対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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クラクル「僕、参上ニャ!」

若様「クラクルには拠点を提供してもらおうねぇ。見返りにお魚あげちゃう!」

クラクル「ニャニャニャ! お魚、お魚っ!!」

若様「さて、こっちの方は……」

ゾクト「…………(グツグツグツ」

三人娘「「「……うっぷ(顔面蒼白」」」

若様「うーん、いいよぉ。いい感じ。このままドロドロスープにして、下水に流しちゃおうねぇ」


という前回までのあらすじ

うっひょー! ZEROアサギエロいよぉ!!
そしてイベントで、あの娘が登場。あの世界のパパさんが意外と子煩悩で笑う。オメー、キャラ崩壊しすぎやろ!

そして正月の属性SR確定ガチャ。正直、凜子が欲しかったけど超人属性は当たり外れがあるので、一番外れの少ない自然属性を選択。だって、引ける未来が見えなかったんですもの! まあ、一番欲しかったゆきかぜは当たらなかったんですけどね(白目

では、本編をどぞー!



油断慢心してる奴とか鴨も鴨。さくっと罠にかけちゃおうねぇ

 

 

 

 

 

「イングリッド様、どうなさったのですか? このような場所にお越しになられずとも……」

 

「いや、少し気になってな」

 

 

 独立遊撃部隊がヨミハラに足を踏み入れてから数時間後。

 

 ヨミハラの玄関口である岩肌の壁に開いた巨大な穴の前に、複数人の女性達が集まっていた。

 腰に剣を携え、手甲や具足を身に纏った姿は女騎士といった趣であり、事実として彼女達は魔界における騎士階級に位置する存在だ。

 

 その中心人物が、生唾を飲み込みたくなる豊満な褐色の肉体に濃い桜色の長髪を持つ女。名をイングリッドと言う。

 大胆に腹部を露出させた黒い戦装束に、臙脂色の外套は魔界騎士のそれである。

 今現在、魔界には“魔界騎士”と呼ばれる存在は複数名存在するが、如何なる基準で選定され、如何なる存在から認められて名乗る事が許されるのかは分かっていない。共通しているのは特別な装束と特殊な魔剣を装備し、尋常ならざる魔力と力量を有している事だけ。

 

 そして、人界において魔界騎士の代名詞となるのが彼女。

 魔界の貴族階級、支配階級の子弟出身であり、あのエドウィン・ブラックの護衛と秘書を務める存在だ。 

 ノマドの運営になど興味がないブラックに変わって経営を行っており、フュルストと並ぶ古株かつ幹部であった。

 

 

「それで、門番達の死体は?」

 

「此方です」

 

 

 問いかけに女騎士の一人が先行し、イングリッドが後に続く。

 

 ヨミハラの治安維持を担うのは、イングリッドの部下になる女の実力者だけで構築された騎士団である。

 尤も、治安維持など名ばかりなのが実情だ。元よりヨミハラに法らしい法はなく、住人達が勝手に作り上げた暗黙の了解があるばかり。

 

 魔界の理は弱肉強食の一言に尽きる。

 支配する者の性分によっては支配地に法が敷かれるものの、基本的に魔族は法よりも弱肉強食の理を優先する気質が根底にあって、上手く機能していない。

 ましてやブラックも支配する事に執心などしておらず、己の好きにやり、他者にも好きにやらせている。イングリッドはブラックが絶対的な存在であるが故の余裕と信じているが、事実はどうであるか。

 

 ともあれ、そのメリットとデメリットは明確に存在している。

 

 メリットは誰もが好きにやっているが故に、爆発的な勢いで成長していくことだ。

 徹底した弱肉強食は、徹底的な競争社会を生み出す。法もないが故に、人の競争社会と異なり、誰かが罰を恐れて二の足を踏む事態に至らない。

 誰もが欲望のままに奔り続け、際限なく膨張を続けていく。破れた者は誰かの糧となり、より賢くより強き者のみが生き残って、より強固な弱肉強食の体制を生み出す。

 

 デメリットは支配する側が、誰が何をしているのかが把握できない事か。

 事実として、イングリットどころかブラック自身も、作り上げたヨミハラや立ち上げたノマドが何処で何をやっているのかを正確に把握できてはいない。

 要所要所で支配や采配を任せた者が信用できればいいが、誰も彼もが欲望に塗れ過ぎていて、ブラックにすら黙って自身の私欲を満たしているのは明らかである。

 そもそも、ブラックの側近とされているイングリッド、フュルスト、朧であってすら反目しあっており、それぞれが独自に動き、派閥まで形成してすらいるのだ。

 

 その中であってイングリットの閥は比較的まともである。

 信頼できる部下を選定し、下部組織や部署、集団を任せ、上へと報告するシステムが構築されている。

 だが、まともであればあるほどに貧乏籤は引かされるもの。ヨミハラの治安維持などという破綻した役割を与えられている時点でお察しである。そういった所は人間社会と変わらないのは笑えばいいのか泣けばいいのか。

 

 しかし、イングリットやその部下に悲観はない。

 全てはブラックからの信頼の証と受け取っている。その実態がどうかなど考えてもいないだろう。彼女達にとって、不信は不敬そのものなのだから。

 

 

(全員、一息で絶命させている。相当な手練と見るべきだな。カメラの映像も残っていない以上は、後追いは難しいか)

 

 

 玄関口の隅に横たえられた門番の死体を一瞥しただけで状態を判断したイングリッドは嘆息した。

 

 ここ最近、ヨミハラでは殺人が増加傾向にある。

 大半はヨミハラの住人同士の諍いや組織同士の抗争によるものではあるが、こうして何者が何の目的で起こしたものが判然としない事件は目に付く。

 恐らくは、ヨミハラの情報を入手しようと潜入した対魔忍や米連、ノマド傘下ではない魔族の手によるものであろうが、問題なのは後を追うのが非常に難しい点か。

 

