背景からみた恋模様。
しかし、全国のようちかファンのように背景がその模様に恋しないとは限りません。

*pixivにも投稿しています

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友人にようちか書けと命令されて書きました。
その際初めてラブライブサンシャインを見たので初投稿です。


恋する背景とその渦中

 

「ねえ! 千歌たち予選一位で突破だって! すごいよね!」

「これってもしかしてもしかするんじゃない!?」

「だよねだよね! 廃校も阻止できるかも!?」

「何言ってるのよ! それどころかラブライブ優勝だって狙えるわ!」

「私もそう思ってた。最初から分かってたよ。千歌たちはただ者じゃないってね」

「Aqoursは私が育てた」

「でた、謎の師匠ポジションの人」

 

 

 スクールアイドルAqoursの噂話が泳ぐように学校中に流れている。

 同じ女子校生の私が言うのもなんだけど、花の女子校生というのは面白い話題を提供されると水を得た魚のように活き活きとする生態をしている。

 外は凛とした冷たい空気に変わりつつある季節だけど、昼休みの教室の雰囲気は熱に浮かれていた。

 統廃合という暗い話のなかに差し込んできた希望の光。この浦の星女学院のスクールアイドル『Aqours』がラブライブの予選を一位で通過したという明るい話に浮かれるのも仕方ない。

 

 例に漏れず私もその熱に当てられ噂話に花を咲かせていた。

 しかし、みんなの中にいればその希望に同調し信じることができるが、こうして所用の後で教室へ戻る途中などで、ふと一人になった時に不安が襲い掛かてくる。

 

 

「本当に廃校を阻止できるのかな……」

 

 

 一度その不安が頭をよぎると熱くふわふわと浮ついた気分が、足元から水がせり上がってくるように冷えていく。

 

 ここは田舎だ。

 

 バスの本数も少ないし終わるのも早く、正直通ってる私も通学は不便だと思う。そんなこの学校を地元民以外が通おうと思うだろうか?

 冷静になるとスクールアイドル活動ではどうしようもない部分が最大の問題な気がしてくる。

 

 

「…………ちょっと散歩でもしよう」

 

 

 こんな気分のまま教室に戻る気にはなれなかった。

 

 だから私は後ろめたさを感じながら、教室から離れるように人気の無い方へと歩き始めた。

 といってもそもそも生徒の数が少ないので少し離れるだけで人気は無くなり、教室の喧騒が嘘だったように辺りに人の声が無い。

 そんな静かな廊下を歩く。

 

 こつ、こつ、こつ、こつ。

 

 静まり帰る廊下には私の足音だけがいやに響いている。

 それがなんとなく嫌で、音が鳴らないように気をつけながらゆっくりと進む。

 

 

「静かだなー……」

 

 

 音のない廊下はまだまだ放課後には早い筈なのに、何故か下校の時の気持ちになってきて、窓から差し込む明るい日差しを薄昏い西日だと錯覚しそうになる。

 

 大好きな学校の終わり。

 

 寂しさが滲むように溢れて来る。

 

 

「…………これがノスタルジーってやつなのね」

 

 

 それを誤魔化すように小さく呟いた。

 

 

「どうでもいいけど、こんな風にノスタルジックな空気に浸ってると漫画とかドラマのワンシーンみたいだよね」

 

 

 主人公やヒロインがアンニュイに窓を眺めるアレだ。つまり今の私は主人公またはヒロインと言えるのでは? ここに来て私の青春が始まったりするんじゃない?

 なんだかそう考えると少しテンションが上向きになる。

 

 

「それにしても……青春……青春かぁ……」

 

 

 まず真っ先に思い浮かんだのは千歌たちのことだ。

 

 ステージに立ってキラキラしているAqoursのみんなを見ると、青春していると強く思う。学校を救うという目標はあるけど、それ以上にアイドル活動を楽しんでいるのがよく分かる。

 

 じゃなかったらあんなに輝いていないと思うし。

 

 正直ちょっと羨ましい。ステージを見上げる度に私も輝きたいって思う。

 でも、それは思うだけじゃなくて実際に行動に移した千歌たちの特権なんだろう。

 

 だからスクールアイドルは無し。私は輝く手伝いをするだけでいい。

 

 となるとあと思いつくのは恋愛……だけど……

 

 

「ここ、女子校なんだよね……」

 

 

 そもそも相手がいないというオチ。

 

 男子はいなくても女子がいるって? 私はノーマルだ。

 女子校だからって百合の花が咲き乱れているわけじゃない。

 

 いやまぁ……確かに怪しい感じの人達がいるのも確かだけどさ。……ともかく! 恋がしたくとも私にはその対象がいないの!

