対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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若様「さて、奴隷商人に変装してアンダーエデンにそーれ突撃!」

リーアル「何だコイツ(軽蔑」

若様「そんな貴方に素敵な商品よー!」

リーアル「何だコイツ(興奮」

淫魔ちゃん(…………怪しい)

若様「主人よりも秘書の方が有能とかワロス(失笑」


という前回までのあらすじ

今週もう一回投稿できたらいいなぁ。

では、短いけど本編どぞー


苦労人の運は強運と凶運を常に行ったり来たり

 

 

 

 

 

「――――ふう。こればっかりは慣れねぇ」

 

 

 凜子の空間跳躍でクラクルの巣へと転移した小太郎は、首を振ってほっと息を吐く。

 空間跳躍中の感覚は凄まじいの一言だ。光に包まれたかと思えば、上下左右の観念と重力の一切が消え去り、音速を生身で体感するような浮遊感と加速感を覚える。常人ならば一瞬で三半規管が麻痺し、空間跳躍が終わる頃には激しく嘔吐している。

 こんな感覚を味わいながら敵陣のど真ん中に跳躍し、開放された瞬間から戦い始める凜子とゆきかぜの二人には畏敬の念を抱かずにはいられない。

 

 

「良かった。無事に成功したな」

 

 

 凜子は問題なく空間跳躍の術を成功させた事に安堵し、掛けていた眼鏡型のHMDを額に移動させながら笑みを浮かべた。

 物資であれば失敗しても代わりを用意すればいいだけの話だが、人となれば洒落にならない。転移場所を間違えるだけならまだしも、周囲の物体に融合してしまう場合や壁や地面の中に埋まる危険性もある。

 ましてや相手が部隊の長であり、愛する小太郎であれば、彼女ほどの手練れでも緊張の一つもして当然だ。

 

 必要以上に緊張するということは、まだまだ使い熟せていない証。

 凜子は小太郎とは別の意味で部隊の要だ。彼女が如何に空遁の術を使い熟すかによって、任務の成功率と作戦の難易度が激変するのだ。

 小言の一つでも言ってやろうと口を開きかけたが、凜子の顔を見ると、言いたかった全ての言葉を飲み込んで近づいていく。

 

 小太郎は、いきなり近づいてきてきょとんとした凜子の顎を掴み、くいと持ち上げた。

 

 

「ど、どうしたんだ、急に?」

 

「……少し窶れたな。その様子じゃ、他の二人も同じか」

 

「う、分かってしまうか……」

 

 

 以前はふっくらとしていた頬は今や()け、荒れた肌は食事を取れていないと伺い知れる。

 小太郎と災禍に比べて、与えられた役割と仕事が少ない以上、食べる余裕がないのではなく精神的な要因によって食欲が減退していると考えるべきだ。

 

 そして、小太郎が思い当たる節など一つ――ゾクトの死体処理しかないだろう。

 

 凜子にせよ、ゆきかぜにせよ、紅にせよ、学生の身でありながら対魔忍として任務を熟してきた。

 敵を殺す事に躊躇も憐憫もない。今まで果たされてこなかった因果を応報してやっただけの話。覚悟はあれども罪悪感は微塵もなく、後悔もない。

 されども、凜子はこれまで一度も殺しを楽しんだ事はなく、楽しいと感じた事すらない。それは他の二人も同じだ。あくまでも彼女達の心にあるのは使命感と正義感だけだ。

 

 故に、既に応報の果たされた死体に対して、更に鞭を打つ仕打ちを忌避感や嫌悪感を覚えたところで不思議ではない。

 

 

「い、いや、気分の良いものでなかったのは確かだが、これも任務だ。泣き言を言うつもりはない。それよりも、その……」

 

「…………」

 

「不安、なんだ……」

 

 

 素直に己の心情を吐露しながら、凜子は目を逸らす。

 

 任務である以上、こうした処理も必要な行為。其処に嫌悪はあれども、不満はない。ただ、粛々と役割を熟すのみ。

 

 ただ問題であったのが、それを命ずるのが小太郎であった事。

 凜子の不安は次は一体何をやらされるのか、というものではなく、嫌悪を覚えるような役割を与えられ、小太郎を好きなままでいられるのか、というもの。

 それが堪らなく嫌だ。小太郎に捨てられるのならば、まだ己が悪かったのだと受け入れられる。だが、自分から小太郎を捨ててしまうような想像をする事自体が、今抱いている恋心を裏切っているようでやるせない。