 曲りなりにもプロと呼ばれる連中の犯行だけあって、証拠は殆ど残していかない。

 ヨミハラの住人も殺人になど慣れきってしまっており、目撃者が居たとしても証言は要領を得ないものばかり。

 更に言えば、騎士団は治安維持を目的としていて、目の前で狼藉を働く荒くれ者を捕縛・制圧する事には慣れていても、捜査や調査には慣れていない。

 

 

「状況から察するに、主犯はヨミハラへと侵入した可能性が高い。巡回の回数を増やして怪しい奴等は片端から捕らえろ。門番の方は人員も犬どもの数を三倍にしておけ」

 

「はっ。承知致しました」

 

 

 部下へと手短に指示を出し、外套を翻してヨミハラへの中心にあるノマドの居城へと戻っていく。

 

 彼女の胸中にあったのは一抹の不安だ。

 ヨミハラは、下衆な欲望で膨れ上がった風船も同然だ。誰にも制御など出来ず、些細な切欠で破裂する。

 破裂した所でヨミハラが消滅する事はない。人も魔族も欲望に限りはなく、抑圧された状態からの開放を望んでいる以上は、空いた空白にまた汚濁が流れ込むだけだ。

 イングリッドが憂慮しているのはそんな事ではなく、今現在ヨミハラを支配しているノマドの体制が崩れる事だ。

 ヨミハラの混沌の坩堝。何者が潜み、何者が舌舐めずりをしているか分かったものではない。空白が生まれれば、虎視眈々と利権を狙っていた者や新興の組織にはまたとないチャンス。これを呆然と眺めているだけで終わる筈もない。

 

 ヨミハラで握っている利権を多少奪われたところで、ノマドにとって痛手になりはしないが、問題なのはブラックの顔に泥を塗られることだ。

 イングリッドにとってブラックは絶対の存在である。彼は常に頂点に君臨し、他者に侮られる事などあってならない。

 しかし、ヨミハラの利権を奪われる事態になれば、必ずブラックを嘲笑う者が出てくる。組織の不手際はトップの不手際でもあるからだ。

 

 ――――目先の欲望の事しか考えられぬ下賤な輩が、あの御方を嘲弄するなど愚昧にも程がある。

 

 その一心が、イングリッドの胸中に昏い炎となって揺らめいている。

 

 

(それに、最近のブラック様は様子がおかしい。よもや…………いや、考え過ぎか)

 

 

 まさか、そんな筈は。

 何度消し去っても燻って残る感情を、イングリッドは首を振って再び掻き消した。

 

 彼女の予感も尤もであった。

 確かに、此処最近のブラックの様子は異常だ。

 普段から何処で何をしているのか。幹部である朧、フュルスト、イングリッドにすら何も告げずに消える事が多い。戻ってきたかと思えば、玉座に座って茫と虚空を眺めるばかりで何も黙さず語らない。

 確かにブラックは昔から誰にも告げずに行動に出る事は多々あった。口数も多い方ではなく、何を考えているのか察する事すら一苦労である。

 

 しかし、異常であったのはゾッとするほど静謐で、何の感情も現していない顔と瞳だ。

 

 魔界において不死と呼ばれる存在は、何もブラックだけではない。

 それぞれが別の理由、別の能力で、それぞれの不死を体現した存在だ。

 

 ある者は魔術・魔法の深淵へと至り、窮めた事によって不死となった。

 ある者は他者の肉体へと乗り移り、次々に乗り換える事で不死となった。

 ある者は生まれながらに命がなく、ただ不死であった。

 

 だが、不死であるからと言って決して永遠ではない。

 不死の存在が最終的に至る境地がある。長過ぎる歳月を経て、歩き続けた先に待ち受ける虚無。退屈が齎す生への飽きが。

 

 

「…………ブラック、様」

 

 

 主に対する敬愛と憐憫の籠もった魔界騎士の声は、誰の耳に入る事もなく、喧噪の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 潜入から開けて翌日。

 ゾクトの死体処理に悲鳴を上げて四苦八苦している紅達を他所に、小太郎と災禍は別々にヨミハラの雑踏へ身を投じていた。

 

 

 (…………さて、地図も完成したから繰り出してみたはいいが、人はそれなりに多いな。これなら、尾行されても捲くのに苦労はしない)

 

 

 カメラの搭載されたドローンを飛ばし、上空から俯瞰する形でヨミハラの地図は呆気なく完成した。

 凡そ小太郎の予測通りであったが、外周部に集中していると思われた住宅エリアはゾクトが案内した玄関口――街の東南から南西部に掛けて集中していた。

 対し、北西から北東部、更に中心部に掛けては性サービスを中心とした歓楽街が広がっており、娼館ばかりではなく、宿泊施設や酒場、レストランもある。この様子であれば、地上のそれと遜色ない生活が送れる。

 また歓楽街も住宅地に近づくに連れて寂れていることから、小太郎達がくぐった門はヨミハラの運営側、従業員用の玄関口であり、対極に位置する辺りに利用客用の玄関口と地上との直通エレベーターでもあるのだろう。

 

 

(歓楽街の中も想定内の変化だな。基本となる大通りが賽の目上に広がって、それを中心に人気の娼館が並んでいるわけか)

 

 

 雑踏の中を注意深く、慎重に擬態しながら進む。

 小太郎はヨミハラに足を踏み入れた時と同様の服装であり、見るからに奴隷商人といった趣で、誰も目を向けようとはしていない。

 大通りは縦横に三本ずつ歓楽街を貫くように広がっており、客と娼婦と客引き、商人という職業が人と魔族の境なく溢れている。唯一共通しているのは、皆、瞳に欲望の炎を灯している事か。