 

 …………恋も大学までお預けかな。

 

 

「……あれ? 私の青春……って……?」

 

 

 なんかさっきとは別の意味で気分が落ちる。せっかく無理やり気持ちを上げていたのに台無しだ。

 寂しいのは私の気持ちじゃなくて自分の高校生活だった。

 私も恋に恋している女子校生ということだね……。いや恋っていうか恋焦がれてるだけだけど。

 

 そんな風にいい感じの雰囲気を台無しにするようなことを考えながら、歩を進めている時だ。

 

 

「――――」 

 

 

 声が聞こえた。

 

 何と言ってるかは上手く聞き取れなかったが、確かに聞こえた。

 ここら辺の教室って何にも使われてないはずなのに。

 

 

「…………え? 今……? いや、ないよない。うん。気のせい」

 

 

 そんなまさかありえないって。きっと気のせいだ。うん、そうに違いない。

 今さら幽霊なんて信じる年じゃないし、季節外れだし。 

 だいたい時間にしても早すぎる。

 

 

「――――」

「っ!?」

 

 

 息を飲む。再び聞こえた声に悲鳴すら上げられない。

 相変わらず何を言ってるのは分からなかったけど、どこから聞こえてきたのかは分かった。

 

 すぐそこの空き教室だ。

 

 ……どうしよう。逃げる? いやでも、もしかしたらただ人がいるだけかもしれないし。

 ……確かめてみよう。

 もし、幽霊だったらダッシュで逃げよう。

 

 そーっと……そーっと……。

 

 今まで以上に足音を殺し、息を潜めてひっそりと扉を微かに開けて覗き込んだ。

 

 その瞬間私の時間は止まった。

 

 

「ねぇ、よーちゃん」

「んー? どうしたの?」

 

 

 名前を呼んで応える。そんなどこにでもありふれた日常の風景のはずだ。なのに決定的に何かが違う。

 表情も声も雰囲気も何もかもが何か違う。そこには、私が見たことがない――高海千歌(たかみちか)渡辺曜(わたなべよう)がいた。 

 

 

「えへへ~。よーちゃんがここに居るって確かめただけ」

「呼ばなくても私はここにいるよ?」

「うんそうだね。今は目で見えるし手で触れる。でも、名前を呼べばそれが無くてもよーちゃんを感じる事ができる」

「……千歌ちゃんってたまによく分かんないこと言うよね」

「そうかな? よーちゃんは部屋で一人の時私の名前呟いたりしない?」

「ええっ!? そ、それはぁ……」

「それは?」

「…………するけどさ。それが――あ、なるほど」

「分かった? 名前を呼ぶとその人のことを、その場にいないのに感じられるでしょ?」

「うん……そうだね。千歌って呼ぶと千歌ちゃんの事を感じられる」

「きっと誰かを想うことへの一歩は名前を呼ぶことで、それと同時にそれが最後の手段なーって、私は思うんだ。だからよーちゃん、名前を呼んで? 私を確かめて?」

「うん。いいよ。千歌ちゃん……その代わり、私の名前も呼んで」

 

 

 二人の見つめ合う瞳にしっとりとした何かが宿っている。

 その光景を息をするのを忘れて見入る。瞬きの一瞬すら勿体ない。

 何時までも見ていたい。いつまでも聞いていたい。

 時間よ止まれ。そしてこの一瞬を何度でもいつまでも感じたい。誇張でもなんでもなく、この時私は本気でそう思っていた。

 

 

「よーちゃん」

「ちかちゃん」

 

 

 二人の視線以外の何かが絡みつく。

 そして――私が見ていれられたのはそこまでだった。

 

 

**

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 気が付くと私は中庭のベンチにへたり込んでいた。走ってここまで逃げて来たらしい。

 頭上からは陽気そうな声がくぐもって聞こえてきている。それ以外は聞こえない。

 

 どうやらここには私しかいないみたいだ。

 

 

「はぁ……はぁ……すー……はぁぁー……」

 

 

 素潜りした直後のように、目を閉ながら深呼吸をして呼吸を整える。

 しかし、呼吸は落ち着いたが心臓は落ち着かない。体が火照ってどうしようもない。まるでサウナの中にいるようだ。

 

 脳裏にはさっきの光景が焼き付いて離れない。ずっと見ていたいくらいときめいて、見てられなくなるくらい切なくてしょうがない。

 思わず見つかってもいないのに逃げ出したのは、胸の奥をかき乱されるような、ぞわぞわとした焦燥にも似た感触に耐えきれなかったからだ。

 

 

「…………」

 

 

 心臓がうるさい。

 

 私の体が私の思い通りにならない。

 この感覚は識っている。初めての感覚だけど、それでもだ。

 

 というか、女の子ならきっと誰でも識っている。

 

 何せ、女の子には青春乙女回路が標準で装備されているのだから。

 

 

「……私って、ノーマルだと思ってたのになぁ」

 

 

 しかし今までの人生でうんともすんとも言わなかった回路はどくどくと熱を上げて、これが一目惚れだと突きつけて来る。きっと、今私の顔は真っ赤に違いない。

 ていうかなんでよりもよって同性に起動してるんだ。ポンコツなの?

 いや、なんか聞いた話だけど潜在的同性愛者は目覚めていないだけで結構いるらしいけど。

 

 つまりあれか。私はあの光景を切っ掛けにして百合の花園のカギを開けてしまったということか。とんだ秘密の花園もあったものね。もっとちゃんと秘密にしててよ。施錠緩すぎるでしょ。

 

 

「あ~……あー……あぁぁ……」

 

 

 もうなんか、悶えながら頭を抱えるしかない。

 だって乙女心に嘘はつけないでしょ?

 百合だろうと恋に落ちた事実そのものは嬉しいんだからどうしようもない。

 とりあえず、もうちょっと落ち着いたら行動しよう。

 まずは好みとか共通の趣味とか――ん?

