対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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若様「さて、ヨミハラ到着。じゃけん、用済みの奴は処分しましょうねー」

ゾクト「ぐぇぇぇぇ(窒息死」

若様「よーし、死亡確認! 後の問題は……」

紅「…………?」

若様「まあええわ。パパさんが来てもおちょくって逃げちゃいましょうねー(鼻ホジ」


という前回までのあらすじ。

対魔忍RPGは年末年始に新しいイベントはなしかぁ。いや、まだ希望は捨てない。
てか、他のソシャゲもイベントあるから、なしならそれはそれで。身が持たぬわぁ!!

では、本編どぞー!




苦労人は猫より犬派。だって猫の奔放さは羨ましいんだもん

 

 

 

 

 

 

 ヨミハラの壁沿いを進む。

 プレハブ建築の建物が立ち並び、一見すれば地上の住宅街と変わらないように見える。

 しかし、その実態は違法建築によって安全基準を満たさないハリボテだ。大きな地震でも発生すれば、一瞬で倒壊する程度の代物に過ぎない。

 

 時折、住宅街に不釣り合いな洋館らしき建物もちらほらと見かけられたが、恐らくはヨミハラが生まれたばかりの頃、区画整理が行われる以前に建てられた娼館の名残りだ。

 居住区の設定、商業施設の一極化の煽りを受けて、場所を買えたのか、商売が立ち行かなくなったらしい。

 

 

(広さは一般家屋よりも娼館くらいの大きさの方が、包囲しようにも数がいるから逃げやすくていいんだが、ああいうところは既に誰かが根城にしてる可能性が高いんだよなぁ)

 

 

 ヨミハラは無法者の街。

 ノマドの目から逃れたいマフィアが根城にしている可能性もあり、組織に属さない無法者の寄り合い所になっている可能性も高い。

 

 無論、制圧という観点だけでみれば独立遊撃部隊のメンバーならば簡単すぎる仕事だが、人が生きている以上は相応の繋がりがあり、それは一般であれ闇の世界であれ変化はない。

 仲間、友人、同業者、敵対者。上げていけばキリがなく、誰かがいなくなればその空白に誰かが目を向ける。其処から独立遊撃部隊の存在に気付くものもいるだろう。折角、築いた拠点を無駄になる。

 

 

(……この辺りにするか)

 

 

 一際気配が疎らな地区に差し掛かり、小太郎は舌打ちとハンドサインで指示を出した。

 四人も同意見であるらしく、頷いて賛成の意を示して進んでいく。

 

 外周部を駆けていた時とは打って変わって慎重な足取りで住宅街を進む。

 先程までは壁際という一方向から視線にだけ気を揉めば良かったものの、ここから先はあらゆる方向からの気配と視線に気をつけねばならない。当然の備えであった。

 

 人の気配が少ないのは、住宅そのものが古かったからだろう。

 ヨミハラに点在する数ある住宅街の中でも最初期に造られたのだろうか。

 家屋の窓は破られ、扉もまともに閉まらないのか半開きのまま。壁が崩れて穴が開いているものもある。

 

 

「………………っ」

 

「――――隊長」

 

「分かっている。いきなり戦闘に発展か。前途多難だな」

 

 

 先を進む紅と凜子が愛刀に手を駆けて立ち止まる。

 僅かに遅れてゆきかぜが立ち止まった理由に気付き、小太郎と災禍は既に戦闘態勢を整えていた。

 

 この区域に人が少ない理由。

 単純に住まう不便だった、家屋に倒壊の危険性があったというのも理由の一つであろうが、それが事実であるかと問われれば疑問が残る。

 何せ、この街に住まう者は闇の住人。後先を考えず、目先の快楽や欲望を優先したが故に、堕ちるところまで堕ちた者達である。その程度の危険性で近寄らないとは思えない。

 

 ならば事実は単純。

 この区域は、己の欲望が最優先の者ですら避けて通るほどの危険が潜んでいるのだろう。

 

 他の魔界都市にも似たような空白とも言える区域、地区は存在する。

 そういった区域の共通点は、排除したくとも排除できない非常に危険な存在が縄張りとしている事だ。

 

 魔界の住人ですらが恐れる何者か。生き物であるかも疑わしい正体不明。言葉を持たず、交渉も命乞いも通用しない弱肉強食の体現者。そういったモノがこの区域を縄張りとしているのだろう。