 ごった返しているわけではないが、気を付けなければ肩がぶつかりそうで歩き辛い雑踏を行く。

 

 大通りは娼館の毒々しいネオンの輝きで満ちており、目が痛くなってきそうだ。気紛れに通りを一本入ってみれば、様相は一変した。

 人は疎らとなり、直線だった大通りとは比較にならぬほど極端にうねり出す。大通りからは分からなかったが、歓楽街も違法建築の塊で、増改築を繰り返した結果だろう。

 道の端には怪しげな露天商が立ち並び、魔界産の薬や道具が売られている。上から来た客が持ち帰る土産物屋だ。売られている薬や道具は粗悪も粗悪。使用法を誤れば、間違いなく人死にが出る。

 

 更に路地裏を覗き込めば、男と女が交わっていた。

 此処で商売する娼婦は、ヨミハラの中でも最下層に位置する。過酷なプレイと薬物投与によって娼館では使い物にならなくなって捨てられた壊れかけの女だ。

 最早、彼女達の末路は決っている。此処から更に男の欲望に曝され、酷使され、この路地裏でその生涯を閉じ、死体は街の清掃屋に回収されて処理されるだけ。

 

 それを一瞥しただけで小太郎は何の感慨も見せずにヨミハラを進む。興味もなければ関心もない。彼女達は単に運が悪かっただけであり、小太郎にはそれを救うだけの力も知恵もないと認めているから。

 助けでも求められれば考えない事もないが、この街の娼婦は助けなど求めない。全てを諦めて、現状を楽しむ方向に思考を切り替えてしまっている。そうでもしなければ精神を保てないのだろうが、その切り替え方は言わばゆるやかな自殺と大差はない。

 地上に戻ったとしても真っ当な生活など送れない。ヨミハラで知った快楽を、生活を一度でも自覚的に楽しんでしまえば、常に後ろ髪を引かれるのは目に見えている。

 麻薬の中毒患者が何度も再犯を繰り返すように、汚泥の中へと戻っていくだろう。誘惑とは常に、心の何処かでそれを待っている者の下にしか訪れないのだ。

 

 故に救ってやるのは助けを求めた者だけ。闇の住人から与えられる快楽と生活を嫌悪を以て拒絶できる者だけだ。

 

 

「災禍、そっちの方はどうだ?」

 

『我々の予想通りです。娼婦の方も、ライフラインの方も』

 

「よし。こっちはこれからアンダーエデンに向かう。そっちは当初の予定通りに頼む」

 

 

 口腔内にセットした通信機越しに、娼婦として街に潜入した災禍と会話を交わす。無論、奴隷商人に扮した小太郎が、娼館に売り払う体で潜入させたのではない。

 災禍が扮しているのは道端で客に声を掛け、交渉を行ってそのまま娼館か、ホテルか、その場で始める所謂“たちんぼ”であった。

 たちんぼは性サービスの盛んな地域が一定以上の規模に膨れ上がれば必ず生まれてくる。ヨミハラのみならず、アミダハラ、アマハラ、東京キングダムは言うまでもなく、世界中の都市部では影に隠れて存在しているだろう。

 

 最下級の娼婦もこれに該当するのだろうが、災禍が扮しているのは中級以上の娼婦だ。

 たちんぼはその性質上、初心者では不可能だ。娼館は大事な商品である娼婦を守るシステムが構築されているが、外に出れば守り手など存在しない。

 その為、危険な客の性質を見極め、己と娼館にとって有利な交渉を行え、己の限界というものをよくよく理解した上で、必要であれば客を(あしら)える商売としての娼婦に慣れた者しか娼館側も任せられない。

 娼婦側としてもやる価値はある。普段は娼館に縛り付けられているが、この時ばかりは多少の自由は得られる。また、普段は娼館側に取られる中抜きを自分の裁量でちょろまかす事も可能だ。

 

 そのような様々な理由で、ヨミハラのあちこちにはたちんぼが溢れかえっており、小太郎と災禍にとっては望んだ環境でもある。

 

 たちんぼは一括で管理されておらず、それぞれの属する娼館が管理している。

 つまりたちんぼを行っている娼婦にせよ、見回りにきた娼館側の用心棒にせよ、顔を知っているのは自身の属する娼館まで。

 無論、個々人の繋がりはあるであろうが、顔を知らない娼婦が一人紛れ込んでも誰も不思議には思わない。災禍に客を取らせるまでもなく扮させ、ヨミハラの情報を探らせるには絶好の隠れ蓑であった。

 

 

「で、此処がアンダーエデン、ね」

 

 

 ゾクトから聞き出した不知火の売却先――――地下の楽園(アンダーエデン)と名付けられた娼館を遠目で観察しながら小太郎は呟いた。

 

 大通り沿いという最高の立地条件から外れているにも関わらず、外観はヨミハラの娼館を見てきたものの中では最上級。

 店の玄関には魔族が複数人おり、用心棒だろう。人数もそれだけではないと見るべきだ。これだけ金を掛けられるのなら、武器も防衛設備も最新鋭と見ておいた方が良い。

 

 暫く、小太郎は離れた位置で人を待つ振りをしながら、アンダーエデンの客層を探っていた。

 地上からやってきたと思われる身なりのいい客とヨミハラの住人と思しき身なりの悪い客が入っていったが、割合は前者が八に対して後者はニ。

 明らかに金に飽かした成金共を主要客とした高級娼館。金にガメついゾクトの取引先としては納得の至りであった。

 

 

(街の噂ではアンダーエデンに対魔忍を入荷したらしいし、ビンゴかな。さて、行きますか)

 

 

