の眼下では二つの出来事が起こっていた。

 

 一つは、第二王女の号令によって発起したイギリス中の騎士派の騎士達により各主要施設が制圧される光景。

 そしてもう一つは、そんな騎士派の騎士達が、鋼の肉体と電子の血の脈動により駆動する神の呪い受けし魔の猪達に次々と突き倒していく光景。

 

「騎士派の騎士達の特徴は何だったか。あぁ、そうだ。確か”生身の力が強すぎて魔術的な仕組みを自ら破壊してしまうため、鎧に霊装としての強化機能をつけられないほどの怪物”だったかな?なら見せてくれるよな?アーサー王と九日間戦った魔猪を討伐する騎士の勇姿って奴を」

「ボス、台詞(せりふ)が悪役のそれですよ。一応私達、クーデターを治めるために力を貸している善意の第三者ですからね?」

 

 呆れた風に捕捉するマーク=スペースの隣で、西崎隆二がピクリと眼を動かす。

 

「ウィンザー城が落ちたな。英国女王(クイーンレグナント)最大主教(アークビショップ)は拘束されたか。……まぁ、最大主教(アークビショップ)が髪留めを外せば拘束なぞどうとでもなる。第一王女は上手く隠れたな。さて、残るは禁書目録と第三王女だが――行けるな、ウィリアム=オルウェル?」

 

 ドンッ!!!!という空から隕石が落ちてきたかの様な轟音が西崎達の耳を揺らした。だが実態は真逆である。それは隕石が地上から空に向かって飛んだ音であった。

 

 ――第二王女(あくりゅう)によって窮地に立たされた第三王女(ひめ)を救うために。今度は、その手に聖なる剣を携えて。

 

   10

 

 第二王女と騎士派が今回のクーデターの発起人であることは突き詰めた。

  ――それは良い。

 

 イギリスの混乱を治める為、天草式の皆の手を借りて即座に第二王女の元へと迫った。

  ――これも良い。

 

 カーテナ=オリジナルを手にした第二王女を(かば)う様に前に出た騎士団長(ナイトリーダー)と戦闘になった。

  ――それはそうだ。

 

 世界に二〇人といない聖人の技術と力。それらを、虫を潰す様に騎士団長(ナイトリーダー)に処理された。

  ――これは何だ?

 

 七本のワイヤーを使った七閃(ななせん)も、一神教の天使すら切り捨てるであろう唯閃(ゆいせん)騎士団長(ナイトリーダー)に傷一つ与えられなかった。

  ――どういう理屈で?

 

 騎士団長(ナイトリーダー)は剣すら抜かず、その肉体一つで神の子の力の一端を扱う聖人を圧倒した。

  ――何故聖人の方が力負けする?

 

 振り上げられた騎士団長(ナイトリーダー)の足を見ながら、神裂火織は断絶しかかった意識を総動員し打開策を探ろうとする。思考の高速化が周囲の時間の進みを遅らせ、騎士団長(ナイトリーダー)の足という死刑道具がゆっくりと神裂の身に迫る中、いくつもの考えが泡の様に浮かんでは弾けて消えてゆく。

 

 ――そう言えば、自分はいかにして神の力(ガブリエル)を撃退したのだったか。

 

 自分は天使と同じ程の天使の力(テレズマ)を扱うと言った騎士団長(ナイトリーダー)の言葉を反芻(はんすう)し、ザリザリとノイズがかった記憶を思い浮かべようとする。

 

 ――唯閃は確かに天使を切り捨てる技ではあるが、あの大天使相手に使っただろうか。

 

 ザリザリと、ノイズがかった意識が囁く。

 

 違う。彼女(おまえ)が大天使を屠った技は唯閃ではない。ソレはかつて隠世を拒んだ魔神を屠った(だれが?)名も無き一閃。あらゆる繋がりを絶ち(どうやって?)、あらゆる矛盾を許容する(なぜ?)蘇生すら許さぬ理不尽の一撃。

 天草式十字凄教(あまくさしきじゅうじせいきょう)という十字教の女教皇(プリエステス)でありながら、それに相応しくない家名を持った彼女(おまえ)に合わせるのであれば、その技の名は――

 

「――『完全なるオシリス殺し(かんざき)』」

 

 抜刀も納刀もその目には映らなかった。

 瞬間、全英大陸から騎士団長(ナイトリーダー)に対して流れ込んでいた莫大な天使の力(テレズマ)が一時的に消失した。唯の人に成り下がった男は、その事実に目を見開いて驚愕し、

 

「『神ざ――ゴフッ!?」

 

 一瞬の後、全英大陸との繋がりが復活した騎士団長(ナイトリーダー)の渾身の蹴りが、神裂の意識と彼女の二撃目の発動を刈り取った。

 

「何だ、今のは……。一瞬だが全英大陸との繋がりを絶たれたのか、この騎士団長(わたし)が……?」

 

 後には、神裂火織に埋め込まれた記憶と技術、その片鱗を味わった困惑顔の騎士団長(ナイトリーダー)のみが残された。

 

 まぁ、意識もギリギリ、身体もボロボロ、更に相手が格上のこの状態での土壇場のお披露目としては、よくやった方だろう。

 

   11

 

 神裂火織は騎士団長(ナイトリーダー)に敗れたとはいえ、彼の時間を十分過ぎる程稼いでくれた。

 それ故、騎士団長(ナイトリーダー)はカーテナ=オリジナルを他の王族に使用させないという名目で、第三王女目掛けて振り上げた斧を振り下ろす機会を永遠に失った。

 

 ――それを遮ったのは、空より墜ちた一つの流星であった。

 

「……戻ったか」

 

 それは失われた一〇年間の喪失を埋めるように。

 

「戻ったか」

 

 捨て去った盾の紋章(エスカッシャン)を、その手にした長大な剣に取り付けて。

 

「戻ったかッ!」

 

 かつてと同じく、その腕に麗しの姫君を抱き抱えて。

 

「「「ウィリアム=オルウェル!!」」」

 

 傭兵ウィリアム=オルウェルは、今一度祖国への帰還を果たしたのであった。

 

   12

 

 フォークストーン近郊のとある山道。

 ウィリアム=オルウェルは、騎士派の包囲網から助け出した第三王女ヴィリアンが、馬車に乗って戦場から離れていく様子を見守り、地面に置いていた霊装を手に取った。

 その霊装の名はアスカロン。全長三・五メートル、重量二〇〇キロを超す長大な剣。一六世紀に創作された話を基に造り出された、全長五〇フィートの悪竜を実際に理論的に斬り殺せる剣である。

 

「解せんな」

 

 そんな彼の目の前に、一〇年振りに出会う旧知の友が立ち塞がる。

 

「『後方のアックア』には、我が国の第三王女の為に命を懸ける理由など無いはずだが?」

()()()()にはな」

 

 言葉と同時にウィリアムがその手に持つ聖剣を振るう。

 

 破裂音。そして閃光。

 

 音すら裂く一撃は、軽々と山肌を砕き、土砂となってアックアの背後、つまりは今しがた第三王女を乗せた馬車が去っていった山道を土砂で塞ぐ。

 

「が、今の私はアックアに非ず。であれば、祖国の姫君を救うのに何を躊躇(ためら)う必要がある」

「成程。よく考えたものだ」

 

 四〇人近い騎士を従えた騎士団長(ナイトリーダー)はその返答に苦い顔をし、すぐに表情を引き締める。

 

「ならば決闘だ。一〇年前の愚かさのツケを、今ここで払って貰おうか、()()()()()

「それは良いのであるが」

 

 ウィリアムが騎士団長(ナイトリーダー)の周囲に立つ騎士達に視線を向ける。

 

「……戦場に立つ者としては、些か警戒心が足りないのである」

「何だと?」

 

 ドガッシャァアア!!!!と、大型ダンプカーが衝突事故でも起こしたかの様な衝突音と共に、四〇人近い騎士達が吹き飛ばされた。

 

「な!?」

「トゥルッフ・トルウィスと言ったか。まぁ、人払いとしては良い仕事をしたのである」

 