 

 

「――あれ? 私ってどっちの事が好きなの……?」

 

 

 瞼の裏にはっきりと映っている、千歌と曜の普段の時ともステージの上で輝いてる時とも違う、やわらかくしっとりとしたあの雰囲気にヤられたのは確かだ。

 

 でも、それはどっちを見て?

 

 んん? あれ? 考えれば考えるほど、思い出せば思いだすほど二人にときめいた気がするような……?

 

 

「……まさかの二股?」

 

 

 百合の二輪挿し……華道的な見映えとしてはどうなんだろう。

 ただ、一つ分かることは初恋で二股は人としても女子校生としてもダメだということだ。

 あ、私も花で例えられる存在だから三輪か。両手に花というか全部花だよね。

 

 

**

 

 

 あの後、知恵熱出して早退しながら悩みに悩んだ。

 

 そうして一晩考えた。きっと落ちた場面に二人いたから混乱してるだけで実際はちゃんとどちらか一人だと。だから、どちらなのか確かめることにした。

 

 

「そうだよ。二股なわけないじゃん」

 

 

 だって初恋ほやほやの女子校生だよ? そんな汚いことをするはずがない。

 

 

 ――私は綺麗だ(意味が違うのは分かってる)。 

 

 

 というわけで無駄に早朝に登校してきた私は、人が少ない校舎の窓を見て校門を潜る生徒たちの中から千歌と曜を探す。

 

 

「あ、いた」

 

 

 あれ? 手を繋いでる? ……いや、勘違いか。

 距離が近いから見間違えたみたい。

 あの二人って幼馴染らしいし、やっぱり仲がいいんだろう。思い出してみると大体一緒にいる気がするし。

 

 

「私はあの二人の間に割って入ろうとしてるのか……」

 

 

 なんかそれは嫌だな。

 あの二人には仲の良いままでいて欲しい。

 いや、割って入る必要はないのか。自分の友達に恋人が出来たとしても、友情が無くなるわけじゃないんだし。私は極力あの二人の交友の邪魔はしないようにしよう。

 

 問題は私がどっちを好きなのか分からないという事だ。

 

 二人のどちらかを改めて見れば分かると思ってたんだけど……どうにも乙女機関の感触が鈍い。起動はしてるんだけど、昨日ほど熱は上げていない。昨日のアレは初めてという事もあって衝撃が強すぎたのかもしれない。

 まぁ普段からあのレベルでドキドキしてたら身が持たないしね。

 しょうがない。こうなったらどうにか両方と二人っきりになって確かめてみよう。

 楽しそうに登校する二人を眺めながら、私はどうやって二人っきりになるかを考え続けた。

 

 そして、登校どころか授業中すら眺め続けた。それにしても観察していて改めて思ったけど、あの二人は本当に仲がいい。

休 み時間はだいたい一緒にいるし、授業中もふいに目線を交わしたりしていた。そんな二人の様子にある種の満足感すら覚え始めていたお昼休み。

 

 ようやくチャンスがやってきた。

 

 教室で曜がAqoursのメンバーに呼ばれて外へついて行き、千歌は所用があると戸口で別れたのだ。

 この好機を逃すわけには行かない。私は少し時間を置いてから千歌を追う。

 見つからないように様子を見て、千歌が丁度所用終えて戻ってきた所に偶然を装って声を掛けた。

 

 

「やっほー千歌。一人? 曜は? 」

「やっほー。よーちゃんとはさっきまで一緒だったんだけど、Aqoursの方に先に行ってもらってるんだ」

 

 

 うん、知ってる。見てたし。

 

 

「よーちゃんに話でもあったの?」

「いや? 別に用は無いよ……曜だけに、なーんてね」

「おおっ!」 

「あ」

 

 

 しまったと思ったときにはもう遅かった。

 

 

「いい“よう”、それ! “よう”ちゃんだけに!!」 

 

 まるで同好の士見つけたかのように……いや、ようにじゃなくて(ダジャレでも無くて)、まんまその通りに、嬉しそうに目を輝かせながらオヤジギャグを重ねてきた。

 

 

「……ごめん、口が滑った。何でもないから忘れて?」

「えー? 恥ずかしがらなくても大丈夫だよ! 私もよく言うし!」

「違う。違うから……いつもはこんなこと言わないから」

「分かってる分かってる。大丈夫だよ。オヤジギャグを言ってもいいんだよ」

 

 

 まるで菩薩(ぼさつ)かあるいは沼に引きずり込もうとする妖精(ルサルカ)のような、いやに優しい顔で千歌が囁いて来る。絶対に分かってない。

 

 

「面白いよ。大丈夫だよ。私は味方だよ」

「面白いとかそう言う問題じゃなくて、オヤジギャグを言ったことが問題なの!」

「うんうん。大丈夫だよ。いつもは思ってるだけ何だよね? 大丈夫、言葉にしてもいいんだよ?」

 

 

 ダメだ……。話をちゃんと聞いてくれない……。

 まるで宗教の勧誘か何かのように話を都合のいいように解釈してくるし、優しい言葉とは裏腹に絶対に逃がさないという強い意志を感じるよ……。

 というか、私を事あるごとにオヤジギャグ考えてるような残念な子にしないで。

 