 娼館の規模と予測されうる金の保有量から持ちうる魔界技術――もっと詳しく言えば、魔界の高級娼婦である奴隷娼婦への改造技術も相当のものだろう。

 ゾクトからの情報が我が身可愛さに出したデタラメではなく、我が身可愛さに出した事実か、虚実入り交じるものであると確信し、小太郎は動き出した。

 

 

「あー、此処がアンダーエデン?」

 

「そうですが、何か?」

 

「いやね、奴隷商人のゾクトからヨミハラで商売するなら此処の主人に挨拶しておけって言われてさ。オレは、まあ何だ、ゾクトの旦那の相棒みたいなもんかな」

 

「ゾクトの……?」

 

「ああ。オレとリーアルの旦那との仲だからっつって、アポもないのは悪いけどね」

 

 

 一瞬、怪訝な表情をする用心棒であったが、こうした出来事に慣れているのか、胸元のマイクに小声で何事かを呟くと、視線と表情で其処で待てと伝えてきた。

 小太郎はにこやかに微笑むと、万札数枚を用心棒の胸ポケットに捩じ込んでやる。それで全てが上手くいくわけではないが、店の運営側と顔馴染みになってしまえば、以降は事がスムーズに進む場合が多い。こうした要領の良さは、当主として振る舞う過程で身につけたものだ。

 用心棒は警戒こそ解かなかったものの、多少なりとも懐が潤う分には不満はないようで、まんざらでもない表情だ。

 

 扱い易い敵に、小太郎は内心で呆れ返りながらも表情には出さない。

 まだ確定もしていない、何処の誰かも分からない男から金を受け取るなど、用心棒としての質はそれほど良くないと語っているようなもの。

 アンダーエデンの主は賄賂で動く部下を把握していないのか、把握した上で自分でも御せると楽観視しているのか。どちらにせよ、小太郎には理解できないお気楽さであった。

 

 

「――――付いてこい」

 

 

 暫くすると用心棒が店の扉を開け、中へ入るように促された。

 

 先を進む用心棒の後に続くと、玄関先で他の用心棒によるボディチェックが始まる。

 手の触覚と金属探知機による武器の所持確認。先にFNX-45を提出していた小太郎は、何の問題もなく通された。

 他の娼館であれば、動画を撮影する機器も漏れなく提出を求められるものだが、このアンダーエデンは違うらしい。サービスの幅の広さも店の売りの一つなのだ。

 

 玄関を超えると直ぐにある客の待合室へと通される。

 待合室には、自分の番はまだかまだかと待ち侘びている、好色な表情を浮かべた客で満たされていた。

 見るからに高級そうなソファに身を預け、逸る気持ちを少しでも抑えようと、煙草に火をつけようとしている者もいれば、酒と食事に舌鼓を打っている者も居た。

 

 この規模の娼館であれば、専用の書斎か応接室がある筈だ。

 其処に通されず、待合室に通されたという事は、そのまま警戒されている証左に他ならない――とは言え、当然の措置だろう。何せ、相手は何処の誰かも分からないのだ。何も自分の懐に飛び込ませる必要はない。

 寧ろ、逆に其処まで通されてしまった方が危険だ。書斎や応接室には客の目がない以上は何をされるか分からない。通される段階は、もう少し信頼でも得てからの方が逆に安心である。

 

 

「――――随分と若いな」

 

(はい、ビンゴぉ。遺伝の出やすい部分が似通っている。矢崎の兄弟か親戚でかくてーい)

 

「…………」

 

(後ろの侍女はどう見ても淫魔です。うーん、これはますます以て淫魔との繋がりが疑われますねぇ)

 

 

 ソファに腰掛け、用心棒を背後に待っていると一人の男と一人の女がやってきた。

 

 白髪頭に肥満体。地下での生活が長いのか、男にしては異様に白い肌をした男。名をリーアルと言い、この娼館の主である。

 一見すれば矢崎と似通っているのは肥満体くらいのものであったが、小太郎の目が捉えた特徴は矢崎との血縁関係を確信させた。

 顔の長さ、両目の間隔、鼻の形、歯の形、唇の大きさと厚みなど、遺伝要因の強い部分は全て矢崎と似通っている。それだけでなく、薄く覗く歯並びや顎の形など、環境的な要因で変化する部分にも共通点があった。

 

 そして、矢崎の後ろに控えた侍女は淫魔であった。

 メイド服を身に纏っており、身体的な特徴は人のそれと大差はない。

 だが、滲み出る淫気と言えばいいのか魔力と言えばいいのか。兎も角、雰囲気が矢崎の護衛に混じっていた淫魔のそれと似通っている。

 

 

「どうも。お忙しいところ申し訳ないっすね。オレの名前はまあ、何でもいいや。ジョン・スミスでも、山田 太郎でも、名無しの権兵衛でも好きに呼んで下さいよ」

 

「ふん、名無しか。まあいい。ところでゾクトはどうした。随分と礼儀知らずな真似をする」

 

「ゾクトの旦那にはオレもアンタが顔を出して紹介するのが筋だと言ったんだけどねぇ。大した仕事なんてない癖に、オレは忙しいって。笑わせてくれるよ」

 

 

 誰かの紹介であれば、紹介する側が共に顔を出すのが筋だ。

 しかし、ゾクトは今や地獄に落ちて、その死体はこうしている間にも溶かされて下水へと流されている。顔を出せる訳もない。

 それをいい事に、小太郎は小馬鹿にした笑みを浮かべながら、オレは違うとでも言いたげな表情を作り出した。

 

 今の所警戒こそされ、リーアルには値踏みされるような、淫魔には探るような目を向けられているが、不審には思われていない。

 ゾクトはフリーの奴隷商人だ。何処の組織とも正規の契約を結んでおらず、気の向くまま、依頼のままに取引を行う。しかし、フリーであり、個人である以上はどうしようもなく限界があり、より金を得るために誰かと組んでも不思議ではない。