 偶然通りがかった二メートルを超す大型の鋼の猪が、紙を千切る様に騎士達を沈めながら走り去る光景を見ながらウィリアムがアスカロンを構える。

 

「その決闘、受けて立つのである」

 

 ウィリアムの宣言に気を改めた騎士団長(ナイトリーダー)が剣を抜く。それは、何ら特徴の無い一振りのロングソードであった。

 変化は如実に表れた。ボゴリ、という音と共に、騎士団長(ナイトリーダー)の手の中のロングソードが、あっという間に赤黒い泡の塊によって覆われた。

 その霊装の名はフルンティング。全長三・九メートル、重量不明の長大な剣。ベーオウルフがフロースガール王の臣下ウンフェルスから渡された、切り伏せた敵の返り血によって強化される剣である。

 

 合図は無かった。ただ衝突だけがあった。

 片や世界に二〇人といない聖人と聖母崇拝を併せ持つ傭兵。片や全英大陸からの天使の力(テレズマ)の供給により天使の力を振るう騎士派の長。超常の存在二人の衝突は山肌を抉り、木々をなぎ倒し、土砂をまき散らし、大気を揺るがした。

 一合でもそれ程の被害を周囲に巻き散らす剣の応酬、それを一〇合。既に戦場は天変地異にあったかの様に様変わりしていた。だがそれ以上に明確な変化があった。

 

「成る程。学園都市での敗北が尾を引いているというのは本当のようだな」

 

 無傷の騎士団長(ナイトリーダー)が残念そうに呟く。対して、

 

「惜しいな。一生に一度の大舞台であるなら、万全の貴様と戦いたかったよ」

(フルンティングでは……無い……!?)

 

 数センチ抉れた左肩。絶対に当たる筈の無い距離からの斬撃によって被弾した傷跡に、ウィリアムが驚愕する。

 

「どうした傭兵。そちらが来ないのであれば、こちらから行くぞ」

 

 敵の霊装の本当の能力を推理する間もなく、次の攻撃が飛んでくる。

 戦場は、人の都合など考慮しない。

 

   13

 

 ロンドン発フォークストーン行き貨物列車。騎士派による人員・物資の輸送の為に高速で動く屋根に上条当麻は身を伏していた。

 騎士派のロビンフッドなる霊装の狙撃によって負傷したレッサーの治療の為に、騎士とそれを追い回す猪によって混乱したロンドンの町中を潜り抜けて辿り着いたイギリス清教の女子寮。そこで手に入れた情報を信じて、インデックス奪還の為にこうして列車に潜伏したのだが、兵士の見回りから逃れる内に、こんな所にまで来てしまった。

 

(無事でいてくれよ、インデックス……)

 

 クーデターの首謀者である第二王女と騎士派は、ユーロトンネルの調査という名目でインデックスと一緒だった。一〇万三〇〇〇冊の魔導書の知識を持つインデックスはイギリスとしても貴重な人材な筈。上条としては、最悪の事態が発生していないことを願うばかりである。

 

(くそっ、フォークストーンはまだか……!!)

 

 焦る上条。その視界が、銀色の煌めきを捕捉する。それは騎士派の装着する兜の頭頂部であった。

 

(見回り!?屋根(こんなところ)まで!?)

 

 高速で移動する貨物列車、その突風に吹き飛ばされないように屋根の上を移動し、隣の車両との連結部分に飛び降りる。学園都市で不良たちから逃げている経験が活きた様である。

 そのまま車両のドアを開けて中に入る。中にあったのは、剣や槍などの様々な装備品の数々であった。

 

(こいつが全部フォークストーンの騎士達の手に渡ると思うとゾッとするな)

 

 とは言え、ロンドンで見かけた執拗に騎士を追う巨大な猪ロボットの目撃情報が各地で上がっているらしいので、ここにある装備品が活躍することは余り無さそうではあるが。

 

ヘイ(おい)

 

 そんな考え事をしている上条に対して、装備品の甲冑ゾーンの山から聞きなれない少女の声が掛かった。すわイギリスの甲冑は動く甲冑なのか!?と警戒しそうになった上条だが、声の主が甲冑の山の陰に隠れた生きている人間であることを知り安堵する。

 その少女は両の手足を拘束されていた。一見するとラクロスのユニフォームにも見える、ユニオンジャックの白、赤、青の配色の服に身を包んだ、色白の金髪の少女だった。

 

 少女の名はフロリス。カーテナ=オリジナルを第二王女の元へと届けた魔術結社予備軍『新たなる光』の一人である。

 

   14

 

 ウィリアムと騎士団長(ナイトリーダー)彼我(ひが)の距離は一〇メートル。この状態では三・五メートルのアスカロンも三・九メートルのフルンティングも相手を傷つける事(あた)わない。

 ……が、しかし

 

「ッ!!」

「どうした、動きが鈍いぞウィリアム?」

 

 その場を一歩も動かさずに振るわれたフルンティング。その軌道上にあった土が抉れ、木々の幹に爪痕を刻み、ウィリアムの頬に薄い切り傷を作る。

 騎士団長(ナイトリーダー)が剣を振るう。不可視の斬撃がフルンティングの軌道に合わせて放たれ周囲に傷跡を残す。

 騎士団長(ナイトリーダー)が剣を振るう。不可視の斬撃がアスカロンの剣身に弾き返される。

 騎士団長(ナイトリーダー)が剣を振るう。不可視の斬撃を身を(かが)むことでウィリアムが回避する。

 

「成る程、『射程距離』に細工を施しているのであるか」

「相も変わらず勘の良い男だ」

 

 僅か十数秒で斬撃のカラクリを解いたウィリアムの観察眼に苦い顔をする騎士団長(ナイトリーダー)

 

「北欧、ケルト、シャルルマーニュ、ゲルマン。数多の騎士の道を究め、統合しようとした訳だが、不完全に終わってね。が、それ故に私の一撃は『剣の個性』とやらを得たようだ」

「何でも切り裂く『切断威力』、絶大な破壊力を生み出す『武具重量』、絶対に破壊されない『耐久硬度』、何者にも追い着けぬ『移動速度』……そして」

「あり得ない距離から敵を攻撃する『射程距離』、であるか」

 

 ガンッ!!という音と共に、ウィリアムの振るったアスカロンが『射程距離』に特化した騎士団長(ナイトリーダー)の一撃を弾き返す。ウィリアムの超人的な視界が捉えたのは、僅か数ミリ程度の赤黒い剣の欠片だった。

 

「成る程。それが『射程距離』のトリックであるな」

 

 見えない斬撃ではなく、極小の長距離斬撃。それならば、対処のしようは幾らでも有るというもの。

 ウィリアムの握りしめたアスカロンが、七色の光を放つ。

 

「出来れば、使わずに済ませたかったものであるがな」

 

 全長三・五メートルの霊装アスカロンは、ただの大剣ではない。それは全長五〇フィートの悪竜を斬る為に、状況に応じた様々な使い方とそれに適した武装を詰め込んだ霊装であり、斧の様な刃、剃刀の様な刃、(のこぎり)、スパイク、糸鋸の様なワイヤーと多彩な攻撃手段を取り揃えている。

 そして、それら霊装の一部に魔力を集中させることにより、爆発的な破壊力を生み出すことが可能となる。

 ウィリアムは、その使用を解禁した。

 

「抜かせ。言ったはずだぞ、万全の貴様と戦いたいとな」

 

 その傭兵の姿を見て、騎士団長(ナイトリーダー)は笑った。

 

   15

 

 ビー!!ビー!!と、貨物車両にけたたましい警報が鳴り響く。

 

 上条当麻がフロリスの拘束を幻想殺し(イマジンブレイカー)で強引に破壊したせいである。晴れて自由の身になったのも束の間、直ぐに騎士達に再び拘束されそうなフロリスが上条を睨みつける。

 

「ど、どうすんのコレ!?試合開始してまだ一〇分も経ってないんですけど!?」

「い、いや、諦めるな!!試合終了にはまだ早い!!」

 

 車両のドアを開け、連結部分に出る二人。

 

「よし、飛ぼう」

「バババ、バカか!!こんなところから飛び降りたら死ぬって子供でも分かるんですけど!?」

「いやでもほらもうすぐ川に差し掛かるし水面をクッションにすれば案外いけるって平気平気さあ一緒にフライアウェーイ!!」

「うおぁあああ手を掴むな一緒に飛び降りるなお前が飛び込もうとしてるその川は水深一メートルねーんだよォオオオオオ!!」

「まじかよ先に言えよ!!」

「言う前に飛ぶからだろォオ!?うおお一か八か翼展開!!下がれ速度ォオオオオ!!」

 

 ところでフロリスさん、今のこの状況を作る切欠(きっかけ)になった幻想殺し(イマジンブレイカー)って知ってる?