 

「女子高生がオヤジギャグ好きだって別にいいんだよ! さぁ、今こそ一緒に世間の白い目線と戦おう! 私は味方だよ!」

 

 

 味方なら放っておいて欲しい。めっちゃ恥ずかしい。

 

 

「もう本当に勘弁してください……」

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに……」

 

 

 思わず敬語になるぐらい私が弱り切ったころ、ようやく千歌からの勧誘が止んだ。

 これからは不用意に千歌の前でダジャレを言うのは避けよう。

「あー。韻をふむときとか?」

「…………その通りだよ!」

 

 

 千歌の言い方だと小学生が高等技術って言ってるみたい。それに変な間があったし……というか、韻の意味分かってるのかな。

 

 

「でも、それをみんなは分かってくれないんだよ。これはアレだよ! みんなに分かってもらうために面と向かってダジャレをもっと言うべきだと思うんだ! 特に曜ちゃんに!!」

「それは……さっき言ったやつ?」

「うん!!」

 

 

 力強く頷かれた。

 

 

 

「ダジャレは頭の体操にもなるんだよ? 歌詞を作るとき応用がきく『こーとーぎじゅつ』なんだからね!」

 

「……まぁ、私発案だって言わないなら別にいいけど。でも、怒られても知らないよ?」

「ふふ~。大丈夫大丈夫。よーちゃん優しいから怒らないよ。きっと笑いながらほっぺむにむにされるくらいで済むよ!」

 

 

 なにそれ見たい。絶対楽しい。

 

 

「あ、なんか想像したら楽しくなってきた。あとで絶対言ってみようっと」

「……相変わらず千歌と曜は仲いいわよね。幼馴染なんだっけ?」

「うん! よーちゃんとはずっと一緒なんだよ!」

「私にはそういう仲の良い幼馴染っていないから、ちょっと羨ましい。私と代わってくれたりしない?」

「えぇ!? そんなのダメだよ! よーちゃんは私のなんだから!」

「じょ、冗談よ、冗談。そんなに勢いよく否定しなくても大丈夫よ。それに、そう簡単に幼馴染を代わったりできないでしょ」

「そ、それもそうだね。ちょっとびっくりしちゃった」

「私の方がびっくりしたよ」

「えぇ……」

「それより、そろそろ行かなくていいの? 時間なくなるよ?」

「あ、そうだね。じゃあ私行くね」

「ほいほい」

「じゃね~」

 

 

 千歌はそう言って手を振ってから気持ち急ぎ足で去っていった。

 私はそれを見えなくなるまで見送ってから、ため息を吐いた。

 

 

「……乙女回路の反応が鈍い」

 

 

 普通に友達と話してる感じだ。ドキッとはちょっとしたけど、だいたいいつも通りだった。

 

 

「つまり、私が好きになったのは千歌じゃない?」

 

 

 それなら私の恋の相手は曜ということになるのかな。さっき話してた時にドキッとしたのも曜の話が出てきた時だし。

 

 

 ……一応曜のところにも行こう。普通に話したいし。

 

 

 

**

 

 

 というわけで放課後。

 

 

 日が落ちてきて人の顔がよく見えなくなってきた時間帯。誰そ彼と尋ねる事が多いから、これをもじって黄昏時って言うようになったんだっけ? 合ってるかどうかは自信がない。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら、私は曜が通りかかるのを待っている。

 

 それにしても夕方の住宅街は人がいないね。辺りも薄暗いし変質者とかいそう。

 こう……物陰とかで一人で歩いてる女性を狙って待ち伏せしていたり――いや、それってまるっきり私の事だよね。

 家がわりと近いことを利用して曜の帰り道の途中で張ってるとか、もろストーカーっぽいじゃない。

 まぁでも……私の場合はピュアな感じだし。自分の恋を確かめるための行動なんだからセーフ。

 

 

「セーフったらセーフ!」

「道端で一人で叫んでるのはアウトじゃない?」

「わひゃ!?」

 

 

 ばっと振り返るとそこには呆れ顔をした曜がいた。

 間抜けなことに近づいてきいたことに気づかなかったらしい。

 

 

「こんなところで何してるの?」

「た、たた、ただの散歩よ散歩」

「……動揺し過ぎだよ? 不審者ごっこ?」

「どうしてそうなるの!? 私の趣味知ってるでしょ?」

「知ってるけどさぁ……」

「何その反応」

「これが公園とか海辺とかの散歩だったら私もいいと思うよ。でも……住宅街を徘徊するのは普通に変な人だよ?」

「うっ」

「散歩するなら海とかの方が気持ちよくない? ほら、潮風とか景色とか!」

「海まで歩くのはめんどくさいのよ」

「歩くのめんどくさいって……散歩が趣味なんじゃないの?」

「満足したらすぐに帰れる距離をぶらぶらするのがちょうどいいのよ。メインは考え事だし」

「それで見かける度になんか独り言してたり、変な顔してたんだね。……やっぱり怪しくない?」

「花の女子校生に向かってなんてこと言うのよ!」

「ええー……」

 

 

 なんか呆れたような顔をされた。

 

 

「それより、曜は練習帰り?」

 

 

 これ以上この話を続けても平行線の繰り返しで、会話が環状線を描いてしまうので話題の路線を変える。

 