 

 初心と言えばいいのか。無知と言えばいいのか。

 恋であろうが愛であろうが、永劫不滅でなどありえない。人間同士の恋愛など砂上の楼閣のように儚く頼りないものだ。恋はいずれ忘れられ、愛は容易く憎しみに変わる。

 その事実を受け入れてしまえばいいものを、抱いた感情自体を軽いものとしたくない凜子には、絶対に受け入れられない事実であった。

 

 

「凜子、以前も言ったけどな。オレに愛想が尽きたら――――」

 

「それ以上言うな、怒るぞ。…………馬鹿」

 

「悪かった。今のはなかったな」

 

 

 怒りというよりも拗ねた様子でそっぽを向く凜子に、小太郎は苦笑を漏らしながら肩を竦める。

 自分のような人間を好きになって貰ったのだから、せめて自分が悪者になるべき。と口にした言葉であったが、機嫌を損ねてしまった。

 普段の凜子ならば、呆れ顔のまま耳を引っ張るくらいの軽い制裁に乗り出すものの、今はちらちらと様子を伺うばかりで何もしてこない。

 

 さて、どうしたものか、と思案する小太郎であったが、先に動いたのは以外にも機嫌を損ねていた筈の凜子の方。

 

 

「…………ん」

 

「あー、凜子さんや。それはー……」

 

「…………んっ」

 

「はいはい。了解しやした」

 

 

 禄に言葉を発さず、両手を広げて待ちの姿勢を見せる凜子に、小太郎は再び苦笑を刻む。但し、今回に関しては己の負けだと認めるように。

 

 言うまでもなく、抱き締めろという意味だろう。

 口にしなかったのは、小太郎自身が言葉の力を理解した上で、感情を言葉に変えるのを嫌っていたからだ。

 

 言の葉は容易く人を破滅へと誘う。何気ない一言が人の心を深く傷つけ、意識していなかった言葉が解釈の違いによって憎しみに変わる。

 ましてや、小太郎は言葉で人を操る側だ。言葉となった時点で生のままの感情から掛け離れて装飾の施されたものとなっている、とよくよく理解している。他人がどう思おうとも、彼自身が自分の言葉に嘘を感じてしまう。

 

 赤の他人ならばどうでもいいが、自分を好きだと嘯く女に対してだけは、不誠実に接したくはない。

 

 そんな彼の心情を理解した上で、凜子は何も言わずに行動で示すように願ったのだ。

 

 

「――――ん、ぅっ」

 

「苦しいか……?」

 

「いや、ちょうどいい。今の気持ちにはピッタリだ」

 

 

 十分に男らしい腕で、肺から空気を吐き出すほどに身体を締め上げられてなお、凜子は目尻を下げてうっとりと微笑む。普段から口調も固く、落ち着いた表情しか知らない者には信じられない女の顔だ。

 無理もない。小太郎はそれだけの思いを両腕に込めたつもりだ。今ばかりは打算も悪辣も必要ではなく、ただ凜子に抱く感謝と歓び、欲望は言わずもがな、自分のような相手に惚れた哀れみや敵対者への甘さに対する叱責すらも。

 言葉にせずとも伝わるものがある。凜子としては言葉にしてくれた方が喜ばしいが、裏表のない感情は返って胸を満たしていく。

 

 幸福そのものを形にした表情のまま、凜子は小太郎の肩に顔を埋めて自らも彼の身体に腕を回して抱きしめ返す。

 大きな山脈を連想させる胸は、厚い胸板に押し当てられてひしゃげて潰れる事すら気にせず、少しでも多く相手の体温と匂いを交換し合う。

 

 一瞬一秒毎に満ちていく胸の内を感じ、凜子は満足すると少しだけ顔を離して、はにかんだ笑みを浮かべた。

 

 

「馬鹿みたいだ。こんな程度で満たされてしまう安い女ではないつもりだったのだが、そうではないらしい」

 

「いいじゃないか、単純で。オレも似たようなもんさ」

 

「そうか。ふふ、そうかそうか。……だが、今度は思いが溢れてしまいそうだよ。どうすれば――――ん、むっ」

 

 

 珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべた凜子であったが、全ての言葉を言い終えるよりも早く、小太郎は動いていた。

