対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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ふふ、自分は一体何をやっているのか。他にも連載してんのにそっちのけでこんなの書いてました。ゴメンネ!
でもしょうがないね! 書きたくなっちゃったからね!

と言う訳で、対魔忍RPGで苦労人が爆誕じゃぁ!
暗い雰囲気にならず、コミカルに理不尽をぶっ飛ばす! そういうのが好きな方はどうぞご閲覧下さい!



苦労人は自分は何一つ悪くないのに苦労するから苦労人なんだよなぁ

 

 

 

 闇の存在・魑魅魍魎が跋扈する近未来・日本。

 人魔の間で太古より守られてきた「互いに不干渉」という暗黙のルールは、人が外道に堕してからは綻びを見せはじめ、人魔結託した犯罪組織や企業が暗躍、時代は混沌へと凋落していった。

 

 しかし正道を歩まんとする人々も無力ではない。時の政府は人の身で『魔』に対抗できる“忍のもの”たちからなる集団を組織し、人魔外道の悪に対抗したのだ。

 

 人は彼らを“対魔忍”と呼んだ―――

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 今から十年程前、対魔忍の世界では大きな内紛があった。

 当時、政府から正式に対魔忍の頭領として認められた井河家、政府の決定に様々な不平不満と渋々ながらも賛同を見せた甲河家による補佐によって、対魔忍という勢力は成り立っていた。

 これを不服として反旗を翻したのは、井川・甲河にも劣らぬ名家にして最大勢力であったふうま一族だった。

 

 ふうま宗家とそれに付き従う“ふうま八将”による謀反であったが、これは政府、井河・甲河両家の予想に反した結果となった。

 謀反を計画した当主ふうま 弾正の海外への逃亡こそ許したものの、長期化の予想と危惧に反し、被害少なく短期間で集結。

 

 その背景には、ふうま一族の足並みの揃わなさがあった。

 かねてより、ふうま内部における弾正の支持率は低かったのだ。

 民間人に対する配慮の薄さ。己のためだけに仲間すら犠牲にする傲岸さ。他家の妻や娘にまで手を出す節操の無さ。

 弾正に心からの忠誠を誓っていた者なぞ、殆ど居なかった。弾正は傲岸さ故に、当然と言えば当然の事実に気付かなかった。

 

 宗家の当主という理由で不満を押し殺して従っていた者の不満は、最悪のタイミングで吹き出した。

 多くの者が内紛と共に離反。大半は井河・甲河に下り、数は少ないが自身の実力を信じて別の道を歩む者も居た。

 

 井河・甲河に下った者は咎の重さと内紛における成果に応じて、ある家は名家として残り、ある家は解体される事となった。

 

 そして、此処にもそういった者の一人が居る。

 

 

「…………ふぁあ」

 

 

 呑気に欠伸をしながら対魔忍の総本山である五車町を行く青年。

 

 彼の名はふうま 小太郎。

 ふうま 弾正の数いる息子の一人であり、長兄に当たる。今年で十六になる。

 見た目は中の中。身長が高くも低くもなく、体重は重くも軽くもない。これと言って、何か特徴があるわけでもない、取り立てて見るべき所のない青年だ。

 彼もまた父である弾正に見切りを付け、いち早く井河へと下り、命を繋いでいた。

 

 今の彼は多くの対魔忍を育てる育成機関、五車学園の学生として日々を過ごしている。

 もっとも、彼は真面目に授業など受けずに、サボって本を読んでいるか昼寝をしているか。そうでもなければ、また別の事をやっている不良学生である。

 

 

「ちょっと小太郎っ。毎日毎日、置いて行かないでっ」

 

「別にオレと一緒に学校へ行く必要なんざないだろ?」

 

「それは、そうだけど……」

 

「大体、オレとお前がこうやって接しているのがヤバいっての、理解してるか? オレは余計な誤解はゴメンだぞ」

 

「それこそ今更でしょ。ごちゃごちゃ言ってくるのは隠居してる老いぼれだけ。アサギ校長は、私達の身柄について保証してくれている」

 

「脳ミソお花畑かよ。その隠居してる老骨どもが実権を完全に手放してないのが問題だっつーの」

 

 

 田畑に囲まれた道を進んでいた小太郎の後ろから追いかけてきたのは金髪の美少女だった。

 濃緑のセーラー服で肉付きのいい身体を包み、無自覚に健康的な色香を振りまいているのは心願寺 紅。

 ふうま八将が一人心願寺 幻庵の孫娘であり、小太郎と似た境遇の幼馴染でもある。

 

 名門であった心願寺家は、今や紅を含めて数人しか残っていないほどに落ちぶれていた。

 というのも、内乱時に幻庵は最後の最後まで弾正の側につく事を選んだからだ。弾正への忠誠からではなく、長年宗家に仕え続けた心願寺家の役割とでも言うように。

 

 本来、野に下り身を隠すしか生き残る術がない彼女が、こうして井河家の頭領であるアサギが元締めとなる五車町で生活出来ているのには理由があった。

 

 

「大体、お前だけじゃない。ゆきかぜや凜子にしたって、オレに付き纏うのは止めたらどうだ。周りからも同じような事を言われてるだろ」

 

「あの二人は兎も角、私にはそんな人いない。厄介者なのは小太郎と変わらないんだから。それに、こういう境遇になったのは小太郎のせいでもあるんだけど?」

 

「あー、はいはい。ソーデシタネー、ゴメンナサイネー」

 

 

 誰がどう聞いても反省の感じられない棒読みに、彼女の気の強さがそのまま現れたキツイ視線に晒されるが気にした様子もない。

 

 彼女の言う通り、今現在の境遇を決めたのは他ならぬ小太郎であり、ふうま一門が敗れ去る最大の理由もまた彼にあった。

 

 十年前の内乱時、彼はまだ五つになったばかりの幼子であったが、当時の時点ですら卓越した精神性と智慧を身に着けていた。

 というのも、今は亡き実の母が彼の境遇を哀れみ、苛烈な英才教育を施したからである。

 