 コレ、あらゆる異能の力を打ち消すんだけど。例えば今君が展開した翼とか。

 

 ドボンというよりバチーン!!だった。

 次いでどんぶらこ、どんぶらこ。

 

   16

 

「行くぞ」

「来い」

 

 その台詞を合図に、騎士と傭兵が動く。

 最初に動いたのは騎士団長(ナイトリーダー)。彼は『射程距離』を究めた一撃として、フルンティングの剣の欠片を四方八方に放つ。

 対して、ウィリアムはアスカロンの剣身を赤く光らせた。但し、それは騎士団長(ナイトリーダー)の攻撃に対応する為ではない。斬撃は横ではなく下に振るわれた。

 

 ドゴッ!!という音と共に、ウィリアムを中心にして土のドームを撒き散らす。巻き上げられた土がフルンティングの剣の欠片を弾き返す。

 

 

 騎士団長(ナイトリーダー)の視界が土の幕によって一瞬塞がる。フルンティングを振るい、開けた幕の先には、その超人的な身体能力を使って間近に迫ったウィリアムの姿。遅れて、彼が地面を蹴った時の轟音がようやく騎士団長(ナイトリーダー)の耳に到達する。ことこの戦場に於いて、一瞬の差は余りにも大きい。

 

「――!!」

 

 アスカロンの剣身が青の光を帯びる。剃刀の様な刃による薙ぎが、『射程距離』に特化した騎士団長(ナイトリーダー)のフルンティングでは防ぎようの無い破壊力で彼に迫る。

 が、

 

「扱えるパターンがいつ『射程距離』のみだと言った」

 

 青い光は虚空を裂いた。一瞬の内に、騎士団長(ナイトリーダー)はウィリアムの動体視力を以てしても捉えられぬ速度で彼の視界から消失した。

 

「『移動速度』」

(後ろッ!!)

 

 ゴッキイ!!という音と共に、背後に向けて薙ぎ払ったアスカロンがそれより硬いものにぶつかり弾き返される。予想外の反動にウィリアムの体幹が崩れる。 

 

「『武具重量』」

 

 体幹の崩れたウィリアム目掛けて騎士団長(ナイトリーダー)がフルンティングを振りかざす。背筋を走った悪寒に従い身体を無理やり動かし、距離を取る様に後ろに跳ぶ。

 目標に逃げられたフルンティングはそのまま地面に切っ先を触れさせる。

 

 ゴバッ!!という音と共に、大地が裂け、巨大な口が出来上がった。

 

「『切断威力』」

 

 巨大な口に飲まれぬよう跳躍するウィリアムの体を衝撃が襲う。その周囲には、いつの間にかばら撒かれていた赤黒い剣の欠片。

 

「そして『射程距離』。どうした、その剣の光はお飾りか?」

 

 脇腹に浅い傷を負ったウィリアムの姿を見て、騎士団長(ナイトリーダー)(あお)るように言う。

 

「これで分かったか。貴様では私を超えられん。命が惜しくば英国より去れ。でなければ、祖国の土に(かえ)ることになるぞ」

 

 騎士団長(ナイトリーダー)からウィリアムに向けての最後通牒(つうちょう)は、しかし彼の手からアスカロンを手放させることは出来なかった。

 

「一つ、尋ねたい。貴様は本当に、第二王女を擁護して第三王女を斬れば、この国が救われると思っているのであるか」

「……」

「第一王女の『頭脳』、第二王女の『軍事』、第三王女の『人徳』。……貴様が取捨選択したものが本当に正しいと、断言できるのであるか」

「……断言できるものか。だが、既に賽は投げられた。であれば、この国にとって一番良い利益を出す陣営につくしかあるまい」

「そういう貴様はどうなのだ。(いたずら)に第三王女を守り、その命を懸けることが、この国の未来にどう繋がるというのだ」

「愚問であるな。我が理由は既に示されているのである。であれば、語る事に意味など無いのである」

 

 ウィリアムの返答に騎士団長(ナイトリーダー)が苦笑する。

 

(そういう男だったな、お前は)

 

 苦笑し、そして眼前の敵を屠る為に上段の構えを取る。

 

「――で、あれば。切断威力、武具重量、移動速度、耐久硬度、射程距離。その全てを内包した究極の一撃にて、お前を屠ろう」

 

 振り下ろす。

 それで全てが終わる。

 それは正しくあらゆる騎士の道を究め、統合した一撃。恒星の終焉に現れるブラックホールの如き一閃。

 振るったが最後、逃れる術は無く、避けること能わず、防ぐこと叶わず、弾くことならず、決して砕きえぬ究極の一振り。

 

 ――ただしそれは、その剣の個性が()()()()()使()()()()()()の話だが。

 

 ゴッキィィイイイ!!!!という音と共に、騎士団長(ナイトリーダー)の必殺の一撃が、アスカロンの一撃によって弾かれる。

 

「何!?」

 

 勢いそのまま、ウィリアムが騎士団長(ナイトリーダー)目掛けて大剣を振るう。

 

「『移動速度』ッ!!」

「甘い」

「ッヅァッ……!!」

 

 剣を振りぬいた状態から瞬時に体制を変え、ウィリアムの剣を腕で受ける。耐久硬度も武具重量も乗っていない腕で受ける聖人の全力の一撃に、騎士団長(ナイトリーダー)が僅かに仰け反る。

 その隙を見逃さず、ウィリアムが大剣の背のスパイクに魔力を集中させる。白い光を纏ったアスカロンのスパイクが騎士団長(ナイトリーダー)に迫る。

 

「『耐久硬度』!!」

「遅い」

 

 騎士団長(ナイトリーダー)が『剣の個性』を切り替えるより早く、白のスパイクがその右胸に突き刺さる。

 轟音が響き渡り、爆風が木々を薙ぎ、衝撃が辺りを破壊した。

 

   17

 

「ソーロルムという北欧の戦士を知っているか?」

「……馬鹿な……」

 

 無傷。

 あれだけの破壊を右胸に打ち込まれておいて、騎士団長(ナイトリーダー)の右胸からは血の一滴すら流れていなかった。その事実に愕然(がくぜん)とするウィリアム。

 

「その戦士は魔術によって敵の剣の切れ味をゼロにする力があったようでな。それ故に、どの様な攻撃を受けても傷一つつかなかったという」

(『剣の個性』だけでは、無い……!?)

「扱えるのが『剣の個性』だけだといつ言った。私は自身が認識したあらゆる武器を無力化する術式も持っている。さぁ、これで正真正銘私の手札は全て明かしたぞ」

 

「今の私に、ドーバーの様な不意打ちが効くと思うなよ」

 

   18

 

 悪竜の筋肉を斬り裂く一撃()悪竜の脂肪を切り取る一撃()悪竜の鱗をめくる一撃()悪竜の内臓を取り出す一撃()悪竜の骨格を切断する一撃()悪竜の歯牙を抜く一撃()悪竜の神経を抉り出す一撃()。その(ことごと)くの攻撃力が、一瞬にして皆無となった。最早アスカロンはただの鉄塊に過ぎず、それを彩る七色の光はイルミネーションへと成り下がった。

 

「終わりだ」

 

 騎士団長(ナイトリーダー)は冷徹にそう告げた。

 

「最早貴様に戦う手段は残されていない。元より万全でない貴様の戦力をカバーする為のアスカロンがその役目を果たさぬ以上、どうあっても私の優位は揺らがん」

「それとも術式の効果が切れる一〇分の間、私から逃げるつもりか?であればその時はお前との決闘を切り上げ、逃げた第三王女を始末させて貰うぞ」

「詰みだ、ウィリアム=オルウェル。第三王女と共に天に昇れ。旧知の友として、遺体となった貴様には丁重に接してやる」

 

 突撃してきたウィリアムのアスカロンを、店頭でパンを手に取る様な気軽さで騎士団長(ナイトリーダー)の素手が掴む。

 

「この期に及んで悪足掻きを……」

「まだ分らぬのであるか」

「何?」

「私が戦う理由は、一〇年前から変わらないのである」

 

 その瞬間、騎士団長(ナイトリーダー)は自身の掴んでいるアスカロンの側面に目を向けた。

 

(まさか……!!)