 また奴隷商人という職は大半が魔族であるが、人間も就いている。更に人間の奴隷商人は、魔界都市の生まれで戸籍もない場合もあったりと名前がなくとも珍しくもない。

 些細な違和感を覚えるだろうが、不信感には至らない。そもそも小太郎は元より対魔忍であり、今まで正体を隠して活動してきた。各魔界都市でいくら探られようが、その正体が明らかになる事はない。

 

 

「減らず口を叩く。手土産の一つも持たずにやってきた貴様が言えた事か」

 

「そりゃ失敬。そっちの方が、今後の取引先としては目を掛けて貰えると思ってね。ほら、今は手ブラだが、明日に手土産を持ってこれれば、腕の良さが分かるだろう?」

 

「――――ほう」

 

 

 リーアルの言葉には棘があり、眉間には皺が寄っている。明らかに虫の居所が悪い。

 それもそうだろう。兄弟であり、商売の上でも繋がりのあった矢崎が死亡したという情報は、既に彼の耳にも入っているはずだ。

 兄弟としての情が残っているかは別として、矢崎ほど権力を持った相手とのコネを失うのは、アンダーエデンの経営上あまりにも痛い。

 

 更に言えば、ゾクトから買い取った不知火の調教が上手く行ってもいないようだ。

 街を進む過程で耳に入ってきた噂では、アンダーエデンに対魔忍の娼婦が入荷されたというものはあっても、対魔忍の容姿や様子に関する噂は一切なかった。

 つまり、未だに客を取ってはいないという事であり、同時に不知火の調教自体が上手く進まずにいる証明でもある。

 

 完全に無事、とはまだ言えないが、救出に関して全く芽がない訳ではない状況を確認し、小太郎も表情には出さず、内心で息を吐く。

 

 

「随分な自信だな」

 

「自信と言うか、効率の問題。こっちと上を行ったり来たりは時間の無駄でしょ。だったら、ヨミハラで商品を手に入れた方が金も時間も掛からなくていい。これを可能と証明すれば、取引先としても認めて貰えるしね」

 

「と言うならば、既に考えはあるという事か――――いいだろう。だが、ウチは高級品の取り揃えが売りだ。粗悪品は買い取らんぞ」

 

「分かってますよ。ま、納得して頂けないようだったらオレの腕と頭が悪い上に、旦那とは縁がなかったと言う事で」

 

 

 礼儀を弁えてはいないが頭の回転は早いと判断したのか、リーアルは悪かった機嫌を直し、薄っすらと笑みを浮かべる。

 

 正直な所、リーアルはゾクトに対して良い印象を抱いていなかった。

 売りに来る奴隷の質はイマイチにも関わらず、売値は高い。水城 不知火を売りに来たのは驚きであったが、全てはリーアルの背後にいる“あのお方”の手腕によって仕組まれた事であり、ゾクトの評価に変化はない。

 対して、新たに現れた小僧は小生意気で年若くあったが、既に効率よく稼ぐ方法を見つけている様子。また思う存分、値踏みをしてくれていいとまで言っている。

 期待するには早いが、それも明日に見せる結果次第。良い結果であればゾクト以上の取引相手に成りえ、悪い結果であればゾクトごと切り捨ててしまえばいい。何にせよ、リーアルにとっては美味しい話である。

 

 

「じゃあま、今日はこのくらいで。一働きが待ってるもんで」

 

「いいだろう。念を押すが、粗悪品はいらん。貴様の基準ではなく、この街の基準である事を忘れるな」

 

「肝に銘じておきますよ」

 

 

 再度、釘を差してくるリーアルに対して、小太郎は笑みを浮かべて素直に首を縦に振った。

 誰とて自分の意見が通り、思い通りに事が運べば気持ちが良い。今はリーアルの意見にも指摘にも唯々諾々と従ってやるだけだ。

 

 相手に扱いやすい奴と思い込ませれば儲けたもの。

 そのためならば彼は余計な誇りなど捨て去って、頭を地面に擦り付け、靴を舐め、尻の穴すら捧げてみせる。それに嫌悪や屈辱などと一切感じない。単に必要だからと割り切っているのだ。

 

 小太郎はソファから立ち上がって軽くリーアルに会釈をすると、用心棒に引き連れられて待合室を後にする。

 その直前、リーアルが淫魔に対して何やら耳打ちをしているのを誰にも悟られる事なく確認し、ほくそ笑んだ。

 

 

「――――さて」

 

 

 アンダーエデンから出た小太郎は、大きく伸びをして一度、気を緩め、張り直す。

 常に緊張状態を保ち続けることも必要な場合もあるが、緩急やメリハリをつける事もまた肝要だ。この程度であれば、ボロは出ない。

 

 気を取り直すとアンダーエデンの前の通りを進み、右に曲がり左に折れて、徐々に細く人通りの道へと入り込む。

 

 

(やっぱり、尾けてきてるな。尾行されている以上は警戒こそされているが、こっちの正体が分かっていないと言っているようなもんですよ)

 

 

 背後を付かず離れず、一定の距離を保って付いてくる気配。間違いなく、リーアルの秘書を務めていた淫魔のものだ。先程の耳打ちは、尾行を指示していたのだ。

 

 未だ矢崎を操っていたであろう黒幕の正体は判然としないが、薄っすらと正体が見え始めた。

 矢崎の護衛に淫魔が一人だけ混ざり、兄弟と思しきリーアルの秘書も淫魔だった。まだ確定はしていないが、淫魔の一派が関わっている可能性は高いだろう。

 