 これがヨミハラの中心部であれば、ノマドや他の組織が結託して排除に動いたであろうが、半ば打ち捨てられた区域を取り戻す旨味は薄く、冒さねばならない危険を鑑みれば、放置が最善策である。

 

 

(――――速い。建物の中を移動しているのなら、人型かそれに近い形をしているのだろうが……)

 

 

 紅は建物の内部や影を移動する気配を感じ取りながら、視覚で捉える事が出来ずにいた。

 相手が何者であるかは依然として不明――――ではあるが、明らかに戦闘の意思が伝わってくる。人間のような悪意や怒りに根差したものではなく、生き物の本能に根差しているのか感情が薄く、先が読み辛い。

 

 此処は敵の縄張りだ。地の利は相手にある。

 何時、何処から襲い掛かってくるか分からない不安感は、近代的な造りの街並みにも拘らず一寸先も見えない闇に閉ざされた森の中にいるかのよう。

 

 

「――――ニャニャ」

 

「っとぉっ……?!」

 

 

 何もかもが突然だった。

 小太郎の隣に立つゆきかぜの視線が、周囲の建物の二階に向けられた瞬間、家と家の間にある路地から真っ黒な影が飛び出した。

 

 影は小太郎達の立つ通りを一直線に、一跳びで横断する。跳躍の距離にしておそよ8m。距離も速度も人間のそれではない。

 鋭敏に殺意を感じ取った小太郎は身体を仰け反らせたが、無傷とはいかない。擦れ違い様に振り抜かれた爪は彼の胸板を斬り裂いていた。数瞬遅ければ、胸骨ごと持っていかれていただろう。

 

 

「隊長……!」

 

「掠り傷だ。今の、見た奴はいるか?」

 

「見た。獣人だ。種類は猫か、それに類するものだと思うが、厄介な……!」

 

 

 互いの武器が干渉し合わない位置にまで近寄り合い、周囲を警戒しつつ僅かな情報を共有する。

 

 凜子が視界で捉えたのは、獣人であった。

 半獣半人の彼等は他の種族に比べて身体能力が高いのが特徴であり、動物の特徴をそのまま有している場合が多い。

 種類は様々で犬や狼の特徴を残した人狼や牛頭のミノタウロスなど神話で語られる怪物のモデルとなった種族もいれば、馬頭の馬漢に対して、下半身が馬になっているケンタウロスなど同じ動物の特徴が別の部位に現れているなど多岐に渡る。

 

 凜子が漏らした通り、厄介な状況であった。

 ネコ科は全ての種が捕食者であり、狩りに適した生粋の狩人だ。

 ライオンやチーターのように平野に適応した種も存在するが、虎やジャガーのように密林に適応した種の方が圧倒的に多く、建物が立ち並び、遮蔽物の多いこの区域は正に狩場。

 イヌ科のように長距離を追い回す狩りは行わず、物陰に隠れ潜み、獲物に気付かれる事なく近づき、持ち前の瞬発力を生かして一瞬で勝負を決めてくる。

 

 小太郎を狙ったのは、一番狙いやすかったからだろう。

 集団の頭目の上にゾクトの死体を抱え、なおかつ実力的にも一番劣っているように見えたのか。真っ先に狙うならば彼しかいない。

 

 

「紅、どうだ?」

 

「ああ、問題ない。()()()()()

 

 

 一旦背負っていた死体を地面に降ろした小太郎は、FNX-45にオスプレイサプレッサーを取り付けながら問う。

 問いかけに応えた紅の碧眼は瞳孔だけが真紅に染まり、既に持ち前の邪眼で見える筈のない風の歪みを捉えていた。

 

 歪みは何処(いずこ)にでも生まれ、常人には捉える事が出来ないだけで何処にでも存在している。極端な話、人の些細な動きでも発生しうる。

 この特性を早い段階で掴んでいた心眼寺家は剣術の歩法に組み込み、踏み込みによって望んだ場所に歪みを発生させ、自在に風遁の術を発動させる。

 

 小太郎は歪みの特性とそれを捉える邪眼に着目し、感知性能を伸ばした。

 これまでは攻撃に転用できるほどの大きな歪みのみを目視していた所を、攻撃に転用できない小さな歪みまでを意識させたのだ。

 どれだけ気配を殺す事に長けようとも、物質界に存在している以上は動きによって大気を震わせ、歪みは生まれる。紅の邪眼は今や攻撃に用いられるのみならず、高精度な動体センサーカメラでもある。