 

 そしてその盾の意味を理解した。

 

(有りえん……!!)

 

 その盾は、十字(クロス)によって分けられた四つの領土と、その上からドラゴン、ユニコーン、シルキーの三つの幻想生物を配置した紋章(もの)だった。

 

(正気か……!?)

 

 イングランド、スコットランド、ウェールズ、北部アイルランドの四つの領土と、『王室派』、『騎士派』、『清教派』の三派閥。その完全な調和こそが、傭兵の戦う理由であった。

 

「ようやく理解したであるか」

「……お前は、第三王女だけでなく、第一王女も、この状況を引き起こした第二王女ですら救おうと言うのか」

「無論」

 

 困惑の隙をついて、ウィリアムが騎士団長(ナイトリーダー)の手からアスカロンを引き抜き、距離を取る。

 

「そして一つ謝っておくのである。私はまだ、貴様と違って手の内を全て明かしてなどいない」

 

 ウィリアムが手に持ったアスカロンを回転させる。騎士団長(ナイトリーダー)の目に映ったのは、今までの戦いで見慣れた盾の紋章(エスカッシャン)のついていない大剣のもう一つの側面と、今まで意識すらしていなかったその側面の根本に刻まれた()()()の姿。

 その太極図に手を当て、ウィリアムは決意の籠った声で宣言した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 瞬間、聖ジョージは戦場から消えた。

 後には悪竜のみが残った。

 

   19

 

 ――霊装アスカロン。それは『聖ジョージが悪竜を倒す為に使った武器』としてでは無く、『全長五〇フィートの悪竜が実在すると仮定して、それを殺せる武器』としてデザインされ、作成された霊装である。

 ならば、こうは考えられないだろうか?

 アスカロンという霊装は、その能力を発揮する為に、仮想敵である『全長五〇フィートの悪竜』という概念を併せ持つ霊装である、と。

 例えるなら男性の無意識の中に存在する女性的な一面(アニマ)女性の無意識の中に存在する男性的な一面(アニムス)、そして太極図の点である陽の中の陰と陰の中の陽の様に、アスカロンもまた『全長五〇フィートの悪竜を殺す武器』の中に『全長五〇フィートの悪竜』を内包する。

 

 ()()()()()()()

 

 白は黒に、黒は白に、大剣はその色彩を変えた。剣身に刻まれた『Ascalon』の文字は『Dragon』へと変貌し、纏う光は明るさを捨て、暗さを帯びた。

 変化は大剣に留まらなかった。その持ち手であるウィリアムの体、その各所に刻まれた傷が瞬時に塞がった。それはまるで巨大な生命体による再生力の高さを借り受けるかの如く。

 

「ッ!!『移動速度』!!」

 

 個性を使い、高速でウィリアムの背後を取る騎士団長(ナイトリーダー)。その彼を、ウィリアムが正面から迎える。

 

「『武具重量』!!」

 

 驚愕を飲み込み、放たれた大質量による一撃。それを、悪竜の(こぶし)が粉砕する。

 

「『切断威力』!!」

 

 ドバッ!!という轟音と共に飛び散った血の泡を捨て置き、残った血の泡の剣による破滅的な一撃を振り下ろす。それを、悪竜の鱗(ごうわん)が弾く。

 

「ッ!?『耐久硬度』ッ!!」

 

 剣を構えたウィリアムの姿を見て体を硬化する騎士団長(ナイトリーダー)。そんな騎士の抵抗をあざ笑うかの様に、悪竜の尻尾(たいけん)が彼の胴体に赤い線を引く。

 

「ぐぅッ!?ゼロにする――!!」

 

 自身に迫るウィリアムの膝の攻撃力を術式で削ぐ。が、騎士団長(ナイトリーダー)の体に突き刺さった膝は、何ら威力を軽減されること無く彼の体に衝撃を与え、吹き飛ばす。

 

「なっ……ぜ……っ!?」

「悪竜とは、()()()()()()()なのだ。爪や尻尾、鱗や脂肪、骨格や牙、それら個を指す言葉ではない。私の全てをゼロにせねば、我が力を削ぐこと叶わぬのである」

出鱈目(でたらめ)をッ……!!」

 

「――そんな出鱈目(ドラゴン)だからこそ、ソレを討ち取った者を『英雄』と(たた)えるのである」

「化け物が……!!」

 

 苦し紛れに放った『射程距離』の一撃は、やはり悪竜の骨格(からだ)に傷一つつけられなかった。

 

「決着である」

 

 ドーバーの時の様な不意打ちは必要なかった。

 騎士は悪竜によって倒された。

 

   20

 

 現代版桃太郎・上条当麻はフォークストーンに到着した。川で洗濯をしていたお婆さんの代わりに上条とフロリスを救けたのは第三王女ヴィリアンであった。

 桃太郎二人にお婆さん一人という歪なパーティーでフォークストーン(おにがしま)を目指していた上条であったが、二人の身柄は道中合流した天草式のメンバーに預けた。

 ビシャビシャと、川の水に濡れた服で地面に染みを作りながら、上条はフォークストーンの山林の中を歩く。

 

 

(町の方じゃ巨大な猪型ロボットが暴れてるって話だけど、まさかここにも出てこないよな……?)

 

 その時、ビクビクと震えながら山林を進む上条の耳が花火の音を聴いた。

 

(いや、違う。これは衝撃音だ!!誰かが戦っている……!!)

 

 咄嗟に手近な巨木の幹に隠れて音の方の様子を伺う上条。しかしただの高校生には夜の闇は余りにも深く、その瞳が何かをとらえる事は無かった。

 数秒か、はたまた数分か。時間の感覚の麻痺する程に連続して鳴り響いていた衝撃音がピタリと止んだ。

 ゆっくりと歩を進める上条。音の方向に向かうにつれて、徐々に風景が変わっていく。平らだった地面は抉れ、雄大な木々には傷が出来、空に向かって伸びていた木の枝はその数を減らす。

 その騒動の中心には、一人立ち尽くす男と地面に散らばる数多の銀の鎧、そして一つの壊れた馬車の姿があった。恐らくは馬車の護衛だったであろう騎士を一網打尽にした男の名を、上条は知っていた。

 

「アックア……どうしてここに!?」

 

 ローマ正教の再暗部『神の右席』の一人、後方のアックア。かつて学園都市にて上条の体を紙屑の様に吹き飛ばし、その命の灯火を消しかけた恐るべき聖人。

 

「今の私の目的は貴様の右手ではなく、この騒乱を終わらせることである」

 

 アックアが目線を馬車に向ける。それにつられて上条も壊れた馬車を注視する。よく見ると馬車のドアは外れかかっていて、中の様子が伺える様になっていた。数多の騎士によって厳重に守られていた馬車が運んでいたものの正体を上条が告げる。

 

「インデックス!!」

「回収なら手早く済ませろ。でなければ、巻き込まれるぞ」

「……?巻き込まれるって、何に……」

 

「それは当然、このカーテナ=オリジナルの試運転にだし」

 

 上条とアックアの後ろの木々から、一人の女性が戦場に現れた。それは赤を基調としたドレスを身に纏い、右手に切っ先の無い剣を握った、このクーデターの首謀者であった。

 

「第二王女、キャーリサ……」

 

 上条の額を汗が伝う。

 目の前に居るのはただの国の象徴としての王女ではない。『新たなる光』を使ってカーテナ=オリジナルを発掘し、それを自身の手元まで運ばせ、口封じの為にカーテナを運んだ一人の少女を殺そうとし、そして騎士派を始めとした同志によりクーデターを発生させた、バリバリの行動派の王女である。いくら警戒したとて、警戒し過ぎるという事は無い。