 有無を言わさず唇を奪う。凜子は驚きから目を見開いたが、すぐさま目を細め、やがては瞼を閉じて唇の感触に集中する。

 男特有の乾燥した唇が、何度となく己の唇に軽く吸い付き、お礼とばかりに凜子もまた小太郎の唇へ僅かな音を立てて吸い付く。

 

 優しく穏やかで、互いを思う合う事を何らかの形として残しておきたい。二人の口付けはそのようなものだった。

 

 自身の女と胸の内が満ちていく感覚に、凜子は陶然とした気持ちになってしまう。

 本当に安い女だと凜子は思っていた。こんな程度の触れ合いで、アレだけ抱いていたはずの不安が跡形もなく消え去ってしまう。

 だが、決して悪い気分でもない。それこそが、何よりも小太郎を愛している証明に他ならないからだ。

 

 

「ん、ふぅっ……こぉら、それ以上は駄目だぞ」

 

「いてて、抓るなよ。ちぇっ」

 

「全く、こんなに固くして」

 

「凜子は自分の魅力を自覚した方がいいぞ。こんな身体で、こんな格好をしていたらそりゃあねぇ?」

 

「あら、ありがとう。でも、お預けだ。ゆきかぜにも不知火殿にも申し訳が立たないからな。任務が無事終われば、いくらでも、な?」

 

 

 凜子の大きく滑らかに広がった女性らしい魅力的な臀部を撫で始めた小太郎であったが、ジト目で手を抓り上げられる。

 小太郎の狼藉はそれだけではなく、臍辺りに服を超えて押し当てられる固い物体に、さしてもの凜子も呆れ顔だ。

 

 彼はあくまでも生理現象、お前が魅力的に過ぎるのが悪いと主張するが、軽くあしらいながら凜子は身体を離した。

 最後に人差し指を小太郎の唇に押し当て、色っぽく笑ってみせる。まるで淫婦のような妖艶さ。小太郎でさえが、生唾を飲み込みそうになるほどだ。

 秘められた才能が開花した結果なのか、はたまた小太郎の手によるものか、女としての魅力が増していた。男を誘う艶やかさや仕草は勿論の事、男を戒める態度や口調まで。

 

 

(参るねぇ。オレの周りの女、こんなんばっか。惚れる相手は馬鹿なのに、いい女ばっかりでさ)

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 ゴトン、と重苦しい音と共に巨大な扉が閉じる。

 

 ヨミハラの中心部。その地下には、巨大な闘技場(コロシアム)がある。名をデモンズ・アリーナと呼ぶ。

 その用途は、東京に存在し、エドウィン・ブラックの盟友たるスネークレディことカリヤが女主人を務めるカオス・アリーナと同一。

 勝者は生と金を得られるが、敗者には凄惨な陵辱と恥辱が待ち構える女戦士達を戦わせる。それを見世物として客に提供し、勝敗の結果に金を賭けさせるノマドの資金源の一つだ。

 

 デモンズ・アリーナはこのショービジネスの総本山であり、カリヤの趣味が反映されたカオス・アリーナよりも遥かに凄惨な陵辱と死が売りの闘技場だ。

 その凄惨さときたら、カリヤですらが悪趣味と漏らすほど。もっとも、そう漏らした彼女は笑っていたようだが。

 

 そのデモンズ・アリーナの更に地下。ヨミハラの煩わしい喧噪、アリーナの下衆な熱狂ですら届かぬ位置に、ブラックの玉座があった。

 

 魔界にある居城のそれと寸分違わずに作られた門は、邪悪でありながら荘厳ですらある。

 その扉の前には、今し方ブラックのへの謁見を終えたイングリッドともう一人が立っていた。

 

 真っ白なキャミソールワンピース。膝まである桜色の長い髪。幼さの残る顔立ちと華奢な身体付き。何よりも目を引くのは、血のように赤い瞳の少女。 

 忌まわしい魔族の居城、人界を侵すノマドの本拠地には似つかわしくない少女の隣に立ち、イングリッドは不愉快の絶頂という表情である。

 

 彼女の名はフェリシア。エドウィン・ブラックの娘であり、つまり紅とは姉妹の関係にある。

 本来であれば、主人であるブラックの嫡子ともなれば、イングリッドも頭を垂れざるを得ず、不敬は許されないだろう。

 だが、彼女の存在を知るのは一部の幹部のみであり、誰もフェリシアをブラックの後継者どころか嫡子とも認めていない。

 