 ふうま一門は代々同系統の異能に目覚める。視線そのものに魔が宿る能力を、人々は邪眼と呼んだ。

 邪眼の能力は千差万別。透視、遠見などの千里眼にも似たものもあれば、石化、魅了などの古の怪物が使ったとされるものまである。

 しかし、ふうま本流の血を色濃く継ぎながらも、小太郎は邪眼の力に覚醒せず、当主失格の目抜けと侮蔑された。

 父からは疎まれ、同門であっても生まれてくるべきではなかったと揶揄される始末。前途多難な最愛の息子のために、邪眼に変わる力を与えんと母は尽力し、されどもそれは正しかったのか。

 

 内乱の始まる数日前に母は病で亡くなった。

 何の箍もなくなった小太郎は、英才教育で育まれた明晰な頭脳で父親とは異なる一つの結論に達する。

 

 このままではふうまは負ける。ご当主殿も頭が茹だっていて引く気はなく、諌める者は誰もいない。ああ、なら最大限利用させて貰おう、と。

 何の感情も抱かず、どうせこのままでは皆死ぬのだから、オレにとって有益に死んで貰おうと決めたのだ。

 

 憎悪があった訳ではない。その代わりに母以外への愛情がなかっただけ。ふうま一門なぞ彼にとっては他人も同然。

 当主失格の目抜けという評価が腹立たしかった訳ではない。単純に戦力比を分析して負けが見えていただけだ。それに気付かないのか、はたまたフリをしている彼等に付き合う道理はない。

 

 そうして、彼は誰よりも早く、そして単身で井河・甲河へと下った。ふうまの内部事情や拠点の要所など重要な情報を手土産に持って。

 

 だが、それだけで終わる彼ではなかった。

 投降は認められたものの、幼子同然の彼が持ち出した情報は、井河・甲河にとっては信じて良いものか判断に迷っていた。

 なので、情報は間違いなく本物であると証明するために、手紙をバラまいた。

 

 己が知る限りのおいて弾正から冷遇されていた者、弾正に反発していた家に裏切りを促す書状を。

 

 

『ふうまを元手にして自分達の家を残せ。裏切りと呼ぶのに抵抗があると言うのなら引っ越しだと考えればいい。仕える主が変わるだけの話なんだから。その気があるなら早い内に井河のアサギか、甲河の朧に投降しろ』

 

 

 これに、ふうま一門は大きく揺れた。元より弾正に対する忠誠心など無きに等しかったのだから当然だろう。

 井河・甲河に下れば家と命が保証される。弾正は勝つと意気軒昂だが、勝てるかどうかも分からない戦に挑むよりかは得られる報酬と判断するのも無理はない。

 

 数々の家が離脱を決心し、離脱に腹を立てた弾正による粛清によって加速する悪循環。

 

 見る間にふうま一門が弱体化していく中、アサギでも朧でもなく、小太郎に書状を返すものが居た。それが心願寺 幻庵だ。

 老境に差し掛かり、実力が衰えながらも八将に名を連ねていた幻庵であったが、紅の幼馴染である小太郎の賢さを認めていた。

 

 

『心願寺家当主として、私はふうまと運命を共にする。しかし、若き命を道連れにするのは忍びない。若様の御命令と御厚意に応じず、更には孫娘達の助命嘆願など恥じ入るばかりであるが、どうかこの老骨の願いを聞き入れて貰いたい』

 

 

 そのような旨の書状を紅に持たせ、他数名と共にふうまの里を脱出。小太郎の下へと向わせたのである。

 はっきり言えば、小太郎にしてみれば幻庵が裏切りに呼応しなかったのは意外であり、予想外であった。常日頃から誰よりも弾正のやりように苦言を呈し、冷遇されてもなお己の意見を貫いていた男だったからだ。

 己の予想を裏切った男への敬意か、それとも物珍しさからか。ともあれ、小太郎は彼女達を生き残らせる事に成功した。

 

 その後、ふうまの里が滅んでいく様を鼻をホジりながら何の感慨もなく眺めていた幼い少年の姿は、アサギや朧は元より紅達からすらもドン引きされたのは言うまでもなく、当主の座を譲りながらも権力にしがみ付く老人達には或る意味で弾正以上に危険な存在であると認識されるには十分過ぎた。

 

 家に縛られない。血に縛られない。使えない者は身内であろうが、父親であろうが、当主であろうが簡単に売り払う。

 当主を頂点とするコミュニティを形成する忍にとって彼の存在は異端であり、この体制を崩壊させかねない存在として内乱の早期鎮圧の立役者ではなく、逃亡した弾正から宗家当主の座を引き継いだ内乱の責任者として彼の処断を求めた。

 

 待ったを掛けたのがアサギであった。

 幼い彼の境遇を慮り、ただの優しさのみで引き取る事を決めたのである。

 甲河の次期当主候補として全てを任せられていた朧はこれに賛同した。彼女の思惑は兎も角として、当時対魔忍を纏め上げていた二家の決定であれば、他家も口出しは出来ない。

 

 彼を危険視する老人達に出来たせめてもの抵抗は、彼を名ばかりの宗家当主にする事のみ。

 ふうま一門への命令権の剥奪及びアサギへの委任、ふうま一門の者とは極一部を除いて接触を禁止であった。

 これに対し彼は当然の対応と自らの境遇を受け入れた。

 

 紅も似たような境遇であった。

 しかし、ふうま一門であった頃より他家から諸事情によって嫌われていた彼女にとってさしたる変化はなく、むしろ清々としたと言ってもいい。

 加えて言えば、彼女は小太郎との接触を禁じられていない。心願寺家の総数は僅か数人であり、既に家としての(てい)を保てていなかったからだ。

 万が一、小太郎と紅が手を組んだとしても、()()()()()()が爆発したとしても、どうとでもなると判断されていた。

 

 

小太兄(こたにい)に紅先輩、おっはよー!」

 

「おぐぅっ…………あの、ゆきかぜさん。出会い頭に抱きついてくるのは止めて頂けませんか。酷く迷惑です」

 

「何でさん付けに敬語っ!? そ、そんなに嫌だった!?」

 