 

 

 紅の邪眼は歪みを空間に走った亀裂のように捉えており、姿が見えず音も聞こえずとも、進行方向の先に生じる事を学んでいた。つまり、敵の動きを先読みできる。

 

 

「――――上だっ!」

 

「ニャっ……?!」

 

 

 紅の声に全員が視線を上げ、建物の二階から音もなく飛びかかった影は愛らしい声を上げた。

 今まで縄張りに踏み込んだ者は、自身の動きを捉える事も、ましてや先読みする事も出来なかった故の驚きだろう。

 ヨミハラという環境故にか、これまで狩りが失敗してこなかった故にか。ともあれ、影に油断慢心が生まれていたのは疑う余地はない。

 

 如何に優れた獣であれ、襲い掛かるコースを特定されれば狩りの失敗率は跳ね上がる。

 ましてや、迎え撃つ側が対魔忍であるのなら――――

 

 

「そこよっ!!」

 

「ニ゛ャっ?!」

 

 

 ――――この結末は、初めから約束されたものだった。

 

 またしても小太郎に襲い掛かろうとした影であったが、間に割って入った災禍に阻まれる。

 普段は制限されている最大出力を解き放ち、鋼鉄の義足に速度と威力をそのまま乗せた一撃。

 

 空中から襲い掛かる影に避ける術はなく、弧を描いた爪先が脇腹に突き刺さった。

 強烈な衝撃と痛みに影は息を吐き尽くすのみに留まらず、凄まじい勢いで家屋の壁へと激突する。

 

 

「ニャア~~~~~」

 

 

 家屋そのものを揺らすような激突にも関わらず、影は目を回しながらも上体を起こそうとした。

 大した頑丈さだ。身体能力に優れた獣人の面目躍如と言ったところか。

 

 

「まだやるかい?」

 

「……ニャ」

 

 

 しかし、影の奮闘も其処までだ。

 

 地面から起き上がろうとした影の首に凜子と紅の刃が交差して添えられ、小太郎とゆきかぜの銃口が眉間に向けられている。

 

 どう足掻いだところで逃げられない。知恵を絞ろうとも抜け出せない。

 そう悟った影は潔く掌を上に向け、項垂れて脱力する。無抵抗を示す精一杯の姿勢であった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「僕の名前はクラクル。よろしくニャ」

 

「おう。暫くの間、間借りするぜ」

 

「ニャニャ。仕方ないニャ~」

 

「全く、襲い掛かってきたのはそっちなのに……」

 

「そう言うな、ゆきかぜ。不用意にコイツのテリトリーに踏み込んだのはこっち。非があるのもこっちになる」

 

「そうニャそうニャっ!」

 

 

 クラクルと名乗った獣人は凜子の目にした通りに猫型であった。

 真っ白な髪と頭頂部で揺れる二つの猫耳に、肢体は人のそれと変わらないにも拘らず、手足は黒い毛皮で覆われて肉球と鋭い爪を備え、尻尾まで生えている。

 

 初めの内は敵として処理をしようとしたが、話してみれば警戒心こそあれ奔放で素直な性格をしており、小太郎は考えを改めた。

 この実力であれば周囲から一目置かれ、この性格であれば可愛がられる。縦の繋がりはなくとも、横の繋がりは確実に存在している。此処で殺せば、噂が広まり、自分達の存在を嗅ぎ付けられかねない。

 

 ならばいっその事、手を組んだ方がまだマシだった。

 

 クラクルは縄張りの一部を暫くの間提供し、小太郎は何らかの見返りを与える。

 その提案に、彼女は思いの外あっさりと頷き、求めた見返りは魚やネコ缶といった食料であった。

 

 獣人達の生活は原始の頃から変わっておらず、魔界の中でも自然に寄り添ったもの。

 正義や忠義といった文明が発展していく過程で得た余分など持ちえず、弱肉強食の理に、より従順。敗者である以上は勝者に従うことを当然とし、逆らうという思考すら持ち合わせていないようだった。

 