 それもその筈、彼女はブラックが気紛れに生み出した実験体の一人に過ぎない。

 異種族の仔を孕む特異体質を有した心願寺 楓を母体として初められた魔導実験の末に、紅とフェリシアが生まれた。

 そのような過程で生まれた者をブラックの跡継ぎとして認める筈もない。精々、ブラックが気紛れに生み出した玩具程度の認識に過ぎない。

 

 だが、ブラックの寵愛を受けているのは確かであった。

 誰かの下に付けられる事もなく、唯一ブラックのみが彼女に命令を出せる立場にある。

 それをいい事に彼女は魔界と人界を行き来するばかりか、引き継いだ能力で誰彼構わず殺戮と暴力を楽しむ始末。

 

 幹部連中にしてみれば面白くない上に、扱いに困る厄介な存在だ。

 ブラックもフェリシアの行動を御するつもりも縛るつもりもないようで、如何なる事態を引き起こしても黙して語らない。 

 そもそもブラックがフェリシアの存在をどのように扱うのか、明確にしていない。厄介払いをしたいのか、本当に後継者にしたいのか分からず、自由にさせる意図も分からずに幹部達も動くに動けない。

 

 そんな幹部の中にあって、イングリッドはフェリシアに明確な嫌悪を向けていた。

 ブラックが人間との間に汚らわしい仔を為した事実ですら受け入れがたいと言うのに、その仔は遊び呆ける始末。起こす問題は、ブラックにとって不利益になる事ばかりだ。

 人間とは比べ物にならない長い生の中でブラックをひたすらに支え続けてきたイングリッドには耐えられまい。尤も、理由はそれだけではないのだろうが。

 

 

「~~~~~~♪」

 

「おい。貴様、何処へ行く」

 

「……? 何処って、パパの言う通りにするだけだよ?」

 

 

 鼻歌混じりに歩き出したフェリシアに耐え兼ねて、苛立ち混じりの声を掛けたイングリッドであったが、自分の失敗を悟る。

 無邪気ですらある不思議そうな表情で振り返るフェリシアに、更に苛立ちが加速する。まるで、そんな事も分からないの、と馬鹿にされていたからだ。

 

 今日、彼女がブラックの下に訪れたのは、ヨミハラの門番が殺害され、狼藉者がヨミハラに侵入した恐れがある事実を報告に来たからだ。

 折り悪くフェリシアも同時に訪れており、玉座に座ったブラックの膝を枕に一人で喋り続ける姿を見た時点で、イングリッドの機嫌は最悪であった。

 更にはブラックはイングリッドの報告に一切反応を見せず、言葉すらなかったにも拘わらず、フェリシアには一言だけ――

 

 

『フェリシア、遊んでおいで。お前の待ち望んだ相手が来たようだ』

 

 

 ――とだけ告げた。

 

 フェリシアはその言葉にキョトンとしたが、すぐさま狂気だけを形にして逆に無邪気となった笑みを浮かべて、大きく頷いた。

 イングリッドには分かる筈もない。いや、恐らくはブラックとフェリシアの間でしか、何が何やら分かるまい。

 

 不機嫌のままイングリッドがあからさまに探るような目を向けている事実に、フェリシアは次第にくすくすと笑みを深めていく。その笑みは誰の目から見ても嘲りそのものであり、またそれがイングリッドの心をささくれ立たせる。

 

 

「へぇ、そんな事も分からないんだ。フェリよりも長くパパと一緒に居るのに、みっじめ~」

 

「――――何?」

 

「うふふ、あはははっ! だってそうでしょ? 一生懸命頑張ってるのに、パパから何も教えて貰ってない。何も信用して貰えてないってことじゃない♪」

 

 

 その言葉に、空気が凍りついた。余りの殺意と怒気に、壁が音を立てて罅を奔らせる。

 感情を発露させただけでこの有様。並の魔族であれば、その時点で泡を吹いて気を失っているだろう。

 だが、フェリシアは真っ向からそれだけの殺気を受け止めてながら、腹を抱えて笑うばかり。何も分かっていない子供そのものの態度が逆に不気味ですらある。

 

 イングリッドの怒りも無理はない。

 フェリシアの言葉は正論であった。そんな事は、誰よりも彼女自身が知っている。その悔しさを、その無念を、見透かされたばかりか、小馬鹿にされては怒りもしよう。

 