「嫌です」

 

「お、おはよう、ゆきかぜ。ちょ、ちょっと、小太郎も困ってるから、離れて……」

 

「えーっ、これくらい普通のスキンシップだよ。ねー、小太兄ぃー?」

 

「止めて下さい、ゆきかぜさん。例え、スキンシップだとしても相手が不快に感じれば、それはハラスメントです」

 

「社会問題に繋げてきたっ! こんな可愛い乙女を捕まえておいてそれはないぞぉーっ!」

 

「捕まえているのはゆきかぜ様です。あーっ、困りますゆきかぜ様、困ります。あっ、あっ、あーっ、困ります。あーっ、其処で電撃は困りますゆきかぜ様。ゆきかぜ様死んでしまいます」

 

「しないよっ!? ……んもぅ、小太兄ったらつれないんだからっ」

 

 

 姿を見るなり首に飛び付いてきた少女に対し、小太郎は何処か事務的な態度で対応しながら首から引き剥がす。

 

 彼女は小太郎の同級生であり、二人の幼馴染でもある水城家の一人娘、水城 ゆきかぜ。

 水城家は代々優秀な雷遁使いを輩出してきた名家である。人数という点から見れば小さい家系ながら歴史と実力に関してはピカ一。歴代当主は人格的にも優れ、誰もが一目置く存在だ。

 

 数年前の任務において父が死亡する不幸に見舞われたものの、今は母と娘二人で慎ましくも穏やかな生活と苛烈な任務に挑んでいる。

 

 

「ははは。相変わらずだな、お前達は。おはよう、小太郎、紅」

 

「凜子もおはよう。居たならゆきかぜの事を止めてよ、もう」

 

「そう言うな、紅。微笑ましいではないか、ああいうのも」

 

「それはそうかもしれないけど……羨ましくないか?」

 

「うぅむ…………気持ちは分からないでもないが、止める気もないな」

 

 

 ゆきかぜの後をゆったりとした歩調で髪を揺らしながら追ってきた少女は、コントのようなやり取りをしていた小太郎とゆきかぜに笑みを浮かべる。

 

 彼女もまた二人の幼馴染であり、紅の同級生に当たる秋山家の一人娘である秋山 凜子。

 秋山家は対魔忍に伝わる剣術・逸刀流の開祖の家系。彼女自身も逸刀流を修めており、学生の身でありながら既に免許皆伝の腕前である。

 ゆきかぜからは実の姉のように慕われるほど仲が良く、また紅も数少ない友人と認めている少女であった。

 

 自分の気持ちに素直になって好意を表現するゆきかぜに妬みと嫉みと羨ましさを混ぜた複雑な表情をしてみせる紅に、凜子は苦笑を漏らす。

 

 彼女達の言動や素振りから見ても分かるように、三人は小太郎を奪い合う恋のライバルである。

 

 理由はそれぞれあるものの、他の者から見れば不思議でならないだろう。

 素行不良・成績不振、忍法すら使えず対魔忍としての未来は明るくない。性格も何処か他人行儀で愛想も可愛気もない。

 反し、三人は既にそれぞれの家系に受け継がれる忍法を扱い、実戦経験もある次世代のエース。

 

 どう考えたところで釣り合いが取れていない。

 四人と同じく対魔忍の養成機関である五車学園へ向かう学生対魔忍は、男ならば小太郎に対して嫉妬と侮蔑の視線を向け、女ならば三人に対して嘲りの笑みか或いは失望の表情を浮かべている。

 

 しかし、四人の誰もが他人の視線なぞ気にしていなかった。

 小太郎にとってはこの程度の視線なぞ涼しい限り。目障りなふうまの当主、アサギに媚を売って生き延びた賢しいだけの孺子(こぞう)と、事ある毎に命を狙われた経験のある彼にとっては反応に値しない。

 少女達にとっては寧ろ逆に笑いたくなる。恋の何たるかも知らず、彼に惚れた理由も知らずに嘲笑い、勝手に失望するような者になど相手にする必要性を感じていなかった。

 

 

「……って、うわぁ、もうこんな時間っ! 凜子先輩、紅先輩、遅刻しちゃいますよぉっ!!」

 

「何と。えぇい、ゆきかぜっ! お前は身支度に時間を掛け過ぎだっ!」

 

「まずいっ! 紫先生にどやされるっ! 小太郎も――――早ぁっ! 一声くらい掛けろぉ!」

 

「そういうところだぞ、小太郎っ! 全く、相も変わらず足が速いなぁ、お前はっ!!」

 

「うわわぁ、待ってよ小太兄ぃっ!!」

 

 

 五車学園の授業開始のチャイムは、五分前の予鈴と開始時間の本鈴の二種類がある。

 学園のスピーカーから流れてきた予鈴にゆきかぜは背後の紅と凜子に声を掛け、駆け出そうとした彼女達は遠ざかっていく小太郎の背中に愕然と叫び声を上げる。

 一声も掛けずに自分だけ怒られなければいいとばかりに校門を超えて玄関へと駆けてる姿は、正に自分勝手の見本である。これの何処が良いのやら。学生達の視線も納得だ。

 

 しかし、慣れている彼女達にとっては日常であり、惚れた異性に振り回される心地良さを感じてしまっている以上は、誰の言葉も届きはしないだろう。

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――ふぅ、お疲れ様」

 

「ったく、勘弁してくれよ」

 

「そう言わないで、こういう訓練も必要だろう?」

 

「まあ、対魔忍全体に言える事だが、もっと銃火器について知った方がいいのは確かだな」

 

 

 放課後。

 五車学園は地方大学のキャンパス並に広く、複数の校舎とグラウンド、通常の学校にはあり得ない施設も存在する。

 小太郎と紅が居たのは、敷地内の外れに位置し、更には地下十数メートルに位置する訓練施設。

 

 広大な室内に訓練終了のブザーが鳴り響き、ホログラムが消えて現れたのは柱や窪みのある真っ白で無機質な部屋。柱は徐々に下がっていき、窪みは逆に迫り上がって平坦な床へと戻った。

 

