コーヒーミルを使って豆を挽く。
ゴリゴリと音を立てて黒色のコーヒー豆は小さな粉へと変わる。
そんなことを初めて約20分。
手軽にコーヒーを作るマシンもあるみたいだけれど、本当に自分が飲みたいコーヒーを飲むためにはこれから始めなければ行けない。
豆を厳選し、自分の手で挽く。
ペーパーフィルターを用意して挽いた豆、いやもう粉か…。粉をペーパーフィルターへと移し替える。なるべく均等な量で。
次はお湯だ。
綺麗に配置できた粉にお湯を流し込む。一気にドバッ!と入れるのでなく、どちらかと言うとゆっくり。そっとお湯を流す。
粉がふっくらと水分を含んで膨張したら一旦お湯を入れるのを辞める。
そしたら次にお湯を入れる時は円を描くように流し込む。
円を大体十回くらい描く。いつもは一人用の5~6だったけど今回は違う。
「椎名さん、お待たせ」
部屋のちゃぶ台で教材を広げている椎名さんへ作りたてのホットコーヒーを渡す。
「ありがとうございます…それでは頂きます」
「どうぞ」
とりあえず言わせてくれ……なんでこうなった。
事の始まりは図書室でのあの一言だ。
「一緒にテスト勉強しませんか?」
「……………いや、ごめん騒がしくなってきたから帰ろうかと思ってたんだけど」
長い沈黙だった。
色々と考えていた訳ではなく、突然の誘いに思考が停止しただけだ。でも、そろそろ帰ろうとしているということを伝えその場を立ち去る準備をする。
「はい、私も出ようと思っていたところです。本来図書室は静かな場所にもかかわらず騒がしくなってきましたからね」
「いや、なら」
「だから私の部屋に行って勉強しませんか?」
おかしい。
とりあえず可笑しい。
昨日会ったばかりの他クラスの異性を自分の部屋に普通呼ぶものなのか?
僕は知っている、そんな都合のいいことは三流創作物の中だけだと。
もしくは何かの罠か。
「いや、それは椎名さんの迷惑になるとおもうし」
「迷惑ではありませんよ?」
答えた椎名さんの表情は、何を当たり前の事言っているの?とでもいいたげなものだった。
これは僕には読めないな…。
でも流される訳にも行かないよな。
「さすがに会って間もない異性を呼ぶのはどうかと思うよ、女の子として…ね?」
ない後の「ね」に深みを持たせた。
最後の一言に深みを持たせるのは創作物には多々ある。それが伝わると見越し椎名さんに伝えた。
椎名さんはそれを理解し、少し考えることポーズをとる。
それは探偵として代表的であるホームズのように様になった考え方ではなく、どちらかと言うと見ていて可愛らしい考え方だった。
そして「は!」と解が出たかのようにスッキリした顔をしている。
それ自体は喜ばしいことなんだろうが、今の僕にとっては素直に喜べない。
そして椎名さんは僕の方に体を向け直し、一つの提案を投げかけた。
「それなら高槻くんの部屋ではどうでしょうか?」
「いや、僕は異性と同じ部屋に二人きりが不味いと言ってる訳で」
「それは問題ないですよ」
「──だって私達は友達ですから」
そして今に至る。
いや、友達発言が嬉しくてその気になったとか。全然そんなんじゃない。
いやホント。
椎名さんがコーヒーを一口飲む。
ゆっくりとコーヒーを喉に通し、マグカップをテーブルに置き僕の方を見る。
「高槻くんはバリスタか何かですか?」
「一応コーヒーマイスターの資格は持ってるよ」
「??」
「簡単に言えばコーヒーを入れる上手い人の証、みたいなものかな?」
「そうですか、とても美味しいですね」
「本当はいつも使ってる道具が良かったんだけど、ほらこの学校って持ち込み物に関して厳しいでしょ」
「そうでしたね」
「だから安物でしか作れないから……でも豆には妥協してないから安心してね」
「いえ、十分美味しいですよ」
「ありがとね」
自分の入れたコーヒーを人に褒めて貰えるのはとても嬉しい。
中学生の時に親戚の喫茶店である『あんていく』でバイト経験があり、珈琲をつぐのは慣れているし得意でもある。
店長には流石に負けるけど…。
確かにあの人はコーヒーマイスターのひとつ上のアドバンスド・コーヒーマイスターの資格を持っていたし。
でも中坊がコーヒーマイスターを取るのも自分で言うのもなんだが凄いと思うんだけどな。
でもここで作れるコーヒーは……店長と比べると60がいい所だな。設備の揃っている時の僕を75くらい。
味は1段は落ちるものなんだな。
椎名さんにはいつか満足のいく一杯を飲んでもらいたいな。
「それではテスト勉強を始めましょう」
椎名さんはマグカップを少し離して学校指定の鞄からプリントを出した。
「まずはこの前の小テストの復習からでよろしいですか?」
「問題ないと思うよ」
「それでは問一、数学から出題です。次の───────────────」
それからは椎名さんと交代で回答者と出題者を入れ替えて問題を出し合った。
そして一つ分かったことがある。
椎名さん、マジで頭いい。
今回の小テストは比較的に簡単な問題と難しい問題の2つしかなかった。
にも関わらずだ、椎名さんは満点を取っている。
何この子、なんでCクラスなの?
「高槻くんは…あまり頭がよろしくないのですね」
「ストレート過ぎて辛い」
小テストを解くということは、毎度採点された答案を見せあわなければいけないという事だ。
つまり点数がバレる。
勉強をしている間は何も言わなかったが、休憩中に椎名さんはズバッと斬りかかってきた。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんですが…ごめんなさい」
2回も謝れた、いっそ哀れだ。
くっ殺。
「でも読書をしているからか文系は比較的に成績がいいですね。漢字問題なんて全問正解ですよ」
「か、数少ない取り柄だからね」
難しい漢字は高槻作品の専売特許だからね。
むしろ生命線とも言える。
そして回答者がそれからは変わることなく、一方的に僕が椎名さんに教えて貰う言わば家庭教師のようになっていた。
椎名さんは教えるのはそこまで上手く無かったが、度々交える小説のネタによってすんなりと頭に入ってくる。
多分僕達以外では入りにくいな。
そして時計の短針が6を指したところで、僕達の勉強会は終わった。
椎名さんはホッと一息つくと、空になったコッブを持ち上げ此方に物欲しそうな顔で口を開く。
「あ、あの、コーヒーのお代わり頂けますか?」
「もちろん」
容器の残りのコーヒーを椎名さんのマグカップに入れる。
合計三杯目になる恐らく最後のコーヒーは、頭を使ったからか前より多めの砂糖を入れていた。
「ごめんね、途中から一方的に教えて貰う感じになって」
「いえ、私が好きでやっていることですので……それに」
「?」
「美味しいコーヒーのお礼ですかね」
「そっか」
そのあと滅茶苦茶本の話をした。