 独立遊撃部隊にしてみれば不幸中の幸いであった。彼女の性格であれば、裏切りや策謀を警戒する必要性はないと断言できる。

 唯一の懸念点はクラクルが任務の重要性や独立遊撃部隊が身を隠す理由を一切理解していない点か。

 ちょっとした会話から情報が漏れる恐れもあるが、重要な情報を明かさずにおけば、任務に支障はない。ヨミハラにおける安全な拠点を得られる事を鑑みれば、この程度の危険は覚悟しておくべきだ。

 

 またクラクルは野生動物に近く、縄張りに足を踏み入れたのは小太郎達の方。

 野生動物の起こす被害は、無知な人間が彼等の領域(なわばり)に足を踏み入れてしまう事が端を発する場合が大半だ。

 そもそも野生動物に人間の理や法を押し付ける方が間違っているだろう。

 彼等には彼等の理があり、人には人の理がある。この二つは決して交わらず、互いに譲り合う理由も無い。互いの領域を犯さぬように生きていくしかないのだ。

 

 

「しかし、思いの外広いな。他に誰か居るのか……?」

 

「だぁれもいないニャ。電気も通ってるし、ボクは色んな部屋を好きに使ってるから、そっちも好きにしていいにゃ」

 

「災禍、此処の見回りついでに部屋の明かり、いくつか点けてきてくれ」

 

「――御意」

 

 

 小太郎の指示を全て理解した上で、災禍は静かに頷くと部屋を後にする。

 

 クラクルが自身の住まいとしていたのは、打ち捨てられた娼館の一つだった。

 正面玄関のある中央ホールを基点として左右へと伸びる構造の三階建て。

 娼婦一人に部屋を一つ割り振っていたとするなら、かつてヨミハラにおいては中堅クラスの規模であっただろうが、今や主人は一匹の獣人と物悲しい。

 一体、過去に何があって廃墟と化したのかは兎も角、部屋を選べば調度品は揃っており、窓やカーテンもある。掃除さえしてしまえば生活を送るには問題あるまい。

 

 災禍に部屋の明かりをランダムに灯させようとしたのは、撹乱目的。

 全てが消えていても灯っていても、それはそれで不自然であるが、クラクルの気まぐれさが周知の事実であるならば、誰も不信に思わず、尚且つクラクル以外の存在が潜んでいるとも思うまい。

 万が一、潜伏していた事がバレたとしても、襲撃側は心理的にまずは明かりの灯った部屋に目を付ける。逃げるにも囮に使うにも有効だ。

 

 

「早速だが、これ食べる?」

 

「ニャ。くんくん…………ふぁ~~~~」

 

「な、何なんだ、その顔は……」

 

「くっさぁっ!! 嫌ニャッ!!」

 

「ですよねー」

 

(小太兄、死体の処理するの面倒だからってこの娘に押し付けるのはどうかと思う)

 

 

 口をポカンと開けたフレーメン反応を見せたクラクルであったが、即座に鼻を押さえてゾクトの死体を蹴り飛ばす。

 

 ほぼ一日坑道を歩き続けた肥満体。身嗜みや体臭に気を遣うタイプでもない。臭った所で不思議はなかった。

 

 

「どうせ食べるならもっと小さい娘がいいニャ。お肉も柔らかいニャ」

 

「…………」

 

「オレを見るなオレを。人間じゃないんだ、人間だろうが子供だろうが喰うだろうよ」

 

「ニャニャ。でもボクはお魚やネコ缶の方が好きだニャ~」

 

 

 クラクルの発言に、三人は薄っすらと嫌悪の色を滲ませた表情で小太郎を見た。まるで、此処で処分しておくべきじゃ、とでも言いたげだ。

 しかし、小太郎に変化は見られない。クラクルが何を喰おうが興味がないといった様子だ。好んで食べる訳でもなければ、食べたという明確な証拠があるわけでもない。

 人間とて他の種族を食べているのだ。人間が喰われようが、相手が野生動物であるのなら酷く自然である。言葉が通じるだの、話が出来るだのは関係ない。それは人間の築いてきた価値観や倫理観の話であって、クラクルには何の関係もない。其処にあるのは捕食者と被捕食者の関係だけ。小太郎としては目の前で無辜の人間が喰われでもしなければ、動くつもりは全くなかった。

 もし仮にクラクルが捕食されたとしても、彼女は抵抗こそするが、文句や不満は一切ないだろう。それが純粋な野生というもの。生死が常に隣合せであり、死の覚悟があらゆる行動の前提となっている。その無駄の無さ、その潔さは小太郎も好むところであった。