 また不知火が正気に近い状態である以上、彼女がヨミハラを離脱するに納得するだけの真実を入手せねばなるまい。

 娘であるゆきかぜを説得に使う手もあるが、あのゆきかぜの母親だ。一度決めれば、納得するまでは頑として譲らないだろう。

 黒幕の目的は判然とせず、それを中心とした勢力が何処に位置しているかも不明。これだけの暗躍を許している以上は対魔忍側としても警戒と調査の必要性がある。黒幕の正体と此処で逃したとしても後を追えるだけの情報が不可欠だ。

 

 

(この街に居る以上は必ずぶち当たる。どうにもノマドやブラックとは別口の匂いもする。しっかし、下っ手くそな尾行だなぁ。対魔忍でももうちょっと巧いぞ)

 

 

 排泄物や吐瀉物、アルコールや行為後の性臭がブレンドされた悪臭を放つ路地裏を進みながら、闇の住人にも劣らない邪智を巡らせる。

 

 ふと、彼が足元を見れば、中途半端に齧られて捨てられた半ば腐り掛けの果実が目に映る。人界には存在しない、魔界の果物だ。名称は分からない。

 名称の分からない腐り掛けの果実には、同じく名称も分からない奇怪な虫が一匹だけ腐汁を啜っていた。

 

 こうした魔界都市の路地には、魔界からやってきた虫だけではなく、魔界から漏れ出す瘴気の影響で突然変異を起こした虫が人目を隠れて存在している。

 名の知れた昆虫学者であってすら目を剥くような生態を有する彼等だが、魔界都市の住人は目を向けないほどにありふれている。それこそ、小太郎が相手にしている悪鬼外道共と同様に。

 果実と虫を踏み潰し、腐汁と体液の混合液を作り出してしまった彼の表情に変化はなく、その瞳は任務上の障害に向けるものと同じく酷く冷めきっていた。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――報告は以上です」

 

 

 アンダーエデンの一室。

 主人であるリーアルの書斎で、冷気すら感じられる無感情な声が通った。

 報告を行ったのはリーアルの秘書を務める侍女服姿の淫魔であり、彼女の目の前にある黒壇の机にはリーアルが座っている。

 

 リーアルの書斎は彼の蔵書で溢れかえっていた。

 壁の全てに本棚が並んでおり、一部の隙間もなく本が詰められている。

 この知識こそが彼をアンダーエデンの主にまで押し上げ、自信の源となっている事は明らかであった。

 

 蔵書の内容は多岐に渡るが、中でも多いのは魔界技術を用いた改造と訓練、そして魔術による契約に関するものだ。

 

 アンダーエデンの娼婦は全てが人界の高級娼婦を凌駕するテクニックと淫らさが売りの奴隷娼婦である。

 この奴隷娼婦であるが、単に奴隷を娼婦にしたわけではない。魔界技術によって、より淫らに、より性に対して貪欲に身体のみならず、意識や認識までも改造された娼婦を呼び習わす。

 アンダーエデンの地下には奴隷娼婦へと改造するための設備が整っているが、完全に奴隷娼婦として仕立てるにはリーアルの知識と手腕が不可欠。

 

 魔術による契約に関しては、奴隷娼婦の身柄を確保しておくためのものだ。

 奴隷娼婦は高級娼婦だけあって、権力者の情婦となる場合も多い。それはそれで店のメリットにはなるものの、権力者を唆して自らの自由を得るために動かれては堪ったものではない。逆に権力者が暴走し、お気に入りの奴隷娼婦を力尽くで我が物とする場合もあるだろう。

 そうした店が被る不利益を未然に防ぐために、契約書を用いた契約を選んだ。リーアルのように魔術師ではない人間でも、魔力の込められた筆と羊皮紙を使い、魔術知識の下に作られた契約書は魂を拘束し、強制力を発揮する。

 リーアルは此処から更に、キメラ微生体という機械と魔物の細胞で作られた擬似ナノマシーンを契約書と連動させた。これは奴隷娼婦の身体に潜み、アンダーエデンから許可なく離れれば、爆発する機構となっている。

 これらを用い、彼は奴隷娼婦の確保を盤石のものとしている。万が一、奴隷娼婦がこの楽園とは名ばかりの地獄を後にするのは、契約書の履行を果たした時か、誰かから金で買い取られた時のみである。

 

 

「不審な点はなし、か」

 

 

 淫魔が行った報告の内容は、あの名無しの尾行であった。

 

 彼の行動は実に単純。

 アンダーエデンを出た後は場末の娼館に入り、二時間ほど時間を費やした後、また別の娼館に足を運んでの繰り返し。

 その後は食料品を買うと、元々取っていたのであろう宿泊施設に戻り、部屋から出て来なかった。

 

 アレだけ豪語したにも関わらず、娼館を渡り歩くとはやる気がないにも程があったが、不審ではない。奴隷娼婦ではあるが女好きであれば説明がつく。

 しかし、アレだけの自信を見せたのだ。ゾクトの顔に泥を塗るわけもない。遊んでいたのは引き渡す商品を既に確保しているか、確保するルートがあるのだろう。

 

 現時点において、尾行を行った淫魔の目にも、リーアルの目にも、彼は敵とも不利益を齎す存在とも写っていない。

 見積もりが甘いにも程があるが、小太郎の擬態が功を奏した結果だ。そもそも、小太郎の正体を知っているゾクトは既にこの世を去っており、彼に関する情報を得られない以上は正体を見破りようがない。

 

 

「まだ完全には信用は出来ん。奴が来た後は必ず尾行しろ」

 

「承知致しました」

 

 

 恭しく一礼と共に去っていく後ろ姿に、リーアルは苦虫を噛み潰したような表情で見送った。

 

 彼は、あの淫魔が嫌いだった。非礼のない態度を取ってこそいるものの、瞳や視線には尊敬の念がなく、軽んじてすらいるだろう。

 それもその筈、表向きには部下、秘書という形であるが、実態は上位組織からの出向であり、目的はリーアルの監視と護衛なのだ。

 リーアルほど野心と自尊心が肥大化した輩であれば、立場を分からせると称して苛烈な調教を開始して、傷ついた自分のプライドを癒やすであろうが、相手が実質的には上位に存在しているが故に手出しができない。

 何せ、リーアルに多くの知識を与えた“あの御方”が直々に送り込んできた者。手出しをしようものなら、リーアルの未来は闇に閉ざされる。

 

 

(だが、好機は来た。兄者が馬鹿をやってくれたお蔭で上の席が空いた。水城 不知火を堕とせば私の評価も上がる。今後は私が……!)