 訓練施設は高度なホログラム、温調設備、障害物を再現する可変式の床を備え、あらゆる状況を再現する事が可能となっている。

 主に実戦訓練がない場合には補講や自主練に使用でき、ラウンジでは座学や読書に勤しむ者も少なくはない。

 

 小太郎は紅に誘われ嫌々ながらも実戦形式の自主訓練に付き合っていた。

 二人の実力差は五車学園の成績からも明らか。小太郎の側が吹けば飛ぶようなもの。話を聞いた者がいれば、どちらに対しても何を無駄な事をと嘲弄するに違いない。

 

 しかし、小太郎は最後まで倒れる事なく、始めから予定していた終了時間目一杯まで粘り抜いた。

 紅も本気でこそなかったが、こうした経験は一度や二度ではなく、決して幸運のみに助けられた訳ではない。忍法を使えずとも、小太郎には確かな実力があるのだ。無論、ゆきかぜや凜子相手にも同じであり、二人もそれを認めている。

 

 

「それにしても、回転式拳銃(リボルバー)、か。もっと性能の良い銃があるんじゃない?」

 

「勿論あるよ。だけど、オレはこれが好きなんだよ」

 

 

 紅は小太郎の手の中に収まっている銃に目を向け、呆れとも関心ともつかない口調で尤もな意見を口にした。

 当の本人は放っておけと言わんばかりの口調で、聞く耳も持たずにお気に入りの一丁を腰のホルスターへと仕舞い込んだ。

 

 Colt Single Action Army.

 150年以上も前に生産が開始され、今もなお好んで使用する者もいる回転式拳銃の傑作である。

 西部劇の代名詞とも言える銃であり、必ずと言ってもいい程に登場する。銃史のブレイクスルーとも言える金属薬莢に雷管、火薬、弾丸を一纏めにした所謂「弾薬筒」の発明された時代に登場したのがColt SAA。

 長く広く多くの人間に愛されただけあって、様々な用途に対応して実に三十六種ものバリエーションが存在している。

 小太郎の使用するモノは、厳密に言えばどのバリエーションにも相当しないが、敢えて言うならば、民間向け.45口径モデルの「ピースメーカー」か。

 と言うのも、彼のピースメーカーは原型を留めないほど改造が施されているからだ。

 

 まず引き金を引けば撃鉄が起きて落ちるDA(ダブルアクション)化のみならず、引き金を引いた状態であれば撃鉄を起こすだけで発射できるSA(シングルアクション)の利点も残した発射機構。こうすることで、連射性能を引き上げつつも手ぶれを抑制した精密射撃を可能とする。

 装填は固定式(ソリッドフレーム)から振出式(スイングアウト)化し、更には回転輪胴(シリンダー)ごと交換も可能になっており、装填速度を向上。

 咄嗟の近接格闘に備え、銃身をフレームで厚く覆って肉厚化。万が一、銃身で攻撃を受けたとしても変形を防げる。

 

 ――――これだけやっても用途を差別化して生き残った回転式拳銃と同等。自動拳銃(オートマチック)にはあらゆる点で劣っていると言ってもいい。

 

 回転式拳銃は自動拳銃に比べて動作不良を起こし難く、信頼性が高いとされていた。

 しかし、近年の銃の高性能化は凄まじく、自動拳銃であっても動作不良など早々起こさない。その神話も崩壊してしまっている。

 

 回転式拳銃を実戦で使う者など、それこそ一部の物好きか、完全に製造された過程と用途を把握している者のみ。

 何にせよ、余程の馬鹿か。プロであっても、使用される事の珍しい武器である。

 

 

(――――それでも、私は白星を上げられなかった)

 

 

 小太郎の影響で少なからず銃器の知識を持っていた紅は、事実に息を呑むと同時に誇らしかった。

 

 忍法を使えない彼が、忍法を使える自分に勝てないまでも引き分けに持ち込める。この学園に、それだけの強者が何人居る事か。

 それだけで、彼がどれだけの血反吐を吐いて己を鍛え上げたのかが分かろうというもの。凄まじい技量は天性の才能ではなく、純然たる努力のみで積み上げられている。

 

 だからこそ、紅は小太郎を軽視されてしまう現実が歯痒かった。

 

 対魔忍に銃は通用しない。

 人間離れした身体能力と五感の前には、動作の起りや視線の置き方、銃口の位置に殺気から、何処を狙っているのかを察知されてしまう。

 見てから避けるは出来ないまでも、先を読んで避けるも受けるも自由自在――――の域には誰もが達している。

 敵対組織である米連は銃弾を使用する故に対抗策を当然のように敷いている。魔族は頑強な肉体の前に拳銃弾では効果が薄い。

 

 そうであるのならば軽視されても当然だろうが、ならば何故紅相手に引き分けにまで持ち込めるのか。

 それは彼の技術に秘密がある。実際に対峙して戦い始めなければ、彼の厄介さは誰にも分からないからだ。

 

 

「それよか早く帰――――っておいおい」

 

「警報っ、それも襲撃の……!」

 

 

 自主訓練なんて切り上げて帰ろうと口にしたその時、耳を劈くようなアラートと共に、真っ白だった部屋が真紅のライトに染め上げられる。

 小太郎と紅の付近に最新式のホロウインドウが展開され、EMERGENCYの文字が流れては消えていく。

 

 五車学園には幾つかの警報があり、段階に応じて警報音とライトの色が変わる。

 この音と赤は、五車学園の内部にまで侵入者に襲撃を仕掛けられている証だ。

 

 

「一体、何処の勢力が……!」

 

「何処も何も反乱だろ。冷静になれよ」

 

「ど、どういうこと……?」

 

「外部からの襲撃だったならまずは警戒している連中が発令する会敵注意、侵入の可能性有の“黄色”だろ。いきなり“赤”って事は二つに一つ。空間転移か何かでいきなり跳んできたか、身内が裏切ったかだろ?」

 

「前者の可能性は……?」

 

「ないだろ。空間を操作する異能はレア中のレア。現在確認されている上位魔族で使える奴はいない。米連の最新技術もそのレベルじゃない。他に考えられそうなのは、知られていない魔界技術だが、その線も薄い」