 

 

「さて、じゃあちゃっちゃとやっちまうか。死体の処理、お前らに任せるぞ」

 

「「「え゛っ」」」

 

「驚いてんじゃねぇよ。オレの下に居る以上はこういった仕事もある」

 

 

 露骨に嫌な顔をする三人に、小太郎は呆れ顔で告げた。

 基本的に、対魔忍の起こした戦闘や潜入の後始末は内部の専門部隊が請け負う。後始末部隊だけでは手に負えない場合は調査第三課に政府側の部隊に出動を要請する形だ。

 だが、ヨミハラでは組織からの後押しなど期待できない以上は、自分達で後始末をする他ない。今だけの話ではなく、今後もこんな展開になるの可能性は高い。こういう場合の手法は早目に覚えて貰った方が良い。

 

 彼女達とてゾクトに同情なぞしていないし、自分達の任務を遂行するに当たって必要な行いであると理解してはいるが、嫌なものは嫌だろう。

 死体の弄びなぞ忌避して然るべき。闇の住人や外道を憎み殺そうとも、その時点で罪の精算は終わっている。それ以上憎む真似はまだまだ真っ当な彼女達には難しい。

 

 しかし、不承不承ながらも頷いた。

 このまま拒否したところで災禍が代わりに行うだけであり、ヨミハラにおける任務で小太郎への負担が増大しかねない。

 放置するにしても、数日で腐り始めて悪臭を放つようになる。それで自分達の存在がバレてしまっては元も子もない。

 

 

「若様。異常ありませんでした。周囲も見てみましたが、誰かが住んでいる様子は見られません」

 

「よし。広めの部屋はあったか?」

 

「待合室と思われる部屋が。此方です」

 

「凜子、出番だ」

 

 

 小太郎達の行動に興味がないクラクルは既にホールのソファで丸くなって眠っている。

 戻った災禍に先導され、小太郎は死体の片足を掴んで引きずりながら後を追う。

 

 ホールから左に折れた一階の部屋は確かに待合室のようだ。外部からの目を気にしてか、窓はない。

 放置されたが故に埃を被り、劣化の酷い調度品の数々であったが、かつてはどれもこれも相応に値が張った事が伺える。

 部屋の造り自体も、中世の欧州を意識しているらしく、此方も金が掛かっているに違いない。それなりの高級娼館だったのだろう。

 

 ゾクトの死体を放り、小太郎がソファの一つに腰掛けるとボフっと埃が舞い、四人は口と鼻を覆って顔を顰めたが、当人は気にせず、荷物の中からノート型パソコンによく似た通信機を取り出して起動させる。

 

 

『若ぁっ、ご無事ですかぁ?!』

 

「ああ、こっちは拠点まで確保した」

 

『流石は若。安心致しました。他の者も私の代わりをよく務めてくれたな』

 

 

 通信機に映し出されたのは五車学園で待機していた天音。

 本当に小太郎の身を案じて不安で一杯だったのだろう。いの一番に写った彼女は涙目だった。

 しかし、小太郎と無事を確認するとキリリとした表情へと切り替わる。当人としては感情を表に出していないつもりなのだろうが、感情ダダ漏れである。

 

 

「頼んでおいたリストのもの、用意できたか?」

 

『既に準備は整っております。無論、カメラもです』

 

「流石に手際が良い。ほらよ、凜子。やれ」

 

「了解。上手くいくといいが」

 

 

 小太郎は天音に確認を取ると、凜子に眼鏡を投げ渡す。

 ただの眼鏡ではない。米連で開発されたヘッドマウントディスプレイ(HMD)である。

 圧倒的に軽量化、小型化されており、従来のそれと同様の機能を有している。これまでのHMDに比べて装着が簡単になっており、サイボーグ化されていない兵士には好評であった。

 もっとも、これも既に旧型だ。最新型はコンタクトレンズのように眼球に直接貼り付けるレベルにまで小型化されている。

 

 

『映像を送る。どうだ?』

 

「天音殿、確かに。いくぞ」

 

 

 天音は手元のパソコンを操作し、凛子のHMDに設置したカメラの映像を送る。

 カメラが映し出した映像は、天音が用意した物資を映し出していた。

 