 

「ほんっと、馬鹿みたい。パパの事、男の人として好きなのに言い訳ばっかり。そんな事だから、見向きもされないって気付かないの?」

 

「貴様、我が忠義を愚弄するか!」

 

「うふふ。一生頭を下げて、這い蹲って、部下として一番を目指しててね。その間に、フェリがパパの一番になってあげるから。そうなったら、あなたの頭を思い切り踏み付けちゃおうっとぉ♪」

 

「世迷い言を! 実験体如きが――――」

 

「じゃあねえ~~~! 自分の事が何一つ分かってない、素直にもなれない魔界騎士のお・ば・さ・ん♪ あっははははははははははははっ!」

 

 

 腰の魔剣に手を掛けたイングリッドであったが、フェリシアは哄笑と共に闇の中へと消えていく。

 父親譲りの強大な魔力も存在も消え失せてしまい。一体何処へ向かったのか知る手段は、彼女には存在しない。

 

 真っ黒な炎となって燃え盛る感情を必死に抑え、呼気とした吐き出したイングリッドはようやく柄から手を離した。

 ギリと血が滴るほど拳を握り締めながらも、カツンと踵を鳴らして、踵を返して歩み出す。

 

 

(あんな実験体の言葉に揺れるな。私は今まで通りにお仕えするまでだ!)

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

(アンダーエデンに足を踏み入れて今日で四日目。そろそろアクションを起こしてきそうかなぁー)

 

 

 小太郎は大通りの人混みをすいすいと進む。

 

 リーアルへの売り込みは順調であった。アンダーエデンへと移籍させた娼婦は既に10人を超えており、動くのならば今日だ。

 理由は何の事はない。売り過ぎたのだ。この程度の数であれば、アンダーエデン内の娼婦として抱えられるであろうが、奴隷娼婦への改造手術はそうは行かない。

 性に関する技を仕込むのは勿論の事、肉体や意識まで改造しなければならない。それだけ改造するのであれば最低でも一ヶ月の時間を要する。肉体にも意識にも負荷がかかり過ぎて壊れかねないため、時間を掛けて馴染ませていく必要がある。

 流石のアンダーエデンも同時に十人以上を改造できるだけの魔科医と施設を抱えているとは思えなかった。

 

 昨日、その場で金を渡さずに、明日支払うと言ってきたのも予測に拍車を掛けていた。

 表向きには金を用意し忘れていたとの事だったが、ヨミハラでもトップクラスの娼館が支払いに難儀するような金額ではない。何か、別の狙いがあるのは明らかだった。

 

 

「きゃっ……!」

 

「おっと失礼、お、嬢さ……ん……」

 

 

 その時、小太郎の肩に誰かがぶつかって尻から倒れ込む。

 外套を頭から被って表情を伺い知れなかったが、外套の起伏と裾から覗く脚の形から女だと分かる。事を起こすの面倒と紳士的に手を差し出した瞬間、小太郎は固まった。

 

 

(びゃあああああああああああああああああああああああッッ!!! 上手く隠してるけど、上位魔族だこれー! おっまっ、嘘だろおい! これ確実に支配階級レベルの魔力じゃねぇーかぁあああぁぁあぁ!!)

 

 

 表情には一切出さず、小太郎は内心でムンクの叫び同然の悲鳴を上げた。

 

 ブラックを筆頭とした魔界の支配階級は、膨大な量の魔力を持って生まれてくる。事実として、ヨミハラの地に満ちる魔力は全てブラックのものだ。

 だが、その魔力を隠す技術も当然のように存在する。傾向として、長く生きて強大な力を有する者ほど、隠蔽は巧い。

 

 油断――――と言うよりも、タイミングが悪かったと言わざるを得ない。

 ヨミハラにはブラックの魔力が満ちており、そればかりが感覚に引っかかって、他の魔力を感じ取り難い。

 そして何より、この距離になるまで小太郎にさえ悟らせなかった彼女の技術が凄まじかったのだ。

 

 

(お、落ち着け! 見た所、比較的温厚な性格の御様子! 此処は目を付けられないようにスタコラサッサが最適解!)

 

「悪いね、前を見てなかった」

 

「いえ、私の方こそ不注意だったわ…………あら? 貴方……」

 

(はーーーーーーー! 何か察した察しちゃったよう! 顔見られたー! こんな交通事故どうにもできんっつーの!)