 

「ん、そうだよ……って練習で思い出した。千歌ちゃんが言ってたよ? ダジャレ同好会の一員なんだっけ?」

 

 

 そう言われて真っ先に思い浮かんだのは今日のお昼のあのオヤジギャグのことだ。

 

 

「い、いやぁ……しらないなー……」 

「目を逸らして口元引きつらせながら言われても説得力ないぞー?」

 

 

 くっ、こんな時ばかりは自分の表情筋が憎らしい。

 とはいえ、そうあっさりと認めるわけにはいかない。あのオヤジギャグは無かったことにしたいのだ。

 こうなったら口笛も吹いて全力で誤魔化そう。

 

 

「うわぁ……! 誤魔化すために口笛吹く人初めて見たよ。しかもうまいし……!」

「たまに歩きながら吹いてるからね。少しだけだけどAqoursの曲も吹けるよ」

「え、本当に!? 聞きたい聞きたい! ――ってあぶないあぶない。そんなことじゃ誤魔化されないよ!」

 

 

 惜しい。あとちょっとで誤魔化せたのに。

 

 

「というか千歌ちゃんからネタは上がってるから、いくら誤魔化そうとしても無駄だよ」

「まぁ、だよねー……」

 

 

 千歌が白状しない限り私があんなオヤジギャグを言ったなんて分かるわけないからね。

 

 

「はぁ……口止めしておいたんだけどなー。ほっぺむにむにの刑には敵わなかったか……」

「ちっちっち。ほっぺむにむにじゃなくて、ほっぺむにり倒しの刑だよ!」

「む、むにり倒し?」

「むにり、倒し!」

 

 

 そう言いながら曜は人の顔を手で挟みながら前後左右に揺らすジェスチャーをした。

 三半規管に被害が強そうな刑だ。

 

 

「というか、よく私が千歌ちゃんをむにむにしたって分かったね」

「千歌が自分で言ってたからね。ダジャレって言ってもほっぺむにむにの刑ぐらいで許してくれるはずだって」

 

 

 まぁ、実際はもう一段階上の刑だったわけだけど。

 

 

「なるほどー。やっぱり千歌ちゃんはそう考えてたかぁ」

「えーと……? どういうこと?」

「実は最初は千歌ちゃんの読み通りな感じで済ませようとしたんだけどね? ほっぺを手で挟んだ時、なんとくこのままだと千歌ちゃんの思い通りに行く気がしたんだ」

「……それでワンランク上の刑を処したの?」

「うん。たまには私が千歌ちゃんを振りまさないとね!」

「物理的に?」

「千歌ちゃんを精神的に振り回すのは難しいんだよねー……」

「へぇー、なんか意外……でもないのか」

 

 

 校門でのことや転校してきたばっかりの梨子をその場で勧誘した時のことを考えると、全然意外じゃない。

 曜は制服が絡まなければ常識人だから、人を振り回すっていうのは苦手なんだろう。そんなものは得意じゃない方がいいと思うけどね。

 

 

「そうそう、意外でも何でもないよ。……スクールアイドルになる前から千歌ちゃんは『千歌ちゃん』だったからね」

「……ふーん」

 

 

 曜のその言葉には云い知れない重みがあって、私はそう返すしかなかった。きっと、その重みは幼馴染にしか分からないものなんだろう。

 曜と千歌のそういう関係は素敵だと思った。

 

 

「さて、それじゃあそろそろ私は帰ろうかな」

「じゃあ、私も散歩に戻ろうかな」

「最近冷えてきたし、ほどほどにしときなよ?」

「大丈夫大丈夫」

「それじゃ、また明日ね! お家に向かって全速前進ヨーソロー!」

 

 

 曜は笑いながらそう言って帰って行った。

 

 

「……さて、私も少し歩いたら帰ろう」

 

 

 曜を見送って人気のない住宅街を風の向くままに歩き始める。

 茜色かかっていた空は私の心のように暗くなっている。

 

 

「それにしても……また回路があんまり動かなかった」

 

 

 なんでだろう。千歌に対して動かなかったのなら、必然的に曜になら動くはずなんだけど……。

 

 本当は恋をしていないとか?

 

 いや、それはない。

 今でも目を閉じればあの光景が浮かび、回路が熱く高鳴るのを感じる。

 私は恋をしている。それは間違いない。

 

 ならなぜ私の青春乙女回路は稼働しないのか。いくら考えても分からない。

 恋は盲目と言うけれど、まさか恋そのものが見えず不明瞭だとは思わなかった。

 先がよく見えない住宅街を歩き続ける。

 

 

 空が明るくなるにはまだまだ時間が掛かりそうだった。

 

 

**

 

 

 それからこの数日間私は千歌と曜に折を見て話し続けた。

 

 

 この始まってすらいない恋を忘れる事ができなかったからがむしゃらに足掻いただけとも言える。

 しかし無情にも私の回路はごく僅かしか熱を発しない。この悩みのせいで睡眠不足なためそのうち風邪で熱を出しそうだけど。

 

 とはいえ、何も収穫がなかったわけじゃない。乙女回路が反応するときはどんな時なのかを大体突き止める事ができた。

 それはあの曜と千歌が一緒にいる時だ。それもあの二人がふとした瞬間に発する他とは違う雰囲気を見たときだ。

 