 

「面倒なことをしてくれたし。騎士団長(ナイトリーダー)がいないと、こーして私が直々に雑魚の駆除をしなければならないのに」

「その面倒事も、今終わる」

「抜かせ。この私の手に何があるか、もー忘れたの」

 

 第二王女キャーリサが切っ先の無い剣を、その頭上に掲げる。

 

「もともとカーテナは、この惑星から英国の領土を切り離し、その内部を管理制御するための儀礼剣。その特性を『軍事』たる私が振るーと――こーなる」

 

 アックアが近くの大木を拳で殴り、その衝撃波で上条を吹き飛ばし、横に退避する。

 その少し後。先ほどまで二人がいた空間が、()()()()()()()()()

 カーテナの軌道上およそ二〇メートルに渡って、白いオーロラの様なものが展開されていた。そして一瞬の後、そのオーロラの様なものが質量を持った物体として、地面に落下する。

 

「知ってるか。三次元物質を切断するとその断面は二次元になる。二次元物質を切断するとその断面は一次元になる」

「同じよーに、三次元より高次の物質または空間を切断した場合、その断面は三次元という形で出力される。結果として、このよーな残骸物質が表出する訳だけど……その辺りは、学園都市に住んでるお前のほーが詳そーだけど」

 

 或いは、上条がもう少し授業の内容を覚えていたならば、その残骸物質の説明から三次元に現れた六次元物質の断面である『準結晶』という単語を連想したかもしれない。

 

()()()()()()()。これがカーテナの力であり、イギリスを変える力」

(クソッ、状況が悪すぎる……!!ここは一旦インデックスを連れて避難するしかない!!)

 

 かつて上条は、その切っ先を向けただけで距離や防御を問わず聖人を殺すという噂の霊装を追ったことがある。結局噂の霊装の効果は出鱈目で、そんな理不尽な霊装など実在はしなかったのだが。

 カーテナの全次元切断術式。あれは聖人に限らずあらゆる人間を殺すトンデモ術式だ。あれに対抗するにはインデックスの力も借りたいし、正直なところもっと戦力が必要だ。とてもじゃないが、今この場でどうにか出来るレベルをとっくに超えている。

 

「おー怖い」

 

 そんな上条の視線を、第二王女は飄々と受け流し、

 

「そんなに睨まれては、咄嗟に手が出てしまうぞ。例えば、このよーに」

 

 カーテナを地面に突き刺した。

 

 ドッ!!という衝撃波が第二王女を中心に吹き荒れた。

 

「うぉおおおおおおおおおお!!」

 

 咄嗟に突き出した右手は、しかしその衝撃波を完全に消すことは出来なかった。

 上条の足が地面を離れ、宙を舞う。存分に宙を舞った後、重力に惹かれる彼の目に飛び込んできたものは、変わり果てた地表の姿だった。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消せぬ、純粋な落下死へのカウントダウンが、上条に牙を()く。

 

   21

 

「……逃げられたか。やはり今一度バッキンガム宮殿でカーテナ=オリジナルの調整を行った方が良さそーだし」

 

   22

 

「で。結局インデックス共々アックアに助けて貰って、ヴィリアン第三王女とイギリス清教の力を借りてカーテナ=オリジナルの暴走を誘発、その力を削いだと。お前も中々大変だな、上条」

 

 ビュッフェ形式の料理を取り皿に載せながら、合流した西崎が上条の報告を聞いて、彼に同情する。

 

「所でイギリス中で騎士派の暴動を抑えている猪型霊装は我が『明け色の陽射し』の用意したものなんだが、何か私に言うことがあるんじゃないか?ん?例えば感謝の言葉とか」

 

 同じく合流したバードウェイが上条からお褒めの言葉を貰おうとする。

 

 一〇月一八日、午前二時三〇分。イギリスのクーデターを治める為の決戦に赴く為の最後の晩餐がロンドン近郊の平原で行われていた。

 イギリス清教の『必要悪の教会(ネセサリウス)』、天草式十字凄教、元アニェーゼ部隊などが和気藹々と食事を楽しみ、英気を養っていた。

 

「にしても西崎達もイギリスまで来てたんだな。いや、バードウェイ達は元々イギリス住みだっけ?」

「そうですね、私達は普段はランベス区に住んでます。もう一〇月ですから、そろそろボスがコタツヤドカリになる時期でゲブゥ!?」

「マーク、どうやらお前の口は綿よりも軽いらしい。そら、自慢の口が空に飛びたがっているぞ」

 

 やいのやいのと騒ぎ出した明け色の陽射しの二人を置いて、西崎が上条に話しかける。

 

「不安か?」

「……まぁ、少しは」

「バードウェイは殲滅能力には長けているし、聖人である神裂も復帰した。お前から聞いた話だとアックアもこちら側みたいじゃないか。動向の分からない第一王女と騎士派の拘束を抜け出したという英国女王(クイーンレグナント)最大主教(アークビショップ)も何か策を用意してるだろう。どうだ、少しは安心したか?というより飯を食え飯を。折角イギリスに来たんだから本場の料理の一つや二つぐらいは味わっておくものだぞ」

「そっか。ちょっとは気が楽になったよ。サンキュ、西崎」

「おう」

 

 僅か三〇分の最後の晩餐。長いようで短いような(いこ)いのひと時。交流を深める彼ら・彼女らの笑顔を眺めながら、上条当麻は右の拳を緩やかに握った。

 

   23

 

 午前三時。バッキンガム宮殿に向けて進む二〇台以上の大型トラックの一つに上条当麻は乗っていた。

 先程までロンドンに居た騎士達と猪はその姿を消し、幽霊街の様になった町を二〇のライトが高速で駆け抜ける。

 恐らくキャーリサにはもうこの進軍は見つかっているだろう。もしかしたら、彼女は今、何かしらの方法で上条達のバッキンガム宮殿入りを防ぐ準備をしているのかもしれない。ただ、今回は黙ってそれを見過ごす様な真似をさせる様な面子(めんつ)では無かった。

 

 ゴッ!!という音と共に、夜空を純白の極光が貫いた。

 大西洋からバッキンガム宮殿へ向けて、海上に浮かぶ『清教派』の空中要塞『カブン=コンパス』からの魔力砲撃による一撃である。

 砲撃は一度では終わらなかった。衝撃と閃光は何度も夜の空を照らし、第二王女キャーリサの迎撃の手を邪魔せんとバッキンガム宮殿へ向けて放たれる。

 迎撃は『カブン=コンパス』による砲撃だけでは無かった。

 夜の闇を裂くように、幾百もの線が空に引かれる。一見すると飛行機雲の様にも見えるそれは、ドーバーの海中を潜水中の『セルキー=アクアリウム』からの砲撃である。

 上条の様な高校生からすれば過剰な程に見える支援砲撃の数々であったが、直後に彼はその考えを改めさせられた。

 

 何故なら、半径五〇メートル、内角九〇度の、扇やチーズの様な形をした大型の残骸物質が、今まさに上条達を圧し潰さんとバッキンガム宮殿から空を裂いて飛んできたからだ。

 

 大きさだけでもフォークストーンで見た残骸物質の二倍以上。直撃すれば一〇トン級トラックであろうとまず間違いなく破壊する一撃。それを、

 

 キュガッ!!という爆音と共に、凄まじいほどの爆発で吹き飛ばす。

 

 『明け色の陽射し』のボス、レイヴィニア=バードウェイによる『召喚爆撃』と呼ばれる一撃。西崎隆二の手によって、本来省いている聖堂の建設という手間を内包され威力の底上げをされた一撃が、続けて飛来する幾つもの巨大な残骸物質を押しのける。

 

「芸の無いことだ。これでは『大アルカナ』を使うまでもないな」

「あくまで聖堂の建設と『召喚爆撃』の動作の補助をされてのこの威力という事を忘れるなよ、バードウェイ」

 

 そんな会話を挟む余裕もありつつ、バッキンガム宮殿まで残り二〇〇〇メートルまで迫った所だった。

 次にやって来たのは直径二〇メートル程の球体の残骸物質であった。

 