 

「じゃあ、オレはこの辺で。急いでるんでね」

 

「……あ、ちょっと」

 

 

 手を取って外套の女性を立ち上がらせると、小太郎は足早に人混みの中へと身体を滑り込ませる。

 最後まで焦りを表に出さないのは流石であったが、今すぐにでも頭を抱えてその場に蹲って泣いてしまいたいのは確かであった。

 

 対魔忍と見抜かれた恐れがある以上は、任務終了まで監禁か、極秘裏に始末してしまうのが常套手段であるが、小太郎の選択は逃走。

 

 理由は二つ。

 

 一つは、此処で事を構えたとしても、勝ち目が薄すぎる点だ。

 上位魔族は神話や御伽噺の中で語られる怪物や悪魔のモデルとなっている場合が多々あり、持つ力も神話に恥じぬものである。

 最低でも相手の正体と能力を明らかにした上で、討伐に足るだけの戦力を揃えねば、とてもではないが戦いにならない。ましてや潜入中に相手をすべき対象ではない。

 

 一つは、魔力を隠して行動している点。

 普通の上位魔族であれば、魔力を隠蔽する術を持っていても、殆ど行使はしない。

 彼等にしてみれば、自らの力を偽る、隠すという行為自体が、彼等の美学に反するのだろう。元より、己の力を誇示したがる者達だ、不思議はない。

 その上で隠しているのであれば、正体が明らかにしては拙い目的を持っているか、正体が明らかにする行為自体に問題があると見るべきだ。

 

 

(多分、ブラックと敵対関係にある上位魔族。それも穏健派って言えば、一人くらいしかいねぇ! あれが“魔界の踊り子”ナディアか?!)

 

(何だってこのタイミングでっ! 魔界に領地があるだろうに、どうしてこうほっぽり出して人界漫遊旅行に来るかねぇ! こっちくんなっ!)

 

 

 人混みを抜け、すぐさま路地へと入って息を潜める。

  

 “魔界の踊り子”と言えば、エドウィン・ブラックに並ぶ魔界のビッグネーム。

 生まれ持った魔力と能力を駆使すれば、魔界を牛耳れるほどの力を持っている、と噂されるほどの存在だ。

 当人の気質は魔族としてはありえないほど温厚かつ穏やかであるため、人界では名前ばかりが知られるばかりであるが、本気になればブラックですら退けるとか。

 ナディアの持つ力の事実はどうあれ、明確にブラックとは敵対関係にあり、必然的にブラックと友好関係を築いているスネークレディ、魅龍、アスタロトなどの上位魔族とも敵対関係にある。互いに本気になっていないとは言え、膠着状態に持ち込んでいるのは事実だ。

 

 ナディア、と思しき上位魔族が大通りで此方を見失い、困惑しながらも逆方向へと去っていくのを確認し、小太郎はようやく息を吐いた。

 彼女の目的や力の如何はどうにせよ、少なくとも探知探索に向いてはいないようだ。いきなり本拠を探り当てられる事はない。首の皮一枚で何とか繋がった。

 

 

(ブラックと確執がある以上、ゼロじゃないのが痛すぎるが、こっちの情報がすぐにでも流れる事はねぇ)

 

(あの人柄だ、根本的に他人を道具のように扱ったり、陥れたりする連中とは相性が悪い。つまり、不知火さんを狙ってる黒幕とも繋がっている線は薄い。こっちもゼロじゃねぇけどな!)

 

(目的は何だ? 今まで人界に興味を示してこなかった奴が何故…………くそ、情報が少なすぎる。最悪、任務を中断して逃げ帰る方向も視野に入れにゃならんとは。オレの運はどうなってんですかねぇ!)

 

 

 

 

 





というわけで、凜子とイチャイチャ&フェリシアVSイングリッド、結果はイングリッドの煽り一本負け&若様、油断してないのに回避できないランダムエンカウントでナディア嬢を引き当てる、の回でした。

メタ的に見ればナディア嬢は敵ではないけれど、若様にはそんな事分からないからね、しょうがないね。
相手に交戦意思がないとは言え、マップ移動中にラスボスよりも強いボスキャラとエンカウントとか草も生えない。苦労さん、頑張りすぎだ!


苦労さん「ツァーリ・ボンバァァァ!!!」

ナディア「……???」

若様「ファーーーーーーーーーーwwwwww」

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