 

「何でだ……?」

 

「お前、質問ばっかだなぁ。ちったぁ自分で考えろよ。魔族ってのは力を誇示したがるだろ? だったら、“とっておき”とか“切り札”とか“隠し玉”って考えがあると思うか? 空間転移の魔界技術なんて使えたら、もっとアホみたいに使いまくるし、後先考えずにあちこちに売るわ」

 

「な、成程。確かに」

 

 

 小太郎は至極冷静に、自らの持っている情報と知識から結論を述べる。

 実戦経験のある筈の紅が、実戦経験のない筈の小太郎に諭される奇妙な光景であった。

 

 今一度ホルスターからSAAを引き抜き、回転輪胴ごと紅相手に使用していたゴム弾から.45LC(ロングコルト)弾へと交換しながら小太郎は歩き出し、紅は慌てて後を追う。

 

 訓練室からラウンジへと出た二人を待ち受けていたのは、たまたま居合わせた教師から指示を受ける生徒達の姿だ。

 見れば、殆ど実戦経験のない生徒ばかりで、教師の側も現役対魔忍ではあるものの普段は後方支援を担当しているらしく必死に冷静たらんと取り繕っていた。

 

 この調子じゃ、防護壁が降りても安心できないな、とまで考えた瞬間、稲妻に打たれたかのように小太郎は身体をビクンと震わせた。

 赤いライトが警告を示す中、彼の顔は見る間に蒼褪めていくどころか死人のように真っ白となり、唯でさえ死んだ魚のような目は更に濁り曇っていく。

 

 

「でも、一体何処の家が……」

 

「いやぁ~、参っちゃうなぁ~。オレ、そういう家、一個だけ心当たりがあるんだよなぁ~」

 

「え? それは何処の……………………あっ」

 

「――――ははっ」

 

 

 今の今まで小太郎の変化に気付かなかった紅であるが、その変化に気づいた瞬間に全てを察した。

 

 小太郎は穏やかな春の日差しの如き優しい笑みを浮かべ、紅は顔を引き攣らせる。

 長い付き合いだ。彼がこうした笑みを浮かべる時は、どうしようもないストレスに曝され、限界を越えようとする瞬間だと知っていた。

 そして今回の襲撃は、確実に小太郎と己の身にまで累が及ぶのは間違いないと確信したのである。

 

 現行の対魔忍という組織に不満を抱き、対魔忍に危機感を抱かせる人員を抱えた家。

 少なくとも小太郎が真っ先に思い至り、紅も納得してしまう心当たりがあった。

 

 小太郎と紅は無言のまま目を合わせると同時に駆け出した。目指すは地上へと繋がる階段である。

 目敏くそれを見つけた生徒や教師が二人を止めようとするが――――

 

 

「あーーーーーっ!! ガスの元栓締め忘れてたんで家に帰りまーーー--す!!」

 

「そ、外に友達を待たせているので、御免っ!」

 

 

 ――――小太郎は誰がどう考えても嘘だと思うその場凌ぎを、紅も冷静に彼女の友達が少ない事を考えれば嘘だと分かる建前の下に制止を振り切った。

 誰もが呆気に取られて動けなかったと言うのもあるが、小太郎と紅が厄介者扱いをされているから本気で止めなかったというのが哀愁を誘う。

 

 しかし、二人の頭にはそんなどうでもいい事柄は存在しなかった。

 頭にあるのは反乱を引き起こした咎人の確認だ。小太郎は現実を否定するために、紅は現実を正しく認識するために。

 

 階段を上がり、防護壁が次々に降りてくる外へと続く長い廊下を駆け抜ける。

 最後の防護壁を二人揃ってスライディングで抜けた先には靴箱の置かれた玄関がある。

 

 靴を履き替える間さえも惜しみ、二人はそのままグラウンドへと躍り出た。

 

 待っていたのは阿鼻叫喚。

 幾人もの対魔忍が倒れ、敵味方すらも曖昧な戦場が其処にはあった。

 濛々とした土埃で覆われて様々な器物が飛び交い、無数の剣戟の音が響き、斬光が煌めいている。

 

 

「我等は“ふうま正義派”だっ! 堕落し、政府の犬と成り下がった現体制を討伐すべく立ち上がった! 我等に従うならば共に戦え! さもなくば抹殺するっ!!」

 

「うわあああああああああああああああげぼろしゃーーーーーーーーーー!!!!」

 

「小太郎ぉおおぉおおぉぉぉぉぉおお――――!!!」

 

 

 その中で、同じ対魔忍を斬り伏せながら声高に語る対魔忍の台詞に、小太郎は絶叫と共に嘔吐し、紅はそんな彼の姿に絶叫した。

 

 そう、小太郎が否定したかった現実はこれだ。

 今現在、アサギを頂点とする体制に表立って反乱を起こそうとする力と恨みを持った家など、例え自業自得とは言え、多くの仲間を失ったふうま一門を置いて他にはいない。

 

 最早、名前だけの当主となった小太郎であるが、関係ないと言っても誰も耳を貸さない。

 特に彼から一門への命令権を奪い去り、過度の接触を断たせた張本人である老人共は、間違いなくこれ幸いとばかりに彼を処断しようとする。

 常に接触をしていないか監視役を付けており、彼の身の潔白を知りながら自分の都合と恐怖心から断行するのは想像に易い。

 

 今日この時まで、のらりくらりと責任追及から逃れ、下らない権力闘争を避けて通ってきた小太郎の努力が全て無に帰した瞬間である。そりゃあ、誰だってゲロくらい吐く。

 シャー! と酸っぱい匂いのする吐瀉物を絶え間なく吐き続ける小太郎の背中を摩り、介護する紅であったが止まる気配がない。まあ、気持ちは分からないでもないだろう。

 

 これでも彼は、今まで当主としての責任は果たしてきたのだ。

 表立って動く事はなかったが、老人共の目の届かぬ範囲で現当主と顔を合わせ、弾正の所業と裏切った一門の努力を語って心証を回復させていた。

 アサギとも何度となく話し合い、それぞれの家の得意とする分野によって配属先を決め、有能な人材には地位と報酬を与えるように掛け合っている。

 