 これは小太郎の提案した方法だった。

 凜子の忍法は使い勝手が良い。監視、警戒、強襲、撤退と部隊を運用する上で利便性の高い使い方が一通り揃っている。

 ならば、新しい使い方を模索させるよりも、今現在の使い方を安定かつ柔軟に使用させる方が良いと判断した。

 ただ問題であったのは、凜子自身ですら自身の忍術の使用方法やコツというものを明確に説明できなかった事か。

 

 凜子が戦闘以外で使用する空遁の術は大きく分けて二つ。視覚跳躍と空間跳躍である。

 視覚跳躍は、文字通りに視覚を遠方や遮蔽物を超えて跳ばす千里眼。今自分の立っている場所から離れれば離れるほどに、力を消耗していく。

 空間跳躍は、文字通りに空間を超えて自らや集団、物体を跳ばす瞬間移動。但し、通常の視界以外の場所へ跳躍する際には危険が伴い、現在地から離れれば離れるほどに失敗の可能性も増していく。

 共通する欠点としては、どちらも凜子自身の体力を著しく浪費する点か。比較的燃費の良い“視覚跳躍”であっても範囲と時間は限られ、“空間跳躍”に至っては日に数度が限界だ。

 

 限られた時間と回数で、小太郎と凜子は検証と実験を繰り返した。使用者ですら分からないという問題点を明らかにし、改善を行うために。

 殊更、検証に力を入れたのは空間跳躍だ。任務の失敗、成功の如何に関わらず、この術さえあればほぼ確実に撤退が可能となる。

 空間跳躍の距離を伸ばし、より安定した運用こそが、部隊の今後を左右する、というのが二人の共通の見解であったからだ。

 

 検証の中で分かったのは、凜子の下から別の場所に跳躍させるよりも、別の場所から自分の下へ跳躍させる方が遥かに難易度が低い事。それが尤も顕著に現れたのは、凜子の愛刀である石切兼光であった。

 石切兼光を手元に呼ぶ際には消耗も少なく、何よりも失敗する事は一度もなかった。この事実から、小太郎は空間跳躍に絡むのは、何よりも凜子自身が対象の明確なイメージを形作れるか否かと結論付けた。

 

 凜子にとって石切兼光は幼少時から触れてきた愛刀であり、手入れを繰り返してきた秋山家伝来の大業物。

 例え手元になく、瞳を閉じていたとしても、刀身の形状から波紋の形、握った感触に至るまで克明にイメージできる。このイメージの差がそのまま空間跳躍の成否に繋がる。

 

 ならば、安定させるのは単純だ。

 手元に跳躍させるならば、モノの明確な映像を。別の場所の跳躍させるのならば、跳躍する地点の明確な映像があればいいだけの話。

 視覚跳躍と併用する事も考えたが、これでは安定性に掛けた。恐らくは、併用することによって意識が逸れ、イメージに綻びが生まれてしまうのだろう。

 

 凜子は靭やかに腕を踊らせ、不可思議な印を結んで目の前の映像に集中する。

 

 

『……おぉ、これは』

 

 

 通信機に写った天音は目を見開いて、呟きを漏らす。彼女の視点の先には用意した物資に何らかの変化が訪れているのだろう。

 

 そして、小太郎達のいる待合室にも変化が訪れた。

 凜子の前の空間には小さな稲妻が無数に奔り、次第に数を増やしていく。

 稲妻はやがて光の球体へと姿を変え、窓がない部屋の中に強風を巻き起こして埃を吹き飛ばす。

 

 目も眩むような閃光が部屋を包み込み、誰もが目を細める中で光が炸裂する。

 やがて光が止むと、今し方まで部屋に存在していなかったものが、凜子の目の前に現れていた。

 

 

『此方の用意した物資は消失しました』

 

「こっちには物資が出現した。中身は……リスト通りだな」

 

「ふぅ……どうやら、成功したようだ」

 

「上出来だ、凜子。天音も引き続き頼むぞ。通信は以上とする」 

 

『はっ。ご武運を。無事を願っております』

 

 

 安堵の吐息を吐く凜子を尻目に、小太郎は通信機を停止させた。

 

 これで誰にも悟られる事なく安定して物資が供給される上、撤退が可能であると実証されたも同然だ。

 ヨミハラに侵入という第一段階、ヨミハラ内部の拠点確保という第二段階、物資の補給路確保と撤退路確保という第三段階まではクリアした。

 残る段階は水城不知火の発見、身柄の確保、速やかな撤退の三つ。此処からは更に慎重な行動が求められ、敵の介入も予測される。予断は許されない。

 