「成る程、道の方を潰しにきたか」

 

 ゴンゴンと音をたてながらバウンドする球体がトラックの走る通路をその重さで荒らしていく。

 

(仕方ない。トラックでの移動を優先するか)

 

 その球体が、ドッパアアン!!という衝撃音と共に破裂し、残骸物質の欠片が自分の荒らした通路に変換されていく。綺麗に舗装され直した道を二〇台のトラックが進んでいく。

 

「待て、今のは何だ。お前の能力は衝撃を操るもので、地面やビルの修復をするものでは無かった筈だが」

「本当にそれだけならお前の魔術の補佐なんてしてないという事だ」

「何?私の魔術の補佐はお前が例外的に扱える魔術によるもので、さっきの衝撃は超能力によるものだろう。何故超能力の話題で魔術の話になる」

「しまったな。余計な事を言ったか……」

 

 空から来る残骸物質はバードウェイの『召喚爆撃』で、道を荒らす残骸物質は西崎の変換(しょうげき)で対応する。

 そうして上条達は辿り着いた。今なお続く『清教派』からの弾幕によって半壊したバッキンガム宮殿――その庭園に立つ第二王女キャーリサの元へ。

 

   24

 

「おや?いくらか分断したとは思ったんだけど、全員でお出ましとはね」

 

 二〇台のトラックから出てくる上条達の姿を見たキャーリサが意外そうに呟く。

 

「まぁでも。それはそれで準備が無駄に終わらなくて良かったし」

「準備……?」

 

 キャーリサの言葉と同時に、バッキンガム宮殿を闇が覆った。いや違う、正確にはそれは闇ではない。それは余りに大きな構造物が地上に落とした影であった。

 

「こ、攻城戦用移動要塞・グリフォン=スカイ……!!」

「こ、攻城だって!?」

 

 その正体をヴィリアンが口にする。

 実に八〇メートルに及ぶ無人の要塞。人に対して向けるには余りにも過剰なその力を目の当たりにした上条が目を開く。

 

「カーテナだけでも手一杯だってのに、こんなのも相手しなきゃいけないのか!?」

「考えが甘かったな、小僧。ついでにもう一つ驚いてくれると嬉しーのだけれど」

「――――」

 

 キャーリサの言葉の意味を理解し、今度こそ上条は言葉を失った。

 地を埋め尽くさんとする影は一つでは無かった。本来は城塞を攻撃するための過剰戦力は、二〇の数を伴っていた。

 唖然とする上条。その横で、何故か苦虫を嚙み潰したような顔をする西崎をキャーリサが煽る。

 

「どーした、そこの小僧。戦場に来て今更怖気づいたか?」

「いや、何だ。全くその気は無かったんだが……」

 

 極めて申し訳ないといった表情で西崎が言葉を選ぶ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ベキャアッ!!!!という音がバッキンガム宮殿中に鳴り響いた。

 二〇機の無人攻城戦用移動要塞が、圧力に変換された浮力によって圧し潰れ、無惨にも地上に落ちていく音である。

 

「――。まぁ良いし。どちらにせよこちらの最高戦力はこの私。移動要塞を落としたところで、大した痛手にはならないの」

 

 僅かに顔を顰めながら、キャーリサは状況を飲み込む。

 

「けど解せないの。何故貴様はそちら側に居るし」

 

 カーテナ=オリジナルを西崎に突き付けながらキャーリサが問う。彼女は西崎の声がバッキンガム宮殿で聞いた電話の声であることに気付き、彼がカーテナ=オリジナルの噂をイギリスに流した張本人だと見抜いていた。

 

「何故って、それはお前が一番よく知っているだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――」

 

 キャーリサの表情が僅かに強張る。しかし彼女は直ぐにその表情を直し、冷徹な表情で対峙する面々を見渡した。そして、

 

「さ、掛かってくるが良いし。それとも、ずっとそこで手をこまねいているつもりか、愚鈍ども?」

 

 決戦の火蓋(ひぶた)が、切って落とされた。

 

   25

 

 状況は上条達が優勢だった。

 キャーリサの振るうカーテナ=オリジナル。それによって出現する残骸物質を、神裂の切り払いやバードウェイの召喚爆撃、西崎の衝撃によって対処し、その隙に天草式やアニェーゼ部隊などの面々がキャーリサに対して攻撃を仕掛ける。或いは、神裂やバードウェイがキャーリサに攻撃を仕掛けることもあった。

 

(とはいえ油断は出来ません。せめて騎士団長(ナイトリーダー)と対峙した時に掴んだ技の感覚を覚えていれば良かったのですが……!!)

 

 七閃と唯閃によって残骸物質とキャーリサを相手取る神裂は、風船の様に手元から抜けていった技の感覚に歯噛みする。

 

(何だ。何故奴はここで残骸物質を弾き飛ばさない。一体何を考えている?)

 

 西崎の手で補助された、完成された召喚爆撃によって残骸物質を弾き飛ばしながらバードウェイは思慮する。

 

(流石に変換を応用するのは悪手だったか?だがまぁ、こちらの方がスムーズに物事が進むしなぁ……)

 

 一方、西崎は面倒事を嫌う性格から変換の応用を使って二〇台のトラックを全台無事にバッキンガム宮殿に到着させたことと、二〇機の移動要塞を即座に墜落させたことを少し後悔していた。

 西崎にとってカーテナ=オリジナルは脅威足りえない。それ故の緊張感の無さなのであるが、それをおくびにも出さずに苦戦している様子を演出する。

 何故なら、西崎にとってカーテナ=オリジナルの全次元切断術式は既知の術式であり、その術式の内容から対抗術式の生成方法まで全て視えているからである。なので本当はカーテナ=オリジナルの攻撃を避ける必要すら無いのである。

 そうこう思考を巡らせている間にも戦況は変化する。

 キャーリサはカーテナ=オリジナルを無暗に振るうのでは無く地面に突き刺し、蓮の花の様に同心円状に鋭い残骸物質を展開する。巻き込まれた近接部隊は後退を余儀なくされ、その隙をついてキャーリサが超人的な速度で以てとびかかる。

 狙いはカーテナ=オリジナルを破壊出来る右手を持った上条当麻――では無く、

 

「ッ!!」

 

 息つく暇もなく、キャーリサが妹であるヴィリアンを押し倒し、その喉元にカーテナ=オリジナルの切っ先を突き付ける。

 

「ろくに魔術も扱えないお前が、どーしてこんな所にいるの。正義感にでも駆られたか、それとも皆に置いてけぼりにされるのが嫌だったの?それならお前の『人徳』も大したことないし」

 

 キャーリサの目がヴィリアンの持つボウガンに向けられる。そのボウガンには多少魔術的な細工が仕掛けられていたが、キャーリサからすればそれは子供の児戯にも等しい工夫に過ぎない。そんな物を持ったとしても、この戦場では結局何も成せない。何も変えられない。

 

「……これが、そうなのですね。皆はいつも、この様な恐怖と相対してなお、立ち上がる事を選んだのですね」

「何を血迷ったことを――」

「ならば私も!!今一度この恐怖に立ち向かいましょう!!一国の姫として、皆の平和を取り戻すために!!」

「!?」

 

 バシュンッ!!という音と共に、ヴィリアンの構えたボウガンから、魔術的に特殊な細工を施された矢が放たれる。キャーリサはその細工を警戒し、咄嗟に首を振り、顔面向かって放たれた矢を避ける。

 

「残念だったな。頼みの綱ももう切れた――」

 

 キュガッ!!と。キャーリサの嘲笑を裂いて、その頭上で閃光が爆ぜた。

 カブン=コンパスによる大規模先行術式。その閃光がヴィリアンの放った矢に触れ、明確な変化を引き起こす。

 

(狙いは私ではない……!?)