 極一部の者以外は知らない彼の努力は接触を断たれたが故に末端の者は知り得ず、出来損ないの当主と認識していても不思議ではない。

 まさに擦れ違いコントのような悲劇で面白いが、当事者にとっては笑い事ではなかった。

 

 当主として失格の目抜けでも、直接会話をする機会を奪われようと、名ばかりの当主であろうが、当主には当主の責任があり、部下に保証しなければならないものがある。

 

 やる気がなかろうと、馬鹿にされようと、母から学んだ教えに忠実に、そして自ら責任を定めて果たそうとする彼を紅は知っていた。

 そればかりが理由ではなかったが、彼女が彼に惚れた理由の一つでもある。慟哭のゲロを吐く小太郎の姿に、紅は泣きそうだった。

 

 

「ん? …………居たぞ、腰抜け当主様だっ!」

 

「だ、大丈夫か、小太郎っ! 小太郎ぅっ!?」

 

「ああ、ちょっと楽にやっぱダメだ、ゔぇろろろろろろろ――!」

 

「小太郎ぉっ! こたろぉおおぉぉぉ――!!」

 

「む、無視するなぁっ……!」

 

 

 身を隠しもせずに玄関の真正面でゲロを吐いている小太郎と付き添う紅の姿を発見した下忍は仲間に声を掛け合い、取り囲む。

 仕方のない事とは言え彼等の態度は当主へと向けるそれではなく、向けるべきではない忍者刀とクナイを手にしている。

 

 それどころではない小太郎はゲロを吐き続け、紅は介抱を続ける。

 馬鹿にしている相手に馬鹿にされる屈辱にわなわなと下忍達は身体を震わせたが、小太郎に余裕はなく、紅は興味がない。

 

 しかし、それも其処までだ。

 残った胃液すらも吐き終えた小太郎は、何事もなかったかのようにすくっと立ち上がる。

 その切り替えの早さと来たら、殺気立っていた下忍達が怯む程であった。

 

 

「大丈夫だな、小太郎?」

 

「何処見て言ってんだ。どう見ても大丈夫じゃねぇよ。オレの頑張りもこの状況もよぉっっ!!」

 

「わ、私に八つ当たりされても、その、困る……」

 

「貴様等、いい加減にしろ! さあ、どちらか選ぶがいい!」

 

「あぁ? 選ぶのはお前等だろうが。投降するか、死ぬかだボケっ」

 

 

 脳天気に反乱の企て加担にした挙げ句、状況を何一つ理解できていない下忍達に対して、沸々と湧き上がる怒りを抑えながら静かな口調で小太郎は語る。怒りを抑えきれずに口調が荒くなっているのはご愛嬌か。

 紅は既に自らの得物――――心願寺 幻庵が彼女を送り出す際に渡した二刀の小太刀“白神”と“紅魔”を抜き放っていた。

 

 一瞬、下忍達の間に空白が生じる。その後に、一斉に笑い出した。

 

 成程、名ばかりとは言え当主として意地を張るのは素晴らしい。

 しかし、誰もが当主と認めていないのであっては滑稽だ。

 

 成程、実力者である紅を味方につけて強気になる気持ちは分からないでもない。

 しかし、この人数相手に戦って勝てると思う姿はみっともないにも程がある。

 

 これが笑わずにいられるものか、と言わんばかりに隙だらけな姿に、小太郎の右腕は動いていた。 

 

 

「――――は?」

 

「紅、これは粛清だ。容赦はするな。加減もするな。こいつ等の素っ首、オレに献上しろ」

 

「――――承知っ!」

 

 

 乾いた発砲音が鳴り響くと同時に、最初に二人の姿を発見した下忍の頭が弾け飛んだ。

 熟れた西瓜が弾けるように、頭蓋骨の一部と脳漿をブチ撒けて、糸の切れた人形のようにどうと倒れる。

 

 獲物を前にして舌舐めずりを出来る程度に実戦経験だけを積んだ三流では、反応すら出来ない早撃ち(クイックドロウ)

 彼等が何が起きたのかを理解出来たのは、片手を大きく伸ばした状態で硝煙の立ち上る銃を握った小太郎の姿を視認してからだった。

 

 怒りか驚愕か。唯でさえ箍の外れた獣同然の彼等は雄叫びを上げて全員が投降の勧告すら忘れて襲い掛かる。

 

 そんな中、小太郎の静かな、だが絶対的な響きを有した当主としての命令に、紅は待ち侘びていたとばかりに下忍(けだもの)を迎え撃つ。

 命令権を剥奪されていようが、そんなものは建前だ。部下がなおも当主と考えているのならば、従うのは自然である。

 

 

「この、化物おん――――がぶっ!」

 

「おっと言わせねぇよ。そういうのも含めて幻庵の爺さんから任されてたんでな」

 

 

 口汚く紅を罵ろうとした一人に涼やかに告げながら、鮮やかな脳天への一撃(ヘッドショット)を見舞う。

 

 紅のみを相手取ればいい。もし負けそうになっても腰抜け当主を人質にすれば紅は抵抗を止める。

 あとは化物ながらも極上の肉体を持つ紅を好き放題。殺すのは何時でも出来る。その前のお楽しみが待ち遠しい。

 

 軽んじていた獣達は、混乱の極みにあった。

 紅ならばまだしも、腰抜け当主が此処までの実力を秘めていたなどとは思わなかった。

 

 ある武術家の伝説に銃弾を回避したエピソードがある。

 彼の語り口はこうだ。相手の撃つ弾よりも先に赤い光が飛んでくる。それを避けると後から銃弾が飛んでくるのだ、という。

 実際に彼が銃弾を避けられたかは別として、対魔忍であれば誰もが聞いた事のある話であり、共感にも近い感想を抱く。

 