 

 

 矢崎死亡の報を聞いた時、リーアルは本気で怒り狂った。ただ死ぬだけならまだしも、不祥事まで起こした上でこの世を去った。

 兄である矢崎が目も当てられない死に方をすれば、実の弟であるリーアルもまた同じような目で見られかねないのだ。

 だが逆に好機である事も事実。これまでの経歴から矢崎のように表舞台に上がる事は叶わないが、組織内の席は空いている。任された水城 不知火の調教を完璧に熟せば、“あの御方”に認められるだろう。組織内の地位をもう一段上げられる可能性は高い。

 

 リーアルは其処まで考え、先程までの苛立った表情から一転し、低い笑い声だけを響かせる。

 

 一つ、彼の考えを訂正するのであれば、水城 不知火の調教が成功しようがしまいが、彼の地位に変化はない。

 彼の後ろに隠れている黒幕は、根本的に人を家畜程度にしか見ていない。側近は同族で固め、己が地位を盤石のものとしている。

 

 ほくそ笑むリーアルの姿は全てを知っているものには滑稽であったが、闇の住人など皆そのようなもの。

 弱肉強食と自由を謳っておきながら、彼等は根本的に自身よりも強い相手に支配され、蹂躙される不自由を見ていない。弱肉強食とは名ばかりの、誇大妄想に過ぎないのだ。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「驚いたな。これほどの上玉を用意できるルートがあるのなら、初めから持ってくればいいものを」

 

「まさか、ルートなんかないよ。こっちはヨミハラ初めてだし。それに彼女達は奴隷じゃない」

 

「なに……?」

 

 

 開けて翌日。小太郎とリーアルはアンダーエデンの待合室で顔を合わせていた。

 

 宣言通り、小太郎は三人の商品()を連れてきた。

 見た目に関しても上玉であり、リーアルの基準を満たしている。少なくとも、整形手術を行わずにアンダーエデンの商品として扱うには文句はないレベルであった。

 女達は淫魔の秘書に地下の施設へ連れて行かれ、身体検査を受けている。性病や持病など、目では確認できない粗悪品であるか否かを確認する為である。

 

 

「場末の娼館で人気かつ契約満了していた娼婦だよ。上で上玉を捕まえるよりもリスクが少なく、他の奴隷商人から買い取るよりも先行投資が少なくていい」

 

 

 小太郎が行ったのは、言わば仲介であった。

 経営が上手く行っていない場末の娼館でも、人気の娼婦というものは一人くらいはいる。

 大抵の場合、そうした娼婦は様々な契約を満了しており、何時でも娼館を離れられる立場にある。

 

 だが、娼館側としても数少ない収入源を手放す筈もなく、買い取ろうとする客の申し出を断り、娼婦を部屋に縛り付けて他への流出を防ぐ。

 娼婦側も客の申し出を知らされておらず、自由の身となっても進む先を決められず、客の指名の多さに考える暇もなくなり、不満は募れども現状に甘んじる。

 

 その不満に浸け込み、小太郎は薄ら笑いを浮かべながら唆した。

 このまま娼婦を続けるつもりなら、今よりもずっと良い環境、今よりもずっと良い収入を期待できる場所を提供しよう、と。

 これまで娼婦が稼ぎながらも、使う暇もなく溜め込んでいた金で自分自身の見受け金として支払わせ、残った金は娼婦の手元に残させておき、アンダーエデンとの契約をどの程度のものとするか交渉の際に使わせればいい。

 実質的に元手はゼロ。小太郎が消費したのは、時間と話術だけ。真面目に奴隷商人をやるよりも、ずっと時間的、金額的に効率の良い方法であった。

 

 対魔忍として許容されうるギリギリのラインだ。

 通常の奴隷商人であれば地上で誘拐、拉致、脅迫によって商品を入荷するが、流石の小太郎もこれは断念せざるを得ない。

 倫理や正義感によるものではなく、対魔忍の立ち位置の問題である。対魔忍は日本の暴力装置であるが、根本的に国民の生活を守るもの。これを侵すわけにはいかず、民間人を餌にする事は許されない。

 そうでもしなければ、“戦闘”“戦争”という行為に忌避感すら抱く日本の政府が黙っていない。その内心が憲法の条文によるものではなく、自己の利益によるものであったとしても、対魔忍は反論ができないのである。

 

 だが、娼婦の仲介であればその限りではない。

 初めはどうであれ、今や彼女達は自らの意思で娼婦としての道を選んでいるのだ。職業選択と就職先の自由は、日本国民の誰にでも約束された正統な権利。誰が文句を言えようか――という建前の下に詭弁が成り立つ。

 これを否定するには、日本から性サービスの全てを排除する動きが不可欠である。有史以来、産婆と傭兵、娼婦は何時の時代にも消えない職業として豪語されている。もし仮に政治家や正義感で凝り固まった対魔忍の耳に入ろうが眉を潜めこそすれ、口出しはできまい。

 

 

「よく娼婦達が納得したものだな」

 