 

 大質量の閃光が、一転大質量の水流に生まれ変わる。蛇の様にのたうちながら地上を蹂躙する。

 

「ええい、余計な小細工をッ!!」

 

 さしものキャーリサもこれには面食らい、迫りくる水の大蛇を避ける事に専念する。

 その間にもヴィリアンは次の矢をボウガンにつがえる。

 

「ッ!!させるかッ!!」

 

 次弾を撃とうとボウガンを構えるヴィリアンに向かって、その超人的な肉体能力で豪雨を避けながら近づくキャーリサ。

 

「終わりだ――!!」

「いいえ、私の『人徳』はここからが本領です、姉君」

 

 カーテナ=オリジナルを構えたキャーリサの目の前に現れたのは天草式のメンバーだった。先程よりも、実に八倍余りに速度を増した彼らがキャーリサを翻弄する。慌ててカーテナ=オリジナルを振るい残骸物質を大量に作るが、それでも彼らの攻撃の手は休まらない。

 

(まさか、先程の水は攻撃ではなく、身体強化の術式!!)

 

 最早聖人でなければ戦えない時間は過ぎ去った。天草式もアニェーゼ部隊も聖人と同様の身体能力を手に入れた今、単なる個であるキャーリサの優位性がガクッと下がる。

 焦るキャーリサを尻目に、ヴィリアンが第二の矢を天に放つ。

 

(来るか……!!)

 

 清教派の近接部隊に翻弄されながらもキャーリサが次なる豪雨に身構える。しかし、

 

軌道を歪曲(BAO)下方向へ変更(CD)

 

 その彼女の警戒をすり抜けて、今度は閃光そのものが急激に角度を変えて襲い掛かる。

 

(矢では、無い……!?)

 

 カブン=コンパスによる純白の閃光は、カーテナ=オリジナルの死角を搔い潜り、見事にキャーリサに突き刺さった。

 

 

   26

 

「――流石に、今のは効いたし」

「ドーバー海峡で哨戒(しょうかい)中の駆逐艦(くちくかん)ウィンブルドンに告ぐ。バンカークラスター弾頭を搭載した巡航ミサイルをバッキンガム宮殿に向けて即時発射せよ」

「空中に防護結界を張って迎撃します!!」

「そいつは良いけど――無防備だし」

「おっと。そう簡単に動けると思うなよ、王女様?先ほどまで我々に翻弄されていた事をもう忘れたか?」

「来るぞ、全員備えろ!!」

 

   27

 

 果たして、神裂の張った防護結界はその効果を発揮した。降り注ぐ破壊の雨、その悉くを防ぎきり、庇護下に居た清教派の人々を守り抜いた。

 

「駆逐艦ウィンブルドンに告ぐ。バンカークラスター、続けて発射せよ」

「なっ!?」

 

 が、しかし。そんな彼女の努力を嘲笑うかの様に、キャーリサは無慈悲にも二回目の破壊の嵐を呼び寄せる。

 

「さぁ、どーする?さっきの様に私を足止めしても良いけれど、それではバンカークラスターは尽きることなくやってくることになるぞ?」

 

 大手を広げ、上条達を挑発するキャーリサ。彼女を倒そうと戦力を割けばバンカークラスターによって上条達は倒れ、バンカークラスターに対する防御に徹すればキャーリサを倒せない。そんな板挟みの状況に歯噛みする上条達の中で、西崎が懐に忍ばせていた通信用霊装に向かって小さく呟く。

 

「……だ、そうだ。行けるな?」

『誰に物申しているのである』

 

 防護結界を張ろうとする神裂を尻目に、二発目のバンカークラスター弾頭が視界に映る。結界は間に合わない。このままでは二〇〇に分かれた破壊の雨によって、上条達はバッキンガム宮殿の庭園ごと消し飛ぶ。

 

「ゼロにする――!!」

 

 その破壊が、一人の騎士の力によって無に帰した。ミサイルは破壊を撒き散らすことなく、不発弾としてバッキンガム宮殿の敷地外へと落ちた。そしてその現象を捲き起こした騎士は、屹然(きつぜん)とした態度でキャーリサを見つめていた。

 

騎士団長(ナイトリーダー)……!!」

 

 ヴィリアンの声に、騎士団長(ナイトリーダー)は振り向かない。

 

「このクーデターが終わった後であれば、罰には応じます。ですがせめて今だけは、共に同じ戦場に立つことをお許し下さい、ヴィリアン様」

 

 彼はヴィリアンに対して謝罪すると、一振りのロングソードを握りしめた。フルンティングも、剣の個性も使えない。されどいつも彼と共にあった、その剣を。

 

「いいえ、謝罪は結構です。それよりも今は、各々の為すべきことを為しましょう。貴方も、その為に馳せ参じたのでしょう、騎士団長(ナイトリーダー)

「――。強くなられましたね」

「えぇ。ここにいる皆さんと、どこぞの大馬鹿者のおかげで」

 

 キャーリサは、そんなやりとりをする騎士団長(ナイトリーダー)を見て、顔を顰める。

 

「成る程。姉上の『頭脳』がここまで厄介とは、思ってもみなかったし。なら、私も出し惜しみなどしないの」

 

 そして無線機を口に寄せた。

 

「バンカークラスター弾頭を搭載した巡航ミサイルを準備せよ。ドーバーのウィンブルドンから二四発、キングヘンリー7から二六発、シャーウッドから二〇発、ヘイスティングズから一五発、シェイクスピアから一五発。照準はバッキンガム宮殿、発射は私の合図を起点とせよ」

「さて、貴様のソーロルムの術式は対象の武器を視認する必要があった筈だが――これから来るミサイルの内、幾つかを私が幻術で隠したらどーなるのかな?」

「なっ、正気ですか!?」

「正気だとも。だからこそイギリスを変える為立ち上がった訳だし」

「例えその果てに、ご自身が孤独に(さいな)まれてもですか!!」

「それが、イギリスの為に必要なら」

 

 騎士団長(ナイトリーダー)との問答を打ち切って、キャーリサが無線機に向かって指示を飛ばす。

 

「該当する五隻の駆逐艦に告ぐ。巡航ミサイルを発射せ――」

「残念だが、貴殿の願いは届かないのである」

 

 ドッパァアアン!!と。彼女の言葉を遮って、巨大な鉄塊が降り注ぐ。

 

「アンテナ……?」

「左様。これで英軍への無謀な指示は出せまい」

 

 鉄塊の正体を当てた上条の傍に、ウィリアムが降り立つ。

 

「科学については見聞きする程度で、付近の軍用アンテナを片っ端から探し出して破壊したので少々時間は掛かりましたが……只今戻りました」

「いいえ、よく来てくれました……っ!!ウィリアム……!!」

 

 ヴィリアンはそんな彼の帰還を歓迎し、騎士団長(ナイトリーダー)はそのやりとりを呆れた顔で眺めていた。

 

惚気(のろ)るのはいいがな、ウィリアム」

「分かっているのである。第二王女を止める為、一〇年振りの共闘と行こう、友よ」

「抜かせ。共闘などと言わず、私の後を追わせてやるさ、友よ」

 

 反転したアスカロンとロングソードを手に、二人の騎士が並び立つ。

 

「余計な真似を……!!」

 

 今なお使命に燃える、一人の姫を孤独から救うために。

 

   28

 

 悪竜の力を振るい暴を撒き散らすウィリアム、騎士の長としての経験と力を示す騎士団長(ナイトリーダー)、ワイヤーと刀による射程距離を活かした戦闘をする聖人の神裂、身体強化術式によって並みの聖人と同程度にまで強化された清教派、召喚爆撃による爆風で場を翻弄するバードウェイ、衝撃によって残骸物質の対応をする西崎。これだけの面々がいても、キャーリサを撃破するには至らない。

 ――幻想殺し(イマジンブレイカー)によるカーテナ=オリジナルの破壊。それが為されない限り、どこまでも戦闘は長引く。

 あと一手、何か後押しが無ければ状況は変わらない。あと一手。あと一手何かなければ――

 

「ならば、その一手は私が埋めてやる」

 

 (ひるがえ)されたるは連合の意義(ユニオンジャック)

 

「命じる」

 

 言葉紡ぐは英国女王(クイーンレグナント)。そして――

 

「カーテナに宿り、四文化から構築される『全英大陸』より集められたる莫大な力よ!!その全てを解放し、今一度イギリス国民全員へ平等に再分配せよ!!」

 