 イメージはそれぞれの対魔忍によって様々であるものの、光か音か、或いは空気や振動か、銃弾の当たる部位を何となく予測が出来る。

 唯でさえ優れている五感を、集中によって研ぎ澄ますことで得られる着弾予測。対魔忍の基本であり、彼等が現代の兵士を見下す要因の一つである。

 

 しかし、その武道家のエピソードには続きがある。

 噂を聞きつけた銃の達人であるマタギが彼の下を訪れた。そして、ワシの弾は必ず当たると宣った。

 こうなれば後に引けぬのが武道家と言うもの。仕方なしにマタギと向き合ったのだが、突然に声を荒げた。待て、貴方の弾は必ず当たる。撃つ気が見えん、無心の境地だ、と。

 

 小太郎は意を完全に消している。

 何処を狙っているかを悟られず、筋肉の起りと動きを最小に、合理を以て最速を体現し、引き金を引く。

 彼の前では銃という武器を軽んじている者ほど泥沼に嵌まる。銃とは発射を見てから避けられるものではない、先読みしてこそ回避も防御もようやく間に合うものなのだ。

 純粋な身体能力と異能を以て、弾丸を完全に捉えて対処を可能とするのは対魔忍の中で一握り。少なくとも、彼等はその領域にはない。

 

 

(だが、回転式拳銃なら弱点があるだろう――ッ!)

 

「きえぇえええええええっっっ――――!」

 

 

 遅すぎる話だが、ようやく危険な相手だと認識した獣達は二人同時に左右から襲い掛かる。

 

 彼等が狙ったのは再装填の隙。装弾数が六発しかないというのは、回転式拳銃の最大の欠点である。

 これを解消するためにスピードローダーと呼ばれる道具が考案されたものの、多くの自動拳銃の装填速度と比較しても劣ってしまう。

 

 自動拳銃は連射速度も再装填も、どれだけの達人であろうとも最高速は最終的には同じになる。

 連射は機構上の限界が存在し、どう足掻いた所で技量では変えられない。これを変えたければ改造を施すしかない。

 再装填も空の弾倉を捨てる速度は誰であろうと変わらず、変わるのは次の弾倉をどれだけスムーズに行えるかのみであり、新たな弾を薬室に送り込むのは機構の役割だ。

 

 だが、回転式拳銃は違う。装填速度も連射速度も使い手の技量に依存する。常識外れの技量さえあれば、常識外れの芸当も可能だ。

 

 彼の見せた早業は銃をよく知らぬ二人にとってすら驚愕の境地。

 手首のスナップで回転輪胴を振り出した小太郎は、回転させながら空薬莢を地面へと落とし、銃口を地面へと向ける。

 そして、事もあろうに回転する輪胴に向けて、左手の中に握り込んだ弾を親指で弾きながら一発ずつ落としたのである。

 まるでそうなる事が決められていたように、するすると弾が収まって行く。回転の速度と弾を落とす速度を一致させ、ただの一度もミスする事なく再装填を完了させた。

 

 速いと感じる間さえない。明らかに自動拳銃の再装填よりも上。

 神業染みた曲芸と見るべきか。はたまた曲芸染みた神業と言うべきか。

 ともあれ、この程度を熟せなければ紅と真正面から渡り合うなど不可能であった。

 

 

「げ、ごぼぼ――――」

 

 

 刀を振り上げた一人の喉に情け容赦なく弾丸を叩き込む。

 破れた喉に熱血が溢れ出し、なおも止まらぬ弾丸は頚椎に喰い込んで破壊する。

 死ぬよりも速く首から下の機能を完全に失った獣は振り上げた刀を振り下ろせもせずに地面へと倒れ伏した。

 

 

「ちぃい……っ!」

 

 

 仲間を失ったもう一人は仇を取るため、袈裟斬りに刀を振り下ろす。

 これ以上ないという程の。完璧と読んでも差し支えのない速度と軌跡。

 撫斬りにされた小太郎の身体は、敢え無く肩口から背骨と内臓を両断されて脇腹に抜け、泣き別れする――――筈であった。

 

 何処までも冷静に、小太郎は銃を指を軸に回転させながら刀の軌跡へと差し込むと簡単に軌道を逸らす。

 

 自身の渾身を受け流された獣の思考は白痴に染まる。

 まるで質の悪い夢が現実に現れたようなものだ。腰抜けと侮っていた当主が、此処までの技量を持つなど夢にも思わなかった。

 そして、そんな彼が座して動かずに居たのは何か理由があったのではと思い至った彼は、白から黒へと全てが染まる。

 小太郎が眉間に銃口を向けて引き金を絞っていた。如何な対魔忍と言えども、.45LC弾の運動エネルギーを無防備な状態で受ければ為す術はない。

 

 

「しかしまあ、こっちが八人殺ってる間にそっちは二十人以上を問題なく、か。大したもんだ」

 

「……何? 小太郎も私が化け物だとでも?」

 

「まさか、穿ち過ぎだ。お前は紅だろ、ガキの頃から知ってるよ。これほど頼もしいもんはない」

 

 

 紅の周囲に倒れ伏した獣の死体を目にし、呆れ顔で漏らした呟きを彼女は聞き逃さなかった。

 何処か優しさと憂いを帯びた視線は、今や怒りと悲しみで染まっている。小太郎でもそれ以上口にすれば許さないと言わんばかりだ。

 だが、小太郎は当人が気にしている事柄を気にした素振りすら見せない。事実としてどうでもいいのだろう。化け物であろうが何だろうが紅は紅と割り切っている。

 その様子に、何処か安堵したように紅は静かにホッと息を吐く。好きな小太郎にだけは、そう思われるのは耐えられない。

 

 彼女が己を化け物と蔑み、周囲が化け物と罵る理由。

 理由は単純明快。彼女の身体には人間以外の血が、それも吸血鬼の血が流れているヴァンパイアハーフだからだ。

 彼女の亡き母、心願寺 楓は異種族の仔を孕む特異体質であり、それに目を付けた吸血鬼が存在した――――それこそが不死の王にして悪名高き吸血鬼の始祖。

 連れ去られた楓を取り戻そうと単身で立ち向った幻庵であったが、結果は楓を取り戻す事も叶わず、既に生まれ落ちていた紅を連れ去るだけで精一杯であった。

 