 例えば、二人だけじゃなくて誰かと話している時にこっそり目配せをしあってた時だったりと、なにかしら二人だけにしか分からないような事をしたときに、この雰囲気が出ることが多い。

 

 それを見ると私の回路は熱を発しドキドキと音を鳴らすのだ。

 

 もう最近ではもうこのまま眺めてるのが一番いいんじゃないかなんて思い始めてるんだよね……。実際話しかけるチャンスもあったけど、今日はもう観察してるだけで昼休みになってるわけだし。

 

 友達と一緒にお昼を食べながら気づかれないように観察をしている気分は、張り込み中の女警察官だ

 まぁ、アンパンじゃなくて焼きそばパンだし瓶牛乳じゃなくてパックのイチゴミルクだけどね。

 

 ちなみ千歌と曜のお昼は二人ともお弁当を持参している。さすがに献立ではよく分からないけど、千歌のデザートはみかん(というか千歌のデザートは大体いつもみかん)。

それにしてもさすがアイドル、昼食が手作り弁当という時点で私とは違ってその女子力の高さがうかがい知れる。

 

 まぁ、私の女子力はイチゴ牛乳が辛うじて保証してくれているし。……もう半分くらいしか残ってないけどね。

 

 そして楽しそうにお昼を過ごす千歌たちを眺めること幾数十分、千歌たちがお昼を食べ終わり、私の女子力が焼きそばパンと共に飲み干されたころだ。

 

 

「あ、ごめん。ちょっと私席空けるね」

「……あ、うん。――分かった」

 

 

 あれ、今……?

 

 千歌の行動に違和感を覚えた。

 千歌が一言断って席を立ち、一緒に食べていたみんなが所用を察して見送る。なんてことない普通の風景だ。

 

 

 でも、違う。

 

 

 曜だけが、別のなにかを察したように見えた。

 

 いや、そもそも千歌が曜に向けて何か合図を送った?

 生憎なにが合図っだのかは分からない。断りを入れた時に謝るジェスチャーをしたのがそうなんかもしれないし、立つときにさりげなく髪をかき上げたのがそうなのかもしれない。

 

 私は察することができなかった。

 

 でも、雰囲気の違いは分かった。

 

 ふとした瞬間に出るあの空気。それを私は明確に感じた。

 

 その証拠に乙女回路が音を立てて熱くなっている。

 

 

「あ、ちょっと私も席外すね!」

 

 

 曜がそう言って席を立ち教室を出る。

 

 

「――――」

 

 

 戸を潜るその一瞬に見えた曜の表情は、あの時の空き教室と同じだった。

 

 

「っ――」

 

 

 どくん、と回路が一際音をたてて稼働し始める。

 

 そのままどくどくと急かすように、あるいはエンジンを温めるように熱を全身に送りつけて来る。

 

 

「ごめんちょっと席空けるね」

 

 

 気が付けば乙女回路が急かす衝動のままに立ち上がり、曜の後を追っていた。

 

 

「……どこいったんだろう」 

 

 

 私が教室を出るともうすでにそこには曜の後ろ姿はもう見えない。曜が教室を出てからそんなに経っていないと思ったけど、どうやらけっこう長い間熱に当てられていたらしい。

 

 曜はどこに行ったのか?

 

 私の中でその選択肢は二つあったけど、迷わずに足は動き続けた。

 歩くルートはいつかと同じだ。

 

 教室から一歩離れる度に喧騒が遠ざかり静寂がやってくる。

 

 足音はしない。今度は最初から足音を殺しているからだ。

 

 それは声を聞き逃さないためであり、同時に私の存在を気づかせないためだ。

 

 だが、進むつれて足音の代わりに胸の鼓動がうるさいくらいに高鳴る。あの日の光景がもう一度見れるかもしれない、その期待を抑える事ができない。

 しかし、その可能性が低いことも分かっている。私が感じた雰囲気なんてただの勘違いで、今頃花摘みでもしてるのかもしれない。

 それに、そもそもこの辺りの空き教室にわざわざ来る人はいない。特殊教室もなければ部室に使われているという事もない。用がない限り来ないと言うか、それ以前に用すら生まれない教室がばかりだ。もちろん、空き教室では用を足す事もできない。

 

 

「…………あれ?」

 

 

 そこまで考えて、ようやく私は一つの疑問を思い浮かべた。

 

 

 あの二人はそんな場所にいったい何の用で来ていたんだろう?