 ――(もたら)されるは変革。

 

   29

 

 例えば、それは一人の少年。騎士派によって、特定の施設に閉じ込められた力無き者。

 例えば、それは一人の青年。騎士派に協力し、一般人を特定の施設に幽閉した戦意無き者。

 例えば、それは一人の少女。騎士派を恐れ、家の中で震える決意無き者。

 例えば、それは一人の女性。騎士派に抗い、主君を守る為に尽力した意志弱き者。

 例えば、例えば、例えば――

 

「何をしたの、母上……!!」

「見ての通り、変革だよ」

 

 キャーリサの刺すような視線をものともせず、エリザードが宣言する。

 

「見よ、我が娘よ。この民衆を!!」

 

 (うた)う様に、誇る様に。民衆に言って聞かせるようにエリザードが声量を上げる。

 

「その瞳に映る勇気を!!誰かの手を取る優しさを!!苦境を押しのけ立たんとする果敢さを!!お前には、彼らがただ守られるだけの弱き存在に見えるか!?」

 

 胸いっぱいに息を吸い込み。

 

「笑わせるな!!」

 

「我々はカーテナの加護が無くては生きてゆけぬ様な存在では無い!!暴力の傘の下で安寧を享受する様な存在でも無い!!」

「キャーリサ、愚かな我が娘よ……」

 

イギリス(われわれ)を見くびるな!!この国(われわれ)は、お前の孤独と贖罪なんてもの、心底望んで無いんだよ!!」

 

 民衆が沸いた。咆哮(ほうこう)が大気を震わせた。

 それだけで、天秤は大きく傾いた。

 

   30

 

「ところでボス。私の見間違いじゃ無ければ、もしかしてあそこにおられるのはパトリシア嬢じゃないですか?」

「なっ、あの馬鹿!?マーク、あいつを保護しに行け!!今すぐに!!」

 

 

   31

 

 九〇〇〇万対一の舞踏会は、カーテナ=オリジナルというガラスの靴の破壊を以て終了した。

 キャーリサを着飾っていた魔法は解け、カボチャの馬車が彼女を墓所に連れていく機会は永遠に失われた。

 

   32

 

「いやぁ、愉快だな。まさかお前がそんな血と泥にまみれる姿が見られるとは。これはローマ正教経由でフランス政府をせっつかせた甲斐があったというものだ」

 

 ロンドンのとある路上にて、二つの赤の遭遇があった。

 

「誰だ」

「右方のフィアンマ。まさかバチカンでの惨事を知らんとは言わんよな?」

 

 一人は第二王女キャーリサ。度重なる戦の果てに、血と泥にまみれた緋色の女。

 一人は右方のフィアンマ。肉体労働など知らんとばかりの新品同様のスーツを着こなした。(あか)い男。

 

「ま、今回は挨拶の為に来たのでは無く、()()の回収に来たんだが」

「それは……!?」

「実際に見たのは初めてか?」

 

 フィアンマが取り出したのは金属製の錠前だった。ただし、そこに刻まれているのは数字ではなくアルファベットであった。

 

「くそ!!」

 

 それを見た瞬間、キャーリサが折れたカーテナ=オリジナルを構えてフィアンマ目掛けて突撃する。

 

「いいのか。死ぬぞ?」

 

 ゴバッ!!と。

 フィアンマから凄まじい衝撃が放たれる。一歩も動かずに放たれた致死の一撃は、的確にキャーリサの命を刈り取ろうと彼女に迫り、

 

 ゴッキィィイイイ!!と。

 彼女の前に差し出された右手によって、その幻想(みらい)を殺される。

 

「キャーリサ、大丈夫か!!」

「私の事は良い!!奴に――右方のフィアンマにあの霊装を使わせるな!!」

 

 キャーリサの危機に駆け付けた上条が、彼女の言葉を聞いてフィアンマと対峙する。

 

(何だ、アレは……?)

 

 そして、彼の右肩から生えている、翼の様な、巨大な腕のような奇怪な何かを見て(いぶか)しむ。

 

「おいおい、見とれるのは良いがな――揃ったぞ」

 

 フィアンマの手の中にあった錠前のダイヤルが回り、何かに合致しピタリと止まる。直後に起きた出来事は、上条の理解を超えていた。

 

 ドバッ!!と、アスファルトを突き破って、何か白いものが地面から隆起する。

 

 それは一人の少女だった。今は無き法王級(ぜったい)の護りを象徴する白い修道福に身を包んだ、銀髪碧眼の少女であった。

 

「イン、デックス……?」

「そう。そしてコイツは禁書目録に備え付けられた『自動書記(ヨハネのペン)』の外部制御霊装。コイツを使えば、一〇万三〇〇〇冊の魔導書の知識を使って俺様の力を調整できるって訳だ」

 

 自身の右肩から生える第三の腕が空中分解していく様子を見ながら、フィアンマが上条の問いに答える。

 

「本当はここでお前の右手も頂きたかったのだが……色々と不安要素もある状態でそれをするべきではないな。今日はこれで引くとするさ」

 

 消えかかった第三の腕から莫大な閃光が(はし)る。

 上条がその閃光を打ち消した後、そこにフィアンマとインデックスの姿は無かった。

 

   33

 

『御機嫌よう、ワシリーサさん。その後、体調はいかがですか?協力者として送り込んだフレンダさんとは上手くやっていますか?』

「元気も元気よー。何たってそちらのフレンダさんが敵だった人間をどんどん味方につけていくんだものお。これ、私の出番いるのって位にはねー」

『それは良かったです。でしたら二つ程、追加でお願いを頼んでもいいかしら』

「何を言ってるのかしらあ。貴女の提案を断る訳ないじゃないのー。過去にロシア成教の妨げとして貴女を排除しに行った精鋭が、出発してから二秒後に、一〇年道に迷った状態で帰ってきた話、中々有名なんだから」

『あら、そうなのね。それで、お願いの事だけれども、ワシリーサさんとサーシャさんにそれぞれお願いしたいんです。あ、フレンダさんをどちらに同行させるかはお任せするわね』

「それで、私とサーシャちゃんは何をすればいいのかしらー」

『ワシリーサさんには人捜しを、サーシャさんにはとある場所に向かってほしいんです』

 

『前者は『ロシア成教総大主教』を、後者は『エリザーナ独立国同盟』に』

 

『目的としては、そうですね……”より良い未来のため”なんていうのはどうですか?使い古された、陳腐な文言ですけどね』

 




完全なるオシリス殺し……隠世への移住を拒否した魔神を葬る手段の一つ。対象を世界から切り離し、あらゆる要素を孤立させることで、神を人にする一振り。通称垢BAN剣。世界との繋がりを絶たれるという事は、地球を流れる力を利用した魔術の使用不可、地球に由来する神話を利用した魔術の使用不可などを引き起こすということ。ここまでは神裂火織も出力出来る。この技の性能が十全に発揮された場合、上記の効果に加え、対象の『存在』を原子レベルで分断し、ただの大量の『要素』へと裂き変える。その様子からオシリス殺しを銘打っているが、実際のオシリス殺しとは無関係の斬撃。
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月見ヤチヨの酒寄彩葉ストーキング年代記(作者:雑Karma)(原作:超かぐや姫!)

インターネットによって人は多くの人と繋がる力を手に入れたことで、かぐやは初めて魂だけの自分が世界に直接的に干渉する術を手に入れた事を知りました。▼そして6歳の彩葉が流す永訣の涙を目にしたとき、かぐやは己の全てを使って彩葉を笑顔にすることを決めたのです。政府との癒着、企業との密約、CIAとの共謀、技術介入、世論誘導、etc… 手が届く限りの手段を用いて、かぐや…


総合評価:3955/評価:9.32/連載:28話/更新日時:2026年05月19日(火) 07:10 小説情報

なんか、色が薄いピカチュウを見つけたんだけど(作者:ぽこちー)(原作:ポケットモンスター)

▼これは、僕とうすチュウの長くて短い1年の物語———▼


総合評価:3239/評価:9.09/連載:14話/更新日時:2026年04月01日(水) 08:12 小説情報


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