 

「物資は小太郎の武器と弾に、これは、なんだ?」

 

「米連から鹵獲した偵察用のドローンだ。これを飛ばしてヨミハラ全体の地図を作る。わざわざオレ達の目で見て回るリスクを犯す必要はないからな」

 

「で、これは……寸胴鍋とおっきいコンロに、ガスマスク……パイプ用の洗剤にトイレ用の洗剤? 凄くいっぱいあるけど、何に使うの?」

 

「死体の処理に使うんだよ。本音を言えば粉砕機でミンチにして海とか畑に巻くのが速いんだけど、今回はこれでいく」

 

 

 え、と表情を凍りつかせた三人は小太郎の顔を見たが肩を竦めるばかり。

 続いて災禍を見たが、過去にやった事があるのか唇をへの字に曲げていた。どうやら、彼女としてもあまり思い出したくない方法のようだ。

 とは言え、寸動鍋こそ業務用の巨大なものであったが、排水管クリーナーは市販のもので、地上であれば何処でも買える類のものであり、彼女達にはピンと来ていない。

 

 これは水酸化ナトリウムを含んでいる――――つまり、強いアルカリ性の水溶液であり、その特性として細胞などのタンパク質に浸透して分解する。排水管の髪を分解して、詰まりを予防する効果はそうしたメカニズムの下に発揮させるのだ。

 そして、人体の大部分はタンパク質で構成されており、特殊な肉体を持つ魔族でもなければ同様。つまり、これを使えば肉、内蔵、皮膚、髪は溶けてしまう。

 骨はリン酸マグネシウム故に残るが、トイレ用の洗剤は塩酸を含んでおり、此方も溶ける。完全に溶けきることはないが、処理のしやすい柔らかさとなってしまう。

 

 あとはトイレなり、風呂場から流してしまえばいい。電気が使用できる以上は、水道も同様に使用できるだろう。後に残るものは何もない。

 

 

「そういうの、私達にやらせるか、普通……」

 

「そうは言ってもな。オレも災禍も別にやることはある。手が空いているのは戦闘要員のお前等だけしかいない。誰でも出来る方法だ。難しくはないだろ?」

 

「だが、気持ちのいい方法ではないな、これは」

 

「当然だ。死体を気持ちよく処理できる方法なんて、火葬くらいのもんだ。何、この程度は慣れだよ慣れ。殺しと同じさ。暫くの間、夢に見るかもしれんがな。割り切れよ。割り算も出来なくて生きていけるつもりなのか?」

 

「綺麗事ばっかりじゃないなぁ、もう! やればいいんでしょ、やれば!」

 

「その意気だ。オレも腹が括れるってもんだ。お前達に手を汚させる以上、この任務は確実に成功させる。必ず、不知火さんを連れて帰ろう」

 

 

 余りにも悍ましい手法に、三人は顔を顰めたが、小太郎はあっけらかんとしたものだ。

 彼に対して恐怖や嫌悪を覚えながらも拒否だけはしなかったのは、独立遊撃部隊に入った時点であらゆる覚悟を決めていたからであり、不知火救出という明確な目的があったからだろう。

 ゆきかぜにとっては実の母親を、紅と凜子にとっては後輩の母親を、ヨミハラという魔都から救出する任務。どんな手段であれ、どんな方法であれ、許容しなければ不可能は可能となりはしないと理解している。

 

 嫌悪を抱く行為へと共に手を染め、三人の結束はより強いものとなる。

 さながら、災禍と天音が命懸けで小太郎を逃し、二人の絆が強固かつ不変のものへとなったように。

 

 それはそのまま独立遊撃部隊の強みとなり、より洗練された群れとなるのだろうが、小太郎がそれを狙って命じたか否かは、語るべきではないだろう。

 

 

 

 

 





はい、というわけで、クラクル登場&紅と凜子の成長お披露目&ゾクト死んだ後に酷い事になる、でした。

実際にやる人とかいないだろうけど、今回の死体の処理方法は割とガチ……らしい。
本当にあった事件でやった犯罪者がいるみたいですね。それも日本で。詳しくは自分でググってね。
こういうこと考えつく頭があるなら、もっとマシな頭の使い途とかあると思うんですけどねぇ……いやぁ、人間って怖い。

では、次回もお楽しみに!

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