 

 

 私のように散歩が趣味とか? いや、この間曜に散歩が趣味なのをちょっと引かれたしそれはないと思う。

 ……自分のことが衝撃過ぎて忘れてたけど、まず真っ先に考えるべきことだよねこれ。

 

 

「……恋は盲目ってこういうことかなのかな」

 

 

 たぶん違うと思うけど。

 

 いや、それよりもなんであの二人がこんな人気のない場所で、まるで隠れるように会っていたのかだ。きっとその理由に私の悩みを解決する糸口がある。

 

 なぜなら、さっきからそのことを考えると私の青春乙女回路が全力で回り始めるからだ。

 うん……というか、正直に言って心当たりがある。それも、なんで気づかなかったのか自分でも不思議なレベルでだ。

 

 

 ――きっとあの二人は付き合ってる。

 

 

 今考えてみれば、幼馴染だからといっても仲が良すぎる気がする。数日前にあの二人が手を繋いでるように見えたのは、気のせいなんかじゃなくて、本当に繋いだまま登校してきたのかもしれない。それも二人の関係が恋人だからなのだとしたら納得がいく。

 もしこの先に千歌と曜がいるなら、さっきの教室でのアレは二人っきりになるための合図だったんだろう。それは正しく恋人同士の秘密のやり取りで、とても私が入る隙なんてない。

 

 

 つまり、私の恋は最初から失恋していた――のではない。

 

 

 なぜならその事実に気が付いても私の青春乙女回路は変わらずに……いや、もっと熱く高鳴っているからだ。

 

 ここまでくれば流石に分かる。

 

 ああ、ようやくだ。ようやく私は私の恋を知った。何に恋をしていたのかを理解した。

 窮屈だった悩みが解けた解放感を感じる。まるで、水底から地上に戻ったかのように清々しい。

 

 

「――私は、『二人』が好きなんだ」

 

 

 正確には『千歌と曜が特別に思い合っている』あの姿が好きなんだ。

 

 個人ではあるけど一人と一人じゃなくて二人。千歌と曜が思い合っているその姿に恋をした。

 

 だからそこに私はいらない。

 

 あの二人はそれだけで完結していて、間に入る誰かなんて必要ない。

 

 きっと、私の恋はあの日に叶っていたんだ。あの二人の様子を、気づかれないように眺めることが私の理想なんだから。

 

 なんで眺めているだけで満足してるんだよとか思っていたけど、分かってしまえば当たり前の事だった。

 

 

「私って、変態……?」

 

 

 我ながらどうかと思う。

 これなら二股の方がマシだよね。生産性がないにも程があるよ……。

 本当にどうしようもない。だって、それでも良いと思ってるんだから、本当に救えない。自分のことをノーマルだと言っていたけど、全くもってそんなことは無かった。

 

「でも、好きなんだよね……」

 

 

 もう頭を抱えるしかない。

 

 

「――――」

 

 

 そして、声が聞こえた。

 

 何と言ったのかは分からない。でも、それは聞き覚えのある声だ。

 

 私が好きな声だ。

 

 ドクドクドクと、回路が熱く熱く血を巡らせる。

 

 茹だった頭で逡巡する。

 

 しかし、目は声の聞こえた場所に固定されている。

 

 

「……どうしよう」

 

 

 ここが境界線だ。

 

 あの日と同じように覗くかどうかで、私の運命が決まる。

 たぶん、今ならまだ戻れるはずだ。

 

 二人の幸せを祈って時たまドキドキしながら、何事もなかったように生きれるかもしれない。

 そしたら将来素敵な人と健全な恋愛ができるかもしれない。

 

 

 見たいという願望と、これまで生きてきた常識が交錯するその上に――今私は立っている。

 

 

 

「――――」

 

 

 もう一度聞こえた。

 

 その瞬間、脳裏にあの光景がフラッシュバックする。

 

 どこまでも柔らかい雰囲気の中、湿ったような視線を絡ませる二人。

 

 ああ――そうか、あの二人がいままで見たことのない雰囲気だったのは、恋人にしか見せないものだからだ。

 あの、時間を止めてまで眺めていたいと思ったあの二人は、本来ならお互いしか見れないもので見せないものだ。私は、ただ偶然のぞき見しただけ。

 そんな奇跡みたいな偶然が、もう一度自分の身に降りかかっている。

 

 

「……あ、ダメだこれ」

 

 

 そう思ったら、あっさりと一歩を踏み出していた。

 

 我慢なんてできるわけがない。

 

 だって、次を考えて恋なんてしない。

 

 だから、失恋してもいないのに想いは仕舞わない

 

 そもそも、女の子は恋を我慢できるようになんてできていない。恋に落ちた時点でもう負けで、もうどうしようもなくダメになっているんだから。

 

 だったらあとは、どこまでも落ちていくしかないでしょう?

 

 あの日と同じように戸に手をかけてゆっくりと開ける。

 

 耳を澄ませて目を凝らす。

 

 

 そこには――。

 

 

**

 

 

「――ねぇ、よーちゃん。好きって言って?」

 

 

 指を絡めて寄り添いながら、千歌が曜にそう言い募る。

 

 

「え、っと……あ、あらためて言うのは恥ずかしかなぁって」

 

 

 そのいつもの無邪気な声音ではなく蠱惑的な響きがする千歌のおねだりに、曜もいつものカラッとした元気の良さが鳴りを潜めてしどろもどろと顔を赤らめている。

 

 

「えー? どうして? だってこの教室には私しかいないんだよ? いつも二人っきりのときは言ってくれるじゃん」

「そ、そうだけど……こう、ムードっていうかさ……あるでしょ? それにいくらここは人が来ないって言っても、誰かに見られるかもしれないし……ね?」

「十分いいシチュだと思うよ? みんなに隠れて空き教室で二人っきりだし」

「うっ、確かにいいシチュだけど……やっぱり恥ずかしいよぉ、ちかちゃん……」

「もー、よーちゃんは恥ずかし屋さんだね。私はたとえ誰かが見ててもよーちゃんを好きって言えるよ? 今この瞬間でもね」

「千歌ちゃんは練習中でみんながいても言うもんね。私、その度にこの関係がバレるんじゃないかってヒヤヒヤしてるんだよ?」

「バレたらその時はその時だよ。それにAqoursのみんななら分かってくれるって!」

「はぁ……千歌ちゃんは強いなぁ……」

「よーちゃんの事だからね!」

 