 幻庵にも多くの葛藤があったが最終的には紅の境遇を憐れみ自らの孫として受け入れ、次期当主として養育する事を決めた。

 余りにも勝手な、当主としてあるまじき行為に誰もが反発を見せ、心願寺家を離れる者が続出した。

 幻庵の目の届かぬ所では紅を化け物、忌み子と恐れ嫌い、彼女は孤独な幼少時代を過ごす筈であったが、時を同じくして不具の仔がふうま宗家に生まれる。それが小太郎だ。

 

 小太郎の母は紅の境遇を知り、幻庵は小太郎の境遇を知ると、二人を引き合わせた。

 思惑は言うまでもない。互いに忌み嫌われる外れ者。ならばせめて、どのような形でも構わないから無二の信頼を築いて欲しいと願って。

 

 結果はご覧の通り。

 小太郎の母と幻庵の行動は功を奏した。

 人は他者と触れ合い、語り合う事で成長する。少なくとも紅が歪まずに育たなかったのは、幻庵の愛情と小太郎との幼少期があったからだ。尤も、小太郎の方がどうであったか分からないが。

 

 

「――――ふん。やっぱり、か。見ろよ」

 

「コイツ等、何処かで……」

 

二車(にしゃ)の末端も末端。骸佐の取り巻きだ。ヒャッハーするしか能がない、理性も知能もないから使い捨てにされたな。いや、奴の性格からありえんな。権左の入れ知恵とも思えんが……」

 

「そんな……確かに口も態度も悪い奴だが、アイツがそんな真似をするわけが……」

 

「オレもそう思う。だから確かめに行くぞ」

 

「確かめにって、こんな何処も彼処も混乱している状況でか? どうやって探すつもり?」

 

「行く場所なんぞ決まってる。アサギの所だ」

 

 

 二車 骸佐。

 小太郎と紅にとって、ふうま時代からの幼馴染。

 心願寺 幻庵と同じく骸佐の父親はふうまの頭目衆であったふうま八将の一員であった。

 先の内乱で父と兄弟を失った骸佐は若くして二車の当主となった。対魔忍への憎しみを胸の内で押し殺して。

 

 紅とはよく会話をしていたようであるが、五車町へと移り住んでからというもの、小太郎と骸佐は顔を合わせはしたが会話はなかった。

 二車家は実力者こそ敗死したものの、同じくアサギへと下った紫藤家に並ぶ程の人員を擁する。これを利用されては堪らない、と特に厳しく接触を禁じられていたからだ。

 

 しかし、どうにも小太郎と紅の骸佐に対する印象は、反乱に結びつかない。

 確かに骸佐は、誰よりも現行の対魔忍に対して深い憎しみとふうま一門復興を望んでいるのは確かだ。しかし、だからと言って反乱を起こす気質でもない。

 荒々しく、誰かが止めねば何処までも走り続ける性格であるが、かつての敗北が彼の心に影を落としていた。二車家の人間を失う事を、ふうまの仲間を失う事を誰よりも、何よりも恐れている。

 

 今し方、小太郎と紅に襲いかかってきた骸佐の取り巻きは実力もそこそこにも拘わらず、自信だけは一人前の三流だ。性格にも難があり、紅を犯そうとしていた事からも伺えよう。二車家の中でもどうしようもないクズで通っていた。

 だからこそ、骸佐は己の取り巻きとした。取り巻き共が問題を起こさぬように、自ら手綱を握り、これ以上ふうまの立場を悪くはさせまいとしたのだ。そして、クズとは言えども二車家の一員と真剣に彼等の明日を憂いていた。

 

 そんな骸佐が、仲間を使い捨てにするとは考え難く、何処かの誰かが入れ知恵をしたとしか思えない。

 

 死体から仮面を剥ぎ取り、何処の誰かを確認した小太郎は立ち上がったが、紅は頭にハテナマークを浮かべるばかりで分かっていない。このタイミングでアサギの所に向わねばならないのか、と。

 

 

「あのなぁ、ちったぁ自分の頭で考えろって言ったろ? これは陽動だ。こいつらみたいな連中を五車町のあちこちで暴れさせて目を引いてるんだよ」

 

「そ、それは分かるっ! 馬鹿にするなっ!」

 

「馬鹿にするなってしょうがないだろ、お前馬鹿なんだから。二車家の数は多いが対魔忍の総数と比べれば戦いになんかならない。だったら陽動で手薄になった本丸を落とすしか取れる戦術がねぇよ」

 

「それでアサギ校長のところかっ! いや、分かっていたがなっ! よしっ、急ごう!」

 

(勢いで誤魔化そうとしても誤魔化せてないんだよなぁ…………まあ、メンタルは回復したから良しとするか)

 

 

 馬鹿とハッキリ言われて紅は顔を真っ赤にしながら自分一人でずんずんと進んでいく。

 顔の赤さは、怒りと言うよりも恥ずかしさ故だろう。可愛気と言えば可愛気だが、普段の凛々しい姿は何処へやら。色々と台無しだ。

 

 そんな彼女の姿に嘆息しながらも、その後を追う。

 紅のメンタルの弱さは百も承知。周囲から化け物化け物と蔑まれれば、卑屈にもなろう。彼女にとって化け物というワードは完全な地雷だ。

 だからからかったり、敢えて怒らせる事で、気を逸して持ち直させるのは昔からの役割だった。

 

 こうして、ふうま 小太郎は戦いへと身を投じ、彼の物語が幕を開ける。

 彼の物語は対魔忍の物語でもない。況してや外道の物語でもない。

 

 この物語は、メンタルお化けの彼がただひたすらに苦労に喘ぎ、絶叫し、七転八倒し、時々ヌキヌキポン(ご褒美)(隠喩)する、苦労人の物語である――――!

 

 

 

 

 

 




やっちまったぜ(テヘペロ
大体、ずっとこんな感じで進んでいきます。
色々と疑問質問があれば感想にでもどうぞー、答えられるものならば答えます。

今回はこんなところです! では、次回もお楽しみにー!

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