「皆、喜んでたぜ? 今のまんまじゃぶっ壊れるのが分かってたからね。リーアルの旦那は収入源が増える。オレは金を貰える。娼婦達は仕事の時間効率がずっとよくなる。皆、ハッピー。何か問題あるかい?」

 

「二枚舌め。此処の実態を何も語っていないだろうに」

 

「そりゃねぇ。そんなの聞いてないし、知らないし。少なくとも、オレは嘘を言ってはいないよ」

 

 

 何よりも酷いのは、アンダーエデンでの改造や調教の実態を娼婦側に知らせていない事か。

 もっとも小太郎には予想は出来ても、実態を知らない以上は知らせようにもない。彼はあくまでも、もっと効率の良い職場を案内しただけである。

 改造や調教の過程で、脳が壊れる恐れがあるが、それは性に対する忌避感が強い場合だ。曲りなりにも契約を満了し、娼婦としての己を受け入れている者には心配の必要はない。

 

 

「しかし、こんな事を長く続けるつもりか? 娼館側に恨みを買いかねないぞ」

 

「だから、場末の娼館を選んだのさ。一人の娼婦に頼らなきゃならないくらい経営が火の車のところだぜ? オレをどうにかする前に、自分の事で手一杯。娼館が潰れりゃ、元締めや運営資金の提供先から殺されるだろうしねぇ。目を付けられても、ほとぼりが冷めるのを待ってれば勝手にいなくなる」

 

「この悪党め。随分と腕の良い詐欺師ぶりだ」

 

「酷い事言うね。限られた時間の中で最大限の効率を選んでるだけだよ」

 

 

 愉快で堪らないとばかりに笑うリーアルに、小太郎はすっとぼけた表情で肩を竦める。

 ゾクトの紹介だからと警戒していたが、とんだ拾い物だ。ゾクトよりも腕も悪くなく、ずっと賢い。取引の相手としては賢すぎるが、それ以上に得られる利潤の方が大きいと確信できた。

 

 この調子で商品を補填してくれれば、上客の情婦として売ることも躊躇せずに済む。支出と収入の天秤は、より収入側に偏っていくと見て間違いない。

 それ以上に、上客の下に商品を送り込めるメリットは大きい。あくまでも娼館は仮初めの姿なのだ。このアンダーエデンの目的は、上客――より大きい権力と金を持つ者を籠絡する事。

 奴隷娼婦という極上の快楽によって、この国の中枢に存在する者達を骨抜きの傀儡とする事こそが、“あの御方”の目的であった。これでリーアルの組織に於ける貢献度は跳ね上がったも同然だ。

 

 

「しかし、随分と娼婦どもと仲が良かった」

 

「まあねぇ。こんな商売じゃ腕っぷしが強いよりも、口先三寸に長けてたり、籠絡する方法を知っていた方がいいでしょ。ほら、商品に傷つけなくて済むし」

 

「ほう? ならば、女どもの調教にも自信がある、と?」

 

「どうかな。少なくとも、今まで一度も失敗した事はないね」

 

 

 リーアルの目には、連れてきた三人との関係は良好そのものに写った。

 一人など、去り際にソファへと座った小太郎の後ろから抱きつき、頬にキスまでしていた。

 女心を理解しているのか、それとも女を操る術を知っているのか。少なくとも、名うての調教師であるリーアルであっても、短期間でここまで女に心を開かせる真似は不可能だ。

 

 その手腕を、難航している水城 不知火の調教に利用できるのでは、とリーアルが繋げるのは無理はない。

 リーアルの保有する魔界技術とは全く異なる心理操作と人心掌握の術。快楽に耐性があったとしても、心を抉じ開けてしまえば或いは、と考えたのだ。

 

 

「じゃあ、今日はこの辺で」

 

「あ、ああ。それから、ヨミハラにはどの程度、滞在する予定だ?」

 

「あー、どうかな。ゾクトの旦那のケツを蹴り飛ばさにゃなんねーし。長くても後二週間くらいかな。短ければ一週間ってとこ。その間は贔屓に頼むよ」

 

「いいだろう。ゾクトよりも貴様の方が優秀だからな」

 

 

 最後に、リーアルからリップサービスを貰った小太郎は、仕掛けた毒が回り始めた事を確信する。

 リーアル自身認めているかは分からないが、不知火の精神力を鑑みれば、奴如きの調教で堕ちる事はない。

 かと言って、不知火の籠絡はリーアルにとっては重要だ。店としては一番の売れっ子になるであろうし、黒幕と繋がっていた場合には自分の存在を売り込む事に一役買う。

 どちらにせよ、リーアルが己自身だけではなく、いずれは屈辱を押し殺して外部へと助けを求めるか、黒幕に助けを求めるかは目に見えている。

 

 其処に女を堕とす事に長けていながら、リーアルに莫大な代償を求めず、黒幕も把握していない都合の良い存在が現れればどうなるか。飛びついてくるのは目に見えている。

 もう二度、三度、奴隷商人としての手腕を見せつけ、有能さを売り込み、リーアルからの一方的な信頼をも買えば、予定通りに事が進む。

 

 

(一回でも不知火さんに接触しちまえばこっちのもん。その後は、尾行の淫魔ちゃんを利用させて貰おうねぇ)

 

 

 

 

 





ほい、というわけでイングリッド様登場&若様邪智暴虐の暗躍開始&リーアル鴨と化す、の回でした。

対魔忍は頭対魔忍なのですぐ騙されますが、魔族側の頭魔族なのですぐ騙されます! その方が同レベルな感じで、宿命の敵感が出るじゃろ?
まあ、相手を舐め腐ってる奴は根本的に自分が騙されるとか考えてないので当然の結果ですかね。
この作者の頭の足りなさを、世界観に押し付けられる感じ。いいぞぉ~、これ(責任転換

では、次回もお楽しみにー!

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