 

 一点の曇りもない笑顔で千歌はそう言った。

 

 

「それで――よーちゃん? 好きって言って欲しいな」

 

 

 けど、次の言葉を発した千歌の顔はまるで獲物を逃がさないように追い詰める捕食者のようだった。その目はしっとりと濡れていて、妖しく曜を見つめている。

 

 

「う……いいよ。分かった」

 

 

 曜は観念したように、あるいは意を決したように震える声でそう言った。

 ゆっくりと千歌の耳元まで口を寄せ、曜の唇が小さく動いた。

 

 

「――――」

 

 

 なんて言ったかは聞こえなかった。

 

 でも耳まで真っ赤になっている曜と千歌が浮かべた表情を見れば、その言葉は容易に想像ができた。

 

 

「ど、どうだ! 私だってやられてばっかりじゃないんだよ……って、何その顔」

 

 

 いつもはやれてばかりなのだろうか? 一矢報いてやったというある種どや顔を恥ずかし気に曜は浮かべていたが、千歌のその表情を見た瞬間に怪訝そうな顔になった。

 

 

「んふふ~。よーちゃんはかわいいなぁ……って」

 

 

 耳元で囁かれながらずっと浮かべていた、予想通りに事が運んで満足そうな艶のある微笑みのまま曜にそう言った。

 

 

「はっ、にゃにゃ……っ」

 

「あ、猫さんだ。でもよーちゃんはどっちかって言えば犬っぽいよね。――私は犬が好きだよ?」

 

 湯気が出そうなほど赤くなった曜を見て、千歌は愉しくてしかたないように、あるいはよくできましたと褒めるように、曜の耳元で囁いた。

 

 

「う……ううぅぅ…………うがー!」

「わわっ!?」

 

 

 恥ずかしさの限界に達したのか、曜は唸り声をあげながら千歌を引きはがした。

 そのまま涙目で唸り声を上げながら千歌を見る。正直、犬っぽくてかわいい。

 

 

「もー! 千歌ちゃんなんて知らない!」

「わっ、わっ、よーちゃんが怒った!?」

「そりゃ怒るよ! 私は犬じゃない!」

「あ、怒るところそこなんだ……」

 

 

 私もそう思った。

 

 

「なんか言った?」

「ううん! なんにも言ってないよ!?」

「ふーんっ」

「うわー! よーちゃぁぁん! ごめんなさい~! もう犬なんて言わないから許してよー!!」

 

 

 縋りつく様に千歌は曜に抱き着いてそのまま肩を揺さぶっている。見てるだけでちょっと酔いそう。

 ……でもなんか、喧嘩してる感じじゃないような気がする。じゃれ合ってるだけっていうか……二人とも楽しそうだし。

 

 

「………………はぁ。もう、しょうがないなぁ」

 

 

 揺さぶられてるのがだんだん気持ち悪くなってきたのか、曜は拗ねたような表情を変えては疲れた顔でため息を吐いた。

 

 

「……許してくれるの?」

 

 

 その様子に千歌が恐る恐ると言ったように聞くと、曜は苦笑を浮かべた。

 

 

「もともと本気で怒ってないよ」

「うん知ってる」

 

 

「……ちなみに千歌ちゃんが私を犬っぽいって本気で思ってることも分かってるからね?」

「やっぱり?」

「私が千歌ちゃんの事を分からないわけないでしょ?」

 

 

「よーちゃんは私以上に私を知ってるもんね」

「千歌ちゃんが私を私以上に知ってるようにね!」

 

 

 千歌は妖艶な微笑み浮かべて、曜はどこか諦めたような微笑みを浮かべて、お互いへの信頼を口にする。

 

 

「えへへ」

「ふふふっ」

 

 

 そして、見つめ合った二人は愛おしくて仕方がないと言ったように微笑みを交わした。

 

 

「今、よーちゃんがなんて言おうとしてるのかも私には分かるよ」

「それなら私も千歌ちゃんがなんて言おうとしてるのか分かるよ」

 

 

「じゃあ、『せーの』で一緒に言おうよ」

「うん、いいよ」

 

 

『せーのっ』

 

 

 

『――ずっと一緒にいようね』

 

 

 

**

 

 

 ――そこには幸せがあった。

 

 二人でいるのが心地よくて。

 

 二人で話すのが嬉しくて。

 

 二人でじゃれ合うのが楽しい。

 

 そんな見ている方も幸せになるような光景だ。

 

 きっと、あの二人は今この瞬間世界で一番幸せなんだろう。

 

 そして、それは一緒にいる限りこの先もずっと続くのだろう。

 

 なら、そんな二人を見ている私は――きっと世界で三番目に幸せな女の子だ。

 

 

 

 

 




友人はこれはようちかなんだと力説してたのでこれはようちかです。

ではではここまで読んでくださりありがとうございました。

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